民間活動~大事なあなたの命を糧に

    作者:三ノ木咲紀


     体育館の舞台上にいた市川・朱里は、突然襲う強烈な衝動に思わず息を呑んだ。
     真っ赤に染まる視界。酷い耳鳴りと、吐き気。
     まるで自分が裏返ってしまうような、何かが全身を裂いて這い出てくるようなおぞましい感覚に、朱里は思わず膝をついた。
     抗いきれない血への渇望と、殺戮への欲求が全身の血液を沸騰させていくみたいだ。
     そして、湧き上がる恐怖。
     誰かが来る。何かがやってくる。
     魂を闇に傾け、感覚の鋭くなった朱里は、近づいてくる大きな闇の存在を本能的に悟っていた。
     畏怖にも似た感情を掻き立てる「何か」はきっと、朱里を捕らえて離さないだろう。
     荒い息を繰り返しながら、朱里はゆっくりと顔を上げた。
     心配そうに声を掛けてくる演劇部員達の顔に、朱里は口角を上げた。
     そのためにもそう。彼らから。
     どん底にいた朱里を受け入れてくれた部長達の血を浴びれば、新しい力を手に入れられるに違いない。
     ゆらりと立ち上がった朱里は、部長の首めがけ刃を放とうとした。
     その時だった。
    「市川・朱里さん。貴女が真にかがやく場所は、ここではなくてよ」
     凛とした声とともに、だれかが朱里の手首をつかんだ。
     振り返った視線の先に立つのは、制服姿の少女。
     淡いブルーの瞳に、青白い肌。
     プラチナブロンドの髪が、ふわり、風になびいて。
    「わたくしは『ノヌーシャ』。貴女を、迎えにまいりました」
     少女は凍りつくような美しい笑みを浮かべ、静かに眼を細めた。


    「皆、集まってくれておおきに。――今回、ヴァンパイア勢力のたくらみを予知することができたんや」
     集まった灼滅者達を見渡したくるみは、予知の内容を続けた。
     ヴァンパイアは一般人を闇堕ちさせて配下とすることで、戦力の増強を図っていたのだ。
     ヴァンパイアはその特性上、一人の闇堕ちに引きずられるように近親者もまた闇堕ちしてしまう。
     ヴァンパイアは闇堕ちさせた一般人から情報を得て、連鎖的に闇堕ちした一般人を確保することで予知を回避し、戦力を増やしていたのだ。
    「そこで皆には、闇堕ちしてもうた朱里はんの対処と、迎えに来るヴァンパイアの迎撃の二班に分かれて事件を解決して欲しいんや。ヴァンパイアの迎撃は一夜はん(dn0023)が呼び掛けてくれてはるさかい、皆には朱里はんの対処をお願いしたい思うてます」
     今回闇堕ちするのは、妹の闇堕ちに引きずられて闇堕ちする市川・朱里という高校二年生の少女だ。
     妹からの情報で迎えに来るのは、ノヌーシャという名のヴァンパイア。
     かつては朱雀門高校に所属していたが、その後本国に合流したのだろう。
     美しく冷徹で、勝敗よりも任務の遂行を重んじる。
     もし迎撃班が逃したら、こちらにやってくる可能性が高い。
     朱里の内なる闇は、朱里を完全に闇堕ちさせるために恩人である演劇部部長を殺害しようとする。
     無論、そんなことを許す訳にはいかない。
     襲撃を阻止し、可能ならば説得を行って救出して欲しい。
     朱里は幼い頃両親を失い、双子の妹とも引き離されて親戚の間をたらい回しにされてきた。
     親戚達との折り合いも悪く、居場所を失い、精神的にもどん底だったある日。
     入学した高校で演劇部に誘われ、紆余曲折の末にようやく居場所を得たのだ。
     事件が起こるのは、放課後。部活動中の体育館だ。
     毎年恒例行事となっている送別演劇会に向けての稽古中、妹の闇堕ちに引きずられて闇堕ちする。
     ダンピールに似たサイキックと、衣装をダイダロスベルトのように使用した攻撃をしてくる。
    「演劇部の仲間が、近親者と呼べるほど大切だったのですね」
     切なげに目を伏せる葵に、くるみは頷いた。
    「人の縁は、血縁だけやない、いうことやな」
     体育館には演劇部員の他に、バスケ部とバレー部が練習をしている。
     真っ先に避難させてもいいが、彼らを守りながら戦い、世界の真実を訴えるのは、今の灼滅者達には可能だろう。
    「朱里はんは闇堕ちしたてで、そんなに強くあらへん。せやけど、闇堕ちを完全にするために積極的に部員達を狙うはずや。皆で帰ってくるために、皆の力を貸したってや!」
     くるみはにかっと笑うと、頭を下げた。


    参加者
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    雲・丹(きらきらこめっとそらをゆく・d27195)
    有城・雄哉(大学生ストリートファイター・d31751)

    ■リプレイ

     凶刃が部長を捕らえる寸前、一人の青年が割って入った。
     腕で刃を受け止めた有城・雄哉(大学生ストリートファイター・d31751)の姿に、朱里は目を見開いた。
    「どいて?」
     言葉少なく言い放つ朱里に、雄哉はきっぱりと首を横に振る。
    「落ち着いて、考えて。今、考えていることは、本当に市川さん自身の意思?」
     雄哉の言葉に苛立ったように一歩引いた朱里は、状況が飲み込めない女生徒に向けて白い帯を解き放つ。
    「じゃあ、そこの人」
     舞台下手で不安そうに見守る女生徒に放たれる帯は、透明な盾によって防がれた。
     棒立ちの女生徒を振り返った神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)は、安心させるように微笑んだ。
    「大丈夫?」
    「朱里、どうしたんですか? なんだかいつもと違うみたい」
    「その話は後で。ここは危険だからこっちへ」
     ラブフェロモンを使った勇弥の誘導に、舞台袖にいた二人の生徒達はフロアへと向かった。
     同時に上手から駆け寄ろうとした男子生徒の前に、レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)は壁のように立ちはだかった。
     目の前のレオンに、男子生徒は足を踏み鳴らす。
    「どけよ! 朱里が大変なんだ!」
    「ちっと下がっててくれ。この子が君たちを手にかけると、終わりだからね」
    「終わりって……」
    「見てみなよ」
     一般人の前でショッキングなとこは見せたくないなー、と思いながらも、レオンは戦う朱里の姿を見せる。
     明らかに普段と違う様子で戦う朱里の姿に息を呑んだ三人の男子生徒を連れて、レオンはフロアへと向かった。

     防がれた攻撃に眉を上げる朱里は、避難を開始した生徒達を追うように舞台を蹴った。
     駆け出す朱里を押し戻すように駆け寄った空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)は、一瞬立ち止まった朱里を突き飛ばすと、振り返り声を掛けた。
    「皆、下へ! 雲さん!」
    「こっちや!」
     部員達を誘導する雲・丹(きらきらこめっとそらをゆく・d27195)に、朱里は諦め悪く駆け寄ろうとする。
     そんな朱里との間に割って入った紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)は、部員達が避難するまでの時間を作る。
    「なんだよ……なにが起きてるんだよ……」
     異形の姿に変貌した朱里に、部員が呆然とした声を上げる。
     部員達に事実を突きつけるように、謡は冷酷な目で生徒達を睨む朱里を指差した。
    「真実は小説より奇なり、とね。彼女は今、闇に侵されようとしている」
    「闇に、って……」
    「吸血鬼、ヴァンパイア……お話で、聞いたことはあるだろう?」
     旅人の外套を脱ぎ捨て、突然姿を現した咬山・千尋(夜を征く者・d07814)は、得物のロケットハンマーを握り締めると朱里へと突きつけた。
    「朱里! 激しい渇きは闇堕ちへの誘いだ! 堕ちてしまうと、ヒトには戻れない!」
     真剣な声と同時に、千尋は床を蹴った。
     唸りを上げるロケットハンマーを振り抜く千尋の一撃が、朱里の腹に叩き込まれる。
     驚きの悲鳴を上げる部員たちの声を背中で聞きながら、千尋は朱里に向けて叫んだ。
    「自分の身に何が起きたのかも、理解できていないんだろ!  あたしも、そうだった!」
    「理解……? 知ってるってこと? わたしは新しく生まれたの。それは知ってる」
     子供のように首を傾げる朱里に、部長達をフロアへ誘導していた丹はぴくりと立ち止まった。
     振り返った丹は、冷酷な目の朱里と目が合う。その目の冷たさに、かつての自分を思う。
    (「入学した頃やったら、そう考えるのも有りと思ったかもしれへんねぇ」)
     しかし今は、親しくしてくれた大切な友達がいる。それを邪魔だな、と思うものにはNO! を突きつける。
     それだけの強さを、今の丹は持っていた。
    「大切な人を殺して殻を壊す。そぉゆー風に考えてるん? ……自分を、友達を、邪魔なもんに見るんは、うちはイヤやわぁ」
    「古いモノはこわして捨てなきゃ。そうだよね?」
    「させません!」
     ペルシャ猫から人の姿へ変わった黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)は、床を蹴り飛び込むと、構えた歳星を叩き込んだ。
     叱るように横面へ加えられる打撃に、朱里は空凛を睨みつけた。
    「痛い……」
    「朱里さん、私も闇の衝動に突き動かされ、人を殺しかけた事があります。助けて頂いて、幸せを掴みました!!」
     WOKシールドを振り抜いた空凛は、フロアに集った灼滅者達や部員達を背に、朱里に手を差し伸べた。
    「貴女も助けたい!! 貴女も私と同じく未来があるんです。さあ、闇に抗って!!」
     光を背に立つ空凛を、朱里は憎々しげに睨みつけた。


    「先生こっちです! 早く!」
     ラブフェロモンで誘導す透流の声と共に、体育館のドアが開いた。
     入ってきた教師達が、舞台上に立つ朱里の姿に声を上げた。
    「なんだ? 市川。本格的なメイクだな」
    「ところで、騒ぎを起こしてるって、君たちかね?」
     口々に言い募りながら、教師が灼滅者達へと駆け寄っていく。
     教師と同時に駆け込んだ徒は、運動部員を離れた場所へと誘導した。
    「皆、危ないからこっちへ来て!」
     戦闘の緊迫した糸が切れ、一瞬気を逸らされる。
     その隙に、朱里は動いた。
    「死んで?」
     帯状に分かたれた衣装の裾が放射状に広がり、灼滅者達の間を抜けて部員達へと迫る。
     直後。灼滅者達が動いた。
    「君の中にある衝動はね、君のものじゃない。別人のものだ」
     朱里の攻撃に細心の注意を払っていたレオンは、帯が放たれる寸前対抗するように帯を放つ。
    「君にとって大切なものを差し出してまで、得るようなものじゃない」
     鋭い帯に一瞬気を取られた朱里の手元が若干狂う。
    「守りながら戦うってのは、ちと勝手が違うね」
     帯を引き寄せながら、レオンは肩をすくめた。
     相殺できす放たれる帯に、勇弥は叫んだ。
    「加具土、欠片も通すな!」
     勇弥の声に応えた零件の加具土が矢のように飛び出すと、その身で衣装を受け止める。
     加具土と同時に動き部員との間に割って入り、攻撃を肩で受け止めた友衛は、尻餅をつく生徒を振り返る。
    「もっと下がって!」
    「今彼女に近付いては危険だ、どうか距離を取って、しかし見守ってあげて欲しい」
     同様に割り込んだニコの言葉に、部員達は恐怖に中てられたように距離を取る。
    「あ、あなた達その怪我!」
    「朱里、まさか私達を殺そうとしたの!?」
     動揺し、浮足立つ部員達を鎮めるように、部員を庇った愛莉は訴えた。
    「驚かせてしまって、ごめんなさい。今、朱里さんは……彼女の中にいるヴァンパイアに身体を乗っ取られようとしているの」
    「そんな! じゃあ朱里はどうなるんだよ!?」
     上ずった声を上げる男子生徒に、謡は首を横に振った。
    「彼女は今、生死の瀬戸際に居る。彼女の意識が強くあれる様に声を掛けて欲しい」
    「生死の……って」
    「ボク達は彼女を止め、助ける為に戦う者。同時に民間人を救助している。今はどうか、信じて」
     絶句する男子生徒に、謡は静かに真剣に語り掛ける。
     その言葉を勇弥は継いだ。
    「俺も力に目覚めた時、朱里さんと同じように暴走して、仲間に止められたんです。助けるためには、殴って気絶させる必要がある。――その時、「人としての生」を強く願わなければ本当に死んでしまう。だから」
     深く頭を下げた勇弥は、部員達に強く願った。
    「どうか彼女を勇気づけて。君達は俺達が絶対に守ります。だから、朱里さんを一緒に助けて下さい」
    「私も、……つい先日、突然闇に呑み込まれるところだった。その時、助けてくれたのが、今そこで戦っている人達だ。彼らを信じて、見守ってあげて。そして、彼女を励まして」
     勇弥の隣で部員達に呼び掛ける美雪の声にも、実体験としての真実味が籠っている。
     顔を見合わせる部員達に、丹は語り掛けた。
    「突然で困惑してると思う。それでも今見てる状況をきちんと把握してほしいんよぉ。朱里さんを無くさん為に」
    「……具体的に、どうすればいいんだ?」
    「今は、自分を見失ってはるんよぉ。せやから、いつもの朱里さんを思い起こせるよぉ声を掛けて欲しい」
    「分かった。……市川! 聞こえるか市川!」
    「覚えてる? 初めて部室に来た日!」
    「やめて言わないで!」
     口々に元気づける部員たちの声に、朱里は思わず叫んだ。
     その直後、頭を抱えた朱里は、冷酷な目で部員達を睨みつけた。
    「あなた達がいなければ、あの日「わたし」は生まれたのに」
    「僕も、闇堕ちするまでは居場所はないって思っていた。でも、救われてやっと……手に入れられた。だから、市川さんの居場所も、失わせない」
     決意と共に構えた雄哉のClear blue-sky Shieldが、朱里を激しく打ち付ける。
     フロア上で突き刺さるダイダロスベルトの欠片を引き抜きながら、脇差は心からの声で叫んだ。
    「大事な仲間なんだろ。ここがお前の居場所なんだろ! 闇に壊されたくないのなら、お前自身で護ればいい。自分の心を強く持って、闇に抗い打ち勝つんだ!」
     ダイダロスベルトを投げ捨てた脇差達に、清めの風が吹き抜けた。
     謡より溢れる清めの風が吹き抜けて、前衛の傷を癒していく。
     その間も、朱里を元気づける部員たちの声が続く。
    「お願い。黙って!」
     耳を塞ぐ朱里に、好機を悟った謡は叫んだ。
    「今だ!」
    「朱里!」
     叫んだ千尋は、Moon Crusherを起動させると一足飛びに朱里の元へと跳んだ。
     炎を帯びたエアシューズが、朱里の腹に叩き込まれる。
     舞台上で弧を描いて着地した千尋は、呻く朱里に言葉を掛けた。
    「大切なものを自分の手で壊しちゃいけない! 心が、大きく闇に傾いてしまうぞ!」
    「朱里さん。演劇部員の皆の言葉、どうか聞いて欲しい! 君が人として生きてきた、確固たる証だから!」
     魔弾と共に放たれる陽太のオーラキャノンが、白い光の球となり朱里の胸を貫く。
     同時に、天の絹織が閃いた。
    「朱里さん! 気を確かに持って!」
     空凛と共に駆け出した絆の攻撃が、朱里に大きな傷を与える。
     立ち上がった朱里は、それでも執拗に部員を狙い攻撃を繰り出した。


     戦いは続いた。
     朱里は執念で部員達を攻撃するが、そのことごとくが灼滅者達によって防がれた。
     その上で、朱里へ声を多く届けるために、灼滅者達は手加減にも似た攻撃で対応する。
     朱里は怒りと焦りで徐々に劣勢に追い込まれていった。

     意思を持ったかのように真っ直ぐ伸びる空凛のダイダロスベルトが、とっさに防御した朱里のベルトを切り裂き届いた。
    「朱里さん。私にも、肉親を亡くした双子のきょうだいがいます。二人を間近で見てきた姉として、あなたのことはとても他人事とは思えません。どうかこの手を取って、戻ってきてください!」
    「無理……だよ」
     空凛の声に、朱里は涙を流しながら顔を上げた。
     小道具の姿見の前に立った朱里は、そこに映る自分の姿にそっと手を伸ばした。
     そこに映るのは、異形の女。思わず鏡を叩き割るが、手が傷つくこともない。
    「こんな化け物、皆のところにもう戻れないよ!」
    「化け物、か……」
     自分の手に視線を落とした雄哉は、拳を握り締めた。
    「僕だって、本来の身体は……そうなんだ」
     魂の一部を解き放った雄哉は、己の体をダークネス形態へと変貌させた。
     体は二回り以上大きくなり、黒かった髪が青く染まる。
     破れた学ランを身に纏い、両手に青白いオーラを纏わせた姿に変化した雄哉は、スタイリッシュモードを発動させながら再び拳に目を落とした。
    「でも、こんな姿でも、心は人のまま。姿じゃなくて、心の持ちようだよ」
     息を呑み、目を見開く朱里に、雄哉は優しい目で語り掛ける。
    「大丈夫。気をしっかり持って闇に抗えば、心は闇に呑まれない」
    「でも……!」
    「僕たちが手伝うから。人でありたいなら、居場所を失いたくないなら、闇に抗って!」
    「うるさいの!」
     叫びと共に闇雲に振り上げた爪が、雄哉を抉りその血を奪う。
     その攻撃を機に、灼滅者達は一斉に攻撃に転じた。
    「あたしは、朱里を救ってみせる。あんたと同じように、感染に巻き込まれた一人として……。抗え! 朱里を見ている皆の前で、闇を乗り越えるんだ!」
     大きく弧を描きながら唸りを上げる千尋のロケットハンマーが、朱里を吹き飛ばす。
     弾かれるように後方へ飛んだ朱里の体を受け止めるように、斬撃が放たれた。
    「朱里さん! あなたを必ず、助け出します!」
     祝福の姫剣ー暁の白雪ーを閃かせた空凛の決意に立ち止まった朱里に、魔弾が放たれた。
     黒い霧を帯びた陽太の弾丸は、真っ直ぐ朱里の胸を貫き、その足を止める。
    「俺達がお前の魔を打ち払ってやる」
    「だからま、もう少し頑張ってくれ。僕らが今、助け出す」
     飄々とした声で解体者エドガーで斬りつけたレオンの攻撃に、朱里は胸を押さえ膝をついた。
    「どうしてわたしには力が無いの? ねえどうして力をくれないの?」
    「弱肉強食、強くないとあかん、ゆーんは確かにある。でも何も守らず意味なく強くなっても意味なく死ぬ」
     いつになく冷淡に言い放った丹の槍が、朱里を深く抉り追い詰めていく。
     そこへ、紫苑十字が閃いた。
    「ダークネスの支配への一矢。見事守り抜き、貫き通してみせようか」
     しなやかにクロスグレイブを振り抜いた謡の攻撃が、朱里の闇を吹き払うように叩き込まれる。
     声にならない叫びを上げる朱里に、勇弥は強く声を掛けた。
    「大丈夫、嘗て君が掴んだ希望は、俺達が護ってる。共に生きたいと、もう一度願え!」
    「おね、がい。助けて……!」
     絞り出すような朱里の声に、勇弥は大きく頷いた。
    「勿論だ!」
     力強く拳を握り締めた勇弥の無数の拳が、朱里の闇を打ち抜いていく。
     舞台上に倒れ込む音が、体育館に響いた。


     沈黙が降り立つ体育館に、拍手が響いた。
    「被害者を増やすために一般人を集めたけど、つまらないわね」
     邪悪なオーラを出しながら敵のふりをする透流に、葵はダイダロスベルトを放った。
    「おのれダークネス!」
     当てる気のない攻撃をひらりと避けた透流は、体育館の扉へと向かう。
    「あの子、敵だったのか!?」
    「人間に見えたが……」
     口々に葵に詰め寄る声を聞きながら、透流はその場を立ち去った。
     体育館では、一際目立つ巨体に男子生徒が目を見開いた。
     男子生徒が口を開く前に、フードを被った陽太は手をひらりと振った。
    「大丈夫! 戦う力を得るために、こういう姿になる人も僕らのなかにはいるのさ」
     陽太の声にダークネス形態を解いた雄哉は、倒れる朱里に駆け寄った。
     雄哉を見送った陽司は、騒ぎ始めた一般人達に心から謝罪した。
    「危険な目に遭わせて、すみませんでした! でも、これは必要なことだったんです」
     ダークネスや学園等について順序立てて説明する陽司に、柩も言葉を加える。
     不安そうな一般人へ、陽太は力強く請け負った。
    「まあ、色々説明したけど大丈夫。僕らが君たちを守るから」
    「困ったら連絡を」
     真摯に伝える謡の声に教師が頷き、議論が始まる。
     そんな様子を壁際で見守っていたレオンは、腕を組んで息を吐いた。
    「情報開示、世間に知ってもらう、か。……その手の情報工作が上手い、社会に影響力のある連中が壊滅しててよかったよほんと」
    「そうだね」
     一息ついた謡は、体育館の外を見た。
    (「こちらは任を成した。迎撃側には知人も居る。きっと上手くやってくれるだろう」)
     迎撃班を思う謡の声に応えるように、蔵乃祐が現れた。
     満身創痍で壁に背中を預けた蔵乃祐は、謡とレオンに手を挙げた。
    「あ、謡さんとレオンくん。お疲れさま」
     蔵乃祐の怪我に、謡はラビリンスアーマーで傷を癒す。
    「お疲れ。そっちもうまくやったみたいだね」
    「ま、何とかね」
     ひらりと手を振る蔵乃祐の様子に、迎撃班がやり遂げたのだと葵は胸をなでおろした。
     朱里にヒールをかけ、戻ってきた雄哉に男子生徒が声を掛けた。
    「さっきの姿、超かっけーんだけど、もう一回見せてよ!」
    「すみませんが……」
     雄哉を思い男子生徒を制止しようとした空凛を止めた雄哉は、快く請けた。
    「いいですよ」
     目の前でダークネス形態に変化した雄哉に、男子生徒ははしゃいだ声を上げた。
    「か……かっけー!」
    「すげぇ! なあこれ本物?」
     男子生徒にわやくちゃにされる雄哉に、丹はそっと寄り添った。
     一般人に超常の力を示すためには、ダークネス形態になるのが分かりやすい。
     だが丹は、今回ずっと人型だった。
     口に出せない思いを胸の内に抑圧しながら無意識に見上げる丹に、雄哉は首を傾げた。
    「どうかしましたか?」
    「……なんもあらへんよぉ」
     首を振り離れる丹と入れ違いに、加具土が女生徒へ近づいた。
     仔犬独特の甘え癖で見上げる加具土に、女生徒が表情を和らげる。
     女生徒に微笑んだ勇弥は、ヒールの手を休めて加具土の頭を撫でた。
    「大丈夫、加具土は仲間や人が大好きだから。触ってみる?」
    「いいんですか?」
     女子のもふもふに嬉しそうな加具土に目を細めた勇弥は、倒れる朱里を見た。
    (「バッドエンドは嫌いなんだ。苦しんできた人が報われない、そんな話はね)」
     和やかな友好ムードの漂う体育館に、勇弥はそっと、この場に居ない親友を想った。
    (「彼もまた苦しんできた。その原因である世界を変える、そう俺は彼に『誓った』のだ」)
     彼の笑顔を取り戻す為に、今、自分はここに居る。
     己への決意に頷いた勇弥は、加具土の傍へと歩み寄った。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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