ともだち

    作者:高遠しゅん

     友達って、本当に面倒。
     お昼休み、私は図書室に行きたかったのに、ドラマや芸能人の話に付き合わされて。興味がないと言ったら、変な顔をされる。
     放課後帰ろうとしたら、美味しいケーキ屋さんがあるから行こうと声をかけられる。甘い物が苦手だと断ったら、また変な顔をされた。
     お弁当は静かに食べたいし、休み時間は本を読みたい。
     どうして干渉してくるの、私は一人でいいのに。
    『そんな事言ってたら、友達いなくなるよ』
     私、友達が欲しいなんて一度も思ったことがないよ。どうしてみんな、同じことをしないとおかしいって思うの。
     だから。
     用事があったのに、断りきれなくて『友達』と出掛けた車が、山道で迷って崖から落ちたとき、これで自由になれるって思ったの。
    「私の邪魔をしないで」
     そう言ったら、みんな黙って頷いた。


    「……揃ったようだな」
     放課後の教室で。本から目を上げたエクスブレインの少年が微笑んだ。
    「早速だが、始めよう」
     机に地図を広げ、ペンの先である箇所を指す。
    「少女が一人、闇堕ちしかけている」
     名は『漣・静佳(さざなみ・しずか)』、高校生だという。
     学校の成績は優秀だが、人付き合いが得手ではなく友人は少ない。その少ない友人と車で出かけた先で事故に遭い、偶然にもノーライフキングの力を得た。
    「ダークネスの力を持った一般人は、生者としての意識は消え去るものだが、彼女は……幸か不幸か、未だ人間としての意識を保っている。だが、非情に危うい状態だ」
     エクスブレインは、地図に印を付けた。深い山中の、細い道路の脇に。
    「灼滅か……あるいは、説得し灼滅者として覚醒させるか、それは君たちの判断に任せたい。説得の余地があればいいのだが」
     ダークネスとして完全に堕ちてしまうなら、灼滅しなければならない。

    「彼女は今、山道の崖を転げ落ちた車の中にいる。『友達』だった少女が二人と、運転していた男性……これは『友達の兄』になるようだが。三体の屍を自分の眷属として操り、車に誰も近づかないよう守らせている。倒さない限り、彼女が外に出てくることはない」
     車は斜面を落ちきり開けた場所に転がっているため、戦闘に困ることはないだろうと地形をメモに書き加え、手帳に目をやったエクスブレインは浅い溜息をついた。
    「事情は不明だが、彼女は長い間一人で生活してきたようだ。一人でいることを好み、干渉を嫌う。説得の際は、その点に留意して言葉を選んだ方がいいかも知れないな」
     話は終わったと、手帳を閉じる。
    「彼女が何を欲しているか、または何も欲していないか。サイキックアブソーバーに答えはなかった。くれぐれも油断のないよう。無事を祈っている」


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)
    神楽山・影耶(堕ちた天使ッ子・d01192)
    帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)
    アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)
    紫空・暁(紫鏡の絵空事・d03770)
    リオーネ・ブランシュ(運命黙示録・d04884)
    ユナ・ハノト(咎人狩り・d10036)

    ■リプレイ


     静かな雨が、降っていた。
     アスファルトには歪んだブレーキ痕が黒く滲んでいる。無残に引きちぎられたガードレールを飛び越え、言葉すら交わさず八人の灼滅者は急な斜面を駆け抜ける。
     目指す場所は、全員が同じ。
     繁る草木が折れ曲がり、歪んだひとすじの道となって目的地へと導くようだ。
     風を切る音、茂みが揺れる音。
     重なって響くは、低い唸り声。
     かつてヒトであり、今やヒトではないものとして存在する屍の声。
    「誰にだって、一緒に居て楽しくなる人は居ると思う」
     飛び出してきた屍の男に、アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)のフォースブレイクが至近距離で炸裂した。男の服はさまざまなもので汚れ乾きを繰り返したのか、元が何色であったのかわからない。
    「だから、絶対助けてあげるんだ」
     アイティアの後方から千布里・采(夜藍空・d00110)の影がうねり迸り、男を喰らうように包み込む。
    「下手に踏み込む気はないから、安心しとき」
     鬼火纏う白毛。采の霊犬が放つ斬魔刀が、屍の首を根元から斬り落とした。
    「うちらが用あんのは漣はんだけや……邪魔させてもらうで」
     掴みかかってくる腕を刀でいなし、風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)が鋭い裁きの光を降らせ女の屍を貫く。
     倒れた女の屍の頭上に、紫空・暁(紫鏡の絵空事・d03770)の影が降った。四肢も胴も頭も、かまわず貪り喰らい尽くす。骨の欠片すら残さずに。
    「――偽りの命は、残酷なだけよ」
     最後の屍の女は藪を抜けた先にいた。
     向こう側に転がっているのが、壊れた玩具のようにひしゃげた自動車。塗装はおそらく紺か青。窓は全て割れ、無残に腹を見せている。
    「ごめんなさい、彼女に会うために貴方を倒さないといけないの」
     帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)はシールドの力を解放し、防御を固める。
    「でも、彼女の傍にいてくれてありがとう。孤独は心を苛むから」
     振り上げたシールドが屍を強か打つ。
    「一人は気楽だけど、何処か寂しいよ」
     続けてユナ・ハノト(咎人狩り・d10036)の断罪の力を宿した大鎌が振り下ろされる。
    「姉ちゃん、頼む!」
     ユナの指示でビハインドの姉・シーナが疾駆する。霊撃で腕を切り落とされ、屍はくぐもった声を上げた。
    「殲滅、開始します」
     リオーネ・ブランシュ(運命黙示録・d04884)がひそやかに呟く。
     リオーネが喚んだ無数の刃が突き刺さり、屍は地面に縫い付けられる格好になる。逃れようと四肢を動かせば、傷口は広がり独特の色をした体液が地面にしたたり落ちる。
     神楽山・影耶(堕ちた天使ッ子・d01192)は、何も言わずに標準を定め、ジャッジメントレイを叩き込んだ。三体目の屍がやっと動かなくなる。
     何を言えばいいのか、わからない。彼女と自分には通じる部分もあるが、違う部分の方が多すぎる。
     見やった車は何の音も立てず、雨に濡れていた。
     ぽたりと落ちる雫はガラスのない窓から伝い内側にも入るだろう。
    「……殻だ」
     影耶は呟く。
    「でかい殻だな、あれ」
     内側で動くものがあった。
     何でもないことのように逆さになった車のドアを開け、地面に足を着けて立ち上がる。
     流行のものでも派手なものでもない、誰もが着るようなブラウスとスカートに薄い上着。少し傷んだ革のローファーに、チェックのソックス。髪は肩の下で切りそろえられているが、もつれて艶を失っていた。
     今まで読んでいたのか、古びた文庫本を胸に抱いた少女。
     それがノーライフキングに堕ちかけている、漣・静佳だった。


    「あいつらを、殺したの」
     空気が重みを持ったかのような錯覚すら覚える、殺気。
    「漣はんやね、一人になりたい言うのに、邪魔して悪いな」
     薫の言葉に返事はない。
    「殺したの。殺したのね? せっかく、せっかくできた『友達』だったのに」
     本が地面に落ち、ページが何枚も散らばった。
     上着の袖から見える透けた右手の爪が、剣のように長く伸びた。
    「私を一人にしてくれる、大事な『友達』だったのに、殺したのね?」
    「一人で居るのは楽だよな。でも、本当に気の合う友達なら欲しくないか?」 
    「いらないわ」
     ユナの言葉をあっさりと切り捨て。
     雨はまだ降り続いている。髪が水を含んで顔に貼り付くのもかまわない。
    「みんなミンナ同じ。一人でいると勝手に可哀想がって、勝手に友達に『なってくれる』、ココロ優しい人ばかり」
    「そんなでかい殻に入って楽やってる限り、お前の望む『やつ』は一生手に入らないぞ」
    「あなたの罪を裁くのは私達。もう十分、あなたは赦されるから……」
     影耶とリオーネの言葉を機に、空間が歪むほどの殺気が十字を形作った。
    「ミンナそうやって分かったフリをする! 初めて会うアンタがアタシの望みを知るわけない。アンタは、私の何を罪にしテ何を赦スつもりだ!」
     殺気の塊の十字が膨れあがる。
    「そうダ、私が悪いなら殺せばいい、あいつラみたいに切り刻めばいい! それガあんたラの罪になル、アタシと同じダ!」
    「あかん。その力つこうたら、人でなくなるで!」
    「アタシだけ生きノコったのが罪ナラ、アタシを殺せばイイだろう、オマエたちはアタシをコロシに来たんだから!!」
     采の叫びも届かない。
     限界まで膨れあがった殺気の十字が、後衛をまとめて打ち据えた。
     静佳の顔の右半分が水晶化する。背を突き破って水晶の片翼が現れる。
     人間の心と身体がダークネスに侵食されている証だ。
    「闇に呑まれたらあかん! それ以上は生き地獄や……!」
     死角に回った薫が水晶の翼を断ち落とすため、刀を一閃させる。一欠片を落としたが、静佳に変化は現れない。
    「自分を見失っちゃダメだよ。これから楽しい事は沢山あるんだから!」
     ユナの叫びは、爪の閃きが答えとなった。ビハインドの姉もまた応戦するが、抑えきることができない。
     アイティアは葬送の銘持つマテリアルロッドを振るった。静佳の内部で暴走する魔力が、奇怪な悲鳴となって静佳の唇を震わせた。
    「死ねばイイ、みんなみんな、死ネばいい!!」
    「話して貰えないと何もわからないわ。みんな、貴方の事が知りたいのよ!」
     優陽が叩きつけた盾が硬質な音を立てる。静佳の水晶と化した右手が盾を押し返した。
     距離を取りながら呼びかけても、怒りに捕らわれた静佳は優陽を追い、大きく振りかざした爪で腹を深く刺し貫いた。
    「(変な連中に絡まれた不幸……だけには見えないのは)」
     俺の中身が歪んでるからかな、と。十字架に灼かれた傷をヒーリングライトで癒しながら、影耶は思う。
     何と声をかければよいのか考えるが、やはりかける言葉が思いつかない。
    「確かに、一人のほうが気楽だけどさ」
     癒しの力をロッドに宿し、傷の深い優陽に向ける。キャラじゃないと独りごちながら。
    「今のあなたは死に憑かれてる……このままだと、取り返しのつかない事になっちゃうの」
     リオーネも懸命に説得を試みるが、
    「アイツラを殺しタお前ラも同じダ、もう全部ゼンブ取り返シなどつくものカ!」
     壊れたようにけたたましく笑い声を上げる静佳。
     素足が覗く足元も水晶化が進んでいる。
     ああ、と采が立ち止まった。
     夜明色の瞳で、静佳の目をまっすぐに見て。
    「漣さん、本当の友達に会えてへんかったんやなぁ」
     振り下ろされた爪は、采の霊犬が受け止めた。声もなくかき消えた霊犬を愛しげな目で見送り、采は続ける。
    「だれも、漣さんの話、聞いてくれへんかったんやろ」
     沈黙が降りた。
     雨が草木を揺らす音だけが、辺りに広がった。


    「……何、ヲ」
     闇の狂気に駆られていた静佳の動きが止まった。
     半分が水晶の髑髏と化した顔の、人間の左目が動揺に揺れている。
    「友達はね、一緒に居て楽しい人の事を言うと思うよ」
     アイティアも思いを伝える。
    「無理に付き合わなきゃいけない存在は、『友達』とは思わないわ」
     一人でいてもいいと、暁も言葉を重ねる。
    「アンタはアンタのままで、『友達』に出会ってほしいの。何も持ってないアタシでも見つけられたんだから、アンタにできないことはないわ」
     静佳の水晶の翼が、一枚、一枚と落ちては割れて消えていく。
     未だ闇の力に支配された右手が優陽を狙うが、盾にはじき返された。
    「一人で得られる幸せも、尊いものだと思う」
     慈悲の拳が、剣に似た爪を割り砕く。それは硝子の欠片のように散って落ち、消えた。
    「でも私は、皆といる事で得られる幸せも体感して欲しいな」
    「……いらなイ。一人デいい、一人ガいい。誰も……邪魔、しないデ」
     右手に残った闇の力を暗い光に変え、爆発させる。
     爆風が前に出ている者たちの体力を削いでいくが、耐えられないほどではなかった。
     隊列を組み直し、灼滅者は最後の説得にかかる。
    「いっそ一人の方が楽かもしれへん。せやけど、頑なに孤独であろうとする必要は無いんやで?」
     薫の重ねた言の葉が、最後の一枚だった水晶の翼を剥ぎ落とした。光の欠片となって、翼は消えていく。
    「ダレも……ワタシの声、なんて……」
     おそらく、彼女は。『友達』と名乗るものたちから、否定され続けてきたのだろう。
     その様子を見ていたリオーネは、『友達』との間に起きた過去を呼び起こすことを、思いとどまった。静佳にとってこれまでの『友達』との記憶は、辛いものばかりであるとわかったから。
    「良い思い出は、これから作っていけばいいと思うの」
     それだけを、付け加えた。
    「ワルい、人たちじゃ……なかった。けれど、私は……どうしテも……」
     伝わらない言葉。
     伝わらない気持ち。
     それならいっそ、一人でいい。
    「……ワタシ、が、悪い……ノ?」
     伝えなかったから。
     伝えられなかったから。
     もう伝わらなくていいと、思ったから。
    「誰も悪くねぇよ」
     影耶がそっぽを向いて、杖で肩を叩きながらぼそり呟く。
    「ワタシの、せい。『ともだち』、死んだ、ノ」
     静佳のもとに闇が渦を巻く。
     不安定な闇が静佳を取り巻き、更に引き込もうと色を濃くする。
     灼滅者たちは一瞬で決断した。
    「今は堪忍な……歯ぁ喰いしばりや!」
     薫の声をきっかけに、慈悲ある力が闇を千々に引き裂いた。


    「本、好きなのね」
    「……好き。いつでも、楽しい夢が、見られるから」
    「もし好きな世界を共有できる友達ができたら、とても素敵な事だと思うよ」
    「……テレビの話、わからなくてもいいの?」
    「分かり合っていれば、相手に合わせる必要はないんだよ」
    「……甘い物、苦手でも?」
    「嫌いなら嫌いでいいんだよ、全く」
     静佳はゆっくりと目を開けた。
     雨が止み、辺りに光が差し込んでいる。
    「静佳さんの好きなもの、教えて?」
     アイティアが屈んで、目を覗き込んで微笑む。
     静佳は戸惑いながらも、言葉を紡ぐ。
    「……本が、好き。図書室が好き。甘い物、苦手だけど……果物は、好き」
    「うちも本読むのは好きやわ。おんなじやね」
     薫が頷く。
    「……人と話すことは、苦手。何を話していいのか、わからない」
    「自分を曲げてまで付き合うのは、しんどいわよね。共感して、受け入れてくれる『友達』なら、悪くないと思わない?」
     暁が安心させるように。
    「……そんな人が、どこにいるの」
    「ここにいる。俺と友達にならないか? 干渉はしないけど、君が困っている時は必ず助けに来るから」
     勢い込んで言うユナに、采が柔らかく微笑んで言った。
    「そう急かさんとき。漣さん困ってしまうやろ」
    「そうか?」
     笑い合う灼滅者たちの前で、静佳が身を起こす。
    「うちらはあんさんに『おはよう』を言いに来たんやで」
     薫を見上げ、周囲の笑顔を見上げ。
    「今は難しくてもええんや。いつか特別な存在に出逢って、世界変わるもんやから」
     采の手に引かれて立ち上がる。 
    「……おはよう、ございます」
     静佳はそう言って、初めて小さな笑みを浮かべた。
     

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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