倶利迦羅紋々入湯禁止!

    作者:夕狩こあら

    「ファムの姉御、一大事っす! 自分、怪しいラジオ放送を受信してしまったんス~!」
    「! それって、ラジオウェーブ?」
     ずばん、と勢いよく開かれた扉に振り向いたファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)は、地域情報誌を手に飛び込んできた眼鏡小僧こと日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)に瞳を円くする。
    「このままだと、ラジオウェーブのラジオ電波によって生まれた都市伝説によって、ラジオ放送と同様の事件が発生してしまうッスー!」
     息を弾ませながらも最後まで一気に言い切ったノビルは、暫し肩を上下させた後、放送内容を語り出した――。

     ここは、老若男女が湯けむりに笑顔を交わす温泉ランド。
     浴着を着用すれば男女を隔てず天然温泉が楽しめるとあって、特に家族連れに人気の癒しスポットだ。
     身体を洗う銭湯は、流石に男女が分けられているが、『ある噂』は暖簾を隔てず囁かれ、湯けむりに紛れて広がっているという――。
    「坊やに背中を洗って貰おうかな~」
    「あいー」
     父と子。
     仲良く身体を洗い合えば、普段忙しくて中々会話の出来ない二人も、一気に距離が縮まるというもの。
     息子に泡を手渡した父は、小さな手がゴシゴシと背中を滑る感触をしみじみと味わっていたのだが、ふと振り向き、楽しげに動く指を止めた。
    「おっと、泡でお絵かきしちゃダメだよ」
    「なんでぇ?」
    「背中に本物の絵のある怖~いオジサンが来るんだ」
     ――本物の絵を背負ったオジサン。
     それは本来なら、この場に入る事もできない輩だが、この温泉ランドでは『背中にお絵かきしていると、本物の方がやってくる』ともっぱらの噂なのだ。
    「それって、あーゆーオジサン?」
    「そうそう、ああゆう…………あああぁぁ……!!」
     制した筈の息子の指は、残酷にも湯けむりの向こうを示し、
    「おう、何じゃ! この紋々に文句あんのかい!」
     身の毛もよだつ怒号が平穏を切り裂いていた――。

    「赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の兄貴の調査によって、都市伝説を発生させるラジオ放送を突き止める事が出来たのは、ファムの姉御も知る所ッスよね」
    「うん、バッチリ」
     その結果、ラジオウェーブのものと思われるラジオ電波の影響によって都市伝説が発生する前に、その情報を得られるようになった。
     ノビルの説明を聞いていたファムとマキノは顔を見合わせて、
    「家族連れで賑わう温泉ランドに、反社会的な輩が来るなんて穏やかじゃないわね」
    「オンセンにヤクザ……ダメ、ゼッタイ!」
    「自分もそう思うッス。そこでファムの姉御とマキノの姉御には、この都市伝説が放送内容の様な事件を起こす前に、現地へ行って灼滅してきて欲しいんス!」
     と、差し出される『一日無料券』を手に取る。
     二人の頼もしい是を受け取ったノビルは言を続けて、
    「この都市伝説『倶利伽羅鷲王』は、泡のついた背中に指で何か絵を描こうとしていると出現し、立派すぎる紋々で善良な一般人を脅し、銭湯を独占する悪い奴っす」
    「それじゃ、誰か囮となって『お絵かき』をする必要があるわね」
    「お絵かき! アタシ、トクイだよー!」
     但し、この『お絵かき』をする際、キャンバスを――つまり背中を無防備に晒す事になるので、描き手との信頼関係が重要になる。
     ノビルは更に声色を落として、
    「この都市伝説、個体名なのか複数を揃えた勢力の名前なのかは現時点では分からないんスけど、複数居た場合、一体あたりの戦闘力は弱くなる筈ッス」
     出現数が不明の為、戦闘時のポジションは不明。
     戦場は銭湯の洗い場となるが、彼等は元々無法者。本来、温泉には裸で入らねばならぬところ、戦闘となれば『チャカ』や『ドス』と呼ぶ武器を手に襲い掛かって来るだろう。
    「灼滅者的に言えば、これらの武器は『ガンナイフ』と『解体ナイフ』にあたるッス」
     最も注意すべきは、この情報が『ラジオ放送の情報から類推した能力』であって、可能性は低いが、予測を上回る能力を持つ可能性がある点だ。
     油断は禁物だというノビルに対し、こっくり頷いたファムはマキノの手を握って、
    「いざ、ヤクザ退治にしゅっぱーつ!」
    「待ってファムちゃん。それは私じゃなくて人体模型よ」
    「ん……あれー?」
     理科室に寄った後で戦場へと向かった。


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)
    戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)
    撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)
    ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)
    風峰・静(サイトハウンド・d28020)
    荒谷・耀(一耀・d31795)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)

    ■リプレイ


     或る人狼が噂を流しておいた所為か、女性客の退去は存外迅速だった。
    「これより清掃作業にて。各々方ご協力をお願い致しやす」
     現下、或る殺人鬼が『清掃中』たるフロアスタンドを設置し、目と耳に訴えれば、支度にもたつく彼女達も多少は急いでくれよう。
     また或る魔法使いは、此度は箒ならぬデッキブラシを右に、バケツを左に、
    「日中に清掃だなんて、どういう事?」
    「いやあ~派遣から来た日雇いのバイトには分かんないっすわ! ッサーセン!」
     クレームを適当にやり過ごしつつ、渋々退去する白い脚を見送る。
     慌しい空気が一段落した頃には、或るご当地ヒーローが脱衣所を見回って、
    「使用中の籠が三つになれば、一般人は避難した事になるが……四つ、ある……」
     正義感から来る緊張と、幾許の高揚が胸を騒がせた瞬間、洗い場の扉がガラリと開いて心臓を弾ませた。
    「起きて、お婆ちゃん。もう出ないとだよー?」
    「ふぁい」
     実に、惜しい。
     最後の退去者である老婆の背には、小麦肌の少女が付き添って、
    「キャー、ちかーん?」
     悪戯な笑顔に続き、クールな麗顔が彼等の奮闘を労った。
    「人払いが上手くいったようね。洗い場もすっかりハケたわ」
     その細身からは想像つかぬ豊満を隠すバスタオルが、凄まじい殺気を放って客足を遠ざけたとは秘密の話。
     頃合には聞き馴染んだ男声が響いて、
    「♪~」
    「こらワンコ、曇ってる鏡面に次々落書きしない。燥がない」
     共同浴場からラブラブ主従が、次いで件の人狼が合流を果たす。
    「なるほど、これが女湯。うん、普通だね……」
    「ふふ、何か違うと思った?」
     桶を積み々み仲間を迎えた仏像が、緑瞳の精悍を視たのも一瞬の事。
    「さて、と。都市伝説が現れるまでは、ゆるり女湯を満喫するっす」
     影を纏った彼は、とぷり湯面を揺らした後、香り立つ湯けむりに溶けた。

    「女湯でお姉さん方がキャッキャウフフっていうのを……期待していた訳じゃないんだ」
     鉢型の洗面器に、石鹸とシャンプーハット。
     お風呂セットを脇に抱えた長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)が湯へ向かう一方、撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)は周囲を見渡しながら風呂椅子に腰掛け、
    「まあ当然ながら男湯と左右対称といった程度の作り、と――」
     しげしげと、しげしげと。
    (「女性陣も見、見……いや見ない見る見る時見ればううむむむ」)
     先に入浴してすっかり打ち解けた三人に、つい引き寄せられる。
     佳声は女湯にくぐもり、響いて、
    「あんまり凝ったものは描けないと思うけど……どうかしら?」
    「おおー、ちびオニの絵、上手! アタシ、やくざやさんっぽい?」
     荒谷・耀(一耀・d31795)は優しい指遣いで、ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)は鏡に背を映して満足気に。
     槇南・マキノ(仏像・dn0245)も楽しみにしてきただけの事はあろう、
    「……先輩も私の背中に何か描く?」
    「描きたい、描かせて。耀ちゃんの白い背中には雪兎がピッタリと思うの」
     夏色の柔肌も、月白の美肌も、ふわふわの泡だらけ。
     ファムは足取りも軽快に筆(指)を走らせ、
    「マキノさんには大仏さん! しゃばぞーさんにはトンカラトン……からの、耳なしホーイチ!」
     鈴音鈴音鈴音……と、経文宜しく顔料が独りでに絵を描いていく。
    「なんか微笑ましい光景っすね」
    「都市伝説を呼び出すでなければ、平和な絵だ」
     湯のまろやかさを愉しんでいたギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)がそう零せば、敵の襲来に備えて沈んでいた兼弘が、ぷかり浮かんで頷く。
     二人の視線の先では、もう一組のお絵かきチームが作戦を開始していて、
    「それじゃ一つ背中を貸してあげよう、よろしく海里くん!」
     堂々差し出された風峰・静(サイトハウンド・d28020)の背中を、海里の指が滑る滑る。
    「うひゃひゃひゃナニコレくすぐったい……何描いてるの?」
     狼の耳がピョコピョコ動けば、犬耳も嬉々とピョコピョコ。
     その筆致を見ていた神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)は、眼鏡の奥の虎眼を更に鋭くして、
    「……人様の背中に俺を描かない。ハートで囲まない!」
     海里は直ぐに分かってくれた主に喜んだか、胸元へ光速ダイブ。
    「どぉふ! ……くっ・つ・か・な・い!」
     蓋し嫌がっている訳でない(ツンデレ)とは公知の事実――。
     さて、反対通路で無心にデッキブラシを掛けていた戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)は、ぽつり「懐かしいな」と父に連れられていった銭湯を思い起す。
     あの人なりに子と接する機会を望んでいたかと思うと、照れ屋で不器用なのは血筋か、と手は止まって。
    (「何でもない様な思い出だけど。これからも、僕以外の誰かの思い出も守る事が出来たらと――願わずにはいられない」)
     不意にブラシの柄を握り込める。
     鏡面越しに届く楽しげな声に、妖気が混じったのはそれから間もない。
     女湯にくゆる湯気は漸う濃くなって、
    「おう、キサマらようハシャギおってからに。ワシらの貸切湯やて知っとりまっか」
     薄ら鷲の紋々を浮かび上がらせた――。


    「さて、戦闘だ」
    「可及的速やかに終わらせよう」
     敵の出現に逸早く動いたのは、待機・見守り組の四人。
     兼弘はヤクザ者特有の長口上を適当に聞き流し、
    「気ィつけえ、修羅は地獄やのうて娑婆におるさかい――って、キサマ何被っとんのや!」
    「これ? ジンギスカン鍋風シャンプーハットに決まってるだろ」
    「!?」
    「行くぜ、アッセンブル!」
     キャプテンジンギスの証【Genghis Khan】を挨拶にくれてやる。
     その強烈なインパクトの直前に堅牢を届けた優は、我が手に戻る【BlueRoseCross】を嫋やかに躍らせつつ、海里に列攻撃を命じて敵の陣形を暴かせ、
    「ぶわっ! キサマら話を聞かんかい! イキリか!」
    「済まない。興味がなくて」
    「!?」
    「六体揃って前衛とは。そっちこそイキッてないかな」
     と、小気味良い返しで怒気を煽った。
     敵数が背中に描かれた絵の数と合致するとはギィも気付いたろう、彼は水では流せぬ猛鷲を眺め、
    (「さて、今回の都市伝説が背負うタトゥーはアートかそれとも只の威嚇表現か」)
     殲具解放――カードの封印を解くと同時、漆黒の颶風と化した。
    「『倶利伽羅鷲王』、背中の鷲が見かけ倒しかどうか、一つ自分と死合ってくれやすか?」
    「――ッ!」
     答は待たない。
     無敵斬艦刀『剥守割砕』の刃圧が敵陣を断ち割れば、蹈鞴を踏んだ瞬間には蔵乃祐が【テリトリーオブメビウス】に縛り上げて、
    「お風呂マナーを守らん奴はどこのどいつじゃい!」
     かけ湯もせず侵入した無法者を叱りつける。
    「マナーズ・メイクス・マン。行儀が紳士を作るのだ」
     屹然と言い放つ温泉奉行には、連中も怒り心頭に、
    「ヤクザに紳士もクソもあるかい! いてこます!」
    「脳ミソ飛び散るまでドついたるで!」
     と、口々に拳銃を取り出し、一斉にハジいた。
     閃光が先駆し、次いで乾いた音が反響する。
     硝煙が鼻を掠めた後は、濡れた床にほた、と血斑が染む筈であったが、此度強盾と相成った耀が流血を許す訳もない。
    「ふなっ……無傷……!?」
    「撫桐組が鉄砲玉の一人、『曼珠沙華の耀』(たった今考えた)……私の肌に、その血で華を咲かせてくれるのは誰?」
     凄艶が許すは返り血のみ。
    「バスタオルと湯桶も殲術道具として用意してる私に隙は無いわ」(きりっ)
    「むむむ、見えそで見えない!」
     鉄鉛を防いだ温泉神器【湯桶】は宙を飛び、或いは鈍器と成って男達を追い立てる。
    「畜生ッ、ジャリが!」
    「ワシらに噛み付いて只で済むと思いなや。この鷲の紋々が――」
     言いかけて、呑む。
     見れば湯気に紛れて漂っていた【ウキグモ】は、主の接近と拳閃を直前まで隠し、
    「……キ、キサマら……ッッ!」
     ファムが床に投げた石鹸に乗り、静がしゅるしゅると迫る。
     【タカアシガニの鋏脚】の妖楔が連中を足止める中、二人はじっくり紋々を観察して、
    「ワシのまーくカッコイイ! みんな少しずつチガウけど、この部分はオソロイ?」
    「ねぇファム。絵の中に文字が隠れていない?」
     まけぼのと沈んだ数体の背の絵を指で辿るうち、核心に近付いていく。
    「……あっ、見えたー!」
    「うん、『極鷲会』! 組長、ツラ割れましたよー!」
     すると湯けむりの向こう、別なる数体と超慣れた捌きで【ドス】やら【チャカ】やら取り回していた娑婆蔵は、どう、と巨躯を蹴飛ばして顔を出し、
    「へぇ、極鷲会と……して、お前さん方の喋りを聞くだに大阪のモンと予想はつきやすが、シマは難波か泉州・岸和田か――」
     手勢を半減させた敵方に、熊鷹眼を突きつけた。
     壁に打ち付けられた男は崩れ様にも不気味に嗤って、
    「ク、クク……『ミナミの鷲王』を知らねぇとは、素人が手ェ出す案件やおまへんで……」
    「! みんな気を付けて! あれは七不思議の怪――……!」
     マキノが清風に押し返そうとするが、遅い。
    「ワシらの頭の武勇伝、語らせて貰いまっせ!!」
     三者同時に放った毒気は、灼滅者の布陣を丸呑みにした。


     けほけほ、ごほごほ。
     紫毒が灼滅者の肺を焼き、細胞を屠る。
    「ッ、エクスブレインの予測を上回る能力はこれだったっすか……」
    「――ワンコは連中が畳み掛けぬよう牽制を」
     息苦しさに躯を曲げるギィには、優が間を置かず癒しを届けるが、ファム、耀、と仲間が次々に膝を折る上、声を掛け合って回復を配る筈のマキノが続かない。
    「なんじゃこりゃー! やーらーれーたー!」
    「くっ、鉄壁のバスタオルが……食い破られるなんて……っ」
    「……ああ、もうダメ……」
     部族のタトゥーに禍き黒斑が染み、豊満を秘める結び目は解かれ、仏像は五体投地して尻も隠せず。
    「くっっ、女性の肌色率が高過ぎる……!」
     蔵乃祐は咳き込みつつ、メビウスの帯を巻きつけ貞操を護ってやるのが精一杯。
     形勢を覆した鷲の男達は惨状を睥睨し、
    「ふっふっふ。女はシャブ(毒)漬けにして売っ払うのがワシらのヤリ方や」
    「どこぞのガキらにシノギ削られて細る漢組とは違ゃいまんねん」
     漢組と口にしたか。
    「今にワシらの頭が漢をトりまっせ!」
     堂々、強気の敵愾心。
     不撓の盾と屹立した兼弘は、その背で眉根を寄せる娑婆蔵を一瞥し、
    「……某ヤの付く組合じゃないよなあと思ったら、多少関係はしているようだな」
    「スジ者連中に温泉の危機……双方そこそこ追い掛け回しちゃ来やしたが、まさかこんな形で合致を見るたァ……」
     涙目で毒気に耐えていた静もここに物申す。
    「撫桐組がヤクザの勢力図を塗り替えてるのは間違いないよね……」
     畢竟、抗争と興亡を生むは桐紋――。
     蓋し敵の正体を知った彼等は、我が身が渦中にあればこそと奮起し、先ずは撫桐組の核爆弾ことファムが反撃の烽火を上げた。
    「アタシ、ふっかつ!」
    「んお?」
    「ワシさん、全部ササミにしちゃるー!」
    「んおおおおっ!!」
     少女は身丈を超すトーテムポールを自在に操り、殴打蹴打に挙措を削ぐ。
     浴槽間際に追い詰められた男は、須臾に迫る兼弘に口撃を返すのが精々であろう、
    「風呂場で悶着起こす悪よ、先ずは服(刺青)を脱げ」
    「脱げるかッ、オンドレこそマスク脱がんかい!」
    「いやマスクは外せない」
    「ふぁ!?」
     だって嗜みだもの。
     拙い反駁には厳然たる「ノー」が示され、正義の焦熱が零距離で心臓を灼いた。
    「アカン、二人がかりや。分断されると殺られんで!」
    「おう、フクロや!」
     堪らず二体が匕首を手に同時攻撃を仕掛けるが、紙一重でスウェーするギィを捉える事は至難の業。
    「何人いようと、やることは一緒。シンプルなものっすよ」
     実戦は彼が何枚も上手か、鋭い刺突は魁偉をぶち抜き、背に羽撃く鷲を貫いた。
     ズズ、と倒れた同胞を悔やむ余裕はなかろう、後退りした男の前には耀が凄みを増して立ちはだかり、
    「なっなん何なんやキサマら……どこぞのチームか族のモンか!?」
    「あら、『撫桐組』を知らないなんて素人ね」
     先の嗤笑に対する痛烈な返しを見舞う。
     美し彼女は冷酷かつ冷徹に、
    「覚えておくといいわ」
     と湯桶で殴り倒すが、これは長躯と共に記憶も飛ぶレベル。
    「っふええええぇぇええあああ!!」
     積み上げられた桶の山にダイブした男は、戦意を失い逃走を図るが、灼滅者と相見えて満足して帰るなど有り得ぬ話。
     蔵乃祐は修羅の相形で吼え、叫び、
    「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前!」
     自らを断罪の刃とし、決死の回転体当たりを敢行するッ!
    「んんんん煩悩退散破ああああああ!!!!」
    「ああああああ!!!!」
     となれば、海里も射出せねばなるまいと、解(ノリ)を導いた優はこちらも修羅と為り、
    「いいねワンコ」
    「?」
    「さあ逝ってきなさい」
    「!」
     敵を追尾し、捕捉すると同時、中心で起爆する『海里砲』を発動!
     双対の修羅の捨て身攻撃は、その圧倒的衝撃に終焉を引き寄せたろう、
    「ンぎゃあああああ嗚呼アァァァ!!」
     男は床を輾転って桶を蹴飛ばし、周辺の備品を形振り構わず投げては逃げる隙を探り――最早目もあてられまい。
    「あーあ、カタギに迷惑かけちゃダメって最初に教わるんじゃないの?」
     静は湯けむりの中を飛ぶ石鹸をアクロバティックに避け、また神速の拳打に手折り、
    「組長、何か言ってやって下さいよ!」
    「よござんす!」
     最後の一体を仕留めに掛かる娑婆蔵に、湯気を裂いて一路を差し出した。
     刻下、縮地で敵懐を侵した灼眼の鷹は、男の脳天に鉄筒を押し当て、
    「極道も知らねェ半グレ風情が、挨拶の仕方くらいはあっしが教えてやりまさァ」
     パァンと、一砲。
     指に馴染む銃爪を引き――ケジメをつけた。


    「いや申し訳ないっすね、これも今時の風潮でやして。どうぞお引き取りを」
     見事な彫り物が湯けむりに解けていく様を見届けるギィ、その背では勝利に喜ぶ海里が、「褒めて」と言わんばかり優にじゃれつき始める。
    「ぁぁはいはい、ワンコはよく頑張った。よく生きてた」
     然し主は労いも適当に海里を抱えると、勢いよく湯に投げ入れ、
    「ではご褒美を」
    「♪」
     キャッキャと泳ぎ出すあたり、この主にしてこのビハインド。
     この後一同は散らかった女湯を清掃・整頓し、戦闘で疲弊した身体を十分に労った。
     兼弘と娑婆蔵は、先ずはのんびりマッサージ機に座って筋肉を解し、
    「然しあああそこでゴーストスケッチを使うとは、その発想はははなかったん゛ん゛ん゛」
    「あああっしも戦場で目的を持って用いられるのははははは初めて見やしたん゛ん゛ん゛」
     振動する会話の先には、二人を驚かせた少女が全力で素振り中。
    「いざジンジョーに勝負!」
    「エアホッケーがしたいの? いいよ! 折角だし遊ぼうか!」
     ファムの反対側に回って挑戦を受けた蔵乃祐は、ゴール前でスマッシャーを超速反復横跳びさせ、
    「ここ守ってれば負けないでしょー!」
    「ファムちゃん、今日は敵同士で対決よ!」
     攻撃手としてマキノが対峙すれば、対面には少女と高いシンクロ率を誇る静が構えた。
    「ふふふ。僕達のチームワークを見せてあげよう」
    「うぇーい!」
     不敵な笑みを浮かべる二人には、それぞれ秘策がある。
     静は必殺サーブで、ファムは小細工で敵を翻弄する筈……だったのだが、
    「行くよ、エアホッケー式王子サーーーブ!」
    「あっアレは何!?」
    「えっどこ? なになに!?」
     残念なタイミングで呼吸があってしまい、結果、牛乳は涙の味に。
     盤上を往来するパックが面白いか、海里がワクワクと瞳に追えば、優は少し溜息して、
    「ワンコもやりたいのかい? 届くかな……」
     適性身長の懸念が過った瞬間、娑婆蔵が腕まくりして進み出た。
    「あっしが対面を務めやしょう! ただ勝負事となりゃァ手は抜きやせんぜ!」
     すると耀と兼弘が援護に回って、
    「組長が相手となるとハンデが要るわね。私は海里くんのサポートをするわ」
    「三対一!?」
    「そうだな、じゃあ俺はこっち側に付こう」
    「四対一!?」
     数の暴力という言葉をリアルに突きつける。
     いや、こんな時こそ自由に、思い思いに遊ばなくては損だ。
     ギィは軽く指で紙片を弾き、
    「温泉無料券は一日有効だったっすね。じゃ、十分に温泉を楽しんでいきやしょう」
    「サウナは浴着で良いとして、流石に温水プールには水着で入らないと……」
     耀はリフレッシュも多様に、好みの水着がないかと売店を物色中。
    「牛乳イッキ飲みタイケツしよー!」
    「攻めるねファム! いいよ、負けない!」
     ファムと静が鼻の下に白ヒゲを作る中、蔵乃祐はもじもじとマキノに耳打ちして、
    「この間剥ぎ取っていったジャンパーかえして……」
    「えぇ、そう言われると思って持ってきたの」
     風呂敷の結び目から現れた防寒具にやっと安堵する(何せ来るまで寒かった)。
     衿を差し出された瞬間、内側の刺繍にギョッとするが、
    「お風呂でお絵かきはできなかったけど、先輩の背中には……これを、その」
     なんて言うものだがら、彼は促されるまま袖を通した。

     斯くして今回も見事ヤクザ連中をやっつけた彼等だが、別なる懸念を得たのも事実。
     一時の慰労を得たものの、全てのワルを倒さねば真の平穏には至らぬと――気持ちを新たにした次第であった。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年1月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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