小さな火種と見えない記憶

    作者:零夢

     目を開けたら、いつもの見慣れた天井が見えた。
     お姉ちゃんと二人で使っている、子供部屋の天井。
    「……あれ、ぼく……?」
     どうして寝ていたんだろう。
     布団はかぶっていないけれど、ベッドに横になった記憶もなかった。
     まただ。
     また記憶が抜けている。
    「やっと起きたの、梓。いつまで寝る気かと思っちゃった」
     ゆるゆると起き上がると、ベッドの脇で本を読んでいたらしいお姉ちゃんと目が合う。
     お寝坊さんだね、なんて笑われて、ふと見た窓の向こうの空は茜色に染まっていた。
    「もう、夕方……?」
     どうしてだろう。
     さっきまであんなに日は高かったのに。
     さっきまで、お姉ちゃんと二人で公園に居たはずなのに。
     そんなぼくの心を読んだみたいに、お姉ちゃんは話してくれた。
    「公園で遊んで帰ってきたら、梓ってばちょっと目を話した隙に床で寝てるんだもん」
     びっくりしちゃったよ。
     よっぽど疲れてたんだね。
     ここまで運ぶの、大変だったんだから――。
     そう言ってお姉ちゃんは、くしゃくしゃとぼくの髪を撫でる。
     その手があったかくて、なんだかほっとした。
    「あれ、お姉ちゃん……」
    「うん?」
    「服、違うね」
    「あぁ。いっぱい遊んで汗かいちゃったたから着替えたの」
    「そっか。……ねぇ、お姉ちゃん」
    「なあに、梓」
    「………………ううん。なんでもない」
    「そっか」
     お姉ちゃんが優しく笑う。
     お姉ちゃん、どうして腕に火傷をしてるの――その言葉が、言えなかった。
     半袖から長袖に変わっていたシャツが、それを隠そうとしているようで。
     触れてはいけないのだというようで。
     どうしてだろう。
     公園から帰って来たことをカケラも覚えていない。
     公園に行って、それから記憶は途切れている。
     何があったのだろう。
     記憶がなくなる度に、お姉ちゃんの火傷の跡が増えている気がする。
     覚えのない眠りから醒めると、いつもお姉ちゃんが側にいてくれる。
     それが嬉しいはずなのに、思い出せない時間が怖かった。
     思い出せないのはすごく怖い。
     ……それとも、怖いから思い出したくないのかな。

    「人の記憶というものは、時として自分を守るために消えてしまうことがあるそうです」
     途方もない痛みとともに生きられるほど、人は強くはない。
     だから、一種の防衛機能というものらしい。
     脳というのは中々に都合のいいヤツだ。
     果たしてそれは、人並み以上の頭脳を持つエクスブレインにも当てはまるのか否か。
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、ただ穏やかに微笑んでいる。
    「今回、闇に堕ちかかっている男の子、蓬生・梓さんもまた、似たようなものなのかもしれません」
     心の中に残っているはずなのに、表に出てくることのない記憶。
     過ごしたはずの、見えない時間。
    「梓さんは闇堕ちによりイフリートとなりかかっていますが、まだ人としての意識を残し、得体の知れぬ不安と戦っています。放っておけば遠からぬうちに完全なダークネスとして覚醒してしまいます。ですから、その前にお願いしたいのです」
     人に戻れるのならば救出を。
     堕ちるのならば灼滅を。
     いずれかの形で、少年の闇にケリをつけなくてはならない。
    「梓さんの異変に最初に気づいたのは、彼のお姉さんでした」
     面倒見のいい姉は、年の離れた弟をそれはそれは可愛がっていた。
     だから異変に気づいたときも、それが弟の本来の姿でないことを見抜いていた。
     見抜いた上で、彼を守るべく秘密を胸に閉じ込めた。
     周囲にだけではない。
     気づいていない彼自身に対しても。
     もしも知ってしまえば、人と違う己に戸惑い、きっと自身を責めるだろうから、と。
    「気づいて以来、お姉さんはほとんどの時間を梓さんに付き添うように過ごしています」
     一緒に家を出て、一緒に帰ってきて。
     家では当然ずっと一緒だし、大抵の休日は公園か河川敷などに二人で出かける。
     そうして人としての意識が飛んだとき、彼女は誘うように人気のない場所へ逃げるのだ。
     ただただ弟の狂気を見守り、その激しく揺れる熱が静まるのをじっと待つ。
     いくら年の差があり、身体能力にも差があるはずだといっても、闇堕ちした存在の前で、そんな差はなきに等しい。
    「今はまだ火傷で済んでいます。けれど、このままでは梓さんはいずれ、他ならぬ自分自身の力で大切なお姉さんを手にかけてしまうことになります」
     そんな意識も無いままに。
     そうして我に返ったその時に、守ってくれる人は最早いない。
     嫌でも事実を突きつけられる。
     己の内に、眠る獣を。
     閉じ込めていた記憶の意味を。
     そうなっては、梓は人としての意志をとどめられず、完全に闇に堕ちてしまうだろう。
    「梓さんは、次の休日にお姉さんとともに公園にいます。皆さんはその時に接触し、まずは彼の状況を優しく教えてあげてください」
     あまり混乱させるようなことを言っては二人への心証が悪くなり、また、その混乱をきっかけに、梓が説明の途中で獣の衝動に駆られてしまうかもしれない。
     ゆっくりと、二人の想いを汲んだ上で説得できるといいだろう。
     もしもその過程で、人としての梓の心に何かしらの想いを残すことが出来たら、イフリートとしての彼と戦うとき、その戦闘能力に変化を起こすことが出来るかもしれない。
     説得の出来の如何に関わらず、梓を完全に闇から救い出すためにはその闇を倒さねばならないのだ。
     説得に成功すれば彼の意志を伴い獣を呼び出すことになるだろうし、刺激しすぎたとしても、それによって獣は目覚めるだろう。
     もっとも、後者の場合、戦闘が厄介になるだろうが。
    「同じように闇と向き合う皆さんだからこそ、梓さんへ差し伸べられる手というものがあると思うのです」
     だからどうか、お願いしますね。
     姫子は小さく頭を下げたのだった。


    参加者
    西田・葛西(迷い足掻く者・d00434)
    村上・忍(龍眼の忍び・d01475)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    高柳・綾沙(湖望落月・d04281)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    火倉・紅姫(優しいヤンキー・d05484)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    太治・陽己(人斬包丁・d09343)

    ■リプレイ

    ●小さな火種と守る人
     その日、公園のベンチで姉と並んでいた蓬生梓の足元にどこからかボールが転がってきた。
     あっと思うと、すぐに声が掛かる。
    「すまねぇ! そのボールとってくれるか?」
     火倉・紅姫(優しいヤンキー・d05484)が手を振りながら駆け寄れば、他の面々も続いた。
     すいませんね、との村上・忍(龍眼の忍び・d01475)の目礼に、姉の弓音が軽く会釈を返す。
     近所で会ったかもしれない、そんな感じだ。
    「はい、これ」
     そう手渡した梓は、興味津々にボールを見つめている。
     一緒に遊べたら楽しいかな――。
     そんな顔をする梓をトランド・オルフェム(闇の従者・d07762)が誘う。
    「宜しければ、一緒に遊びませんか?」
    「えっ、いいの?」
     ぱぁっと梓の表情が晴れ、
    「ごめんなさい。……でも」
     いいんです、と躊躇いがちな弓音の言葉で、その笑みは消えた。
    (「……また、いつもみたいになってしまうかもしれないし」)
     小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)の頭に響く、弓音の本音。
     彼女は決して、弟を悲しませたいわけではない。
     守るために自由を奪う。それは彼女にとっても辛い決断だったろう。
    (「大丈夫ですよ」)
     優雨が弓音の肩に手を添え言葉を流し込むと、瞬間、弾かれたように弓音は顔を上げた。
    「あの、今……!?」
     声なき声への当然の戸惑いに、優雨は優しく微笑む。
    (「私達は梓君のために来ました。そこでまず、あなたとお話したいのです」)
    「……っ」
     梓君のために――その言葉で、弓音は迷うように弟を窺い、灼滅者を見、そして頷いた。
    「えっと、私は、ここにいるから。……梓は遊んでおいで」
     それは小さな決意の言葉だった。

    「……つまり、お姉さん達は灼滅者で、梓もそうかもしれない、と?」
     説明を終えての弓音の確認を、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)が首肯する。
     弓音の隣に腰掛けた彼女の指先では、ちろちろと炎が揺れていた。
     先ほど自分で傷つけ作りだしたものである。
     よく見知ったそれに、弓音はただ黙って治胡と優雨の話を聞くことを選んだ。
    「このままだと、梓君は力を抑えきれずに多くの人を傷つけてしまいます。その前に、弓音ちゃんからも語りかけてあげてくれませんか?」
     身に覚えがあるだろう優雨の言葉に、弓音は口を結び、己の腕を掴む。
     そこに、未だ癒えぬ痕があるのだろう。
    「弟、元に戻したいだろ」
     俯く弓音に、治胡はぽつりと言った。
     返答はないが、この場合の無言は肯定のはずだ。
    「俺達は、坊や、そしてアンタも、助ける為に来た。騙されたと思って俺達に任せてくれねーか」
     そして梓を助けるために、姉である弓音の力も貸して欲しい。
     その言葉に、弓音はゆるゆると首を横に振ると、ゆっくり顔を上げた。
    「騙されてなんて、あげません」
     だから、どうか絶対に。
     壊れそうに、弓音が笑った。

    ●見えないものを探りあて
    「梓?」
     ぼうっとしている梓に気づき、太治・陽己(人斬包丁・d09343)はパスの手を止めた。
     視線の先には弓音達がいる。
     心配、なのだろう。
    「気になるか?」
     西田・葛西(迷い足掻く者・d00434)の言葉に、梓は首を縦に振る。
     タイミング的にも、合流するには丁度いいかもしれない。
     そろそろ、あちらの話も一段落していそうだ。
    「じゃ、一緒に行ってみましょ」
     ね、と高柳・綾沙(湖望落月・d04281)が促せば、梓はちらりと姉達を窺い、再び綾沙を見上げた。
    「でも……」
     何かしらの空気を察したらしく、梓は躊躇う。
     と、その髪を柔らかに撫でる者がいた。
     忍である。
    「ねえ、怖い事から逃げても怖いままでしょう?」
     怖くともいずれ立ち向かわねばならない。
     それは自分だけじゃない、傍にいてくれる人のために。
     含みのある言葉に、梓はしばし忍を見つめると、やがて覚悟を決めたように頷いた。
    「……あの、行ってもいい?」
    「もちろん!」
     灼滅者達に寄り添われるようにして梓が近づけば、あちらも気づいて腰を上げる。
    「梓」
     弓音は短く呼び、そして続きを躊躇うように目を伏せた。
     治胡と優雨はそんな彼女をただ見守る。
     弓音は口を開き、口を閉じて。
     そして、首を横に振った。
     ずっと堪えてきたものを突然全て話すというのはやはり難しいのだろう。
     代わりにトランドが続きを担う。
    「君は記憶が無くなることがあるそうですが、何故か知りたいですか?」
    「え?」
     唐突な言葉に、梓はぽかんとトランドを見上げた。
    「弓音君が言い躊躇っていることと、君のその記憶は同じものです」
     守るために隠してきたこと。
     けれど今、本当に守るためには知らないことと向き合わなくてはならない。
    「ねぇ、どういうこと……?」
     梓は弓音とトランドを交互に見つめ、大きく目を見開く。
    「知りたいですか? それが、耳に優しくはないことだとしても」
     その言葉で、梓は視線の合わない姉を窺い、はっとした。
     弓音は左手で右腕を押さえ、隠すように半身を引いている。
     そこにあるのは、何だった?
    「梓君は弓音君の火傷痕を見たことはありませんか?」
     梓の気づきとトランドの問いはほぼ同時だった。
     本当はどこかでわかっていたこと。
     認めなくちゃいけなかったこと。
    「ぼく、が……?」
     声が震えていた。
     それでも、それは否定できる質問ではない。
    「今まであった事は無かった事にしてやれない」
     膝をつき、目線を合わせた陽己は真っ直ぐに言う。
     たとえ思い出せずとも、何も消えやしない。
    「しかし、変えられるはずだ。お前の望む様に」
     お前はどうしたい?
     不変のものと可変のもの。手を伸ばす先は、梓が決めなくてはならない。
    「ぼ、くは――」
     こめかみを押さえ目を瞑り、梓は後退る。
    「梓君、これを見て欲しい」
     葛西は弓音の横にしゃがむと、失礼、とその袖をまくった。
     現れたのは、引掻いたように走る火傷痕。
     だが葛西が手をかざし、甲についた盾の力を解放すると、痕はすっと消えていく。
    「あ……」
     梓の瞳から、微かに脅えの色が消える。
    「……っ、でもっ」
     癒えれば赦されるわけじゃない。
     本当につらいのは、ずっと傍で耐えさせてしまったことで。
     いやいやと首を振る梓に、綾沙が呼びかける。
    「大丈夫、大丈夫よ。みんなと違うコトに脅えないで」
     人と違うのは悪いことなんかじゃない。
     だって、皆違うんだから。
    「そうだよ、梓!」
     絞るような声で叫んだのは、弓音だった。
    「他の人と同じじゃなくても、私は梓のお姉ちゃんで、梓は私の弟だよ!」
     姉は抱きしめようと腕を伸ばし。
     弟は、その腕を振り払うように突き飛ばした。
    「だ、メ……!」
     掠れた声で拒絶し、ばっと離れると、梓の小さな体躯から溢れんばかりの炎が漏れ出す。
     まだかろうじて意識はあるようだが、それも時間の問題だ。
     その時間がゼロになったとき、姉弟のどちらも傷つかせるわけにはいかない。
    「その力の闇に飲まれるな。俺達が闇を消してやる」
     カードを解放し、ライドキャリバーにまたがった紅姫が梓の前に立ちはだかった。

    ●揺れる心は燃え盛る
    「梓っ!」
     咄嗟に駆け寄ろうとした弓音を、治胡が押し留める。
    「待て。こっからは危ねぇぞ」
     危ないだけでない、弟の狂気を直視しなくてはならない。
     それでもいいのかと治胡は弓音を見据える。
    「……お願いします、いさせて下さい」
     はっきりとした言葉。
     それを望むのならば、止める者はいない。
    「では、私よりも後ろにいて下さいね」
     優雨は弓音を守るための約束をお願いする。
     前衛が破れても後衛の自分が守る、それが今の最善であるはずだ。
    「帰ってきたらお帰りと言ってやってくれ」
     陽己は弓音に告げ、封印を解除、現れた日本刀を手に走り出す。
     からん、と投げ捨てられる鞘。
     それは倒れるまで刃を逸らさない覚悟。
    「……『恵』」
     忍も解除コードを呟き後に続く。
     大切な名前、愛しい音が、力をくれる。
     灼滅者達は弓音を庇うように、そして梓を受け止めるように陣を取る。
     溢れる炎が異端の証であろうと、恥ずべきことではないのだから。
    「アアアァァァァ!!」
     咆哮とともに飛びくる梓の拳が治胡を撃つ。
     それでも治胡は笑ってみせた。
    「大丈夫、大丈夫だ……!」
     焦げ付くような熱。
     それは心の闇で、そして灯にもなる。
     表裏一体のそれをきちんと制すれば、不安も怖れも消えるから。
    「怖がらなくていいんだぜ。全部受け止めてやっから」
     誰も救われない運命は、俺がぶっ潰してやる!
     治胡の炎が梓を圧し返す。
     そして、梓が体勢を立て直す前に葛西が飛び出した。
    「忘れるのが悪いことだとは言わない。だが忘れてはいけないこともある」
     背負うものが重くとも、壊れたいほど辛くとも。
     傍に寄り添う人がいる。
    「君は独りじゃない、君を助けたいと願う人がいる。何より、大切な家族がいる」
     聞こえるだろう? 呼び声が。
     展開した障壁を振り下ろせば、呻くように梓は飛び下がった。
    「フーーッ、フーーッ」
     灼滅者たちを見つめ、肩を怒らせ息をする。
     獰猛な瞳の、脅える獣。
     そんな梓を包むように綾沙は微笑んだ。
    「脅えないで、少年。人と違う力は辛いコトじゃないのよ」
     違うコトは、楽しいコトだ。
    「アタシと少年も『違う』から楽しく遊べるのよ。ヘンに気にする必要なんてないわ」
     信じられないのなら、もう一度遊んでみればいい。
    「さァて少年、さっきの続きといきましょ!」
     ボールを模した自身の影を、綾沙は大きく蹴り上げる。
     黒と紅が戯れるように絡み合い、梓の動きを抑え込む。
     そこへ漆黒の狩猟犬が喰らいついた。
    「梓君、その力は使いこなせば弓音君だけでなく、沢山の人を救うことだって出来るんです」
     トランドの言葉と同時に、彼の影たる狩猟犬が梓を引き裂けば、その傷口から新たな炎が煌々と噴出す。
    「オォォォ!!」
     火の粉を散らし本能のままに吠え、梓は地を蹴る。
    「梓君……」
     優雨はそっと呼びかけると、祈りを込めて歌いだす。
     たとえ、今はうまく聴こえなかったとしても。
     闇に負けちゃだめだよ。
     今までは弓音ちゃんが守ってきてくれた。今度は梓君が守る番だよ。
     だから、がんばれ。
    「ア――ァッ!!」
     耳を塞ぎ、歌を掻き消すように叫ぶと、梓は忍に向かって炎を振りかぶる。
    「梓君、聞こえますね? その力が怖いですか?」
     忍はその身で以って受けきり、唸る梓と向き合った。
    「大丈夫、大した事ありませんよ。そいつは貴方が逃げない限り……ほら、私一人さえ壊せない!」
     だから大丈夫だと。
     そんな力、恐るるに足りぬと。
     同じ獣の熱をぶつけ、忍は強く断言する。
    「ギャンッ!」
     梓が押し負け、すかさず陽己が前に出た。
     振りかざすは異形と化した巨大な腕。
    「早く。早く戻ってこい」
     闇に堕ちれば楽かもしれないと思うことがある。
     けれどやるべきことや守るべきものを思っては、やはり負けられないと思い直す。
     自分は家族を守るために彼らを捨てることしか出来なかった――でも、お前は違うだろう?
    「待っててくれる家族が、いるんだろう」
     殴り飛ばされ、それでも梓は立ち上がる。
     炎を纏った小さな体で。
    「お前は絶対に救う! もう俺の目の前で誰一人失わせねぇ!」
     紅姫は大鎌片手にアクセルを踏み込むと、いつか己の手に掛けた友を思う。
     あんなやりきれない思い、もうごめんだ。
     転がるように走り来る梓に正面から挑む。
     振り下ろされる鎌、ぶち当たるタイヤ。
     必死に受け止め、耐える梓。
     しかし、その炎が衰え始める。
     後一押しだ。
    「姉貴は信じてるぞ! 絶対に元のお前に戻るって!」
    「――!」
     理性はないはずなのに、それに応じたように梓の力が緩み、瞬間、吹き飛ぶ。
    「……姉を守れる強い男になれよ」
     紅姫の言葉に、梓はぴくんと反応し、そして、意識を手放した。

    ●寄り添い合える温もりで
     一連の戦いの後、呆然と立ち尽くす弓音に駆け寄ったのは忍だった。
    「……よく頑張りましたね」
     戸惑う少女に顔を見せぬよう抱きしめ、耳に囁く。
    「私、梓君だって判ってるのに獣を、私を倒せて笑ってしまうんです」
     どんな顔をしているのか、自分でもわからない。
     これは己と同じ獣を倒した懺悔なのか。
    「もう、無茶はしないでね」
     梓が自分と同じにならぬよう、弓音が苦しまぬよう想いを込めて抱きしめ、解放する。
     行っておいでとその背を押せば、弓音は頭を下げて駆け出した。
     すると、気づいた優雨が手招きして微笑む。
    「梓君、目が覚めましたよ」
     それに安堵した弓音が梓を見ると、彼は視線を逸らした。
    「梓?」
    「……えと、その。ごめんなさい」
     申し訳なさそうに梓が言う。
     辛くて、重くて、苦しくて。
     けれどそんな空気を払うように、紅姫は明るく梓の頭をポンと撫でた。
    「良かったよ、おめぇが無事で」
     それが何よりの最重要事項だ。
     陽己も頷いて見せれば、綾沙も言う。
    「もう覚えてないコトに怯える必要はないわよ。これからはいいコトも悪いコトも、忘れられない思い出でいっぱいになるんだから覚悟しておきなさい?」
     覗き込むと、梓はようやくはにかむような笑みを見せた。
    「ぼく、もう平気かな……?」
     自分の手を見つめ、炎が出ないことに安堵する。
     けれど、力が消えたわけではない。
    「ごめんな、坊や。あれは無くなるモンじゃねぇんだ」
     治胡が教えてやると、えっと梓は息を呑む。
     だがすぐに、トランドが「大丈夫ですよ」と続けた。
    「私達が通う学園に来れば、正しく使えるようになります。もし君も誰かを守るために戦いたいと思うなら是非来てみてください」
     目覚めた力は消えないが、活用することはできる。
     葛西も頷き、梓を励ます。
    「今までは姉が君を守ってきた、今度は君が姉を守ってあげるんだ」
    「守る……」
     小さく繰り返すと、梓は視線を動かし姉を見た。
    「お姉、――」
     呼びかけて、抱きしめられる。
     突き放した腕は、もう一度求めてくれた。
    「梓、梓……っ」
     弓音は幾度も呼ぶと、やがて梓に囁いた。
     梓、おかえり。
     そして、いってらっしゃい。
    「弓、姉……」
     恐る恐る、梓は姉の背に手をまわす。
     もう、それは全てを焼き払う熱じゃない。
     今度は守るための炎になるから。だから。
    「いってきます、お姉ちゃん」
     梓は強く抱き返した。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 16/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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