魔が満ちる刻

    作者:四季乃

    ●Accident
     はらり。
     白い指先が頁を捲る。微かに立った音は、淡い夕闇が揺蕩う旧校舎の暗がりに落ちて、ほとりと溶けてゆく。
    「――『寂しい、悲しい。どれだけ泣き暮らしただろう?』自分のことを忘れて、笑いあう友達の顔が、次第に憎くなってゆく。『わたしは、こんなに苦しいのに』と」
     幾ら泣いたって、叫んだって、縋ったって、誰にも届かない。幽霊と成った幼い言葉は、誰の耳にも伝わらない。
     それは或る少女の不幸な物語。
     ずっと楽しみにしていたふれあい合宿。けれど少女は、前の日に事故で亡くなってしまった。旧校舎の古くなったベランダの柵と共に三階から落ちてしまったのだ。
    「『あの日は、散ってゆく桜の最後の花びらを見ていた』少女は頬を涙で濡らしながら嘆く、嘆く。先生に危ないと言われていたのに、守らなかったから。わたしはなんて悪い子なのだろう」
     しかし少女の事故は秘されてしまう。合宿に向かう生徒たちを慮った大人たちの総意であった。
    「『どうして?』『なんで?』大人の事情なんて、いや配慮なんて言葉が分からない少女は、ただただ両親を、先生を、友達を詰った。『わたしは死んだのに!』詰って詰って――」
     陽の届かぬ闇が満ちる黒溜まりから、ずずずと何かが這い上がってくる。それは背の高い女の腰にも届かぬほどの幼い女児であった。あたたかそうなカーディガンのあちらこちらには変色した血の痕が滲んでいる。額に大きな切り傷があって、そこからしとどに血が濡れていた。
     女はそれを見て真っ黒な目を三日月にしならせると、頁を捲った。
    「『ああ、なんて可哀想なわたし。なんて酷い人たち』少女の心は醜い黒と艶やかな赤の色を宿し、悪霊となって旧校舎の暗がりに生まれ落ちてしまったとさ」
     パタン。
     本が閉じられる。刹那、黒いトレンチコートの女の傍らで蹲っていた悪霊が、怪鳥のような叫び声をあげた。女はそれを、満足そうに見ていた。舌なめずりをして。

    ●Caution
    「民間活動を行う事になったのは、もうご存知でしょう」
     緩やかな日差しが差し込む一室に集まった灼滅者たちを見て、五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は小さく頸を傾げてみせた。
     サイキック・リベレイターを使用しなかった事により、エクスブレインの予知が行えるようになったのだが、その結果、タタリガミ勢力の活動が明るみに出たのだ。
     曰く、それが学校の七不思議の都市伝説化である。
     既にタタリガミ達によって生み出された七不思議は多く、この対処に臨んでいるものと思われるが、それだけでは事件を収束に導くことは出来ない。
    「七不思議を生み出し続けているタタリガミこそを灼滅しなくては、事件を解決することができません」
     姫子は七不思議を生み出そうとしている、あるタタリガミの行動を予知することが出来たのだと言う。その現場に急行し、七不思議を呼び出した直後を襲撃するのだ。
    「つまり、タタリガミと直接戦うことが可能になるのです」
     現場は山の裾野に広がる小さな町の小学校で、この春よりリノベーションが予定されている旧校舎だそうだ。あまりに古く、老朽化が進んでいたため封鎖されているそうだが、肝試しで潜り込む子供たちが少なくない。
    「生み出された七不思議と遭遇してしまうのは火を見るより明らかです」
     タタリガミは女性体で、七不思議は小学校低学年の少女だそうだ。
     タタリガミは七不思議使いと怪談蝋燭の攻撃を主軸としているようだが、七不思議の方は影業のような攻撃を仕掛けてくる。敵はこの二人きり、配下と云った存在はないようだ。
     ちなみにこの七不思議は『楽しみにしていたふれあい合宿の前日に亡くなった少女の霊』らしく、羨ましさや悲しみといった感情が長い年月を経て恨み辛みに変質してしまっているとされている。
    「今回は七不思議が生み出された直後ということもあり、事件は未だ発生していないという事になります。事件の関係者はおらず、また民間活動としての行動をとる必要はありません」
     しかし、タタリガミは周囲に一般人が居た場合、人質として逃走に利用する可能性がある。一般人が現場に踏み込まぬよう、注意してほしい。
    「増加する七不思議事件を食い止めるためにも、どうか皆さん、タタリガミ灼滅をお願いいたします」
     姫子は両手を握りしめると、そっと低頭した。


    参加者
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    楯無・聖羅(冷厳たる魔刃・d33961)
    十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)
    アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)

    ■リプレイ

    ●朽ちた学び舎
     それは朽ちかけた、濃い木目調の扉だった。
     背後を顧みれば、ちょうど十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)がサウンドシャッターを展開している所であったので、楯無・聖羅(冷厳たる魔刃・d33961)が扉を持ち上げるようにして数回ほど揺らすと、内側からコトリと小さな音が立った。随分と緩くなったネジ式の鍵が開いたらしい。
     ゆっくりと窺うような足取りで内部へ侵入する、その後尾に居たアリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)は、誰も立ち入ってくることが無いようにと、百物語を語り始めた。
    (「都市伝説が居らんくなったら、灼滅者はどこで癒しを得られるんやろ」)
     かつて子どもたちが生活していた名残を一つ一つ見やっていた莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)は、目に掛かる白い髪の下でそっと睫を伏せた。人だけがぽかりと消えてしまった旧校舎には、物言わぬ淋しさと物悲しさが充ちているようで、それらは生み出されようとしている七不思議の心を代弁しているようにすら思えてしまう。
    (「ううん、今はそんなことより、こども達が傷つく方が、ずっとずっと嫌」)
     一段一段、階段を踏み締める足に力がこもる。
     そろりと息を殺し、軋む木造の階段を確かに登りつめてゆく。三階まで登ると、踊り場の窓から覗ける景色は流石に高かった。町の向こう側へ沈もうとしている夕陽が見えている。
    「ほうら、出ておいで」

    ●朽ちぬ悲しみ
     女の声がする。
     先頭を歩いていた聖羅と想々は目配せをし合うと、細く開いたままの教室の扉から室内を覗き見た。その背後で身を屈めていた朋萌は、教室の前方に掲げられたプレートに「6-2」と記されているのを見た。
     ずずず、と空気が不気味な音を立てている。空間がねじ曲がるような、あるいは奈落の底から闇が洩れ出づるような、膚が泡立つほどの不快な音。
     床に落ちる深い深い闇色の穴からずぶずぶと姿を現すそれに、女は夢中だった。こちらに背を向けているので灼滅者の存在に気が付いた様子はない。すぅ、と小さく息を吸い込んだ想々の髪が、毛先から徐々に土茶の色に染まってゆく。それまでやわらかだった筈の茶の眸は、血を吸ったように赤い色を灯し、女の無防備な後ろ姿を射抜いていた。
     途端。
     断罪輪『++Innocent++』を手にした想々が、扉を打ち破るようにして室内に飛び込んでいった。その気迫に女――タタリガミが息を呑んで後方を振り返るも、既に想々の華奢な躯体はステップを踏むように、全身をくるりと回転させている。その手に、しかと握られた車輪は、呆気に取られたタタリガミの背面を遠心力を伴って大きく斬りつけた。
    「ギャッ!」
     その罪ごと断ち切る鋭い斬撃を受け、タタリガミの膝ががくりと折れる。そこへ次いで特攻を仕掛けたのは聖羅だった。高速の動きで繰り出されたティアーズリッパーの一撃は、タタリガミの黒いトレンチコートを容赦なく斬り裂き、病的なまでに白い膚を真っ赤に染め上げる。
    「タタリガミ……見るのは初めてですね」
     二人に続くように教室へと突入した朋萌は、ゆらりと乱れた黒髪の隙間からこちらを睨みつける青白い女の貌を見た。その後方で、常は閉じられている左目を開眼するアリスが居て、彼女は濁った右目に比べ澄んだ青の視線を部屋の中央へ滑らせる。
    「誰にも見向きもされず、忘却の彼方に追いやられるのはさぞ苦しいだろう」
     聖羅の視線が、タタリガミを越した後方へ向けられる。
     それは幼い女児だった。
     アリスと同年ほどだろうか、まだ小学校低学年のちいさな背丈。厚手のカーディガンを羽織っており、その淡いたんぽぽ色にべっとりと赤黒く変色した血の痕が幾つも幾つも残っている。何よりも目についたのは、ふっくらとした頬を滑り、顎から滴る血だ。それはぱっくり割れた額から、止めどなく溢れている。
    「だがそのために無関係の人間を巻き込むのは許されん。今のうちにカタをつけねばな」
     苦しみ、悲しみ、寂しさ、そして恨み。
     その全てをかき混ぜたような酷く虚ろな唸りが、少女の口から零れ落ちた。

    ●朽ちて怨嗟
     七不思議の足元に落ちる濃密な影から、ぬるりとした手が生えてきた。無数に蠢くその影の手は、至近に居た聖羅に向かって襲い掛かってくる。だが彼女は、視界を埋め尽くすほどのそれらに一切動じることなく、バスターライフル『アクセラレーターAM500』を手にし、引き金に指を添う。
    「その子を解放するためにも、ここで倒させていただきます」
     そこへ二人の間に割って入るように眼前に飛び出したのは朋萌であった。彼女は、その黒い無数の手を、構えた片腕で受け止める。まるで迷子になった子どもが母親に縋りつくような、憐れな手だった。
     それらに拘束され、身動きを封じられたかと思われたが、しかしその捕らわれた腕を半獣化させることにより、影が陽に照らされて霧散するように闇のそれらを掻き消してしまった。その鋭い銀爪に七不思議が「アッ」と言う風に身を竦めたのが分かる。しかし、タタリガミがその後方で赤い蝋燭の火を揺らしたのを目にして、素早く双方の立ち位置を理解すると、至近にいた七不思議に向かって一気に踏み込んだ。
    「辛かったですね……悲しかったですね。だから、終わりにしましょう?」
     小さく息を呑む音が落ちた。それは声無き悲鳴であったのかもしれない。しかし、射竦められたように一瞬の静止を見せた七不思議に幻狼銀爪撃が命中すると、幼い身体が吹っ飛んだ。
    「気を付けてください!」
     除霊結界を放ちながらアリスが声を張り上げるのと、ほぼ等しいタイミングで赤く揺らめく炎が降り注ぐ。まるで花のようにも見える炎は、朋萌の膚を熱し傷付けたが、彼女がその攻撃で怯む様子を見せることは無かった。
    「大丈夫か」
     アクセラレーターAM500の魔法光線を七不思議に向けて発射した聖羅は、先ほど自身を庇ってくれた朋萌を横目に、そう問うた。朋萌は「大丈夫ですよ」と笑みを浮かべてみせたものの、アリスのラビリンスアーマーによる回復を得て安堵したように吐息を漏らした。
    「術式攻撃は少し苦手ですぅ……」
     なんだか緊張感に欠ける言葉だった。それを耳にして小さく笑みを漏らした想々は、すぐに表情を引き締めると鮮血の如き緋色のオーラを車輪に宿し、七不思議との間合いを詰める。
    「悲しいお話だけど、所詮お話。不幸な物語はここで終わらせましょう。――こども達が、逢魔が時に恐ろしいものに遭わないよう」
     想々は、七不思議を庇うように捨て身とも取れるタックルをかましてきた幼い女児が、朋萌の影縛りに絡め捕られている隙に紅蓮斬の一太刀を浴びせに掛かった。
    「こんな形でしかあなたを救えなくて、ごめんなさいね」
     朋萌は沈痛な面持ちで、囁いた。
    「ぅぁ、ぁああ……」
     人の声とも、獣の唸りとも取れる言葉に、痛ましげに表情が歪んでしまう。そんな中、一人屹然とした態度を保っていた聖羅は、己を「大人」として敵視している女児に向かう。
    「その女はお前の望みだった合宿に連れて行ってくれるような奴ではないぞ。そいつから離れなければお前はさらに惨い地獄を見ることになる」
     しかし七不思議は言葉が分からないのか――いや、言葉が伝わっていないのか、苦しみに喘ぐように、恨みに燃えるように、ただただ怨嗟の眸を寄越してくる。そんな七不思議を、ただ一人タタリガミだけはにやにやとした不敵の笑みで見つめていた。
    「おお、可哀想に……あなたの小さな夢すらも奪おうとしている悪い大人たちよ」
     その芝居掛かったセリフにアリスのジト目が女に向く。
    「文字通り都市伝説を食い物にしているタタリガミ――あなたが食べて良いお噺は1話たりともありません。このお噺の悲惨な結末、変えてみせます」
     言うなり、手にした護符揃えの中から防護符の一枚を引き抜いたアリスは、七不思議の足元から津波の如く押し寄せる影を前にして、蹲るように身を小さくする女児に視線を注ぐ。
    (「わたしが同級生に見えているのでしょうか……」)
     ぐ、と半歩足を引き、総身を喰らいつくさんとする気迫を冷静に分析する。
     だがそこへ、小気味良い音を立てた何かが眼前を横切って行った。ひやりと膚を撫でる凍てた冷気。それはつららであった。撃ちだされた冷気のつららは、影を打ち抜き、女児の胸元を大きく穿つ。途端、パッと影が打ち砕けた。
     衝撃に壁へと吹き飛ばされた七不思議は、胸に大きな風穴を開けた一撃に驚愕の色を隠せずにいるようだ。と、そこへ断罪輪を手にした想々が眼前に現れた。颯爽として懐に飛び込んできた。その音もない出現に、呆気に取られている七不思議の虚ろな眸に、悲しげに表情を崩す想々の顔が写り込む。
    「大人の事情なんて大嫌い。けど、貴女をこのままにする訳にはいかないの……ごめんね」
     鈍く、嫌な音が立った。
     強く睫を伏せて七不思議から距離を取った想々の後方、女児はしばらくふるふると唇を戦慄かせていたが、次第にぱたりと動かなくなった。その光景を前にして、唇から微かに息を漏らしたアリスが首を巡らせると、妖の槍、名を黒桜と云ったか、くるりと軽やかな手捌きで構えを下ろした聖羅が、柄を床に突いてタタリガミを見据えている。
     残るは、タタリガミのみ。
     何やら大人しいと思っていれば、女はぶつぶつと何か口を動かしている。お経のようにも聞こえるそれが、怨恨系の怪談であると察知したアリスが仲間たちへ注意を促す。
     しかし。
    「そうら、お行き」
     楽しげに歌うように両手を広げたタタリガミの合図によって、禍々しく、おどろおどろしいモノが本から飛び出してきた。咄嗟に前へ出た朋萌が、駆けだしながら両手で握りしめた標識を思い切り振りかぶると、さしものタタリガミも赤色にスタイルチェンジされたそれに殴られるとは思いもしなかったのだろう。怨念をものともせずに真っ向から横っ面を殴られ、その勢いのまま痩身が教室後方へと吹き飛んでいった。
     アリスはすぐさま朋萌へ防護符を飛ばして回復に回り、その傍ら敵が起き上がる前に想々が殲術執刀法による斬撃で女の脚を切断する。瞬時に見出された急所に、初めて女の顔が焦りに満ちる。
     ここに力のない人間が居たならば人質にとって逃げることが可能だったろうに、事前対策がきちんと出来ている灼滅者たちにその隙はない。タタリガミの視線が教室に二つある扉を見、容易に突破出来そうな窓を見、それから外側のベランダの窓を見る。
    「逃げる算段か?」
     タタリガミの至近から聖羅の声がする。ぞっとするほど近くから聞こえた声に、頭が理解するより早く、肉が切り裂かれる痛みを覚えた。背後を顧みれば死角に聖羅が居て、彼女の得物が己の血を啜ったことを知る。
     しかも乱れた呼吸を整える暇もなく、朋萌から放たれた斬影刃で四肢を削がれ、咄嗟にベランダの窓に伸ばした手が赤い炎の花にくるまれたのだから、たまったものではなかった。
     じりじりと膚を焦がす熱烈な痛みに、タタリガミはぎり、と歯を食いしばる。咄嗟に青い炎で小妖怪の幻影を作り出した女は、灼滅者たちの躯体を包み込むさまを見て、にやっと唇の端を釣り上げたのだが――。
    「貴女も、酷い人達に傷つけられて、そう成ったの? それともただ、残酷な物語を愛してるだけ? ……私達が貴女を殺す前に、教えて」
     やわらかな言葉だった。それはタタリガミに問うた想々のものではない。その後方で味方の援助に尽くすアリスの言霊だ。タタリガミは苦々しく眉根を寄せ、爛れてゆく手を庇うように半歩身を引いた。だが、そこへ痛烈な痛みが胸を貫いた。
     恐々と視線を落とせば、光の粒子がちかちかと名残を残して消えてゆく。その更に下の方では、足首を捉える影が見えた。
     朋萌の影縛りによって一瞬の隙を突いた聖羅のバスタービームは、タタリガミの体を硬直させるには十分だった。
     想々の問いをどう受け止めたのか、この現状をどう思っているのか、突然タタリガミの細い肩が揺れ、血濡れた唇から笑い声が漏れ落ちる。室内に響き渡る歪んだ笑いに、アリスはジト目を少々きつくした。
    「身の上を知ってどうするのだい? 憐れむかい? 同情するかい? そうだよ、わたしもあの子どものように幼い頃に酷く辛い目に遭ってね、幾ら日を重ねても想いは昇華されなかったのさ。その成れの果てがわたしだよ」
     タタリガミの周囲に禍々しい怪奇現象の気が浮かび上がる。女の言葉に呼応するかのように奮起するそれらは、室内いっぱいに蔓延り、灼滅者たちの頭上から見下ろしている。そうして女は唇を歪めて言った。
    「――さて、こう言えば、あなたは満足するのかしら、ね?」
     眇められた眸に、わずかな変化を見た。
     想々はそれに気付いていた。いや、この場に居る全員がその虚ろな眸に孕むものを見た。けれど、止まることは出来ない。女を逃せば、どこかであの女児のように憐れな七不思議が生まれ落ちてしまう。それだけは、阻止しなくてはならない。
    「お話はこれでおしまい、さよなら」
     風が吹いた。
     それは灼滅者たちに飛び掛かる小妖怪の殺気だったのか、それとも最後の一瞬まで仲間を守るアリスの言霊だったのか、あるいは敵の懐に飛び込む想々の気配だったのかは、誰にも分からない。
     狭い室内に入り乱れる者たちの間で、時が止まったかのように世界が静止する。
     どさり、と躯体が床に崩れ落ちる。最期の瞬間から、決して目を逸らさなかった。伏しがちの眸を注がれている。倒れているのは、タタリガミであった。断罪輪を手にした想々は、胸の底からこみあげてくる想いをただ一度だけ、呼気として吐き出す。
    「人の霊魂なら都合よく利用できると思っているようだな。あまり人間を舐めるな」
     悔しげに唇を噛んで死の一瞬を迎えるタタリガミに聖羅は吐き捨てた。敗北を経て女の口から恨みが零れる。
     悔しや。悔しや。と。

    ●朽ちず想い
    「わたしと共にいきましょう」
     そわそわとした朋萌の横で、壁際でぐったりとしたままであった七不思議にアリスが呼びかける。彼女はその言葉がうまく呑み込めなかったらしい。ほとりと首を傾げるようにこちらを見上げ、しかし口から洩れるのは掠れた吐息だけ。
    「遅れて到着して見たのは温かく迎える先生と同級生たち――そんなお噺に変えます」
     すると七不思議の体が次第に綻び始めた。まるで夕闇の底に沈むように掻き消えてゆく。だがそれらは黒い光となって舞い上がると、澄んだ青空にもにたアリスの左目に吸い寄せられて、消えてゆく。
     その様子にパッと笑みを浮かべた朋萌は、ひと心地ついたように胸をなで下ろした。傍でその様子を見ていた想々と聖羅も肩の力を落として小さく頷く。
     彼女の悲しみと偽りの恨みが昇華された。そう、信じたい。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月28日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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