バレンタインデー2018~この手で生み出す花添えて

    作者:朝比奈万理

     ふんわりあまいくてほろ苦い、褐色の宝石に秘めた思いやこころをこめて。
     真っ直ぐあの人を想う心は、純粋で清らかな永遠に褪せない花。
     その心の花をあなた自身で生み出せるのなら、それはどんな花になるのだろうか。
     キミにとってあの人の心の花は、どんな花なのだろうか。


    「『バレンタインチョコに添えるお花も手作りしてみませんか?』 おはなを、てづくり?」
     入手したフライヤーに目を落としながら、千曲・花近(信濃の花唄い・dn0217)は一瞬だけ首をかしげたが、合点がいったとばかりにこくこく頷いた。
    「そっかそっか、つまみ細工やディップアートのお花か! それだったら、お花を自分で生み出せるよね!」
     そういうこと。と微笑んだのは、浅間・千星(星詠みエクスブレイン・dn0233)。抱いていたつまみ細工とディップアートの教本をぱらりとめくり始める。
    「空き教室かどこかで、みんなで贈り物に添える花を作れたらいいなと思ってな」
     今回、バレンタインのギフトに添えるのは、つまみ細工とディップアートの花。
     つまみ細工は、布製の花。
     正方形に切ったちりめんや綿の生地を指先やピンセットでつまんで折り、糊で接着。完全に糊が乾いたら必要のに応じてはなびらの底をカットして、ピンセットでかたちを整える。
     先がとがった剣つまみ。やわらかな流線の丸つまみ。この二種類が基本の形。
     それらを糊を広げた土台に丁寧に乗せていけば、あっという間に一輪、花が咲く。
     一輪でも可愛らしいし、複数の花を咲かせれば華やかになる。紐で周りを飾ったり、落ちる花びらを模してみたりすれば、華やかさはさらに増す。
     つまみ方次第では、薔薇の花なども作れるという。
     一方のディップアートは、ワイヤーとディップ液で作る花。
     花びらの形に曲げたワイヤーを色とりどりのディップ液につけ、乾かしたものを束ねて花や葉を作ってゆく。
     小さな花びらのものはマニキュアで色付けもできるらしい。
     仕上はレジン液を硬化させてトップコート。ワイヤーを緑のレープで纏めれば、繊細な花が生み出される。
     半透明な花は光を浴びるとキラキラと煌いて、とてもエレガント。さらにガラスビーズやラメ、ラインストーンなどをあしらえば、高級感のある一品に。
    「華やかなつまみ細工に、繊細なディップアート。どっちのお花もプレゼントに彩りを添えてくれそうだね。自分の心の花を咲かせるのも、贈る相手をイメージした花を生み出すもの素敵だねっ」
     花近が無邪気に笑めば、髪に飾ったつまみ細工の花も揺れる。
     千星も、教本に記載されている花々に目を落とし笑みを浮かべ。
    「それに一輪でもとっても素敵だが、女性に贈る場合だとつまみ細工はブローチや髪飾り、ディップアートはイヤーカフやヘアクリップにしたら可愛いし、男性には落ち着いた色味の素材を使ってタイ留めとか、小ぶりなコサージュとか素敵だよな」
     みんなは、自分は、どんな花を生み出すのだろう。
     想像しただけで、二人の笑みは花開いた。

     愛しきあの人へと送る、甘くほろ苦いチョコレート。
     大切なギフトと共に永遠に咲く『たった一つだけの花』を、あの人に贈ってみませんか?


    ■リプレイ


     目の前にディップアートの教本と花の写真。その傍らに小さな小箱を置いて。
     桐人は恐々とワイヤーで大きな花弁と小さな葉の形を作っていく。
     手先は不器用な方ではないが、初めての作業となれば多少物怖じはしてしまうもので。
     花の写真とにらめっこしながら慎重に形を作ってゆく。
     桐人はその花の実物を見たことがない。写真でしか見たことがないその花の色に近いディップ液を選び、そっとにワイヤーを浸していけば、写真で見た通りの紫紅色の瑞々しい花弁に姿を変えていき――。
     制作の緊張から解放されて息をついた桐人の手には、ミヤマキリシマ。
     それは彼女の身近に咲いていたという花。
     学園からしばらく離れていた桐人。彼女はそんな自分をいつも気にかけてくれていた。
     心配と期待は尽きないが、その花を簪に仕立てて小さなチョコレートが眠る小箱の中へ――。

    「ディップアートっていうんだな、これ」
     横並びに座り教本に目を落とす葉月と真火。
    「最近ハンドメイドで装飾品作るの流行ってるし、こういうのも面白いかもな」
    「それに、とっても繊細で綺麗ですし」
     答えた真火の横顔を葉月はふと見つめた。
    (「水野に送る花は何がいいだろうか?」)
     艶やかな長い髪の奥には本に目を落とす潤み濡れたような水色の瞳。その透き通るような彼の横顔はずっと見つめていたくなる。
    (「っと、今はそんな場合じゃなかった。集中集中」)
     と、スマートフォンで花の画像の検索から始める。
    (「デザインは如何しようかな。葉月さんに似合うもの、何だろう……」)
     ふと横を見れば真剣な葉月の横顔。
     金の髪は太陽のようで瞳は優しい海の色。
    (……やっぱり、かっこいいなぁ……)
     悩みに悩んで葉月が作ることにしたのは枝分かれしたスプレー咲きのデルフィニウム。ソフトな印象は真火そのもの。早速とワイヤーをマーカーに巻きつけてゆく。
     5枚の花と剣の様な葉をグリーンのテープで纏めていき、周りには青い炎を模したディップアートを添えて。
     一方の真火は、ワイヤーで大きな輪をたくさん作り始める。葉月に似合いそうなのは大きな花。秋生まれでもあるから、山茶花に決めた。
     たくさんの黄色いペップを中心に赤い花弁を重ね、深緑の葉と月のモチーフも添えて。
     お互いの手の仲に咲いたデルフィニウムと山茶花は、きっと彼に頬笑みをくれるだろう。

     講師役の千星を目の前にして笑顔のアンカーはディップアートに挑戦する。
    「まず何をすればよろしいでしょうか?」
    「じゃぁ、ワイヤーを花びらや葉の形に整えて」
     アンカーはワイヤーを、千星に教えられたとおりにペンの胴に巻き付けて形を整えていく。大きなパーツは素手で。
     出来上がっていくのは小ぶりな小さな花が数個と細長い葉が数枚。
    「何を作るの?」
    「あぁ、オリーブだよ。千星が好きな花かなって」
     と小さい花にはマニキュアで、大きい葉にはディップ液で色付け。
     千星は教えるのと同時進行で自分の作品も組んでゆく。
    「千星の説明やお手本はわかりやすいね。それに指先も綺麗だから見てて楽しい」
     穴あき白手袋から覗く指先だけではない。艶やかな髪も大きな瞳も透き通るような白い肌も……柔らかな唇も――。
    「まっ、真面目に!」
     ぷっくり膨らませた頬は信州のりんごの様――。
     アンカーが生み出したのは、オリーブの葉と花が美しいヘアクリップ。それを手に取ると彼女の黒髪に髪にそっと飾る。
    「ちょっと早いけどハッピーバレンタイン。勝利と共に平和を願って。千星を絶対に幸せにするよ」
     オリーブは勝利と平和の木。そして夫婦の木でもある。
    「ありがとう」
     微笑んだ千星の手の中には赤い薔薇が一輪咲いたブローチ。彼の左の胸元にそっと飾ると、お返し。とはにかんだ。

     教室の片隅がわっとにぎやかになる。【糸括】の10人だ。
     つまみ細工班は、明莉、渚緒、杏子、脇差、輝乃、陽司、そして残暑。一通りつまみ技法を確認して生地に鋏を入れていく。
     紗里亜と千尋、伊織がディップアート班。一通り教本に目を通し終えてワイヤーを思い思いの形に変えていく。
     甘い味も甘い香りも苦手だけど、作りものの花なら何とかなりそうだ。
    「えぇと、花ってどんな種類あるんだ?」
     明莉はスマートフォンで花の画像の検索から始めていた。
     暫く黙ってスマホ画面をスクロールしていたが、おもむろに立ち上がると隣に座っていた仲間の後ろに付き、そろりと手元を覗き見る。
     偵察だ。
     手先は器用な方。困っていたら手伝える。
    「うーん? うまく折れませんわね……?」
     残暑は生地とピンセットに四苦八苦。まず正方形に切る段階から失敗していた。角と角が合わない。
     大丈夫。角と角は作品では見えないから。と固定用の接着剤をクリアシートに絞り出すが。
    「糊がすごい出てしまいましたわ!」
     まぁ、この接着剤は皆とシェアするということで。クリアシートをすすっとつまみ細工班の中央に差し出して生地の角につけていくが、固定するたびに摘まむ指には接着剤が……。
    「おててベッタベタになってしまいましたわ!」
    「手を拭け、手を!」
     おしぼりを差し出したのは脇差。
     それでもやっと作った花びらを土台の上に並べてみるが、何とも不思議な植物を生み出してしまう。
     そんなてんやわんやの残暑の横から顔を出した明莉はいい笑顔。
    「小向、ここはこの布を足してだな……」
     生地の端材をこうしてこうして、と適当にアドバイスをして見せれば、不思議な植物がさらなる進化を遂げていた。
     その隣では杏子が楽しそうに作業を続けている。
     淡い紫の生地を少しだけ先をとがらせた丸つまみでカンパニュラを作る。これを釣鐘型にするにはー。とスマホで調べながら、
    「オブジェにね、まあるい玉飾りと、小さな白い花っ!」
     と白い生地も丸つまみの小さい花弁に変えてゆく。
     あとは形を整えて。というところで鋏は手が届かない場所に。どうしようときょろきょろしていたら、ちょうど暇そうにしている人と目が合った。
    「あかりん部長、あそこのはさみ取ってーっ」
     彼が差し出す鋏を受け取りお礼を告げて。
    「ざんしょ先輩っ、何作るか決まっ……」
     隣の残暑に聞いてみるが、手元を見てびっくり。何とも愉快な花が咲いていた。
     ピンクの生地で大きさも形も様々な花びらを作り出した陽司。接着する前にさっと仮組で並べた手元には見事な胡蝶蘭の花。
     花言葉は『あなたを愛しています』。彼女へと贈り物となる花だ。
     輝乃は黙々と白い生地と桜色の生地を丸つまみ。これはコブシと桜。
     一緒に作ろうと思っていたスイートピーと昼顔はつまみ細工では作れなさそうだが、ディップアートでなら再現できると解って、ディップ液につけた花を乾燥中。
     『友情』『思い出』『絆』はそれぞれの花の花言葉。そこに桜が加わっているのはクラブの名前だから。
     コブシと桜の花弁のうち4枚はそれぞれの花の色で。あと一枚は勿忘草と純白色の生地を合わせた。
     この生地のことを知っているのは灯莉と杏子だ。
     一方の脇差。仲間が楽しそうに作業をしているのを眺めつつ、道具を手に悩んでいた。
    (「一体何を作ったものか」)
     そんな脇差を彼に返したのは、
    「脇差センパイ、さっきから悩んでるみたいですけどどーしたんですか!」
     陽司の声。
    「いや順調だ、順調だぞ?」
     と、目をそらしついでに生地に鋏を入れる脇差のわき腹をツンツンする灯莉。
    「こら木元、邪魔すんなって!」
     身を捩らせて抵抗した結果、切り出した布は無残な長方形。
    「はぁ……やれやれだぜ」
     出来得る限り小さな花弁を生み出してゆく渚緒。この細かい仕事は小さな花が寄り集まる小手鞠を生み出すため。
     手元の小さな桜色のビーズは仕上げに小花の上に散らすためのもの。
     出来上がった小手鞠は値付けにするつもりだ。
     紗里亜が選んだ花はハナミズキ。自身の誕生花であるその花言葉は『永続性』、『返礼』、そして『私の想いを受けて下さい』。
     相手に対する誠実さが滲む言葉が気に入っている。
     どんなシーンでもつけていけるコサージュにと、ハナミズキの花弁のように見える総苞を慣れた手つきで丁寧に作り出してゆく。
     その隣では千尋が、教えてもらった作り方を反芻しつつ教本を見ながら花弁を一枚一枚作っていくが、
    「……なかなか神経を使うなぁ」
     とプチ悪戦苦闘。
     そんな千尋が作る花はトルコキキョウ。チョコレートと共に彼へ送る。
     『希望』『よき語らい』『優美』『思いやり』……花言葉は色々あるけど、どれもポジティブで素敵な言葉ばかり。と、ワイヤーに乗せる色――白やピンク、そして紫のボトルを選び取った。
     ペンに巻いたワイヤーを広げれば一重咲きの花が生まれる。その花と次々生み出しながら伊織は、皆の楽しげな様子に小さく笑み。
    (「色は何がえぇやろか……」)
     紫、赤とボトルの蓋を指で突いたが、ピンク系のボトルを何本か寄せる。グラデーションにするのだ。
     作るのは、鮮やかな小花がまあるく集まるゼラニウム。
    「諫早さんは和のイメージが強いから、つまみ細工かと思ってたー」
     伊織の後ろからぬっと顔を出したのは明莉。細やかな手仕事にほうっと溜息。
     同時に同じように息をついた杏子。伊織と渚緒の丁寧な手仕事は参考になる。
     そんな仲間たちを見ながら、そろそろ作り始めないと息をついた脇差の視界に入ってきたのは、
    「脇差は覚えている? あなたの闇堕ち救出依頼の時に、この着流しを着ていたの」
     輝乃の華奢な指の先。束ねられた花に見覚えのある淡い色。
    「……覚えてる」
     それは曖昧な視界の中、揺れた袖の色。
     ありのままの脇差を待ってると抱きしめてくれた細腕の力強さと温もり。
     忘れるわけがない。
     あの瞬間から彼女が、この心をとらえて離さないでいる。
    「あの時がこの服の起源なんだよ。ひとりじゃないよ、大事な友達だよ。って伝えてたくて、この着流しを作ったんだ」
     勿忘草の花言葉の中に『真実の友情』があったから。
     それはあの時、輝乃が彼にどうしても伝えたかった言葉だったのだ。
     その花に目を落としていた脇差。ふと顔をあげ輝乃と目を合わせ。
    「……ありがとうな。琶咲達の想いに俺は救われたんだ」
    「いい機会だからこの時に伝えようと思って。どういたしまして」
     脇差の偽りのない気持ちは輝乃を微笑ませた。
     彼女と言葉を交わし、未だ伝えられぬ想いの欠片は脇差の手を花を生み出す手に変えた。
     赤と白の生地を剣抓みにし、勿忘草色の生地は丸つまみ。作る花は赤白の菊と勿忘草。
     それは脇差の心の『真実の愛』。
     ふと伊織が顔をあげれば、皆の真剣な顔。
     籠める想いは人それぞれ。だけどどれも大切な気持ち。
    「ほんま、想いの花、やね」
     ピンクの可愛い花をグリーンのテープで纏めながら思い浮かべるのは、大切な妹。
     この透き通った花に親愛と信頼を込めて――。
     自分の鞄に飾るためにピンクリップに花を固定して。できたっと杏子の明るい声が跳ねた。
    「キョンはカンパニュラだっけ、どんな花言葉なの?」
    「カンパニュラの花言葉はね『誠実』。この気持ちを忘れた人は、全部なくしちゃうなの」
     と陽司に尋ねられ、答えた杏子は出来上がった花を手に目を細める。
     そういうのは自業自得だけど、悲しい。
    「ふむふむ、キョンのタイプは『誠実』な人かな?」
     と、心にメモをする千尋。
    「輝乃ちゃんやキョンちゃんがお花に込めた気持ちはとっても素敵だね」
     と渚緒が褒めれば、照れる輝乃と笑顔の杏子。
    「わたくし、いっぱい失敗して何だかわかってきましたわ!」
     失敗も大切ですわね。と胸を張る残暑の前には花らしきものが9つ。
    「皆様にさし上げますわ!」
     と、配られるそれに、みんなそれぞれの笑顔。
    「小向ちゃんのお花はなんとも個性的……!」
    「残暑のそういう前向きなとこ、いいなって思う人がきっと見つかると思うよ」
     渚緒と千尋も思わず笑んだ。
     そんな千尋に、お声がかかる。
    「千尋さん、ちょっとここが分かんないんスけど……」
     陽司が花の重ね順にてこずっていたが、手ほどきを受けるとあっという間にコツを得て、連なる胡蝶蘭が咲き誇る。
    「ぐ、あんま形良くないな……でも、花言葉の勉強になったし、楽しかった!」
     満足げの陽司。
     渚緒も出来上がった根付を持ち上げ、出来を確認する。
     『友情』の花言葉通り寄り集まった小花。そして輝く桜のひかり。
    「糸括に集まった皆と紡ぐ日々。いつまでも咲くこの花たちの様に楽しい思い出がこれからも続いていくといいな」
    「……そか。皆きっとこの部で教養を得てるんだと思う。主にネタキャラ化的な」
     仲間たちの作業を見守っていた灯莉は渚緒の方をポンと叩くと、桜色の生地から15枚の正方形を切り出し始めた。それは糸括の花びらの数。
     紗里亜も出来上がったハナミズキを手に、皆のキラキラした笑顔が嬉しくて。
     上手下手ではなく、出来上がった形そのものが皆の心。
     ちなみに、糸括の花言葉は『良い教育』――。

     いつかの芸術発表会で彼女から手芸を教わったが、両の手の指に絆創膏が貼られなかった指はなかったという逸話を持つ紫月……の指には、針。
     敢えて鬼門である針仕事の『縫いつまみ細工』に挑戦するのは、愛する彼女のため。
     大きな白の生地を折りたたみ、眉間に皺を寄せながら一針一針と心を込めて慎重に縫い進めてゆくが――。
    「痛……」
     案の定。
     反射的に引っ込めた指から滲む血が白い花を汚さないように、脇に置いていたティッシュでそっとぬぐい、紫月はめげずにまた針を進めてゆく。
     完成までに何度針で指を刺したかわからないが、やっと針を通し終えた五枚の花弁の、最後の花弁と最初の花弁を縫い合わせ、きつく引いて玉止めをすれば。
     手のひらには清らかな白の桔梗の花。
     小さく安堵の息を漏らした紫月。あとは手際よく髪留めの金具に花をつけてゆく。
     そして桔梗の花の中心にパールビーズを乗せれば、白桔梗の髪飾りの完成だ。
     花言葉は『永遠の愛』。
     今も、そしてこれからの未来も紫月の心は揺れる事は無い。
    (「あの人、喜ぶかな」)
     白桔梗は和紙張りの小箱の中で、彼女のものとなるその時を待つ。

     遠くに仲間たちの賑やかな声を聞きながら、隅也は黙々とピンク色の花弁を生み出していた。
    「(それなりに手先は器用な方と思っていたが……)」
     切り出したときには大きく見えたその生地も、折りたためばやはり小さく、細やかな作業になる。そのうえ初挑戦ということもあり、なかなか思うように作れずにいた。
    「……思いのほか、難しいものだ……」
     眉間に皺を寄せて作るのは丸つまみ。接着剤で止めた細長いものと短いものを、クリアシートの上で乾燥させる。
     厚紙に緑色の花托。その上にピンクの花びらを丁寧に乗せていき、中央に黄色と緑の輪をパールビーズで描けば、一輪のガーベラが花開く。
     一輪咲かせてコツを得たのか、今度は少しだけ慣れた手つきであともう二輪生み出した。
     この三輪に想いを託す『感謝』。
     そして『希望』と『前進』。
     ここに来てもうすぐ一年。ふと思うのは『家族』のこと。
     今も元気にしているだろうか――。

     最後にひょっこりと教室を覗き見た未知は、知り合いがいないことを確認すると教室の一番隅っこに着いた。ビハインドの大和も彼の隣に腰を下ろす。
    「花近さんと千星さんお久しぶり!」
    「あ、未知くんだー」
     自分の作品を作り終えたばかりの花近が返事を返すと、材料や道具の片付けに入っていた千星が、
    「店じまい前だ。セーフだったな」
     と、そのまま未知と大和の元へ。
     花近も出来上がった桜の花をとりあえず頭に付けてやってきた。つまみ細工のコサージュだ。
    「花近さんはお菓子作りも出来るんだっけ? 手芸も料理も出来るとは何気に女子力高いんだな」
     褒められ、思わず照れて顔をほころばせる花近。
    「千星さん良ければつまみ細工教えて!」
    「あぁ、わたしでよければ喜んで」
     と、千星は未知と大和の前に、つまみ細工の材料を広げ始めた。
    「で、榎・未知は何を作るんだ?」
    「んー、ネクタイピン作ろうかなと。あげたい相手が今年から社会人でさ、スーツとか着るんだろうなってことで、七色の花のデザインで作りたいんだけど初心者の俺でも出来るかなぁ?」
     その人のイメージカラーが虹だからさ。と、彼を想えばほんのり染まる未知の頬。
    「最初は皆初心者。いびつであっても心がこもっていれば、喜んでもらえるさ」
     と千星が見繕ったのは、1センチ5ミリ四方の淡い色合いの七色。これを折りたたむとなるとかなり細やかな作業となる。
     千星が見本で一枚つくると、その花弁の小ささに一瞬、うっと尻込みをした未知だったが、気合を入れて作り始める。
    「……うぅ、小さいからやっぱ難しい……あ、糊はみ出た」
     指先を接着剤でベタベタにしながらも頑張れるのは、彼の喜ぶ顔が見たいから。
     喜んでくれるかな。気に入ってくれるかな。これ付けたスーツ姿は絶対にかっこいいんだろうな。
     想像するだけで、嬉しくて。早く完成させたくなる。
     そんな未知の嬉しそうな楽しそうな様子を複雑そうに見ていた大和だったが、
    「大和、そこのピンセット取って!」
     指示されてはっと我に返り、未知にピンセットを手渡した。
     タイピンの土台に次々に咲き出してゆく七色の花。
     この花が、愛しい人とずっと共にありますように――。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月13日
    難度:簡単
    参加:17人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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