望むは温かなティータイム~宝の誕生日

    作者:

    ●ある日の街角にて
     澄み渡る空も高い秋の休日――街を歩く荻島・宝(タイドライン・dn0175)は、清々しさにその体をぐっと伸ばした。
    「ん――、……寒っ!」
     しかし、吹く風は冷たい。伸ばした体は、必然北風をより広い範囲で受け止めて――身を襲った寒さに思わず体を小さくすると、後方からはくすくす、と小さな笑い声が零れた。
    「……あ、姫凜ちゃん」
    「ふふ、宝くん、そういうとこ全然変わらないのね」
     そこには、唯月・姫凜(大学生エクスブレイン・dn0070)。友人との予期せぬ出会いに相好を崩した宝に、笑ってごめんなさい、と軽い謝罪を口にして、姫凜は道の先を指差した。
    「温かいものでも飲みましょ。お詫びに御馳走するから」
     そう微笑んだ姫凜が示すお店のことは、宝も噂に聞いて知っていた。
     2ヶ月ほど前にオープンしたカフェ。甘さ控え目の生クリームとふわふわのスポンジケーキが絶品だと評判が高く、雑誌などの取材も入ったようだが、外装が可愛らしいこともあって宝1人ではとても近づけなかった。
    「実は、1度行ってみたいと思ってた。ケーキ、美味しいんだってね」
    「うん、最高。私のお勧めはイチゴショートと、紅茶の茶葉を混ぜ込んだシフォンケーキ、かな。シフォンに添えてる生クリームが美味しいの! ケーキだけじゃなくて紅茶にも拘っててね、自宅用に茶葉も販売してたわ。コーヒーも、単品で頼んでも生クリームが付いてきて、ウィンナ・コーヒーも出来ちゃうし」
     ケーキは他にも、ガトーショコラやモンブラン、アップルパイ、ティラミスにフルーツロールやミルフィーユ。
     シュークリームにエクレアに、チーズケーキにはレアとスフレ。
     シフォンケーキも紅茶の他にプレーンとチョコを揃えている。
     ずらりと並べた定番ケーキ達の他に、季節毎に内容が変わるフルーツタルトとフルーツゼリーには、今は洋梨が使われているのだという。
     嬉しそうな姫凜の説明から察するに、もう何度か足を運んでいるようだ――流石女の子とでも言うべきか、いつになく饒舌な少女に苦笑しながら、宝は先を促す様に歩き始める。
    「お言葉に甘えて、御一緒しようかな。御馳走は良いよ、俺も行ってみたかったとこだし」
    「……宝くん、気付いてないの?」
     『何に?』と不思議そうに首を傾げた宝に、姫凜はまたくすりと微笑った。
     そして行こうとばかり手を引いて、笑顔でこう告げるのだ。
    「これ、お祝いのお誘いよ? だって――」
     『そろそろ、誕生日でしょう?』と。
     笑んだ姫凜の思い掛けない言葉に、宝は目を丸くすると、やがて『去年もこんなだったね』と、照れたようにはにかんだ。

     ――青空高く、陽光温かな秋の休日。その過ごし方は様々に。
     肌に冷たい北風に背を押されて向かったカフェで、身も心にも温かなティータイムを、貴方も如何?


    ■リプレイ

    ●ご注文は
     来たかったカフェへ足を踏み入れ、愛莉の瞳は輝いた。
     正面のガラスのショーケースにずらりと並んだケーキ達は色鮮やか。注文はどうやら、席に着いてからでもショーケースの前でも良いらしい。
    (「来たものの、甘いものはあまり得意じゃない……」)
     行きたいと言う愛莉に付き添った形の雄哉は、自分でも大丈夫そうなケーキを探す。そこへ、カランとドアベルが鳴り響いた。
    「あ……」
     振り向いた先に現れたのは姫凜と宝。宝とは3年前、ある依頼で同行した――。
    「ん?」
     視線に気付いた宝へ、雄哉は咄嗟の言葉に詰まる。しかし、察してか愛莉は一歩前へ出ると、にっこりと2人へ語り掛けた。
    「こんにちは! 初めまして、ね。姫凜さんと宝くんも、良かったら一緒にどう?」

     秋晴れながらも寒さ鋭いこの日、客は絶えず甘味と温もりを求め扉を開く。
    「室内に入ってメガネが曇る季節になりました」
     修太郎のその言葉に、郁はくるりと振り向いた。真っ白な眼鏡に思わず噴き出すと、同じく笑いながら修太郎がきゅ、と眼鏡を拭く。
     談笑しながら近くの席に着くと、郁は早速無数のケーキが並ぶメニューを開いた。
    「見てるだけでも幸せな気持ちになるよね」
    「僕1回、生クリームフォンデュやってみたい。シフォンケーキとかさ、クリームにシフォンが添えてあります、でもいいもん」
    「生クリーム好きだよね修太郎くん。でもフォンデュかー、私もやってみたい!」
     他愛ない会話が花咲くテーブルは、注文まで暫し時間が必要そうだ。

    「うーん、何が良いかな」
    「レアチーズケーキとホットコーヒー」
    「ニコさん早っ!」
     ショーケース前でケーキを見比べ悩む未知に対し、ニコの注文はまるで『ケーキと言えばレアチーズ』といわんばかりに迷いが無かった。その速さに、未知はショーケースに巡らせる視線を焦った様に急がせる。
     隣でうーんうーんと唸る今日の悪友が可笑しくて、「ゆっくり選べ」とそう告げると、ニコは僅か楽しそうに、座る席を選びに向かった。

    「改めて、ありがとう希沙さん」
    「元気になってほんま良かった。今日は快気祝いやね」
     席に着いた小太郎は、希沙へ先ず感謝を告げた。
     先日、風邪で寝込んだ小太郎――希沙の献身的な看病への、今日はお礼を兼ねた久し振りのデートだ。
    「ミルクティーとエクレアを。希沙さんは?」
    「あ、きさもミルクティーにしよ。それと紅茶のシフォン!」
     小太郎が問えば、声と共に嬉しそうな希沙の笑顔。自分の一言一言に大好きな笑顔が返る希沙との時間は、小太郎には最高の贅沢。そして、大好きな彼が幾度と笑顔を誘う時間は、希沙にとってもかけがえが無い。
     蕩ける甘露を待つ時だって、瞬く間に過ぎるだろう。

    ●心まで温かく
    「女の子だけでお茶会って、なにげに初めてかな?」
    「たまには気兼ねなく女子しちゃいましょう♪」
     グレーのニットカーディガン姿で佇む千尋の微笑みに、赤茶の髪へベレー帽を乗せた紗里亜も笑顔で応じる。
     【糸括】女子4人の今日の装いは、秋を意識し選んだもの。色、柄、素材――そんな訪れる客の華やかさもまた、店内に秋を演出する一助となっていた。
    「いちご生ケーキと、プリン……あ、プリンパフェもあるかな?」
     生クリームのような白いふわふわセーターを着こなす杏子が、目を輝かせメニューを広げる。全員でそれを覗き込むと、紗里亜から幸せな溜息が零れた。
    「目移りしちゃいますねえ……!」
    「ひと口ずつ食べ合いっこ! てるのちゃんは何にする?」
     杏子の提案には、反対者など誰もいない。注文を問われた輝乃は、秋色の着流し姿でじっとメニューを見つめると、1つのケーキを指差した。
    「……紅茶のシフォンケーキ、頼んでみようかな」
    「私も抹茶のシフォンケーキ、行ってみます」
     連鎖する様に注文を決め、緩む頬を隠さない紗里亜。まだオーダーの聞こえない千尋へ「千尋さんは?」と問えば、笑みと共に答えが返る。
    「ザッハトルテかな。飲み物は……あたしは紅茶にしようか」
    「このお店、紅茶も美味しいって。あたしはミルクティー!」
     千尋の言葉に、すかさず杏子も笑顔を向ける。すみません、と輝乃が店員を呼べば、注文の声すら明るく、店内がにわかに華やいだ。

    「うん、洋梨の甘さが程よくてちょうどいい」
     頼んだ季節のフルーツタルトは、タルト上の洋梨のムースと果肉をゼリーでコーティングしたもの。生クリームこそあるが、さっぱりとした口当たりだ。
    「でも、苦手なのに甘味に付き合ってくれるなんて……2人はどんな関係?」
    「私とおにいちゃん? ……お互い、大切に思っている関係、かしら……もともと幼馴染だけど」
     姫凜の問いに答えた愛莉の言葉に、雄哉は静かに頷いた。そのまま姫凜と愛莉の会話は続いたが、雄哉の視線は向かいの宝へ向いていた。
    「荻島先輩、お誕生日おめでとうございます。……ずいぶんお久しぶり、ですよね」
     覚えていないかもしれませんが――そう続く雄哉の言葉に、宝の視線が雄哉へ向かう。
    「3年たてば、人間変わるものですね。……もちろん、いい意味で、です」
     長い様で、あっという間に過ぎた時間。雄哉も出会いと経験を重ねて、良い方向へ変わって来れたと思っている。
    「有城君も?」
    「ええ。ようやく前を向こうって、決意できましたから」
     宝の問いに自信を持って答えると、宝は「そっか、でも」と笑みを深めてこう続けた。
    「覚えてるよ、『あきらめないで』ってあの言葉。優しい所はきっとずっと変わってないよ」
     お祝いありがとう、と。嬉しそうに笑った宝に、雄哉は目を見開くと――照れくさそうに、感謝を述べて微笑んだ。
    「それにしても、生クリーム美味しい……」
    「ね、松原さんもう1個頼まない? 良かったら違うのを頼んで半分こしましょう?」
    「いいの? じゃあ私はガトーショコラを追加しちゃうわ」
     気付けば、隣では愛莉と姫凜も女の子同士盛り上がっていたようだ。意気投合し2個目の注文を画策する様子に、宝と雄哉も苦笑しながら加わっていく。
     のんびりとした楽しい時間――穏やかさに、ふと愛莉は微笑んだ。
    (「このご時世、ここまでのんびりできる時間は貴重だから」)
     だから、嬉しさは隠さない。雄哉が笑っているのも嬉しくて――こんな思い出を、これからも沢山重ねて行きたいから。

     運ばれてきた未知のオーダーに、ニコは思わず呟いた。
    「未知は本当に抹茶が好きだな、抹茶尽くしではないか」
     ドリンクは抹茶ラテ。運ばれてきたスイーツは、抹茶シフォンに抹茶ロール、抹茶プリンに抹茶エクレアと、ひたすらに抹茶である。
    「好きなもの全部頼もうと思ったらこうなった。……あっ、シフォン生地すげー超ふわふわ!」
     しかし当の本人は楽しむ気満々だ。フォーク越しのシフォンケーキの感触に期待は高まり、早速一口頬張れば、声にならない歓声を上げた。
    「……!」
    「美味しいか」
    「うん! 生クリームも甘すぎなくていくらでも食えそう。あっニコさんのケーキもおいしそうだな」
     一方、猫舌故のコーヒーを冷ます間ケーキに手をつけていなかったニコだったが、笑顔で一口請われれば、快くケーキを未知へ差し出した。
    「よっしゃ、じゃあ遠慮なく」
    「あっこら、一口と言っただろう! 取り過ぎだ!」
     しかし予想外にざっくりと大きく奪われたケーキに、ニコは憤慨するも未知は御満悦。ならばとニコは未知の抹茶シフォンにフォークを伸ばすと、お返しとばかり生クリームまで、確りと取り返した。
    「あーちょっと! 取りすぎ!」
     一気に減った抹茶シフォンに、自分のことは棚に上げて怒る未知。しかしニコは素知らぬ顔で咀嚼すると、未知へこう言い放った。
    「此れでお互い様だな」
     でもニヤリと笑んだその口の端の生クリームに――未知は思わず噴き出すと、暫く笑いを止めることが出来なかった。

    「美味しい」
     ガトーショコラを一口、零れた修太郎の言葉に郁も笑顔で同意する。
    「うん、美味しいねー」
     此方はモンブランとイチゴショートだ。一口ずつ味わったのち、郁は何気なくイチゴショートを一掬い、修太郎へと差し出した。
    「あーんてしてください」
     一瞬きょとんとしてから、修太郎は言葉に応じる。差し出された匙に喰らいつくと、「じゃー僕のも」とレアチーズケーキを一掬い郁へと差し出した。
    「美味しい! って、どーかした?」
    「ふ、あーんをナチュラルにできる僕ら、すごくない?」
     修太郎のその言葉に、郁の顔はみるみる真っ赤。美味しいものは分け合いたかっただけだが、改めて言われると――気恥ずかしさに、郁は慌てて話を逸らす。
    「そ、そーいえば、去年の今頃一緒に買い物したっけ。来年のカレンダー準備した?」
    「カレンダー?」
     修太郎も思い出したのだろう、咀嚼していたレアチーズケーキを飲み込むと、うーん、と小さく唸ってみせる。
    「今探してるとこ。進路も、考え中だねえ……」
     他人が聞けば、カレンダーから進路への話の飛躍には首を傾げることだろう。しかし郁にはそれが解る。
     これは昨年の会話をなぞった会話――だから郁は昨年彼がしてくれた様に、こう言葉を贈るのだ。
    「決まったらお祝いするから。またどこか行こうね」
     小指差し出す、その流れまで去年と同じ。
     ――願わくばこの先も、こんな穏やかな遣り取りを重ねていけたら。
    「うん。じゃあ約束」
     願い重ねた小指に、修太郎は優しく微笑んだ。

    ●分かつ幸せ
    「戦いから無事もどったら、いっしょにパフェやパンケーキ食べようネ! って約束したの、おぼえてる?」
     ポンパドールの言葉に柔らかく微笑んだりねは、視線をショーケースから少年へ移した。
    「ちゃんと覚えてるよ。だって、それが明日に繋がるんだもん」
     その言葉には、約束果たせた嬉しさを乗せた。ポンパドールは嬉しい様な、少し照れくさい様なくすぐったい感情を胸に覚える。
    「あれからおれ闇堕ちまでしちゃって、りねにたすけてもらっちゃって……もうホント、今日はガッツリお礼しちゃうからネ! 具体的にはごちそうしちゃう! すきなのたべてネ!」
     だから、灰の瞳を緩めると、少年は努めて明るくそう語った。

     見つけた宝へ誕生日おめでとう、と祝いの声を掛けながら貴耶が空いた席に腰を落ち着けると、向かいではメニューを広げ、さくらえがご機嫌に笑んでいた。
    「貴耶も店持つんだろー? だったら色んな店見とくのはいいと思うんだよねっ」
     その言葉は尤もだが、店内を見渡せば、その様子は自分の意向とは正直真逆の方向性。
    「だが、こんな女子向きな店は……」
    「そいえば貴耶、前に作ってくれたガトーショコラ。あれすごくよかった」
     しかしさくらえの思い掛けない言葉には、『敷居が高い』と言い掛けた口を噤んだ。
    「ガトーショコラとチーズケーキあたりができたら、食事をメインにしたお店だと上出来だと思うよ」
     あまり得意でないスイーツを褒められ嬉しかったこともだが、続くさくらえの意見が至極真っ当だったからだ。出すのがどんなお店でも、メイン料理に限らず気を配ったメニューを用意することは、重要にして盲点の様にも思えた。
    「そうか。だが女性向きに作るとしたら、もう少し濃厚な方がいいか」
    「てことで。ほい、おべんきょおべんきょー」
     納得した貴耶に差し出されたのは、目がチカチカする程カラフルなメニュー。
     何事も勉強だが、ケーキや紅茶の多様性には驚いて、どれがどんな味なのかも皆目検討がつかない。困るその間さくらえはと言えば、いつの間に捉まえたか店員へ注文を伝えていた。
    「ガトーショコラにベイクドとスフレなチーズケーキ、イチゴショートケーキ、それから珈琲は2つで」
     何を頼むか聞かれた覚えも無いのだが、それは明らかに2人分。しかし選ぶことも出来ない貴耶にすれば、助け船の様に思えた。
    「季節のフルーツタルトは、妹弟にお土産ってことで?」
     そう締めたさくらえは、どうやら既に帰りのことまで考えていたらしい。にっこり笑んだ今日の彼の思慮深さには、最早脱帽するほか無く――「そうだな」と貴耶は素直にそう答えると、負けたとばかり微笑んだ。

     給仕されたケーキを一口頬張った希沙と小太郎は、目を見開いて視線を交わす。
    「うわ、本当に美味しい」
    「ほんま絶品!」
     思わず頬を手で覆い、希沙は味の余韻に浸っている。その味は聞くまでもない、幸せそうに相好を崩す彼女を、小太郎も穏やかに見つめた。
    「希沙さん此処、たっぷり詰まったとこ食べて。納得の絶品です」
    「このシフォンもふわふわやよ!」
     互いに感想を言い合い、クリームたっぷりのエクレアと紅茶の風味が効いたシフォンを交換する。幸せを分かち合う様に。
    「家でも作ってみたいですね。近いものなら作れるかも」
    「ね、作ってみたい。こんなに上手くできひんけど、きさ達の味、みたいな」
     思い浮かべた光景に、笑顔を交わす2人。
     これはきっと、希沙と出会わぬ過去の自分ならば考えもしなかった。でも今は、作る楽しさを希沙が教えてくれた――そんなことを思えば小太郎は、目の前で微笑む可愛いひとに言葉でちゃんと伝えたくて。
    「腹一杯になれば何でもいいなんて、もう言いません。今後とも、少々贅沢に育った食欲にお付き合いください」
     まるで求婚の様な共にと望む小太郎の言葉。希沙は頬を薔薇色に染めると――蕩けそうな笑顔を浮かべる。
    「……きさこそ完食して貰える幸せも教えてくれてありがと。これからももっと贅沢になろね。……へへ」

    ●幸せなティータイムを
    「千尋さん、輝乃ちゃん、最近どうなんです?」
     ふかふかの抹茶シフォンにフォークを刺し、紗里亜はご機嫌にそう切り出した。
    「どうって?」
     ごくん。同じくふかふかの紅茶シフォンを飲み込むと、輝乃はきょとんとして首を傾げた。いつものように友達や義兄姉と過ごしているだけ――そう風に答えれば、苦笑しながら千尋から『彼氏の話』と補足が入る。
    「輝乃は今年も一緒のクリスマスなの?」
    「うん。今年も一緒にどこか行こうかって誘われているよ」
    「うわーいいなぁ♪ 千尋さんは?」
    「先輩とはこの間もデートしたし、クリスマスの予定、色々考えてるんだ。きっかけは、今年の春にね……」
     惚気話には、時々きゃーっと小さく歓声が上がる。女の子達の恋の話の前では、甘さ控えめな生クリームもほんのりと糖度を増す様。
    「さりあ先輩にはね、ぐいぐい引っ張ってくれるような人がお似合いって思うなの。素敵な人、見つかるといいね」
     そう語り、杏子はミルクティーをこくりと飲んだ。温かさにほっとすれば、顔を上げた所でふと、千尋からの視線に気付く。
    「どうしたの?」
    「キョンは、気になる人はいる?」
     自分に振られるとは思っていなかった杏子は、少し考えたのち――素直な気持ちを、穏やかな笑みで語った。
    「あたしは、今は恋よりも、大切な友達の虹色のイフリート。絶対、もう一度名前を呼ぶの」
     前を向くその言葉には、輝乃達も目を見合わせて微笑んだ。
    「……ふふ、あっという間に食べちゃいましたね♪」
     気付けば全員のケーキが姿を消していて、紗里亜はまだ紅茶の残るティーカップに触れる。千尋がローズヒップティーを頼むというので、合わせて注文したものだ。
     ……まだティーポットにも残っている。
    「……フルーツ系のケーキ、頼んでみようかな」
     輝乃の小さな呟きに、待っていたとばかり、千尋と杏子からも声が上がる。
    「もう一品、アップルパイも追加で!」
    「あたしは抹茶パフェっ」
    「みんな食べますね。体重は気にならないんですか……?」
     紗里亜の言葉には、一瞬の沈黙。しかし。
    「……ボク、大きくなりたいから」
    「だ、大丈夫、この位のカロリーなら許容範囲だ……!」
     ふるふる震える輝乃と自分に言い聞かせる様に千尋が言うと、その様子が可笑しくて――紗里亜は思わず破顔して、元気良く声を上げた。
    「……よし、私も今日は気にしません! すみませーん!」
     ケーキが美味しくて、紅茶が残っていて、恋の話が楽しすぎるのがいけない――あらゆるものを言い訳に、女の子達の甘い時間はもう少し続くようだ。

    「りねは何にしたんだっけ?」
    「私はシフォンケーキと紅茶。ポンちゃんも、だよね」
    「うん、おれもシフォン! 噂の絶品スポンジ堪能したくて。味はチョコにしたよ」
     穏やかな会話が今日のメニューの話へ差し掛かったポンパドールとりねのテーブルへ、2種類のシフォンケーキと紅茶が運ばれてきた。
     カップから紅茶の湯気と香りが立ち上れば、ケーキの見た目はシンプルでも、テーブルが華やぐ心地がする。しかし場を何よりも華やかにするのは、一口ケーキを頬張り、嬉しそうに咲くりねの笑顔だ。
    「美味しいね。シフォンケーキのふわふわが好き」
     同じくケーキを頬張りながらその一連を優しく見守るポンパドールは、感じた幸福感に相好を崩す。
    (「一緒に来れて良かった。……約束、やっと果たせて良かった」)
     紅茶を一口含んで、ほっと一息つきながら。そんな思いが過ればふと、笑顔のりねを、もっと幸せにしたくなって。
    「りね、こっちもひとくち食べる? むっちゃおいしいよ!」
    「え、ポンちゃんのくれるの? ありがとう。とっても嬉しい!」
     違う味の同じケーキと幸せな時間を分け合いながら、2人は願う。
     分かち合う幸せが、どうかずっとずっと続きます様に。
     こんな幸せなひとときを、いつまでも重ねていけますようにと。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年12月4日
    難度:簡単
    参加:16人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ