ソウルボードの異変～天涯アエニグマ

■リプレイ

●うたかた
　ソウルボードに侵入してすぐに駆けた。時間が惜しい。
　予め定めたタイムリミットは手が十巡する、十分後。
　その時に合わせて全チームが同じタイミングで、一気に多数の都市伝説を撃破する必要がある。ならば一手とて無駄には出来ない。慎重かつ苛烈に攻撃しなければならない。
「行こう！！」
　宮瀬・冬人（イノセントキラー・d01830）はターン経過のカウントを胸に、一足飛びで都市伝説に向かって馳せた。赤色標識を大きく振りかぶって、音楽室のベートーベンに力任せに叩きつける。
　行動を制約する痺れが迸ったのを確認し、ベートーベンの隙を縫って野乃・御伽（アクロファイア・d15646）が阿修羅の名戴く紅の長槍を一閃する。妖気の氷柱が疾走し、貫いたのはトイレの花子さんの肩口だ。氷の破片が散る。
「さあ、どう出るやろ」
　氷結部を狙い澄まして穿ったのは千布里・采（夜藍空・d00110）の弾丸だ。花子さんが動かす指先に束縛がかった鈍さを見止めて、采は緩やかに夜明色の瞳を細めた。
　怒涛の攻勢。まずは敵の体力を出来る限りで削っていく心積もりだ。その上で初手を胸像と花子さんに散らしたのは、美術室の胸像は護り手として仲間を庇い、自然と体力が損なわれるだろうと見做しての事。
　ベートーベンの死角から滑り込んで暴雨・サズヤ（逢魔時・d03349）が一気に斬り上げる。が、仏頂面で――元々そういう表情なのだが――胸像が矢面に立ち庇い立てる。
　敵も黙ってはいない。胸像が龍の骨をも砕く勢いの拳骨を振り下ろす。サズヤを狙った反撃から護ったのは科戸・日方（大学生自転車乗り・d00353）だ。頭上に両手を組み、身体全体で拳を受け止める。
　それなりに重い攻撃だが、耐えられぬほどではない。
「っ、大丈夫だ。それより」
「……ええ、次が来ます」
　奇白・烏芥（ガラクタ・d01148）が昏色の眸を眇める。向かってくるのはベートーベン、響き渡る交響曲の旋律を音波として畳みかけてくる。烏芥が迷わず前に出たのは決戦戦力だと悟られないため。防御態勢をしっかり整え衝撃をいなしたなら、更にその後ろでビハインドの揺籃が背を支えてくれた。
　花子さんが数え唄を唱えて己の傷を癒していく。その様に視線を流しながらも、詩夜・華月（蒼花護る紅血華・d03148）が狙い定めるのはベートーベンだ。彼岸花が絡みつく断ち鋏でその顔面を斬り刻んでいく。不協和音めいた叫び声が上がった。
　華月が後方に立つ近江谷・由衛（貝砂の器・d02564）に声だけで尋ねる。
「どう思う？」
「初手としては問題ないわ。これを地道に重ねていけるかが勝負ね」
　由衛が後衛から全体を見渡しながら冷静に答える。前方に立つ仲間達に注意促す黄色標識を掲げ耐性を付与していけば、誰もが顔を毅然と上げて前を見据える。
　たかが一分。
　されど一分。
　これからは十巡目の一斉撃破までにその一分をどうやって積み重ねるかが肝だ。
　サズヤが口許を覆って、小さく呟く。
「民間活動を行ってくれた皆のおかげでこうして臨む事が出来る」
　そうして掴む電波塔への道を閉ざさずにいこう。
「ああ。絶対に突破して、撃破してみせる」
　その言葉に首肯して、御伽が再び朱槍を構えた。

●たまゆら
　誰もが念入りに敵の体力を見定めながらの戦闘が続く。
　花子さんとベートーベンを集中的に狙っていく。胸像は後回しだ。それでも庇いに入ることも多々あったから、胸像も全くの手つかずというわけではない。
　四巡目に突入していく。張り詰めた緊張感が、誰と言わずそれぞれに広がっていた。
　冬人を中心として行動阻害の技を幾重にも展開した効果が徐々に出始めている。癒しの数え唄を響かせようとした花子さんの喉が震え、声が出ない様子に困惑しているようだ。
「いい感じだ。そのまま大人しくしてろよ……！」
　日方は霊光を両手に凝縮させる。そのままぐんと振り下ろして一思いに放出させたなら花子さんの鳩尾を鋭く抉った。
　その攻撃に続かんと采と霊犬が駆ける。たおやかな風の如くに地を蹴って、手を翻した。
「ソウルボードが心なら、その先がきになるものやね」
　その先に何があるのかどんな色模様なのか――今はわからない。それを見出そうとするような剣呑な眼差しで、石化を齎す呪詛と六文銭の射撃を送る。胸像に阻まれはしたものの、そこには確かな手応えが存在した。
　流れるような連携に沿って御伽がベートーベンに肉薄する。噴出させた炎を血潮のオーラに纏わせ、体重を乗せてしたたかに殴りつけた。赤く朱く紅く延焼する炎は音楽家の都市伝説を燃やし尽くしていく。
　焔がソウルボードを照らす不思議な光景の中、烏芥の白い痩躯が浮かび上がる。
　必ず護り通す。
　人々の想いに応える、今度こそ。
「……言えた立場で無いのは承知ですが。夢を荒らすとは、黙っては見過ごせませんね」
　深淵からの暗き想念を漆黒の弾丸と成し、続いてベートーベンに標的を定め撃ち出した。その眉間に穿たれた一念は黒点の如く、ただ静かに蝕んでいく。
　味方を狙い撃ちされた憤りからか、それでも無表情のままに胸像が暴走自動車のように灼滅者達に突っ込んできた。前衛を殴り倒す勢いで駆け回ったら、幾人かの顔にふつふつと怒りが芽生え始める。
　だがこちらも無表情な由衛が即座に動いた。気怠げな蘇芳の眼は確かに戦局を見極める。敵越しにソウルボードの世界を見つめる。
「ソウルボードの変化、興味深いわね」
　屍王の研究ではサイキックエナジーの量も人間の精神状態に依存するとか。
「何か変えるのは、人の想い……月並みだけれど、そういう事なのかしら」
　淡く囁いて、サズヤに施されたのは癒しの帯。それが鎧を模って見る間に傷と穢れを拭い去っていく。人の想いの一端を、己も詳らかにしてみせようか。
　怒りの残滓を振り払うように頭を振って、サズヤは指輪を嵌めた手を高く掲げた。普段と違う戦い方に少し戸惑うが、指から迸る怨念は花子さんを呪いで縊り殺すように締め付ける。
「……ん、問題ない」
　確認するように呟いた。
「問題があったら困るわ」
　不敵に言い放って地を蹴る華月の眼には皓々とした殺気が宿っている。近接の技のみに特化した娘は狙いをベートーベンに据え、己の片腕を半獣化させる。鋭い銀爪で力任せに引き裂いたなら、ベートーベンは再び不協和音の声を上げた。
　そんな折、歪な音に紛れてアラームの電子音が鳴り響く。
「――五分経過です」
　淡々とした采の言葉が、響く。まるで宣告のように。
　冬人が影の鎖ナイフを手繰りながら戦況を見渡す。最も傷が深いのはベートーベン、後方で攻撃が届きにくいが花子さんもそこそこだ。胸像は未だ余裕がありそうだから、バランスを注視する必要があるだろうか。
「臆さずに行かないとね。ただ倒すだけじゃない戦いだからこそ」
　胸元に寄せた手から生じるは魔法弾。常に制約を切らさず与えるために、冬人は微笑刷いて弾道を見遣った。

●まほろば
　それは七巡目の出来事。
　誰もが目の前の敵を叩くだけのみならず、突破後、突破させた後の事も視野に入れ始める頃合いだ。
　華月が胸像からの攻撃を受け止めつつ、紅玉の瞳で胸像の様子を窺った。眉根を寄せる。
　胸像への攻撃を控え過ぎたために、元々防御に秀でた立ち位置を取っていた胸像の体力は有り余っているのが現状だ。調整が必要だと誰ともなく理解し、視線を交わした。
「……でしたら」
「削り過ぎない程度に、削ろう」
　烏芥と日方が頷き合う。
　ひとまずベートーベンと花子さんは脇に置いて、殲術道具の切っ先を胸像へ差し向ける。
　烈火の如く。日方が大きく跳躍して回り込んだのは胸像の後方。蒼穹を奔る陽風めいた霊光を刃と成し、そのまま鋭く振り抜いた。
　胸像も倒した後にまた再生してくるのだろうが、今手を抜く理由にはならない。再生してからも決戦側に向かわせないように着実に殲滅する、今はその足掛かりだ。
　胸像の真正面に陣取ったのはサズヤだ。上段の構えから、真直ぐに一迅の重い斬撃を振り下ろす。顔面を削り取るように斬ってみせたなら、その衝撃に胸像が呻いた。
「努めて、役目を果たすわ」
　今は回復の必要がないと判断した由衛が黒の想念を表出させる。指先に集まった漆黒の弾丸が迸れば、ありはしない心臓を狙うように貫いた。
　たまらず胸像が癒しの妖力を昂らせる。傷が埋まるのみならず防護も固く備えるのに加え、花子さんも数え唄を披露すれば回復が十分行き渡っていくのが見て取れる。
　が、すべて癒しきれるわけもない。残った痕を確かに見止めて、采は流星の煌めき乗せた蹴撃を食らわせる。霊犬が続けざまに斬魔刀を振るえば傷痕は再び開かれる。突破者を送り出した後は霊犬を前に出すつもりでいたが、今は命中精度を高めて削らせるほうを優先させる。
「どないですやろ」
「上々です。俺も俺に出来る事を」
　冬人が毅然とした面差しで殲術道具を構える。時折浄化されるとはいえ付与した制約は十分なもの、穏やかさに意志を潜め、手から射出したのは意志持つ帯だ。胸像に向かい真直ぐにぶつかったなら風穴を穿つ。
　狙い定めて胸像に近接したのは華月だ。高速の動きで敵の死角に回り込む。低い姿勢から鮮やかに斬り上げたなら、胸像の護りごと根こそぎ断った。
　それでも。
「胸像はまだ体力が残ってる。加減してやる必要はないわ」
　華月が冷静に言ってのけた。その声に首肯したのは烏芥だ。先に馳せた揺籃の霊撃をかろうじて避けた胸像に、中段の構えから真直ぐ吶喊する。太刀筋は鋭く眩く敵を断ち切った。
「なら、俺が殴りに行っても文句はねえな」
　疾駆。
　御伽は闘気を雷に変換して拳に宿す。胸像の懐に滑り込んだなら一気に上へ飛翔し、アッパーカットを繰り出した。拳は確かに胸像の顎を捉え、砕く。
　灼滅者達の集中攻撃を見舞われたなら、例え癒しの技を手堅く持っていたとしても到底凌ぎ切れるものではない。
　まずは十巡目に一掃する事だけを目標に据える。
　それが終われば決戦に行く者はそちらへ赴き、この場で都市伝説を迎撃する者はこちらでいつものように戦うだけ。
　それだけだ。
　その意思を強く持てば、由衛の横顔は清々しい。凛とした風情が浮かび上がる。

●かげろう
　手加減したわけではない。しかし、戦局を見極めた戦い方は常とは随分異なっていただろう。
　威力を抑えるため列攻撃を用いたり、そもそも手番を休むために回復を交えたりすらした。都市伝説達も決して弱くはなかったが、慎重な戦い方が功を奏し満遍なく体力を損なうことに成功している。
　敵が回復手段に富んでいた事が、所謂回復ループに陥りさせる事にも繋がり、逆に灼滅者達の手を空けさせる理由にもなる。
　九巡目。
　削り削って虫の息まで追い詰めて。日方が暴風を伴う強烈な回し蹴りを胸像の横っ面に食らわせる。そして地面に降り立ったその瞬間、ポケットから時間の到来示す電子音が甲高く鳴り響く。
「ラスト一分！」
「せやね。これで仕舞いや」
　采の手許でも同じようにアラームが時の訪れを示していた。他の場所で戦っている仲間達もこの機をずっと待っていた。狙っていた。だからこそ決して逃しはしないのだ――一斉に都市伝説を撃破する事を。
「――行こう！！」
　冬人が毅然と前に出る。呼吸を合わせ、同時に踏み出して、今。
　誰が飛び出したのが先だったかわからない。それくらい同時に、仕掛けていた。
　螺旋を描くように疾走した冬人の帯が胸像の鎖骨の間を真正面から抉りにかかる。その衝突点を斬り裂くようにサズヤの上段からの重い斬撃が繰り出される。胸像が罅割れ、砕け、声にならぬ叫びを上げた。
　続いたのは華月だった。銀の髪が靡く。一瞬の間の後に跳躍しベートーベンの裏側に降り立ったなら、身を護るその額縁ごと斬り裂き弾き飛ばす。それを受け止めるかのように待ち構えていたのは由衛、赤色標識で行き止まりを宣告し、力づくで殴り倒した。
　更に烏芥が指輪嵌めた手を翳し、制約の力孕む弾丸を射出する。花子さんの鳩尾を真っ直ぐに抉ったのを見遣り、御伽が掌の内に膨大な魔力を凝縮させる。
「これで終わりだ」
　轟く雷光、響く鳴動。目の前を眩い光が灼いていく。帯のように迸った雷電は花子さんの欠片も残さず打ち砕いた。
　焦げたような匂いの後、胸像が、ベートーベンが、花子さんが泡となって消滅していく。溶けて、霞んで、見えなくなる。
　三体同時に倒す事が叶った。実感が殲術道具を通じて如実に手に伝わってくる。恐らく他の戦場でも同じように討伐出来たのだろう、遠く鬨の声が聞こえる。
　生まれた隙を見逃すはずもなかった。
「行くぞ！！」
　御伽が電波塔目指して一気に駆け抜けていく。その背を見送り由衛が武運を、と祈りを手向けた。藍の髪が風に乗り、しなやかに靡く。
　続いて地を蹴ろうとした脈動に間が空く。
　躊躇があった。
　最低でも一人送り出す、二人目は余力があれば――そう思っていたから、烏芥の足がいったん止まる。そんな彼の背を軽く叩いたのは日方だった。
　知っている奴が頼もしくも心強い。だから送り出すというエクスブレインの気持ちが、少し分かった気がする。
　確かな激励を贈ろう。
「行ってこい、頼んだぜ」
「……必ずや」
　友の声に頷いて、強い意志で駈けていく。皆の分の心も連れ決戦へ。
　送り出す日方の自信に満ちた表情は信頼の証。
「大丈夫、あの二人ならちゃんとやってくれる。だからこっちも全力でできる事をするだけだ」
　これからに思いを馳せる。怪我しようがキツかろうが、笑みを絶やさない。余裕がなくても絶望でなく希望を周囲に燈し、立ち続ける。その気持ちは自然と仲間の間に伝染していき、自らの胸裡に広がっていく。噛みしめて、冬人が粛々と頷いた。
　残された面々も突破組が駆け去っていく背中を見送る。電波塔へ向かう姿が小さくなり、見えなくなる。
　都市伝説が発生していた名残が漂う場所と、決戦先とを分断するように布陣する。
「もうすぐ第二ステージね。気合入れていきましょうか」
　静かなる戦意を秘めて、華月が不敵に口の端を上げた。
　そう、決戦組を無事に送り出す事ができたら後は普段と変わらないのだ。ただ戦うだけだ。サズヤの視線に意志が漲る。
「……全て残らず、灼滅する」
　それは決意であり、決定であった。
　敵が電波塔へ向かわぬよう、出現した敵から順次撃破していく。その共通認識を掲げ、立つ。決して決戦を邪魔立てさせないように。
　彼らが再生した都市伝説を相手に奮戦を続けたのはまた別の挿話。

「さてさて、これでどうなるか。えらい楽しみやわぁ」
　遠くを見渡すように采が告げる。
　時勢が決するにはもう暫く。信頼をその背に乗せて、灼滅者達は其々の闘いに向かう。

作者：中川沙智	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2018年3月6日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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