血鎖「灼滅篇」

    作者:夕狩こあら

     陽が落ちる。闇が訪れる。
     黄昏の喧噪に紛れる市民は、漸う身を長くする黒影に足を早めても、不気味に空を飛ぶ黒叢を仰ぐ事はなかろう。
     キィキィと騒ぐ眷属に促され、遥か地上を見下ろした男は、
    「いとしいひと。いま妹も参ります」
     ぶわり闇のオーラを迸らせた少女を捉え、「あれか」と黒翼を翻す。
     闇堕ちした一般人を察知し、事件を起こす前に連れ去る――その回収部隊として無数の蝙蝠を連れた男は、ズ、ズ……と靴底を引き摺りながら、校舎へと歩き出す少女に接近する。
    「ねぇ、私と同じ若者達。同じ貉の、恋の囚人達」
     兄の後を追う様に闇へと堕ち行く少女。
     回収のタイミングは、彼女が事件を起こす直前――忌まわしき武蔵坂学園の灼滅者どもが介入せぬうちに、戦力として持ち帰らねばならない。
     見れば、校門からは少女と変わらぬ年頃の男女が下校を始めていて、その屈託ない笑顔を見た少女が、握り込めた刃を振りかぶる。
    「私が真の力を得る為には、お前達の血が必要なのよ!」
     完全に闇堕ちした兄が、十全なるダークネスの力を得た様に、人性を捨て去る――!
     愛するが故の衝動がまさに解き放たれんとした、その時、
    「――小さき者よ。我の元に迎え入れよう」
     黒き翼の羽ばたきと共に降り落ちた男が、少女をマントに包み込む。
     華奢は夜の帳に覆われて視野を失い、
    「我等、気高きヴァンパイアの血鎖に繋がれるがいい」
     紫紺の空の浮かび上がる紅月を仰ぐ事も無かった――。

     サイキック・リベレイターの投票の結果、灼滅者は民間活動を行う事が決定した訳だが、それと同時、サイキック・リベレイターを使用しなかった事で、エクスブレインらが予知を行えるようになった――日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)が教室に持ってきた情報は、そのうちヴァンパイア勢力の活動に関するものだ。
    「勢力も戦力も未だ精強なヴァンパイア勢は、闇堕ち一般人を配下化する事で戦力の拡充を図っているらしく、今、一般人の闇堕ちが発生してるっす」
     どうやらヴァンパイア達は、『闇堕ちした一般人が事件を起こす前に察知し、回収部隊が確保して連れ去る』事で、武蔵坂学園の介入を避けながら戦力を増やしていたようだ。
    「ただでさえ増加効率の良い奴等が、更に拡充するとなると厄介だな」
    「押忍。そこで灼滅者の兄貴と姉御には、当該の闇堕ち一般人への対処と、回収に来るヴァンパイアの迎撃を、2チームに分かれて遂行して欲しいんス!」
     この事件は『闇堕ちした一般人に対処するチーム』と、『闇堕ちした一般人を確保しようとやってくるヴァンパイアを迎撃して撃破するチーム』で行う。
    「で、姉御らは『回収に来るヴァンパイアの迎撃チーム』っす!」
    「了解よ」
     闇堕ち一般人の回収を阻むだけでなく、灼滅を狙って欲しい――そう力むノビルに、集まった灼滅者達が強く「是」を頷く。
    「回収に来るヴァンパイアは、護衛の眷属も連れており、かなりの強敵っす」
     迎撃に失敗すると、闇堕ち一般人の対処を行っている所に乱入してしまう危険性があるので、万が一にも灼滅できなかった場合、敵を撤退させられるように戦う事が求められる。
     ノビルは更に続けて、
    「回収部隊のリーダーはヴァンパイアの男が1体、眷属のタトゥーバットが5体。上空から移動してきた連中は、闇堕ち一般人が事件を起こす学校に降り立って接触を図るッス」
     戦闘時のポジションは、ヴァンパイアがスナイパー、眷属らは全匹ディフェンダーに据わる。
    「ヴァンパイアの男は、眷属が全て駆逐された場合、自分の指にはめた闇色の指輪を武器に攻撃を苛烈にしてくる筈ッス」
     此度は純戦闘、力と力がぶつかる死闘となる故に、ポジションの確認や密なる連携など、細かな所にも万全を期したい。
    「かなりの手練れのようだが、激闘が予想されるなら周囲の一般人が心配ね」
    「安全を確保するだけの余裕があるかどうか……」
     そう懸念を示す灼滅者には、ノビルが答えて、
    「戦場に一般人が紛れ込まないようにする配慮は必要で、それ以上の活動、つまり『民間活動』要素は考慮しなくて大丈夫っす」
     回収部隊の確実な灼滅をはかる事が、当チームの目標であり、一般人への働きかけについては、別班に任せるのが良いだろう。
    「灼滅が難しい状況となった場合、最低でも敵を撃退して、救出班の所に向かわせないようにしなきゃね」
    「押忍、自分は姉御達なら、どんな強敵もスパァンと灼滅できるって信じてるッス!」
     幾多の死闘を乗り越えてきた灼滅者だからこそ――。
     凛々しく敬礼を捧げるノビルにこっくり頷いた精鋭は、早速、戦術を練り始めた。


    参加者
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    蒼月・桔梗(蒼き剣を持つ翼の花・d17736)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    羽二重・まり花(恋待ち夜雀・d33326)
    リディア・アーベントロート(お菓子好きっ子・d34950)
    ニアラ・ラヴクラフト(時代旧れ・d35780)

    ■リプレイ


     件のヴァンパイアは、闇に囚われた少女が無辜の生徒を殺めんとする直前に介入する。
     畢竟それは灼滅者にとって、始動するやヴァンパイア回収部隊の接触を阻み、同時に闇堕ち一般人による殺戮を押し留め、且つ危機にある生徒を保護する――同一地点で時を同じくする三者全てに介入せねばならぬという、最初にして最大の難局だったろう。
     初動の如何が問われる戦端、蓋し彼等は役儀を分担し、各々が任を全うする事で危急の際を乗り越えんとする。
     先ず。
    「小さき者よ。その血を我等が一族の血脈に繋ぎ……、――何者だ」
     夕闇より伸び出た白帯と旋律が、少女の華奢を包む筈のマントを空に翻す。
     男の魔眼がじろと睥睨すれば、神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)と羽二重・まり花(恋待ち夜雀・d33326)が凛々と構え、
    「アンタ達、相変わらず人を材料か何かにしか見ていないようね」
    「こないえげつない事して、許されると思っとらんやろなぁ?」
     次いで、須臾。
     ミサヲなる少女との間にはリディア・アーベントロート(お菓子好きっ子・d34950)が蹴撃を以て割り込み、続く蒼月・桔梗(蒼き剣を持つ翼の花・d17736)が黒霧を漂わせて獲物を隠す。
     其は我等こそ見よと言わんばかりで――。
    「誘拐なんてさせないよ! 返り討ちにしちゃうんだから!」
    「お前達の策略を、宿敵の暗躍を、みすみす見逃す訳にはいかないな」
    「……灼滅者か」
     二人のダンピールを見下ろした長躯が僅かに時を置き、主に対する不遜にタトゥーバットらが動き出した瞬間には、ニアラ・ラヴクラフト(時代旧れ・d35780)が傍らの標識を引き抜いて警戒を敷いた。
    「血盟の軛を負うただけの眷属が忠義の憤を示すなど愉快至極」
     前衛が耐性を得れば、莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)は後衛にも其を配り、
    「人の心を弄ぶ者達が、芽を潰しに来た私らに感情を荒立てるっていうの」
     嗚呼、だから奴等は――と、美し桜脣を噛む。
     ミサヲと間を隔てる壁が堅牢に支えられる中、眼前で両拳を撃ち合わせた若桜・和弥(山桜花・d31076)は、力を振るう事の意味、伴う痛みを忘れぬ為のルーティーンを経て瞳を持ち上げ、
    「与えられた仕事をする。今は、それだけ」
     と、黄昏を騒がせる羽撃きを閃拳に退ける。
     醜い叫声には城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)が佳声を被せて、
    「ギギッ、ゲギャギャッ!」
    「……この羽音に癇声、音感鍛えてる身には堪えるわね」
     ベールは嫋やかに靭やかに、飄々と翻る邪翼を地に叩き伏せた。
     斯くして彼等八名による「灼滅班」が吸血鬼の回収部隊を取り囲む一方、恋に狂いし少女の刃は、平・和守の右腕が生徒に代わって受け止め、
    「よく考えて欲しい。君のお兄さんは、このような凶行に妹が及ぶ事を望むのか?」
    「ッ、あなたは誰? 如何して私を止めるの!」
     稚拙な斬撃が骨肉に沈むより先、木元・明莉が癒しの光環を潜らせて深手を阻んだ。
    「この娘は俺達が食い止める。サポートの皆は学校の生徒達を護ってくれ」
     刻下、「救出班」が不安定な闇を囲繞すれば、狂刃の振り被りを目の当たりにした生徒はサポートメンバーによって切り離され、
    「ここは危険です。下がって下さい!」
     箒に跨った紗里亜が颯爽とその躯を抱えるや、物陰に息を潜めていたミカエラが生徒の不安ごと預かる。
    「知ってる子が襲ってきたら、びっくりするよね。怖かったよね」
    「ふぇ……ふぇ、ふぇええぇぇん!!」
     命の危険にあった事を漸く知ったか、悲鳴は今こそ溢れて。
     校舎を出た者を玄関まで戻し、今より帰る者は昇降口に堰き止め――校門までの一定区域を戦場と切り取った一同は、全校生徒が固唾を呑んで見守る中、「灼滅者」として戦いを示し始めた――。


    「灼滅班と救出班が、それぞれヴァンパイア部隊と闇堕ち一般人の包囲に成功したわ」
     交戦が続く現在、サポートメンバーが校内に集めた一般人を保護する傍ら、事件に対する説明や説得を行っている――とは、マキノらによる報告。
     彼等は逐一戦況を把握しながら、眼前の敵を駆逐する事だけに専念し、余力を惜しまず異能の力を揮い絞った。
    「ミサヲはんをくれぐれもお頼み申しますえ」
    「ああ、必ず救ってみせる。だからそっちは頼んだぜ」
     黒翼の呪術紋様が放つ超音波を三味線「艶歌高吟」の音色に牽制するまり花、彼女が厚き信を置く北条・葉月とそう約束を交したのは約二分前。
     擦れ違い様に以心伝心のアイコンタクトを交した千波耶もまた、その意思を赫灼の炎と変えて叩き込み、
    「目標は灼滅、それが無理でも絶対に撃退はしてみせるから」
    「ギギギギィ!」
     少しでも飛行にフラつこうものなら、和弥が弾く巨杭が一縷の躊躇いなく噛み付く。
    「先ずは肉盾の眷属を。ゴリゴリ削って攻撃を届かせます」
    「ギャギャッ!」
     体表に描かれた邪眼が千切れて墜ちれば、別なる数体が双翼を広げて群がり、
    「我が僕達。血鎖に抗いし愚かな灼滅者達の思考を蝕め」
    「キィィイイ!」
    「ゲギギギ!」
     主が緋の逆十字を放出するに合わせ、可聴域を超えた呪文詠唱に精神を屠らんとした。
     不可視のノイズが波紋と為って灼滅者を襲うが、催眠は重々警戒していたか、効果を積み上げたディフェンダー勢が戦陣の乱れを許さない。
    「異常回復はナノちゃんに、戦線維持はリディアにお任せっ!」
    「ナノ~」
     シャボン玉がパチンと弾けて邪音波を阻み、少女が八重歯を見せながら癒しの光を紡げば、隣り合う翼猫リンフォースと呼応した桔梗が、リングの煌きを散光させる狭霧を撒く。
    「俺の中に眠る吸血鬼の力よ、霧となりて仲間を強化する力となれ」
     其は反撃の鉾を研ぎ澄ます呼び水となったか、翼猫りんずより破魔の力を受け取った明日等が、黒翼の一群を掻い潜って氷楔を射る。
    「あの娘を探しているのか知らないけど、行かせないわよ」
    「……何故だ」
     マントを翻して妖気を拒んだ男は、艶めいたバリトンを返して、
    「兄が妹を招いている。妹も兄を想っている。結び合おうとする血と血を何故止める」
     と、邂逅を阻む灼滅者らこそ非道と詰る。
     然し其は欺瞞であろう、ヴァンパイアは己が種族を貴冑と飾詐し『感染』を拡げ、血の連環に勢力を増強しているに過ぎない。
     嘗て吸血鬼の男の籠中に囲われた想々は、迫り上がる瞋恚を嚥下して歌い、
    (「そう。そうやってお前達は人の想いを道具にする」)
     負の縛鎖よりニアラを解放するや、歪な輪郭を躍動させた混沌を送り出した。
    「貴様等の所業は数多を脅かす『陳腐な既知』。破戒を生ず『繁殖』に贖罪を」
    「ギャギャッ!」
    「ギィィ!」
     蒼炎が紡ぐ幻影が蝙蝠を襲い、隊列が乱れる。
     耳を劈く尖り声が幾重も重なった瞬間、男は「粛に」と僕を嗜め、
    「小さき者よ、私の声が聞こえるか。君を迎えに来た同族の声だ」
     まずい――と灼滅者が舌打ったのは、其が戦場を突き抜けて届く、彼等のESPと同等の能力であったからだろう。
    「君を受け容れるのは決して彼等ではない。私が赴くまで凌ぎ、兄の下へ行くのだ」
     そしてギリ、と歯噛みしたのは、気品溢れる声とは裏腹に、口角は打算を露に醜く吊り上っていたからで、
    「……必ず『回収』させて貰う」
     白皙の麗顔に嫣然を滲ませた男は、血雨の如き紅霧を纏いつつ、漆黒の翼を広げた。


     血色の霧が視界を遮る中、羽音を強くした蝙蝠らが波状攻撃を仕掛ける。
    「ッ、連中の狙いは一点突破か……」
    「やっ、ふや……お気に入りの水着がっ」
     桔梗とリディアが邪翼を灼かんと炎を合わせるが、数体が灼熱の壁を突破し、鋭い音波に両者を切り裂く。
     和弥と千波耶は束と迫る黒塊を迎撃して、
    「まぁ、敵の目的は闇堕ち一般人の回収だし……」
    「少しでも今の包囲が崩れ、綻びが見えようものなら、彼女を攫いに行くわよね」
     させないけど! と閃いた拳撃と蹴撃が、それぞれ一体を撃墜した。
     蝙蝠らが更に怒り猛れば、まり花は柳眉を顰めて白帯を伸ばし、
    「きぃきぃ煩いなぁ、少しそのお口黙っとこか」
     むぐむぐ、と口を塞がれた瞬間には、ニアラが漆黒の魔弾を、明日等が凍てる氷弾に撃ち抜いて各個撃破した。
    「吸血鬼が齎す既知なる物語。我が精神に燈る憤慨が冒涜す可しと謂う」
    「……これで五体。此処で撤退するなら、その翼は千切らないであげるけど?」
     プライドの高い相手にこそ、この挑発。
     堅守を保つ想々――貴族然とした男が最も忌み嫌う『人造』の言も障っただろう、
    「その気高い血も、ほんとは安いもんやろうね。『成り損ない』を殺す事すらできんげんから」
    「穢れた血の者共よ。我等が血脈を侮辱した罪を贖え」
     細指に嵌めた指輪が邪気を増し、闇を深めるや、咄嗟に危機を察して踏み込んだリディアの足を射抜いた。
     跪け、と言うのか――瑞々しい太腿から鮮血が伝うが、少女は回復に駆け寄ったナノちゃんを撫でて凛然と、
    「ッッ平気、まだまだがんばるっ!」
    「ナノッ!」
    「吸血鬼なんて、こうだー!」
     決死の体当たり……ならぬ愛らしいヒップアタックでやり返す。
     男が蹈鞴を踏んだ隙には、膨大な闇黒を拳に宿したニアラが懐へと侵略し、
    「我等の超越的かつ自己防衛的な精神を此処に晒す。成す可きは既知的物語の冒涜、吸血鬼への飽食。貴様に我が悦び。否。我が無聊を魅せて嗤え」
    「――ッッ、灼滅者風情が生意気な口を利く」
     石化を齎す呪詛と混沌たる暗翳が、渦を成して爆ぜ、戦場を衝き上げた。
     凄まじい波動を飛燕と駆ったのは桔梗で、
    「さぁ、俺の一撃を見切れるかな?」
     とは言うもの、『一撃』とはフェイク。
     煌々と輝く炎の奔流と灼罪の逆十字――燦然と閃いたダブルが、宿敵を大きく退かせた。
    「宿敵を直々に殴れる機会ってないからな」
    「ッ! 見事だ、褒美を取らせる」
     ただ深手を負わせた代償は大きかろう、彼は直ぐさま庇い出たリンフォースごと魔弾に弾かれ、校舎の壁に打ち付けられた。
     嗚呼ッ、と響めきが起きたのは、彼等の激闘を視ていた者の声だろう。
     血魔は回復へと飛ぶりんずも阻まぬ儘、クッと笑みを歪め、
    「闇に堕ちた者の居場所は闇以外に無い。兄と堕ちる事を願った少女を止めるな」
     我等こそ正義と言わんばかり追撃を振り被る。
     灼滅班の面々がミサヲの心に寄り添っていないというのか――否、千波耶はそっと首を振って、
    「共に在りたいと望むのは解る、けれど。望んでそうなった訳じゃないから」
     彼も彼女も。
     闇堕ちによって想いすら違うものに変じてしまっているのが腹立たしい、と言う。
    「まるで知った口だ」
     嗤笑に払おうとした男が、彼女の【Silencer】の頭部を飾る碧玉に幻影の梔子の花が咲くのを見たのも一瞬の事、光の波濤が魔を、闇を灼き尽くす。
    「ズ嗚呼ああぁぁ!!」
     初めて絶叫した敵に募るは嗜虐か慈悲か。
     双眸を血の色に滾らせながら、怒りに悴む白磁の指にそれでも癒しを紡ぎ続けた想々、その冷徹と堅忍こそが彼女の『勝利』であったろう。
    「皆さんお願いします。私の分まで、彼をころして」
     少女の恋を、想いを道具にするこの男がどうしても許し難い――永遠の純白【∞Infinity∞】より強靭を受け取った明日等は、身ごと颯と化して疾駆し、闇色のマントの上から、深く、鋭く、肩口を貫穿した。
    「グ、ッフフ……貴様等も敵に戦力を奪われるなら、手勢に加えたい処だろう?」
    「別に」
     間近で交される言は互いを血に染めて。
    「ただ、彼女を道具の様に、駒の様に引き入れる事は許さないから」
    「ッ……ッッ、ッ!!」
     薙ぎ払ったのは残像か、よろめいた男が顔を上げれば、其処には夕闇に影を伸ばしたまり花が三弦を躍らせるのみ。
    「さぁさ、妖し綺譚を聴いておいき」
     心置きなく、と優艶を添えた紅脣は怪談を語って妙妙と、
    「終焉がめろでぃに乗って届きますやろ?」
    「ッ嗚呼……ああ嗚呼ァアアッッ……!」
     男の鼓膜に満つは夜雀の羽音。蝙蝠の群より膨大な羽撃きに、凶邪は激しく輾転った。
     ダークネスの貴族たる姿は其処に在ろうか、
    「ッあぁ畜生が! 汚辱に塗れた血の者共めッ!」
     和弥は形振り構わず指輪の力を放つ男を改めて、見る。
    「――……」
     彼等の事も遣り口も好きではないが、それが暴力を正当化する理由にはならず、種族や価値観による立場の違いを、善悪や正誤による物と混同すべきではない――そう思う彼女は、「だけれど」と嘆息して。
    「これでしか我を通せないって言うなら、そうしよう」
     刹那、拳に纏う【春の嵐】が吹き荒れる。
     神速の拳打は狂邪の血を飛沫と変え、日没間際の紅き夕陽に溶かした――。


     全ての戦いが一般人に見られている以上、ダークネスを討ちに来た灼滅者が闇堕ちする――新たな闇を以て危急を凌ぐ事はなるべく避けたかった。
     暗霧を切り裂くは純然たる光でありたい。その意味で、彼等が一人も欠ける事なく軍庭に残った事実は、敵を灼滅した以上に大きな戦果となったろう。
     無論それは、全員が感情の絆を繋いで連携し、適切な布陣と戦術を以て最適最善の解を導かんとしたからに他ならない。
    「どうだ! リディア達の、勝ちっ!」
    「ナノナノ~」
     えっへん、薄い胸を反らして勝ち誇るリディア。
     少女がナノちゃんとハイタッチを交せば、りんずも翼を翔ってまり花の胸元に飛び込む。
    「ようやったねぇ、りんず。どなたも無事ですえ……どなたも」
    「なぁご」
     どなたも、と言うのは、灼滅班及び救出班、サポートメンバー、そして――。
    「ミサヲも無事に救出されたか……良かった」
    「学内の生徒にも怪我の所見無し。此度は我等が制勝を得たろう」
     桔梗が痛みを堪えながら立ち上がれば、ニアラが支えて勝利に労う。
     見ればミサヲは数人の友に迎えられ、温かい涙に頬を濡らしており、
    「……いい加減、闇堕ちによる悲劇を根本から阻止したいものね」
    「にゃあお」
     明日等が傷負ったリンフォースを撫でながらそう言えば、傍らの和弥もぽつり言つ。
    「もっと楽に生きられれば良いのにね、誰も彼も」
     誰も彼も。
     それは灼滅者の戦いを一般人が目の当たりにした今だからこそ意味を深めて――。
     暫し黙していた想々は、校舎の窓に集まる生徒らを仰ぎ、
    「……民間人を巻き込んでダークネスに立ち向かう以上、共に歩む道を探さないと」
    「そうね。誰もが悲しみを背負わず生きていける未来が、きっとある筈だから」
     千波耶は降り注ぐ視線に安堵を与えるよう、そっと微笑みを返す。
     黄昏に影を長くした灼滅者達は、激闘を見守った若き者達の純粋なる瞳に、偽りない真実を伝えんと、堂々その姿を見せていた。

     傷付き、血を許しながらも強大な闇を駆逐した灼滅者達。
     彼等を見た子供達が何を想い、感じたか――その答えは、いずれ彼等自身が受け取る事になるだろう。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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