民間活動~渇望の人体模型

    作者:四季乃

    ●Accident
     ――理科室の人体模型が、無くなった腕の代わりを求めて生徒を襲う。
     この中学校にはそんな七不思議があった。確かに理科室には人体模型が展示されているし、その右腕もどこかに落としてきたみたいに、肩からぽっかり無くなっている。理科の先生は「俺が不注意で壊してしまったから修理に出しているんだ」なんて笑っていたけれど、その笑みが引き攣っていることを、彼は自覚していたのだろうか。
    「いくぞ? 開けるからな……良いな?」
     懐中電灯を手に先導していた高橋の言葉にハッと我に返る。どうやら件の理科室に着いたようだった。
     自分たちは今日、肝試しと称してその人体模型の噂を確かめにきたのだ。
     あらかじめ職員室からくすねておいた理科室の鍵を差し込み、なるたけ音を立てぬように扉を横へとスライドする。人体模型は教室後方、黒板横に飾られている。
    「あれ……?」
     ――そのはず、だった。
    「ない……」
     真っ先に気付いたのは高橋だった。先頭で、一番に乗り込んだ彼が三歩中に進んだところで、歩みを止める。その小さな声が聞き取れなかったのか、二番目に居た久美と椎田が高橋越しに覗き込むように首を伸ばす。その後ろに居た近藤が、じれたようにズイと身を縦にして奥へと進んでいく。
     最後尾にいた自分は――。
    「キ、キ、キ」
     ぞくりとするほど冷気を放つ固い何かに腕を掴まれ、一歩も動けなかった。
     全身から冷や汗が吹き出る。恐る恐る視線を横へと滑らせると、右半身だけ皮の剥げた男の顔が、こちらを覗き込んでいた。

    ●Caution
    「民間活動については、ご存知の方も多いと思われますが」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者たちにそのような前置きをすると、隣でちょこんと座るシャオ・フィルナート(ご注文はおとこのこですか・d36107)へ視線を落とした。
    「サイキック・リベレイターを使用しなかった事で……エクスブレインの予知が……行えるようになったのです」
     その結果、タタリガミ勢力の活動が判明した。
     どうやらタタリガミ達はエクスブレインに予知されない事を利用して、学校の七不思議の都市伝説化を進めていたようなのだ。学校内でのみ語られる七不思議は、閉鎖的な環境も相まって予知以外の方法で察知する事がどうにも難しい。
     ゆえにか、かなりの数の七不思議が生み出されてしまっているのだと姫子は肩を落とす。
    「今回生み出されてしまった七不思議は人体模型です」
    「右腕がない、人体模型……それは、無くなった腕を求めて、生徒を襲う……」
     シャオは長い睫をそっと伏せた。
     曰く、その人体模型の噂を確かめるべく、夜中に生徒が潜り込んでしまったというのだ。しかも運悪く七不思議と遭遇してしまい、一人の女子生徒が怪我を負ってしまった。
    「五、六人のグループだったらしく、手に持っていたライトや理科室の箱椅子などを使って必死の反撃を行ったそうです。そのため軽い怪我で済んだようなのです」
     ホッと安堵の吐息を零すと、シャオが視線を持ち上げた。
    「……この人体模型の七不思議を、灼滅、します……」

     七不思議の人体模型は、右半身が皮のないタイプで右腕がもげている事を除けば特に変わった点はない。配下といったものもないようだ。ただ右腕欲しさに、執拗に狙ってくる執念深さがあるという。綺麗に断つためか、大きなハサミや理科室のナイフと云ったもので攻撃を仕掛けてくる。
    「今回の七不思議の都市伝説は、タタリガミが量産した一つに過ぎません。ですので大した脅威ではないでしょう。戦いに精通された皆さんの敵ではないと思われます」
     姫子の朗らかな言葉に、シャオがうんうんと頷いている。
     だがその一方、周囲に被害が出ない範囲で『より多くの生徒に事件を目撃』させなければならない。それこそが民間活動の主軸なのだから。
     今回の被害者たちが周りに話しても信じてもらえないことは予想がつくだろう。だからこそ直接事件を目にし、膚で感じ、五感に訴えることで事実であったと認識してもらう。
    「都市伝説や、ダークネスの事件を、目撃することで……一般人の認識を変えていく。それが『民間活動』」
    「そのため危険が及ばぬ範囲内で、目撃者を増やしてほしいのです」
     現場は中学校。受験シーズンという事もあって、三年生は比較的ピリピリしているが、受験に関係がない一年生や二年生は比較的のどかに過ごしているそうだ。問題の理科室が三年生の教室や実習室がある棟とは別なのが幸いしたと言える。
     生徒たちにどういった指示を出すと良いか、どのような説明を行うと物事が円滑にいくか。姫子やシャオの言葉に、灼滅者たちは顔を見合わせている。
    「それに生徒さんたちにとって灼滅者とは『不思議な力を扱う人』そして『七不思議を倒した人』といった扱いになるでしょう」
     事件解決の様子を出来るだけ多くの一般人に目撃してもらうことで、自分たちが目にした事件が一体どのようなものであったのか、そして灼滅者たちがなぜ活動しているのか、そしてもしまた同様の事件を目撃したならば、どういった行動を取ればよいのか――伝えたいことをぜひ考えてほしい。
    「考えるのは、難しい、かもしれないけれど……きっと、大丈夫。です」
     シャオは椅子からゆっくりと立ち上がると、仲間を真っ直ぐと見つめて言った。姫子はそれを嬉しそうに目を細めて見つめている。きっと、大丈夫。
     灼滅者たちは、力強く頷いた。


    参加者
    神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)
    壱越・双調(倭建命・d14063)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    黒絶・望(愛に生きる幼き果実・d25986)
    シャオ・フィルナート(ご注文はおとこのこですか・d36107)
    ヒトハ・マチゥ(ぶるぶるらびっと系月見草・d37846)

    ■リプレイ

    ●ただ一つの真実
    「私達は唯、これ以上の怪我人が出ないようにしたいんです」
     真摯な眸に見つめられ、理科部担当の副顧問である女性教師は言葉を呑み込んでいる。理科室で起こった事件を当然知っている彼女は、神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)が発するラブフェロモンで聞く耳を持ってくれたらしい。
    「放課後の理科室に存在するものは私達にしか対処できないものです。このままだと生徒さんが危ないです。生徒さんが安心して学校生活を送れるように、放課後の事態の対処の許可と事態の確認をお願いします」
     勇弥の隣に立ち低頭するのは壱越・双調(倭建命・d14063)である。幾らも年下である青年に腰を低くして懇願される状況に少々呆気に取られた様子が見えた女性教師であったが、彼女は両手を揃えると思い切ったように「お願いします」と深く頭を下げた。

    「ねえ、知ってる? 片腕の人体模型の噂……」
     廊下でお喋りに花を咲かせていた男女グループに近付いていった山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)が声を掛けた。ESPを発動させていたので不審がられることなく接触が出来たのだが――。
    「ああ、知ってる。何だっけ、腕を捜してどうこうって」
    「人体模型が動くわけ無いだろ」
     一番背の高い男子が口を開いたときだった。馬鹿にしたような勝ち気な声が、窓を隔てた外から聞こえてきたのだ。透流たちは窓の向こう、グラウンドを覗き見る。
    「動くようなら退治してやるわ、この私が!」
     そこに居たのは、サッカーボールでリフティングしている男子生徒たちに、ムンと胸を張ってみせる羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)だった。彼女は自信たっぷりに売り言葉に買い言葉を放っているらしい。
     つまり彼女は人体模型を退治する人間が居ることを示しているのだ。
     校内に居たグループは、そっと透流の方を振り返る。視線を一身に浴びる透流は、ぱちりと瞬きをして「ほんとだよ」とにっこり笑んだ。

    ●学校の七不思議
     廊下を歩く一匹の猫を黒絶・望(愛に生きる幼き果実・d25986)は追いかけていた。
     猫が理科室の前で立ち止まると、代わりに教室の扉を開けてやった。どうやら勇弥と双調の呼びかけは上手く言ったらしい。室内は人の気配がなく、まさしく無人だった。猫はくるりと身を翻し、シャオ・フィルナート(ご注文はおとこのこですか・d36107)という一人の人間に姿を戻すと、少し遅れてやって来た神凪・朔夜(月読・d02935)が理科室に顔を出したことに気付いて、頸だけで振り返る。
    「あちこちから生徒たちがこっちに来てるらしい。いよいよだな」
     朔夜はその金色の眸をある一点で止めると口を閉ざした。
     それは右半身が皮のない、正面をただ静かに見つめている男の人体模型。右腕がぽっくりもげた姿は、元々の気味の悪さに加えて異質であった。
    「こっち……来てです」
     三人の耳に、やわらかな言葉が届いた。
     振り返ると理科室の前方の扉を開けて廊下に向き合うヒトハ・マチゥ(ぶるぶるらびっと系月見草・d37846)の背中が見えている。
    「あの、危ないので部屋の外で見ててくださいです」
     おそらくラブフェロモンを使用しているのだろう。女子生徒たちの黄色い声が「はーい」と重なっている。ちらりと見えるヒトハの横顔は優美に微笑んでいた。そこへ続々と仲間たちが理科室に集まってくる。しかも、それまで理科準備室に移動していたらしい理科部の生徒や、事件の被害者グループの顔もあった。
    「ねぇ、人体模型、どこ?」
     その小さな呟きは、場の空気を一変させるには十分な威力を持っていた。

    ●灼滅者という役割
     空気が緊迫している。
     人体模型という七不思議の正体を見るために集まった生徒たちは廊下だけでなく、外からも覗き込んでいる。窓という窓が生徒の姿で埋め尽くされている。より取り見取りのパーツを選ぶことができる人体模型がみすみす逃すはずがない。
    「さぁ、そろそろ始めましょう――マジピュア・ステップアップ!」
     言うなり、騒然とする生徒たちの眼前で、望の姿が見る間に変わってゆく。白いロリータドレスの上から、赤い花弁を模したコートを羽織るその姿はさながら魔法少女のようである。その愛くるしい姿に、生徒たちは一気に魅了された。
    「皆さん! 危険ですから絶対に教室に入らないでくださいね!」
     望がそう言葉を発するや否や、教室の後方で悲鳴が立つ。
     まずはド派手に演出しようと片腕を異形巨大化させ始めていた望の後方、ヴァンパイアミストを展開したシャオの視界に腰を抜かす女子生徒が写った。
     廊下に居た彼女の視線は上を向いて、見る間に顔が真っ青になっていく。それも無理はない。天井に蜘蛛が張り付くような形で人体模型がこちらを見下ろしているのだ。不気味すぎる姿に、恐怖が連鎖する。
    「そうはさせるもんですかっ!」
     先陣を切って突っ込んでく結衣菜。エネルギー障壁を展開するコイン状の盾を振り上げると、バッと生徒に向かって落っこちてくる人体模型を思い切り殴り飛ばしてみせたのだ。そこへ望の鬼神変も加わり、相当数のダメージと、そして衝撃を負った人体模型がものすごいスピードで教室の隅から隅へと吹っ飛んでいく。
     けたたましい音を立てて壁に衝突し、くるりと回転した頭部が、キィキィと音を立てて正面に戻る。そのさまを目の当たりにして、ゾッとした風に口を抑えた生徒を見やり、双調は眦を和らげた。
    「大丈夫ですから、しっかり見ていてくださいね」
    「うん、大丈夫。何とかしてみせるから、目をしっかり凝らして、しっかり見ていて」
     彼の言葉に同調するようにやわらかな言葉を投げたのは朔夜である。彼はスタイリッシュモードを全開にして生徒の視線を釘づけにすると、義兄弟の契りを交わした義兄が妖の槍『氷塵』に螺旋の如くひねりを加え、カタカタをおぼつかない動きで立ち上がろうとする人体模型が穿たれた瞬間を見計らい、鬼神変で殴りつけたのだ。
    「確実に当てて、相手の力をまずは削ぐ……!」
     床を蹴り上げ、人体模型へと一気に間合いを詰めた透流の、その拳にはパリリと音を立てる雷が纏っている。後方へ二三歩よろけたその懐に飛び込んだ彼女は、顎の下に拳をめり込ませると、抗雷撃の一撃を叩き込んだ。ドゴ、と鈍い音を立てて、七不思議が上へと吹っ飛んでいく。
     空中に投げ出されたかと思われた人体模型は、しかしそこかしこに落ちる夕闇の影を掻き集めると、一本の巨大なハサミを形成し、それを左手と肩で挟んで大きくかち鳴らして見せた。
    「きゃあ!」
     するとそれは、たちまち一陣の風となって、室内に暴風を呼び、灼滅者たちの体を切りつけていく。それは室外の生徒たちにも向けられていた。
     と、そこへ。
     腰を抜かした生徒の眼前を、小さな毛玉が突撃していった。その茶色い毛玉は霊犬の加具土である。加具土は生徒を庇うように立ちふさがり、一鳴きしてみせた。勇弥はそのパートナーの雄姿を目にして口元に小さな笑みを履くと、自身の周囲に滞空するサイキックエナジーの光輪を人体模型に向けて射出。
    「やった!」
     それは投げ出された体を起こそうとしていた人体模型の脚を切りつけていった。ガクン、と強く上体が前のめりになり、隙が出来たのが分かる。
    「回復頑張って、戦線の維持に努めるですよ。僕だって役に立てるです」
     ヒトハは交通標識を振り上げると、傷を負った前衛たちに向けイエローサインを放ち、癒してゆく。その姿を見ていた女生徒たちから「わぁ」と感嘆の声が漏れた。彼はハッと小さく背筋を伸ばすと、彼女たちに向かって微かな微笑を浮かべてみせた。
    「頑張って守って助けても、化け物がってなじる人達もいるですが……違うです…僕は……いえ、あの人達は化け物なんかじゃないです」
     ちらり、と人体模型に向かってゆく仲間たちを見やり、言葉を繋ぐ。彼女たちがどう思っているかは分からない。けれど――。
    (「もう、化け物って、呼ばせないのです。だから、僕、頑張るですよ」)
     戸棚をガチャガチャと荒らして、ナイフを見つけた人体模型は、至近に居た望に向かってキラリと危うげな光を反射する得物を振り上げる。そのしなやかな腕が欲しい、寄越せとばかりに襲い掛かる。
    「しっかり目に焼き付けてください! これが私達、都市伝説やダークネスと戦う組織、武蔵坂の灼滅者です!」
     周囲に向けて望が声を張り上げる。彼はそのまま自身が注目を浴びていると分かるや否や、高純度に詠唱圧縮された魔法の矢を形成すると、今まさに刃を振り下ろさんとする人体模型めがけて矢を解き放つ。
     強烈な一撃を受けた人体模型の手からほとりとナイフが落ちた。それを足で端へと蹴とばした透流はそのまま駆け出して行った。
    「冷静に考えて。人体模型が動き出すなんて、普通の事態じゃない」
     流星の煌めきが生徒たちの視界を埋め尽くす。きらきら、眩しくって目が開けていられない。けれど、軽やかにジャンプし、持ち上げられたその脚が人体模型の顔面を蹴り飛ばした瞬間、歓声が沸き起こった。
    「私たちは、こういった超常現象に対処するための組織の人間」
     着地し、上着の裾をパンッと一つ払った透流は口元に笑みを浮かべてみせた。
     場が、盛り上がっている。興奮が伝染して、それはもう恐怖の色をしていない。その空気を肌で感じながら、胸にこみ上げてくる想いを何と呼べば良いのだろうか、朔夜は持て余していた。他人との交流を断って暮らしてきた彼にとって、この民間活動は特別な感慨を抱かせるのだ。
     ハサミを振りかざして仲間を襲う人体模型を見据え、激しく渦巻く風の刃を生み出している朔夜の横顔を見ていた双調は、その眸にやわらかな笑みを乗せていた。彼の心情が、伝わってくるようだ。それをどことなく嬉しく思いながら、双調も風を生み出すと二人は、絶妙なタイミングを持って神薙刃を連続させた。
     先に繰り出された朔夜のそれを回避しようとした人体模型であったが、逃げた先から別の風の刃が斬りつけていったのだ。必然的に双方の攻撃を受けることとなり、全身がキィキィと悲鳴を上げている。
     それでも腕が欲しい、腕が揃う者を妬ましいとじりじりと距離を詰める七不思議。シャオは偽りの作り話から生まれた憐れな存在に目を細めると、断罪の剣をきつく握りしめた。
     例え人体模型が生徒たちに向かっても勇弥と加具土、それに結衣菜が立ちはだかって必ず阻止する。目の前に得物が居るのに手に入れられずイライラしたように攻撃が大振りになってきたのを見て、ふふんと口元に笑みを浮かべた結衣菜はシールドバッシュで殴りつけて、敵の意識を己に集中させる。
    (「動く人体模型……たしか学校の怪談話としてはベタよねシャオちゃん。そう言えばシャオちゃんってこういう怖い話は好きなんだろうか……?」)
     ふと結衣菜がそんな風に思ったのも束の間であった。
     苦し紛れの駄々のような攻撃を庇いうけた勇弥にシールドリングを与えるヒトハを見た件のシャオが、ゆらりと非物質化させた剣の切っ先を持ち上げたのだ。それは真っ直ぐ、仲間に飛び掛かろうとする人体模型の背面に向けて、振り下ろされた。
     途端。
     まるで、稼働しておらぬ心臓を――そう、霊魂を握りしめられたようにビクンと大きく身をくねらせて身を静止させてしまった人体模型に、沈黙が落ちる。元よりそう強くはない都市伝説だ。勇弥はパートナーの方を向くと、互いに頷きあった。
     そして――。
     加具土が跳ねる。口に咥えた刀が、床を蹴った勇弥の横顔が夕陽に照らされ、全ての視線が今そこに集中する。どこかそれは一枚の絵のようだった。フッ、と短く吐き出された呼気と共に、人体模型の胸部を凄まじい閃光百裂拳の連打が襲う。膚に刺さるようなその気迫は息をするのも忘れさせた。最後の一発が胸を突く、そこへとどめの一閃が斬り込まれた。
     どさり、と鈍い音を立てて床に落ちたその人体模型が、二度と起き上がることは無かった。

    ●道しるべ
    「ずっと怖かったよね。大丈夫、今日、この噂は、都市伝説は終わる」
     真実が証明された件の被害者グループが号泣している。彼女らをあやすように優しい言葉を与えている勇弥たちの足元では、上を見上げてくるくるとせわしなく歩き回る加具土が居る。それに気付いたらしい一人の少女が、小さく笑う。
    「学園では皆と交流の機会を作る動きもあります」
     学園と個人の連絡先が書かれた名刺を配布する一方、朔夜と双調は生徒たちに穏やかな声音を持って語りかけていた。
    「信じられないだろうけど、目の前に起こっていることは真実だ。信じるまでにはいかなくても、覚えておいて」
    「この世界はこのような異形な存在がいます。私達はそれに対処する者達です」
     彼らは熱心に耳を傾けている。
     目にした光景を、興奮冷めやらぬ様子で顔を赤くしている子どもも居て、灼滅者たちを白い目で見るものは、少なからず今この場では居ない様子だった。
    「もし、あなたたちが再びこういう事態に遭遇することがあったら、そのときは私たちに連絡して欲しい」
     透流が電話番号を配っていると、横から歓声が上がった。はて、と頸を巡らせてみれば、望が「はい、よく見ていてくださいねー?」とフリージングデスで持ってきた花を凍らせたらしい。
    「はい、花が凍りました。こういう能力を持つ者達が日夜ああいう危険な怪物等と戦っているのです」
    「ツイートしても拡散しないです。だからこそ不確かで危険です。変だなって事あったら自分で無理して確認せずに灼滅者呼んでくださいです」
     恐らく疲労のせいで発熱してしまったのだろう、どこかほんのり顔を赤くしたヒトハが、それでも懸命に言葉を尽くしている。そんなヒトハの背を支えるようにシャオが手を添えた。
    「対処出来るのは、俺達だけだから……無理は、しないでほしいの。皆がケガしたり、怖い目に合うのは…イヤ、だから……」
     シャオが、生徒たちを正視する。嘘も偽りも、建前もない真っ直ぐな言葉に、副顧問が小さく息を呑んだの。
    「先生達も…子供達の安全、護りたいよね…? 噂っていうのは…どこにでも、あるものだから……護らせてください」
     そっと睫を伏せたシャオの横顔を、風が撫ぜていった。
     それはまだ幼い心を持つ、未来ある子供たちの間を吹き抜けてゆく。風の行き着く場所は分からない。けれど、それがあたたかば場所であってほしいと、今はそう、思った。
    (「でも世界を根幹から変えうるなら、俺にとって希望だ。俺は大切な『誓い』を叶える為に走り続ける」)
     勇弥は思う。
    (「一般人さんたちを危険に晒すことはあまりしたくないけど、それが武蔵坂学園の総意なんだからしょうがない。私は、私にできることをやるだけ」)
     透流は思う。
     幾重の想いがあっても、それでも灼滅者の道は続いている。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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