民間活動~碧血丹心「救出篇」

    作者:夕狩こあら

    「嗚呼、何て事だ。ヒマリ様をおひとりにさせてしまうなど……」
     お母上を亡くしてから笑顔がなくなったヒマリ様。
     足が不自由で、私なくしては外の景色も見られなかったヒマリ様。
    「私は常にお傍でお仕えしなくてはならなかったのに。執事失格だ……」
     主を失った僕が、がらんどうになった屋敷を出て幾許。
     常に少女の車椅子のハンドルを握っていた手は寂しく虚しく漂って、時折、空っぽの胸を抱き締める。
    「ハジは直ぐにも参ります。またお傍に居させて下さい」
     何せ、とても寂しがり屋な少女なのだ。
     最近は、多忙な父親が久しぶりに帰って来るという知らせに、喜びと期待で頬を紅潮させていた――その恥かむような笑顔を、生涯守ろうと誓ったものだ。
     青年はそこで顔を上げ、多くの人を吐き出しては飲み込んでいく駅を見遣る。
    「……ええ、ええ。お父上もお連れいたしましょう」
     近しい者の血なら、尚のこと喜ばれる。
     ヒマリ様は、お父上の血を浴びて人性を棄てた己を、更なる強靭を得た己を、きっと受け入れて下さる――。
    「ハジは必ず参ります。今度は常闇でお仕えすべく」
     そう呟いた青年が捉えたのは、駅前のロータリーに向かう壮年の紳士。
     自身も久方に見る主人の姿に、憧憬を込めて手刀を振り下ろした――その時。
    「ハジよ。主が呼んでいる。私と共に来たまえ」
     黒翼の羽音が冴撃を遮り、青年を空へと連れ去った。

     サイキック・リベレイターの投票の結果、灼滅者は民間活動に舵を切る事となり、それと同時、サイキック・リベレイターを使用しなかった事で、エクスブレインらが予知を行えるようになった。
     それ故に現在は多くの予知が齎されているが、日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)が教室に持ってきた情報は、そのうちヴァンパイア勢力に関するものだ。
    「勢力も戦力も未だ精強なヴァンパイア勢は、闇堕ち一般人を配下化する事で戦力の拡充を図っているらしく、今、一般人の闇堕ちが発生してるっす」
     どうやらヴァンパイア達は、『闇堕ちした一般人が事件を起こす前に察知し、回収部隊が確保して連れ去る』事で、武蔵坂学園の介入を避けながら戦力を増やしていたようだ。
    「いま最も強力な組織が、更に拡充するとなると厄介だな」
    「押忍。そこで灼滅者の兄貴と姉御には、当該の闇堕ち一般人への対処と、回収に来るヴァンパイアの迎撃を、2チームに分かれて遂行して欲しいんス!」
     この事件は『闇堕ちした一般人に対処するチーム』と、『闇堕ちした一般人を確保しようとやってくるヴァンパイアを迎撃して撃破するチーム』で行う。
    「で、兄貴らは闇堕ち一般人対応チーム(救出班)っす!」
    「分かった」
     今回の事件で闇堕ちするのは、先に闇堕ちして吸血鬼になった少女の側仕えの者。
     ヴァンパイア達は、この少女を通じて闇堕ちする者の情報を得、回収に来ようとしているのだ。
    「件の青年は、自分を回収しに来るヴァンパイア達の気配を本能的に感じ取ってもいて、その危険に対処する為にパワーアップしようとしてるっす」
    「で、自分が仕える主人の血を利用し、完全に闇堕ちしようとしている訳か」
    「……都合の良い、勝手な理由で恩人を殺そうとしてるンすよ……」
     勿論、このような凄惨を見逃す事はできない。
     光宿る瞳に意思を確認したノビルは口を開いて、
    「兄貴らには、青年が事件を起こす駅に向かい、襲撃を阻止し、可能なら説得を行って連れ戻して欲しいッス!」
     ヴァンパイア勢力の増強を阻むと同時、一人の青年を救って欲しい――そう願い出る丸眼鏡に是の頷きが返る。
    「青年の名前は、土師・柊悟(はじ・とうご)。元々は少女の屋敷の近所に住んでいた少年だったんすけど、彼女の遊び相手をするうちに面倒見の良さを買われ、中学を卒業してからは正式に彼女の世話人になってたみたいっすね」
     彼を認めたのはヒマリの父。故に柊悟が彼に近寄るのは容易い。
    「柊悟はダンピールに類似するサイキックと、そこらへんにある標識をブッコ抜いて攻撃してくる筈っす」
     戦闘時のポジションはクラッシャー。
     闇堕ちしたばかりのヴァンパイア故に、幾多の激戦を繰り広げてきた灼滅者にとって、彼は然程強敵にはなるまい。
    「なので今回は、周囲に被害が出ない範囲で『被害者や関係者に事件を目撃させる作戦』を行なう余裕があると思うんス」
    「民間活動を行うって事だな」
     バベルの鎖によって、都市伝説やダークネス事件は『過剰に伝播しない』という特性があるが、直接目にした人間には、バベルの鎖の効果はない――。
    「目撃者が他人に話しても信じてくれないところ、直接事件を目にした関係者は、それを事実として認識してくれるのよね」
    「今回は、駅周辺に居る民間人が事件を見る事になるだろうな……」
     一般人の多くが、都市伝説やダークネス事件を直接目撃する事で、一般人の認識を変えていく――それが『民間活動』の主軸と考えれば、可能な範囲で目撃者を増やしていく事が重要になるだろう。
    「柊悟への呼びかけの他、事件を目撃した一般人にどのような指示や説明を行うかが重要になると思うんス」
    「今後、彼等に『どのような行動をして欲しいか』を考え、声掛けを行わなくては……」
     むむり、真剣な表情で話し合いを始める灼滅者たち。
     ノビルは彼等の相談を尊敬の眼差しで見守り、
    「ご武運を!」
     と、全力の敬礼を捧げた。


    参加者
    色射・緋頼(色即是緋・d01617)
    夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)
    白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)
    ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)
    立花・環(グリーンティアーズ・d34526)
    ニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)
    加持・陽司(炎と車輪と中三男子・d36254)
    松原・愛莉(高校生ダンピール・d37170)

    ■リプレイ


     地中に市営路線を通し、地上には在来線と私鉄、バスターミナルを有する主要駅。
     その西口、ロータリーを臨む広場に立ったファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)は、ペンキ缶と刷毛を手に、人の往来をまじまじと観察していた。
    「学生のおにーさん、ゆっくりおばあちゃん……あれは、たそがれてるオジサン?」
     早足に過ぎる者も居れば、中央の水時計を眺めたきり動かない者も居る。
     全員が乗降客と言う訳でもなく、大河の様な人の流れも個々を見れば様々で、この中で誰が果たして『見る者』『知る者』になるかは分からない。
    「左側通路で配布が行われていますので、お急ぎの方は中央へ」
     と、通行を整理するは、色射・緋頼(色即是緋・d01617)をはじめとした構内警備員。
     ESP「プラチナチケット」を用いたとは誰も知るまい、駅の関係者を思わせる服装をした彼等は、来たる恐慌に備えて導線を確保し、
    「雑然とした人の流れをせめて分けておきたいよね」
    「不穏な気配や不審者が居ないかの警戒も重々に」
     アメリアやエンらサポートメンバーも、白手袋をはめて潜伏中。
     いつにない人員配置に疑問を抱く利用客は、壁に連なるポスターと、ポケットティッシュを配る者達に目がいくかもしれない。
    「ダークネスと戦う為に創られた灼滅者達の互助組織、それが武蔵坂学園」
    「オレ達の戦いを見て、世界の真実に触れて欲しいんだ」
     灼滅者の活動、及びダークネスやバベルの鎖について。
     伝えたい情報を連絡先も含めて纏めた夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)は、白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)と共に一人ひとりに手渡し、
    「武蔵坂? 初めて聞くなぁ」
    「東京を拠点に、全国で活動してます」
     千尋の艶麗な香気にも助力を得たか、手を伸ばす者は多い。
     近付いてくれれば先ずは一歩、
    「ここでイベントでもあるの?」
    「九州発、どんなキノコも平気で食べちゃう着ぐるみアイドルの活躍が見られるでしょう」
     立花・環(グリーンティアーズ・d34526)はサバトラ柄にゃんこ着ぐるみで宣伝に立ち、興味を持った者にもう一声。
     ヒーロー風アーマーで人目を引く和守も良い広告塔だろう、
    「ねぇ本物なの? 何チャンネルでやってる?」
    「本物だ。戦場に出る為、テレビには出ていない」
     尋ねる者が居れば、見てくれるだろうか――木乃葉は集まる一般人に対し、注意喚起も併せて添える。
    「皆さんは近寄りすぎないよう、その場の指示に従って見て下さい」
     イベントを装ってはいるが、異能者の戦いはやはり危険が伴うと、彼等は親しげな雰囲気を漂わせつつ警戒を怠らない。
     さて、斯くも大勢が構内で活動すれば、本物の駅職員らに不審がられないか。
     これには勇駆の配慮が利いており、
    「正規の手続きを以て許可を取っておきましたから」
     と、ナイス根回し。
     一連の人の流れを見るニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)は、時に追われて去る者、一抹の好奇心に足を止める者など、諸々の反応を映しつつ、
    「現時点では件の鎖の影響に拠り、これら広報も過剰に伝播せず」
     我が身を覆う永続型の結界膜――バベルの鎖がある限り、手に取った情報も他の広告物と変わらぬ、と言う。
     そう、これら紙片が世界を知る鍵となるのは、この後の話で――。
    「今、例の電車がホームに到着したわ。壮年の紳士と付き添いの男性……あれね」
    「このままロータリーに向かう二人を追い、警護にあたります」
     改札口。
     うねる様な人波に探し人を見出した松原・愛莉(高校生ダンピール・d37170)は右方より、その対角で待機していた加持・陽司(炎と車輪と中三男子・d36254)は左方より、大河の一滴と紛れて警備に就く。
     久方に故郷の土を踏む紳士――少女ヒマリの父の血が決定的な銃爪になると思えば、必ずや彼を護らんと緊張は増して。
     抜ける様な青の穹窿が、やけに張り詰めるようだった。


     不特定多数、とは正に現況、駅に集った民間人の事であったろう。
     属性も目的も異なる彼等の命を護ると同時、確保した安全圏に誘導して認識・理解を促さんとする彼等は、闇堕ち一般人が凶行に及ぶ瞬間から殊更の鋭意が求められた。
     最も肝要な初動、迫る狂気と標的の間を割ったのは、鉄騎キツネユリの轟音。
    「なっ――!」
    「何なん……何だっ」
     ギャンッと咆哮した黒塊に双方が時を止めて須臾、陽司の長躯が紳士を隠し、青年が振り被った手刀は愛莉が制する。
     両者は各々に声を掛け、
    「ヒマリさんのお父さんですよね。命の危険があるので、下がってください」
    「柊悟さん、あなたはこの人を殺してはいけない。闇に唆されないで」
    「ナノ~」
     次いで、瞬刻。
     接敵の間際まで闇を纏っていた雄哉が影を暴き、紳士と秘書の護衛を預かった。
    「突然の事態に驚いていると思います。この状況で一方的に話す無礼をお許し下さい」
    「……ッッ、ッ……」
     サーヴァントに、サイキック、そしてESP。
     僅か寸刻の間に瞳に飛び込む異能に、紳士は声を失い、秘書は腰を抜かす。
     蓋しそれら超常が訴える危殆は鋭く伝わろう。見れば初撃を阻まれた柊悟は、傍らの標識を引き抜いて次撃を狙い、
    「特に貴方は彼の手に掛かってはならない存在だ。退避路へ誘導する」
    「俺達を『ダークネスの脅威から人々を護る者』と信じ、どうか指示に従って欲しい」
     国臣は愛騎・鉄征と堅牢の璧を為し、和守は狂熱の余燼をアーマーに受けつつ、二人を安全に下がらせる。
    「嗚呼、ヒマリ様に捧ぐ血を! 私を闇に導く血を!」
     禍き忠誠が闇雲に斬撃を放てば、周囲は愈々騒然とし、
    「アブナイよ! ミンナ、白線の外側サガッテね! ヤクソク!」
    「これから異能者同士の戦闘が始まる、丸の中には入らないように!」
     ファムがペンキ缶を開けるや、士元は阿吽の呼吸で二本の刷毛を突っ込み、両者同時にESP「ゴーストスケッチ」を発動する。
    「うわっ! ハケがひとりでに動いて……!」
    「手品!? 魔法!?」
     大地を走る白線は公共の場から戦闘区域を切り取り、サポートメンバーと守備の疆界を共有する事になる。
     丹は之を目印に警告標識を掲げ、
    「注意ー! 注意なんよぉー! ここから先は危険地帯やぁ!」
    「積極的な避難誘導は行わないけど、不用意な行動は厳然と止めるよ」
     通行人を戦闘圏外に導く柩然り、命を護る為にはESPの行使も辞さない構え。
     安全に戦いを見てもらう事には、勇駆も細かな注意を払い、
    「敵は暴走していますから、急に動くと此方に標的を移される可能性もあります」
     攻撃して狂気を引き付ける事もなし、彼等は一貫して民間人の保護に努めた。
    「ねぇ、これ何かの撮影?」
    「路上ライヴっしょ」
    「……通り魔事件じゃない?」
    「えっマジなやつかよ」
     常に往来の絶えぬ駅前は、人も一定せず。
     人集りが気になって覗き込む好奇心あれば、携帯端末を眺めたまま通り過ぎる無関心、己が時間を優先して多忙に改札へ向かう足もあろう。
     そんな中、友衛の声は注意を引いて、
    「ロータリーで何かやっているが、普通のイベントとは様相が違うような――」
     観るなら此処からと示す指先に、スレイヤーカードを解放するジュンを差した。
    「マジピュア・ウェイクアップ!」
     そこに在るは、魔法少女に変身する正義。
     映像では幾度と見た世界が、今、人々の瞳に現実と迫る。
    「希望の戦士、ピュア・ホワイト! みんなの夢を守ります!」
     リアルな凛然はポーズを取って宣戦布告、
    「人の心を操り、危害を加えるダークネス。あなたの企みは私たち灼滅者が許しません!」
    「許さない、だと……ヒマリ様の所へ向かう私を止める貴様らこそ……!」
     殺す、殺してやる!
     狂気の迸る儘、柊悟が標識を横薙ぎに払えば、環は【ハモボロスブレイド】を巻き付けて衝撃を抑え、
    「車椅子を押していた手が、暇を持て余せば公共物をブッコ抜いて人を殺めると」
    「、ッ!」
     程良く微妙なご当地アイドルも、戦闘技巧は本物。
     狂熱と冷静、力と技が相克を為せば、凄まじい剣戟の余波はプリンセス版の透流が庇い、
    「ダークネスさんの攻撃力や危険性を分かってもらう為に。脅威を伝える為に」
     敢えて傷付き、衆目を惹き付ける。
     その対角、圧倒的衝撃が烈風となって逆巻けば、咄嗟に身を丸めた人々の前には【Black Dog】へと装いを変えた緋頼が立ち塞がり、
    「決して白線の内側には入らないように」
    「ふえええっ……」
    「大丈夫。わたしが護ってあげますから」
     力無き者の為に、不撓の盾と成らんと約する。
     必要なのは信頼と安心、そして期待か――漸う厚みを為す観衆の中、音も無く靴底を滑らせたニアラは、暗翳の狩人たる闇黒の闘気を迸らせ、
    「超常を観よ」
     見世物らしく派手に、と我が影を混沌に屠らせた。
     これら非現実を目の当たりにした一般人らは、同時に胸を押し上げる現実感を嚥下し、
    「何、この生々しい感じ」
    「ねぇ、私達が見てるものって何なんだろう……」
     その問いに答えるのは、美雪が相応しかろう。
     先の民間活動で救出された彼女は、自身が触れた真実を語り、
    「今そこで戦っている人達のお陰で、私は私でいられる」
    「それって、どういう……」
     見る者の瞳の色を変えていった。


     小さな好奇心から足を止めた人々は、今、灼滅者の真剣を固唾を呑んで見守っている。
     彼等はジュンと愛莉の熱心な説得から状況を察し、
    「貴方の願いとは本当に、お嬢様と共に無明の闇に落ちていくことですか?」
    「ええ、ヒマリ様がそう望んでいらっしゃる」
     割り込みヴォイスを用いれば更に声は聞こえよう、剣戟と共に交わる思いが、観る者の心を震わせる。
    「その望みは、ヒマリさんのものじゃなくて、彼女を乗っ取ったヴァンパイアのもの」
    「違う、嘘だ! これこそヒマリ様の宿願!」
     未だ血を求める柊悟。
     悪しき眼光が群衆を彷徨えば、環は其を怒りに引き付け、
    「何処を見ていらっしゃる。あなたの相手を出来るのは私達だけですよ」
    「、ずアッ!」
     痛撃を拒む様に鉄柱が躍れば、ザワ、と響めく観衆に陽司が声を張る。
    「安心してくれ! 俺達が必ず皆を守る!」
     堅牢な戦陣が其の証か――地上には透流が構え、上空では丹が箒に跨り、
    「一般人さん達の安全を第一に、流れ弾は身を挺して庇う」
    「行き当たりばったりの付け標識ではウチらに勝たれへんよぉ」
     エンら白線上に立つサポート陣は、人々に一縷と傷を負わさぬ気構え。
    「私達が壁となりますから、陽司君達は存分に戦って、彼を救って下さい」
     救出班と支援班、そして地下では灼滅班も動いていよう、緋頼は集結する力の強さに義気凛然と、
    「人々がどう受け止めるか不安はあるけど。やるべきと思う事をやりましょう」
    「救出依頼に不相応な己なれど、偶には英雄的な事を成そう」
     道化よ嗤え、と零すニアラも、我が恋人【汝、隣人を愛せよ】に格好の舞台を与えてやる。
     最初は出し物染みていても良いと、士元は仲間の活躍を支え、
    「相手の動きを制すれば観衆も守り易くなるし、相対的に味方の立ち回りが光るかなって」
    「、ッッ」
     漆黒の魔弾が敵の挙措を楔打った瞬間には、高く碧落に躍ったファムが、婚星の煌きを撃ち落した。
    「ミンナの前で戦う。ちょっとタノシイね?」
    「ええ、これまで隠れてやっていた事を堂々とできる感じ、胸がすくわ」
     少女に光矢を射たマキノが頷く。
     常々平和の為に戦ってきた灼滅者が認められる良い機会だと、その高揚は止まない。
     何も彼等は今になって人命を瞶め始めた訳ではないのだ、
    「万一の事態が懸念される時は、危険を伝えた上で避難させるよ」
     と、柩は警急に備えつつ、光と闇の相克、その顛末を見守る。
     闇の暴走は愈々佳境――柊悟は緋の逆十字を幾度と放ち、
    「何故止める! 私はヒマリ様と共に在りたいのに!」
    「吸血鬼の既知的物語に束縛されるなど不愉快至極」
     常にヒマリの父と秘書を隠す射線に立つニアラは、身に迫る狂気を暗黒の拳に撃ち落す。
    「我等灼滅者の英雄的無貌を晒し、哀れな存在を救済せねば」
     彼を食む邪悪に、闇堕ちを道連れるは愚策と知らしめるか、漆黒の双眸は燦燦と差し込む光の一条を見送って、
    「んー……はじさんって、ヒマリ様がヤクザさんなったら一緒にヤクザさんなるの?」
    「ヤ、ク――!」
    「家出して、ドスの代わりサイキック使って。ヒマリの姐御のてっぽーだまなる?」
     然し闇堕ちとはそういう事だ、と小首を傾げるはファム。
     辛うじてビームを躱した柊悟は少女の問いに答えられるだろうか、
    「ヤミオチさんに間違ってるってパンチできるの、アタシ達みたいな灼滅者だけなのに」
    「!?」
     殴って、救い出す。
     そんな手段があると知らぬ彼は、振り払う様に標識をブン回すのみ。
     稚拙な斬撃はあらぬ悲劇を招こう、陽司はキツネユリの耐性を支えつつ之を庇わせ、
    「大事な人を失って、辛い中でこの手段を選んだってことは分かる」
    「ならば!」
    「もっと真剣に考えろ! 彼女を良く知るお前が諦めたら、誰が彼女を助けられるんだ!」
    「ッ、ッッ」
     仕える手段はダークネスとなる他にもある――それこそ彼が選ぶべき道だと、ジュンも佳声を絞る。
    「光り射す場所へ彼女を引き戻したくはありませんか。それが出来るのは貴方だけです」
    「光……? それでは全くの逆だ!」
     反駁が魔力の溢流を拒むが、言は聢と心に沁みて。
    「貴方がお嬢様を連れ戻さずにどうするのですか! どうか諦めずに戻ってきて下さい!」
    「ッ、離れていて何が出来る!? ヒマリ様はもう闇に在られるのに!」
     激情こそ彼の本心か――環は「共に在りたい」という柊悟にそっと語尾を持ち上げ、
    「お嬢様が人として戻ってきた時に、お世話をするのは誰?」
     人として。
     彼女が再び人性を奪還するという、及びもしなかった可能性を示してみせた。
     其は彼が最も望む未来であろう、
    「人として帰る場所を護れるのはあなたしか居ない」
    「……ッ、ッッ……」
     これには一連の説得を聞いていたヒマリの父らも耳を欹てる。
     ヒマリの闇堕ちに連鎖して事件を起こした柊悟について、警護の雄哉より説明を受けていた二人は、彼こそがヒマリを救えるのだとも聞いて、
    「貴方が彼を信じてくれれば、闇は砕けます。どうか声を掛けてあげてくれませんか」
    「灼滅者を信じ、彼を励ましてやってくれ。その声が、彼を彼として留めてくれる」
     救われた者である美雪の声が、男の、父親の勇気を押す。
    「土師よ、ヒマリを助けてやってくれ。もう一度、私の娘にさせてくれ」
     その踏み出る一歩を、愛莉は決して折らせない。
     彼女はなのちゃんと一心同体、堅守を貫き、
    「ヴァンパイアは親しい関係を、強い絆に結ばれた者同士を容易に踏み躙るから……」
    「ナノッ」
    「これ以上の勝手はさせない」
     抗って!
     道を開いて!
     ダンピールとして、宿敵に抗う術を知る者としての声が、彼を混沌から救い上げんとする。
    「嗚呼、嗚呼、ヒマリ様。私はどうすれば……!!」
     ヒマリさま――。
     彼がその名を呼ぶ度、少女と一字違いの緋頼は、彼女を想う家族の存在を尊く思いつつ、また必ずや護りたいと心に誓って、
    「貴方が主を真に想う傍人ならば、彼女を諫め、正しい方向に導き救い出すべきです」
     少女の往く先を援けていたという手から、そっと標識を放させる。
     ガラン、と舗装路を打つ音は喧しくも、挟まれた美声は穏やかに響いて――。
    「その為なら、私達は真摯に助力しましょう」
     目下。
     今やくっきりと光に暴かれた闇を打ち砕くは、士元の一撃。
    「傍にいる事自体が目的じゃ本末転倒だってこと」
     彼は色白の端正を光刃に白ませながら、一陣の風となって爪先を弾き、
    「ほら、みんな戻って来いってさ。期待には応ちゃいなよ」
    「――ッッ……ッッ……!」
     柊悟は仰向け様に倒れつつ、混濁の闇を手放した――。


    「万一負傷者が居れば、鉄征が癒すから声を掛けて欲しい」
    「皆の姉代わりをしていた孤児院時代を思い出すよ」
     始終を見届けた人々へのケアも十分、国臣が一同の無事を確認して回る中、アメリアは精神面を気遣って、特に子供をあやして安心させる。
     木乃葉は未だ真剣を注ぐ観衆に深々と頭を下げて、
    「この事を伝える為とはいえ、皆さんを危険に晒した事を謝罪します」
     沈黙の後に怒涛と迫る『真実への歩み』には、千尋と友衛が丁寧に対応した。
    「この世界について……知って欲しい事は沢山あるんだ」
    「脅威を倒すだけではなく、助けられる者を助けるのも、私達の大切な活動だ」
     手に取った紙片が理解を促すのはこれから。
     特に今回は、記載の連絡先を手に積極的な支援を申し出る者を得て、
    「娘の為に是非とも協力させて欲しい。私なら財界や政界にも多少の口添えが出来る」
    「一般人としてダークネスとやらに抗う手段があれば、是非教えて下さい!」
     ヒマリの父と、秘書。
     彼等は少女を救う鍵となる柊悟の、灼滅者としての道を信じ、彼の入学を認めると同時、武蔵坂学園の支援者として関わりたいと願い出た。
    「君達のようには戦えないが、我々なりに戦う道はきっとある」
     闇堕ちでない手段を、君達が知っていた様に――と意気込む紳士の勇気に、柊悟を囲んだ八人が力強く頷く。
     一見すれば地道な民間活動だが、必ず実は結ぶ。絆は結ばれる。
     そう信じて笑顔を返した一同は、新たな仲間を加え、武蔵坂学園に帰還した――。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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