民間活動~血鎖「救出篇」

    作者:夕狩こあら

     陽が落ちる。闇が訪れる。
     幾許もすれば、あの人が視た赤い紅い月が、私を迎えてくれる――。
    「いとしいひと。いま妹も参ります」
     血で染めたような夕暮れの空に手を伸ばす。
     きらり光を弾いたのは、細指が握り込めた白銀の刃だろう。
     少女は胸を突き上げる熱き衝動を嚥下して、
    「叶わないのが恋と言うなら、この気持ちは、そう……愛と呼べばいい」
     生きる喜び、存在する価値を教えてくれた、尊敬する兄の体温を反芻する。
     漸う闇へと染まる少女の肉体――その全身を流れる紅血は、鋭い覚醒と共に危機をも察知しており、我が身を狙う者の存在に、きゅ、と桜脣を引き結ぶ。
     その口角はやがて歪に持ち上がり、
    「ねぇ、私と同じ若者達。同じ貉の、恋の囚人達」
     ズ、ズ……と靴底を引き摺りながら、影を伸ばす校舎へと歩き出す。
     丁度、校門からは少女と変わらぬ年頃の男女が下校を始めていて、その屈託ない笑顔を見た少女が、握り込めた刃を振りかぶる。
    「私が真の力を得る為には、お前達の血が必要なのよ!」
     完全に闇堕ちした兄が、十全なるダークネスの力を得た様に、人性を捨て去る――!
     愛するが故の衝動がまさに解き放たれんとした、その時、
    「――小さき者よ。我の元に迎え入れよう」
     黒き翼の羽ばたきと共に降り落ちた男が、少女をマントに包み込んだ。
     華奢は夜の帳に覆われて視野を失い、
    「我等、気高きヴァンパイアの血鎖に繋がれるがいい」
     紫紺の空の浮かび上がる紅月を仰ぐ事も無かった――。

     サイキック・リベレイターの投票の結果、灼滅者は民間活動を行う事が決定した訳だが、それと同時、サイキック・リベレイターを使用しなかった事で、エクスブレインらが予知を行えるようになった――日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)が教室に持ってきた情報は、そのうちヴァンパイア勢力の活動に関するものだ。
    「勢力も戦力も未だ精強なヴァンパイア勢は、闇堕ち一般人を配下化する事で戦力の拡充を図っているらしく、今、一般人の闇堕ちが発生してるっす」
     どうやらヴァンパイア達は、『闇堕ちした一般人が事件を起こす前に察知し、回収部隊が確保して連れ去る』事で、武蔵坂学園の介入を避けながら戦力を増やしていたようだ。
    「ただでさえ増加効率の良い奴等が、更に拡充するとなると厄介だな」
    「押忍。そこで灼滅者の兄貴と姉御には、当該の闇堕ち一般人への対処と、回収に来るヴァンパイアの迎撃を、2チームに分かれて遂行して欲しいんス!」
     この事件は『闇堕ちした一般人に対処するチーム』と、『闇堕ちした一般人を確保しようとやってくるヴァンパイアを迎撃して撃破するチーム』で行う。
    「で、兄貴らは『闇堕ち一般人救出チーム』っす!」
    「分かった」
     今回の事件で闇堕ちするのは、先に闇堕ちしてヴァンパイアになった青年の妹。
     ヴァンパイア達は、この兄を通じて闇堕ちする近親者の情報を得、回収に来ようとしているのだ。
    「件の少女は、自分を回収しようとするヴァンパイア達の気配を感じ取ったのか、その危険に対処する為に、戦闘力を上げようと行動を始めるっす」
    「で、自分が通う学校の友人達を殺して、完全に闇堕ちしようとしている訳か」
    「……やべェ状況っす」
     勿論、このような凄惨を見逃す事はできない。
     光宿る瞳に意思を確認したノビルは口を開いて、
    「兄貴らには、この娘が通う学舎に向かい、襲撃を阻止し、可能なら説得を行って連れ戻して欲しいッス!」
     ヴァンパイア勢力の増強を阻むと同時、一人の少女を救って欲しい――そう願い出る丸眼鏡に是の頷きが返る。
    「少女の名前は、樹(いつき)・ミサヲ。十も年が離れた面倒見の良い兄に密かに恋心を抱いていたようで、同世代の友達が仲良く恋バナをしている時も、禁断の恋ゆえに誰にも打ち明けていなかったみたいッス」
     奥底に燃える恋心を隠していた彼女だが、それ以外では人懐っこく社交的で、仲の良い友人も多かったようだ。だからこそ、彼女が一般人に近寄るのは容易い。
    「ミサヲはダンピールに類似するサイキックと、まだ扱い慣れていない解体ナイフを手に攻撃を仕掛けてくる筈っす」
     戦闘時のポジションはジャマー。
     闇堕ちしたばかりのヴァンパイア故に、幾多の激戦を繰り広げてきた灼滅者にとって、彼女は然程強敵ではなかろう。
    「なので今回は、周囲に被害が出ない範囲で『被害者や関係者に事件を目撃させる作戦』を行なう余裕があると思うんス」
    「……民間活動に関る部分だな」
     バベルの鎖によって、都市伝説やダークネス事件は『過剰に伝播しない』という特性があるが、直接目にした人間には、バベルの鎖の効果はない――。
    「目撃者が他人に話しても信じてくれないところ、直接事件を目にした関係者は、それを事実として認識してくれるのよね」
    「今回は、下校途中の学生達が事件を見る事になるだろうな……」
     一般人の多くが、都市伝説やダークネス事件を直接目撃する事で、一般人の認識を変えていく――それが『民間活動』の主軸と考えれば、可能な範囲で目撃者を増やしていく事が重要になるだろう。
    「多く一般人に目撃させた上で戦闘を行い、救出或いは灼滅する為には、相応の準備と作戦が必要っす」
    「一般人にどのような指示や説明を行うか、今後、どのような行動をして欲しいか。ミサヲに対する呼びかけだけでなく、考える必要があるな」
    「うす!」
     ノビルは、直ぐにも話し合いを始める灼滅者に頼もしさを感じつつ、力強い敬礼を捧げた。


    参加者
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)
    蔵座・国臣(殲術病院出身純灼滅者・d31009)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)

    ■リプレイ


     件のヴァンパイアは、闇に囚われた少女が無辜の生徒を殺めんとする直前に介入する。
     畢竟それは灼滅者にとって、始動するや回収部隊の接触を阻み、同時に闇堕ち一般人による殺戮を押し留め、且つ危機にある生徒を保護する――同一地点で時を同じくする三者全てに介入せねばならぬという、最初にして最大の難局だったろう。
     初動の如何が問われる戦端、蓋し彼等は各々の任を全うする事で危急の際に臨んだ。
     先ず。
    「小さき者よ。その血を我等が一族の血脈に繋ぎ……、――何者だ」
     夕闇より伸び出た白帯と旋律が、少女を包む筈のマントを空に翻す。
     男の魔眼がじろと睥睨すれば、神夜・明日等や羽二重・まり花ら灼滅班が割り込み、
    「相変わらず人を材料か何かにしか見ていないようね」
    「こないえげつない事して、許されると思っとらんやろなぁ?」
     血魔と少女を分断させると同時、蝙蝠の黒叢を取り囲む。
     一方、恋に狂いし刃の切先は、平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)の右腕が生徒に代わって受け止め、
    「よく考えて欲しい。君のお兄さんは、このような凶行に妹が及ぶ事を望むのか?」
    「ッ、あなたは誰? 如何して私を止めるの!」
     稚拙な斬撃が骨肉に沈むより先、木元・明莉(楽天日和・d14267)が【青灯輪】に光を舞わせて止血した。
    「ミサヲは俺達が食い止める。サポートの皆は学校の生徒を護ってくれ」
     彼が言って間もない。
     須臾、狂刃の振り被りを目の当たりにした女生徒は一陣の風に攫われ、
    「ここは危険です。下がって下さい!」
     箒に跨った紗里亜が颯と躯を抱えるや、物陰に潜んでいたミカエラが不安ごと預かる。
    「知ってる子が襲ってきたら、びっくりするよね。怖かったよね」
    「ふぇ……ふぇ、ふぇええぇぇん!!」
     命の危険にあった事を漸く知ったか、悲鳴は今こそ溢れて。
     時に伊織と勇司は、校舎を出た他の者達の誘導にあたり、
    「さて、鈍の兄さんらを手伝わせてもらいますぇ」
    「助けてやりたいってヤツがいるなら手助けしようかな。俺も」
    「諫早、石宮も来てくれたなら心強い。あいつらの事、頼んだぜ」
     その避難経路を守るように射線を踏んだ鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)が、標的を失って焦燥する刃を【月夜蛍火】に阻む。
    「ッ、私には血が必要なのよ! 止めないで!」
     殺したい! 殺させろ!
     餓えた瞳は同胞の血を求むか、同校の制服を着た船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)などは特に目を惹いたろう、彼女は迫る鋭刃を団長代行猫こと烈光さんに代わらせ、
    「最初から殴りに行っては見ている人の心証を悪くさせますぅ」
     故に、受ける。頑と、耐える(主に烈光さんが)。
     生徒の安否を確認した蔵座・国臣(殲術病院出身純灼滅者・d31009)は、ここでワンホイールに跨る銀鋼の騎士となり、
    「これより君達の学友の救出を試みる。君達は剣戟の及ばぬ所で待機していて欲しい」
     言うや否やのフルスロットル、殺気漂う軍庭へとテールランプの帯を引く。
    「! !?」
    「変身、した……」
     其は俄には信じられぬ光景であったろう。
     迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)が展開する守護の光壁も、回復を支える霊犬ミナカタの姿も、凡そ視る事のなかった非現実。
    「俺達が来たからにはもう大丈夫や! 闇に囚われたこの娘を助けるで!」
    「ねぇ、あの人達……」
     空想の世界で見たそれらは、喩えるなら――そう、ヒーロー。
     北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)は迸る香気に生徒らの心の壁を取り払い、
    「君達と彼女、両方助けたいんだ。俺達にその手立てがある事を信じて欲しい」
    「私達、どうにかなっちゃうの? 怖いよ……」
     不安を押し付けられたなら、第一歩。
     白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)は響めき始める校舎を一瞥した後、真紅の教団制服を最終決戦形態に昇華させ、
    「人助けも、正義の味方みたいな真似も慣れないが……慣れないなりにやらせて貰う」
     刃撃の疾走を阻むと同時、囲繞の布陣を完成させた。
     校舎を出た者は玄関まで戻し、今より帰る者は昇降口に堰き止め――校門までの一定区域を戦場と切り取った一同は、全校生徒が固唾を呑んで見守る中、「灼滅者」として戦いを示し始めた――。


    「灼滅班と救出班が、それぞれヴァンパイア部隊と闇堕ち一般人の包囲に成功したわ」
     続いてサポートメンバーが校内に集めた一般人を保護する傍ら、事件に対する説明や説得を始めた――とは、マキノらによる報告。
     民間活動は、先ず以て『見てもらう』働きかけが必要だろう、此度は多くの者が生徒に扮して校内に紛れており、
    「校門前で何かあったのか? ほら、人が集まっている」
     廊下を歩いていた友衛がふと窓を覗き込めば、他の生徒達も足を止める。
     逸早く状況を把握させる会話も巧みに、
    「ねぇ、あれ、どうしたのかなあ? なんだか女の子の……様子が変!」
    「……彼女の周囲を囲む者達が説得をしているのか」
     杏子が渦中の少女を指差せば、真名は灼滅者の目的をそれとなく示して。
     生徒が次々と窓際に集まる中、凛音と柩は避難路を確保しながら校内を廻り、
    「この時点でヴァンパイア勢の目算は狂っています。増援もあるかもしれません」
    「一般人を留めた事が失策とならぬよう、ボク達は連絡や迎撃に備えておくよ」
     と、仲間の戦いを多角的に守る。
     今回、救出班は何ら予備知識のない若者の為に分かり易い善悪を示したか、初動で生徒を庇った和守などは、まさに王道であったろう。
    「宣誓!」
     腰のバックルにスレイヤーカードを装填した彼は、雄渾と叫んでポーズを取り、
    「国民の平和の為、魂に潜む悪魔と戦う戦士、キャプテンOD! 参ッ上!」
     あっかっこいい。
     そう憧憬を抱いた者は少なくない。
     見た目から正義の心を震わせてくれるのは、機騎鎧を纏う国臣も然り、
    「彼女はまだ間に合う。彼女が彼女でなくなる前に、力を弱らせ、心を引き戻せればな」
     ダークネスという存在があること、彼等が人を闇へと引き込むこと。
     そして、それに対抗する者が居ること――。
     説明するには難しい真実を行動を以て伝える。
     加えて。
     ミサヲを必ず救う、その意志は強さに相俟って遠くにもよく届き、
    「お前が人として積み重ねてきた兄への想い、友と過ごした時間……それらが吸血鬼に利用されて踏み躙られて、本当にそれでいいのか」
    「ッッ、ッ!」
    「苦しくとも切なくとも、抱え続けた想いを闇なんかに預けるな。自分自身を手放すな」
     脇差は闇雲に振われる狂刃を精緻な軌道に手折りながら、少女が見失ったものの大切を説く。
     異能の力を使役するにも、生徒達が恐怖し拒絶せぬよう配慮した明莉は、仲間が極力創痍を負わぬよう堅守に支えつつ、
    「恋心は厄介だな。自分ではどうしようもない上に、君の相手は理解され難い」
     だから誰にも話せない――と、袋小路に迷い込んだ少女に共感を寄せる。
     然しそれだけでは思う彼は更に語気を強めて、
    「だけど独りで抱え込むな! 信じろ、君を否定しない人は必ず居る!」
    「嘘よ、嘘! 私を受け容れてくれるのは『あの人』だけ!」
     これに感情を荒立てたミサヲが緋の逆十字を放てば、刻下、炎次郎が黒刃を撓らせて相殺に出る。
    「そいつはもう兄やない……血に飢えた怪物やで!」
    「黙って!」
    「黙らへん! 兄ちゃんが人間やなくなってしもたなら、兄ちゃんの分まで人であらな!」
     これら言葉と想いの衝突は、視る者にミサヲの事情を自ずと知らせよう。
     少女が闇に、弱きに傾いているとは明日香も示して、
    「友を殺して恋を愛に昇華するとは、おかしなことを言う。恋や愛は言葉にしなければ形にならんのに、それが此処に居ない兄の為になると?」
     と、繰り出る【絶死槍バルドル】は宛ら矛盾を衝くよう。
    「そうよ。私が人性を手放すには、どうしても近しい者の血が必要なの!」
    「ではその愚行、止めるまでだ」
     ダークネスが人間を堕とす、そのカラクリを知る者は斯くも厳然。
     少女が想像する以上の闇を知るからこそ、彼等は声を重ねて、
    「今の幸せを棄てるって言うんですかぁ?」
    「私の幸せは此処にないの!」
    「品揃えの良い購買、おいしいものづくしの食堂。勿体ないですよぉ?」
     事前に彼女の学校を(主に食方面で)内部調査した亜綾は、日常に当然として在る倖福を改めて訴える(ちなみに買い食いもした)。
     葉月は頑なに言を拒むミサヲを暫し見詰め、
    「叶わない恋心を抱くのは辛いよな」
     透徹たる青の瞳は、躯を覆う魔霧を心の壁と映したか――白磁の指が弾く巨杭が鋭い旋廻に霧を払わんとする。
    「けど、そのまま昏い感情に身も心も委ねた儘ってのは感心しねえよ」
    「やだ、やめて、いや!」
     反撃の刃が端整に血を滲ませるが、構わない。
    『目標は灼滅、それが無理でも絶対に撃退はしてみせるから』
     そうアイコンタクトを交した城守・千波耶ら灼滅班の奮闘を、サポート陣の助力を知れば、闘志は炎と燃え、
    「ハヅキたちを信じてるけど、心配でも、あるわけで」
    「俺達が際を預かっからよ、こっちの心配はせずに思いっきりやれって」
     人々を血戦の余波から守らんと疆界に立つ夜奈と錠に奮い立つ。
     その上空では丹が箒に乗って守備にあたり、
    「窓割れたら大変や、流れ弾はウチが撃ち落とすよぉ」
     と、生徒を硝子越しに見守っている。
    「空飛んでる……」
    「君達、何を集まっ……なっ、ななな!!」
     騒ぎに駆け付けた教師らにとっても、これらの光景は衝撃だったろう。
     セカイとポンパドールは根気よく状況を説明して、
    「あそこで苦しんでいるのは、紛れもなくあなた方の教え子で、皆さんの御学友」
    「ミサヲは今様子がおかしいケド、おれたちはそれをたすけに来たんだ!」
     本人も望まぬ殺人を止めに来たと、一切の言葉を偽らない。
    「当校の生徒を知るなど、君達は何者なんだ?」
    「どうしてミッちゃんを助けに来たの……?」
     次第に一同をヒーローと見始めた人々がそう問えば、彼等は真摯に答えて、
    「家族の闇堕ちは、私にとって他人事ではありませんから」
    「私もミサヲさんと同じ……兄を、完全にヴァンパイアに乗っ取られてしまったの」
     近親者の感染を経験したオリヴィアと愛莉に続き、血の呪縛に囚われていた千尋もまた今を苦しむ少女に寄り添う。
    「逃れられないなら、せめて立ち向かう強さを呼び起こしてあげたいんだ」
     少女の中に在る抗う力を信じるは雄哉も同じく、
    「樹さんが闇に完全に支配される前に、皆さんからも声を掛けてあげて欲しい」
     と、端的に伝える。
     その時だった。
    「小さき者よ、私の声が聞こえるか。君を迎えに来た同族の声だ」
     まずい、と灼滅者が舌打ったのは、其が戦場を突き抜けて届く、彼等のESPと同等の能力であったからだろう。
    「君を受け容れるのは断じて彼等ではない。私が赴くまで凌ぎ、兄の下へ行くのだ」
    「……そうよ、私は必ずあの人の所に行く!」
     瞬刻。
     不安定な闇が暴走し、濃灰の石畳を真紅に染め上げた。


    「手に入らないものを手に入れたいって気持ち、分からなくはないよ」
     箒を駆り戦況を見守る勇司。彼がぽつり言つ下で、制御不能の刃撃が走る。
     前衛に血が繁吹き「あわや」と声が挙がる中、国臣と鉄征、一人と一機の一枚岩が激情を留めた。
    「奴が導く先には、もう君の身内を食い殺した仇しか居ない」
    「あの人は居ないっていうの? 嘘よ!」
    「この儘では君も君で無くなる。愛した人でないナニカと君でないナニカが君達を殺す」
    「嘘! 嘘! 嘘!!」
     拒絶の刃が更に翻った瞬間、【ローディングシールド】ごと踏み出るは和守。
     彼は行き場のない狂気を敢えて受け止め、
    「連中は人の心に付け込み、最終的に宿主の体を乗っ取る。君が抱いた恋心も愛情も、全て悪用され、穢される。それで、良いのか」
    「、ッ」
    「良い訳が、無いだろう!?」
     義憤の盾が少女の手から刃を弾き、黄昏に躍らせた。
    「モードチェンジ、アルティメット! ここから畳みかけるぞ!」
     この力強い発声に総員の爪先が弾かれて、
    「行きますよぉ、烈光さん」
    「うぉふ」(あきらめたかお)
     亜綾はむんずと烈光さんを掴むや、投球モーションに移行。
     彼をぶん投げミサヲの視界を遮るや、高く飛翔した自身は重力を乗算して突撃!
    「必殺ぅ、烈光さんミサイル、グラヴィティインパクトっ」
     一呼吸置いてからトリガーを引いた彼女は、巨楔の衝撃に揺るがし、少女が蹈鞴を踏んだ瞬間には、明日香がここぞと次撃を継ぐ。
    「言葉以前に行動がおかしいのは、今なら中二病と笑い飛ばしてやる。完堕ちして向こう側につくというなら、オレ達は全力で灼滅に掛かるぞ!」
    「ッああ嗚呼!!」
     力差は歴然。
     繰り出た炎が命を得た様にミサヲの殺意だけを灼くのに対し、反駁に迸るオーラは四方に飛散して危うい。
    「ほんとは、ひとがいる中でたたかうのはイヤだけど……ヤナたちが、守らなきゃ」
     夜奈が校舎に向かう狂気を手折る傍ら、凛音とポンパドールは交戦を続ける敵勢に警戒して、
    「連中の目的はあくまで回収……手古摺れば別の手段を取るかもしれません」
    「うん! 万一ヤツらがおそってきたら、みんなを完全に避難させる!」
    「一般人に対して危害があれば、それが何であっても阻止するわよ」
     愛莉もまた不測の事態に備え、常に冷静を手放さない。
     戦闘が苛烈を増せば、視る者も恐々と後退ろうが、オリヴィア達は彼等に見続ける勇気を与え、
    「彼女の魂は今、闇の侵食に懸命に耐えています」
     伊織が、ミカエラが。
    「あの子は必死で戦ってはるんや。帰り道を探してはる」
    「こっちだよって呼んであげて。そしたらきっと、帰って来られる」
     そしてセカイが。
     彼等の中にもある力を呼び起こす。
    「死より苛酷な訣別に後悔しないよう、どうかお力添えを」
    「……っ」
     最初に突き動かされたのは、ミサヲの担任。
    「樹さん、帰ってきなさい! 貴女の居場所は此処です!」
     彼女が震える手を握りながら叱咤すれば、更に一人、今度は少女の友が進み出て、
    「私、もっと近くで見たい……」
    「では、安全が確保できる所まで。僕が護衛します」
     真名は真実に向き合おうとする小さな勇気を援けてやる。
     錠は疆界に集まり出した大いなる歩みに微笑して、
    「ヒーローに護られただけじゃなく、逆境に抗った記憶を共有するのも悪かねェだろ?」
     と、佳境を迎える戦陣を見守った。
    「私のこと何も知らない人に、私の苦しみが分かる筈ないじゃない!」
    「わからんよ。わかってあげたいからここに来た大馬鹿野郎やでな」
     目下、「何故」と叫ぶミサヲには炎次郎が答えて、
    「俺の姉貴は俺を守って死んでしもた。だから俺は姉貴の分まで生きて、俺みたいな人を増やさんように戦うって決意したんや!」
    「! ……私はあなたの様に強くない!」
     あの人なしでは生きられない、と零れ落ちる涙を、明莉の冀望が慰める。
    「彼を闇から見つけ出し、想いを伝えるんだ。ふたり『人』として生きる為に」
     人として生きる心に、必ず彼は生き続けるから――。
     いつかダークネスも灼滅者も「人」に戻れる、そんな己の願いも零れたか。「闇に蝕まれた心を治癒する者」たる手は、少女の血塗れた手に差し伸べられ。
    「、いやっ!」
     無償の温もりを拒み後退すれば、こちらも優しい、葉月のテノールが降り落ちる。
    「なぁミサヲ、顔上げて見てみろよ」
     彼が親指に示す向こうには、見慣れた顔の見慣れぬ表情が揃って、
    「あ……」
     激闘から目を離さぬ者、無事を案じて祈る者。
     その想いは硝子越しにも伝わろう、
    「こんなに友達や仲間がいるんなら乗り越えられるさ」
     だから、心を強く持て――。
    「嗚呼、嗚呼!」
     顔を覆い、躯を魔霧に包む少女の最後の抵抗を受け止めたのは脇差。
    「許されぬ恋、か」
     誰に理解されずとも、その想いが本当なら止める事など出来ないのだろう――迫り来る渾身の一撃を懐に許した彼は、鮮血を代償に抜刀一閃、
    「前を向いて生きるんだ。それがきっと兄の願いであり、希望だと思うから」
    「……ッッ……!」
     深淵に揺蕩う光を掬い上げた。


    「ミッちゃん!」
    「ミサ! 大丈夫?」
     友の涙と声に意識を取り戻したミサヲが、覚醒を見守った雄哉に尋ねる。
    「どうして、私を……」
    「僕だって、堕ちて友人を殺めようとした処を阻止してもらったから」
     少女が『闇堕ち』という言葉を知ったのはそれからの事。
     このミサヲをはじめ、人々は灼滅者より多くの真実を知る処となり、
    「私達は闇の力から人々を守る為に戦っている、武蔵坂学園の者」
    「ウチらが戦うところ見せたんは始めてやねぇ」
     紗里亜と丹が素性を明かし、杏子が異能の力を癒しに変えて見せる。
    「ケガした人がいたら癒すよっ」
     恐慌が収まった頃には、千尋と友衛が生徒や教師を集めて語り、
    「あたし達は、人類を支配するダークネスって奴等と戦ってる」
    「脅威を倒すだけじゃない。助けられる者を助けるのも大切な活動だ」
     柩は後憂に備えてか、連絡先を預ける。
    「超常の力を使う存在を目撃したら知らせて」
     ミサヲの救出を主導した八人には、特に教師陣が『今後の行動』を問うて殺到し、長く現場に留められたが、それも日没前には解放される。
     全力を尽くした灼滅者達に、皆々が何を想い、感じたか――その答えは、いずれ彼等自身が受け取る事になるだろう。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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