知血を求めよ

    作者:西灰三


     赤く染まりゆくビルの屋上と屋上の間を男が飛び越える。人間の所業ではないが、実際人間ではない。ダークネス、それも最も有力とされるヴァンパイアのうちの一体だ。
     タトゥーバットを数匹連れたこの男には目的があった。それは近く目覚めたばかりの同胞を迎えに行くこと、遠目にもはっきりとした特徴を持っているので、違える事はないはずだ。
     ただ一つ懸念があるとすれば灼滅者組織、武蔵坂学園の存在だ。既に幾つものダークネス組織を潰しており、その存在は軽視出来るものではない。そう言った背景もあり、男は回収に向かっている最中であった。
     男は目を細め、ビルの欄干を蹴って次のビルの屋上に飛び降りた。完全に日が落ちきるまでには迎えに行けるだろう――。


    「サイキックリベレイター投票の結果、民間活動を行う事になったんだ」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)が灼滅者達を出迎えて、口をそう開いた。
    「それでねサイキックリベレイターを撃たなかったから、いろいろな組織の情報が分かるようになったんだ。その中にはヴァンパイアのもあって、皆に行ってもらいたいのはそこなんだ。どうもヴァンパイア達は一般人を闇落ちさせて配下にすることで戦力を増やしているみたい」
     ヴァンパイアは闇堕ちの数的な効率もよく効果が大きいのだろう。
    「でも今までそれを察知できてなかったのは、闇落ちしたばかりの一般人が事件を起こす前に、別のヴァンパイアが回収しに来てたからみたいなんだ。だから、皆には二手に分かれて事件の解決に動いてほしいんだ」
     ここでクロエは別のファイルを取り出す。
    「皆には回収に来たヴァンパイアの迎撃の方をお願いしたいんだ。はっきり言うと強敵だから気をつけて。もし、皆が止るのを失敗すると闇堕ち一般人の方に乱入されてしまうから灼滅出来なかったとしても、撃退できるように戦ってね」
     自分達の後の事も考慮に入れた作戦も必要となるだろう。
    「敵はヴァンパイア1体にタトゥーバットが3体。ヴァンパイアはダンピールとリングスラッシャーのサイキックを使ってスナイパー。タトゥーバットのうちの2体はディフェンダーでもう一体はジャマーだね。こっちはブレイズゲートに出てくるのと同じサイキックを使うみたいだね」
     きっちりとフォーメーションを組んで、かつ能力の高い強敵である。
    「あと戦場はビルの屋上だから普通の人は来ないからそこは気にしなくて良いんだけど、色々な物が置いてあるからちょっと戦いにくいかも。ちょっと気をつけてね。あ、そんな場所だから民間活動とか気にしなくていいよ」
     そちらは別の班の領分ということだ。
    「ともかく皆はヴァンパイアと戦うことに集中してね。それくらいの強敵だから。それじゃ行ってらしゃい!」


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)
    オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)

    ■リプレイ


     赤い夕日を背に吸血鬼が配下を連れて跳ぶ。飛び石代わりの雑居ビルをなんなく通り過ぎていく闇の存在。手元の時計を気にしているのは間に合うかどうか、というところか。
    「!」
     吸血鬼が突然足元の給水塔を蹴って、屋上に降りる。吸血鬼が止まる直前の進行方向上には雷を腕に纏った鏡・剣(喧嘩上等・d00006)が飛び込んできていた。
    「灼滅者……!」
     すぐさまに吸血鬼は連れていた蝙蝠達を配置する。直接的な力量では差がある故に必ず複数人で来ているはずだという判断であろう。そして実際その方法で多くのダークネスが屠られている。
    「わざわざ単独行動をとっておりゅのじゃ。各個撃破は戦術の基本よの」
     中衛にいた蝙蝠めがけてシルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)が銀閃を放つが、かろうじて準備が間に合ったのか守り手の蝙蝠が割り込む。
    「そうだろうよ、武蔵坂学園。お前達がこのような機会を逃す訳はあるまい」
     吸血鬼は苦虫を噛み潰した顔を浮かべる。
    「ここから先へは行かせん!」
     聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863)は虎の頭の付いた杖を、先程逃れた蝙蝠に叩きつけた。コンクリートが割れる程の勢いだったが、よろよろと再び飛び上がる。この眷属たちも一筋縄ではいかない相手のようだ。
    「これ以上の跳梁は許さない。片っ端から灼滅してやる」
     オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)の大震撃が吸血鬼に向かって放たれ、やや態勢を崩すが眉をひそめる。
    「この程度の力で止められるとでも?」
     先程までの吸血鬼の焦燥感はもう無い。遠くの、しかも複数を対象とした攻撃手段では余り効果を上げる事は出来ないだろう。力量が高く、守り手がおり、当たったとしてもサイキックの質により必ず効果を望める訳ではではない、そして威力も高くない。オリヴィアは軽く舌打ちをすると即座に次の手段を考える。
    「ひゅーっ、やっぱ強い奴と戦えるっていいね。わくわくするし、ドキドキする」
     葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)もまた同じ様に吸血鬼を狙う事を考えていたがブルージャスティスでは攻撃を引き付けられそうにない。即座に標識を赤に変えて元の狙いの蝙蝠に対して殴り掛かる。
    「こちらとしては不愉快極まりないのだが」
    「いいじゃねえか、ちょっと面貸すぐらい。なに、楽しい喧嘩をするだけだからよ」
     雷の纏った拳を鳴らしながら剣は口角を上げた。どうやら話は通じないと吸血鬼は眉を顰める。
    「余裕ぶっているのは今のうちだよ!」
     西洋刀の切っ先を吸血に向けた咬山・千尋(夜を征く者・d07814)がステップを踏んで炎を放つ。火に巻かれた蝙蝠からぶすぶすと黒い煙が上がる。
    「余裕など無いさ。もっともそちらも同じだろうがね」
     そう言う吸血鬼は土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)に向かって赤い逆十字を放つ。だがこれは天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)に阻まれる。
    「あ、ありがとうございます! 天宮さん、傷は」
    「これくらいなら問題ない。しかし、姑息な手だな。闇の貴族も落ちたものだ」
     筆一は即座に彼を癒やす、その間にも黒斗は敵から目を離さない。
    「効率的、と言ってもらいたいな。それこそ君たちの方こそ姑息ではないかね」
     おそらく大した意味のある問答ではない。どちらとも己のなすべきことをなすための探り合い。戦いが始まってから数分、ジリジリと戦力を削り合う戦いはこうして幕を開けた。


     この戦いはいかに手早くお互いの急所を先に突くかというものであることに、双方は早くから気づいていた。吸血鬼側はジャマーのタトゥーバット、灼滅者側はメディックの筆一。効果が出るまで時間のかかりやすい催眠を手早く使う存在と、それを低減する者。おそらくどちらかが倒れればそのまま押し切られるだろう。
    「まあそれは向こうも同じよのぅ。攻め切らぬと負けるぞよ」
     シルフィーナは刀を手に仲間とのタイミングを見計らう。
    「雑魚のくせに妙に強えしな。揃えていくぞ」
     忍魔が割り込もうとする敵前衛の動きを見ながら動く。それらもこちらの後衛に向かって遠距離攻撃を放っているがそれはディフェンダーに任せるしか今は無い。ともかくも今は手早く目標を落とさなければならない。少しでも早くとやや強引に敵陣に切り込んでいく。だが、その彼らの後ろから刀を振りかぶろうとする有栖の姿が。
    「……って! ごめん避けて!」
     そう言いながら振り下ろされた炎を纏った刃はシルフィーゼのドレスの裾を焦がした。
    「葛葉さん、今治します!」
     今最も狙われている筆一が、第だろ滑るとを通して有栖のかかっている精神的ダメージを癒やす。ある程度は自力で筆一は避けられるが、あくまである程度である。避けられないものの半分程はディフェンダーが受け持つ事になるが、その分だけ影響は受けやすくなる。今はそれほど効果が出ていないが長期戦になれば酷くなっていくだろう。
    「……しっかりしないと」
     頭の中に残る敵の攻撃の影響を振り払って、回復に専念する筆一。彼の負荷が限界を超える前に趨勢を決めなければならないだろう。
    「眷属ごときが! あたし達の邪魔をするな!」
     千尋が指先を向けて酸の弾丸を放つ。放たれたそれは守り手の蝙蝠の間をすり抜けて目標へと着弾する。被弾した被膜はボロボロと剥がれ落ちていき、それを機と見た前衛が一気に動き出す。
    「行くぞ」
     短く言葉を発した黒斗がまず身を盾に敵前衛へと踏み込む。無理矢理な進行によって乱れて生じた間に次々とクラッシャーが飛び込んでいく。シルフィーゼの刃と忍魔の爪が敵を捉えてぼろ布のように変えていく。
    「おっしゃ! もらった!」
     鋼の如きの拳でふらついている蝙蝠を剣が打ち上げた。それでもまだ消滅に至っていないのはまだ戦闘力を持っているからだろう。次の手として動こうとした黒斗の後ろから声がかけられる。
    「黒斗、スイッチ!!」
     彼が考えるよりも早く有栖の声に従う。彼が離れて敵の隊列が再び整うその数秒の間に、狙われていた蝙蝠の体が4つに分かたれる。
    「視線は通っていた。なら裂くのは簡単だ」
     赤いオーラを纏ったオリヴィアの指先が切り裂かれた敵の方へと向けられていた。


    「今、考えていることを当ててやろうか? 『どうやってこの場を脱出するか?』だ」
     オリヴィアは未だ敵陣の奥にいる吸血鬼に向かって話しかける。
    「君達こそ似たような事を考えているだろう? 『ほぼ無傷の私をどうやって灼滅しようか』とね」
     たしかに灼滅者達は無傷ではない。かといって吸血鬼側も万全という訳ではない。ただ戦力の損耗状況だけで見れば灼滅者側に利があろう。
    「俺達の目的位分かっているんだろ? 少し遊べ」
    「学生にはわからないかも知れないが忙しいのだよ」
    「『夜の貴族』と言うのに、仕事優先とはな。『夜の社畜』の間違いじゃないのか?」
    「貴族というものは存外忙しいものさ」
     忍魔の言葉に吸血鬼は淡々と答える。
    「蝙蝠……いや鼠のように動き回るのがか?」
    「さて、どうかな」
    「そこまで忙しいう事は、吸血鬼の誇りをもった者どもには離反され尻尾巻いて逃げりゅ程度のものしか残っておらにゅようじゃの」
    「私は内情を説明する立場には無いのでね。憶測なら好きにやるといい」
     黒斗とシルフィーゼに肩を竦めながらも、吸血鬼の視線は細く鋭いままだ。
    「大体、通らせてくれと言っても君達はそうさせてくれないだろう」
    「よくわかってんじゃねーか。吸血鬼様は敵を前にして情けなく尻尾まいて逃げるのが趣味だとは言わねえよな?」
    「こっちは仕事でね」
     剣が前衛にいた蝙蝠を殴り捨てて笑う。未だ戦いがいのある相手が残っているのだ。相手の都合なぞ知ったことではない。
    「ああ、もう面倒くさい! その細めた目見開かしてやんよっ!!」
     戦闘と会話を並行しながらしていたが、有栖は紅い刃を炎で染め上げて戦闘に集中する。元より灼滅者達に敵を逃すつもりなぞ毛頭ないのだ。
    「ああ、もう一つ。言い忘れていたことがある。今から行くのはお勧めしないぞ。向こうにも仲間が居るし、私達には奥の手もある」
    「……でしょうね」
     黒斗の言葉にふっと息を吸って吸血鬼は自嘲的に笑みを浮かべる。
    「何がおかしいんですか」
    「ダンピールだからって、ナメてんじゃないよ!」
     筆一が問い千尋が声を荒げる。
    「いや失敬。ここまで自らの実力を試される機会もなかったもので。つい面白くなってしまいまして」
     吸血鬼は上着と腕時計を投げ捨てた。
    「雑魚は終わった。次はお前が遊んでくれ」
    「いいでしょう。そもそも貴族の本分は戦てす」
    「お、いいねえ。ようやくやる気になってくれたか」
     忍魔と剣に答えるように吸血鬼は構えを取る。傷ついた灼滅者達にとっても油断できる相手ではないし、その逆も然りだ。
    「やっぱり頭で色々考えるより体動かしてる方が性に合うよね!」
    「下手な考え休むに似たり、と言いません?」
     有栖の言葉に答えながらも空気が張り詰めていく。それは眷属たちが残っていたときよりも強い緊張感をこの場に与えている。
    「お楽しみの所悪いが、さっさと終わらせてもらうぜ」
    「こちらもそのつもりですよ」
     オリヴィアの紅い拳が吸血鬼の体を捉える。大きく揺らいだ体が後ずさりながらも同時に光輪が筆一に放たれる。その間に有栖が刀を構えて弾けば、武器が戻るまでの間に黒斗が敵の死角に入り込み動きを制限する一撃を放つ。
     己の傷を癒そうと紅い斬撃を剣に放てば、カウンター気味に拳を放ってきた彼に深々と突き刺さる。そのまま彼は前のめりに倒れるが、吸血鬼は油断せずに7つの光輪を振り回す。だがそれを掻い潜ったシルフィーゼが髪先を代償に刃を深く敵にめり込ませる。
     再度負った深手を癒そうと光輪を掴んだ吸血鬼の足元に、これまで攻撃を受けていた筆一の影が刺さる。痛みによろめく吸血鬼にトドメを刺そうと忍魔の青い大剣が振り下ろされる。だがこれを手にした光輪で抑えるが千尋のサーベルがさらに振り下ろされた。そして、光輪ごと吸血鬼を斬り捨てた。


    「やれやれ、これで終わりですか」
     最後の一撃を放った千尋に見おろされて吸血鬼は呟いた。
    「貴様の墓標は地獄の底だ。闇は闇に還れ」
    「あるんでしょうかねえ、地獄。あるのならまた会うこともあるかも知れません」
    「知った事か」
     忍魔の言葉に返した吸血鬼にオリヴィアは冷たく言い放った。
    「終わったか」
    「そのようじゃのぅ」
     黒斗とシルフィーゼは敵の気配が完全に付きたことを確認して息を吐く。彼らダンピールにとっては、未だ残る宿敵である。それぞれに思うところはあるのだろう。
    「鏡さん大丈夫ですか?」
    「おう、少しばかり楽しみすぎただけだ」
     筆一が剣の傷の具合を見ている。やや深いが後に引くものでは無さそうだ。
    「うわあ。戦ってる間は気付なかったけど、もう夜だったんだね」
     ふと有栖が周りを見渡せば周りのビルの窓に明かりが灯っており、それなりに見える夜景となっていた。
    「よし、じゃあ帰ろうか」
     戦闘中とは打って変わった表情を見せた千尋がそう口にすると、灼滅者達は階段に向かっていく。人の知らない、人を守る戦いの一つはこうして幕を閉じた。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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