
●Accident
「ラジオウェーブによるラジオ放送が確認されました」
このまま放置していれば、いずれ電波によって発生した都市伝説がラジオ放送と同様の事件を起こしてしまうだろう。五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)はそのように前置きすると、放送内容を語り始めた。
その怪談は一人の悪霊が起こしている。
どちらかと云えば田舎寄りの、大きな川沿いにある小学校。その敷地内には木造の旧校舎があって、一階部分は学童保育に利用されていた。七不思議はそこで起こる。
毎夕四時を回ると、学校前の川から校舎の入り口までぽつ、ぽつ、と濡れた足跡がつきはじめるだとか、三年五組の教室の電気がひとりでに点いて、教鞭を執る低い男の人の声がどこからともなく聞こえてくるだとか、はたまた日が暮れはじめる宵闇の中で突然鈍く重たい衝撃と車のブレーキ音が破裂するだとか、夜になると男の慟哭が響き渡るだとか。
それら全ての怪異の正体は、かつてこの旧校舎で先生をしていた男なのだと云う。
昔は学校前の道路にフェンスもガードレールも無く、川までは土手だった。ゆえにかグラウンドから出てしまったボールを追いかけ、子どもが飛び出したりなどする大惨事になりかねないことが少なからずあったのだ。
彼は――フユキ先生は車道に飛び出した児童を助けるために車に撥ねられ、川まで転落してしまい亡くなった。フユキ先生は次の春で学校を去ることが決まっており、三年生の担任であった彼は生徒たちを見送ることが出来ずにいることを、死してなおも後悔している。
その無念と悲しみが川辺より這い上がり、かつて自分の教室であった三年五組に吹き溜まり悪霊と化してしまったのだ。
「出席を取る」
それはまるで、沼の底に沈むような粘り気を含んでいて、耳から滑り込むと脳髄に絡みつくような虚無感を寄越してくる。一瞬でも気を抜けば生気を全て持っていかれるのではないかとすら錯覚した。
興味本位で旧校舎に忍び込んだ者たちは、全身ぐっしょりと濡れた姿で帰ってきた。そうしてみな口々に言うのだ。
「先生の言いつけは守らなくちゃ」
うわごとのように、虚ろな瞳でそう繰り返していたという。
●Caution
その小学校も大きな川沿いにあった。夏の時期になると生徒たちが遊泳できるほどの広さと深さではあったが、幸い水難事故や車道での飛び出し事故などは確認されていない。
「ですが敷地内に旧校舎があったり、一階部分が学童保育で使用されているなど共通点が多いのです」
つまり姫子は、この小学校にラジオ電波の影響で都市伝説が発生するのも時間の問題だと判断した。出現するタイミングは事故が発生したと思われる夕方四時過ぎ。三年五組の教室に現れる。
「夜になると男性の慟哭が聞こえるというのは……恐らく、フユキ先生が死に直面した時間、と云うことなのでしょうね」
ラジオ放送によると、それきりプツリと怪異は止まるそうだ。そのため、慟哭が聞こえる前に灼滅する必要がある。
都市伝説――フユキ先生は二十代後半の若い男性らしい。
放送内では溌剌とした優しい人だったとされているが、事故が影響しているのか、彼は全身ずぶ濡れで額からは血を流しているのだそうだ。彼が歩くと床はぐっしょりと濡れ、声は深く深く淀んでいる。
「逃げ帰った者は一様にずぶ濡れになっている、という点から恐らく水に関係する何かを寄越してくるのでしょう。恐らく攻撃と見てよろしいかと」
無念と悲しみが積もり積もって悪霊を作り上げてしまう。悲しい出来事に思うだろうが、フユキ先生はあくまでもラジオ放送での人物だ。それが具現化し、実際に小学校に通う子どもたちや一般人を傷つけてしまうのは頂けない。
これらは放送内で得た情報のため、予知ではない。可能性は低いと思うが、万が一にも予測を上回る能力を持つ場合がある。どうかくれぐれも気を付けて欲しい。今回の件は赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査によって、都市伝説を発生させるラジオ放送を突き止めることが出来た。実在しないとは言え、教師であった彼がそんな事を望んでいるはずがない。
「年の瀬で大変かと思いますが、どうか皆さん、よろしくお願いいたします」
姫子は胸の前で固く両手を握り締めると、震える吐息を吐き出して頭を下げた。
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 勿忘・みをき(誓言の杭・d00125) |
![]() 古海・真琴(占術魔少女・d00740) |
![]() 風宮・壱(ブザービーター・d00909) |
![]() 皇・銀静(陰月・d03673) |
![]() 戯・久遠(悠遠の求道者・d12214) |
![]() リディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851) |
![]() 藤堂・夢麓(夢に誘う・d20803) |
![]() 竜ヶ崎・美繰(高校生七不思議使い・d37966) |
●教鞭を執る
「旧校舎って言っても、人が来たらあぶねえべな」
後方に片付けられていた机と椅子の一組を抱え、教室のあるべき姿に戻していた竜ヶ崎・美繰(高校生七不思議使い・d37966)は、ふと歩みを止めた。彼は机の上に逆さまに乗った椅子を床に降ろして着席すると百物語を語り始める。その静かな口調で語られる美繰の言葉は藤堂・夢麓(夢に誘う・d20803)とリディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851)の耳朶をくすぐっていった。
「良い先生だったのに、事故が原因でこんな形になって残るなんてね。せめて安らかに眠れる様に、私たちの手で引導を渡してあげましょう」
「フユキ先生、元は優しい先生だったのよね。その時の記憶がまだ残ってくれると良いのだけど」
黄昏色に染まる街並みが、グラウンド側の窓から一望出来る。その奥に、穏やかな流れをした川の端が見て取れた。戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)は、手にした花束に視線を落とす。
(「久方ぶりの依頼だ。気を引き締めねばならんな」)
「ペンタクルスは戦闘開始まで待機、ですよ」
後方から声が聞こえてきたので頸だけで振り返ると、机の上にちょこんと座るウィングキャットに人差し指を突き立てている古海・真琴(占術魔少女・d00740)が見えた。
「きなこ、窓際の席がいいの? じゃ俺その後ろ」
その左側の席にはふくよかなウィングキャットを座らせた風宮・壱(ブザービーター・d00909)と、彼の隣に着席する勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)が居る。
「にいさんはどこにしますか?」
みをきの問いに逡巡する仕草を見せたビハインドは、きなこの隣の席をそっと指で指し示し、そのようにして彼らはようやく着席した。
「やれやれ……教師が見送らず引き留め冥府に連れていくとはどういうことですかね」
廊下側へと視線を巡らせれば、皇・銀静(陰月・d03673)がゆったりとした動きで腰を掛けたところ。時刻は四時を、回ろうとしている。久遠は霊犬風雪を隣の席に座らせると、良い子にしてるんだぞ、と顎の下を撫でてやった。
●さいごの日
蛍光灯がいやな音を立てた。
小さく息を呑んだ灼滅者たちが天井を仰ぐと、それまで虫食いのように不規則に切れていたはずの蛍光灯が全て点灯している。うんと明るくなったがゆえに、彼らは気付いた。教卓の周囲に、水たまりが出来ていることに。
濡れた靴でその場に少々佇んでいた、といった程度の水量だ。しかしそれらは、湧き出る泉のように増え、増していき、ついには床が見えぬほどの淀みを描く。
「起立」
視線を奪われていた八人の耳に、物静かな男の言葉が寄越された。
「気を付け、礼」
それは教卓に居た。
けれど落ち着いた声音で問う「どうしました?」の呼びかけは、眦が痛くなるほど優しかったのだ。慌てて気を付け、の仕草をして頭を下げると、彼――フユキ先生は満足したように「着席」と言った。
フユキ先生が手にしていた出席簿を開く、その様子を静かに見守っていた壱は、濡れた髪の隙間から覗くぱっくりと割れた額を目にして、瞳を細めた。
(「子供を守るために飛び出せるような良い先生なのに、こんな怖い先生になっちゃうの、噂ってリフジンだよなあ」)
ちらりと横を見ると、きちんと姿勢を正しているみをきの横顔が見えた。彼にしてみれば小学生の頃は特に思い入れる事はない。ただ授業を受ける場所、というだけだ。
(「――…けど、こうして仲良しと机を並べられるのは幸せですね」)
壱の視線を感じたのか、みをきの瞳がこちらを向く。彼は露草色の瞳を細めると、口元に人差し指を添えて小さく笑う。
(「問題は任せて下さい。俺は今も昔も優等生ですから、ね?」)
なるほど、これは頼もしい。いや、さすがに小学三年の問題ならば――。そのように考えていると、美繰がフユキ先生に問うのが聞こえてきた。
「先生は元気け?」
「ええ、ご覧の通りですよ」
ご覧の通りならばとても元気には見えないのだが。
「さぁ、皆。一度童心に帰った気持ちで、一緒に授業受けようね」
リディアがパンと手を叩くと、フユキ先生は青白い唇を緩めて睫毛を伏せる。そうして出席簿を閉じて教卓に伏せたたのち、教卓の両端に手を突くと、
「ペットを学校に連れてきてはいけません」
にこりと微笑んだ。
●それだけのことだったのに
派手な音を立てて、獣性のサーヴァントを携える三人の額に真新しいチョークが突き立てられた。あまつさえ流れ弾を喰らった銀静とリディア五人の姿を見て夢麓が口に手を添えて目を丸くする。
額に衝撃を喰らった壱は、頭部を仰け反らせたまま寸の間固まっていた。突然の事だったので、隣の机の上で退屈そうに体を丸めていたきなこは瞳を真ん丸とさせていたが、次第ににやぁと三日月のように口を吊り上げ笑い声を立てた。
しかし、フユキ先生が教壇から降りてくるのが分かると、その水気が嫌だったのかふくよかな身体からは想像もつかぬほどの俊敏さでその場から飛び上がり、しゅしゅしゅと右フックの威嚇をみせる。
咄嗟に立ち上がったみをきは、即座にチョークを喰らった前衛たちに向かってイエローサインを放つと、それを皮切りとして銀静が椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、即座に魔鎧「牙狼」を手にして彼に向かって突き進む。
フユキ先生は射出された牙狼の先端を出席簿で受け止めるのだが、しかし。
「ねぇ先生。先生は見送りたかったのでしょう。だというのにこれでは見送れない――唯の学級崩壊ですよ」
違和を覚え視線を落とすと、出席簿を貫いた先端が胸を突き刺している。彼は後方へよろめき、黒板に背を預けるようにして胸を押さえた。
「風雪、回復を頼むぞ」
彼は思いがけずに喰らった重たい一撃に咳き込むと、言葉通りに風雪がリディアを、ペンタクルスが真琴を回復している姿を見て目を眇める。
「本意では無いが、荒ぶるのならば鎮めさせてもらう」
言うなり、机の隙間を縫うように迅速な動きで間合いを詰めたのは久遠だ。彼はその鍛え抜かれた超硬度の拳を振り上げると、防御壁として瞬く間に盛り上がったその水壁ごと撃ち抜かん勢いの一発を叩き込む。
我流・要散木は水壁を貫き、フユキ先生の腹部にめりこみ、嫌な音を立てて成人男性の躯体を吹き飛ばす。机を巻き込んで壁に激突したことで静止したフユキ先生は、手の甲で吐血したそれらを拭うと「参りましたね」と苦笑を浮かべた。
「格闘技は専門外なのですよ」
経験のないこと、言いつけを守らぬ子を憂うというよりは、どこかやんちゃな子どもを前にして呆れて、それでも笑っているかのような不思議な感情が伝わってくる。壱はどこかちぐはぐな先生を目にして口を噤んだが、彼が再度飛ばしたチョークをきなこが右フック……ではなく猫パンチで相殺して突っ込んでいくので、慌ててワイドガードを展開。
「この殺気に、貴方の精神は耐えられるかしら?」
リディアもどす黒い殺気を無尽蔵に放出して鏖殺領域にてフユキ先生を包み込むので、それに続こうとビハインドが「どれ」と顔を隠す花に手を伸ばす。
「にいさんは先生をトラウマで傷めつけ過ぎないように!」
分かってますよと言うかのごとく、ちょいと肩を竦めたビハインドの攻撃は、思いのほかよく『効いた』ようだ。さぞ恐ろしい記憶が呼び起こされているのだろう。少々憐れに思いつつ、飛来するチョークを雲耀剣にて防いだ美繰は、これもまた授業の一環としてカウントしていいのだろうかと疑問に思う。
小学生の頃のことは、あまり覚えてない無い。だから少し、ワクワクしていた。席について授業を受けるのがなんだか待ち遠しくて。はた目から見て嬉しそうだと気付いた者はきっといないだろう。
「水よ凍れ!」
フユキ先生の周囲に蠢く水を、まるごと全て凍らせてしまうような冷気は真琴の放つフリージングデスによるものだ。
「灼滅は仕方ないですが、あまり大暴れしないでください、お願いですから……」
足元から凍る自身の肉体を見て「うっ」と悲痛な声が漏れたのが分かった。それでも先生は更なる水を生み、氷を粉々に粉砕してしまいそうな、しなりをみせる鞭を作り出す。
「その素早い動きを、封じてあげるわよ」
だが、その先端が灼滅者の肉をぶつ前に、夢麓が黒死斬を叩き込む。死角から放たれた斬撃によって凍りついた腱を絶たれ、細身の体がガクンと崩れ落ちると、フユキ先生の口唇からか細い息が漏れたのが聞こえた。
まるでそれは、そう、笑いを零したような。そんな音。
(「でも先生、あんまり辛くなさそうだべな?」)
一連の攻防を見ていた美繰は、七不思議奇譚の言の葉を紡ぎながら、彼の一挙一動を注視する。それはどうやら、自身の影をうねらせ、次の攻撃態勢に入っていた夢麓も気が付いたらしい。
(「私も小学生だった事もあったのよね。どんな学校生活だったか詳しくは覚えてないけど、とても楽しいひと時だったのは覚えているわ」)
楽しい小学生時代、それは先生たちからはどう感じてもらっていたのだろう。
「今の貴方の姿を見たら、生徒たちが悲しむわよ」
リディアの言葉に、彼の視線が血に汚れた右手を見る。守るべきものを守った手。
「せめて、貴方が苦しまずにあの世へ行けるよう、見届けてあげるわね」
リディアの言葉に、グッ、と体勢を低くして、肉体を覆うオーラを拳に集束させる久遠が地面を蹴る。
「この一撃、受けてもらうぞ」
宣言通り、一気に距離を詰め、懐に飛び込んできた久遠。
突き出された拳を、フユキ先生は鞭で防御、振り払おうと試みたらしかったが、形成された淀む水に最早力が無い。簡単に打ち崩されてしまうこととなった彼の躯体が、我流・紫電光風の連打によって容易く吹き飛んでいく。
「全く……どこでそのような技を覚えたのでしょうね」
教室の後方、ロッカーに手を突いて身体を支えるようにして立つフユキ先生は言った。みをきを筆頭にしてペンタクルスと風雪が補い合うように回復に回ってくれるので、自身の傷をあまり気にせず突っ込むことが出来る、最大火力の銀静から繰り出される一撃はあまりに重い。
水が全て蒸発してしまいそうなほどの火力を持ったグラインドファイアの蹴りが命中すると、大鎌を回転させ、遠心力を込めた真琴のひと薙ぎが死の力を宿す断罪の刃となって振り下ろされる。
(「私も、所謂「先生一族」の娘。加えて私も将来は先生になるつもりですし……卒業式を見ることが出来ないというのは、これは辛い話!」)
そのとめどなく溢れる感情が彼を突き動かす。自分にも同じことが起こればフユキ先生のようになってしまうのだろうか。
その傍らに居た壱は、縛霊手を装備した腕を構えると、動きが数段鈍くなったフユキ先生に対し、駆け出していく。血と水で濡れた表情は恐ろしい。確かに怖い。
「そんな思い、今日で終わらせてあげるから」
彼の右胸に拳を振り下ろす。
それは同時に網状の霊力を放出。縛り付けられた先生の身体に、ビハインドの霊撃ときなこの猫魔法が撃ち出された。それはまるで流星が交差するような眩さを持って彼の躯体に着弾。よろけたところへ夢麓の放った触手が両足を掴む。影縛りに捕まり、眉間に深い皺を寄せたフユキ先生の元へ、言葉が投げかけられる。
「フユキ先生、貴方は良い先生だったわ、その気持ちを何時までも忘れないで」
至近から聞こえたリディアの言葉。その言葉の意味を反芻したときにはもう、己の両膝が床を突いていた。
崩れ落ちそうだった身体を、受け止めたのは久遠だった。彼は背後に回り、フユキ先生を何とか起き上がらせると、灼滅者たちは武器を放り慌てた様子で隠しておいた物を引っ張り出してくる。
きょとんと眼を丸くするフユキ先生は、揃ってこちらに近付いてくる彼らの姿を見て、その手にあるものに気付き、理解して、初めて顔をくしゃりを歪めてみせた。
「皆からの、ありがとうの気持ちを込めて、ね」
「僕らは僕らの道を生きています。それは暗い道も明るい道もあるでしょう。だが…確かに僕らは進んでいます」
そう言って、夢麓や銀静から差し出されたのはカラフルに彩られた「ありがとう」の言葉。色紙に添えるよう花開くのはブリザーブドフラワーのゼラニウムと霞草だ。
「自身が傷ついてでも守ろうとする気概に感服した。もし良ければ受け取ってほしい」
自身の代わりに口に咥えて持ってきた風雪が、フユキ先生の膝にそっと花束を乗せる。彼はそのやさしげな色をした花を前に、ぎゅっと瞼を閉じると、腹の底からすべての息を吐き出すような深い息を吐いて、最後の力を振り絞るように掠れた声で囁いた。
「ありがとう」
●最初で最後の卒業式
「教え子の成長を見守れず、さぞ無念であっただろうな」
一人の都市伝説が消えていった箇所を見つめ、久遠が呟くと傍らに居たリディアと夢麓が彼と共に黙祷するように、そっとまつ毛を伏せる。
「せめて、来世ではよき教師になれる様に」
「おやすみなさい、フユキ先生。貴方はとてもいい先生だったわ」
その一歩離れた場所では、彼と共に消えていった花と色紙の残滓を思い、真琴が窓から覗ける川に向かい深く頭を下げていた。
(「そのかばった生徒は、無事だったのかどうかが解らないので、その報告が出来ないのが辛いです」)
教室を綺麗に正せば、この場ですることはもう残っていない。灼滅者たちは宵闇に背を押されるようにしてその場を後にする。けれど、銀静は一人校舎に残るようだった。
「最後まで教師として教え子達を導き、そして見送る事を願った男に対して僕なりの冥福です」
彼なりに思うことがあるようだ。ちゃっかり食事まで持ち込んでいる様子。「ただの感傷です」という言葉に頷き、彼らは教室をあとにした。ただ美繰だけは、校舎を出てすぐ立ち止まると、どこか寂しげな表情を浮かべて手を合わせた。
ゼラニウムの花言葉は花言葉は「尊敬と信頼、慰め、安楽」フユキ先生はそれを、知っていただろうか。
「壱先輩はなぜ教育学部に?」
校舎をあとにしたみをきは、ふと疑問に思い隣を歩く壱にそう問うた。すると壱は「うーん」と宵闇の空を仰ぎ「俺は先生っていうか、ちゃんとした大人になりたいんだ」と答えた。
「先生ってそれっぽいだろ? それに学校も好きだし、そういう生徒が増えたらイイよね」
その語る姿は眩しくて、立派で、なんだかちょっとだけ大人に感じてしまう。
「壱センセ、って呼べる日を楽しみにしてます」
「ハハ、呼ばれるようにもっと頑張らないとね!」
彼に将来の夢が出来て、それがすごく大変なことでも。何も心配いらないと支えられる大人になりたい。ビハインドの腕の中であくびをするきなこの額を指で掻き、冷えた風に吐息を漏らす。
放課後は、寄り道せず真っ直ぐ帰ろうか。きっと彼なら、そう言うだろうから。
| 作者:四季乃 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2017年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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