龍脈封印儀式~地脈鎮護のイフリート

    作者:三ノ木咲紀

    「スサノオの力の戦い、お疲れさまや。皆のおかげで、他の勢力に奪われることなく大地へと還すことに成功したみたいや!」
     ぱっと明るく笑ったくるみは、ふと眉をひそめた。
    「せやけど、ちいとばかり問題が発生してもうてん」
     ガイオウガ及びスサノオ大神の力の源は、龍脈と呼ばれる大地の力だった。
     龍脈の力はフォッサマグナとも呼ばれ、日本を真っ二つに引き裂くほどの力を秘めているのだ。
     この力を支配したガイオウガが、旧世代の勝者となり「サイキックハーツ」を引き起こしたのは、ある意味当然のことだ。
     この龍脈は今、スサノオの姫ナミダが奪ったブレイズゲートのエネルギーによって活性化されている。
     このまま誰も制御も使用もせずに放置すれば、自然現象として暴発してしまう危険性が出てきたのだ。
     関東大震災と南海トラフ巨大地震と富士山の大噴火が同時に起きるほどの暴発の危機を前に、学園で保護していたガイオウガの尾が、協力を申し出たのだ。
     龍脈の鎮静化と封印に成功すれば、スサノオ残党の大半も同時に消滅させることができる。
    「せやけど、ガイオウガの尾だけじゃ封印の儀式はできひんのや。そこで、皆に儀式を手伝って欲しいんや」
     儀式を行うのは、雪深い温泉街の近くにある神社の境内となる。
     儀式を行うの日程は、1月1日~1月11日の間で、地脈の流れを見て適切なタイミングで行うことになる。
     タイミングは、同行するイフリート化したガイオウガの尾が教えてくれる。
     余裕を持って移動し、数日前から近所で宿泊しながらタイミングを待つ。
     時期が来たら神社へ移動し、儀式を行う。
     儀式の内容は、初詣と同じだ。
     儀式が成功すると、神社の近くで天然温泉が湧出する。
     大地の力と繋がるこの温泉にイフリートと共に入り、イフリートが大地の力と合一するように補助するのだ。
     一般人が迷い込まないようにしたり、大地の力を狙ったダークネスの襲撃に対して警戒するのも必要だろう。
    「こちらが今回、皆に同行してくれるオキホムラさんです」
     葵の紹介に、教壇の前でうずくまっていた赤い毛並みのイフリートが顔を上げた。
    「すさのおヲ、倒シテクレテ、アリガトウ。トテモウレシイヨ。僕ガ生キ残ッタノハ、コノタメダッタンダネ」
     オキホムラは嬉しそうに目を細めると、どこか遠くを見た。
    「僕ハモウ、大地ノ力ガ誰カニ利用サレテ、クヤシイ思イヲスルノハ嫌ナンダ。大地ノ力ヲ鎮メルノニ、力ヲ貸シテ欲シイ」
     頷く灼滅者達に喉を鳴らしたオキホムラは、じゃれるように頭を下げた。
    「助ケテクレタ皆ノコト、僕ハ忘レナイ。大地ノ力ト一ツニナッテ、見守ッテイルネ」
    「オキホムラはんの意思を、うちは尊重したりたいって思うんや。皆の力を、貸したってや」
     くるみとオキホムラはにかっと笑うと、同時に頭を下げた。


    ■リプレイ

     雪深い鳥居の傍に、一頭の赤い獣がうずくまっていた。
     お土産の温泉饅頭を置き、オキホムラと呼ばれる獣の傍でブラシを手にした丹は、一人なめらかな毛並みを整えていた。
     気持ちよさそうなオキホムラは、白い息の丹に首を傾げた。
    「儀式ノ時間ニハ、マダ早イ。宿ニイナクテモ良カッタノ?」
    「ご、護衛? 温泉ゆーたらそんな悪魔さん居ったし。上手いことできた後も、しばらく気ぃつけんと」
    「丹さん! お早いですね!」
     丹に手を振った陽桜は、イミテンシルと葵と共に駆け寄ると、顔を上げたオキホムラに挨拶した。
    「オキホムラさん、初めましてです。お会い出来て、すごく嬉しいです!」
    「僕モ嬉シイヨ。今日ハ来テクレテ、アリガトウ」
     目を細めるオキホムラに、陽桜はふとまじめな表情になった。
    「あたし、かつてガイオウガの元へ行く何人かのイフリートさん達を見送りました。皆、姿こそ見えないけど一緒、ですよね。ここに居るオキホムラさんのように」
    「ウン。皆、ココニイル。陽桜ノ声モ、チャント届イテル」
     オキホムラの声に嬉しそうに微笑んだ陽桜は、両手をぎゅっと握った。
    「儀式成功するためのお手伝い頑張らなくちゃ、なのです!」
    「そうね。ダークネスと、人と、一緒に仲良く生きていける未来のために、見守っていてくれると嬉しいわ」
     なめらかな毛並みをそっと撫でるイミテンシルに、オキホムラも頷いた。
    「僕ハズット、見守ッテルヨ」
     頷いたオキホムラは、ふと顔を上げた。
    「ソロソロ儀式ヲ始メヨウ」
     立ち上がったオキホムラに、階段を上がってきた徒と千尋は歩み寄った。
     正月らしい正装でしっかり気合を入れた徒は、オキホムラの傍にいる四人に声を掛けた。
    「先に儀式を済ませて来なよ。儀式は誰にも邪魔させないから」
    「大丈夫、最後まで安全に儀式を行えるようにオキホムラを護るよ」
     神聖な土地での儀式にふさわしい恰好でオキホムラを撫でる千尋に護衛を任せた四人は、鳥居をくぐると手水舎に向かった。
    「左手、右手、左手で水を口に含んで、左手洗って柄を洗うのよね。そして、参拝時は軽くお辞儀して、鈴鳴らして、お賽銭入れて、二礼二拍手一礼だったかしら?」
     参拝作法をおさらいしながらイミテンシルは手を合わせる。
     旧年中の感謝と新年の祈りを捧げるイミテンシルに、陽桜もまた緊張した面持ちで神様の前に立った。
    「初詣の作法は、いつもやってる通り……でしたけど、儀式って聞くとちょっと緊張しますね」
     緊張した様子の陽桜に、新年の和装を着こなした葵は微笑んだ。
    「大丈夫ですよ。普段通りでいいんです」
     葵は慣れた手つきで丹から受け取った5円玉を賽銭箱に入れて、作法を守って参拝する。
     その様子をお手本に、気合を入れた陽桜は賽銭を投げた。
     二拝二拍手一拝で参拝した丹は、神様に向かって静かに祈りを捧げた。
    (「まったり出来る所が出来ますよぉに」)
     心の中で三回唱えた丹は、ハッと気が付くと再び祈りを捧げた。
    (「それと学力向上ぉお願いしますぅ!」)
     赤点はもぉ要らへんよぉ、という丹の願いは、祈りの中に溶けていった。

     着物はやめて、マフラーとコートので暖かい恰好で鳥居を見上げた彗樹は、一礼すると鳥居の端をくぐった。
     道の真ん中は神様が通る道だから、と彗樹は参道の端を歩く。
    「ふむふむ、なるほどー」
     彗樹の作法と同じように鳥居をくぐった伊織は、小走りで彗樹を追いかけた。
    「どうした?」
    「初詣、行くのは初めてなんだよねぇ……。だから、神社の参拝方法とか分からないからえのもんに倣ってやってみるよー」
    「そうか。じゃあ、次は手水舎で手と口を清めるんだ」
     手水舎で手を清めた伊織は、鈴を指差して振り返った。
    「あ、鈴鳴らしていいかい?」
    「勿論」
     重い鈴の音が響き、二礼二拍手一礼で祈りを捧げる。
    「さて、今年は何が待ち受けているだろうか?」
     星空を見上げた彗樹は、改めて願いを思い返した。
     無病息災、家内安全……。とにかく平穏でいたいと願う。
     そんな彗樹の気持ちを知ってか知らずか、伊織は大きく伸びをした。
    「去年もいろんなことがあって駆け抜けた。今年も駆け抜けて行きますか! えのもん! 今年もよろしくっ!」
    「ああ。伊織。今年もよろしく」
     にっこり笑う伊織に、彗樹は静かに笑みを返した。

     白い息を吐いた水鳥は、初めての初詣に緊張の面持ちで鳥居を見上げた。
    「ま、間違えたら、どうしよう……?」
     緊張でおろおろする水鳥に、マサムネは手を差し出した。
    「よく二礼三拍手とかテレビでこと細やかに説明してっけど。絶対守らなきゃいけないってものでもないから、そう緊張すんなや。大事なのは神様を敬う心!」
     マサムネの笑顔に緊張を解いた水鳥は、他の人をそっと観察しながら手水舎へ向かった。
     手を綺麗に洗い、きちんと祈りを捧げる。
     地脈の鎮めと一年の平安を祈っていると、水鳥は昔鶴見岳で会ったカピやんのことを思い出した。
    (「今、きっとこの大地か、イフリートさん達と一緒にいるよね……?)」
     また会えればいい。そう願う水鳥の隣で、マサムネもまた祈りを捧げていた。
     地脈の平安とか色々、祈っておかなきゃいけないものは沢山。でも突き詰めればただ一つ。
    (「これから先一年、いやいやこれからもっと先も。オレら平和で暮らせますように」)
     二人の祈りは白い息に乗って、神社の奥へと響いていくようだった。

     鳥居の前に立つ守安・結衣奈の振袖姿に、明彦は素直な感想を伝えた。
    「綺麗だよ」
    「え、あ、ありがとう」
     突然の素直な感想に思わず声を上ずらせた結衣奈は、動揺をごまかすように続けた。
    「確か手水舎では、左手から洗うんだよね? 直接柄杓に口を付けないで」
    「ああ。その前に最初に鳥居をくぐる時は鳥居の前で軽い会釈をするんだ。次に参道は真ん中は歩かない」
    「拝礼の際はコートやマフラーは脱ぎます。それから、神前の中央には立たないようにして小さく一礼します」
     明彦の言葉を引き継いだ統弥の声を頷きながら聞くメンバーの中に、恋人の藍の姿を確認した統弥は、振袖姿に思わず見とれた。
     とっておきの振り袖姿の藍は、恋人の統弥の視線に恥ずかしそうにほほを赤らめる。
     結衣奈の後をついて歩いていた羽丘・結衣菜は、まだ少しうろ覚えな作法を思い出しながら手を合わせた。
    「えーっと、手を合わせる際にパチって手をならすのが神社だったっけ……?」
    「一礼して鈴を鳴らしお賽銭を入れて、二礼二拍手一礼で参拝ですよ」
     結衣菜に教えながら手を合わせた七波は、参拝を終えるとおみくじ売り場へと足を運んだ。
     一つずつ引き、せえので開ける。
     どんな結果でも前向きに受け取ろうと心に決めていた七波は、出てきた結果に頬を緩めた。

     全員が参拝を終え、最後に一人神社へと向かったシエナは、鳥居をくぐる際に一礼すると参道を進んだ。
     中央を避け、手水舎へと向かう。
     右手で汲んだ水で左手、左手で汲んだ水で右手を清めて、右手で汲んだ水を左手でうけ、その水で口をすすぐ。
     右手で汲んだ水で左手を清めると、柄杓を立て、柄の部分を清めたら元の位置に戻す。
     丁寧に手と口を清めたシエナは、神様の前でまず一揖した。
     次に鈴を鳴らし、お賽銭5円97枚を静かに入れる。
     一揖二礼二拍手一礼。
     完璧な作法に則ったシエナは、静かに願いを掛けた。
    (「今年こそ、ベヘリタスの秘宝を見つけられますように)」
     シエナの祈りが終わった直後、少し離れた見晴らしの良い丘が光を放った。
     温泉が湧き、歓声が響く。
     目を細め立ちすくむシエナに、イミテンシルは声を掛けた。
    「シエナさん、行かないんですか?」
    「……遠慮しますわ。今のわたしは、幸せな気分で温泉に入れそうにないですの」
    「分かりました。気が変わったら、ぜひ来てくださいね」
     温泉に向かうイミテンシルの背中を見送ったシエナは、小さく息を吐くと鳥居へと向かった。
     鳥居をくぐる前に、神社へ小さく会釈。顔を上げたイミテンシルは、宿へ続く道を一人歩き始めた。


    「はぁー……」
     大きく息を吐き、何も考えず湯に身を委ねるイミテンシルの隣で、人型の丹はふと両手を見た。
    「ウニの姿で入ったら、出汁出るんかなぁ」
     思わず考え込む丹に、陽桜と葵がツッコミを入れる。
     その傍で彗樹と伊織も、心ゆくまで温泉を堪能していた。

     きちんと礼儀に則った参拝を終えた綾音は、手足を大きく伸ばした。
    「んー、ちゃんとした温泉は久しぶりかも。最後に入ったのは……温かくなった別府湾に入った時以来かな」
     海だから温泉とも違うけど。
     一人納得した綾音は、気持ちよさそうに目を閉じるオキホムラに声を掛けた。
    「オキホムラ君、今までのことと今日の儀式、ありがとう」
    「コチラコソ。皆ノオカゲデ、儀式ハウマクイキソウダ」
    「イフリートは荒ぶる神様みたいだと思ってたけど、本当に神様になっちゃうんだねー」
    「……カミサマ?」
     のほほんと湯加減を楽しんでいた零は、首を傾げるオキホムラに語った。
     神は万物に宿る。自然現象を治めるなんて、神様に他ならない。
    「……色んなものに祈って来たけど、今後は君達の事も忘れず祈らなきゃ。今後も宜しくね?」
    「そうね。大地と一つになるというと、確かに神様であると言えそう」
     零の言葉に頷いた綾音は、改めてオキホムラへ向き合った。
    「これからも私達をよろしくね」
    「コチラコソ」
     目を細めたオキホムラが、呼ばれて移動する。
     二人で夜空を見上げた零は、水着姿の綾音に緩く笑った。
    「所で、その水着姿の綾音ちゃんも可愛いねえ」
    「七篠君は……いつも通りの調子だね」
     少し恥ずかしそうに湯に体を沈める綾音に、零は続けた。
    「可愛い女の子を褒めるのは、男として当然」
    「可愛くはないよ」
    「またそういう……隙あり!」
    「くすぐったいよー!」
     脇腹をくすぐって、くすぐられて手の甲をつねって。
     賑やかに過ごす二人の上を、時間が静かに流れていった。

     乳白色の湯に身を浸し、侑二郎の隣に寄り添うように座った百花は、見事な満月に目を細めた。
    「はー……良い景色よね。温まるし」
    「そ、そうだね。とにかくリラックスすればいいとか、どうとか……」
     そう言いながらも、目のやり場に困って視線をうろうろさせる侑二郎に、百花は問いかけた。
    「ゆー君は新年の抱負とか、あるのかしら」
    「抱負ですか?」
     問われた侑二郎は、腕を組んで少し考えた。
    「……もう少しいい男になる、とかでしょうか。もうすぐ成人ですし、ダンディズムを学ぶべきかな」
    「ダンディズム……はちょっと早い気もするんだけど」
     苦笑いを零す百花に、侑二郎は小さく呟いた。
    「……呼び捨ても出来るように」
     その声が聞こえているのかいないのか。百花は満足げに微笑んだ。
    「ふふ、まぁ頑張ってもらいましょ」
    「そういう百花さんはどうですか。抱負、何かあります?」
    「私? 私は抱負とか考えたことも碌にないのよね……」
     むー、と考え込む百花に、侑二郎は続けた。
    「例えば、さっきの初詣のお願い事とか……」
    「願い事? そうね、ゆー君をもっと誘惑出来るように、とか」
    「え、そ……それはもう充分すぎるというか冗談! 冗談ですよね、そうですよね!」
     あわあわと慌てる侑二郎に、百花は笑みを浮かべた。
    「冗談よ。……無病息災とか、今年も一緒に~とか、ありきたりな願いばかりよ」
     まだあたふたする侑二郎の肩に、百花は心地良さそうに頭を預けた。
    「今年もよろしくね、ゆー君」
    「はい。今年も、よろしくお願いしますね」
     そばに百花の体温を感じながら、侑二郎はどきまぎしながらも、ほっと息をついた。

     参拝を済ませ、温泉でのんびりまったりしていた水鳥は、気持ちよさそうなオキホムラの毛並みを撫でながら空を見上げた。
    「この寒い冬の温泉、やっぱりいいね……」
     なんだかいつもよりほくほくで、心まで温かくなった気がする。
     目を細めた水鳥は、感じる視線にマサムネを振り返った。
    「あっ、マサムネさん、何ぼーっと見てるの……?」
     目の前で手を振る水鳥に、マサムネはぽつりと呟いた。
    「水鳥、結構胸でかくね?」
    「な、なに見てるのよ!」
     顔を赤くしながら湯に沈む水鳥に、マサムネは慌てて手を振った。
    「もちろんそこばかり見てるわけじゃねーけど! そそそ、心まで温まった、ってな!」
     あわあわと手を振るマサムネは、お湯の中で微笑む水鳥の手をそっと取った。
    「いつも側にいてくれよな、水鳥」
    「うん……いつも一緒に、いようね……」
     お湯の中で、握り返される手の強さを感じながら、二人はそっと空を見上げた。

    「お疲れさま!」
     オキホムラを労った徒は、岩場の淵に背中を預けながら鼻歌を歌った。
     流れる歌声に耳を澄ませた千尋は、オキホムラの背中によりかかった体を起こした。
    「あとは徒先輩と二人の時間を過ごせたら、言うことなしだね」
     思わず口を突いて出た本音に、徒も頷いた。
    「僕も千尋と二人で温泉に行きたいとは思ってたんだけど、出来ればまた後でゆっくり時間取りたいね……♪」
    「温泉街グルメの食べ歩きとかは?」
    「いいね!」
     ひとしきり温泉グルメの話題で盛り上がった千尋は、春からのことを思い遠くを見た。
    「大学生になったら、温泉学部に入るんだ。だから、この儀式はあたしにとってもすごく大事なんだよ」
    「温泉学部かあ……」
     TV番組の温泉紹介を思い出した徒は、温泉をレポートする千尋を想像した。
    (「あれは水着じゃないんだよなあ……」)
    「は、邪念が湯に混じったらイカン!」
     慌てて温泉から出た徒は、雪を頭から被って反省するのだった。

     温泉に入った明彦は、イフリートが大地の力と合一する様に祈りを捧げた。
     祈りを捧げてしばし。『リラックスして幸せな気分で楽しむ事ができれば良い』という言葉を思い出した明彦は、隣に座った結衣奈の腰にそっと手を伸ばした。
     ぴったりとくっつく明彦の手に、頬をより一層染めた結衣奈は、ぴったりと寄り添うと身体を預けた。
    (「イフリート達には感謝を。結衣奈には、この暖かい想いを」)
    (「龍脈の力とイフリートの意志たちが、湯のように人々を暖かく包みますように」)
     二人の祈りは、ゆっくりと湯に溶け込んでいった。
     ぴったりと寄り添う二人から視線を外した結衣菜は、空に浮かぶ月を見上げた。
    (「もりゆいさんに甘えたかったけど、これは割って入るのは野暮かな……?」)
     羨ましいなー、と思いながら見上げる月は、静かに輝いている。
     その隣で、いい湯加減に半分溶けかかった七波は、うーんと全身を伸ばした。
    「うーん、本当なら真琴さんも一緒なら良かったんですがね~」
     多忙な恋人を思うと少し寂しいが、今日はのんびりするとしよう。
     クラブの皆……特にペアの人がうらやましいが、それはそれ。
    (「イフリートの皆さんが、その望みを達成できますように……」)
     祈りを捧げる七波を、月光が照らし出していた。
     お湯に浸かった統弥は、隣で温泉を楽しむ藍にほっこりとした気分で話しかけた。
    「その水着、可愛いですね♪」
    「ありがとうございます。でも、水着だけですか?」
     嬉しそうに膨れた藍を慌ててフォローした統弥は、改めてイフリート達の儀式が成功するよう祈った。
     祈る自分に、複雑な思いが去来する。
     統弥の複雑な胸中を察した藍は、統弥にそっと寄り添った。
    「嬉しいです。イフリートと共に歩める統弥さんでいてくれて」
     呟く藍を見返した統弥は、やがて深く頷いた。
    「……イフリートに家族を殺されて灼滅者になった自分が、何人かのイフリートと友になり、こうして行動を共にしている。戦う時もあったけれど、こうして判り合う事もできる。希望は常にあるという事が判って、嬉しいです」
     藍や探求部の皆、オキホムラに笑顔で語る統弥に頷いた結衣奈は、しんみりとした空気を和ませるように大きく手を挙げた。
    「復活! ロシアンジュース!」
     雪で冷やしていた六本のサイダーを取り出した結衣奈は、怪しい色の瓶を手に微笑んだ。
    「サイダー祭りということで、外れは牛タン味とカレー味。さあ、くじ引いて!」
    「ロシアンジュース……オリーブサイダーなんて珍しいのを持って来たけど。さあ何が当たるかな」
     それぞれが一本ずつ行き渡り、開栓して目を閉じて同時に一口。
     まずむせたのは結衣奈だった。
    「企画してなんだけど、これは強烈だよ!?」
     はずれを引いて涙目の結衣奈の背中を、セーフだった明彦がさすった。
    「やった! これおいしいのだ!」
     ニコニコ笑いながらサイダーを飲む結衣菜の隣で、七波もまた美味しそうにサイダーを飲む。
     口に広がるアレな味に、むせたのは統弥だった。
     もはや何も言えない統弥に、藍は美味しく飲んでいたサイダーを差し出した。
    「こちらは美味しいですよ」
     藍のおすそ分けでようやく息を取り戻した統弥は、大きく息を吐いた。

     笑い声が上がる温泉の湯が、白い輝きを放った。
     あたたかなサイキックエナジーを湛えた温泉の湯が、大地に染み渡るように広がっていく。
     灼滅者達が見守る中、オキホムラがゆっくりと口を開いた。
    「龍脈封印ノ儀式ハ成功シタヨ。僕ハ龍脈ノ中デ、皆ノコト見守ッテイルカラ」
     オキホムラの輪郭が、湯けむりの中に溶けていく。
    「ミンナ、アリガトウ」
     湯けむりの奥から、オキホムラの声が響く。
     遠吠えと共に消えていくオキホムラを、灼滅者達は静かに見守っていた。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年1月11日
    難度:簡単
    参加:20人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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