龍脈封印儀式~北の頌春

    作者:中川沙智

    ●大地の力
    「スサノオ勢力が滅びた事でスサノオ大神の力は失われたわ――大地に還るという結果でね。これはとても良い事なのだけど、ちょっと問題も発生しているのよね……」
     小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が頬に手を遣り首を捻る。
     ガイオウガ及びスサノオ大神の力の源は、龍脈と呼ばれる大地の力だった。
     龍脈の力は『フォッサマグナ』とも呼ばれ、日本を真っ二つに引き裂く程の力を秘めているという。
     この力を支配した『ガイオウガ』が旧世代の勝者となり『サイキックハーツ』を引き起こしたのは、ある意味当然だったのだろう。
    「それでね。現在この『龍脈』はスサノオの姫ナミダが奪ったブレイズゲートのエネルギーによって活性化されているわ。このまま誰も制御も使用もせずに放置すれば、自然現象として暴発してしまう危険性が出てきたの」
     大震災や大噴火が同時に発生するかのような暴発、暴走。それを看過する事は出来ない。
    「この危機に対して、武蔵坂学園で保護していた『ガイオウガの尾』が、龍脈の鎮静化と封印を行いたいと申し出てくれたの。スサノオは龍脈たるスサノオ大神の一部よ、龍脈自体の鎮静化が図られれば残党の大半も同時に消滅できる。けど、任せきりにする事は出来ないわ」
     教室に集まった灼滅者達に視線を走らせ、鞠花は告げる。
    「灼滅者の皆に儀式を手伝って欲しいとの事よ」
     儀式について説明するわ、と鞠花が資料を紐解く。
     今回儀式が行われるのは、雄大な自然に満ちた北海道のとある神社。日程は『1月1日~1月11日』の間で、地脈の流れをみて適切なタイミングで行う事になる。
     そのタイミングは同行するイフリート化したガイオウガの尾が判断するという。
    「儀式の流れはこうよ。まず余裕を持って……まあ数日逗留する必要もあるかもしれないわ、神社の近くまで移動して頂戴。龍脈の流れの時機を見計らい神社に赴いてね。そして神社で儀式を行うのだけど、内容は初詣と一緒よ」
     初詣? と頭に?マークを浮かべた灼滅者達に、鞠花は小さく笑みを零して見せた。
    「そう、初詣。龍脈上にある神社は元々大地の力を鎮護するものでもあるわ。だから神社の作法と儀式の内容はそう変わらないの」
     儀式が成功すると、地脈の影響で神社近隣に天然温泉が湧出するとか。大地の力と繋がる為の接続端子のようなものだ思えばいいらしい。
    「そしてイフリートと一緒に温泉に入って、イフリートが大地の力と合一するように補助してね。といっても、ゆっくり浸ってきてくれていいのよ」
     ついでに一般人が迷い込まないように対応したり、大地の力を狙ったダークネスがやって来ないよう警戒する事も必要になるかもしれない。
     けれど基本は初詣と温泉を楽しんでくればいい。それこそが儀式の何よりの援けになるだろう。
    「そうそう、当の本人にも挨拶してもらおうかしら。いらっしゃい、エンシュ」
    「ウ……ガウ」
     教室に入ってきたのは巨躯の炎の豹。但し額に大きな角が一本生えている。一見すると強大に見えるが、双眸に宿るのは柔らかさと優しさだ。
    「エンシュ、トイウ。此度ミンナニハ世話ニナルガ、ヨロシク頼ム。ガイオウガノ力ヲ喰ラッタスサノオヲ滅ボシテクレテ、感謝シテイル」
     エンシュはルビーのような眼差しで、灼滅者達をゆっくりと見渡していく。
    「自分達ガ助ケラレタノハ、キットコノ儀式ノ為ダッタノダロウ。コレカラハ大地ノ力ガダークネス組織ニ利用サレル事ノナイヨウニ、ズット灼滅者達ヲ見守ッテイキタイノダ」
     その為にも力を貸して欲しい――そう思わせる風情であった。
    「そんなわけで皆には儀式を、初詣と温泉をしっかり満喫してもらいますからね。あたしだって勿論堪能させてもらう心算よ」
     音の鳴りそうなウィンクひとつ投げて、鞠花は茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
    「北海道の冬だし寒いわよ! 雪も沢山あるでしょうし、見合った格好をしてきてね。その分温泉はあったかくて格別なものになりそうな予感がするわ」
     鞠花はエンシュに視線を向け、資料を閉じる。
    「……じゃあ、行きましょうか!」
     儀式を恙無く進めるのは勿論のこと、初詣も温泉も楽しんでこよう。
     鞠花の表情がそう物語っていた。


    ■リプレイ

    ●初茜
     数多のESPを重ね、殺気を迸らせ怪談を語り威風を醸し出す。人払いに成功したなら参拝に出かけよう。
     会釈をして鳥居をくぐる。参道は端を歩き、手水の清め順も完璧。本殿では鈴を鳴らし霧江と一緒に手を合わせ。
    「神様、僕は武蔵坂で獣医学を学ぶ大学生、来須桐人と申します。こちらは妹の来須霧江です。いつもありがとうございます」
     祓え清め守り、幸え給え。
     誰かを幸せに出来る自分になれますように。
     作法に則ったのは悟と想希も同じ。手水で穢れを雪ぎ身を清め、二礼二拍手一礼の参拝を終えた後は破魔矢を買いにいこう。きっとご利益覿面だ。
    「あと! おみくじひくで! 今年は何吉か勝負や! 俺大吉ひくさかいな!」
    「強気ですね。年始めの運試しといきましょうか」
     さて結果は。想希は吉、悟は告知通りの大吉で。有言実行ですねと想希は微笑む。持ち帰ろうとする悟に対し想希は旅立ちの項を指先で辿り、丁寧に括ろうと試みる。
     帰りも礼の後鳥居をくぐり、外から神社を仰ぎ悟は囁く。
    「儀式を無事終えること、そのあとの世を守ること。それが今の俺に出来ること、やろか」
    「龍脈の力、ですから。この世界が続く限りどこにいてもきっと近くにいますよ」
    「せやな。ずっと一緒や」
     手を握り、誓いを思う。
     あけましておめでとうございます。
     澄む空気を肺一杯に収め、礼装合わせた揺籃と烏芥が深く礼。翔達も新年の歓びを寿いだ。
     本殿に手を合わせ瞼閉じる。聖夜に続き相変わらず己が願いを手向けるのは苦手だ。
     意思など必要とされなかった。
     でも。
    「――本当の『俺』が見つかりますように」
     無意識に脣触れ、躊躇走れど今は只。
     皆の多幸息災を深く祈る。
    「久しぶりだな、エンジュ。色々あったがお互い無事で何よりだ」
     嘗ての記憶を紐解いて和志はイフリートの尾に挨拶を。その傍には陽司と見桜もいる。共闘の思い出を持つ彼らとの再会は喜ばしい。
    「よぉエンジュ! 見桜さんに和志さんも! お久しぶり、です!」
     一部のイフリートと分かり合えた過日を思えば、陽司はとても嬉しいと感じる。だからこそダークネスにも学園にも悪用される事があってはならない。
     皆の様子を見ながら粛々と歩いていたエンシュの視線は本殿へ向かう。和志と陽司が殺気を一面に迸らせば周囲に一般人は近寄らない。作法に則って、見桜は真剣に大地やイフリートのために祈った。
     そしてエンシュの瞳をじっと見つめる。
    「前に、イフリートの子と友達になったことがあるんだ。その子の名前はエンジュ、姿も名前もよく似てる」
     見桜はもしかしたらと思って会いに来たと告げる。よく帰ってきてくれた、会えて嬉しいと。その気持ちは和志や陽司にも通じるのかもしれない。
     目の前に広げられるのは沢山の食べ物。ケーキにクッキー、ケバブにお肉にあんこが入ったお菓子。
    「とにかくいっぱい持って来たぜ! 食え食え!」
    「折角だ、土産に持ってけよ」
     雪の中、あたたかい時間をひと時。
     拍手は二回です、よね。
     小太郎がそう視線で問うたなら、希沙も合ってるよと肯定の眼差しを贈る。二人揃って合掌すれば胸に萌す願掛けがある。
     希沙が守りたいものはずっと変わらない。隣の小太郎と描く未来は誓い。裡の焔に誓って、大好きな彼と大切な人達が笑って過ごせる穏やかな日常を祈る。
     一方で小太郎も、ずっと彼女と補い支え往きたいという願いは決意へ姿を変えた。安寧な未来と憂いなき平穏が、愛しの彼女と縁ある人々に齎されるように。
    「……小太郎、ぎゅってしてくれる?」
    「……うん、温め直そう」
     再び繋いだ手は温もりを育む。離さないと力を籠めて、きみを守ろう。
     また一年、歩むも佇むも一緒に。

    ●初晴
     壱のダウンの中ではカイロ代わりのきなこが丸くなる。
    「いいなあ」
    「あったかいけどめっちゃ重いよ」
     みをきと軽口叩きながら、予習してきた参拝の手順を浚おうか。たどたどしく二礼二拍手一礼。
     お願いする今年の抱負、無茶はしないとか怪我しないようにと告げた後。
    「……あとちょっとは料理出来るようになりますように」
     簡単なやつから教えてねと壱が願えば、みをきはきっと叶えてくれる。定番の卵焼きから始めようか。
    「でも……俺のも食べてくださいね?」
    「もちろん、俺、大好きだからね」
     一瞬告白めいたその口振りを意識してしまって、みをきの頬に朱が走る。みをきの料理の話だよ。
    「料理以外についても後でじっくり聞きますからね!」
     なんてふたりの会話は温泉へ持ち越しだ。
     神様ありがとう。
     千明がお参りの後に歩を向けたのはエンシュのほう。視線を合わせて、
    「あなたがエンシュ? はじめまして、ちあきだよ」
     宝石みたいだけど冷たくない眼に、笑んで。
    「ねぇ、ぎゅっとしていい?」
    「構ワナイ」
     承諾返れば首許に両手回して、あたたかさに目を細める。
     やっぱり、火って暖かいものなんだよ。
     鈴音が歩けばベージュの外套から浅葱の袴が覗く。凜が往けば茶のダッフルコートにすみれ色のマフラーが揺れた。
     神代から神は奉られてきたが、これからイフリートをも同じく奉る事になるといえるのかもしれない。
    「感慨深いなぁ。どう思う?」
    「以前なら考えられなかったけれど……それも彼らと長きに渡って言の葉を交わし、絆を結んだ皆が居たから出来た事よ」
     二人は並び立って祈りを手向ける。
     炎血の流れを汲む一族の一人として願おう。
    「エンシュ、そして彼の地を護ると約束してくれた皆が、この大地と共に幸せであるように」
    「イフリートたちがこの地をずっと守っていって後の世にも根付いていきますように」
     そして。
     大切な人の笑顔が曇らぬように。
     彼女が幸せと想える日が来るように。
     正式な手順を踏んで参拝を行い、心籠め祈り捧げれば一礼。
     本殿を詣でながら蔵乃祐は感慨に耽る。
     闇堕ちの末、人の心を取り戻せたのが去年の今頃。悪逆を悔い、仲間を思い、罪悪感を傍らに奔走した一年だった。
     ダークネスと対等な関係を築くこと能わず、人の心を捨てても叶えたい願いと理想に、人の善意と倫理は相容れない。
    「だからこそ、祈りたい」
     人々が健やかに生きる世界を守れますように、と。
     赤い振袖の柚羽と青い振袖の紗夜で、彼を待つ。
     よもや寝過ごしているのではと嘯き暫く待っていたなら、案の定寝ぼけ眼の紫月がやって来た。
    「御寝坊さん、置いていきますよ」
     すたすた歩いていく柚羽。
    「あ、ゆーさん……」
    「ほら、カノさん先輩先に行っちゃうよ」
     紫月の背を紗夜が押して、三人揃って本殿の賽銭箱の前で作法通りに手を合わせよう。過る想いはそれぞれ。
     もっと彼に対して素直になれますように。心と裏腹な態度や言葉になってしまうのを、直せますように――柚羽は恋人に思い馳せる。
     彼女の傍にずっと居て、支えることが出来るように。彼女は強く見えるけど、本当は強がっているから――紫月はそう想い手向ける。
     この二人の先輩が末永く一緒にいられますように。あまり表に出せないけれど、ほんとうに二人が大好きなんだ――紗夜は聖夜にも願った祈念を献ぐ。
     互いの想いが繋がれたなら、きっと神にこころも届く。
    「長く外に居ると冷えてしまいますね。何かあたたかいものでも頂きに行きましょうか」
     柚羽の誘いに紫月も紗夜も頷く。
    「そうだね。もちろん遅れたしーちゃん先輩の奢りでね」
    「ちょ、待て。いや……お高いものでなきゃいいけれどさ……」
     縁は確かに、培われていく。

    ●初凪
    「今年一年、良いことありますように!」
     勇真はそう出来ますようにと願いを籠めて手を合わせる。ひとつでも良いことが増えたらいい。嘗て説得したイフリート達と来られたのは幸先の良いことだとも。
     気持ち籠め引いたおみくじは中吉、上々の結果に勇真は顔を綻ばせた。
    「今年もこの調子で行けって事だな」
     防寒に留意し着物姿で臨んだ水海はきちんと作法を守って参拝。二礼二拍手一礼で、願うは。
    「無病息災なのー!」
     龍脈はある意味絶好のパワースポット。そう信じた水海の顔は清々しい。
    「そして感謝の気持ち! 神様ありがとうございます!」
     思い返すはガイオウガ決死戦の深手。死ぬかと思ったほどの重傷もどうにか回復。生きてるってすごいと実感は重い。
     寒冷対応の備えは冬の北海道にも対抗可能。灼滅者って凄い。ぬくぬくの木乃葉と未知が往く先に、華やかで色鮮やかな振袖着た【Fly High】の仲間達の姿が。
    「やっぱり寒い! あっためてー!」
     桃色の振袖翻し飛びついてきたアメリアに黄緑の袴姿の木乃葉は苦笑い。黒地に彼岸花の着物は大人っぽ過ぎたかと思案していた耀はバランス崩し、隣歩く赤い着物のオリヴィアに手を伸ばす。
    「っと、もう、はしゃぎすぎじゃない?」
     ため息零しつつくっつきあって本殿へ。作法は教え合いで学んでいく。臙脂の袴纏う未知が手を合わせる。
    「神様ありがとうございます」
    「今年も誰一人欠けることなく、またこうして新年を迎えられますように」
     アメリアの真摯な願いが神に手向けられる。
     水色と黄、オレンジが色混じる振袖のシャオは似合うか気にしながらも、作法を見よう見真似で倣ってみる。同じくオリヴィアも周囲を見てお賽銭を箱に入れるも、異教の神には祈れないから思索に耽る。
     自分とダークネスとの関係は殺し殺され。でもイフリートの尾のようにそうでない形も見えた。――もっと、世界を知る必要を感じる。
     そんな折、更に作法がわからないドロシーが真面目な空気をぶち破った。赤地に花丸紋の振袖を思い切りはためかせ。
    「妾振りかぶってー……投げおった!!」
     お賽銭を投げ入れたから後で罰があたるかも、なんて。絵馬の方向に行ったときにうっかり滑りかけたのはご愛敬だ。
     それぞれの絵馬を手に取り――一人一枚じゃなくてもいいと聞いたから、アメリアは巫女さんに言って沢山購入してきた。
    「大切な人達一人一人へのお願い事、書いちゃお!」
     絵馬についてスマホで調べていた耀が皆を見守る。シャオは懸命に綴った絵馬を隣の未知に見せた。
    「どうか、今年も……1人でも多くのなかまが、シアワセでいられますようにって」
    「願い事はちゃんと言い切ったほうが『絶対叶える!』感が出てくるかもよ」
    「え? んーと……じゃあ、『なかまとのシアワセ、まもる』……これでいい?」
     目標を掲げるみたいだけれどきっとそれでいい。未知も『今年一年風邪ひかずに過ごす!』と意思を籠めた。オリヴィアは『謹賀新年』と書いて年賀状と違うよとツッコミを受けていた。
    「『学内安全』はどうでしょう……?」
     木乃葉が皆無事で過ごせるようにと願えば、いいのぅとドロシーが破顔する。当の本人の絵馬は『血袋堪能』と本能に忠実な文字が踊っていた。絵心はお察しなので気にしてはいけない。
     皆のを眺めていた耀が文字を書く。意志は勁く、正確に――『あらゆる障害を、切り拓く』。その力強さは確かなもの。今年こそ真直ぐ総てを断ち切る刃金になってみせるから。
     皆の絵馬を並べて飾って見渡したなら、希望が満ち満ちている。
     今年もこの絆を大切にしようと、誰ともなく思ったはず。

    ●初霞
     人払いを済ませれば、寒い空気が染み渡るよう。
    「鈴木は色白なのでしっかり暖かくしないと心配」
    「ありがとうございます」
     サズヤがカイロを複数、昭子と依子に配る。依子がマフラーを巻き直したなら、昭子に宿るのはぽかぽかのぬくもりだ。
     依子に倣い詣での作法を辿る。ひとつひとつ確認するように重ねれば、不思議と背筋が伸びる心地。
     鈴鳴らし手を合わせる。
    「自助できることは努めます、ので」
     ひとりでは叶えられない事をと昭子は祈る。皆が健やかで理不尽に負けない明日が、またあしたと望める今日があるように。
     大地の力が収まり地震被害等に遭わぬよう、願うのは依子だ。隣の二人や部の他の皆、友達、大事なひと。
    「縁ある人々の健やかなあしたを見守れますように」
     五円玉投げ合掌するサズヤは想い馳せる。ダークネスと戦いの意味、縁ある人達との日常、――己の償い方。一年で総てが変わるわけもないが、努力を誓う。いつか、きっと。
     皆が祈り手向けたら、顔を見合わせ頬綻ばせる。小さく紡ぐはこれからの歩み。
     おみくじも引こう。
     北海道なら美味しいものも食べられるはず。
     沸きだしたばかりの温泉に浸かり、お土産話もお土産も持って帰ろう。

     温泉に身を揺蕩わせ、瑠璃はエンシュと肩並べて祈りを捧げる。
    「ガイオウガよスサノオよ鎮まり給えー」
     人狼としての意地と矜持ごと手向けて、身体の芯からあたたまる心地ならば、自然と意識は儀式へと寄せられる。
    「どうですか? 儀式、うまくいきそうですか?」
    「皆ノオカゲデ順調ダ。大地ノ力ヲ封印デキルダロウ」
     湯気にふわり、微笑が溶ける。
     ブルーの水着がお湯に淡く浸る。
     二人でこうして温泉に入るのも久々だ。寄り添ってゆっくりと、身体の芯からあたたまろう。
     拓馬が樹の細い肩を抱き寄せる。噛みしめるように、囁いた。
    「色々なことが起こり過ぎていて次どうなるかもわからない状況だけど、だからこそ樹と一緒に過ごせる世界を守っていかないとね」
     樹はそっと、拓馬の肩に頭を凭れ掛からせる。
    「うん、そうね。先のためにも今を大事にして次につなげていきたいわ。
     これからもずっと拓馬くんといたいから――それは祈りに似た願いだった。もう少しこうして浸かっていよう。温泉の熱が確かにこころに宿るまで。
    「きっちり務めを果たしましょうっ!」
     白銀の決意が白い湯気に編まれていく。
     姉妹揃ってお風呂なんて何年ぶりか。黒澄は姉達のさらさらの髪やしなやかな手足にぺたぺた触れる。今日は末っ子を言い訳にして甘えてもきっと許される。
     黒澄が紅玉に髪を洗ってもらっている間、紅玉の背中を白銀が流す。姉妹ならではの仲睦まじい一幕だ。
    「ねえさまったら、髪くらいクロも一人で洗えますー」
     なんて言いながら、ねえさまの手は優しくて嬉しい。白銀も微笑ましく見守りつつ、トライアングルで洗い合おうかなんて提案も。泡いっぱいのスポンジで滑らかな肌なぞろう。
     気が付けば温泉に身を委ね、まったりと浸る。
    「こんな風にゆっくりするのも、たまには良いものね」
     紅玉の花脣が笑みを模り、妹ふたりの耳やしっぽが水面を弾く様を見遣る。
     久々ついでに。
    「ねえ、シロ、クロ。今日は三人一緒に寝ましょうか」
    「今日は一緒のお布団ですか! 湯たんぽ役なら任せてください!」
     笑みを転がした黒澄の後、白銀が声を上げる。
    「……そうだ、こういうところでは枕を投げたりこいばな?をするって聞くんだけどっ!」
     それからどうなったのか、温泉の熱だけが知っている。

     かくして儀式を経て龍脈は封印された。
     大地に還ったイフリートの尾はあたたかく、灼滅者のこれからを見守っていく。
     新しい年が巡ったある日のことだった。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年1月11日
    難度:簡単
    参加:36人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ