碧血丹心「灼滅篇」

■リプレイ

●
　闇を先駆する数体の黒翼が不穏を知覚したのは、超音波を用いた反響定位によってか、或いは鋭い嗅覚によってかは判らない。
「キキキィッ」
「――ほう、何かが潜伏していると」
　下僕の羽撃きに頷いた主も、隧道を往く危険は重々認識していたろう。光の手前で立ち止まった黒叢は、昏きに紛れて漂う狭霧に警戒を敷く。
　蜘蛛の網（い）に飛び込む愚は犯すまいが、同族を思わせる其に目を凝らしたのは確か。
「ヴァンパイアの霧よ、魔を降し、我等を狂戦士化させよ」
「ダンピール……灼滅者か」
　坑内に淡く谺する佳声を辿った血魔は、デルタ・フリーゼル（物理の探究者・d05276）の凛然を捉えると同時、暗翳を裂く光に瞳を細めた。
「成程こうして暗々裏に仲間を増やしていた、と」
　灯に照るは九形・皆無（黒炎夜叉・d25213）の玲瓏。
　彼は殺意の波動を鉄の架に疾らせ、
「流石は寄生虫、蟲は地中を這って人を堕としていたのですね」
「闇に棲む害獣ならでは。陽の目を視ぬも、穢れたものに相応しい有様かと」
　寄生虫に、害獣と。
　不愉快な物言いを睨める凶邪を前に、貴夏・葉月（勝利の盾携えし希望の華槍イヴ・d34472）は貴（あて）ひとつ崩さず耐性を付す。
「ゲギャギャッ！」
「イギギギィ！」
　主に代わって瞋恚を示す黒塊には、ダグラス・マクギャレイ（獣・d19431）が囂しいとばかりサウンドシャッターを施して、
「吸血鬼も意外と姑息な真似をしやがる」
「いやはや、最大勢力を誇る蝙蝠連中も必死ですなぁ」
「ま、何にせよ戦力増強なんざさせる訳にいくかっての」
「さいですや」
　茨木・一正（仮面被り・d33875）が小気味良い相槌を入れつつ【道無】を振れば、前・後衛に負の効果に対する耐性が整った。
　次々に影を暴く灼滅者達――漸う堰を成す彼等に血魔は淡然と言ちて、
「……用件は訊かぬ故、往かせて貰う」
「キキキーッ」
　迎えを待つ者が居るのだと、主の爪先の動きに飛鼠が翼を翻せば、須臾、荒谷・耀（一耀・d31795）が護符を舞わせて通路を遮る。
　其は仄暗い闇に光を弾いて踊り、
「訊かなくて結構よ。私達は殺し合うしか他ないのだから」
　次いで。
「この先には、行かせない。ヤナたちが、ここでたおす」
　美し雪華の煌きを潜った白星・夜奈（星探すヂェーヴァチカ・d25044）が、【花顔雪膚】の延伸に片の飛膜を貫いた。
「ギャギャギャッ！」
　目標は回収部隊の殲滅。最低でも撃攘は必須。
　我が身に負う任務を確認した幸・桃琴（桃色退魔拳士・d09437）は、両拳を突き合わせて閃雷を迸らせると、
「さぁ、勝負だよ吸血鬼！　負けないんだから！」
「ギャギギギッッ！」
　均衡を失って惑う一体を大地に叩き落とす。
　醜い叫声を挙げて転輾つ従僕を一瞥した主は、漆黒の焔を紡いで創痍を癒し、
「灼滅者風情が我等の進行を阻む愚盲、尊き血族に在る者として啓蒙せねばなるまい」
　長い睫を持ち上げるや、光負う八人を赫々たる魔眼に睥睨した。

●
　一方向から到来する部隊に対し、横ッ面を奇襲するか、前後に挟撃を仕掛けるか――採り得る戦術は多々あったろうが、最も確実に足止められるよう潜伏した彼等は戦陣も堅実。
「此処を突破されない様に連中を囲い込む」
「しんでも、地上へは、行かせない」
　デルタは右に、夜奈は左に。
　両者は黒叢の進軍を堰き止める壁と立ちはだかり、
「菫、貴様は害獣らが擦り抜けぬよう牽制を敷け」
　葉月は暗空を漂う奇声に冷徹を挟みつつ、自陣の強化に努める。
　桃琴が手数を増やして足止めを図るのは、敵が抜け穴を探しているからで、
「あの瞳、まだ諦めてないって感じだよ」
　未だ回収が優先か――目配せを交した皆無とダグラスは、挑発の有効性を確認した。
「別班の時間を稼ぐ為にも、ここは長く引き付けておきたい処です」
「奴等のプライドの高さを利用して煽ってやっか」
　リスクはあるが、元より死闘は覚悟の上。
　糅てて加えての持久戦は想定の内だろう、耀も一正も同様に耐性を高め、
「何も手っ取り早く灼滅しようなんて思ってないわ」
「ええ、じっくり腰を据えて参りましょうや」
　片や凄艶の、片や飄然の微笑に、ヴァンパイアは沸々と湧く苛立ちを奥歯に隠す。
　蓋し冷静もそれ以上に在って、
「一点さえ崩すこと叶えば突破できよう。我が僕よ、一縷と怯むな」
「キィィッ！」
「ゲギギ！」
　波状攻撃を命じられたタトゥーバット達は、主の黒煙を援護に超音波を繰り出した。
　ヒトの可聴域を超えて侵入する呪文詠唱は桃琴を悶絶させ、
「ぐええええっ……まっ……まだ、まだぁー！」
「ゲギャギャギャアア！」
「んんんっっ！」（じたばた）
　懸命に堪えるが、やはり、苦しい。
　デルタは穹窿に反響する不快感に柳眉を顰めつつ、【ロストテクノロジー】が放射する灼光に敵群を薙いで、
「目的を遂行したい様だが、私の宿敵でもあるヴァンパイアの増強を放ってはおけない。その目論見、必ず阻止してやろう」
「イギギッ」
　黒塊が痛痒に後退した隙には、一正が桃琴に掛けられたプレッシャーを直ぐに取り除く。
　彼は同時、敵陣で回復を注ぐ血魔に窃笑して、
「随分と必死だね？　まあ、地上の『拗らせ同族』を回収しなきゃと思えば、必死にならざるを得ないか」
　本当に御苦労様、と。
　哀れむような口調で煽る、煽る。
「ギギャギャッ！」
「ゲギギィッ！」
　主への嘲罵は許さぬか、飛膜の群れがキィキィと羽搏けば、ダグラスは鋭い拳打に喧噪を散らしながら、更に焚き付けて。
「俺達の目ぇ盗んで兵隊集めたあ、随分と惨めに勤しんでるじゃねえか」
「ギーギーギー！」
「此処でも尻尾撒いて逃げるか、それとも灼滅者如き下僕で十分なんぞと嘯きながら、みっともなく戦力確保に走るか？」
「ギャギギッ！」
　眷属が反駁に叫ぶ一方、沈黙を貫いていた主が遂に口を開く。
　凶邪は『黙れ』と声を荒げるか――否、艶帯びたバリトンは粛々と、
「主ヒマリは彼を招き、ハジもまた少女に仕えたいと心から願っている。その絆を断たんとする貴様らこそ恥ずべきものを」
　碧血丹心を穢す者こそ、悪なり。
　血魔は言は寂寞と、然し焔は赫々と燃やし、夜奈めがけて解き放つ。
　あわや少女の雪肌に焦熱が噛み付かんとした、その時、ジェードゥシカの杖が緋牡丹を散らして――、
「ちがう。彼の意思、じゃない」
　老紳士の背で、厳然と首を振る透徹。
　其こそダークネスの罠と知る彼女はカウンターアタックに炎を操り、黒翼に描かれた邪眼紋様を灼き落した。
「そちら側に、連れてかせない」
「ギャギィッ！」
　フラフラと墜下する個体を耀が逃す筈なかろう。
　彼女は主の回復が及ぶ先、神速の斬撃に切り刻んで、
「個人的には見ず知らずの一般人の忠義云々なんてどうでも良い」
「ギッギ……ギギ……ッ」
「今回は戦って灼滅するだけ。実にシンプルで良いわ」
　白皙にしとど紅血を浴びつつ、怜悧に闇を屠った。
　怒れる飛邪が別方向より迫れば、主の【紫縁】に堅牢を得た菫さんが庇い出て、其の布陣は鬼門を許さず。
　ハジなる男の運命に不干渉なのは葉月も同じか、桜脣は冷然と言ちて、
「一般人の闇堕ちがダークネスを呼ぶのなら、私にとって彼は癒しの為の家畜を誘う餌」
　目下、精力的に取り組まれている民間活動とて、ダークネスに調子に乗らせない為の手段であり、一般人はその道具と割り切っている。
　血魔は之に嘆声をひとつして、
「……ヒーロー気取りかと思いきや、己をよく理解している様だ」
「キキキキッ」
「畢竟、爪立てた肉を食まねば生きられぬ野犬共め」
　厳然たる侮蔑――。
　ダークネスの貴族たる高慢から出た言に、薄ら感情が乗ったとは自覚しようか、皆無は穏やかなテノールに受け止めて、
「ええ、所詮、血を啜って生きる貴方がたと同じ穴の狢です」
　人知れず昏い坑道で喰らい合うのがお似合いの――。
　其は半ば人を辞め、鬼神と相成った己への自嘲もあろう、手甲【鬼神腕】の蔭より覗く灰の瞳はスッと細んで、
「表に出る訳にはいきませんよ、貴方も、私も」
　と、囁いた。

●
　現存するダークネスの中で、今なお精強を誇るヴァンパイア勢力。
　強い繁殖力によって血鎖を固める彼等は、個の戦闘力も侮れず、之を凌駕するには万全の策戦と、周到なる準備が必須であったろう。
　布陣然り、感情の絆然り――何より地下に集った灼滅者が優れていたのは、多彩な負の効果を以て脅かす敵に、十分なサイキックを構成して挑んだ事に他ならない。
　呪術紋様を翻し、催眠を促すタトゥーバット。彼等のジャマー能力が高まれば、桃琴とダグラスは鋼鐵の拳に之を打ち消し、
「そっちの戦い方は読んでたよっ！」
「自滅を狙う腹か知らねぇが、つくづく汚ェ奴等だぜ」
　僅かにも身を傾けようものなら、デルタが大嵐の如く鉄鉛を弾いて黒翼を撃ち抜く。
「ギギャギャッ！」
「これで四体か。中々骨が折れる」
　残る二翼は決死の覚悟か、揃って闇を滑空すれば、夜奈とジェードゥシカは身ごと衝撃を負って、
「力の無いひとたちを、仲間を、守れるのなら。それでいい」
「我が道具たる菫。貴様も十分に役儀を果たした」
　同じく魂の欠片の消滅を見守った葉月が、其の代償とばかり光矢を番え、皆無に託した。
　そして精度と強靭を増した怪腕は、聢と飛邪の心臓を潰し、
「摑んだと思えば闇に解けて……他愛ないものです」
「あら。私はこの刹那的な感覚、嫌いじゃないわ」
　丁度耀は、死角より伸ばした【塵殺の黒翼】に別なる鼓動を貫いた処。
　眷属を駆逐して視界が晴れたか、一正は旗標を肩に担いで血魔を眺め、
「はは、手駒を失ってまた戦力をかき集める。これは佳い徒労だ」
「……徒労になるかどうかは、貴様らを血祭りにした後で私が決めよう」
　嘆息を連れて返る言に、【慟哭血脈】より伝わる念を汲んでいた感情が昂る。
　其の拍動は悲鳴と響いて――。
「また『こういう奴ら』を増やすつもりなんだろ！？　敵も味方も山程死なせる算段の癖に、何が崇高な戦力だ、巫山戯るな！」
　蓋し彼が憤怒を浄化の光と変えたのは、紛う事なき克己であり勝利であったろう。
　最後まで回復に徹した葉月然り、
「可能な限り全快で、万全の状態で害獣を駆除する事が最高の侮蔑かと」
　決して揺るがぬ戦陣が、覆らぬ戦局が、遂に敵の高慢を手折る。
「穢れた血の者共よ、精々囀るがいい。今に静粛を得て、我が翼は地上へと駆る」
　灼罪の刻ぞ、と疾駆した斬撃は、確かに夜奈を屠る筈だった。
　然し麗人の羽衣に支えられた可憐は之を相殺、膝を折るに留まり、
「ヤナは、最後まで突き進んだ先、謝りにいかなければいけない、から。しにはしない」
「何――」
　尚も駈けた次撃は、血雨の下、ダグラスの蹴撃に止められる。
「腹に風穴開こうが血反吐吐こうが。てめぇの前に立ち塞がってやるぜ」
「ッ、戦闘狂め」
　衝撃が波動となって天井を突き上げる中、デルタは朱に染まる白衣を翻して迫り、
「この雷を受けて、無事でいられるかな？」
　霹靂閃電。
　拳に迸った稲妻が辺りを白ませた。
「、ずアァ！」
　初めて激痛に声を絞った血魔だが、不覚を取ったのはそれだけではない。
　腹立たしくも後退した背には、既に皆無が回り込んでおり、
「貴方は此処で散り、私達もこの坑道から帰ります。お互い無かった事にしましょう」
「ッ、ッッ――！」
　声の近さこそ不手際を示そう。
　零距離で迸った烈火は悪魔の舌となり、吸血鬼の誇りである黒翼を丸呑みにする。
「ぐあっ、っ貴様ら……我等の足跡が途絶えれば、必ずや襲撃を知った同族が、武蔵坂の敵対の意志を受け取るであろう……っ、いずれ血鎖が灼滅者を縛り、上げる……！」
　苦渋と共に絞られた警鐘には、耀が眉ひとつ顰めず答えて。
「私、情勢には一切興味無くて。癒しがあればいいの」
　ダークネスの最大勢力に脅されたからといって彼女が怯む筈もなく、「だから」と頬笑んだ琥珀の瞳が死を強請る。
「死んでちょうだい、吸血鬼さん」
「……ッッ……！」
　一瞬、撤退を考えた足は、然し彼女の護符が作った結界によって微動だにせず。
　血魔は我が懐に怒涛と迫る炎に恐怖を嚥下するしかなく、
「拳法家の蹴り、受けてみろ！」
「ぐ、ぶッ！」
「それから、お尻もー！」
「ず嗚呼アアッッ！！」
　呼気すら焼く焦熱に続く、ヒップアタック！
　桃琴のダブルを喰らった男は、昏く冷たい隧道に狭霧と散った――。

●
「どうっ。桃達の、勝ちだよっ！」
　ぶい！
　桃琴こそ大いに苦しめられ、愛用のバトルコスチュームにも酷く損耗が見られたが、任務を果たした少女の勝利宣言は斯くも清々しい。
　くしゃり髪を掻いたダグラスもやはり疲弊したか、
「……ああ、いや。今は火付けるのは拙いか」
　一服付けようと懐を探った処で手を止め、代わりに煙る血魔の名残を灼眼に追う。
「――……」
　名も暴かずに塵と消えたヴァンパイア。
　灼滅者を対等の存在と思えば、名も身分も明かしたろうに、彼は最期まで傲慢で、己が敗因を知る由もなかろう。
　そして血魔の多くが彼の如くであれば、この事件は決して絶えず――。
「予知を得る前から暗躍していたとなれば、現時点で相当増強している可能性も……」
「最大と言われる勢力の規模、その動向も未だ謎に包まれた儘では油断できませんね」
　戦闘痕の確認に回るデルタが不穏を呟けば、光源の回収をしていた皆無が頷く。二人の表情は硬い。
　時に仲間の損傷を癒す葉月の言が幾許か光を差して、
「一切の戦力を渡す事なく敵の戦力のみを削った、その戦果は大きいかと」
　回収を阻止し、且つ闇堕ちを発生させず制勝を得た事実は、其を裏付けた戦術と相俟って重要なもの。
　耀はその素晴らしい戦功を淡々と告げ、
「マキノ先輩、こっちは片付いたわ。服も血だらけだし、私達はこのまま帰還するけど……」
　救出班へ通信が飛べば、任務完了といった処。
　然し一正は、血魔の残滓に触れて尚も沸々と、
「――ああ、だから。【ぼく】はお前みたいな怖い奴を見逃せないんだ」
　血脈に満つ慟哭を逆手に抑えて、宥めて。
　白皙を真紅に染めた夜奈が暗きを見詰めた儘なのは、殺意の行き場に迷いながら歩く己もまた、辿り着くべきは闇だと言う様に、
「ヤナも、物語のおわりには、裁かれて、そっちへ行くから」
　と、独り、言ちる。
　皆々勝利を得たにしては笑顔が少ないが、其が激闘の証か、或いは今後彼等を待ち受ける情勢の厳しさか――。
　ただ、唯、今は。
　身を満たす癒しに一時の休息をと、灼滅者たる感覚は研ぎ澄まされるばかりであった。

作者：夕狩こあら	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2018年2月18日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。