民間活動~お化けピアノ

    作者:四季乃

    ●Accident
     ――黄昏時になると体育館のピアノが独りでに音を奏でる。
     この小学校にはそんな七不思議が存在した。「馬鹿馬鹿しい」と云ったのは二組のかっちゃんで「子供だましだね」と笑ったのは一組のケンちゃんだ。幼稚園からずっと一緒だった二人が言うのだから、そうなのだろう。
     想像してみるとちょっとだけ「不気味だな」とは思ったけれど「音が鳴るからなんだってんだ」と鼻を鳴らすかっちゃんのふてぶてしい横顔を見ていたら「確かにそうだな」と、ざわついた気持ちが落ち着いたのだ。
     学校の七不思議。
     それはきっと、どこの学校にも存在するもので、存在しても不思議ではない噂話。面白がったり、怖がったり。実際に確かめに行くまでを楽しむ遊びの一つ。
     ――だから、こんなことになってしまったのだろうか。
     両手が焼きつくように熱い。まるで炎が指の上を走っているようだ。高い窓から差し込む夕日に照らされた自分の両手は、どくどくと泉のように血が溢れて止まらない。ピアノに、噛みつかれた。そう、思った。
     涙が盛り上がった両目をきつく閉じる。目の前で、激怒を表したように音を掻き立てるピアノから目を逸らすように。真実から、逃れるように。

    ●Caution
    「これから民間活動を行う事になりました」
     集まった灼滅者たちを前にした五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は言う。
    「サイキック・リベレイターを使用しなかった事でエクスブレインの予知が行えるようになったのですが、その結果タタリガミ勢力の活動が判明したのです」
     どうやらタタリガミ達はエクスブレインに予知されない事を利用して、学校の七不思議の都市伝説化を進めていたようなのだ。閉鎖的な学校内でのみ語られる七不思議は、予知以外の方法で察知する事が中々難しい。ゆえにか、かなりの数の七不思議が生み出されてしまっているのだと姫子は眉を下げた。
    「今回予知したのは体育館にあるピアノの七不思議です。どうやらそれは放課後の夕闇の中で独りでに演奏するのだそうです」
     クラブ活動を終えると五時には閉じられる体育館だが、鍵を職員室に返さずこっそりと七不思議を突きとめようと忍び込んだ生徒が居たらしい。一度姫子が言葉を区切り、睫毛を伏せたので灼滅者たちは「まさか」と息を呑んだ。
    「その生徒さんたちは七不思議に襲われてしまったのです。幸い、怪我で済んだのですが……」
     中には鍵盤に触れようとした手に勢いをつけた蓋が閉じてきて、酷い怪我を負った男児が居るらしい。痛々しい話に、眉根を寄せる。
    「七不思議につきましては可能な限りの予知を行い、撃破していくことになりますので、皆さんの協力が必要なのです」

     七不思議の都市伝説は、どうやらピアノが本体らしい。配下は居ないが、鍵盤と蓋を口のようにして噛みついて来たり、音で攻撃したり、ピアノ線を操ったりするようだ。件の体育館は夕方五時のクラブ活動終了に伴い施錠がされ、ピアノは体育館のステージ上、左方に置かれている。
    「今回の都市伝説はタタリガミが量産した七不思議の一つです。短期間と云うこともあってか、それは決して強敵ではありません。いえ、これまで多くの激戦を乗り越えて来られた皆さんだからこそ、ですね」
     姫子はふわりと花が芽吹くように微笑んだ。
     また、周囲に被害が出ない範囲内で『より多くの生徒に事件を目撃』させてほしいのだ。目撃者が他人に話しても信じてもらえないことは、既に周知の事実なのだと理解していると思うが、だからこそ直接事件を目にし、膚で感じ、五感に訴えることで、それを事実だと認識してもらうのだ。
    「直接、都市伝説やダークネスの事件を目撃することで一般人の認識を変えていく。それこそが『民間活動』の主軸となるのです。危険が及ばぬ範囲内で目撃者を増やしましょう」
     姫子はぐっ、と両手で拳を作るとそう意気込んでみせた。
     現場が小学校のため幼い子供たちにどう指示を出すのか、どう説明を行うかがポイントになるだろう。それに子供たちにとって灼滅者とは『不思議な力を扱う人』そして『七不思議を倒した人』といった扱いになる。
     事件解決の様子を出来るだけ多くの一般人に目撃してもらうことで、自分たちが目にした事件が一体どのようなものであったのか、そして灼滅者たちがなぜ活動しているのか、そしてもしまた同様の事件を目撃したならば、どういった行動を取ればよいのか。
    「ぜひ指導してあげてほしいのです。相手は小さな子供。おませさんもいらっしゃるかもしれませんが、ここは思い切りの演技で乗り切りましょう」
     皆さんならきっと大丈夫。姫子はそう言って笑うと、小学校までの地図を差し出した。


    参加者
    神凪・陽和(天照・d02848)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)
    シャオ・フィルナート(ご注文はおとこのこですか・d36107)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)

    ■リプレイ

    ●ON AIR
     ――部活動中の生徒は全員体育館に集まってください。
     野乃・御伽(アクロファイア・d15646)が室内に取り付けられたスピーカーを振り仰いだとき、間を開けずして機械を通した黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)の声が流れ込んできた。
     照明器具から手を離しステージ右方を見やれば、体育館を利用していたバスケットボールクラブとバドミントンクラブの担当教員たちに向かい、何かしらの説明を行っているらしい七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)の姿が放送室の前に在る。教員たちは放送室とステージ上にあるピアノとを交互に見るような仕草をしていたが、そこはプラチナチケットの効果がうまく作用したようだ。すぐに、きょとんとして突っ立っているだけだった子どもたちを掻き集めて移動を始めていく。
     安堵のような吐息を一つ零し、緋色のカーテンによって華美に彩られたピアノにスポットライトを当てて照らし出したその時、後方から「ひえっ」という情けの無い声が上がった。
     土まみれの体操服を来た小さな少年だった。恐らく放送を聞いてすぐにやってきた、グラウンド使用のクラブに所属している生徒なのだろう。子どもたちは、見慣れた体育館に緑のネットが張られ、まるで何かの舞台が作り上げられている光景に呆気に取られている。
    「皆さんは二階へ上がってください」
     口を開いた御伽であったが彼が何か言葉を発するより先に、子供たちの前に現れた神凪・陽和(天照・d02848)がそのように指示を出すと、ワッと歓声が上がった。それもそのはず、彼女はアルティメットモードを使用しており、最終決戦仕様の様相は瞬く間に小さな子どもたちの視線を奪ってしまったのだ。そこへ可愛らしい身なりをしたシャオ・フィルナート(ご注文はおとこのこですか・d36107)と涼やかな目元をした神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)が誘導に加われば効果は抜群だった。
     特に大きな反発もなく指示に従ってくれる生徒たちを見て、小さな吐息を漏らした黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)は、校内探索に向かってくれているリーファ・エア(夢追い人・d07755)に状況を報告。短い返答を聞き一旦通話を切ろうとした白雛であったが、携帯電話からリーファの声が聞こえた気がして再度耳に当ててみた。
    『私も後から行きますから、ちょっと体育館に行っててくれませんか? 絶対面白いものが見られますから!』

    ●開幕
     体育館は張りつめた緊張感に満ちていた。
     二階は満席、あぶれた生徒たちは張り巡らせたネットのギリギリにまで詰め寄っており、ステージの正面にて横一列に並ぶ灼滅者には好奇の視線が数多に突き刺さって、それは物言わぬプレッシャーを感じさせたことだろう。
     ――しかし。
    「さぁ、断罪の時間ですの!」
     言うなり、大鎌『罪救炎鎌ブレイズメシア』をガツンと床に打ち付け、身に着けた全ての殲術道具をダイナマイト版に変形させていく白雛にその気配は無い。
    「その罪に断罪を!!」
     白黒に燃え上がる炎を灯した鎌の切っ先を突きつけ、高らかに発す。
     至極真っ直ぐとした視線で敵を見据えていた御伽もまた、ダイナマイトモード中に肉体を覆う炎纏を拳に宿し始めれば、見守る満場の子どもたちにきらきらとした感動を与えていく。灼滅者の傍らに控えるキャリバー、絆、海里のサーヴァントたちも戦闘態勢に入り、それらすべての視線を一身に浴びる漆黒のグランドピアノ。
     窓から差し込む夕日が眦に沁みる。目を眇めても眩く、ぎらぎらとした陽に満ちる体育館の温度が、急に幾ばくか下がったような感覚を覚えた。
     シン、と耳が痛いほどの静寂が場を巡る。
     ――ポーン。
     音が、立った。それは人差し指で鍵盤を一つ押し込んだ。そんな音だった。
     もちろんステージ上には誰も居ない。教員たちですら目が奪われるほど、呆気なく鳴らされたその音色。絆が喉を鳴らし、咥えた刀をきつく噛み締めている。そんなパートナーの姿に一度視線を落とした空凛は、傍らに居る陽和の方を見やると眦を和らげた。
    「陽和、頑張りましょう」
    「はい。空凛姉さま。まずはやれる所から、ですね」
     強く頷いた陽和は、まず己の片腕を半獣化させると再びポーン、ポーンと次第にリズムを早くして体育館中に音を響かせ、己の音色を、意志を、存在を示すかのように打ち鳴らすピアノに向かって突っ込んで行った。
     途端。
     鍵盤をむちゃくちゃに叩き付けたような歪な音が鼓膜を刺す。子どもたちは「うっ」と両耳を押さえて顔を歪めたが、己の瞳に飛び込むその姿――お化けピアノの実態に息を呑むしかなかった。
     鍵盤と蓋をまるで牙が噛み合う獣の口のようにかち鳴らしながら、それはステージから飛び出してきたのだから。

    ●偽りのない姿
     五指を広げ、鋭く伸びた銀爪で空中を引っ掻くように力任せに振り被られたその幻狼銀爪撃。ステージから飛び上がり、グランドピアノという決して軽くはない巨体で襲い掛かるお化けピアノの腹――裏側部分を目掛けられている。
    「フッ」
     短く吐いた息と共に引き裂かんと繰り出した爪が、むき出しの柔らかな色合いを残す木の肌に食い込むと、めちゃくちゃな音階が響き渡った。
     不快な音を零す七不思議に小さく眉を寄せつつも、ヴァンパイアミストを展開して同列に居る仲間たちのサポートにまず臨んだシャオ。しかし境界線として張り巡らせていたネットを今にも越えてきそうな男児を視界の端で捉えると、藍色の髪が肩口で大きく広がるほどの身振りで振り返った。
    「危ないから、そこから動かないで下さい……!」
     シャオの呼びかけに肩を揺らした男児を横目でちらりと見た優は、ネットから越えてくる様子がないと分かるとそちらにはさして興味もなさそうに、真っ向から突っ込んで行った御伽の背中へと視線を戻す。
     御伽は体内から噴出させた炎を苛烈に燃え上がらせると、ダムッ、と力強く床を蹴り上げ、屋根の下から蠢くピアノ線を鞭のように操る七不思議に向かい、下降の勢いに乗せて叩き付けてみせた。
     しかし七不思議もただやられているだけではない様子。
     それまでくねらせていた無数のピアノ線を御伽に向けて放出すると、鍛え上げられた四肢を絡め取って離さない。だが御伽は焦るでもなく、動揺するでももなく、捕らわれたまま後方に居る子どもたちの方を振り返った。
    「世の中には到底理解されない不思議なことが溢れてんだ。俺達はそういう不思議な存在と戦ってる」
     こんな風に、とでも言うかのようにきらきらしいピアノ線が絡む右腕を持ち上げる。
     その時だ。
     視界の端から真っ直ぐに振り下ろされた斬撃が、絡みつくピアノ線ごと七不思議を断ち切った。撓むそれらに驚いたようにがくがくと屋根を揺らしている本体へ、撃ち出された漆黒の弾丸ときらめく魔法が挟撃を仕掛けていく。御伽はかろうじて腕に引っかかっているピアノ線を振り払うと、刀の構えを解いた鞠音と、ウィングキャットとハイタッチするリーファを見やり口元を緩めてみせた。
     そんな彼の元へ、癒しの矢を放たんと天星弓『Shekinah』の弦を引いたのは優である。彼は攻撃に専念出来るよう戦線維持に努めているからこそ、即時対応が出来たようなものだ。彼の傍で霊撃を撃ち出した海里も、頭上の黒い耳をぴこぴことさせて自分に出来ることを精いっぱい取り組んでいる。
    (「いつも通りにメディックとしての務めを果たす」)
     そんな優の思いとは裏腹に。攻撃をされるなぞ思ってもいなかったのか、困惑、と云うよりは邪魔立てされて憤慨したように『口』をガシャガシャと鳴らすお化けピアノの様子に釘付けになっていた子どもたち。頬を掠めていくひやりとしたものにその視線が寸の間『彼女』に向く。
     カツン――。
     戦闘のさなかだと云うのに、そのヒール音はやけに耳についた。彼女――鞠音は日本刀『雪風・零』を床に叩きつける寸前の勢いで振り下ろし、雪を纏った風を吹き荒れさせた。
    「皆さん、覚えてください。あなた達は、嘘を見る目を持ってなどいません。真実を見る、目だけを持っているのです」
     ただ寒がらせるためではない。肌で世界の真実の雰囲気を覚えてもらうのだ。
    「疑ってください。貴方達の世界を。信じてください、貴方の見たものを」
     放心したように食い入るように見つめる子どもたちの姿を見て、空凛は何だか感慨深いな、と思った。何せ彼女自身、一般の環境から武蔵坂に来た故か、今回の民間活動には思い入れが深いものがあるのだ。
     祝福の姫剣、-暁の白雪-を手にし、前線にいる灼滅者たちを喰らい尽くすとばかりに大口を開けるお化けピアノに向かって切っ先を突き付ける。絆もまた刃にて応戦しようと腰をグッと低くして飛びかからんとする勢いを見せたが、空凛が繰り出した破邪の白光を放つ強烈な斬撃を浴びて跳ね上がった巨体が、悲鳴とも攻撃とも取れる音波を解き放ったのだ。耳から滑り込み脳を揺さぶるようなその激しい不協和音に、至近からレイザースラストを射出しようとしていた陽和にヒット。絆は攻撃を止まり、陽和に向けて浄霊眼による回復に当たったが、間髪入れずにお化けピアノが激しく『口』を開閉させながら、まるで乱れ撃ちのように前列の灼滅者たちに向かって噛みついていく。
     そのむちゃくちゃで予測のつかぬ動きに注視していた白雛は、お化けピアノがいつ生徒たちの方に突っ込んでもおかしくはないと最大の注意を払っていた。もし突っ込んでしまっても大丈夫なように、自身が盾となるつもりで先回りすると、担ぎ上げたクロスグレイブの銃口を突き付け、大口を開けた敵がこちらを向いた瞬間、
    「来させませんの!」
     光の砲弾を撃ち込んだ。
     ジュッ、と短い蒸発の音を立ててピアノ線が切れた。その先端が大きく弧を描き、ネットにしがみ付く子どもの方へと振り下ろされる。大きく目を見開く子ども――女児の顔面が強かに打ち付けられる――誰もが息を呑んだ、その刹那。
     ヒュン、と風を切る音が耳朶を掠めていった。それは意志から切り離されたピアノ線を絡め取り、粉々に切り刻んで、強靭だったはずの欠片がはらりと落ちてゆく。庇護欲などない。ただ戦闘に巻き込むのは面倒だから、それだけのことだ。
     女児の前に立ちふさがり、片手に握ったダイダロスベルトに付着したそれらを振り払うのは、表情を一つも変えぬ優だった。他のピアノ線を引っ掴み、七不思議を抑え込む前衛たちは、彼からの回復を受けつつも安堵の吐息を漏らし破顔する。
    「子供達に…ケガは、させない…」
     その光景を前にして、なりふり構わぬ七不思議に向き合ったシャオがそんな風に呟いた。彼は、炎を纏った激しい蹴りをぶち込む陽和と、その迫力に乗じた御伽の閃光百裂拳による連打に怯んだ様子を見せた七不思議へと、断罪の剣を持って斬撃を振り下ろす。その目も眩むような一撃に折り重なるように撃ち出された海里の霊障波が、屋根をへし折った。
     目を回したように、くらくらとおぼつかない動きをしているお化けピアノが、もう限界に近いのだと悟った白雛は、鎌から手を離すと両足の爪先にグッ、と力を込める。その体勢に気付いたリーファは、網状の霊力を放射し敵を縛り付けて援護すると、キャリバーが渾身の猫パンチを、入れ替わるように敵の懐に潜り込んだ空凛と絆がレイザースラストと斬魔刀で脚を砕いてみせた。そこへ飛び上がった白雛のご当地キックがピアノ本体を貫通する。
     息つく暇のない連撃に、か弱い音を零すお化けピアノは、すでにぼろぼろで折れた脚のせいでまともに立つことも、最早音を鳴らすことも出来ずにいる。
     そして――。
    「これがあなた達の見る最初の真実です『意思を持って暴れ狂うピアノ』です」
     カツン、カツン。ヒールを鳴らし、お化けピアノの元へと近づく鞠音。
     彼女はそれまで大太刀を優雅かつ豪快に振り回していたかと思えば、まるで舞うような洗練された動きでげにも鮮やかな一撃を叩き込む。振り払われた切っ先。鞘に納刀されると同時に、お化けピアノが断末魔を上げて真っ二つに崩れ落ちたのだった。

    ●希望の子ら
    「今後、このような妙な事が起こったら、武蔵坂に連絡してね」
     にこやかな陽和と空凛から差し出されたそれは連絡先であった。一枚は武蔵坂の、もう一枚は神凪のものである。シャオも手製のメモを手渡すと、
    「こわい噂を聞いた時は、自分でなんとかしようとしちゃダメだよ。俺たちにしか、倒せないから…困ったら、頼ってほしいな…」
     そう言って、猫変身をしてみせた。ワッと歓喜の声を漏らす子どもたちに撫でさせてやれば、空凛たちの方で絆の頭を撫でたり、チラシを配るキャリバーのあとを追っかけていた子どもたちが、強くてかっこいい女性陣に憧れを抱いたのか、ちらちらと視線を向けている。鞠音は眦を和らげると、
    「あなた達のその思いは正常です。その心は真実です。受け止めて、飲み込んで。求めてください。その先に私たちはいます」
     そう、囁いた。
     一方、男児たちに囲まれている御伽は、目線を同じくするようにしゃがみこむとクリエイトファイアで小さな火種を作ってみせ「危ないことはもうするなよ?」とクールな仕草ではあったが、穏やかで優しい声音で語りかけていた。
    「世の中には到底理解されない不思議なことが溢れてんだ。俺達はそういう不思議な存在と戦ってる。今日ここで起きたことを誰かに話しても、信じてもらえないかもしれない」
     子どもたちは静かに耳を傾ける。
    「けどこうして俺たちと話して、お前らが見たものは紛れもない真実だ。だから、絶対に忘れるな。それと、もし同じようなことや不思議なことに出会ったらまずは逃げること。そして俺達に教えてくれ」
     力強い言葉に安心したのだろう。みなコクコクと素直に頷いている。
    「じゃあ皆さん、武蔵坂学園をよろしくお願いしますね! 誰にも信じてもらえないような不思議なことがあったら、うちに電話! 学校でも個人でもどっちでもおっけー、どんな悩みも聞いちゃいますよ! 警察とかが相手してくれない、不思議な事は武蔵坂! ってね」
     高らかにそう宣伝するリーファの言葉を耳にして、役目は終えたとばかりに踵を返す優。最後まで変わらぬ態度を示したその背中に白雛が呼びかけようとした時。傍らを一人の女児が駆け抜けていった。彼女は優の上着の裾を引っ張ると、興奮冷めやらぬ様子で口を開いたのだ。
    「お兄ちゃん、さっきはありがとう!」
     ちいさく、目を開く。
     彼女は優が言葉を発さずとも、言いたいことを言えて満足したのか、にこやかに去っていった。集まる子どもたちの隙間からその姿を見ていたシャオは瞳を細めた。まるで眩しいものを目にしたかのように、ふんわりと、ちいさく。それは微かであったけれど、確かに微笑だった。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年1月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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