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とある日、とある高校。
「ちょっこれいとっ♪ ちょっこれいとっ♪」
「ちょこれいとーは」
「あーまいー!」
普段は香ることのない甘い香りといつもより甘い声が満たされた調理実習室。
調理部主催の、学校見学も兼ねた料理教室は、いつになく賑わっている。
何しろあともう少しでバレンタインデー。なので今回の料理教室はチョコレートを使ったスイーツ。
ちょっと早いプレゼントとしても。或いは、本番に対しての練習として。男が贈っちゃいけない道理もない。
そんな思惑を胸に抱いた少年少女が、それぞれにスイーツと向き合っていた。
「でも、あんまり騒いでるとさ……ほら、出るって言うじゃない」
「んぁー、殺人生徒指導教官だっけ」
「長ぇ」
「ありきたりーだよねぇ」
「やーでもうるっさいのがいるかんねえ」
「センセーも大変なのは分かるけどサー、空気読んでほしいよねー」
調理器具を片付けながら少女たちが他愛もない言葉を交わしていると、下校時刻の10分前を告げる予鈴が鳴る。
少しだけ手を動かすのを早め、きちんと片付いたことを確かめてから荷物をまとめて。
「今日作ったお菓子どうする? あげちゃう?」
「えーどうしよっかなー!」
「あたし友チョコ用にいっぱい作ったからいつでも渡せるよ」
退室しようと調理実習室の扉に手をかけた拍子に、声が降ってきた。
「――勉強に不要なものを持ち歩くのは校則違反だ」
●
ふむんと資料を見やってから、衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)は、集まった灼滅者たちを見回した。
「サイキック・リベレイターの投票により、民間活動を行うことになった。で、サイキック・リベレイターを使用しなかったことで俺たちエクスブレインの予知が行えるようになったんだけど、それでタタリガミ勢力の活動が明るみに出たんだ」
タタリガミたちは、エクスブレインに予知されないことを利用して、学校の七不思議の都市伝説化を推し進めていたようだ。
閉鎖社会である学校内でのみ語られる学校の七不思議は、予知以外の方法で察知することが難しく、かなりの数の七不思議が生み出されてしまっている。
「俺たちも、武蔵坂学園っていう『社会』の中で生活してるもんな」
学校もまたひとつの閉じられた社会だ、と言いながら、鞄の中から資料を取り出す。
「この七不思議については、可能な限り予知を行い虱潰しに撃破していくことになる。だから、灼滅者のみんなの協力をお願いします」
ぺこりと頭を下げた。
「……しかし、虱潰しと言ってもな」
途方もないぞと唸る白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)に、灼滅者たちも渋い顔だ。
日向は苦笑して、
「もうじきバレンタインだろ?」
「リア充爆破の時期か」
「ちがーう」
否定しながら差し出した1枚。
「うちの学校はあんまり厳しくないけど、学校によっては制服規則とか厳しくて、持ち物検査なんかもやったりするじゃん。で、この都市伝説……じゃなくて七不思議は、そんな厳しい規則の話」
曰くに。
ある学校でのことだ。季節はまさにバレンタインデー直前、調理部主催のバレンタインスイーツ教室が開催された。できたものはその場で食べてもいいし、持ち帰ってもいい。
もちろん校則で菓子類の持込は禁止されている。だからこそ、こういった『抜け道』を用意したのだ。
だが。
「そうは言っても融通の利かない相手っているよな。いらないもの持ち込むなんてけしからんーっ!! って。で、指導」
「指導?」
「よく分かんないんだけど、というかまあ七不思議だから実態に沿ってはいないんだろうけど」
およそヒトの力とは思えない怪力での『指導』を受けるのだという。
「つまり殺されるんだな」
「簡単に言うとそう」
なるほど。
「えーと……敵の出現タイミングは、料理教室が終わって参加者が帰ろうとする頃。だから、みんなはそれを見計らって一般人を守ったり敵を迎撃したりしてほしい。料理教室は学校見学も兼ねているから、学校外の人が混ざっていてもそんなにおかしくはないけど、ある程度行動は慎んでくれよ」
敵の能力は、いたって単純なものだ。力任せの殴打と咆哮による回復のみ。
ものすごい強いとかそういうのだろうかと怪訝な顔の灼滅者たちへ、
「今回の都市伝説は、タタリガミが生み出した普通の都市伝説だから、今までたくさんの敵と戦ってきたみんなにとって強敵ってことはないよ。倒すだけなら簡単だ」
だから、周囲に被害が出ない範囲で『より多くの生徒・学生に事件を目撃』させる作戦を行ってほしい。
「しかし、情報の伝播は……ああ」
言いかけた遥凪は、しかしあることに気付く。
エクスブレインも頷いて、
「そう。バベルの鎖があるから、都市伝説やダークネス事件は『過剰に伝播しない』という特性がある。だけど直接目にした人間には、バベルの鎖の効果はない。だから、目撃者が他人に話しても信じてくれないけど、直接事件を目にした関係者はそれを事実として認識してくれるってわけ」
一般人の多くが、都市伝説やダークネス事件を直接目撃することで、一般人の認識を変えていくのが民間活動の主軸となる。可能な範囲で目撃者を増やしていってほしい。
「敵は強敵じゃなくても、多くの一般人に目撃させた上で灼滅するためには、相応の準備と作戦が必要かもしれないな。それに、事件を目撃した一般人にどのような指示や説明を行うかは、重要になるかもしれない」
単純に敵を倒して終わり、とはいかないのだ。
「事件を目撃した一般人に、今後どんな行動をして欲しいかを考えて、呼びかけとかするのもいいと思う。ただ、一般人にとって灼滅者は『不思議な力で七不思議を倒した人達』という扱いになるから……初めて会う一般人に信用されて話を聞いてもらうには、信用されやすい演技や演出が重要かもしれないな」
ちょっと変わってるかもな、と笑って。いってらっしゃい、と送り出した。
参加者 | |
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彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131) |
神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311) |
志賀野・友衛(大学生人狼・d03990) |
識守・理央(オズ・d04029) |
片倉・純也(ソウク・d16862) |
枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615) |
夜伽・夜音(トギカセ・d22134) |
秋麻音・軽(虚想・d37824) |
●
ほんわり暖かな空気と鼻腔をくすぐる甘い香り、そして賑やかな声が調理実習室に満ちる。
「へえぇ、上手だねえ!」
そんな女子生徒のひとりが声をあげたのは、すらりとした男子ーー識守・理央(オズ・d04029)の手元を覗き込んでからだ。
「料理男子ってやつだ! かっこいぃー」
「モテそうに見える? フフーン。そりゃそうさ。僕は顔がいいからね」
「自分で言っちゃうんだ? それ」
なんて冗談めかして談笑したり。
「料理もできるし、しかも魔法だって使えるんだ。……本当だよ?」
いたずらっぽく笑う彼に、少女たちは笑い声をあげた。彼の言葉を本当に冗談だと信じて。
そんな彼らのそばを、山のように調理道具を抱えた小柄な少女がふらふらと人々の合間を塗って棚へ向かう。バランスを崩しかけたところに、片倉・純也(ソウク・d16862)がさりげなく手を差し伸べ支えてやると。
「は、わ……」
小さく上がった悲鳴が彼の鋭く見える目付きを怖がったわけではないのは、ほわっと赤らめた顔から察せられた。
「珈琲を淹れるのは得意だけど、お菓子作りはまだ訓練中なんだ」
そう苦笑する神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)の手元は言うほど怪しくはない。
むしろ問題は、
「あの……大丈夫?」
チョコレートを刻もうとして震える手元に案じた声に彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)は微笑み、そおっと包丁を置く手つきを見守る勇弥。
彼は刃物を扱うのに恐れを抱いている。戦闘の時にはそんなことはないのに。
それでも。
「大分落ち着いてきたじゃないか」
こそっと耳打ちする幼馴染みに、少しだけ違う感情を含み微笑んで。
「チョコ刻むのがダメなら湯煎の手伝いするよー?」
「えええ、それはダメだよぉー!?」
張り切ってチョコレートにお湯を入れようとするさくらえに即ツッコミが入った。
もちろん、料理が苦手な人にはきちんとフォローも行われる。
「えっとね」
「……ああ」
「もうちょっと、その、こう……」
「…………」
ヘルプ役の生徒に指導されながら真摯な表情で製菓材料と格闘している秋麻音・軽(虚想・d37824)。
軽は料理が得意なほうではない。だから、そう、少し独創的なお菓子に、とても複雑な視線が向けられていた。
彼女から少し離れたテーブルで、少女たちと一緒にお菓子作りにいそしむ夜伽・夜音(トギカセ・d22134)を、白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)が手伝う。
おひとつどうぞー。試食にと差し出されたお菓子をちょこんといただいて。
「これが本題じゃないのはわかってるさんだけど、ついうきうきしちゃうよねぇ」
甘い物好きな彼女がこそっと口にした言葉に目を細めて頷く。
「つい気合い入れちゃうねぇ」
プレゼント用のラッピング材を抱えて笑う少女に、恋人とのバレンタインを想って志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)も笑い返し。
和やかに溶け込んでいる仲間たちへふと目を向けていた枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)は、
「ほら、手元に集中して」
「……あっ」
そばから飛んできた注意に慌てて手元の調理器具を見る。
「さっきから時々ぼーっとしてるけど、なに考えてたのかな?」
「えっと、それは……」
ちょっぴりイジワルな調子の問いに顔を赤らめ、
「むむむー? もしやもしや、誰か特別なお相手だったり!」
「ふふ、ヒミツ!」
少しつっこんでみた問いには思いきって水織は笑って見せる。そんな彼女の服装は、中学生の制服に金の縁取りのケープと白いレースに縁取られた帽子。それに丸眼鏡の、かわいらしい魔法使い姿だ。
どこかの誰かを妙に意識しつつチョコレート作りを進めれば、賑やかな声と甘い香りがふわりと広がっていく。
●
「そろそろ帰りの予鈴が鳴る時間なので、片付けをはじめてくださーい」
講師役の生徒の言葉に、参加者たちは各々に身の回りを片付け始める。
「でも、あんまり騒いでるとさ……ほら、出るって言うじゃない」
ふと水織の耳に入ってきた声。見やれば、 少女たちが道具を片付けながら他愛もない話に花を咲かせていた。
灼滅者たちは視線を交わし、出入り口付近にいた友衛、さくらえと勇弥がさりげなくドア近くへ寄りーー調理室の外からの異様な殺気に気付くが、生徒たちは気づかない。
「――勉強に不要なものを持ち歩くのは校則違反だ」
なにも知らない生徒のにこやかな顔が、その瞬間凍りつく。ドアを開けた瞬間、声と共にぶわりと殺気が広がった。
ドアの向こうに立っていたのは不吉なほど顔色の悪い、異様なほど筋骨隆々とした大男。
「ひっ……!」
振りかぶられた巨腕は悲鳴ごと少女の形を潰すはずだったがーー黒衣の魔法使いが滑り込む。
「こっちを見な。校則違反は僕だ」
力任せで勢い任せの強打を防ぎ、理央はついさっき作ったばかりのお菓子を見せびらかして挑発する。
確かにエクスブレインの言った通り、この七不思議は歴戦の灼滅者にとって脅威ではない。
だが、今回重要なのは『何か得体の知れない危険な存在がいて、それと戦う存在がいる』ということを知らしめること。
「(一発は殴られてやる。あんたが『わるいもの』だって皆に伝えなきゃだからね!)」
理央のその思惑通り、生徒たちは目の前の『何か』が脅威であると認識してざわめきだした。
「アレって七不思議のん? せやったら校則違反のん捨てたら……」
一般の生徒として料理教室に紛れ込んでいた丹が他の生徒から都市伝説を遠ざけるためにチョコを捨てようとすると、遥凪が手振りでそれを止めた。
持っていることで危険にさらされるかもしれないが、本番用にしろ練習用にしろ、想いのこもったものなのだ。
仲間たちが注意を引いているうちに離れれば問題ないだろう。そう伝えると、丹は頷き生徒たちを入り口から離れ部屋の隅へと移動するように誘導する。
低く唸りを吐きぎらりと睨む七不思議に息を呑む生徒たちを背中にかばい下がるように促し、
「大丈夫だ、お前は私が守る」
流し目で軽が告げると、こくこくと頷く。『自分を守るお姉様』と見られるよう演じ振る舞う目論見は成功しているかどうか分からないが、とにかく信頼は得られているようだ。
「遥凪ちゃんは避難誘導の人とご一緒お願いしますなの」
敵の動きを警戒しながらの夜音の指示に遥凪は任せろと応える。
だが、生徒たちにしてみれば警察でも何でもない『ただの学生』が相手をしてかなうようにはとても思えない。
「私たちなら大丈夫だ」
不安げな表情の生徒たちに友衛が言い、
「俺たちだからこそ、できることがある」
「大丈夫、俺達が護ります」
純也に次いだ勇弥の言葉は力強く。
「……こういうときとか、少しぐらいは理解を示してくれても良いと思う」
水織が言い聞かせるように再度告げると、まだ不安そうではあったが今度こそ生徒たちは調理実習室内へ、或いは廊下の奥へと避難していき、安全を確保するために純也とさくらえ、遥凪が彼女たちについていった。
仲間たちもまた、巻き添えや設備の損壊がないよう注意して戦闘を開始する。
灼滅者から距離を取った七不思議『殺人生徒指導教官』は、体勢を取り直し夜音へと再び剛腕を振るった。
筋肉だるまの巨漢を相手に華奢な少女では絶対的に勝ち目がないように思えたが、むしろ相手にならないのは七不思議のほうだった。
身軽に攻撃を避けると夜音は巨大な十字架を操り聖歌と共に光弾を撃ち放ち、かわす間もなく貫かれゲァッと獣のような悲鳴を上げた敵に向けて魔導書を掲げ、水織が記された術式を発動させた。
間隙なく攻撃を食らった七不思議は苛立たしげに吼え、びりびりと空気が震える。
ただ吼えただけだ。何の効果もない。それでもなにも知らない生徒たちに充分に恐怖を与え、パニックが広がりかける。さくらえが落ち着かせようとするがざわめきに声が消されてしまい、割り込みヴォイスを使って再度純也が宥めるといくらか混乱は収まった。
「あの言動を知っている気がしないか?」
「え?」
問われて、生徒のひとりが反応した。困惑する相手に、気になるなら詳細は後でと告げ、
「今馬鹿力を止めているのが学友達だ」
「僕たちは、キミたちを守るためにここに来たんだ」
後を接ぐさくらえの言葉に、生徒たちは戦う『学生』たちを見た。
しなやかに跳躍した理央が放つ蹴撃に七不思議はぐらと身を揺らがせる。白炎をまとい身を躍らせた友衛の一閃が斬り裂き、次の行動に移ろうとした一瞬を突いて拳が振り下ろされる。
惨劇を幻視した生徒が悲鳴を上げたが、それよりも早く動いた軽が巨腕の一撃をその身で受け止めた。
いかに強敵でないとはいえ、まったくダメージがないわけではない。
苦鳴をこぼす彼女へ勇弥は光輪の治癒と護りを与え、霊犬・加具土が敵と生徒たちを隔てて立ちふさがる。
逃げ遅れた者や怪我をした者はないかと訊いて大丈夫と答えが返れば、必ず護るからと応えた。
できるかぎり、『護るための戦い』をしていることを。戦いながらも心配している心情を伝え、或いは伝わるように。
灼滅者たちは意識して七不思議へと攻撃を続けた。
●
「いい子だ、加具土」
よく頑張った、と誉めてやると、加具土も嬉しそうに応える。
「何あれ……特撮?」
「や、だとしてもそんな仕掛けどこにもなかったじゃん」
「じゃあやっぱりあの人が言ってたみたいに魔法?」
戦いを終えた灼滅者たちの耳に、ひっそりと言葉を交わす声が聞こえた。ちらりとそちら調理実習室を見ると、顔を覗かせていた少女たちはびくりとして口をつぐむが、
「大丈夫か? 怪我とか……ああ、チョコも」
怖がらせてすまなかったと詫びる軽に、少女のひとりが大丈夫、とチョコレートを掲げて見せると、ほっと柔らかく微笑む。
「分かることは説明します。一先ず座りませんか?」
室内に戻り、腰掛けやすいように勇弥が椅子を戻して落ち着かない表情の人々へ促すと、顔を見合わせた。
それはそうだろう。ただでさえ大立ち回りを演じて見せた上、超常の力も振るったのだから。
「襲って来たの、心当たりありませんか? 噂とか」
「噂?」
問いにはたと気付く。噂。そうだ、あれは噂にあったやつだ。でもただの噂なのに。
「あれは都市伝説という存在なんです」
少しずつ会話に巻き込んで当事者と認識させながら、都市伝説について説明を進める。
拒否反応を見せるかと心配したが、さすがに目の前で見ては頭から否定することは難しいようだ。
「あらためて名乗ろうか。僕は理央。魔法使いさ」
再度自己紹介をする理央に、少女たちは感嘆の表情を浮かべる。
「ほんとに魔法使いだったんだね」
「言っただろう?」
「魔法使いって言うより、特撮ヒーローっぽいかなあ」
「やーでもそういう魔法使いもいるかもじゃん、現代的な」
各々思うままを言い合いながらも、『魔法使い』の存在を受け入れる少女たち。
「(僕自身はどう思われようとも、だけど)」
できる限り良い結果になるように、僕にできる精一杯をするよ。
勇弥や他の仲間をちらと見やり、さくらえが口を開く。
「今見たものは現実の存在で、僕らはそういう存在と戦っているんだ」
「マジで……?」
現実に目撃しても、やはり信じられないのが実情だろう。
恐怖心をあおらないよう配慮してダークネスや都市伝説について説明しても訝しげな彼女たちに、夜音も自己紹介する。
「僕はね、こういう危ないさんから皆を守る為に頑張ってるさん。怖がらないで、なんて言えないけど、せめて皆を守りたくてやってるんだって事、知ってくれたら嬉しいなぁ」
ひとのゆめ、こころを守ること。それは自分が普通の暮らしを出来なかった分、一般人を守りたいというエゴだけれども。
普通への憧れを持っているからこそ、日常を守りたい。
「信じられないかもしれないが、この世界には人間以外の種族も存在しているんだ」
自分も実は狼なのだと伝え友衛が狼の耳と尻尾を出して見せると、生徒たちの間に幾度めかのざわめきが立つ。
それがアクセサリーではないのは、自由に動かして見せればそれだけで伝わった。
そして、これらの情報が知られていないのはバベルの鎖によるものだと、バベルの鎖自体についても併せて説明する。
様々な事柄をできるかぎり分かりやすく説明したつもりだが、信じて納得するにはまだ難しい。
一言断ってから調理道具を借りて、勇弥は皆にお茶を淹れて配る。
珈琲の方が得意なんだけど、と言い置いて。
「時々、苦手な人もいるだろう? 大丈夫、お茶は昔の友人が俺に仕込んでくれたから」
やわらかな温もりと香りにようやく心を解きほぐす。
お茶と、それから先程作ったお菓子。それと加具土も周りに甘えて、和やかで言葉が届く雰囲気になったところに、離れたところで都市伝説の周知に動いていた透流が彼らに合流する。
「今回の都市伝説は危険な相手だったが、全てがそうではないはずだ」
友衛の言葉に遥凪が賛同し、彼女の経験した都市伝説について語る。
「ふわふわの兎とか、綺麗な巨大魚とか。色々あったが、危険な存在ではなかったな。……放置しておけば危険な存在となる可能性もあるが」
一見危険に見えなくてもいずれ危害を加えるだろうことを言い添えて。
「でも噂って結構すぐ出てくるじゃない? そしたらまたああいうのが出てくるのかな」
誰だって得体の知れないものを相手にするのは怖い。まして、傷を負うこともあるのだから。
ダークネスとの戦いが使命である灼滅者にとってそれは通りすぎてきた、或いはいまだ振り払えないでいること。
だが彼らは守られる側ではない。
「呼んでくれればいつだって駆けつけるよ。正義の味方だからね?」
軽妙な調子をひそめ真摯な色を含んで理央が告げると、他の参加者たちも彼らへの感情を奇怯から信頼に変える。
「私たちじゃなんにもできないもんね」
「頼ることしかできないなあ」
眉を寄せて悩む彼女たちに、そんなことはないと否定して。
僕から言いたいのは……。
「僕達が戦っていることを、覚えていてほしい」
真摯な眼差しに、生徒たちは茶化すことなく受け止める。
「それで、もしまたこんなことがあったら……「がんばれ」って、応援してくれたら嬉しいな」
それはとてもささやかな、けれど切実な願い。
「うん、分かった」
「がんばってね、応援する」
笑顔ともに向けられる言葉。
と。さくらえが懐に手をやり、
「もしも今後、同様の噂を見聞きする事があれば連絡して欲しいんだ」
言って連絡先を渡す。ひとりだけではと軽と水織も渡して、相手からも連絡先を受け取った。
互いの連絡先を確認し、純也が相談窓口としても連絡先は使えると言い添える。
「普通では超常に対応できない。だが、相談し頼る先はある」
話すにも頼るにも当てはある。救いは。
お茶に触れた掌の中、その熱は確かに現実で。
灼滅者と、そうでない人々。
勇弥は、ふいとここにはいない相手を想い。
これは第一歩、俺の最も大切な親友との「誓い」への。
この世界を少しだけ優しくする為に、俺は足掻く。
灼滅者たちは、しばし学生たちと和やかな時をすごし学校を後にした。
平穏な日常を過ごす者たちは『非日常』を目の当たりにし、何を思い、何を考えるのだろう。
だたひとつ分かるのは、ささやかながらも得ることができた確固たる信用。
灼滅者たちはすぐそこまで来ている春の温もりを含んだ風を背に、それぞれが戻るべき場所へと戻るのだった。
作者:鈴木リョウジ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年3月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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