民間活動~教職員室の黄昏先生の話

    作者:朝比奈万理

     夕方、先生が一人もいない教職員室に行ってはいけないよ。
     それは生徒の間だけで実しやかに広まっていた噂だった。
    「夕方に先生たちがいないなんてよくあることだし」
    「そうそう、部活とか、学年での会議とかあるし。つばさは怖がり過ぎなんだよ」
    「……わかってるけど、なんか怖いじゃん? かすみもあやかも、怖くないの?」
    「所詮、都市伝説だし。居たら写メってアップでしょ?」
     笑いあう友達はきっとそういう噂を信じない強い子たちなのだ。
     つばさは、授業中に聞き逃してしまったあの箇所を今日中に聞いておきたかった。だから友達のあやかとかすみに付き添ってもらって、放課後の教職員室の木製の扉前に立つ。
     だけど、どうしてもあの噂が頭をよぎってしまって、つばさは扉をノックすることができずにいた。
     せめてこの扉に小窓か何かが付いていれば、中をのぞくことができたのに……。
    「もう、仕方ないな……」
     業を煮やしたあやかは扉をノックすると、思い切り開け放つ。
    「失礼しまーす!」
     と声を張ったのは、かすみ。
     3人の目の前に広がっていたのは黄昏の色の教職員室。しんと静まり返り誰も居ない。
    「……ほら、誰もいないけど何もないじゃない」
     顔を見合わせた3人はもう一度、室内に目を向けた。
    「……やぁ、よく来たね」
     誰もいなかったはずの室内一番奥から彼女達を出迎えたのは、黒いスーツ姿の若い教員。陰気な印象で、よく見ると、血濡れだ。
    「……!」
     思わず息を呑んだ3人。逃げようと思ったが、身体が動かない。
     恐怖で動けずにいるのか、それとも、金縛りか何かなのか、彼女達にもわからない。
     叫び声も上げられない。
    「……授業で聞き逃した箇所を聞きに来たんだろう?」
     ガタリと椅子を倒して教員が立ち上がった。血走った眼は彼女達しか見えていない。
     歩を進める先にあるモノを全て薙ぎ払い、一心不乱に向かってくる。
    「さぁ、どこだい!? 僕が教えてあげるよ!!」
     あの世で――。

     彼の名は、黄昏先生。
     黄昏時の先生が誰もいない教職員室に現れては訪れる生徒を根こそぎ隠してゆくという、この学校の七不思議のひとつ――。

    「サイキック・リベレイター投票により、民間活動を行う事になったことは知っているな?」
     うさぎのパペットをぱくりと操り、浅間・千星(星詠みエクスブレイン・dn0233)が教室内を見渡した。
    「サイキック・リベレイターを使用しなかった事で、わたしたちエクスブレインの予知が行えるようになった結果、タタリガミ勢力の活動が明るみにでてきたんだ」
     千星曰く、タタリガミ達は武蔵坂のエクスブレインに予知されない事を利用して、学校の七不思議の都市伝説化を推し進めていたらしい。
    「閉鎖社会である学校内でのみ語られる学校の七不思議は、予知以外の方法で察知する事が難しい。故にかなりの数の七不思議が生み出されてしまっているんだ」
     この七不思議については可能な限り予知を行い、虱潰しに撃破していく事になると付け加え、
    「わたしも尽力する。なので皆の力を貸してほしい」
     と、強い眼差しを皆に向けた。
    「皆に向かってほしいのは、茨城県にあるとある中学校。その中学には『黄昏先生』と呼ばれる都市伝説が存在する」
     黄昏先生は、夕方の誰もいない教職員室に現れ、訪れる生徒をどこかへ攫って行くという。1メートル物差しを日本刀のように、また、教材用の大きな三角定規をWOKシールドのように扱って技を繰り出すようだ。
    「この都市伝説『黄昏先生』はタタリガミが生み出したモノ。今まで多くの激戦を繰り広げてきた皆にとっては物足りない相手だ。だから、周囲に被害が出ない範囲で『より多くの生徒・学生に事件を目撃』させる作戦を行ってほしいんだ」
     今までとは一味違う作戦に微かにざわつく教室内。千星は小さく咳払いし。
    「バベルの鎖によって都市伝説やダークネス事件は『過剰に伝播しない』という特性がある。しかし、直接目にした人間にはバベルの鎖の効果は全くないんだ」
     この事件の目撃者が他人に話しても、誰も信じてくれないだろう。だが、直接事件を目にした関係者は、それを事実として認識してくれる。
    「一般人の多くが、都市伝説やダークネス事件を直接目撃する事で、一般人の認識を変えていくのが『民間活動』の主軸。なので、可能な範囲で目撃者を増やしてほしい」
     とはいえ、多くの一般人に目撃させた上で灼滅する為には、相応の準備と作戦が必要になりそうだ。
    「それに加え、事件を目撃した一般人に『これからどのような行動をして欲しいか』を考えて呼びかけなどを行うのも良いと思う。ただ、一般人にとって皆は『不思議な力で七不思議を倒した人達』という扱いになるだろう。初めて会う一般人に信用されて話を聞いてもらうには、信用されやすい演技や演出が重要かもしれない」
     だが、皆なら大丈夫。信じているぞ。と、千星は拳をトンと自分の胸に当てた。
     彼女の自信に満ちた表情は、灼滅者を最大限に信じている証であった。


    参加者
    アンカー・バールフリット(シュテルンリープハーバー・d01153)
    色射・緋頼(色即是緋・d01617)
    ニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    アリス・ドール(絶刀・d32721)
    矢崎・愛梨(高校生人狼・d34160)

    ■リプレイ


     筑波の夕焼け空を背に魔法使いが箒に乗ってひらりと校舎の屋上へと舞い降りた。ニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078)だ。
     屋上から見下ろせば、部活動に汗を流す中学生たちの中に、彼らにこれから出てくる『黄昏先生』の目撃者となってもらう為に東奔西走している仲間たちの姿を見る。
    「そういえばさ、この時間ってあの都市伝説が出てくる時間?」
     プラチナチケットを使った明莉と脇差が帰宅しようとする学生に声を掛けて回る。伊織と丹、友衛も来るそのときのために準備を行う。
    「もう長い事「正義の魔法使い」をやっては来たが、いざ大っぴらに振る舞えとなると些かむず痒いな」
     頬を掻きながら呟いたニコは、来るその時を静かに待っていた。


     一方の校舎。
     教職員室の目の前の壁に寄りかかるのは、アンカー・バールフリット(シュテルンリープハーバー・d01153)。その隣には神凪・燐(伊邪那美・d06868)も控え、やってきた女子学生三人組――かすみとあやか、そしてつばさを注意深く見つめる。
     旅人の外套の効果か、三人の他にも廊下を行く学生は数多くいるが、二人の存在に気が付く者はいない。
     プラチナチケットを使って教育委員会の関係者を装った色射・緋頼(色即是緋・d01617)と、この学校の転校生を装ったアリス・ドール(絶刀・d32721)が学校内を見て回り、教職員室の入り口を遠くに見る場所までやってきたところで視界に入るのは、木の扉の前で例の都市伝説の話をしている三人の姿。
     逸る気持ちをぐっと抑えて、三人の動向を見守りながら歩を進める。
     緋頼が肩から下げる大きな鞄の穴からも、兎と犬――楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)と備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)が、同じように三人を注視していた。
     彼女たち三人はしばらく会話をした後、重そうな扉をあけ放った。
     そして一歩二歩と教職員室に入ったところでそれは現れる。
     アンカーと燐の目にも映った黄昏色の教職員室。その瞬きの一瞬、黄昏の向こうから黒い影を背負った男の姿。
    「……授業で聞き逃した箇所を聞きに来たんだろう?」
     似たりと笑んだその顔は明らかに血に濡れている。
     その姿を見、その声を聞いた女子生徒たちが後ろに引いた足にぐっと力をもめたその瞬間。
    「私たちがお相手します!」
     先行して教室に突入した燐は机の上に立つと、漆黒のシールドで黄昏先生を殴りつけて注意を逸らす。
     殴られた黄昏先生。ふらりと体勢を立て直すと血走った目でとらえるのは、三人の女子生徒。
    「どこだい? わからないところは。おしえてあげるよ」
    「黄昏先生、七不思議とはいえ仮にも先生なんだから生徒に手を出すのはよくないな」
     机に飛び乗ったアンカー。翻したローブが黄昏先生から女子学生を隠すと、天井に現れたのはプリズムする十字架。
     そこから放たれる無数の光線は、黄昏先生を次々に打ち抜く。
     その隙に教職員室に駆けこんだのはポンパドールと花近。
     彼女たちを廊下に出そうとすれば、この後に入ってくる仲間の邪魔になる。ポンパドールが一番前に進み出ていたかすみの手を引き室内の隅に駆けこむと、花近はあやかとつばさの手を引く。
     彼女たち三人を教室の隅にとどめると、花近はそのまま三人を背に武装して、黄昏先生を見据えた。
     同じく武装したポンパドールはスマートフォンで友に発信しながら、一番近い窓を開け放ち――。
     ――廊下の壁から突然現れた魔法使いと狩衣風の女性。
     それに続いて飛び込んでいった二人に続き、緋頼の鞄から飛び出した兎はあっという間に人の姿に変わる。
    「ギャラリー湧かせる方向で行ッてみよー殺ッてみよーッてな!」
     ウサギの着ぐるみを着た盾衛が勝気に笑むと、その背を追って犬が駆けてゆく。
     彼等の後ろ、ふたりの背を追う緋頼とアリスも、黒のミリタリーゴシックと白と青色の騎士鎧に変わった。
     緋頼は、呆気に取られていた通りすがりの学生と目を合わせると、
    「黄昏先生が現れたので退治してきますね、覗く程度なら良いですが中は危険なので入らないでくださいね」
     と、状況と念押しを。
     4人は真っすぐ教職員室に飛び込んでゆくと、どこからともなく現れた狼も教職員室に駆けこんでいった。矢崎・愛梨(高校生人狼・d34160)である。
     壁から現れた魔法使いと狩衣を基調とした和服の女性。
     動物から変わったウサギの着ぐるみと犬。
     華麗なる変身を遂げたミリタリーゴシックの女性とドレスメイルの少女。
     そして狼。
     これだけでも中学生たちの目にはセンセーショナルに映っただろう。
     なぜ魔法のようなものが使える彼らがこの学校にいるのか。
     それはすぐ、明らかになった。


    「黄昏先生が出たぞ!!」
     校庭中にポンパドールの叫びが冴え響くと、部活動の学生や帰宅しようと校庭脇を行く学生が足を止めた。
    「黄昏先生だって!? 誰か相手をしているのかな……?」
     友衛が近くにいた学生達と顔を見合わせ、
    「……見に行ってみようか?」
     明莉が不特定多数に声を掛けて走り出せば、興味が勝った学生たちはその背を追う。
    「なんや、専門の対策チームとどえらい戦いになってはるみたいやで」
     いってみよか。と駆け出した伊織も学生たちの好奇心を掻き立てた。
     校庭の外れにいた学生たちは、まだ騒ぎに気付いていない。丹はすぐさま彼らに声を掛ける。
    「みんなー、職員室で何かあったみたいなんよぉー。緊急の話もあるみたいやから、手ぇ止めて集まってやってぇー!」
     必死の訴えに、学生達はお互いの顔を見合わせつつも校舎に向かって走り出した丹と学生の目に飛び込んできたのは、屋上の手すりから箒に乗って飛んだ魔法使い――ニコ。
     友からの合図を受けて箒に跨り空を飛ぶと、己の存在をアピールするように校庭を大きく旋回し教職員室の窓に集まった学生の上をかすめ、そのまま開け放たれた窓へと突入していく。
     校庭の真ん中で脇差はそれを周りの生徒と眺め。
    「黄昏先生と誰かが戦ってるとかいう話だし、あの魔法使いのことも気になるよな。面白そうだし、見に行こうぜ」
     中学生の好奇心を掻き立てて誘い出した。
     柩は集まった学生たちをいつでも庇えるように武装すると、室内の戦いに目を向けた。
    「みんなはここで見てて。後はボクたちが何とかするよ」
     そう呟く彼女と同じように、明莉、脇差、伊織、丹、友衛も武装して万が一に備える。
     一方、廊下側ではもう一つ騒ぎが起こっていた。
     柩、紗里亜、ミカエラ、杏子、愛莉と雄哉がギャラリーになる学生たちを教職員室の入り口付近に誘導する後ろで、赤いバニ―スーツ姿の透流が教師に追いかけられていた。体操服姿の教師もいればスーツ姿や私服、白衣姿の教師もいる。
     その後ろには興味本位でついてきた学生たち。ジャージやユニフォーム、制服と様々な服装の学生がいるところを見ると、体育館から理科や音楽などの特別教室まで、くまなく回って人集めをしたのだろう。
     やっと教務員室前にたどり着いたところで、教務員室の騒ぎに気が付いた教師達を筆頭に、興味が透流から逸れた。
    (「せめて、この人たちが傷つくような結果に終わらないといいんだけど……」)
     走り去る透流は、願わずにはいられなかった。


     黄昏先生との戦いは始まったばかり。
    「一つヒトの世のバケモン退治、二つ褌のヒモ閉めて、三つオレ達ャ腐ッたミカン!」
     ウサギの着ぐるみが、何やら風情のある名乗り口上。これもインパクトとこんなイロモノもいるよアピール。
    「退治してくれよウ黄昏せンせェー!!」
     振り上げた拳から広がるシールドで黄昏先生を抉るように殴りつけた盾衛は、魅せる戦いで集まり始めたギャラリーを魅了する。
     大勢のギャラリーがいる前で犬変身を解いた鎗輔。傍らに現れた霊犬のわんこすけも相まって、周りからは驚きの声が上がる。
     いきなり目の前で犬が人に変われば、こういう反応になるのは当然。
     それでも、自分たちがどういう存在なのか、都市伝説がどういうものかを知ってもらう必要がある。
    「いつもと違う『魅せる』戦い、ね」
     とんと机に飛び乗って、前に突き出した両手に集めたオーラを派手にぶっ放すと、わんこすけも六文銭を撃ち放った。
     すると黄昏先生は後ろのスチールラックまで飛ばされ、ファイリングされた書類が雪崩のように落ちてくる。
     頭上のファイルをかき分けて立ち上がった黄昏先生は、「……なんだね君たちは。僕に用があるのは、彼女たちだろう!」
     と、手にしていた物差しを振り上げた。上段の構えから振り下ろされた物差しはアンカーの胸を斬ったが。
     ふわりと着地した緋頼の脚は微かに震える。
     本当は、怖くてたまらない。
     勿論都市伝説が、ではない。
     自分が背に守っている一般人の気持ちが、だ。
     今彼らの瞳には、七不思議と戦っている自分たちはどう映っているのだろう。
     だけど、彼らの為にも真実を知ってほしい。
    「安心してください。皆さんのことは護りますから」
     優しい口調は、一般人を安心させるため。
     眩い夜明けのような薄衣は、アンカーを覆うと傷を癒す。
    「……普通の子が……ダークネスに泣かされる事も……苦しむ事もなくなるなら……」
     自分の力を、自分の戦いを、見てもらう。
     リノリウムの床を蹴ったアリスは一瞬の間に黄昏先生の後ろに降り立った。
    「……斬り割く……」
     可憐な姿と微かな呟きとは裏腹に、スーツで身を固めた背中を獣の如く激しく斬り割く。
     突然の痛みに呻き声をあげた黄昏先生は、それでもゆらりと進みだした。
    「……生徒を護る? 泣かされる? 何を言う、生徒を守るのは、教師であるこの僕の務め。その涙が永遠に流れないようにしてあげよう」
     3人の学生を見つめる血走った眼は狂気に満ち、口角は卑しく上がる。
     彼女たちはその姿を見、声を聞き、小さく悲鳴を上げる声を後ろに聞く花近は骸骨マイクとマイクスタンドのロッドを構え、
    「大丈夫、俺たちがいるから。だからみんなのこと信じてっ」
     と、黄昏先生の声を掻き消すように繰り返す。
    「あなたじゃ、この子たちは守れない!」
     狼から変わった愛梨が足元から伸ばすのは影で作られた触手。未だ狙った学生に向かう黄昏先生をからめとった。
    「みんなの現在と未来を守るため、私たちは戦う!」
     いつも通り、やるべきことをやるのだ。
    「遅れてすまない、助太刀する」
     窓から箒に乗って現れたニコはまず、黄昏先生に狙われている3人の状況を確認した。3人はポンパドールと花近の後ろで身を寄せあって怯えていたが、怪我などはない。
     無事で何よりと、ほっと息をついたニコが縛霊手の指先に集めた霊力を打ち出せば、アンカーの傷のすべてが浄化される。
    「恐ろしい思いをしたところを申し訳ないが、今暫くの辛抱にて」
     君たちは俺たちが護り抜く――。と、ニコはいつものように袖を翻して敵を見据えた。
     ――みなさんは何なんですか?
     3人の誰かに声を掛けられ、花近は答えた。
    「俺たちは灼滅者。みんなが見てるあぁいう闇の存在と、人知れず戦ってたんだ」


     教職員室の入り口と建物の外に集まるギャラリーの前には、武装した灼滅者たち。
     黄昏先生の攻撃が流れてきたりの万が一に備えるためと同時に、自分たちが何者か知ってもらうための武装だ。
     黄昏先生の姿を見、驚き恐怖の声を上げる教職員。対して学生たちはの反応は様々で、黄昏先生の存在に恐怖で固まる学生もいれば、黄昏先生VS謎の変装チームの睨み合いに特撮ヒーローものを見るように瞳を輝かせる学生もいる。
    「ここに居たら安全だから落ち着いて。あたしたちがみんなを守るからっ」
     恐怖する教職員や震える学生一人一人に声を掛けながらにっこり笑む杏子。
    「ここは危険です、近づかないでください!」
     と、声を張った紗里亜。手を出して制止を行わないのは、それがフリであるから。
     勿論、本当に危険になったら身体を張って護る。
    「でも大丈夫だよ、前線の人たちみんな強いから。もし流れ弾か何か来ても、あたいたちが跳ね返すよ」
     だからずっと見ててね、でも、前には出てきちゃだめだよとウィンクのミカエラは、ラブフェロモンを使って訴える。
     学生たちの中には、スマートフォンでこの戦いの動画や画像を撮ったり、SNSに状況を書き込んでいる者もいた。
    「今、君たちが目にしているのは、真実。だけど、誰かに伝えようとしても絶対に伝わらない。現にこういう事件の話は全く聞いたことないだろう?」
    「だからここにいる皆には、目の前のことを見届けてほしいの」
     必死に訴える雄哉と愛莉。
     紗里亜は近くにいた教師や学生から問われた。
     君たちはいったい何者だ、アレはなんだ、と。
    「私たちは武蔵坂学園の灼滅者。あのような闇の力から人々を護るために戦っています」
    「あたし達も力を持つけど、決して怖い存在じゃない」
     杏子も自分の言葉で、同何代の学生に説明する。
     いつもこのように戦っているの? と問われたミカエラは大きく頷いた。
    「敵の攻撃は当たったら痛いし、自分たちより強い敵は恐いよ。ケド、あたいたちにしかできないコトだからねっ」
     外では柩が同様の説明を行っていた。
    「この世界には、今みんなが見ているような超常の力があるんだ。ボクたちはそんな力からみんなを守ってる」
     今までは秘密裏にされていたのだけど――。
    「脅威を倒すだけではなく、助けられるものを助ける。そういう活動をしている」
     友衛もそう付け加え。
     前線の灼滅者8人の『魅せる』派手な戦いと、手伝いに集まった灼滅者の誠実で余裕のある行動が、学生教師問わずギャラリーの恐怖心を徐々に取り払っていった。


    「さぁ、僕が、教えてあげるよ!! 君が、知りたがってる、箇所を!!」
     攻撃を喰らい続けても黄昏先生の標的への執着は、とどまることを知らない。
    「さぁ退きたまえ!」
     物差しで凪がれた風が鳴く。同時に冴え冴えとした月の如き斬撃が飛んでくるが、狙撃手と回復手はそれをひらりと交わした。槍輔は派手に飛んでみせ、緋頼は軽いステップで受け流す。
     周りの学生たちからは恐怖に満ちた悲鳴は聞かれなくなった。代わりに聞こえるのは、攻撃をかわしたときの驚きの声や黄昏先生に攻撃した時の歓声だ。それも、攻撃を受けたら即、他から回復の手が入り痛々しさの微塵も見せない『魅せる戦い』を選び取り実行する、灼滅者が選んだ作戦の賜物だろう。
     標的にされている3人はまだ怯えてはいるけど、自分たちを背に守って戦う灼滅者に向ける瞳に死の恐怖はない。
    「あともう少しだカラ、見守ってくれるとみんなもおれも嬉しい」
     ポンパドールは彼女たちの様子に目を細めた。だけど、警戒は怠らない。
    「どうかそのまま、終わりまでわたしたちを見守ってください」
     それが今の自分たちの原動力になる。
     緋頼の掲げた月のロッドから溢れ出す雷は、激しい音と眩い光を宿して黄昏先生を撃ちぬいた。
    「千曲サン、オレたちの説明はいきわたッた感じ?」
    「うん、大丈夫!」
     問いかけに返ってきた言葉に頷いて勝気に笑んだ盾衛。飛び上がったウサギの着ぐるみは、目にも留まらぬ高速で黄昏先生の後ろについた。
    「ンじャ、そろそろトドメとしましョうかァ!」
     縦横無尽に斬り割く手数に、リミッターはない。
     攻撃に身もだえるように呻く黄昏先生。その足はいまだ前に進むことをやめない。
     日の目を見ることがないとも思っていた自分たちの戦いが、やっと誰かの目に留まる。
     黒鉄の輝きを放つ聖なる剣を手にした燐は飛び上がると、非鉱物化させた刀身で黄昏先生の身体を貫いた。
     続いて動いたアンカー。魔法使いらしく魔導書を開きながら指をパチンと鳴らすと、黄昏先生の周囲を爆破する。
     一瞬だけ間をおいて黄昏先生を襲ったのはのは、ニコが蹴りだした炎。W魔法使いの迫力のある炎の技に、驚きの声が上がった。
     鎗輔はただ真っ直ぐ黄昏先生を見据えていた。
     今まで秘密裏に戦うことを推奨されていた自分たちが、人前で戦う。
     一般人の側で考えてみて、普通に考えれば自分たちも七不思議や都市伝説も信じがたい存在だろう。
    「でもさ、どういわれたって、何言われたって、守る為に戦うんだ。誰か一人でも、応援してくれる人がいる限りね」
     今まで味わったことがない力強さを背に、放った古書ビームは黄昏先生の軌道をこちらに変えた。
    「ここまで邪魔をしてくれるとは……、許しませんよ……」
     だけど、もう足が朽ちる。彼の終わりの時を知らせるように暮れの日は、今し方遠くの山に落ちた。
     愛梨は黄昏先生の懐に入り込んで、血濡れの腹に超硬度の拳を打ち込んだ。
    「……黄昏先生……あなたのお話は……もう終わり……」
     愛梨が退き黄昏先生が血を吐きよろめくその一瞬。アリスは黄昏先生の前まで駆け込んだ。
    「……夕闇ごと……斬り裂く……。……儚き光と願いを胸に……闇に裁きの鉄槌を……」
     白と金の美しい鞘から抜かれた美しい刀は、一瞬にして黄昏先生を一刀両断。血飛沫が教室の壁に散る。
    「……ぼくが、あの世で……おしえて、あげ、る……」
     切断された上半身が床に落ちると同時に黄昏先生は、呻くような声を残して煙となり消えていった。
     後に灼滅者を包んだのは、割れんばかりの歓声だった。


     ギャラリーを含め皆の無事を確認して、燐はほっと息をついた。
    「こういう現象と私たちのような不思議な力は実際に存在します」
     包み隠さずはっきりと告げる彼女の言葉に、教職員たちは頷いている。
    「世に蔓延るバケモンを退治する、特攻野郎ども灼滅者! ピンチの時は呼ンでくれるが良ィ・WA!」
     盾衛の格好を伴わないカッコいい言動は、中学生男子を魅了していて、「今度何かあったら兄貴たちを呼びます!」とすっかり頼られていた。
    「……黄昏先生みたいな都市伝説とか……七不思議には気を付けて……興味本位に試すと危ないから……」
    「話題にならないと出てこないので、七不思議や出所不明の噂話やラジオ放送を世間にシェアしないでもらえるとありがたいです」
     襲われた3人にアリスが控えめに忠告し、アンカーが今後の行動をお願いすると、3人はおろか他の学生たちもこくこくと素直に頷いてくれた。
    「今後何かあったら、武蔵坂学園に連絡を入れていただけると助かる」
     よろしく頼む。とニコは、伊織と柩と共に学園の連絡先が記入されたカードを手渡してゆく。
     その足元では、目立つのは苦手な鎗輔が犬に変身して大人しくしていた。

     後片付けは、戦った者、手伝った者、そして目撃した者全員で。
     五十人ほど人の手があれば、原状復帰はそう難しくはない。
     戦ってる姿はかっこよく美しかったと聞いたミカエラは、にっこりと笑んだ。
    「でしょ? 命の輝きだからね」
     ありがとうと学生たちや教職員たちに見送られて帰路に付く空には、ななつやっつと星の輝きが瞬いていた。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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