放課後。
夕陽に染まる中学校の教室で、女子たちが集まって、おしゃべりに興じている。
「ねえ知ってる、あの噂」
「アレでしょ? 放課後の音楽室で、1人でピアノ弾いてると、壁に飾ってある音楽家の絵が飛び出てきて、そいつに鍵盤で叩き殺されちゃうって奴」
「……いや、鍵盤って」
「都市伝説、雑!」
噂は噂。誰も信じることなく、けらけらと笑い飛ばす女子たち。
だが、1人の女子が、口を挟んだ。少しばかり、神妙な調子で。
「でもこないだ、学校に救急車が来たじゃない」
「知ってる。三年生の先輩が、どっかの教室で急に倒れたんだっけ?」
「その教室って、音楽室らしいんだけど」
「…………」
顔を見合わせ、しばし沈黙する一同。
その時、タイミングをはかったかのように、窓の外からサイレンの音が聞こえてくる。
「……いや偶然っしょ」
「都市伝説とかいるわけないし!」
再び笑いあう女子たち。
内心に生まれた不安を誤魔化すように。
「サイキック・リベレイター投票の結果に従い、現在武蔵坂学園は、民間活動に従事している」
初雪崎・杏(大学生エクスブレイン・dn0225)が依頼の説明を始めた場所は、放課後の教室だった。
「タタリガミは、私たちエクスブレインに予知されないと高をくくって、学校の七不思議の都市伝説化を進めていたようだ」
それも、ラジオウェーブのラジオ放送ではなく、学校という閉鎖空間を利用して、よくある七不思議を短期間で量産し、手っ取り早く都市伝説を増やそうとしていたらしい。
「だが、予知が可能になった以上、これを放っておくつもりはない」
今回、杏が予知に成功したのは、『音楽室の肖像画』。
「音楽室のインテリアとして定番の、有名音楽家の肖像画だな。放課後、音楽室で1人、ピアノを弾いていると、肖像画の人物が実体化し、ピアノの弾き手を殺してしまう、というものだ。下手な曲を弾くな、とでも言うつもりか?」
条件を満たし実体化した『音楽室の肖像画』の身長や外見は、人間と変わりない。
と言っても、まとっているオーラや瞳の輝きは常軌を逸しているため、たとえ一般人でも、怪しい奴だと一瞬で判別できるだろう。
音楽家だけあり、バイオレンスギターと同等のサイキックを使用する。ポジションはジャマーだという。
「今回の都市伝説の戦闘力は、ごく平凡なものだ。だが、今回の目的は民間活動。より多くの一般人にこの事件を目撃、認識させてほしいのだ」
ここでネックとなるのが『バベルの鎖』だが、その情報の伝播を阻害する力は、直接見た一般人には効果を発揮しない。
そこで、少しでも多くの人間に、直接都市伝説を目撃してもらう事で、人々にダークネスや灼滅者の存在を認識させることが目的となる。
もちろん、目撃者を増やした結果、都市伝説の被害に巻き込んでしまっては本末転倒だが。
「どのように一般人を集めるか、また、都市伝説が敵であり、灼滅者こそが人間の味方だと明確にわかるような説明と行動を工夫してみて欲しい。頼んだぞ」
参加者 | |
---|---|
神凪・燐(伊邪那美・d06868) |
七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504) |
壱越・双調(倭建命・d14063) |
鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382) |
神無月・佐祐理(硝子の森・d23696) |
琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803) |
比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049) |
四軒家・綴(二十四時間ヘルメット系一般人・d37571) |
●黄昏は都市伝説と共に
放課後の体育館。
休憩中の運動部員たちに声をかけたのは、神凪・燐(伊邪那美・d06868)や壱越・双調(倭建命・d14063)だった。
ESPプラチナチケットを使用した上で、教育実習生に扮しているため、生徒たちの向ける目に、不審はない。燐には、教育学部在籍という強みもある。
部活の見学を装い、部員たちの会話の輪に混じると、丁寧に相槌を打つ燐。
(「そろそろいいでしょうか」)
頃合いを見て双調は、自分の方から話題を振ってみる。
「この学校には『音楽室の肖像画』という七不思議があるそうですね」
そのフレーズを耳にした生徒の目の輝きを増したのを、双調は感じた。本気では信じていないというポーズを示しつつも、隠しきれない好奇心が端々からのぞいている。
食いつきのよさを察した燐は、こう誘う。
「興味があるなら、音楽室まで見に来ればいいですよ」
と。
そうして双調たちは、あちこちの部活に顔を出し、生徒たちを音楽室へと向かわせる。
一方、職員室へと向かった四軒家・綴(二十四時間ヘルメット系一般人・d37571)や神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)らは、教師たちを相手に事情を説明していた。
プラチナチケットの効果で信用こそ得ているものの、大事なのは話の中身である。
鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)は、武蔵坂学園の灼滅者を名乗ると、犬変身を披露した。超常現象に理解を求めるためには、実際に見てもらった方が早いだろうと。
驚く教師たち。鈍色の狼犬から姿の戻った脇差は、人命……生徒を護る為に都市伝説を倒す必要があると、説明を続けた。誠実な態度で。
それを聞いた教師たちは、一様に難しい顔だ。何せ、にわかには信じがたい、超常にまつわる事。ただ、生徒たちへの影響があるとなれば、無視するわけにもいかない。
しかし、綴たちの説得のかいあって、完全に理解してもらう事こそできなかったが、校内放送の使用許可をもらうことができたのである。
ならばあとは、実際にその目で見て、判断してもらうよりほかない。この世界の『真実』の一端を。
●目撃者たち
職員室で仲間と別れた佐祐理は、その足で放送室へと向かった。校内放送をかけるためだ。己の本性といえる『サイレン』の本領発揮、というところか。
「校内の生徒及び教師の皆さんは、速やかに音楽室前にお集まりください」
放送を終えた佐祐理は、鷲の羽を広げ、音楽室を目指す。
放送を受け、学校の生徒に扮して潜入していた比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)も、行動を始めた。ラブフェロモンを使いながら、教室や廊下に残っている生徒達に声を掛ける。
「今の放送、聴いたかな? 興味があるなら、案内してあげるよ」
柩は友好的な態度で、生徒たちを音楽室前……目撃現場へと誘導していく。
「はい、皆さん。静かに並んで、私達、の話と言うことを聞いてくださいね」
七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)もラブフェロモンを振りまき、校内を巡る。踊るように軽やかな仕草で、生徒たちを導いていく。
「音楽室へ、大事な物をお見せしに。さあ」
整列と沈黙、安全と集中を言い聞かせ、先導する鞠音。まるで、ハーメルンの笛吹のように。
援護にやってきた山田・透流も、魅了した生徒たちを音楽室まで連れてくると、ESPを解除し、そっと姿を消した。一般人には、あくまでも素の状態で『真実』を目撃してもらいたいからだ。
音楽室の前に、生徒や教員たちが徐々に増えていく。すると柩は、音楽室の扉から少し離れているようにうながした。今に都市伝説が現れるのだと。
音楽室の中では、琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)が待機していた。仲間からの連絡を受けると、ピアノの鍵盤に手を置く。
担当するのは、都市伝説をおびきだすという、重要な役目。
けれど、この任務にのぞむにあたって、準備は万端にしてきた。大丈夫、うまくいく、と気持ちを落ち着けると、輝乃は、ピアノを奏で始めた。
すると。
ほどなくして、壁にかけられた音楽家の肖像画に、妖しい光が灯る。いくつも並んだ画から、ぼうっ、と魂のようなものが次々と抜け出ると、1つに融合し、人の形を成した。
有名な音楽家を思い出させつつ、しかし、誰でもない外見。まさに音楽家のイメージを具現化した都市伝説、『音楽室の肖像画』のお出ましである。タクトを振るような動作で、半透明の鍵盤を現出させると、それを振り上げ、襲い掛かってくる。
その一撃をかわし、廊下へと飛び出す輝乃。スレイヤーカードをかざし、着流しをまとい、右の顔を面で覆う。
輝乃を追い、音楽室を出た都市伝説は、思わず足を止めた。
そこには、灼滅者たち、そして多くの生徒や教員たちがいたのである。
●超常なるものたち
輝乃の無事を確認する脇差。内心の安堵を内に秘め、生徒たちの矢面に立つ。
「さあ、皆さん。新しい真実の時間です」
都市伝説を目の当たりにした生徒や教員たちに、鞠音が告げた。
「え、これが都市伝説?」
「コスプレのおっさん……にしてはなんか怖いよね……」
都市伝説の放つ異様な雰囲気に、生徒や教師は警戒心を強めた。そして、眼前の男が鍵盤を奏で、破壊の力を振りまいたのを見て、それが危険な存在だと確信する。
人々をかばい、次々と武器を、あるいは戦装束を解放していく灼滅者たち。中でも生徒の目を引いたのは、独特の戦闘スーツに身を包んだ綴であった。
「さあ覚悟しろこのモー……ベー……えーと……誰だ貴様ッ!? まあなんでもいいッ!」
相棒であるライドキャリバー・マシンコスリーの突撃に連動し、綴もビームを放った。
駆け付けてくれた吠太たちにギャラリーの守りを頼むと、佐祐理が盾を掲げ、突進した。ひるむ都市伝説を、勢いよく吹き飛ばす。
床を滑りつつも反動を抑える都市伝説だったが、既に輝乃によって照準を定められていた。二体の片翼の人形の力を借り、砲撃を放つ。
直撃を受け、目をらんらんと輝かせた都市伝説が、疑似鍵盤で綴を殴る。
挑発するような灼滅者たちの攻撃を見ていた生徒が、気づきの声を上げた。この人たちは敵の注意を集めることで、自分たちを傷付けないようにしているんじゃないか、と。
それでも時に、戦闘の余波が、ギャラリーに及びそうになる。
その時、窓の外から飛び込んできた巨大浮遊ウニ……雲・丹が、流れ弾をガードした。正体不明ながらスタイリッシュ感漂うウニに、皆の視線は釘づけだ。害はないんよ、とトゲを振るが通じてなさそうなので後で説明しよう。
「ええ、大丈夫、必ず守ります」
同様に生徒の盾となった燐が、穏やかに語りかける。そして、敵の注意を引き付けるように走り回ると、敵の死角に回り込み、ダイダロスベルトを突き立てた。
戦闘の激しさに、思わず顔を覆う生徒もいる。だが、双調が、交通標識を構え、都市伝説の前に立ちはだかる。
「怖いでしょうが、目をそらさないで、しっかり見ていてください」
生徒たちを振り返りそう告げると、双調は仲間たちに黄色の加護を展開した。
ギャラリーが自分たちに向ける視線の意味が、徐々に変わりつつあるのを感じながら、『死者の杖』を掲げる柩。虚空に絵を描くようにそれを振るうと、雷撃で都市伝説を焼き焦がした。柩のその所作は、まるで魔法使いのよう。
都市伝説が鍵盤を奏でようとした瞬間、鞠音のキックが炸裂した。相手を吹き飛ばしつつ、スマートに着地した鞠音は、生徒たちを振り返り、
「そういえば、今日の給食は何でしたか?」
そんな日常会話を挟む余裕があるほど、灼滅者たちは優勢であった。
己が断斬鋏『歳寒松柏』を振るう脇差。これはただの裁縫道具にあらず。都市伝説を鮮やかに裁断すると、錆の侵食にて脇差への敵意を植え付ける。一般人を意識の外に追い出すように。
●灼滅者のダークネス講座
常人にはとらえきれぬ速力で、都市伝説に接近する燐。相手がその動きについていけぬうちに、斬撃を重ね、相手の服を布切れに変えてしまう。
都市伝説も負けじと、鍵盤に両の十指を走らせる。破壊音響が灼滅者たちの体を打つ。
「うわ、痛そー……」
刻まれていく傷に、生徒たちから悲痛な声がもれる。
だが双調は、心配はいりません、と微笑むと、神薙の力を顕現させる。すると、みるみるうちに灼滅者の傷口がふさがっていくではないか。
劣勢の都市伝説に対し、灼滅者たちの攻勢は激しさを増すばかり。
態勢を立て直そうと、灼滅者から距離をとった都市伝説は、奇しくもギャラリーの近くに迫る。だが、その間に脇差が割って入った。接近時の速力と床の摩擦を利用して繰り出した火炎蹴りで、相手を、生徒たちとは反対方向の床へと叩きつけてやる。
獅子の姿をした影業で、ギャラリーを常に守る輝乃。大地の畏れを自身にまとうと、幾重もの斬撃で都市伝説に反撃の暇を与えず、その場に釘付けにした。
その隙に、綴が都市伝説に組み付いた。天井の高さを意識しつつ、ダイナミックな技を披露すると、ギャラリーから歓声が上がった。
起き上がる都市伝説をつかんだのは、ただの影ではなく、佐祐理の影業だった。都市伝説の背丈よりも高く伸びあがると、その身を一気に飲み込んだ。
「粗製乱造した都市伝説の力なんて、所詮こんなものさ。さあ、ボクが癒しを得るための糧となってくれ」
柩が突き離すように言い放つと、巨大な十字架を降臨させた。裁きの光が、周囲を白く染めると、圧倒的な攻撃力で都市伝説をねじふせた。
決めにかかったのは、派手な挙動でギャラリーを魅了していた鞠音だった。大太刀である『雪風・零』を自在に振り回すと、都市伝説を両断した。
周囲の備品は傷つけず、ただ都市伝説のみを断ち切る。その鮮やかな技は、さすが歴戦の灼滅者、と言うべきであろう。
遂に力尽きた都市伝説は、空気へと溶け込んでいくのだった。夢幻のように。
「……どういうことか、改めて説明してもらえませんか、生徒たちも不安がっています」
ざわつく生徒たちの心情を代弁するように、最も年長の教師が言った。
任せろッ、と胸を叩く綴。話を積極的に聞いてくれるのなら、願ってもない。
「こういう現象は七不思議……都市伝説と言って、私達が実際に対処しています」
「あの都市伝説は、ダークネスという悪意を持った存在が噂を具現化させた危険なものだ」
双調や脇差の説明に、人々が耳を傾ける。生徒たちの反応が芳しくないと見れば、すかさず鞠音がフォローに入る。
脇差の怪我を心配しつつ、輝乃も、実際に用いた殲術道具を披露し、その力について語る。
続いて佐祐理が、スタイリッシュモードを発動しつつ、背中の翼を動かしてみせると、生徒たちから声が上がった。
どよめく生徒たちに、先ほどまでガードに回っていた志賀野・友衛も、人狼としての耳と尻尾を披露した。これはコスプレなどではないぞ、と言い、ぴくぴく、ふりふり、と動かして見せる。
「どうだ、俺達も化け物に見えるか? だが同じ人間として被害を防ぎ、命を護りたいと願っている事だけはどうか知っていて欲しい」
「灼滅の力を得るために、異形の者もいますけど、決して驚かないでくださいね~」
そう訴えると、おのおのの連絡先を渡す脇差や佐祐理たち。
「今後こういう事件がありましたら、私のSNSアカウントに連絡をお願いします」
「目の前にあるのは実際に起こっていることです。信じなくても、覚えていてくださいね」
部活で接した生徒たちに語り掛け、燐は神凪の家の連絡先を渡した。
教師たちがどう対処すべきか答えを出せずにいると、1人の生徒が進み出た。生徒会執行部の一員であろうか、他の生徒より大人びた態度で灼滅者たちに一礼すると、
「私たちを守ってくれて、ありがとうございます。もし皆さんが来てくれなかったら、私たちは危ない目にあっていたかもしれません」
それが呼び水となったように、他の生徒たちからも、次々と感謝の声が上がる。顔を見合わせる灼滅者たち。どうやら、活動はおおむね上手くいったらしい。
説明を終えた柩は、生徒から情報を集めるのも忘れない。七不思議の噂が特に語られるようになった時期などを。
「やっぱり、灼滅者が他のダークネスに構っている間に、タタリガミも裏で準備を進めていた、っていうことなのかな」
散発的に出現し、その都度対処してきた都市伝説。その裏で糸を引くタタリガミとも、組織的な戦いになる時がくるのだろうか。
だがその時、一般人が力になってくれたなら、心強いに違いない。
作者:七尾マサムネ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年2月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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