京ごよみ ―春に寄す古都桜―

    作者:西宮チヒロ

     ふと、桜の花びらに似ているのだと気づく。

     靄のかかった心が、鈍色の重い記憶が、知らぬ間に和らいで、淡く色づいて。
     心を黒く埋め尽くしていた大きな塊は、気づけば薄い花弁を纏っただけの蕾になって。
     哀しみも、苦しみも。
     まるで風に攫われた花びらのように、すこしずつ、何処か遠くへと消えていた。

     ひらひら、ひらひら。
     ほんのりと色づいた花びらが、心のなかで、軽やかにゆっくりと舞ってゆく感覚。
     それが無性に嬉しくて、娘もまた、ふわりミルクティ色の髪を波打たせ、足取り軽く歩き出す。

    ●facilita
    「京都御所に植物園に……あ、平野神社って前行ったとこか? そこも咲いてるって」
     春のぬくもりを帯び始めた放課後の音楽室。そのひとつの椅子に腰掛けながら、手許のスマートフォンの頁を繰る多智花・叶(風の翼・dn0150)へと、小桜・エマ(大学生エクスブレイン・dn0080)も懐かしさに瞳を細める。
    「ふふ。あのときはまだ、まだカナくん小学生でしたっけ?」
    「時間経つの早いなー。……でも、なんでまたこの時期に京都で花見?」
     素朴で、そして春の京都を知る者なら――京都の桜は、4月以降に見頃を迎えるものが多い――当然の疑問に、エマは穏やかに答える。
    「……両親に、一度顔を見せようと思って」
     5年前に飛び出してきたきり、一度も戻らずにいた実家。
     そこに再び足を向けようと思えるようになったのは、エクスブレインとして過ごした5年があったからだ。

     自分にとって、此処は逃げ場だった。そう、ずっと思っていた。
     だが、今なら違うと言える。
     灼滅者の皆を送り出すたび、その背が、先を見据えた視線が、勇気を教えてくれた。諦めない心、信じる強さを教えてくれた。
     だから私も、また歩き出せた。つい先ほど役目を終えた転科手続き書類を譜面台に置くと、娘はゆっくりとトムソン椅子へ腰を下ろす。
     鍵盤に、そっと。
     触れるように置いた指先が、ゆっくりとなめらかに音を紡ぎ始める。どこかぎこちなく、けれど春のように軽やかに、連なる音が陽だまりにとけてゆく。
    「あっ、それと! 祇園のお抹茶で有名なお店で、春限定メニューもあるんですよ!」
     金平糖や抹茶カステラの乗ったふわふわの桜色のソフトクリームとか、春色の白玉団子が乗った抹茶フロートとか!
    「いい曲が台無しだよ!!」
     すかさず突っ込まれながらも、はしゃぐ声につられて弾む音色。
     愉しそうな手許とその横顔に、叶も思わず口端を綻ばせた。


    ■リプレイ

    ●春の足取り
     バスから降りると、花と陽だまりの香りが鼻孔をくすぐった。紗夜はそのまま、植物園へと続く並木道を正門へと向かう。
     今日の最高気温、25度。
     例年ならシーズン前の京の桜も、今年はもうあちらこちらで見頃を迎えていた。とりどりの桜に出迎えられながらのんびりと巡り、桜林の空を仰ぐ。
     空と桜。暖かな春の色だと感じるのは、柔らかに色づいているからだろうか。
     不意に訪れた眠気。瞼を伏せ、春のぬくもりに身を任せていた紗夜は、ふと聞こえた鳥の歌にゆっくりと眼を開ける。
    「あら、鶯の声」
    「ふふ、春だなぁって感じがしますね」
    「……まだ気後れしてるの?」
     言外の意味を汲み取ったアリスはそう尋ねながら、ころりと金平糖を娘の掌に乗せた。
     帰る家がある幸せ。それを失くしたアリスの言葉に、エマも頷く。
    「そうだ。記念写真、撮りましょうか」
     ファインダー越しに見た娘は、もう吹っ切れたのだろう。こちらの『小桜』も、周囲の桜に負けてはいない。
     撮れたての写真を誕生日の祝いとともに手渡せば、嬉しそうな礼と笑顔。
    「よければ、ご両親にも見せてあげて。――頑張ってね」
    「……はい!」
     見送られて、軽くなった足取りで半木の道をゆけば、桜の向こうから識った声。合流済の叶とともに、賀茂川の畔で愛莉たちと弁当を囲む。
    「卵焼き最高!」
    「良かった。叶くんもどう?」
    「んじゃ、唐揚げひとつ」
     雄哉作・菜の花のおひたしに惹かれて、叶は自前の桜でんぶ稲荷と交換こ。
    「……あの時、話を聞いてくれて、ありがとう」
     ――大切な人、取り戻せたわ。囁くように添えながら、ちらり。
    「愛莉ちゃん?」
    「なぁるほどな。良かったな!」
     炊き込みご飯のおにぎりを手にきょとんと瞬く雄哉に、察した叶が大きく笑った。
     水面と花びらに重ねるのは、これまでのこと。
     弱気な心で、けれど確かな足取りで向かった上賀茂神社で願う。
     来年は、大好きな人と共に。
     綺麗な風景の中にいる、綺麗な貴方。
    「僕、この景色ずっと覚えておくですよ」
     舞う光に瞳を細めながらヒトハが零した声に、下鴨神社の鳥居の朱と桜と澄み渡る春の空を見上げて優も微笑んだ。
     近くの茶屋で買った花見団子は、愛らしく開けたその口へ。たんぽぽ茶で一息ついたら、また桜の杜を歩き出す。
     繋いだ掌のぬくもりに、心は未だ狼狽える。解っているのに、怯えてしまう。
     ――私はまた、『家族』を殺すのだろうか。
    「……神無月様」
     不安を纏う心に気づいたのだろう。繋いだ手に力が籠もる。
    「貴方も、僕の大切な家族なのです」
     許される限り、貴方たちの側に居させて欲しい。その願いに応える代わりに、優も握る指先にそっと力を込めた。
     もう独りじゃない。だからこそ、誓う。
     自分の周りの大切な華々を、散らせはしない。――絶対に。
     平野神社に愉しげな声を響かせて、雛はふわり掬った花びらをエステルへ。
    「とても綺麗よ」と桜色の頬へキスを零せば、「ひなちゃんにもなのちゅ、なの」と愛らしい仕草につられて笑う。
     幾つ刻を重ねても、幾つ逢瀬を重ねても、ずっと一緒。
     今も変わらず咲き続ける、この桜のように。

    ●独りじゃない
     京都の西。愛宕山南麓に抱かれた保津峡を、飛沫をあげながら幾艘もの船がゆく。
     木々の柔らかな緑に点在する淡い桜色は、まるで山肌を彩る模様のようだ。
     穏やかな瀞が続くと思えば、途端に巨岩が現れ、急流となる。船底から伝わる、岩と水の感触。頬を撫でる春風が気持ちいい。
     かじか岩を過ぎたあたり、漸く流れも穏やかさを取り戻し始めた頃合いを見計らって、深香は橋の袂の店で買ったオルゴールを取り出した。澪の選んだ、優しい春の音色。
     水と桜。
     目を閉じれば優しい香りを乗せた風が水面を揺らし、開ければ桜色が水鏡に反射する。朝は穏やかに、夜は幻想的に出迎えてくれる。
    「見て見て、綺麗に撮れたよ」
     ファインダーから眼を離し、澪が満足げに微笑んだ。ポケットから取り出した金平糖を一粒頬張ると、あたりに甘い香りが広がる。
    「おー、そうだな」
    「ほんとねぇ。とても素敵だわ」
     写真の出来映えもさることながら、愉しげな澪の様子に深香も綻ぶ。船縁に片腕をかけながら一瞥と適当な返事を返す宗田もまた、澪が落ちぬよう、さりげなく後ろを陣取っている。
    「写真はいいが落ちんなよ」
    「そこまでドジじゃないですぅー」
     言いながら、考えること数秒。
    「っと……おい?」
     わざとらしく宗田に寄りかかると、すかさずシャッターを切る。
    「えへへぇ、紫崎君の隠し撮りぃー」
    「そりゃ隠し撮りって言わねェよアホ」
    「あぃたっ」
     半眼での軽いデコピン。痛くはないけれど額を押さえながら拗ねたふりをする澪に、深香もくすくすと笑みを零した。
    「ふふ、相変わらず仲がいいのねぇ」
     ふたりの、いつものじゃれ合い。自分以外に甘えられる人ができたことが、深香にとっても大きな歓びだ。
    「はいはーい、二人とも撮るよー。――え、なに、わぁっ!?」
     急に宗田の胸元に引き寄せられ驚いている間に、澪の手からするりと奪ったカメラでパシャリと1枚。
    「……もー、紫崎くん強引なんだから」
     困り顔で苦笑を浮かべる澪の隣で、彼に顔を寄せ、幸せそうにピースサインを作って映った深香が、宗田へとこっそり耳打ちする。
    「これからも、澪のことよろしくね?」
     父親を知らないこの子のために。頼りにしてるわよ、不良少年君? そう言外の言葉も察しながら、「……おう」とだけ返す宗田。
     恐らくは、屹度。見透かされているのだろう。――色々と。
     嵐山公園の一角、中之島地区の長椅子に座って、周とエマはデジカメに残したばかりの風景を繰る。
    「……最初来た時に話したこと、覚えてるか?」
     ――『落花流水』だっけ。そういう綺麗さが好きなんだよな。
    「今でも奇麗だとは思うけど、ちと気が変わった」
     見苦しく足掻き続けるのもまた、美しさ。何より『花』ではなく『人』なのだから。
    「大丈夫、エマは強い」
    「……周さん」
     ぶつかってみれば何とかなる。その励ましには感謝と笑顔。
     また次も、その次も。この京の桜を愉しみに来よう。
     ふたり仰ぎ見た桜に、約束を交わす。
    「いただきます!」
     嵐山公園の亀山地区で、希沙と小太郎は共に作った弁当をオープン!
     ふたり積み重ねた日常の味を、いつものように一粒残さず平らげて。食べ始めに続いて食べ終わりの一声も、合掌の所作まで重なって思わず笑顔が毀れる。
     ごろんと寝転び、腕枕へと誘ってふたりごろり。そのままこの後の予定を問えば、
    「……もう一箇所、行きたいとこあるの」
     立ち上がり、寄り添いながら訪れたのは桜の袂。
    「……わ」
     柔らかな春風が頬を撫ぜ、花片を連れて踊る。仰ぎ見た娘の故郷の空と桜は夢のようで、こうして共に穏やかに共有できることが唯々嬉しい。
     重なるぬくもりと共に、目に焼きつけんばかりに景色を見つめる希沙。その横顔を見ながら、彼女のお陰で訪れた心の春も言葉にして分かち、ふたり笑顔で味わいたいと思うけれど。
     今はまだ。――もう少しだけ、このままで。
     春の香りと共に舞い込んできた一片の桜が、露天の湯にふわりと舞い降りた。
    「もう春なんだね」
     幾度となく共に迎えた春。今年もまた、こうして傍らにぬくもりがある。その歓び滲む声音に百花もふと記憶を辿り、重ねた季節の分だけ、想いも深く濃く色づいているのだと気づく。
    「ね、えあんさん。もっと桜が満開になったら、またおでーとに来ようね? お弁当持って、また」
    「そうだな、また来よう」
     蕾でも、葉桜でも。ふたりで見る桜はなんだって特別だし、ふたりで重ねる季節はいつだって愛おしい宝物。
     湯に潤う指先から伝わる心を、エアンも絡めながらそっと受け取る。
     毎年咲き続けるこの花のように、来年も、再来年も、その先もずっと。
     そう思えるようになったのは、そう口にできるようになったのは、彼女のお陰。
     傍らで花のように笑う、愛しい妻に誓う。――今を積み重ね、未来へ。

    ●変わるもの、変わらぬもの
     京の奥座敷、鞍馬の山間にある温泉ではしゃぐ悟と想希。
     社会人となる春。変わらぬものなどない。けれど悟への想いは変わらない。
    「それもやっぱり変わったんや」
     零から育った想い。変わっていい。どうせなら幸せを満喫できる変化を。
    「ふふ、そうですね。……えいっ」
    「ふおあ!?」
     花片のシャワー。笑い合う声が、満開の桜にこだまする。
     淡く春色に染まる山の向こう、深い緑に包まれた貴船の地では、軽やかな足取りで上り坂をゆく千波耶の後ろを、葉がマイペースでついてゆく。静謐な空気に、鳥の囀りと川のせせらぎだけが満ちている。
    「鳥居を一緒に潜っちゃいけないのよ」
     真剣な眼差しで振り向いた娘に、パワースポット好きの姉たちの言葉を思い出しながら、ちーたんも好きそう、なんてぼんやり思う。
     本宮、奥宮、そして結社。わざとらしく別々に潜った鳥居の先で手を繋ぎ、順繰りに辿りながら春を探す。
     咲き初めの桜、暖かな陽気、柔らかな若葉の色、そして蕗の薹。声弾ませる千波耶がふと葉を見上げ、もうひとつ見つけた、と微笑みながら自分の鼻を摘まんでみせる。
    「よーくんの鼻が冷たくない」
    「こっちも、春見つけたぜ」
     来て良かった――木漏れ日の燦めきを纏いながら笑う娘に、春を重ねる。

     花見を識らぬチセは、目的地の幾つか手前でバスを降りた。
     未知なるものと出逢えれば散策も別段苦ではない。清水坂を上り、産寧坂から二寧坂へ。道中の桜に度々魅入るも、漸く足を踏み入れた円山公園の、どうと立つ枝垂桜にはついぞ言葉を失った。
     雄大で優雅。風に嫋やかに揺れる姿は、自然と心も穏やかになる。
     これが和みというものだろうか。美しさの中に途方もない歳月を想いながら、チセは唯々空を舞う花を仰ぎ続ける。
     満開の桜。暖かな陽だまり。お弁当を食べる場所を探した幼い頃の記憶。
     ずっと昔に、なくしてしまったもの。
    「いい思い出だったなら、良かったんじゃねえか」
    「……うん」
     変わらぬ景色は、時に優しく厳しい。だからこそ言いに来た。幸せだから大丈夫、と。
    「なーにしんみりしてんだよ」
    「あたっ!」
     軽くはたかれた頭を押さえながら見上げれば、いつもよりすこしだけ優しい翌檜の笑顔。「もう少し幸せそうな顔しとけよ」と髪をくしゃりとする。
    「腹減ったし、なんかメシでも食おうぜ」
    「!! ごはん! 食べます!!」
     おいしいもの沢山食べたらもっと幸せかなー、なんて。冗談めかして隣を覗く。
    「ね、せんぱい。暮れるまで一緒に居てくれる?」
    「じゃ、飯食ったらまた歩こうぜ。時間はたっぷりあんだしさ」
     ふわり花びらを舞い上げた春風が、軽く背中を押す。
     恵理と都璃からの誕生日祝いに破顔と感謝を返しながら、祝いが遅れたことを神妙な面持ちで詫びる親友の提案をエマは喜んで受け入れた。
     向かった先は祇園白川にある喫茶店。この暑さだからこそ、桜餅味のかき氷も美味しさを増すというものだ。
     舌の上で溶けて消えてゆく氷の優しさに、瞳を細めたエマが昔を語り出す。
     音楽家の両親の期待を受けて始めたピアノは、純粋に愉しかった。
     そんな折、右薬指を骨折。完治後から感じ始めた音の違和感。
     以前の音と違う――それは娘を文字通り『狂わせた』。中学にも行かず籠もる日々が続いた頃、学園から声がかかった。
     上京する娘に再起を願って親が託した指輪は、寧ろ心の枷となった。期待の大きさが、益々耳を狂わせた。
    「……でも、もう大丈夫」
     ありがとう。知り合ったすべての人たちに伝わるよう、心から感謝を紡ぐ。
    「私ね。みんなと同じ場所に誇らしく立てる自分で在りたいの」
     辛くても苦しくても、前を見続ける仲間たち。幾度となく見送った背中から、沢山の勇気を貰った。そう微笑むエマに穏やかな笑顔を返すと、恵理は誕生祝いを取り出した。
     貴女の決心へ祝福を。そして、貴女の勇気と希望の傍らに、この小さな気持ちを。
     ケルティック・ノットを銀の紐で描き、桜貝で模った桜の花びらと緑柱石で飾ったタリスマン。陽に煌めくそれを、ありがとうと娘は大切そうに掌に包んだ。
     ――今日が、私の大切な友人にとって良い1日でありますように。
     それはきっと叶ったのだろう。ならばと都璃は新たに願う。
     大好きな友人に、これからも幸あらんことを。
     桜ロールケーキを頬張りながら花仰ぐイチの隣で、京の桜は格別だと感嘆するまり花。
     りんずやくろ丸の分まで春スイーツを満喫するのだと語られ、ついつい笑ってしまう。
     お目当ての店では、桜ソフトと三色団子添えの桜パフェにご対面! じっくりと味に浸りつつ、次いで抹茶を一口。
    「……あぁあ……京の雅が口の中に広がりますわぁ……」
    「……先輩、美味そうに食べますね」
     言われてはにかむ娘には「きっとアイスも抹茶も喜んでます」と微笑み返して。
     さぁ、お次は桜餅に生どら焼き、苺のパンケーキ。京の春甘味巡りは、まだ当分終わらない。
     円山公園内のカフェで愉しむアフタヌーンティー。道中の寄り道に感謝するさくらえに、お陰で満開の桜が見られたと勇弥も笑う。
    「……自分の名の由来の人物の場所なんて、絶対行くことないって思ってたんだけどねぇ」
    「『行きたい』って思える今のさくらの表情、幸せそうに見えるよ」
     願わくは、と。微かに唇に乗せた西行の歌に、勇弥も静かに両の手で包んだティーカップへと視線を落とす。
    「……桜の下で、か。桜が咲くまでのこの一年間、酷く長かった気がするよ」
     それはまるで、未来の見えぬ『白い闇』。再び夢を思い出せたのは、つい先日のこと。
    「でも、やっとここまで来られたな」
    「……ね、やっと」
     顔を上げた勇弥の微笑に、本当に、とさくらえも眸を窄めて頷いた。
     ならば、まずは乾杯しよう。これまでの互いの健闘と、これからの互いの夢に。
     掲げたふたつのグラスを透いて、春のひかりが燦めいた。
     桜の連なる石畳の途中で、すこし寄り道。三色団子とあんこの乗った春限定抹茶フロートを手に、奈央が瞳を煌めかせる。
    「あっ、スマホで撮らなきゃ」と言いつつ悪戦苦闘する様子には、春色ソフトを味わっていたステラも見かねてちいさな助言。
    「腕利きの写真家さんがそこに」
    「お願い叶君、力を貸して」
    「へ??」
    「美味しそうに撮ってくれたら、美味しい甘味をご馳走しちゃう」
     察した叶が撮った写真は、赤毛氈に緑が映えた綺麗な1枚。感激しながら礼を添えれば、叶も恐縮気味にはにかむ。
    「……なんか良いですよね、こういうの」
     入学してから5年。ステラたちの助けで、独りではなく皆で歩む道を識った自分のように。あの白いシャドウと片割れともそうなれれば。そう微笑む奈央に、ステラも頷き呟く。
    「欧州の家族も元気でいてくれると良いのですけれど」
    「皆さーん! これから草わらび餅食べに行きませんか?」
    「あっ、食べたいです」
     駆け出した友人の背にはひとつ笑み零し。エマの心中を想いながら、ステラもゆっくりと歩き出す。
     高台寺公園の一角に腰を下ろし花を愛でれば、ふと妹の桜の花弁集めにつき合わされた記憶が過ぎる。苦労して集めた花片は、最後に宙に放たれた。
    「花吹雪ーって。一瞬で終わりだよ、ひどくない?」
    「昔から仲が良かったんですね」
     口尖らせつつ食べる抹茶フロートは、みをきの春色ソフトと交換こ。格別に美味しく感じる魔法だという壱に、みをきもつられて笑う。
     見上げた桜に思い出す、優しい声。
    「桜の花弁は集めるほど幸せになれる、んだそうですよ」
     だから一緒に集めませんか。
     掌を、器をいっぱいに。これからも手を繋いで歩んでいきたいから。花のようなみをきの微笑みを、風に揺れる桜が彩る。
    「じゃあ、まずは1枚――あ」
     ふわり舞う花影。反射的に伸ばした掌を開いてみれば、2枚の花びら。
    「二人分取れちゃった。はい、半分こ」
     どれだけ集められるかまだ解らないけれど。淡色の幸せの欠片、まずは半分こから。
     ゆっくりと京の空が暮れてゆく。
     夕日影の橙と、桜と、紫を帯びてきた空が、ない交ぜになって世界を染める。ファインダー越しに見た高台寺の枝垂れ桜もまるで夢と見間違うほどに幻想的で、叶は息をのんでシャッターを押した。
    「この桜は4代目なんだ」
     ねねの想いも受け継がれているのだとカメラを手に語る穂純に倣い、花を仰ぐ。大切な人を想う気持ちは、いつの時代も変わることはないのだろう。
     柔らかに吹く花吹雪の中を、踊るように跳ねる娘。そうして手にした一片は、押し花にして写真に添えるのだと瞳を細めた。
    「写真を見て今日を思い出しながら、もう一度私の手で桜を咲かせるの」
     屹度、今日の思い出に新しいそれが重なり、もっと大事な記憶になる。だから、
    「その時は、叶君も一緒に咲かせようよ。キラキラした思い出を一緒に作っていきたいよ。これからも、沢山!」
    「……そーだな、穂純」
     じゃあ、おれはこれな。どこかからかうような微笑みで娘の髪についた花片を掬うと、叶もまた、大切そうに懐へ仕舞った。
     幾重にも巡る季節、重なる記憶の中で、いつか霞んでしまっても。
     屹度、ひとひらの桜が想い出させてくれるだろう。
     心寄せた、この春を。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月17日
    難度:簡単
    参加:35人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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