白亜邸の魔物

    作者:四季乃

    ●Accident
    「ラジオウェーブによるラジオ放送が確認されました」
     このまま放置していれば、いずれ電波によって発生した都市伝説がラジオ放送と同様の事件を起こしてしまうだろう。集まった灼滅者たちを前にして、そう前置きをした五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は、静かな口調で語り始めた。

     白亜邸には魔物が棲んでいる。
     明治後期に建てられたというその古い館は、外壁が穢れを知らぬ雪のように白い事から、そう呼び慣らわされていた。住んでいたのは華族の血が流れるという、やんごとなきお生まれの一族であったそうだが、平成を幾らか過ぎた頃より人の手の入らぬ廃屋と化していた。
     館の女主人はリリィと云う。
     それは雪花石膏のようになめらかな肌をしており、腰にまで届くほど伸びた髪は白百合を思わせる白さで絹の如し。琥珀の色をした淡い瞳を縁取る睫毛は、伏せば頬に影を落とすほどの長さだった。クラシカルなワンピースに身を包んだ楚々とした少女は、浮世を憂うような微笑を常に浮かべている。
     新月の夜、人形愛好家の元にだけ届くという一通の白い招待状。むせ返るような百合の香が焚かれたそれは、リリィが主催するドールパーティーへのお誘いだ。
     あなたが自分の命を惜しいと思うのなら、そのパーティーに行ってはいけない。
    「あなたは『わたし達』を大切にしてくれる善い人なのね。それならば肉の器を棄てましょう? そうすれば『わたし達』とずっと一緒に居られるでしょう?」
     リリィに招待された愛好家たちは、白亜邸に行ったきり行方知れずなのだ。

    ●Caution
     その白い館は、とある人形作家の球体関節人形が展示される予定だという。
    「白亜邸の魔物と呼ばれる女主人リリィの実態は、球体関節人形なのです」
     実はリリィと云うのは館に住んでいた一族の末娘が一等大切にしていた人形なのだ。
     末娘に大切にされてきたために魂を得たリリィが、大好きな家族と永く共に居たいがために彼女らの魂を身体から剥ぎ取ってしまったのだという説もあれば、自分を置いて時を生きる人間に嫉妬して人形に閉じ込めてしまうといった説も語られ、リリィがなぜ魂を得て動き出したのかといった点は、聞き手の想像力をかきたてるように曖昧に語られていた。
    「確実に言えるのは、ドールパーティーに出席する者を襲う都市伝説が発生するということです。大切にされてきた人形が何を想い魂を奪うのか、その真実は分かりませんが、都市伝説が実際に人を襲う前に灼滅することが出来るのです」
     赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査によって、都市伝説を発生させるラジオ放送を突き止めることが出来た。今はその事実が重要なのだ。

     ドールパーティーは夜二十一時から開かれる。館に招待状を持つ者が訪れると、リリィはその時刻より姿を現すようだ。また彼女は球体関節人形だが、ヒトと見間違うほどの大きさをしているらしい。
    「彼女の傍には、持ち主であるとされるお嬢さんと思しき人形が付き添っているようです。彼女はそれを、とても大切にしているらしいのです。またお嬢さんの両親だと思われる人形なども会場に現れるそうです」
     実際に襲い掛かったり攻撃をしかけてくるのはリリィ本人だが、それらの人形も動くことは出来るようだ。何らかの障害になる可能性も十分にある。もし周囲に他の人形が現れるようであれば、それはリリィが魂を奪い人形に閉じ込めてしまった犠牲者の愛好家たち、ということになるのだが。
    「魂を閉じ込めた張本人であるリリィを倒すことが出来れば、他の人形たちも動かなくなると思われます。本当の魂では無いとは言え心苦しいものではありますが、どうか油断はされないようお気を付け下さいね」
     あくまでこれらは放送内で得た情報で予知ではない。万が一にも予測を上回る能力を持っている場合や、予想外の状況が待っているかもしれないので、くれぐれも用心してほしい。
    「会場には作家さんの人形が既にいくつか設置されているようです。あまり脅威ではないと思いますので、無事に終えたら一足早く鑑賞させてもらっても良いかもしれませんね」
     そう言って、姫子は小道具として作成した一通の白い招待状を机上に差し出した。


    参加者
    六合・薫(この囚われない者を捕らえよ・d00602)
    皇・銀静(陰月・d03673)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)
    鈴森・綺羅(自然の旋律・d21076)
    斎・一刀(人形回し・d27033)
    佐藤・しのぶ(スポーツ少女・d30281)
    アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)

    ■リプレイ

    ●Overture
     霏々として絶えず注がれる月光は、真っ直ぐと大階段の絨毯を照らし、それはまるで階上に控える絶対者の存在を示唆しているかのように思われた。
     夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)はソファに座した西洋人形と目線を合わせるように覗き込む。
    「わぁ、可愛らしい人形が沢山ありますね。これって、動いたりしない、でしょうか?」
    「動いても不思議じゃなさそうだよな」
     そう言って、にこりと人好きのする笑みを浮かべたのは、霊犬の清蓮を携えた鈴森・綺羅(自然の旋律・d21076)だった。彼の傍らには、ワンピースに施された細やかな刺繍を興味津々に見つめる佐藤・しのぶ(スポーツ少女・d30281)が居て、その横顔越しに仔猫のぬいぐるみを片腕に抱いた皇・銀静(陰月・d03673)が見えた。彼は仮置きされた展示品を物静かに鑑賞しているらしい。
    「人形っていいよな」
    「私も、人形は大好きですよ、可愛いですよね」
     顔を明るくさせてこちらを振り返った緋沙の言葉は弾んでいる。
    「こう見えても、俺も人形は色々と集める趣味があるんだよ。人の魂が籠ると思えば、もっと面白みがあるんだが」
     二人の会話を耳にしていた、淳・周(赤き暴風・d05550)は丸い天窓を振り仰ぎ「変わった館もあるもんだなー」と一人呟いた。
    (「都市伝説になってるから多少は誇張されてるんだろうけど、元の所有者は実際の所どんな人だったのか、ちと興味あるな」)
     ぴら、と白いそれをひっくり返すと、百合の形をしたシーリングスタンプで封をされた招待状から、ふんわりと芳しい花の香りがした。館には花瓶が幾つも見られたが、そのどれもが花の飾られておらぬ、空であった。
    (「まあそれはともかく人形が勝手に動いてあれこれとかホラー、それも人死に出るタイプと合っちゃ放っておけねえ。確実に潰すぞ!」)

    ●Cantabile
    (「なぜに人形にしようかっていうと、まぁ心当たりはたくさんあるわけだけど……」)
     一体、一体、人と接するようにじっくりと鑑賞するアリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)とは対照的に、大階段を仰ぐ六合・薫(この囚われない者を捕らえよ・d00602)の胸中には、聊か複雑に絡み合う思いがあった。
    (「だからこそなんというかシンパシーを感じるわけで……ううむ、あんまりのめりこみ過ぎるとこっちまで魂を奪われそう」)
     ふるふる、とかぶりを振ると、薫の艶やかな黒髪が空気を含んでふわりと舞う。
     華奢な肩口に広がるそのさまが視界の端に映ったのだろう。それまで来賓用のソファに腰掛け、己が持つ人形とは趣の違うそれらを見渡していた斎・一刀(人形回し・d27033)の瞳が、自然大階段の方を向く。
    (「人形の館には苦い記憶があるんだよねぇ……クククっ。あの時は生身の少女だったから慈悲が強すぎたんだな」)
     思い出して小さく笑う一刀の様子に、ソファ横に控えるビハインドがほとりと頸を傾げている。
    「ケケっ。今回は慈愛をもって灼滅してあげるよ」
     少し角度の上がった顎、どこかに寄越された風にも取れる一刀の言に、小さな笑い声が折り重なる。
    「まぁ嬉しいわ。こんなに沢山のお客さまがいらして下さったなんて」
     コツ、と小さく控え目な音が立った。それに伴う何か軋むような不自然さは、階上の薄暗さから近付いてくる。
     ふわり。
     突然、辺り一帯に強い花の香が充満した。違和を感じ短く息を呑んで振り返る灼滅者たちの視界に映ったのは、空であったはずの花瓶に、溢れんばかりの白い百合が花開く姿であった。

    ●Vivace
     雪解け水が流れる春のように透き通った美しい声だった。『彼女』は和装姿の少女を控えさせた状態で、階段を丁寧に降りてきていたのだが、ひやりと空気が流れる気配を感じた刹那、階段から『彼女』の姿だけが掻き消える。
    「わたしには、もう分かっておりますから」
     ぞっとするほど至近で聞こえた声。
     瞬きの合間という恐ろしい素早さで眼前に現れた琥珀色の瞳に、彼――銀静は小さく呼気を漏らした。ふっ、という短い吐息の中で手中に魔鎧「牙狼」を握り締めてみせた銀静は、彼女の細い肩を掴むと懐に刺しこむような形で胴を貫いた。
    「えっ……」
     異物が食い込む感覚に対してか驚愕に満ちるグラスアイが、今にも零れ落ちてしまいそうである。ふらり、と一歩後退した一方、背後から勢いをつけて銀静に飛びかかろうとしたのは、男女の人形であった。
    「後ろです!」
     それまで閉じられていた左目がカッ、と開眼する。
     アリスの強い一声に反応し、咄嗟に駆け出した緋沙は、彼らとの間に割り込むように身を捻じ込むと、手加減を加えた一撃で壮年の男を突き飛ばした。
    「人形に魂が籠るって話はよく聞きますけど、人型をした物には魂を引き寄せる何かがあるのでしょうかね? ともあれ、犠牲者が出る前に、今回の事件を解決しましょう」
    「――行きます!」
     強い宣言に小さく息を呑むように肩を竦めた『彼女』――リリィは、流星を思わせる煌めきを零しながら駆けてくるしのぶを見て、右腕を外側へと払うような仕草をしてみせた。それは彼女の動作に沿うように、細い風のような鋼の糸をしのぶの膚に寄越したのだが。
    「これくらいでは止まらないっ」
     傷を厭わず、真正面からリリィの元へと踏み込んだしのぶは、体操着からしなやかに伸びる脚を持ち上げ、床から飛び上がると一直線。リリィの薄い胸部を蹴り飛ばしたのだ。
     炸裂する蹴り技の威力に耐え切れず、球体関節人形の躯体がころりと横転する。咄嗟に手を突いて起き上がろうとしたが、そこへギャリギャリと掻き鳴らされるバイオレンスギターの激しいビートに、たまらず眉根を寄せる。
    「そうかー、人形が大好きか。アタシはアンタほどに好きである、とまでは言えねえがそれでも好きだぞ。どっちか言うとアクションフィギュア派だし。好きに飾って、着せ替えて、動かして色々な愛で方できるのはいいと思う」
     不思議そうに頸を傾げるリリィは、どうやらフィギュアを知らぬようだった。
     だがアリスはそのきょとんとした様子に反応はせず、まずしのぶに対して防護符を飛ばし回復を優先した。ともすれば、その代わりを務めるようにダイダロスベルトを振り上げた綺羅が、パートナーに向かって笑みをみせる。
    「いくぞ清廉。回復は任せたぜ!」
    「わふっ!」
    「さぁ、どんどん動きを見切って命中精度を上げていくぞ!」
     言うなり、綺羅は宙をくねりと舞うベルトの焦点をリリィの脚部に定めた。射出された、まるで蛇のようなしなやかさを持って迫りくる帯に目を眇めたリリィ。しかし何の合図も行われずに、左右からぞろりと数体の人形が現れる。まるで彼女を守るかのように壁となる男女の人形。生気の感じられぬガラスの瞳に、ククッと喉が鳴る。
     サイキックエナジーを伝わらせた鋼糸にて操られる男女2体の人形『雨姫と砂侍』が、細い光を零すシャンデリアの灯りの下で妖しく浮かぶ。
    「……カカっ。人形回しとビハインドの舞。特とご覧あれ」
     リリィが壁の裏側で息を呑むのと、一刀の鮮やかな手捌きによって四方八方からオーラキャノンを浴びせられるのは実に僅差のことであった。どさくさに紛れ、隙間を縫うように迫りくるダイダロスベルトを脚に受け、転がるように転倒しかけた背面に強く発光する一撃が寄越された。それがビハインドが撃ち込んだ霊撃であったのだと知るのは、片腕を異形巨大化させた薫がリリィの背面を殴りつけて、地に伏されたのちのことである。
    (「人間を人形にしてしまう人形のお噺ですか。――愛や憎しみを注がれた人形は時として心を持つ噺を聞きます。……が、ほとんどが歪んだ心を持った人形です)」
     リリィはアリスよりもうんと背が高かった。灼滅者たちの中で言えば、薫と同じくらいだろうか。
    「悲しい人形噺の結末……必ず変えてみせます」
     己の信念を奮い立たせた、まさにその時だ。
     リリィの踊るような両手の仕草に周囲の人形たちが一斉に動き出す。彼らの手にはギラリと月光を照り返す刃物が握られており、何をするのかと身構えたところで前衛たちに向かって襲い掛かったのだ。それはまるで踊るように、泳ぐように、膚を斬り付け、引き裂き、鮮血の花を一斉に開花させる。膚の上を氷が走ったような感覚がした。それからスゥ、と赤が滲み上がるのだ。浮かび上がる傷口に目を眇めたのは薫だった。
    (「自分の闇の中にも球体関節人形のダークネスがある……気がする。今思えばそれは『ずっと美しくありたい』『他人に仕えたい、きれいなままでいたい』という欲求から来ているものだと思う」)
     その欲求が叶えられたなら、きっとこのように膚は傷付かず美しいままなのだろう。
    (「だから、リリィの言いたいことはわかる。なんとなく」)
     くすくすと、愉悦そうに笑う人形は確かにヒトと見まごうほどの美しさだった。未だ階段上に在る和装の人形――リリィの持ち主であったとされる末娘のそれよりもずっと。
     そんな欲求をくすぐられると、ふらふらとリリィについて行ってしまいそうだ。肉の器を捨てて人形になるというのも素敵に思えてしまうから――。
    「わたしも、人形になりたい……」
     わん、と犬のひと鳴きが聞こえた。
     淀む思考を掻き消すような清蓮の鳴き声にハッとして薫の瞳に光が戻ったとき、数多の傷が瞬く間に癒されていくのを実感する。どうやら浄霊眼を施してもらったらしい。視線を持ち上げると、封縛糸を操る一刀と、周の影縛りに躯体を絡め取られたリリィが、しのぶの閃光百裂拳を浴びているところであり、視界の端では、七不思議の言霊を語るアリスの姿があった。
     薫の呟きは、どうやら清蓮のそれに描き消えたらしかった。小さく吐息を漏らした薫は、マテリアルロッドをきつく握りしめると視線を持ち上げる。
    「強い魂が宿ったお人形も、素敵だわ」
     強がりなのか、本心なのか分からぬリリィの声がする。リリィは人形たちを操って攻撃させて、自身はその場から退こうとしているようだった。
    「おっと、こちらは通行止めだぜ!」
     赤色にチェンジされた交通標識を突き付ける綺羅が現れたので、びくりと細い肩を揺らしてたたらを踏む。サッ、と視線が余所の逃げ道を探すのだが、綺羅がその一瞬の隙を突くようにレッドストライクを振りかぶる方が数段早かった。殴り倒された勢いによって床を滑るように転がり込んだ先には、ロッドを振りかぶる薫が居て、彼女から繰り出されたフォースブレイクは強烈だった。
     キッ、と剣呑な光を宿して睨み付けるリリィが、右腕を振り上げる。
    「私の槍よ、敵を穿つ力となれ!」
     槍を構えた緋沙の言葉に身が竦む。咄嗟に己の鋼の糸で応戦の様子を見せたのだが、
    「……お前らは人形じゃない。人形なんかじゃない」
     脇から聞こえた低く唸るような声に、寸の間動きが静止。琥珀の瞳を巡らせると、脚に焔を纏った銀静が居た。
    「僕は……人形は好きですよ……だって、人形は僕を傷つけない。僕を苦しめない。だから……」
     あるはずのない『膚』が粟立ったようにすら感じられるほど、その気迫に怖じ気づいている。
    「僕を傷つけ攻撃するお前らは人形なんかじゃない!」
     魂の怒号とも思える言葉と共に力強く踏み込んだ――そう思った矢先に、外した視界の外側から緋沙の螺穿槍が脇腹を穿たれ、軽く宙に浮いたように爪先が床から離れた。そのとき、激しい炎を燃え上がらせる銀静の蹴りが胸部に命中。勢いを殺せず吹き飛んだリリィへと、ビハインドが更なる追撃を持って追い込んでいく。
     ぎゅ、と握られた周の拳に、焔が吹き上がる。続けざまの炎にすっかり萎縮したらしいリリィは、腰を抜かしてもう立ち上がれないようだった。それでも彼女を守ろうとする周囲の人形たちを目にした一刀の三白眼が、キッと豹変する。
    「ツクリモノの戦いにホンモノが邪魔をするなど許しませんよ……キキっ」
     軽やかで一切の無駄のない動きで結界糸が張り巡らされると、人形たち全てを一絡げにしたところへアリスの五星結界符が一斉発動。築かれた攻性防壁によってそれらはくたりと床に伏してしまった。
    「君もそろそろ、潮時かな?」
    「い、いやよ!」
     綺羅の言葉に反発し、尚も崩れた脚で立ち上がろうとするリリィ。その様子を見て、周は傍らにいたしのぶと顔を見合わせ頷き合うと、共に駆け出した。まず周がその拳に宿した炎を持って、リリィの躯体にレーヴァテインの一撃を叩き込むと、後方へ倒れ込みながらも、伸ばされたしのぶの手から逃れようと鋼糸を巡らせた。だがリリィの背面から音もなく間合いを詰めた銀静が振り下ろした戦艦斬りを浴びて、躯体が前方へ傾いてしまったのだ。その拍子に胸倉を掴まれたリリィは、息が止まりそうな圧迫感と世界が回転する気持ち悪さを覚えた。次いでホールに響いた激しい音は彼女の心を折るには十分であった。
     投げ飛ばされたリリィの元へ、アリスと薫が駆け寄っていく。二人はそっと目配せをしあい薫の「恨みっこなし」言葉頷き合う。
    「わたしと一緒にいきませんか? 愛する人を想い同じ刻を過ごしたいと願い続け、人となった人形のお噺として語りましょう」
     乱れた白い髪の隙間から琥珀の視線が寄越される。リリィはどこか憑き物が落ちたように穏やかな瞬きを落とすと、
    「それも素敵だわ」
     小さく、零した。
     途端、リリィの身体が白い光と成って崩れ始める。欠片は月光の中で舞い上がると、アリスの左目に吸い込まれていったのだ。
    「此処の人形も、何か現世に未練があったのでしょうかね?」
     気が付けば、花瓶の白百合が消えている。残されたのは作家が持ち込んだ人形だけのようだ。零した緋沙の言葉に、転がった人形たちを元通りにしていた周が「どうなんだろうなぁ」と頸を傾げ、すぐ傍で埃を手で払っていた薫は、そろりと大階段を見上げてみた。
    「美しい姿を見てもらうってのは人形にとってもいいこと……かも。人形館として一般人が見るにはちょっと危なっかしいけども」
     少し離れた場所に居た一刀は、人形を鑑賞しつつ傍らのビハインドに問いかけた。
    「……尾。リリィが自由になれた代償は何だったんだい? クククっ」

    ●Fnale
    「あれ、まだ残るの?」
     館の玄関から一歩出たところで、綺羅が頸だけ伸ばしてホールを覗くとコクリと小さく頷きが返ってきた。どうやら銀静は一人館に残って人形の修復作業を行うようだった。
     先に、帰っていて下さい。銀静の静かな言葉に、灼滅者たちは小さく頷き労いの言葉を最後に館を後にする。
    (「物言わぬ人形はもう人を傷つけはしないだろうから。だけど……人形は結局人も愛しはしない……それでも」)
     振り仰ぐと、天窓から差し込む月光が銀静を照らしていた。睫毛を伏せると、リリィの笑い声が耳に残っているような、そんな気がする静かな夜だった。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年12月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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