ソウルボードの異変～クマクマ防衛線を突破せよ

■リプレイ

●変わった世界
　ソウルボード。
　かつてはシャドウの生息地であったが、紆余曲折を経てシャドウが存在しえぬ空間となった精神世界。
　そこに、多数の灼滅者達の姿があった。
「ふわぁ、ひさしぶりのソウルボードです」
　トレードマークの帽子を抑えながら周囲を見回したフリル・インレアン（中学生人狼・d32564）が、声を上げる。
「本当に、優しい雰囲気を感じますね。民間活動のおかげで、ソウルボードに吸収されたコルネリウスさんの慈愛の心が活性化されたのでしょうか？」
「……どうだろうな」
　フリルの上げた疑問に、新沢・冬舞（夢綴・d12822）は見届けたコルネリウスの最期を思い出しながら返す。
　確かな事は何も判らないとは言え、あの時とは違う雰囲気は確かに感じられた。
　その感覚と、先の調査にいた者達の先導で歩くこと数時間。
　それは灼滅者達の前に現れた。
「……随分と辺鄙なとこに、ラジオ塔を建てたもんだ」
　遠目に見えていた『何か』が巨大な塔だと判るようになった所で、茶倉・紫月（影縫い・d35017）がぼんやりと呟く。
「アレが見えてきたって事は……そろそろみたいだな」
　ルフィア・エリアル（廻り廻る・d23671）が言うとほぼ同時に、同じ方向を目指していた灼滅者達の集団は、事前に決めた分担の場所へと散開を始めていた。
「ええ。そろそろですよ――絶対的な常闇の冥き皇の星」
　既に此処を知っている神原・燐（冥天・d18065）が、力を解放する言葉を紡ぐ。
　その傍らにナノナノの惨禍が現れるのと同時に、ソウルボードが蠢き出した。
「ここはソウルボードだぞ。クマなんているワケが……と思ったりもしたけどさ……クマだな。おなかになんか書いてあるし」
　呟く咬山・千尋（夜を征く者・d07814）の目の前で、それらは形を変えていく。
　どこかで見たことのあるような気がする、獣の形へと。
「「「クマー！」」」
　３つ重なった雄叫びを上げたのは――クマでした。
　辺りを見回せば、件の電波塔を中心として、他のポイントもそれぞれ都市伝説が出現しているようだった。
（「……彼らがいたら、熊鍋にしようとか言ってそうだな」）
　無堂・理央（鉄砕拳姫・d01858）は胸中で呟いて、オーラを纏う拳を軽く握った。
（「手触り悪くなさそうだなー……」）
　紫月は蝋燭片手に、ぼんやりと胸中で呟く。
　灼滅者達はそれぞれに間合いを計りつつ、時が経つのを待っていた。
　戦闘開始時間を全体で揃える為だ。
　この戦い、ただ都市伝説を排するだけで良いものではない。
「時間だ――今度こそ、道を開けて貰うぞ」
　時計から視線を上げた異叢・流人（白烏・d13451）が、短く告げて飛び出す。
　コートの中から翼の様に広がった意志持つ帯が、クマ達に巻き付いていった。

●クマはクマと鳴かない
　シャキンッ、シャキンッ！
　小気味いい音を立てて閃いた鋏が、フリルの放った氷柱で半ば凍っていたクマの腹の毛を刈り取った。
「クーマー！」
　つぶらな瞳に怒りの炎を燃やし、前足を振り上げる出没注意ならぬ土没注意クマ。
「はいはい、クマクマ」
　手放せない鋏を威嚇するようにクルクルと指で回しながら、千尋は振り下ろされた爪の一撃を反対の腕の杭打機で受け止めた。
「クマッ！」
「させないよっと」
　立ち上がって前足を振り上げていた別のクマに、理央が飛び掛かる。
　摩擦の炎を纏った一撃と、猛獣の爪が互いの相手に同時に叩き込まれた。
「まとめて捕縛します！」
　フリルの放った帯が翼の様に広がり、クマ達に迫る。
「クーマッ！」
　２体が絡みつかれる中、帯を掻い潜ったクマが身を低くして腕を振りかぶる。ここが鮭のいる川であれば、川岸まで打ち上げたであろう前腕の一撃。
　ガギィンッ！
　それを巨大な十字架で受けた流人が、高々と飛ばされ――。
「流石にクマか。大した力だ」
　クマの一撃に合わせて自ら跳んでいた流人は、空中で十字架の全砲門を解放。頭上からの光線が、雨の様にクマの群れに降り注ぐ。
　クマ達は寄り集まる事で、１体だけやり過ごす。
「庇い合うか。獣風情が」
　クマ達が散らばる前に、冬舞も帯を翼の様に広げてクマ達に絡みつかせる。
「ちょっと消耗ばらけ気味だな。狙いを変える」
　そう仲間に告げて、ルフィアが刀を手に飛び掛かる。
　背中の翅を大きく広げて刃を振りかぶる彼女の前に、土没注意の巨体が広がる。
（「――まぁいいか。これでくたばりはしないだろうさ」）
　見てきた状況からそう確信して、ルフィアは構わずにそのまま刃を振り下ろした。その背中で翅が光輝き、クマの爪の先を砕いた刃が胴体を切り裂く。
「これで少しは均等に近づくだろ」
　そう呟いて、紫月が赤く揺らめく炎を灯す蝋燭を軽く掲げた。
　放たれた赤い炎は、斬られよろめく土没注意クマの横を抜け、その向こうにいた別の出没注意クマにぶつかった。
　ズドンッと爆音を立てて、赤炎が咲き燃える。
「クゥマーッ！」
　獣は炎を恐れるというが、出没注意クマは体を焼く炎にひるむ事無く、四つ足をついて飛び出した。
　自動車並みの速度で駆けた巨体が、理央を、千尋を、流人を、次々と跳ね飛ばした。
「惨禍は流人さんに重ねて下さい」
　それを見た燐は、慌てず惨禍に指示を出しながら標識を掲げた。そこから放たれる、耐性を与える黄色い輝きが仲間の傷を癒していく。
「クマー！」
　それに対抗するように、クマの１体が鳴き声を上げた。
　クマ達をモヤのような何かがかかり、輪郭と存在感が僅かに薄れていく。
「よっと」
　それを見た千尋が、流線形の黒靴を振り上げる。
　蹴りで起きた暴風が、出没注意な気配をまとめて吹き飛ばした。

●力ゆえに
　３体の都市伝説のクマとの戦いは、順調だった。
　或いは、順調すぎた、と言えるかもしれない。
　このまま全力で戦っていたら、決めた時間の前に決着がついてしまいそうになっていたのだから。
「耐えるしかない時間が、思ったより長くなってしまいましたね」
「倒すタイミングも合わせると決めている以上、仕方がないね」
　帯を自らに巻き付け守りを固めるフリルに、光輪を集めて盾にしながら理央が返す。
　このポイントは敵の数が比較的少ない方だ。
　故に、灼滅者達は攻められない時間ができる事も、想定はしていた。想定より、少し長くなったというだけの事だ。
「均等に弱らせられていないのは、気になるところだな」
　クマとの位置を探っていたルフィアが刀を鞘に納め、帯を自らに巻き付ける。
「そちらも庇われそうか」
　冬舞も同じく、意志持つ帯を自分に巻き付けた。
　３体のクマの内、１体だけはまだ体力を半分以上残している。故に２人とも、そのクマを狙って攻撃を仕掛けようとしたのだが、バベルの鎖が見せた短期予測では、他のクマに庇われない可能性が見えなかった。
　絶対に庇われるわけではない。だが、もしかしたら、に賭けるわけにもいかない。この場を突破し、塔を目指す予定の２人だからこそ猶更だ。
「動きを封じられてれば良かったんだけど。その前に弱らせられちゃったからな」
「クーマー！」
　嘆息交じりに告げながら、千尋は振り下ろされたクマの爪の一撃を、腕に着けた杭打機で受け止める。
　何度もクマの一撃を受け止めた杭打機は無事でも、それを着ける腕は衝撃の痺れが蓄積していた。
「惨禍、ハート頼みます」
「ナノ」
　燐の指示でナノナノの惨禍がハートを千尋に飛ばす。
「思うように攻められない時間とは、思いのほか面倒だな」
「あと3分ほどの辛抱ですよ」
　攻めあぐね手持無沙汰な流人を励ますように、燐は帯を巻き付け守りを固める。
「……まぁ、何とかなるんじゃないか？　３体とも燃えてるし」
　黒い炎を灯した蝋燭から黒煙をくゆらせながら紫月が告げた通り、灼滅者達による炎は今もクマ達の身体を焼き続けながら、今も時折燃え広がっている。
　さらには毒と氷も、クマを蝕んでいる。それらは守勢に回らざるを得ない状況になった１つの要因であるとも言えるが、逆にそんな状況でも焦らない要因にもなっていた。
　クマ達には、炎も毒も氷も、消す術はないのだから。

●10分
　12星座の刻まれた時計の蓋が、パチンと閉じる。
「まとめてやる。１体は落とせるだろうから、残りは任せた」
　告げた紫月の身体から、ドス黒い殺気が広がり膨れ上がった。クマ達に逃げる隙間も与えず覆いかぶさった殺気が、喰らうようにクマを貫く。
　収縮した紫月の殺気が消えた時、残っていたクマは１体のみになっていた。
「クマーッ！　マッ！？」
　後ろ足で立ち、前足を掲げて雄叫びを上げるクマ。
　その視界が、覆われた。
　コートを投げつけた流人は、視界を奪ったクマの背後に回る。
「クマッ！」
　クマ型だけあって動物的な本能で殺気に気づいたのか。視界を塞がれたまま、クマがぐりんっと背後を振り向いた。
「そこです！」
　だが、それはクマが他の灼滅者に背中を向けたも同じ。無防備な背中に、燐が寄生体の蒼い砲塔から死の光が撃ち込んだ。
「クマッ！？」
「遅い」
　驚くクマの後ろ足を、流人が切り裂く。
「ふっ」
　よろめいたクマを、摩擦の炎を纏った理央の一撃が叩き伏せた。
「なんだい、ハチミツが欲しいのか？」
　起き上がろうとするクマに、千尋が放った杭がドリルの様に回転して捻じ込まれる。
「一気に決めましょう！」
　緋色のオーラを纏わせたフリルの槍が、クマの身体を切り裂いた。
「突破させて貰うさ、ここ」
　背中の翅を光らせたルフィアの影が盛り上がり、刃となって伸びあがった。
「ク――」
　影の刃に斬られたクマが、ぐらりと背後によろめいて。
「マーッ！」
「邪魔だ」
　ギリギリで踏みとどまろうとしたクマの首を、冬舞の槍が容赦なく貫いた。
「クマァ……ッ」
　２体を倒してから、数十秒。３体目のクマも、灼滅者の前に力尽きた。

●進むもの、残るもの
「じゃ、電波塔に行ってくるよ」
　消えゆくクマの体を越えて、ルフィアが進み出る。
「すまんな。俺も行かせて貰うぞ」
　すぐに冬舞がその後に続いて走り出す。
「塔を張っ倒して来いよ、それまでは何とか都市伝説は殴り続けてるから」
「しっかり、足止めしてみせますよ」
　紫月とフリルは、走り去る背中を止めることなくそう声をかけて見送った。
「僕達も少し、前に出ておこう。次はこちらが、増援を防ぐ側だからね」
　理央の提案で、残った６人は少しだけ、電波塔寄りに移動した。
　電波塔が健在な限り、あのクマ共は程なくしてまた現れる筈だ。だが、今度は灼滅者達が防衛線を築く番だ。
「少しは休んでおくか」
　クマの怒りを煽り、それを一番に受け止めていた千尋の声には、さすがに疲れの色が見えてはいた。とはいえ、まだ余力は十分だ。
「流人さんは……大丈夫ですか？」
　４人と少しだけ離れて、燐は拾い上げたコートに袖を通す流人を気遣う。
「問題ない。俺はこういう戦いでは、結構しぶといと自負しているのだよ」
　見上げる視線に隠された期待に気づいて、流人の手が燐の頭の上に置かれた。
　こうして、２名の仲間を電波塔へ送り出した灼滅者達は、しばしの短い休息の時に身を置くのだった。

作者：泰月	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2018年3月6日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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