民間活動~鏡像のルサンチマン

    作者:中川沙智

    ●mirror
     四時四十四分に、ある階段の踊り場に在る鏡に触ると、鏡の世界に閉じ込められてしまう。
     それはある高校で実しやかに囁かれる七不思議のひとつのおはなし。
    「信じるわけじゃないけどさ~……この時間に通るのは憚られるよねえ」
    「要するに触らなきゃいいんでしょ? 楽勝じゃん」
     部活動が盛んなこの学校では、五時くらいまでは生徒がよく行き交っている。彼女達もそんな生徒だ。手にしているのは何枚かの楽譜。合唱部のパート練習をするには、音楽室だけでは手狭に過ぎる。だから廊下の一角を占拠しては練習に励んでいた。
     皆が集まる音楽室に戻る、そんな放課後の片隅で、彼女達は時間の短縮を図ってその階段を使う事に決めたのだ。そこは音楽室への最寄の階段だ。
     きゅ、と上靴が段差を踏む音が響く。
    「でもさー、さっきのフレーズ、ちょっと大きく歌い過ぎじゃない?」
    「ええ? バランス考えたらこんなもんだって」
    「いやいやそれはないわ、どうやったらそんなでかい声出んのさ!」
     ふざけて肩を押した、普段なら難なく堪えるであろうその力。
     だがここは階段だった。踊り場に上る、ちょうど曖昧なバランスを保つ体勢だった。
     だから押された彼女は身がぐらりと揺らぐのを感じる。このままでは階段から落ちてしまう、そう考えた彼女は逆の方向、すなわち階上へと一歩踏み出したのだ。
    「っと、危ないなあ」
     腕を後ろに回してどうにか体勢を整えて。
     知らぬうちに後ろ手で、鏡に触れた。
     その瞬間。
     鏡から伸びた影の手が、彼女の腕を強く引いたのだ。
    「ひっ……!」
     腕を掴む力強い実感に、彼女は本能的に察する。
     囚われたが最後、現世に舞い戻る事は出来ないだろうと。

     鏡に閉じ込められたなら、待っているのは黄泉へのいざない。

    ●民間活動のはじまり
    「サイキック・リベレイター投票の結果民間活動を行う事になったのは、もう皆知っての通りよ」
     小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が教室を見渡して告げる。サイキック・リベレイターを使用しなかったことでエクスブレインの予知が行えるようになったが故に、タタリガミ勢力の活動が明るみに出たのだ。
     何でも、タタリガミ達はエクスブレインに予知されない事を利用して、学校の七不思議の都市伝説化を推し進めていたらしい。
    「閉鎖社会である学校内でのみ語られる学校の七不思議は、予知以外の方法で察知する事が難しいわ。だからかなりの数の七不思議が生み出されてしまっているのが現状よ」
     この七不思議については可能な限り予知を行い、地道に撃破していく事になる。
    「あたしも全力を尽くすわ。だから灼滅者の皆も、協力をお願いね」
     真摯な眼差し向けてから、鞠花は資料を紐解いていく。舞台は神奈川県にある県立高校だという。
    「都市伝説は俗名として『死鏡』とでも呼びましょうか。放課後四時四十四分に触れた人間を鏡の中に閉じ込めてしまう――そんな七不思議を聞いた事はない?」
     一度閉じ込められたなら鏡に囚われて永遠に出てこれない、鏡の世界で彷徨い続けなければならない。手のうちで緩慢に息絶えるまで、待ち続ける。そんな特質があるという。
     ただし触れなければただの鏡だ。つまり生徒達に先んじて灼滅者達が先に触れ、鏡の中に引きずり込もうとする動きに抗わなければならない。一度触れて、閉じ込める動きを振り払ってさえしまえば、死の鏡は相手を殺してでも取り込もうと躍起になって来るだろう。後は戦うだけになる。
     その鏡は円盤状で、光輪のような輝きを発することからリングスラッシャー相当のサイキックと、映るもの次第で様々なスタイルチェンジを行うことから、交通標識に似たサイキックを使用すると考えられる。
    「皆が全力を出して戦えばそんなに手強い敵じゃないわ。ただ……」
     民間活動について、鞠花は説明を紐解き始める。
    「周囲に被害が出ない範囲で『より多くの生徒・学生に事件を目撃』させる作戦を行って欲しいのよ」
     今までの戦いとはやや勝手が違ってくる。鞠花は手にしたボールペンをくるり一回転させてみせた。
    「知っての通りバベルの鎖によって都市伝説やダークネス事件は『過剰に伝播しない』という特性があるわ。でも直接目にした人間には、バベルの鎖の効果はない。目撃者が他人に話しても信じてくれないけど、直接事件を目にした関係者は、それを事実として認識してくれるのよ」
     一般人の多くが都市伝説やダークネス事件を直接目撃する事で、一般人の認識を変えていくのが『民間活動』の主軸となる。可能な範囲で目撃者を増やしていきましょ、と鞠花は皆に信頼を刷いて微笑む。
     敵は強敵とは言えない。が、多くの一般人に目撃させた上で灼滅するためには、相応の準備と作戦が必要かもしれない。
    「事件を目撃した一般人に、どのような指示や説明を行うかは、重要になるかもしれないわ。事件を目撃した一般人に、今後どのような行動をして欲しいかを考えて、呼びかけなんかを行うのも良いんじゃないかしら」
     つまりは皆の作戦、演技や演出次第で信用されるかが変わって来る。
     鞠花は資料を閉じて不敵に笑んだ。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)
    フリル・インレアン(中学生人狼・d32564)

    ■リプレイ

    ●落日
     夕暮れ棚引く頃、灼滅者達はとある学校へと侵入する。
    「『七不思議』を題材にした自主製作映画を作ってるんですか?」
    「ああ。四時四十四分の鏡の噂を聞いてな。是非取材したいと思ってお邪魔したんだ」
     森田・供助(月桂杖・d03292)が美術学部に属する事を示す学生証を見せたなら、実際鏡の噂が生じている事からして生徒達は疑いを持たなかったようだ。
     廊下を進む。わざと遠回りして校内を歩き回ってからにしようと決めたのは、少しでも多くの生徒の目を惹きたかったから。鳥辺野・祝(架空線・d23681)は元気に笑いながら、案内役を担ってくれた生徒に告げる。
    「ここの噂が特に有名でさ。だから取材に来たんだ」
    「えーそんなに有名なんですか?」
    「そうだよ。七不思議とか都市伝説とか、霊感なくたって出るんだから。ホントだったら危ない事もあるかもだし、そこは対応慣れてる私達に任せてよ」
     自信たっぷりの祝の言葉に顔を見合わせた少女ふたりは、どこかほっとしたような表情を浮かべた。鏡への恐れは実のところ想像以上に生徒に蔓延っているのかもしれない。
     まずは校舎を一通り歩いた後、件の鏡に向かうとしよう。
     一方、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)は別方面から学校に侵入していた。
     プラチナチケットは一般人が何らかの『関係者』だろうと思い込んでくれるESPであるため、具体的に何になりすますかを使用者側から指定することは出来ない。その場の態度や言動によって認識を多少誘導することは叶うかもしれないが。
    「スーツでも着てたら教育実習生に思ってもらえたかな」
     気づかれぬように小さく呟く。今こうして一緒に校内を見て回っている先生は、布都乃が卒業生として遊びに来たと捉えてくれたらしい。当初の予定とは違うが先生同伴の校内見学が叶っているのだから上々だろう。校舎を懐かしむ振りをして校舎案内図を見、先生はそれなりに残っているが生徒は部活に励む者以外は殆ど帰っているとの情報を聞き出した。
     やはり人を集めるのは部活動中の生徒の気を惹くのが鍵か。
    「すみません、ちょっと電話が」
     声を潜め背で視線遮り、東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)に電話連絡をする。向こうも準備は整ったようだ。先生と共に向かうのは件の鏡がある踊り場。
     そこには別行動していた灼滅者達、時生が軽く片手を上げて布都乃を迎える。先にここまで案内してくれた生徒達も遠巻きに見守っている。他校生が珍しいのだろう。遠目に見守るような格好で踊り場に視線を投げかける影は少なくない。先生も「部活に戻りなさい」と注意は飛ばすものの、興味を抱いている生徒を追い返すような真似はしなかった。
     ここまでは順調だ。
     時間まで、もうまもなく。
     予知で鏡と接触するはずの女子生徒達も大人しく階下で見つめているから、いざとなれば庇おうと算段していた奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)の眸も柔らかく細められる。
    「……そこで御覧になっていてくださいね」
    「そう、危なくなると困るからね」
     烏芥が視線流せば神妙に頷きが返る。それを視界に入れた真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)があくまで皆の身の安全を案じているが故に離れているように告げた。誰もが反発したり反感を抱いたりという事がなかったのは上策と言えよう。
    「今までと違い多くの方にダークネスさんのことを知っていただかないといけないんですね……」
     手にした時計に視線を向け、フリル・インレアン(中学生人狼・d32564)が小さく独り言つ。人を寄せ付けない殺気も、戦闘音を遮断する檻も展開しない。そんな状態でどう戦うか、それを見せるか。
     それは灼滅者達の腕に掛かっている。
    「四時四十三分です」
    「わかった。……これが鏡か、見目は普通に見えるけどね」
     彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)がしなやかな動きで鏡の前に歩み出る。それを合図として、残りの灼滅者達は陣を布き、すぐにでも臨戦態勢に入れる構えをとる。一般人との距離は取って、万一にも敵の攻撃が通らないよう射線は封鎖して。
     夕焼けに静寂が落ちる。
     時計の針が四時四十四分を示した瞬間に、さくらえが手を伸ばした。一瞬火花のような閃光が迸ったかと思えば、影の中から手が伸びてくる。
     引きずり込もうとする意志を感じ、さくらえは不敵に笑みを放つ。
    「そう簡単にやられたりしないよ!」
     手首掴んでくる鏡――死鏡の闇の気配に囚われてなるものか。最終決戦に挑む勇者が如き威勢を轟かせ、さくらえは影の手を力づくで振り払った。
     その勇壮たる様子に周囲に見ていた生徒や先生の間から歓声とどよめきが起こる。その際にちらり視線を階上へ向けた。既に上にも下にも『観戦』している人数がそれなりにいる以上、戦場を動かすのは難しい。下手に巻き込んでは本末転倒だ。
    「なら、この場で戦うしかないか。――さあ、来いよ」
     櫟は手招きしながら淡々と告げる。
     この踊り場が死鏡の末期の舞台。
     死鏡が壁から剥がれ浮かび上がったところで、フリルが真直ぐに睨みつけた。

    ●怒涛
     封印解除した灼滅者達は各々の得物を構え、その傍らにサーヴァント達が姿を現した。
     学園奇譚を思わせる殲術道具らを物珍しげに見る者、気味が悪いと怯える者。反応は様々だ。それらの視線を背中に受け、祝は鎖繋いだ五尺釘を片手に疾駆する。
     瞬間、身を屈め体勢を低くする。そこから鏡の縁を叩き斬るように振り抜いた。
     痛みか怖れか、オオオオ、と死鏡の叫び声が踊り場に反響する。
     死鏡が回転しながら突撃してくる眼前に立ち塞がり、布都乃が受け止める。命中精度を高めたその一撃は重くはある。が、耐えきれないほどではない。
    「回復しますね……!」
     銀の髪靡かせて、フリルが帯を疾走させて鎧として傷口を包めば途端に痛みが和らいでいく。
     繰り広げられる戦闘に非日常感が一気に噴出して、生徒達からざわめきが零れだす。動揺、戸惑い。そういった感情について唯一具体的な言葉を砕いたのは時生だった。生徒達に危害が及んでいない事を確認し、振り向きざまに言い放つ。
    「私たちが絶対に護る! 信じて見てて!」
     安心感を与えるような優しい笑顔できっぱりと訴えたのが伝わったのだろう、生徒達のかんばせにも徐々に安堵の色が浮かんでくる。それは少しずつ伝染して、信頼に繋がる種火になるのかもしれなかった。
    「ひとつずつ追い詰めようか」
     さくらえが片腕を異形巨大化させたなら、その光景に生徒達が息を呑むのが伝わってきた。それを受け入れつつも力任せに膂力を叩きつけ、死鏡に確かな衝撃を与える。
     続いたのは櫟だ。傍らでビハインドのイツツバも馳せる。
    「格好良いヒーローとかは柄じゃないし。そーいうのは人に任せて俺はいつも通りでいいよね」
     即ち、愛想を振りまくでもなく淡々と豪快に。
     十字架碑文を大きく旋回させ、死鏡の真正面に打撃を食らわせる。その衝突点に重ねるように、イツツバが霊障の波動で包み込めば、都市伝説をも蝕む毒が滴り落ちる。
     手応えから、成程死鏡は事前の話通りさして強くもない事が伝わってくる。
     布都乃の視界の隅には、愕然とした面持ちで戦闘を見遣る先生の姿が入り込む。生徒だけでなく先生にも知らしめたいという意図を、貫いてみせようか。
    「足で稼ぐのも悪くねぇやな。それだけ世の支配が揺らいでるってこった」
     今回は未来の足掛かりでもあるんだろう。そう思えば口の端が自然と上がる。
    「上等上等。要は後腐れなく敵をブチのめす。そういうこったろ?」
     懐に滑り込み、言葉の尾にシールドを乗せて殴打する。次にウイングキャットのサヤが肉球パンチを押しあてる。死鏡がたまらず身を捩らせたように見えた。
     オオオオ――獄門の叫び。生徒達が見守る最中、供助が床を蹴った。さくらえと同様鬼の巨腕を強引に振り抜けば、鈍い音とともに鏡の縁が破損した。
    「このまま油断せずに行けば、いける」
     確信めいた供助の呟き。手応えは確かに存在した。戦闘には余念を交えず、只管に打ち砕くべく考えている灼滅者がほとんどだった。
     故に余計な言葉はこれ以上不要か。時生が三本目の鬼神変を贈ったなら、続けざまに駆けた烏芥は絢爛豪華な気配纏い、生徒達の視線を一身に集める。ビハインドの揺籃が霊力籠めた一撃を強かに打ち据えた先、烏芥は破邪の聖光宿した斬撃を真一文字に斬り結んだ。
     鮮やかな連携、巧みな身体捌き、そしてこの場を収めんとする真摯な思い。そういったものが陶然一体となる。灼滅者達は余裕のある素振りを見せながら只管に戦い続けた。
     絶対に生徒や先生に戦闘の飛び火が届かないよう懸命に射線を塞ぐ。そのために生じた傷はフリルがひとつひとつ丁寧に治癒していく。踊り場の限られた空間を最大限に活用して、地を壁を天井を蹴り奔走した。
     そうして戦闘はさして長引きはしなかった。死鏡は明らかに魔力が衰え憔悴した気配が感じられる。
     終焉は訪れる。
    「とどめっ!」
     誰ともなく連続攻撃が見舞われた。櫟の銃剣での袈裟斬り、時生のペチュニアの道標が示す行き止まり、供助の群青の飾り紐揺れる一閃。
     死鏡に罅が入ったかと思えば、それは一気に全面に広がり、音を立てて砕け散った。
     欠片が落ち、それも光となって消えていく。
     沈黙が下りる。
     誰もが事実を、確かに目の当たりにしていた。

    ●行方
     上方の階に沢山生徒が集まっているのは合唱部の面々だろう。死鏡の消滅に伴い、場所を移そうと階下の生徒達にも声をかける。誰もが説明を求めていたのか、仕切り直しはスムーズに行われた。階段を上がる。
    「もう安全ですよ」
     祝の言葉に顔綻ばせる者もいるものの。
     音楽室の前にて、再び沈黙。
     武装もESPも解いて、口火を切ったのは烏芥だった。
    「……何からお話しましょうか」
     穏やかな語り口。世界の在様や灼滅者、サーヴァントについて訥々と説明する。
     幼い頃は烏芥も、己も皆と同じ一般人と思っていた。ただ少し、特異なだけで。だからこそ丁寧に訴えかける。言葉を継いだのはさくらえだ。
    「今回の死鏡は、都市伝説という霊的存在の一つだよ。こういう都市伝説も、それ以外の不思議なものも、この世界には結構存在している」
     学校だけじゃなくて、君達の日常の中にもね。
     生徒達が顔を見合わせた。過る不安を掬うように、祝は眉を下げてみせた。
    「世間には人を害するものがいて、私たちみたいな対抗する奴がいる。映画みたいだけど、これも現実でさ」
    「特殊な力でしか対処不能な事件を調査してるんだ。常識に囚われ目撃者しか信じて貰えない」
     先生達の間でも似た話、四時四十四分の怪談や妙なラジオ放送の噂を知りませんかと布都乃が問いかけるも、今目の当たりにしていた鏡の話以外は聞いた事がないそうだ。
    「だけどさ、実際にその目で見ただろ? 信じても信じなくても、危ないことはそこにある。赤信号をどう渡るかは君たちの自由だ」
     祝が強い語調で告げるのをやんわりと制して、時生は柔く宥めるように言う。
    「私達はこういった不測の事態に対応できる味方だと思ってもらって構わないわ」
    「……皆様が此の様な存在に恐怖を抱くのは理解しております」
     烏芥の声にはたと生徒が視線を上げる。自分には揺籃や学園の皆のように寄添ってくれる人も居た。
     だからこそ真摯に告げる。
     お互いに助け合っていけるように。
    「……周囲に同様の被害者が居ないか、又今後の事件にも注意を呼び掛け合って頂きたいのです……識る方が多ければ救われる方も増える筈ですので」
     烏芥が話す最中にも、櫟に指示されたイツツバがチラシを配っていく。事前に打ち合わせた世界の説明と、武蔵坂への連絡先等を印刷したものだ。
    「コレいいお化けだから安心して」
     櫟が異形たるサーヴァントについてそう軽く告げたなら、生徒達の肩から力が抜けるのがわかる。パッと見たところやはりサーヴァントは異質な存在であるから、このフォローは実に効果的だった。
    「……こいつの方がよっぽどヒーローだし」
     狼狽えるイツツバを前に出して、笑みを食んだ。
     時生と供助が視線を交わしながら、言葉を続ける。
    「今回のような事があれば頼ってほしいの」
    「こういう信じ難いことは実際に体験した者にしか伝わらないし、警察も動けない。……から、俺らみたいなのがいる」
     入口は取材という演技だったかもしれないが、今は真実を丁寧に。
     まだすべてを咀嚼しきっていない生徒達の表情を伺いながら供助は考える。今まで見えなかった不思議は信じられない、それが普通だ。
     けれど目で見た部分は信じて欲しい。自分達みたいな人間も人の中にはいて、係る事があった場合は協力したり助け合ったりしたい。
    「似た事件での被害を無くしたい。身の回りにおかしなことがあった時に思い出して、頼ったり情報を貰ったり出来ると助かる」
     行き届いたチラシには学園の番号と、公開を承諾した灼滅者個人の番号の両方が載せられている。どっちにかけてもいい、と供助は相手に託すつもりだった。
     徐々に現状を受け入れていく先生と生徒に、烏芥は揺籃と肩を並べて睫毛を伏せた。何方がではなく、お互いに協力し合い歩んで往けたら良いと思わずにはいられない。
    「……覚えておいて。死鏡みたいな存在を知る事があっても、決して自分達だけでどうにかしようとしないで」
     さくらえの優しい言葉が浸透していく。
    「そういう不思議な現象とか噂とかを知ることがあったら、どんな小さな事でもいいから、僕らを呼んで。僕らはいつでも、助けに行くから」
     助けに行く。
     それは今日の日がそうであったように。
     確かな実感を持って伝わるその言葉を汲んで、祝は唇を開いた。
     急に世界がどうと言われても困る。その気持ちはわかるから。
    「私は万能の正義の味方じゃないけれど、無力ではないから、手助けできることはある。困ったことがあったら思い出してな」
     力強く、茶目っ気に溢れた眼差しで腕まくりして。あたたかな笑みを燈す。
    「独りじゃないって強いんだ。信じられないのも判るけど、憶えていてくれたら、いつかきっと助けになれるよ」
     真摯な声に生徒達も先生も、静かに――確かに頷いた。
     そんな中で進み出たのは女子生徒。予知で述べられていた、死鏡との邂逅を果たしてしまうはずだった少女だ。
    「あの」
     そのまま案内して自分が冗談交じりにでも鏡に触れていたらとんでもない事になっていた――そう、正確に理解しているのだろう。
    「た、助けてくれて、ありがとう……」
     穏やかな和やかさ広がる音楽室前で、フリルが窓の外の夕日に目を遣った。
    「それにしても、死鏡さんの現れる時間が夕方でよかったです」
     朝だったらこうした時間が取れるかわからなかった、そう思うから。

     静かに織り成される周知の時間。
     僅かでも、仄かでも、きっと明日に続いていくに違いない。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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