マグロドリーム・エクスペリエンス

    作者:空白革命

    「マグロウ……」
     廃墟公園。茜色な空のした。
     巨大なマグロが飛んでいた。
     気球のようにぶんわりと。
     巨大なマグロが飛んでいる。
     ジャングルジムより大きくて。
     白い雲より小さめな。
     巨大なマグロが飛んでいた。
    「マグロ……マグロ……マグロドリーム……」

     かつてソウルボートで灼滅者と戦い。
     かつて現実世界でも灼滅者と戦い。
     そして廃墟の公園に行き着いた。
     巨大なマグロが飛んでいる。
    「我はマグロドリーム。夢の海を抜け、現の海へ泳ぎだしたが……この『海』は狭すぎる……」

    ●よく考えたら結構爪痕残してたなこいつ
    「聞こえますか。マグロの声が……『ボクマグロダヨ』……はい、知っています」
     みんな大好き西園寺・アベル(大学生エクスブレイン・dn0191)がマグロのたたきに耳を澄ませばしていた。このままだとカントリーなロードを歌い出しそうなので本題に入ろう。

     昨今の流れを追ってるミンナはおわかりの通り、スサノオ勢力にサイキックリベレったことで彼らが他ダークネス残存兵力を予知防止策をとって囲っていることが分かった。
     六六六人衆とかアンブレイカブルとか色々なのだが、今回はそんな中のひとり。
    「『マグロドリームをみつけたよ』……はい、聞いています……」
     モチのロンロン、彼を放置すればスサノオ決戦時に戦力として投入されるのは明らか。ならば今のうちに各個撃破をすべきでござる。

     さて、肝心のマグロドリームの戦力だが、実はもう過去に二回くらい戦っているのでやり口や性格は把握しているのだ。
     刃を通さない鋼のような鱗。
     建物の壁や天井を突き破り、灼滅者を撥ね飛ばすほど強烈な突進。
     大量の幻影を生み出して津波のごとく押し流すマグロイリュージョン。
     見た目のイロモノ感を裏切り相当ガチな戦力をもったシャドウマグロなのだ。
     彼は現実社会という海を泳ぎ回り、あらゆるものをぶちこわしにしたいというユメをもっている。
     決戦戦力云々は別としても、放置すれば非常に危険なシャドウなのだ。
    「一度目の邂逅では期を待ち、二度目には期を逃し……そして三度目、今度こそ期は訪れました。そうですね? ……『ソウダヨ』……ありがとうございます」


    参加者
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    ライラ・ラシード(千夜一夜・d11908)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    月光降・リケ(月虹・d20001)
    物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)
    カルム・オリオル(グランシャリオ・d32368)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)
    ソラリス・マシェフスキー(中学生エクソシスト・d37696)

    ■リプレイ

    ●『すいぞくかんにいきました。まぐろがたくさんいました』
    「マグロドリーム……三度目の正直いってやつかね」
     ばしんと自身の拳を手で受ける物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)。
     丸眼鏡の奥で細目が僅かに開かれた。
    「考え方も戦力も、れっきとしたシャドウだ。名前に騙されてるとこっちがネギトロにされるぜ」
    「まあなあ。けど、今度こそあいつの夢を終わらせよう」
     カルム・オリオル(グランシャリオ・d32368)が眼鏡を外し、胸ポケットへと差し込んだ。
    「一度戦った感想だけど、見た目も実力もすごいよな」
     同じく眼鏡を外して几帳面にケースへしまう神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)。
    「私が見たときは空に浮いてるだけのイメージでしたけど……そうですね。ネギトロにされるのは避けないと」
     ソラリス・マシェフスキー(中学生エクソシスト・d37696)はカードを取り出し、戦闘の準備を整えた。
    「え、ええー……マグロって聞いたから大丈夫だと思ったのに、話を聞いてたら緊張してきたネー」
     マグロ経験者(?)っぽい人たちの話に早くもおののくライラ・ラシード(千夜一夜・d11908)。
    「うう、緊張で動悸が」
    「大丈夫か。背中をさするくらいしかできんが……」
    「お願いするデース」
     月村・アヅマ(風刃・d13869)が心配そうにライラの背中をなで始めた。
    「あと何か飲み物をクダサイ」
    「ああスポーツドリンクでいいならやるよ」
    「あと何かご飯奢ってクダサイ」
    「ああ牛丼でいいなら……っておい、まて」
     ぴたりと止まったアヅマに、ライラがゆっくりと振り向いた。
    「あー! 初依頼のプレッシャーがー! だれか! だれかがご飯奢ってくれたら元気になる気がするデース!」
    「わかった! 奢るから、な!」
    「元気出たデース!」
     ひゃっほうと言いながらジャンプするライラ。
     それを見ていた月光降・リケ(月虹・d20001)と御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)が、そろってくるりと背を向けた。
    「マグロドリーム。あまつさえ海上に出ても泳ぎ回るだけでも不合理だというのに、そのうえ辺り構わず壊して回るとは……存在ごと、この世から抹消しましょうね」
    「案ずるな。夢はすべからく終わる。覚めて果てるが、道理」
     シリアスな顔して歩き始める二人の背中を、アヅマは『奢りの話から逃げたな……』という目で見つめた。

    ●『まぐろはいつまでもおよぎます。おおきくて、きらきらで』
     公園を訪れた灼滅者たちを待っていたのは、空に浮かぶ巨大なマグロ……マグロドリームだった。
     マグロドリームはぎょろりと灼滅者たちを見下ろした。
    「来るような気はしていた。学校を飛び出したあの日から、いつかは」
     ひれを大きく動かし、空中でぐるんと一旋回するマグロドリーム。
     それが突撃の予備動作だと察した白焔は、既にバベルブレイカーを腕に装着していた。
    「来るぞ!」
     同じくバベルブレイカーを装備したアヅマは白焔と共に飛び出した。
    「マグロゥ!!」
     地面スレスレを滑るようなマグロドリームの突進。
     風圧で土面がはじけ土煙が噴き上がる。
     対するアヅマと白焔は突進を正面から迎え撃った。
     二人同時のパンチ。それもバベルブレイカーを作動させての強引なパンチである。
     炸裂した杭が激しい音を立てる。大岩も粉砕するようなインパクトはしかし、マグロドリームの表皮すらも通しはしなかった。
     折れた杭が排出され、二人は新たな杭を装填する。
    「噂通りにかったいなあ――そぉれ!」
     白焔たちを押しのけて再び空へ舞い上がるマグロドリーム。それを追いかけ、カルムは滑り台を逆向きに駆け上がった。
     安全バーを踏み台にして跳躍。
     カーブ中のマグロドリームの脇腹に膝蹴りを入れると腰から抜いた二丁拳銃でめいっぱいに零距離射撃を加え始めた。
    「さ、お次は?」
    「いただきます」
     マグロドリームの腹を蹴って飛び退くカルム。予め狙いをつけていたリケが、フィンガースナップと共に手を払った。
     軌跡に無数の魔弾が現われ、カルムの飛び退くギリギリのラインをくぐるようにしてマグロドリームへと浴びせかけられる。
     空中で宙返りをかけたカルムが拳銃を向け、リケが返す刀でオーラを指先に溜める。
     射撃とギルティクロスが同時に浴びせられ、圧力によってマグロドリームが大きく傾いた。
     泳ぐ軌道がそれ、近くのジャングルジムへと突っ込んでいく。
     飛び散る鉄骨。身を低くしてかわしつつソラリスが急接近をかけた。
    「逃がしませんっ」
     エメラルドのような光を放つナイフを手に取り、投擲。とみせかけて鎖のように長く長く展開したナイフがマグロドリームの鱗にぐるぐると巻き付き、先端が楔のようにボディへ食い込んだ。
     粉砕したジャングルジムから再び飛び立とうとするマグロドリーム。踵を強く踏み込んで踏ん張るソラリスだが、そのまま身体ごと空へと引っ張り上げられた。
     それを見上げて両手をばさばさ振るライラ。
    「うわ! うわー! 高い高い落ちたら死ぬ高さデース!」
    「ご心配、なくっ」
     ナイフを手放したソラリスは、落ちながら弓を装備、落ちながら影業矢を三本同時に持ち、落ちながら連射。
     マグロドリームも自らの周囲に無数の子マグロを展開して反撃。
     ライラは落ちてきたところへダッシュ、アンドヘッドスライディング。
     フェニックスドライブで大きな鳥の翼を作ると、ソラリスをキャッチしつつずさーっといった。
     両手にソラリスを抱え、がばっと顔を上げるライラ。
    「ふー、ナイスキャッチです私……ぬわっ!?」
     はたと見上げると、七色の光を纏ったマグロドリームがライラめがけて突っ込んできていた。
     白焔たちを襲った突撃とはまた趣の違う、それでいてちょっと死ねそうな光景である。
    「ぎゃあああああああ! 正面から見たマグロって思ったより恐いデェース!」
    「コメントから余裕がにじみ出ている」
     などと言いながらスッと横入りする優。
    「ワンコ、出番だ」
     ビハインド・海里を呼び出し援護射撃をさせると、眉間に指を当てたまま自らの義翼を複数展開。
     ライラやソラリスたちを自分ごとかかえ込んで大きな白いボールのように幾重にも包み込んだ。
    「その程度で防げるマグロではないぞ」
     七色の光を放ちぶつかってくるマグロドリーム。ボールは大きく歪み、押し込まれ、地面を盛大にえぐりながらすぐ近くの駐輪小屋へと突っ込んでいく。
     壁やら屋根やらさびた自転車やらをばらばらに分解しながら吹き飛ばし、天空へと再び登っていく。
     ボールは破壊され、優ははねとばされた……が、大きな怪我は無かった。なぜなら……。
    「よ、久しぶり」
     マグロドリームの上に跨がった暦生が、出刃包丁を逆手に握っていた。
    「貴様――」
    「今度こそ三枚おろしにしてやる!」
     硬い鱗に食い込ませるように包丁を突き立てる暦生。
     彼を振り落とそうと豪快にターンをかけるマグロドリーム。
     振り落とされる寸前。暦生は靴のつま先で相手の片目を蹴りつけた。
    「――!!」
     どろりとした感触と共に、黒いものが吹き出ていく。
     暦生は宙返りをかけてから歪んだジャングルジムに着地。そして、丸めがねのブリッジを中指で押し上げた。
    「ダークネスってのは、みんな人から生まれる。シャドウは特に人の夢に依存する。なあマグロドリーム、あんたは誰の、どんな夢から生まれた」

    ●『ぼくもまぐろになれば、たくさんおよげるようになるでしょうか』
     七色の夢があふれ出た。
     真っ黒な闇があふれ出た。
     あたりはたちまちのうちに宵闇のごとく影に包まれ、狂ったようなあちこちへ虹がかかった。
    「マ、マ、マグ、ロ……」
     がたがたとふるえ、片目からとめどなく『なにか』を吹き出すマグロドリーム。
    「およ、ぐ。わたし、は、マグ、ロ……」
     吹き出た闇の中から目がぎょろりと生まれた。
     目は二つも、三つも、七つも八つも十も二十も生まれ、そのすべてがぎょろりとこちらを見た。
    「マグロォォォォォォォォォォォ!」
     虹の奇跡をひき、闇を纏い、マグロドリームは飛び込んでくる。
    「ひいいいいいい! 死ぬうううう! 今度こそ死ぬううう! マグロに殺されるうううう!」
     じたばた暴れるライラ……を小脇に抱え、優がダッシュでマグロドリームの突撃から逃げていた。
    「奴の胸元を見ろ。スペードのマークが浮き出ている。ブラックフォームを重ねているんだろう。あれをブレイクアウトできるか」
    「えっ、ブレックファースト(あさごはん)なら食べてきましたけど!」
    「彗星撃ちだ、二重のブレイク効果がある。あとワンコお前は霊撃だ」
     優に応じて霊撃を乱射するビハインド・海里。
     ライラは抱えられた状態のままカードから弓を顕現。青い流線模様の描かれた角弓である。
    「はいはい――これでもくらうデース!」
     ライラが立て続けに放った矢がマグロドリームから生まれた無数の目を潰していく。
     闇から飛び出した大量の歪んだマグロがぐねぐねとしたラインを描いて襲い来るが、それを義翼で次々に打ち落としていく優。
    「何枚かエンチャントをはがせたネー!」
    「上出来だ、あとは任せろ!」
     アズマと白焔がそれぞれ拳を握りしめて並んでいる。
     その間を駆け抜けていく優(と小脇に抱えたライラと海里)。
     彼らを横目で見送ってから、アヅマは白焔と目を合わせた。
    「俺が突撃をしのぐ。その間に――!」
    「ああ」
     言わずとも理解した白焔はマグロ突撃を横向きに回避。
     一方のアヅマは蒼い炎めいたオーラを拡大してマグロドリームのボディを受け止める。
     当然受けきれない分は自らの身体に響くことになるが――。
     どすん、とマグロドリームの未だ無事な片目に白焔の突きがめり込んだ。
    「マ゛ッ……!!」
     大きく口を開くマグロドリーム。
     大きくエラを開くマグロドリーム。
     口から、エラから、両目から、あらゆる鱗の間から。
     大量の闇をぶちまけた。
     闇は歪んだ『なにか』となり、『なにか』はまるで癇癪をおこしたように白焔たちを飲み込んでいく。
    「ああ、こりゃあ……あっぶないなあ」
     鼻と口元を片腕でかばうように覆うと、カルムはストールを脱いだ。
     投げるように放つ。すると、ストールは薄く長い鉄板のように伸び、マグロドリームへ一直線に突き刺さる。
     ただ突き刺したわけではない。
     勝利への、もしくは終局への道筋を立てたのだ。
    「何度も悪いですね」
    「ご相伴しますよっと!」
     道上に飛び乗り、走り出すリケと暦生。
    「マ、マ゛ッ……!」
     まとわりつこうとする『なにか』をはねのけ、リケはマグロドリームの正面にバベルブレイカーを叩き付け、杭打ちレバーを握り込んだ。
     ばぎんというえげつない音と共にマグロが大きくけいれんする。
     そして。
    「さよならだ、マグロドリーム」
     包丁を巨大化させた暦生が、マグロドリームを横一文字に切り裂き、そして駆け抜けていく。
     ぱん、という風船のはじけるような音と共にマグロドリームは真っ二つに切り裂かれ、周囲を覆っていた闇も切り裂かれ、そして水に溶けるかのごとくさらさらと消えていった。
     あとに残ったのは破壊されたジャングルジムと自転車小屋と掘り返された土と、静寂だけだった。

    ●『あしがなくても、ぼくはおよげるようになる』
    「わーい、回転寿司を奢ってもらうデース!」
     ばんざいしてくるくる回るライラ。
     頭を掴んでとめるアヅマ。
    「待て、そんなことは言ってない、回転をやめろ」
    「回らないお寿司をおごってくれる!?」
    「そっちの意味じゃない!」
    「お寿司……酢飯との運命のマリアージュ、いいですね。ご相伴します」
     ソラリスが小さく手を上げた。
    「腹は例外なくすくもの。運動のあとは食べるが道理」
    「この期に及んでまだマグロを食べたがるとは奇特な方ですね」
     腕組みしてついてくる白焔とリケ。
    「あ、お店予約しといたから」
     ケータイをぽちぽちやる暦生。
    「まさかそれ全部俺持ちじゃあないよな」
     顔を青くするアヅマ……の両肩を、カルムと優がそれぞれぽんと叩いた。
    「大丈夫や」
    「そんなに高くないとこにする」
    「そこはワリカンにすると言ってくれ」

     かくして闇は晴れ、日常へと帰する。
     日常は、語るべくもない。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年11月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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