水蛇温泉

    作者:夏雨


     温泉街の外れに位置する場所、道路沿いを流れる川底からは温泉がわき出し、それをせき止めて作られた自然の露天風呂がある。
     岸辺の奥まった目立たない場所にも、岩場の中のこぢんまりした露天風呂を見つけることができる。そこには匂い立つような色香の美女が手招きしている姿が見え、浴衣の下の濡れた肌、濡れた髪、微笑む表情に引きつけられる。
     引きつけられるままにのこのこやって来た者は、波打つ湯の中に真っ赤な目玉を見るだろう。生き物のように不自然にうねる湯は、とぐろを解いた大蛇の姿を現す。
     湯で形作られた大蛇は近寄ってきた者の体に絡みつき、自らの体に押し付けて溺死させようとする。女性は抵抗する者の体を押さえつけ、水蛇の餌食にしようとするのだ。


     都市伝説の発生源となるラジオ放送の情報が舞い込み、暮森・結人(未来と光を結ぶエクスブレイン・dn0226)は招集された灼滅者らを前に説明を始めた。
    「大蛇と浴衣美女は主人とサーヴァントの関係にあるんよ。どっちが主人側かは微妙なとこだけど、指示待ちっぽい素振りでもあれば判断つきそうだね」
     主人側を葬ればサーヴァント諸共消滅するだろう。
     水蛇は丸太のように太い胴体、大の男を見下ろすほどに巨大な体を生かして攻撃し、湯煙による目くらましから不意打ちを狙うなど、熱湯を浴びせてくる行動にも注意が必要だ。
     女は水を自在に操り、水像の代わり身を駆使した攻撃を繰り出すなど、傷を癒す能力も持ち合わせている。
    「いえぇええエエい! 浴衣美女に誘惑されに行っくぞぉぉぉ!」
     唯一テンション高く対都市伝説への意気込みを見せる月白・未光(狂想のホリゾンブルー・dn0237)に、暮森・結人は冷たい視線を向ける。
    「湯冷めしろするなよ」
     本音が見え隠れする結人の一言も、未光の耳には届いていない。
    「お土産なにがいい? 温泉まんじゅうでいい?」
    「言ってる場合か! お前は緊迫感を忘れるなっ」


    参加者
    イヴ・ハウディーン(ドラゴンシェリフ・d30488)
    鑢・真理亜(月光・d31199)
    手折・伊与(今治の忍姫・d36878)
    尼村・唯(高校生ダンピール・d38632)

    ■リプレイ


     湯気が立ち込める河原へとやって来た灼滅者一行。
     山間部へと続く温泉街の外れには、目立つ数の人影は見当たらない。
     河原沿いの欄干から子どものように身を乗り出す月白・未光(狂想のホリゾンブルー・dn0237)は、明らかにはしゃいでいる様子を見せる。
    「ここに俺たちの求める秘湯が……そして、浴衣美女が待っている!」
     未光は見ていて呆れるくらいのテンションで「ひゃっふぅー!」と大声をあげ、猿のようにアクロバットに欄干を乗り越えていく。
     真っ先に河原に降り立った未光を追って、イヴ・ハウディーン(ドラゴンシェリフ・d30488)らは河原へ続く石段を降りていく。
    「待ってくれよ、月白先輩!」
     石だらけの岸辺を慎重に進むイヴは、どんどん遠ざかる未光の背中に呼びかけた。
     イヴを中心にして広がる殺気の幕が灼滅者ら以外の人影を遠ざけていき、鑢・真理亜(月光・d31199)と手折・伊与(今治の忍姫・d36878)はそれぞれのビハインドをともなって河原を進む。
    「うける♪ あのイケメンくんはしゃぎ過ぎ」
     そう言ってクスクスと笑う伊与だが、一方で未光の背中を見つめる真理亜の表情は恐ろしく冷たいものに見える。その真理亜からピリピリとした空気を感じ取るイヴは、1人身震いした。
    「色香で一般人をたぶらかすとは、なかなかに不埒な都市伝説じゃが――」
     根が真面目な尼村・唯(高校生ダンピール・d38632)は、満面の笑みを向けて遠くから手を振る未光を見てため息をつくと、
    「あの月白先輩の女好きには頭が痛いのじゃ」
    「そうだよな、ここにも美人はいるのになぁ」
     イヴは何かしらフォローするつもりで言ってみたが、横目に見る真理亜の雰囲気は和らぐ気配はなく、自ずと話題を変える。
    「美女がどうとかはともかく、尼村先輩が実践経験を積むには丁度いい相手なんじゃないか」
     他の女子3人が落ち着いている反面、灼滅者としての経験が浅い唯は、近づく都市伝説との対戦に緊張し始める。
    「う、うむ、皆がいて心強いのじゃ」
     『ヘタレかもしれぬがよろしく頼む』と、唯は涙目になりながら続けた。
     川岸に沿って先に奥へと進んでいた未光だが、唯たちの下に引き返してくる。
    「何の話? 俺みたいなイケメンがなんだって?」
     大いに内容をはき違えている未光に対し、伊与は笑いを堪えながら言った。
    「何だろう? 月白くん、初めての感じ超しない」
     何の気なしの伊与の一言にも、未光は軟派な態度で応える。
    「マジで!? 俺も伊与ちゃんには何か引き寄せられるものを感じるんだよね」
     と言いつつ、未光の視線は伊与の驚異的な胸囲に注がれる。その未光へと向けられる真理亜の冷たい視線に気づき、イヴは1人ハラハラした心地で様子を見守る。
    「思い出した! 昔、近所にいた甘えたな犬にそっくりだ」
     そう言って伊与は至極納得した様子を示す。
    「犬? まあ、そんな雰囲気もなくはないかもしれないのじゃ」
     唯の一言を聞いた未光は、自慢気に言った。
    「俺なら本物の犬になって、唯ちゃんのためにもふもふされてあげるんだけどね」
     動物変身の存在を理解していない唯は、「帰ったら好きなだけもふもふしていいよ!」という未光に対し、不思議そうな表情を向けていた。
    「もちろん、今もふもふしてくれても全然かまわないけどね!」
     『さあ!』と言いたげに両腕を広げる未光に対し、伊与は「超面白いね♪」と見た目通りのギャルらしい反応を返す。
     真面目に受け取ってはいない伊予だが、真理亜の目付きがますます険しくなるのを見越したイヴは未光たちを促す。
    「ほら、行こう。この先の奥にあるはずだろ!」
     未光の背中を押す拍子に、イヴはひそひそと忠告した。
    「月白先輩。他の女の子の前でデレデレするときは、背後に注意した方がいいぞ」


     川をせき止めて作られた広い露天風呂を真横に眺め、一行は更に奥へと進む。露天風呂に沿って大きな岩場の間を抜け、その向こうにも見える岩場に囲まれた場所からも湯気が立っているのがわかる。
     湯気の向こうにそれらしき人の姿を確かめようと、それぞれが目を凝らす。すると、風に吹き散らされた湯気の向こうに、底から湧き出たようにその姿は現れた。
    「ん……!?」
     未光は探し求めた存在に目を見張る。
     妖艶な微笑みをたたえ、灼滅者一行に向かって手招きする浴衣美女の姿。ゆったりと両足を湯に浸した美女が、楽園へと導いてくれるかのような光景だが、そこに罠が潜んでいることを誰もが承知している。いるはずだが、未光は「おねーえーさーん♪」と伸び切った鼻の下を見せて近づこうとする。
     向こう見ずな未光を制止するように、真理亜は真横スレスレを過る暴風の刃を差し向けた。反射的に動きを止めた未光に対し、
    「待てもできない犬様には、去勢が必要ですかね……」
     背後から響く真理亜の冷徹な一言は未光を縮み上がらせ、通り過ぎた攻撃は水面を激しく波打たせた。
    「真理亜、上だ!」
     はねる水音が聞こえた直後、注意を促すイヴの声が鋭く響く。
     真理亜自身も飛びかかろうとする女の姿を頭上に認め、瞬時に鬼神化させた腕を振りかぶる。
     腕力を行使した真理亜だが、巨大な拳とかち合った女の体は水へとなり代わった。
     代わり身と判断される水像が飛び散り、女の不気味な笑い声が反響する。その声と共に、立ち込める湯気の向こうで露天風呂から水があふれ出す音が聞こえる。そして、巨大な影がゆっくりと起き上がる気配。
     鎌首をもたげてズルズルと動くその影にも注意を向けつつ、姿を消した女の気配を捉えようとする。
     湯気の向こうから水のように透き通る体を露わにする大蛇に、唯は思わず釘付けとなる。赤い両目の部分だけが生々しい光沢を持ち、透明な舌をシューシューと出し入れしながら灼滅者らを見下ろす。
     どこからともなく唯を狙う攻撃が宙を走り、ビハインドのギャル子さんはいち早くその線上へと進み出た。飛び出した水流の刃をギャル子さんが受け止めると、水刃は鋭い切れ味を持って弾ける。
     臨戦状態となる全員は、水刃が放たれた方向から攻めかかる女の姿を認める。
     両方向から迫ろうとする都市伝説に対し、ビハインドの闇子さんは守りを固めようと迷わず前に出る。
     唯は敵との距離を取りつつ、弓を引き、
    「どちらが本体じゃ……!?」
     冷静にボスである本体を見極めようとする。
     唯は光り輝く矢を引き絞った弓から放ち、命中させた仲間に力を吸収させていく。
    「とりあえず、まとめて相手してやる!」
     そう言って、イヴは腕部に装着した巨大な杭打ち機を構える。イヴが打ち込んだ杭は足元に敷かれた石ころを粉々に砕くと同時に、対峙する2体に向けて衝撃波を放った。
     亀裂を刻みながら足元へと走る衝撃が、2体の態勢を突き崩す。
     じっと灼滅者らを見下ろし続ける水蛇の体からは湯気が上り始め、それに伴う熱気も伝わってくる。透けて見える水そのものの蛇の体内は、煮えたぎる湯の状態を現している。
     蛇がイヴらに向けて口を開いた瞬間、その熱は水蒸気となって押し寄せる。
    「熱……っ! 熱湯風呂はマジ勘弁!」
     一瞬でも怒とうの蒸気にさらされた伊与は、全身に水気を帯びてびしょ濡れになる。
    「女子を濡れ透けにするのは構わんが――」
     未光は蛇の死角へ回り込むように立ち回り、
    「火傷させるような蛇は許せんな! ぶっ潰す!」
     誰もが突っ込む暇も惜しいと思う中、未光は蛇に刀を向ける。人狼の力の一部である青白い炎を巻き上げ、『畏れ』の力をまとわせた刃を振る未光の極悪な表情が体の水面に映り込んだ。それを遮ったのは間に割り込む女の姿。
     正面から刃を受け止めたかと思えば、力なく未光にしなだれかかろうとする動きを真理亜は見逃さなかった。
     真理亜の意志を何も言わずとも察知した闇子さんは、女を蛇の方へと突き飛ばした。突き飛ばす拍子に抜かりなく及んだ攻撃の手は、わずかに触れた闇子さんに切り傷を残した。
     闇子さんと真理亜に感謝を示す未光に対しても、真理亜は大人びた態度で「問題ありません」と応じ、浄化の力を込めた風を操り傷の治癒を促していく。


     太い尾をムチのようにして攻撃を繰り出す蛇に、蛇を守るようにして蒸気を操り、攻撃を仕掛ける女。攻防を繰り返す中で、唯は注意深く2体の傾向を探っていた。
     女が主人と仮定して、蛇は主人が傷を負うことに無頓着過ぎるのじゃ。逆に女は蛇の守りに傾注しておる――。
     唯は結論を導き出し、皆に伝える。
    「きっと、蛇が主人に違いないのじゃ!」
     即座に唯の一言に反応した伊与は、近くの岩へと駆け上がり、飛び蹴りの態勢に入る。
    「じゃあ、速攻バイバイしようね――」
     蛇の頭部に狙いを定めた伊与の蹴りは見事に命中し、その巨体を打ち沈めるほどの衝撃を放った。
     難なく着地する伊与の下に、女は鬼気迫る剣幕を見せて迫ろうとする。しかし、イヴのバベルブレイカーは標的を逃さず、鋭い一撃は女を激しく突き飛ばした。その間にも真理亜を中心としたビハインドらの猛攻、エナジーから生成した刃を交える未光の攻撃が蛇を追い詰めようとする。
     都市伝説らも抵抗を緩めず、敵の攻撃を必死に見極める唯は涙目になりながら、
    「ま、負ける訳にはいかぬのじゃ!」
     自在に伸縮する帯を操り、仲間の傷口を帯で覆うことで治癒の力を発揮する。
    「人々に害をなすあなたたちを、見過ごす訳には行きません」
     そう言い放つ真理亜は暴風の刃を次々と生み出し、蛇の体を寸断するよう向かわせる。その攻撃を妨げようとする女だが、伊与のバスターライフルから放たれる光線が女を撃ち抜き、動きを停めた。
     真理亜から蛇へと達した攻撃がその胴体をバラバラに切り崩すと、蛇は瞬時に水風船のように弾け飛んだ。飛散した体は雨のように周囲に降り注ぎ、主人を失った女は蒸気の中に溶け込むように姿を消していく。
    「その力、わらわの七不思議として生かすのじゃ」
     蒸気と一体化しかけた女の姿は、唯の一言と共に唯の手の中に吸い込まれるように残滓は消え去った。

    「やっぱり、温泉に来たからにはね」
    「寒いからな! 真理亜も一緒に入るだろ?」
    「たまには良いでしょう」
    「わらわも温まりたいのじゃ!」
     女子4人がそろって目の前で脱ぎ始めるのを目の前にして、「まさかの混浴OK!?」と心踊らせた未光だが、当然のように水着姿を披露する4人に失望感をにじませる。しかし、切り替えのはやい未光はすぐにパンツ1枚になってハーレム状態の温泉へ飛び込んだ。

    作者:夏雨 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年3月5日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
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