バレンタインデー2018~だいすきなきみへ

    作者:夕狩こあら

     最近、武蔵坂学園では固くハチマキを結んだ者が灼滅者達に声を掛け回っているという。
    「姉御、バレンタインデーの準備は万端っスか?」
     日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)だ。
     彼は丸眼鏡の奥の翠瞳をキラリ輝かせて迫り、
    「自分、三下の身分で出過ぎた事を言うようッスが、灼滅者の兄貴と姉御には完璧なバレンタインデーを迎えて頂きたいんス!」
    「そんな大仰な……」
     隣を歩く別なる者がそう言えば、ノビルは更にギラリと瞳を光らせて言を足す。
    「いやいや、そんな兄貴こそ、『大切な人に指輪を贈りたい』なんて零してたっすけど、肝心の指のサイズは調査済みなんスか?」
    「おっ、と」
    「そして姉御は、大好きなアノ人に渡すプレゼント、まだ迷ってたっすよね!」
    「え、ええ……」
     返事に戸惑う灼滅者達に、ノビルはスッとプリントを見せ、
    「そこで提案っす! 贈り物なら何でも揃うデパートに買い物ツアーに行くッスよ!」
    「デパート?」
    「そう、百貨店と呼ばれるかの場所には、贈り物に相応しいアイテムが、そう、ざっと百種類はある筈っす。兄貴や姉御が『贈りたい』と思える逸品がきっとあるッスよ!」
     ちょうど今なら、厳寒を凌ぐ為の手袋やマフラーをはじめ、バレンタインを意識したアクセサリーが充実していよう。また地下街には高級チョコレートが宝石の様に並んでおり、甘い香りが財布の紐を緩めさせるに違いない。
    「私、まだ何にするか全然決まってないわ……」
     どうしよう、と迷う一人にノビルはそっと耳打ちして、
    「ぐふふ。そういう時は『私をア・ゲ・ル♪』って自分をプレゼントすればイイんすよ。セクシーなランジェリー選びだったら、自分が是非お供に……」
    「ダメよノビちゃん。そういうのは女の子同士、秘密のお買い物なんだから」
     と、ここで槇南・マキノ(仏像・dn0245)が彼の煩悩を断ち切るように割り入る。
     彼女はふわり笑って、
    「特定の人が決まってなくても、普段お世話になっている人達に、感謝のチョコレートを配るのも良いわ。ね、選びに行きましょうよ」
    「義理チョコ、友チョコって言われるやつですね」
    「自分用にも欲しいかも……」
     ショッピングの話で盛り上がるのは、やっぱり女子ならでは。
     ノビルはその気になってきた皆々に改めてプリントを渡し、
    「最高のバレンタインデーにすべく、いざ、出陣っす!」
     まるで戦場へと送り出すように――ビシリ敬礼を捧げた。


    ■リプレイ


     熱気が満つ百貨店。
     はぐれないように、とは口実だろうか――理央と燈は手と手をぎゅっと握りつつ、上質な雑貨を見て回る。
     何かお揃いのものをと探していた二人は、シックな腕時計に目を留めて、
    「あ、これとか理央似合いそー」
    「ほんとだ。すっごく素敵」
     驚くほど腕に馴染むそれに見開く瞳には、同様にベルトを巻く燈の微笑が飛び込んで。
    「理央もびっくりしちゃうカッコイイ女の人を目指すんだぁ」
     どう、似合う? と。
     その一瞬が愛おしい。
    「フフ。そうだね、燈はどんな大人になるのかな」
     この時計が長く時を刻んでいくように、僕達もずっと幸せであれたら――針を見る黒瞳が柔かく細んだ。
     未知が緊張しているのは、瀟洒な宝飾店の雰囲気か、居並ぶペアリングのマリッジ感か、或いはその両方。
    「デザインはシンプルなもので。金と銀で違う色味を持つのもいいかも」
    「お前が気に入ったもので良いよ」
     ニコはショーケースに映る恋人にそっと声を置いて、
    「処でどちらの指に嵌める」
    「ひ、左だといかにもだし、ここは右だろ!」
    「ドイツでは結婚指輪を右の薬指に嵌めるが」
    「マジで?」
     吃驚する未知は、彼が秘める緊張を知るまい。
     面映い空気が胸を擽る中、悩み抜いた末、白磁の指が差し出された。
     ラグジュアリーな空気に気後れしつつ、仲間へのプレゼントを見繕う雄哉は、購入した品々をアイテムポケットへ。
    「自分でもどうかと思いますけどね」
     と苦笑を零しつつ、その足は次の店に。
    「今回の予算、及び集合地点を確認」
    「時計を合わせる……です……!」
     仙隊長が点呼し、噤隊員らが腕時計の針を揃える。
    「ほんまに戦場みたいやなぁ」
    「聖戦の前哨戦だぜぇ」
     保隊員が混雑に感嘆する隣、煌希隊員は気炎万丈と爪先を弾き、
    「この中でソロハントってつらくない……あ、もういない!?」
     静隊員、出遅れる。
     時間内に交換用のプレゼントを探す――散開した面々は忽ち任務に移り、
    「迷子にならないでよ?」
     仙隊長が無事を祈る中、精鋭が走る。
    「百貨店には大概EV前にフロアガイドがある。つまりEVさえ見失わなければ……!」
    「地下から上階に向かって……攻略です……」
     煌希隊員は季節の品を、噤隊員は定番のチョコレートも忘れずに。
    「うーん、かいらしいのと、綺麗なのと……」
     保は目に留まる小物を手に、悩みつつ吟味を重ねる。
    「待って誰か……鼻が……」
     化粧品の香りに機動力を削がれた静隊員、その脇腹にはドス、と鈍器がめり込んで、
    「はい、本命ー!」
     ゲリラか? テロか? いやファムだ!
    「ふぁ、ふぁむう……」
    「ココのチョコ、ヤスイ選んでもキレイなラッピングで本命みたい!」
     見れば、出会う知人にチョコをポイポイ渡している様で、本命発言に肩透かしを食らった彼も、孤独が和らいだのは確か。
    「これ紫崎君に似合いそうじゃない?」
    「お前な。俺のはいいから、さっさと買いてぇもん買っちまえよ」
    「むぅ、わかってるよー」
     家族へのプレゼントを見に来た筈の澪、その荷物持ちと護衛に同行した宗田は、ふとシルバーアクセに伸びる手に呆れた様な溜息。
     蓋し澪が可愛い花のブローチに惹かれた一瞬を見逃さなかった彼は、店を出る間際にそれを渡して、
    「えっ、買っ……えっ!?」
    「るせぇ、気分だ気分。いいから行くぞ」
    「……あ、アリガト」
     先行く彼の背を、面映い声が追いかけた。
    「はい、マキノさんにも!」
     と、マネキンに包みを渡した時、ファムは自分用のお高めチョコが無い事に気付く。
    「乙女のハートは何処へ?」
    「まさか誰かに奪……!」
     マキノとノビルが胸を弾ませる中、本人はペロッと舌を出して開き直り、
    「ま、いっか!」
     嗚呼、恋は遠い。
     仲の良い友達に美味しい贈り物を――そんなヒトハの想いに応えた優は颯爽と人波を縫って、
    「手を繋いでおけば、人混みも怖くないからね」
    「えへへ……神無月様に手を繋いで貰えるです」
     これにはヒトハも笑顔を零し、優が導く地下に向かった。


    「どれにすべきか……」
     大混雑のデパ地下、隅也が呟き探すはチョコレートアソート。
     数の分だけ家族の顔を思い起しつつ、寡黙は喧噪を風の如く擦り抜ける。
     甘い薫香が鼻を擽る中、別なる香気へと進むは陽司。
    「まぁ、お花を贈るのね」
    「少し照れくさいけど、自分の気持ちを正直に伝えたくて」
     彼は色彩の海に浮かぶ花言葉を吟味しながら、桃色の胡蝶蘭に手を伸ばす。
    「あなたを愛します、愛していますって……いつも口で伝えられたら、一番なんでしょうけど」
     その真剣には、彼女に代わってマキノとノビルが頬を赤らめ、
    「なんて素敵」
    「純愛ッス!」
     きっと訪れる幸福を応援した。
    「トーヤは僕のスペシャルデラックスなハンドメイドを心して待つといいよ」
     本命の桃夜には手作りと決めているクリスに対し、桃夜は折角の機会だからとチョコとハートの空間を巡る。
    「量があるもの、もしくはでっかいものがいいな~」
     何より良いものを、と零れる独り言が愛おしい。
     その真剣を妨げぬようクリスが視線を逸らす間、桃夜はじっくりショーケースを見て回り、
    「ん~、ケーキもいいけど、5号はちっちゃい……はらぺこクリスなら一口だよね」
     呟きつつ。
    「あっ、これいいんじゃない? 13号の、しかも2段! クリスなら二、三口かな?」
     呟きつつ。
     有名な洋菓子店のチョコレートケーキに瞳が留まったよう。
    「えっ嘘そんなデカイの買ってくれるの?? めっちゃ嬉しいよ」
     瞳をキラキラ輝かせるクリスの隣、桃夜は丁寧に箱に包まれるそれを受け取って、
    「帰ったら食べさせてあげるね」
     果たしてクリスが何口で食べたかは、二人だけの秘密。
     時にヒトハは、屈指の品揃えに大いに悩んで。
    「沢山あって選べないです……」
     全部あげたら虫歯になるとか、太るとか。
     むぅ、と呻る彼に優は「いっそ作ったら」と提案し、
    「タンポポのお浸しとか蝗の佃煮とか上手じゃないの」
    「あれは慣れてるだけで、元々はぶきっちょですし……きっと下手っぴになるです」
     尚も俯くヒトハを、更に二つの影が応援する。
    「ヒトハ君の初挑戦、きっと優先輩が支えてくれるわ」
    「、槙南様」(びくっ)
    「道具も材料も完璧に見繕って貰えるッスよ!」
    「日下部様……」(おどおど)
     大切な相手にはとことん優しい彼だから――そう背中を押されたヒトハは、「行こう」と差し出る手をきゅ、と摑んで材料売り場に向かった。
     今年はプロの逸品をとミルドレッドがフロアを巡る傍ら、店員に小声で問う翠。
    「身長153cmの原寸大チョコはおいくらでできますですか?」
    「……何聞いてるの??」
    「な、なんでもないのですよ?」
     そう言を濁すものの、「チョコもわたしも食べて欲しい」という想いが滲めば、恋人は「大歓迎」だと咲んで、
    「ボクは翠をチョコみたいに舐めればいいのかな?」
    「そ、それなら、フォンデュにできるの探すのです!」
     ふわり揺れる銀のツインテールに、向日葵を挿した可憐も綻んだ。
     通路を挟んだ向こうでは、深隼と蒼空が共通の友人への贈り物を探している。
     甘い芳香の中、緊張を秘めた深隼を爛漫が袖引いて、
    「先輩、あの猫の形をしたチョコはどうですか?」
    「あ、確かにええなぁー、それでいこか!」
     彼女が包装を待つ間、ふと目に留まった一品は君の為に……とは、まだ秘密。
    「バレンタイン商戦期の百貨店って本当にすごいな」
    「素敵なもので溢れてるから、とっておきを探そうとする人でごった返しね」
     先に幾つかの紙袋を提げて一同の集合を待っていた葉月が、急流に揉まれる一葉の如く人波に翻弄される千波耶を救い出す。
     人混みが決して得意ではない彼女も何とか買物を済ませた様だが(意地で)、約束の場所に辿り着いた時には酷く疲れており、
    「ヤナも、ひと、いっぱいは苦手……おつかれさま」
     顰められた儘の柳眉を慰める夜奈も、つい先程まで同じ表情だった一人。
     漸う集まる仲間を確認していたまり花は、ふと紫瞳を丸くして、
    「おや、錠はん……今お店から出てきはったような……」
     わぁ、と驚嘆が挙がったのは、我等が部長の洗練された姿にであろう。
     3ピースのブラウンスーツに、長い前髪を後ろに流した彼は上質を漂わせ、
    「いつもとちがう感じ……とっても大人なのです…!」
    「俺も成人してっし、場所柄こういうカッコもするよ」
    「うん、カッコイイ。すごく似合ってるわ!」
     朋恵の瞳は吃驚に輝いてキラキラと、時生も意外性に胸を弾ませ、満面の咲み。
    「……あとはノビちゃんなんだけど」
     この輪に当然と加わっていたマキノが時計を見た時だった。

     ――ご来店中のお客様にお知らせ致します。
     ――武蔵坂軽音部の皆様、日下部様がお待ちです……総合案内所に……。

    「? 店内アナウンス、なのです……」
    「あいつ、企画者なのに迷子になったのか」
     朋恵が声を降らせる天井を見詰め、葉月は金糸の髪をくしゃりと天を仰ぐ。
    「こんな人混みで一人ぼっちになって、おいたわしや」
    「ノビルの、ばか、ばか」
     まり花が不安気に頬へ手を添える隣、夜奈がやや頬染めて悪態を吐くのも無理はない。
     見れば千波耶も時生も恥ずかしそうに、
    「こんな大勢の中で『軽音部の皆様』って呼ばれるなんて……」
    「何だか私達の方が迷子になったみたいじゃない」
     まるで身内のように……いや、身内だからこそ含羞も一入。
     錠は繰り返される音声案内にくつくつ笑うと、
    「手ェかかる部員を迎えに行ってやっか」
     と、天井を指差した。


    「折角のバレンタイン、甘いの食べに行きたいなぁ」
     と燈が指差したのは、目下チョコレートフェア開催中の喫茶店。
     これに理央は「成程」と頷いて、
    「丁度、僕も休憩したかった処だ。喜んでエスコートさせて頂きましょう、お姫様?」
     そっと重なる手の温もりを香気に連れた。
     宝飾店で妙な汗をかいた未知とニコは、今は甘味処で休憩中。
    「抹茶好きな未知に、格別なソフトクリームをご馳走してあげたくてな」
    「濃厚で凄く美味しい! ニコさん良い店知ってるな」
     暫し好物を堪能した未知は、己を見守るニコにふと言ちて、
    「指輪、薬指以外でも良かったんじゃ……」
     蓋し遅い。
     右の薬指を飾る光環が、咲む様に煌いていた。
     宗田が珈琲を口に含んだ処で、澪が先のブレスレットを差し出す。
    「あ? 結局買ったのかよ」
    「ただのお礼、だから」
     それは素直になれない澪の精一杯。
    「俺がなにしたっつーんだ」
    「いっ、いらないなら使わなきゃいいじゃん?」
    「わかったわかった」
     悪態を吐きつつ「ありがとな」と腕に巻く宗田。彼の肌に触れるメッセージに、澪自身が気付くのは……もう少し未来の話。
     人混みに疲れた身を紅茶に労う雄哉は、然し溜息でなく感謝を口にして。
    「今更ですが……僕を見つけて下さって、ありがとうございました」
     その声にマキノは安堵し、ノビルは潤む。
    「うおお良かったッス!」
    「私達にまで……こちらこそ、ありがとう」
     二人は苺チョコレートを、無事の証と受け取った。
     綺麗な小箱を隣に、紙とガラスペンを卓に出した隅也は、贈り物に添える手紙を書く。
    (「今はまだ勇気が出ないが、いつか家族に直接、自分の事を話したい――」)
     彼は常に我が身を気にかけてくれた、己が決心を温かく受け容れてくれた家族への感謝を反芻し、心を込め、黙々とペンを走らせた。
    「さ、お披露目タイムだ」
     珈琲の深みに慰労を得た仙が、卓に戦利品を置く。
     萱草色の皮編みキーホルダーをベースに、アンモナイトと空のガラスドームのチャーム――ジオメトリック立体は自身の趣味か、
    「じゃらっとしていると宝物っぽいだろう?」
    「すごいきれいやなぁ」
     これに嘆声を零した保は、手元の紙袋から花のカードとふかふか兎のストラップを取り出す。
    「それから、これも」
     と出てきた小さなチョコレートが、気遣い屋の彼らしい。
     その保とお揃いのホットチョコを頼んだ噤はというと、
    「星と月に小さな鍵のついたストラップを包んでもらいました……」
     わぁ、と集まる視線に身を縮め、照れたよう。
     アメリカンを片手に、煌希は自分の番だと小箱を開けて、
    「俺は寄木細工のアクセサリーホルダーと、富士山型ストラップだぜえ」
    「好みの柄だなぁ……僕としてはどれも大当たりだよ」
     同じ和モノだと順を継いだ静は、シナモンティーの隣にちりめん細工のストラップを置く。「らしいねぇ」と挙がる声が嬉しい。
    「さて誰が誰の品を引き当てるか」
    「箱に入れて、ぐるぐる回して……どきどきするねぇ」
     煌希と保が準備を進める中、そっと目配せを交した噤と仙は別なる紙袋を取り出して、
    「仙先輩と私から……ちょっと早いですが……です……!」
    「男子が買いにくそうなものを選んでみたよ?」
    「あっマカロン!」
     待ってたとは言うまいが、静が男性陣を代表して喜ぶ。
     一同は全てのミッションを大成功に収めたようだ。
     喫茶女子の会話は斯くも甘く華やか。
    「あ、このイチゴのタルト、おいしい。みんなのは?」
    「わたしは珈琲とザッハトルテ。疲れが吹き飛ぶ組み合せよ」
     瞳を星と輝かせる夜奈、彼女を見るだに癒される千波耶もぱくり、一口。
     朋恵は湯気立つマグに至福の笑みを隠しつつ、
    「季節限定のホットチョコレート、飲んでみたかったのです……」
     まり花は抹茶のフォンダンショコラを串にそっと割って。
    「とろーり甘い中に忍ぶ和の心……マキノはん、こういうの好きやないかぇ?」
    「! 何故それを」
    「ほい、友ちょこや」
     つくんと挿した一口をマキノに、更に一口を時生に。
    「ん~、美味しい! 甘さとほろ苦さが絶妙ね」
     甘味が巡れば、笑顔が繋がって、
    「お返しに、このしっとりホワイトチョコケーキ苺添えを」
    「あたしのも、どうぞなのですっ」
    「ヤナのも、いる?」
    「ふふ、まるで交換会ね」
     千波耶が笑みを零す傍ら、葉月もケーキ談義に瞳を細める。
    「俺はこういうずっしりしたケーキが割と好きだなぁ。仄かに香るラムの風味がこれまた」
     彼がブラックの深味を引き立てるナッツたっぷりブラウニーを口に運べば、錠は未だ手付かずのアインシュベナーに靨笑して、
    「お前ら見てたら、シェイプチョコが『早く食べろ』って言ってる」
     と、やっと一口。
     そう、皆で囲む甘味は卓を尚も饒舌に、次は買物談義と話は尽きない。
     朋恵が披露した色彩豊かなチョコレートは宛ら宝箱か、
    「えへへ、いっぱい配る用にチョコレートを見てたら、あたしも食べたくなっちゃって。別のもたくさん買っちゃいましたのです……!」
     対角に座る葉月は紙袋を持ち上げて嫣然をひとつ。
    「贈答用と別に自分用にもチョコアソートを、あとは恋人に……何を買ったかは、内緒」
     そのブランドロゴを見た時生は納得の表情を浮かべて、
    「私も自分用にトリュフ買っちゃった。とても美味しそうだったんだもの……」
    「この時期は限定品とかあって選ぶのも大変よね」
     迷う楽しさもあると頷いた千波耶は、「さっきのあれ、やっぱり買って帰ろうかな」なんて考えている。
     各々の個性を楽しんだまり花は、冬小物を取り出して。
    「うちはちょこと一緒に、これを買ってきたんよ。冷えた心を温めてくれますようにってなぁ」
    「手袋、かぁ。今の時期、あったかくて、いいね」
     ふんわり笑みを添えた夜奈はというと、袋の中は製菓材料に包装紙と、手元に残る物は何も無い。
    (「ヤナは、今の戦いが終わったら――ジェードゥシカに、会いに、いきたいから」)
     唯、旅立ちを覚悟しつつも得たものの多さは痛感していて、
    「毎年手作りしているけれど、豊富な品揃えに選ぶのさえ楽しかったわ」
     共に手作りコーナーを回った時生の優しさも。
    「みなさんのバレンタインデー、うまくいきますようになのです」
     そっと願を掛ける朋恵の純真も愛おしい。
    「……姉御?」
     気付けば返事を失っていたか、マフラーぐるぐるのノビルが迫れば、青瞳は慌てて逸れ、
    「ジョーは何、かったの?」
    「俺? 俺はこれからだな」
     これに錠は卓をまるっと囲んで微笑する。
     全てのオーダーは彼の奢りで――。
    「大好きなお前らに、ハッピーバレンタイン」
     またも零れる嘆声に、今度はいつもの悪戯な笑みが溢れた。
     ミルドレッドが足を休める中、翠が注文したのは特大のエクレア。
    「さ、ミリーさん、反対側から食べ進めていくのですよー♪」
    「面白そうではあるけど……ほんとに大きくない?」
     両側から食べ合うとはポッキーゲームの様だが、笑顔に促す恋人は気合十分、
    「……途中でクリーム零さないようにね?」
     ぱくっ、と先ずは一口。
     本番前のデートも、二人の愛は弾け飛ぶようだった。
     時に深隼は、先に購入した薔薇のチョコレートを差し出して、
    「蒼空ちゃんにぴったりやと思って」
    「嬉しい……大切に食べますね!」
     之に驚いた蒼空は、用意したプレゼントに飛び切りの笑顔を添える。
    「お菓子作りの得意な先輩に安易なものも、手作りも渡せなくて……ブレスレットを」
    「うわぁ、鳥をモチーフにした……ありがとうなぁー。大事にするわ」
     瞳を細めた深隼は更に言を継いで、
    「バレンタイン当日は、腕によりをかけて美味しいもん作るから」
    「ふふ、私のパティシエさんのケーキ、楽しみにしてますっ」
     彼女の好物であるラズベリーケーキを約束した。

     さぁ、明日はいよいよバレンタインデー。
     皆が、世界が。
     素敵な思い出に包まれますように――。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月13日
    難度:簡単
    参加:31人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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