夕方、河川敷に架かる鉄橋。
蝙蝠の群れを引き連れた人影が欄干の上を疾駆する。
纏う色は黒。
豪奢なフリルとベルベットのリボンがついたブラウスと丈の短いジャケット。蠱惑的な太腿を覆い隠すストッキングには薔薇があしらわれ、彼女の肢体を艶やかに飾り立てる。
輝く金髪を巻いて黒い口紅を刷いたヴァンパイアの名をエヴゲニヤ。
「さて、次の子は私をどれほど楽しませてくれるかな」
彼女にとって任務は遊戯。
闇落ちしたてのヴァンパイアを手ほどきする愉悦に唇を舐め、更に足を速める。
「みんな、集まってくれてありがとう」
須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)はまず、サイキック・リベレーターの投票によって民間活動を行うことになったと説明した。
「エクスブレインの予知もできるようになった矢先に、ヴァンパイア達が闇落ちしたばかりの一般人を確保して戦力を拡充してたことが分かったんだ。事件を起こす前なら、こっちに察知されずに連れ去ることができるからね。だから、皆には闇落ち一般人の救出と同時にそれを確保しようと近づいているヴァンパイアの迎撃をお願いしたいんだ」
回収にくるヴァンパイアはエヴゲニヤという女で、眷属のタトゥーバットを12体ほど護衛として引き連れている。
「迎撃ポイントは闇落ち一般人の説得と戦闘を行う踏切からほど近い河川敷の鉄橋。かなりの強敵だけど、ここで迎撃に失敗すると闇落ち一般人の対処をしている場面に乱入される危険性があるから、灼滅が難しい場合でも何とか撤退には追い込んで!」
エヴゲニヤの疾駆する鉄橋は幅10メートルほどの鉄道用のもの。戦いが長引かない限りは電車通過の恐れはなく、一般人が迷い込む心配もないため、こちらのチームは民間活動の準備をする必要はない。
彼女の得物は背を突き破って出現する骨の翼だ。
近列のヒールで眷属の回復を行いつつ、近づく者の生気を奪い、離れた敵を催眠に誘う。最初は欄干の上に佇み、前述したダンピールと同様の攻撃を行うが、興に乗ってくると骨翼を断斬鋏のように使って敵陣に切り込んでくる。
こちらの近単攻撃は非常に殺傷能力が高いため、まともに受ければ体勢を立て直すのが難しくなるだろう。
「みんななら大丈夫って信じてるけど、相手は強敵のヴァンパイア。しかも、撃退できなければ闇落ち一般人も助けられなくなるかもしれない……気を付けて、行ってきてね」
まりんは神妙な面持ちで言い、説明を終える。
窓の外は既に黄昏の気配が迫っていた。
参加者 | |
---|---|
レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162) |
伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267) |
羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908) |
咬山・千尋(夜を征く者・d07814) |
久遠寺・四季(吸血少年・d10100) |
新月・灯(誰がために・d17537) |
蔵座・国臣(殲術病院出身純灼滅者・d31009) |
若桜・和弥(山桜花・d31076) |
夕暮れの橙色に鉄橋の幾何学模様が影となって伸びてゆく。蝙蝠の群れを引き連れて疾駆するエヴゲニヤは予定外の妨害を受けて、鉄橋の中ほどで足を止めた。
●不通の橋
「そんなに急いでどうした」
蔵座・国臣(殲術病院出身純灼滅者・d31009)の問いかけに、エヴゲニヤが答える。
「可愛い子をお迎えに」
にやりと唇を歪め、含み笑いをする姿に咬山・千尋(夜を征く者・d07814)は嫌悪を露わに槍を構えた。
「まだ雛なのでね。飛び方を教えてあげなくてはならないのさ」
「堅実に組織拡大を目指して頑張ってるあたりヴァンパイアらしいというか、そこに遊戯だとか悦楽だとか個人の趣味をねじ込んじゃうところもやっぱりヴァンパイアらしいというか……とにかく悪趣味ね、うん」
羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)の呟きに新月・灯(誰がために・d17537)が頷いた。
「英語アルファベット四番目の方がいたら絵になったんですけどね……」
「ああ、なるほどね」
ピンと来た伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)は拳を握り締め、ゆっくりと構えた。背後には川向いの住宅街がある。もう一方の班が向かっている先だ。彼らに心置きなく戦ってもらうためにも、ここは絶対に通すわけにはいかない。
「邪魔をするつもりかい?」
「そう焦るな。せっかくなのだから、暗くなるまで待ってはどうだね? 夕暮れ時とはいえ、まだ眩しいだろう」
それとも、と国臣は続けた。
「よほど余裕が無いのか、吸血鬼」
「ふふっ、仕事熱心だと言って欲しいところだね!」
――言い終わるより先に、エヴゲニヤの背から禍々しい形の翼が生えた。若桜・和弥(山桜花・d31076)の打ち合わせた拳の音が――開戦の合図。
「望むところ、といった感じでしょうか? それではお相手します」
足場を蹴って跳ぶ和弥の周囲に蓮太郎によるオーラの盾が出現する。
「まず、体勢を整えるのは大事ですよね」
久遠寺・四季(吸血少年・d10100)は眼鏡を指で押し上げて、周辺を血霧で覆い隠す。
「吸血鬼の霧よ、仲間に纏い、その奥底に眠る魔力を呼び覚ませ!」
防御と攻撃両面の援護を受けた千尋は初手からフルパワーで螺穿槍を蝙蝠の群れへと突き立てた。
「キキッ!」と悲鳴を上げたコウモリが超音波を発しようとするが、額をレイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)の操作する帯によって貫かれる。
「まずは、一体目……」
交錯する音波と氷撃、そして除霊結界がその威力を発揮する中で灼滅された蝙蝠の羽が千々に飛び散る。
「せやッ!」
蓮太郎の双眸が燃えるような闘志を宿して、ティアーズリッパーによる特攻から無数の拳を叩き出した。
「逃がさないわよ」
ギュィン、と結衣菜の広げた手から放たれた光輪が鋭利な弧を描いて飛翔――二体目を仕留める。
「さあ、どんどんいきましょう」
数が多い分、蝙蝠の体力はそれほどないようだ。
「なかなかやるね」
エヴゲニヤの翼が振動して催眠に誘う怪音を発する。千尋は宵闇を写し取ったかのようなマントを翻して彼女の脇をすり抜け、スターゲイザーによる蹴撃を繰り出した。国臣の纏う白衣が夕風にはためき、その布地に蝙蝠を燃やし尽くすゲシュタルトバスターの炎影が写り込む。
「全てを凍らせる冷気を、食らいなさい!」
四季の叫びと同時に蝙蝠を冷気が包み、凍らせてゆく――!
(「あたしの中の闇がザワついている――……)
自分の攻撃がどれだけ相手に効果を与えているかを注意深く観察しながら、千尋は踊るように戦場を駆け回る。
「エフェクトがかなり効いてきましたね」
「ええ、いい感じだわ」
同じ戦法で敵を翻弄する灯と結衣菜の言葉に頷き、再びグラインドファイア。
夕闇に飛ぶ蝙蝠が燃え尽きるさまはまるで鬼火のようだ。
「もうすぐ闇が来るな」
西の地平線に沈む太陽に視線を向けながら、千尋は独り言のように呟いた。
「長引くとよくないですからね。頑張りましょう!」
明るく言う灯に、ふっと笑みを見せて頷く。
「ここで消えてもらいます!」
炎に包まれた蝙蝠の群れを穿つ、ダイダロスベルトの疾走。
「よし!」
小さくガッツポーズして、灯は再び縛霊手を構えた。
●転機
「まったく無粋だな。人が楽しみにしている仕事の邪魔をするとは……それとも、それ以上に楽しませてくれるのかい?」
眷属を盾にしながら、エヴゲニヤは骨翼を羽ばたいた。
「っ……!」
和弥は拳で目を庇い、それでも振り切って彼女を見据える。
「いい目だ。踏みにじって泣かせたくなるほどにね」
「――できるものならどうぞ」
代わりに応えたのはレイだ。
彼は複数の回復手段を自在に操り、仲間の援護を行っている。的確に状況を分析して必要なサイキックを使いこなして、戦線を維持する。
(戦況はこちらが有利だ)
ただし、現在のところはという注釈がつく。
「そろそろですね」
攻撃の属性を切り替えながら和弥が言った。
蝙蝠の数が大分減ってきている。
「ああ」
レイが頷いた。
遂に9体目の蝙蝠が倒された時、戦況が変化した。
「いくぞ」
気合を込めて、蓮太郎は敵を――エヴゲニヤを見据えた。
その標的が自分であることに気づいた彼女は、くすりと唇の端を歪めた。蓮太郎は鍛えられた身のこなしで彼女の懐に滑り込み――護衛役の蝙蝠が十分に減っていたのでそれは見事に決まった――鋼鉄と化した拳をそのこめかみへと叩き付けた。
「ふふっ……!」
痛みすら快楽と変えて、エヴゲニヤはそれまで佇んでいた欄干から飛び降りる。
「来ましたね!」
四季は銘刀【夜燕】を構え、突撃に備える。
「く……!?」
ザシュッ、と全身を切り裂かれて四季は顔をしかめた。
「こ、これは――さすがに、強い……!」
連続で食らうのは危険だと本能的に感じる。
国臣のライドキャリバー・鉄征が二人の間に滑り込み、そのままエヴゲニヤに向けて突撃。即座に回避した先には、千尋と和弥が左右から挟撃する形で迫っていた。
「おっと」
エヴゲニヤは急ブレーキをかけて跳躍。
「!」
後方に佇んでいた国臣の背後を取る。
国臣は片手に持っていた魔導書を閉じて掌を前に突き出した。
気弾がエヴゲニヤの体を撃ち抜き、続けざまにその足元から逆十字が磔のようにそびえ立つ。自らを痛めつけるそれらの攻撃などものともせずに、エヴゲニヤは骨翼を水平に開いた。
そして、国臣を中心に旋回。
一瞬にして血の花が咲く。
「どうだい? もっと楽しませて欲しいところだね」
「ご所望とあらば、善処しようか」
血まみれになりながらも顔色ひとつ変えず、国臣が応える。その身をレイの放つ帯が鎧のように覆いつくした。
「蔵座、いけるか?」
「ああ。問題ない」
ちら、と鉄橋の先を見る。
電車は、まだ来る気配がない。
●殺戮の骨翼
(「……焦れていないかとか、苛立っているかとか。そういう気配がないかと思って観察してるわけだけど」)
軽く口ずさみながら、結衣菜はエヴゲニヤの様子を眺めた。
「普通に楽しんでるように見えるわね……」
現在、エヴゲニヤは最初にいた欄干から線路の上へと飛び降りて蓮太郎と正面からのぶつかり合いの最中だ。
「はッ!」
蓮太郎が繰り出した蹴りをいなしながら骨翼を旋回。
「くッ――」
裂傷を負った蓮太郎と入れ替わりで千尋が割り込んだ。見た目とは裏腹に彼女の戦い方はひどく無造作だ。身の丈ほどもある斬艦刀をまるで棒切れのように振り回す。
「なかなか楽しませてくれるじゃないか」
「それはどうも」
千尋は不愛想に応じて滑走する。
その眼前に再び光の盾が出現。蓮太郎のワイドガードの守護を得て、四季と和弥の防御も強化された。
(「少し回復が足りない、かな」)
万が一の時にはせめて、他班の元へ向かわせてしまうことだけは避けたい。和弥は最悪の事も考えて慎重に戦況を見定めていた。
なにしろ、エヴゲニヤの近接攻撃は破壊力が凄まじい。
一度攻撃を受けると集中して回復しないことには身動きがとれない程だ。
「好き嫌いはともかく、善悪をつけるつもりはないけど」
レイの援護のみではさすがに間に合わず、緊急避難的に和弥は集気法で呼吸を整える。そしてもう一度、手刀を構えた。
「それでも。必要なら、力尽くで我を通そう」
「――!?」
死角から脇腹を薙がれたエヴゲニヤは目を見張って和弥を見た。
「やるね」
「負けるわけにはいかないので」
言い切った瞬間、エヴゲニヤの傷口から血が噴き出した。
「ぐっ……」
そして、戦いの均衡が破れる。
「今です!」
灯は急いで魔法陣を描き、回復の要となるレイの援護を行った。
「ここで決めましょう!」
四季も集気法を発動。
(「いけるか……?」)
前衛の前に置いた標識は黄色。
降臨陣から迸る光に目を細め、レイは戦いの行方を見守った。
「なに……!?」
いつの間にか自分の方が不利になっていることに気づいて、エヴゲニヤは愕然とした。既に護衛をさせていた蝙蝠は全ていなくなっている。
「まさか、奴らが私を庇うことを計算に入れた上で全て倒しきる前に攻撃目標を変えたというのか? 戦う時間をできるだけ短縮するために?」
「それだけじゃないわ。まとめて攻撃し続けたのは、あなたに強行突破をされないための牽制でもあったのよ」
結衣菜が告げた時、遠くで踏切の音がした。
だが、その電車がここを通り抜けるまで自分が持たないことをエヴゲニヤは悟ったようだ。
「言い残すことはあるか?」
国臣の片手が魔導書を捲る。
「そうだね。今日会えたはずの新しい子の顔を見れなかったのは少し残念かな……――」
エヴゲニヤに向けてかざした手が起点となって迸る気弾が、骨翼を粉々に砕いて灼滅してゆく。夕闇に儚く、舞い落ちる破片がゆっくりと溶け消えていった。
黄昏にそびえ立つ鉄橋を電車が通り抜けていく。
その行方を見守りながら、灯は「頑張ってくださいね」とこれから戦うはずの仲間たちに応援の言葉を送った。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年3月2日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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