決戦巨大七不思議~白昼鬼行

    作者:佐伯都

    「ふふ、もうすぐ、もうすぐ……灼滅者とワタシ達の攻撃でこれまでになく弱体化した『バベルの鎖』を、ラジオウェーブが粉砕してくれるのも、もうすぐ」
     春の陽気で行き交う車もどこか楽しげに見える交差点、どこからともなく現れたのは臙脂色の肩マントを翻す細身の背中。街路樹が影を作る中央分離帯から無造作に車道へ降りてきたせいで、けたたましいクラクションの音がいくつも続いた。
    「本当ならワタシ達の出番はもっと後のはずだったけれど。人間が真の力を取り戻すためには恐怖が極限まで高まる必要があるとくれば、ね。やらないわけにはいかないじゃない?」
     クラクションなど最初から聞こえていないような独白を漏らし、顔を上げる。その左半分はケロイド状に焼け爛れ原形を留めていない。あぶねえじゃねえかなにやってんだ、と罵声を浴びせるトラック運転手の声も聞き流し、かつりこつりと堅い足音を立てて交差点の中央へ。
    「でもでもなんて可哀相なワタシ! ずっと思い通りにできずにいたのに捨て駒にされて、挙げ句生贄扱いなんて。ああなんて可哀相で可哀相で、悲しくてイッてしまいそう」
     球体関節の腕で何か、革表紙の大きな本を抱きしめタタリガミは恍惚と目を閉じた。
    「ふふ、とは言えさすがに遅漏とか言われたくないしそろそろでしょうか」
     ばらりと広げた本の間へ虹色の光が凝り、そのまま爆発する。七色のうち六つは交差点のあちらこちらで伸び上がり、捻れながらそれぞれ奇怪な、そして7メートルほどの姿をとった。最後の一つを掌へ乗せて高く笑ったタタリガミの体躯もまた、徐々に膨れあがってくる。
     唖然と、七つの巨大生物をタクシー運転手や通行人達が見上げていた。
     
    ●決戦巨大七不思議~白昼鬼行
    「民間活動の評決で『ソウルボードを利用した民間活動を試みる』事が決まったばかりなんだけど、ラジオウェーブ配下のタタリガミが先手を打ってきたよ」
     手元のルーズリーフを教卓に置いてから、成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)は考えを纏めるようにひとつ息をつく。
     ソウルボード内の電波塔を失ったラジオウェーブが切り札のひとつを切ってきた、と考えていい。最高ランクの都市伝説を吸収したタタリガミの精鋭を投入し、再度ソウルボードへ拠点を築くつもりのようだ。
     その方法とは、ある程度の人口を抱える地方都市を7体の巨大都市伝説で襲撃し、人々に恐怖を与えることで都市伝説を強制的に認識させる、というもの。
    「でもはっきり言うとこれ、かなり力任せだわ目立ちまくるわでとても上策とは言えない。逆に言えばそれだけ余裕がない、って事かもしれない」
    「電波塔を失ったのが相当痛かったって事でしょうか……」
     さすがに神妙な顔の松浦・イリス(ヴァンピーアイェーガー・dn0184)へ、どうだかね、と樹は軽く首を傾けた。
    「ラジオウェーブの目的は『多数の一般人に影響を与えてソウルボードに拠点を作る』ことだから、一連の行動に『ソウルボードを利用した民間活動』を行うヒントがあるかもしれない」
     場所はとある地方都市の、高速道路の高架と一般道の交差点が交わっているポイント。平日の昼間だが高速道路の入り口が近いため数台の大型トラックやタクシー、一般車両、通行人も多い。
    「相手取るのは本体である巨大タタリガミと、本体から分離した6体の巨大都市伝説」
     どちらも7mほどのサイズに巨大化しており本体と都市伝説は同じ姿をしているため、遠目からでもすぐに判別できるだろう。
     タタリガミの目的は人間の殺戮ではなく人間を恐怖させることそのものなので、積極的に殺害にまわる事はない。しかし建物や構造物の破壊を行うことはあるので、そこに巻き込まれる事はあるだろう。
     巨大都市伝説は戦闘能力においては通常の都市伝説程度なため、灼滅者が3名ほどいれば充分だろう。しかし本体のタタリガミは8名全員が揃っていなければ相手取る事は難しい。
     都市伝説はそれぞれ別々の場所で事件を起こしているため、各個撃破を狙うこともできる。なお電波障害も発生していないため、散開したあとも連絡を取り合うのは容易だ。
    「タタリガミを撃破すれば都市伝説も消滅するけど、一般人に戦いの様子を見てもらうことで民間活動を行える。積極的に虐殺を行うわけじゃない以上、都市伝説をある程度倒してから本体のタタリガミ、って流れがいいかもしれない」
     灼滅者によりラジオウェーブが追い詰められていることは間違いないだろう。
     また、ラジオウェーブは他のダークネス組織とは明らかに性質が違う。その違いは果たして何なのか、それを突きとめなければ彼を本当の意味で止める事はできないのかもしれない。
    「巨大タタリガミに襲われている人々を華麗に助ける――民間活動としても、最高の見せ場になると思うよ」


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)
    桜之・京(花雅・d02355)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863)

    ■リプレイ

     ハンズフリーのモバイル用イヤホン。そこから聞こえてくるA班連絡役の漣・静佳(黒水晶・d10904)の声量を調整しつつ、B班連絡役を務める桜之・京(花雅・d02355)は暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)が差し出しているスマホの画面を追った。
     GPSの赤いマーカーが示している現在地は、高架の高速道路とわりに大きめな一般道路が交差している。
     『高速道路の高架と一般道の交差点が交わっているポイント』に出現する巨大タタリガミ、そして本体から分離した6体の巨大都市伝説。8名を二手に分け、都市伝説を片付けた後タタリガミを灼滅する流れだった。
    「さしずめ塔を破壊されて頭にきたって所か? 頭にきてるのは俺達の方なんだがな」
     京が静佳との調整を終えるのを見届け、聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863)は苛立ちを散らすように靴の爪先でアスファルトを叩く。
    「頭に来たかどうかはわからないけど、賢いやり方でないことには違いないわね。もっとも、もし邪魔されたことに激怒しての行動ならば、そうじゃない場合より頭が悪いことになるけど」
     制御されない怒りとは、愚かさや短絡思考と親和性が高い。やがて重い地響きと一緒に、高架の向こうから何か大きなものが近づいてきた。
     A班と行動をともにする佐祐理(d23696)、そしてこちらB班に同行するイリスが高速道路沿いの道路を封鎖して回っているので、大きな交差点とは言っても通行人や一般車両はすでに周辺から退避をはじめている。
     悲鳴のような歓声のような声がさざ波のように広がり、橋脚の向こう側から巨大な影がぬろりと伸びた。
    「……おぉぅ」
     どろりと焼け焦げた左半面、軍服に華麗な肩マントを纏った巨大な人形がなんとも不気味な微笑をたたえてサズヤを見下ろしてくる。
     神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)が油断なく【黒影刀】を抜いて身構えた。
    「あらあら、派手なご登場ね。でも一般人を怖がらせるのはここまで」
    「人々の目を忍ばなくていいなんて、贅沢なことね」
     インカムの向こうへ会敵を告げ、京は高架をくぐるように近づいてくる都市伝説をあらためて眺めやる。華夜の命をうけて神命がサズヤの前へ飛び出した。
    「んー……怪獣、大決戦?」
     ことりと首をかたむけ、事態を飲みこんでいるのかいないのか、判然としないことを呟くサズヤの上へ球体関節の大きな手が迫る。プリンセスモードの影響もあってか、何か特定の方向性に合致する層と思われる一般人から歓声があがった。
     なりこそ巨大だが都市伝説は灼滅者3名で充分に渡りあえる力量のはず。あえて4名という布陣で速攻を狙うため忍魔と華夜、そしてサズヤがそれぞれの得物を手に都市伝説を迎えうった。
    「B班、会敵、のようよ」
    「……かような姿はただの見かけ倒し。恐るるに足りません」
     鋭い風切り音と一緒に、奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)のすぐ横へ鉄塊じみた影が落ちてきた。割れ飛ぶアスファルトと轟音、佐祐理の誘導で遠巻きに現場を見ていた一般人から悲鳴があがる。
    「大丈夫です、心配いりません。私たちはあの巨大人形を倒すためここに来たんですから」
     人造灼滅者の身体も、方法次第ではうまく民間活動に使うことができた。
     背から鷲の翼が突き出した身体では何もしなければただただ異質な姿にしか見えないはずだが、スタイリッシュモードが使えるなら話は違う。買い物か散歩帰りなのか、母親に手を引かれた小さな子供が目を輝かせて見上げてくるのを、佐祐理は少し複雑な、しかし意図しない方向に恐れさせることはなかった安堵が混じる気分で眺めやった。
    「街のど真ん中でえっらいことしはりますなぁ」
     相棒の霊犬を科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)の後方へ回らせて援護し、千布里・采(夜藍空・d00110)は喉の奥で笑った。
     身の丈7メートルほど、2階建て一般住宅の軒先くらいはある巨大な球体関節人形。灼滅者の目から見ればそれが動き回る様子は、むしろ恐怖よりシュールな印象のほうが勝つ。
    「早う逃げてくださいな。カラクリ人形言うても、楽しい仕掛けはあらしまへん」
    「……揺籃!」
     やや叱咤にも似た烏芥の声。滑るように弾かれるように動いたビハインドの霊撃と日方のレッドストライクが続けて叩き込まれ、ぶわりと臙脂色の肩マントが揺れた。その機を逃さず解体ナイフを繰り出した烏芥の手元から妙に粘質な影のようなものが引きずり出され、都市伝説の半分溶け崩れた顔が苦悶に歪む。
     繰り広げられる派手な大立ち回りに、なかば野次馬と化しつつある通行人が喝采をあげた。あわてて佐祐理が声をはりあげる。
    「そこ、下がって! もっと下がってください、前へ出ないで!」
    「B班、一体目、灼滅完了、だそうよ」
     見た目の大きさに質量が伴っていないのか、球体人形は意外に素早い。契約の指輪からの狙い澄ました光条で都市伝説にひとつ重石を加え、静佳は高架のやや先へ目を凝らした。
     がつりと都市伝説が橋脚に激突する音に混じって、遠くからも低く低く、轟音がしている。4名なら他愛のない相手とは言っても、まだ野放しになっている都市伝説とタタリガミとがいる。急がなければ。静佳のインカムからはA班の状況を尋ねる京の声。
    「こちら現在交戦中、ね。灼滅しだい、皆で事後説明にあたる、わ」
     それなりに人口を擁する街だが、高架下を進めばそのまま芋づる式にタタリガミまでたどり着けるだろう。
    「いつまでも構ってやれるほど暇じゃねーんだよ」
     霊犬が気を惹いた隙に死角へ回り込んだ日方が、都市伝説の膝裏へ渾身の解体ナイフの一撃を見舞った。埋め込んだ刃から何とも生々しい手応えが伝ってきて、一瞬日方は肩を震わせる。
     華麗な連携でもってものの数分で巨大人形を地に沈めた灼滅者達へ、ことの一部始終を見守っていた観衆から盛大な拍手喝采がわきおこった。佐祐理の手も借りながら、戦闘を見守っていた一般人へ事情の説明を行い名刺を配っていく。
    「もう安心して。私たちが倒したから」
    「大丈夫、俺たちはあいつらを倒すプロだ。これから先、何か異様な事があれば俺たちに任せろ」
     一方A班では、華夜と忍魔が声かけをしている横で、どういうわけか年若い女性の黄色い声を盛大に浴びてしまったサズヤがどう反応したものかと硬直していた。男の身でのプリンセスモードに何らかの化学反応があったのやもとようやく思い至るものの、少々年齢なりの人間らしさから縁遠い身では困惑するしかない。
    「あんまり深く考えずに、ありがとーって手を振ってあげればいいんです、こうやって」
    「……んん、むずか、しい……」
     愛想よく両手を振って笑顔をふりまくイリスに倣って(いるつもりで)ゆらゆらとサズヤが掌を揺らしてみると、さらに甲高く悲鳴じみた声がした。テンションの高い歓声に交じって低く遠く、ごうん、と鈍い破砕音が聞こえる。
    「んー……あっちも、怪獣大決戦?」
    「ここは早めに切り上げましょうか」
     名刺を何枚かの束にして目の前の男性に押しつけ、京は笑顔を絶やさぬまま踵を返した。今倒した都市伝説でB班は2体目、インカムから聞こえる静佳の報告によればA班は2体目との戦闘に入った所らしい。もう一度地響きが轟く。
     高架沿いに急行したB班を待っていたのは、大きくひび割れた高速道路の橋脚に取りつき、今にもへし折らんと揺さぶっている3体目の都市伝説の姿だった。大きな揺れで高速道路からこぼれてしまったのだろう、ひしゃげ、歪んだトラックや乗用車が下の一般道にいくつも積み上がっている。
     橋脚に次々と亀裂が入り、内部の鉄筋でも引きちぎれたのかひときわ大きな破砕音がして、遠巻きに見ている一般人から悲鳴が漏れた。
    「神命、倒すわよ!」
     相棒の霊犬を先行させ、華夜はその後ろから都市伝説へ躍りかかる。突然割り込んできた灼滅者達の姿に、わっ、と歓声とも驚愕ともつかぬギャラリーからの声が聞こえた。
    「人は恐怖を越えられる事を、今ここで知るがいい!」
    「忍魔ちゃん、合わせるよ」
     既知の関係である二人を攻め手の軸に据えて短期決戦を仕掛け、殲滅を急ぐ。
     虐殺に走ることはないとは言え、暴れ回る都市伝説は一般人の生死になど頓着してくれない。かつ、こうして高架道を倒そうとするならそれに巻き込まれる者は当然出るはずだということは事前にわかっていた。すでに出現ポイントが判明している相手の聞き込みに時間を割くべきではなかったかもしれない。
    「そろそろ合流を急いだ方がいいかもしれないわね」
     接しているのが幹線道路ということもあり、さいわい京が見る限りでは一般人にまだ大きな混乱はないようだ。高架道路を破壊しようとする巨大人形を身をもって食い止めんとする灼滅者の行動を注視しつつ、もっと距離をとるよう誘導するイリスへ素直に従っている。
     そしてその瞬間、空気が逆流したような錯覚を覚え、サズヤは息を詰めた。視線を走らせたその先で半瞬遅れて轟音が轟き、びりびりと足元のアスファルトが凄まじい振動を伝えてくる。
    「!!!!」
     恐らく常人であれば京の聴覚は破壊されていただろう。予告無しに耳元で建造物の倒壊音を聞かされた京が、反射的に耳元からインカムを払い落とした。遠くで上がっている灰色の土煙のようなものを愕然と眺めるしかない。
    「なに、あれ」
     タタリガミか都市伝説かはわからない、けれど、何らかの建造物の倒壊はA班の至近距離で起こったことを京のインカムの音量は示している。
    「……くそっ」
     目前で倒壊した高架道路の土煙をやりすごし、日方は走った。高速道路から叩き落とされた乗用車に火柱が立つ。誰かの、いくつかの悲鳴。
     都市伝説2体目との交戦中に地震でもないのに高速道路がぐらぐら揺れだし、非戦闘員の佐祐理を先に向かわせ速攻で2体目を仕留めたところだった。視界が灰色の土煙に塗りつぶされていて、佐祐理の姿は見えない。
    「急ぎますえ」
    「……誰か、いますか! 怪我人は」
     ぼん、と行く手で鈍い爆発音。砂煙の向こうに赤い火球、また車が爆発したのかもしれない。倒壊を免れた橋脚の下、おそらく高速道路上から非常階段でも使って逃げてきたのだろう、オレの車が、車が、と泣き喚いたり茫然としている一般人が何人もいた。
     真っ先に砂埃の中へ飛び出していった日方の背中は、烏芥からはもう見えない。恐らく日方を追ってくれているのだろう、やはり姿の見えない霊犬の吠え声の先導で必死に追いかけつつ、倒壊に巻き込まれスクラップ同然になっているトラックや軽自動車の運転席を素早く覗いていく。
     倒壊を阻止することはできなかったものの、烏芥が確認した限りでは倒壊に巻き込まれた運転者を確認できなかったことは不幸中の幸いだった。
    「こちらA班、近くで、高速道路が倒壊、したわ。今3体目を発見した、ところ」
    「……ということは、全員無事ってことね」
     インカムが崩落音に音をあげていそうな気がしたが、変わらず会話ができているので意外に根性はあったらしい。A班の無事にひとまず安堵し、京は忙しく考えを巡らせる。
     大きな移動をしていなければ、タタリガミはここから1kmほど先の交差点にいるはずだ。前哨戦に半数ずつを割いたので余力は充分にあり、このまま勝負を挑めるだろう。
     ただ、一般人への被害が拡大しそうな場合については誰も移行を考慮してきていなかったのが痛い。それでもタタリガミや都市伝説がストレートに一般人殺害ではなく、恐怖を与える行動のほうに比重を置いてくれているせいで、避難の時間的猶予があったのは運が良かった。
     もうすぐB班の戦闘は危なげなく終わるはず。タタリガミが今何をしているかが気になるが、終了しだいタタリガミ周辺の一般人の避難にイリスを先行させ、佐祐理をA班3体目の都市伝説周辺にいる一般人の退避に充てたうえでタタリガミに勝負を挑むべきだろうか。
    「死人が出る前にカタをつける、そこからブレなきゃいい話だろ!」
     静佳や采が追いついた時には、すでに日方は佐祐理と手分けして避難誘導を始めていた。静佳伝てに京からのプランを提示され肩越しに振り返った日方の返事は明解で、迷いがない。
    「まあ、逃げまくれば時間は稼げるかもしれへんけど……」
    「俺はどっちでも構わねえ、切り上げる事に反対はしないってだけで。どっちがより上策かなんて俺にはさっぱりわからねーしな」
     策を講じるタイプではない事くらい日方自身がよくわかっている。しかし、都市伝説の灼滅は全数ではなく状況に合わせ対応すべきと考えていたのも日方だけだった。
    「……タタリガミを前にしてのタイムロスは、惜しいのでは」
    「佐祐理さんに、任せ、る?」
     少し前の、苦い痛みを伴う記憶。その現場には静佳のみが居合わせていたが、日方はもちろん烏芥や采もその場へ仲間を送り出し間接的に関わった側だった。
    「どう? 勝利と愛の女神のお仕置きの味は」
     あざやかな雲耀剣の一撃で両断された巨大人形に喝采が沸き起こり、軽く手をあげてそれに答えた華夜に笑みが戻る。勝利を確信した時点でB班からイリスは離れ、すでにタタリガミ周辺の一般人の退避に向かっていた。
    「……応援は、勇気をくれる」
     やや感慨深げに呟き、観衆に軽く頭を下げたサズヤをどこか微笑ましい思いで眺めてから、京は走り出す。A班は戦闘を切りあげる決定をしたものの、そこから事前の申し合わせ通りさらに落ち合っていては意味がない。タタリガミ出現ポイントへの到着タイミングを合わせることで代替案とし、通りすがりに一般人へさらなる退避を呼びかけつつ先を急いだ。
     ――宙を舞った無人のトラックが、中央分離帯に激突し炎を上げる。
     さながらその姿は戦地に佇む亡国の軍人、といった風情だろうか。そこかしこで燃えているいくつもの車から上がる黒煙を舐めるように、つくりものの舌を覗かせてタタリガミは笑っている。
    「来たね、灼滅者」
     うふふっと声を上げる、西洋人形じみた中性的な、美しい半面。濃色の軍服も厳めしいタタリガミは肩マントを翻し、革表紙の本を両手の間に広げた。
    「ソウルボードへ二度と潜れないよう、ここで倒してやる」
     血気をにじませた忍魔の声に首を傾け、タタリガミはふと笑みを強めた。
    「別にいいよ、帰る所なんてないし。ワタシは生贄で、捨て駒!」
    「……その割には、楽しそうですね」
     しかもただ楽しそうなわけじゃない、という呟きを烏芥は飲みこむ。実は嫌な予感はしていた、ずっと前から。被虐趣味とかそういう嗜好があることくらい烏芥だって知っている、しかし。
     口調が柔らかく中性的な人形を模した外見とあって色々緩和されてはいるが、このタタリガミ、一応男性型なのだ。肩をすくめるようにもう一度笑い、まるで謡うように。
    「だって最高に楽しいじゃない? 本当はもっともっと後のはずだったのに、中途半端なところで放り出されてこんな所で灼滅者に殺される。絶頂ってこういうことだと思うけど」
     ……あ、やっぱりそういう手合いのお人だったんや、と采はやや乾いた笑いを漏らす。見た目綺麗な人形でよかった。色々な意味で。
    「わかりたくもあらへんしなあ、生贄で捨て駒が気持ちええとか」
    「はらわたブチ撒くとか、考えただけで勃ってきそうで」
     ちょっと黙んねーかなこの変態人形、と日方が目元を覆って呟くも京は曖昧に笑うしかない。バックグラウンドを探る気もなかったので今となっては如何ともしがたいが、このタタリガミ、何がどう間違ってこんな淫魔まがいの中身になってしまったのか逆に興味深い。
    「そろそろ妄言吐きつくして気ぃ済みましたやろ。汚物のお片付けの時間ですえ」
    「まだ嫌だなぁ、最後に綺麗にお掃除してくれるなら考えるけど」
    「どうでもいいから黙れ!」
     小学生や中学生がこの場にいないことを心底感謝するタタリガミ、というのも珍しいだろう。やり場のない面妖な苛立ちもろとも解体ナイフに篭め、意外にフットワークの軽かった都市伝説の懸念を払拭するべく日方は渾身の黒死斬を見舞った。
     一歩よろけたタタリガミが体勢を立て直し、やや白茶けた頁を繰る。毒々しい禁呪の文字列が爆炎をまとって浮かび上がり、華夜や烏芥を飲みこんだ。
    「倒す前に質問してもいいかしら。一般人に恐怖を植えつける理由は?」
    「電波塔を再建するために必要だから。それが何?」
     それは既知のエクスブレインの情報通りの内容でしかなく、華夜はやや鼻白む。尋ね方を間違えたのかもしれない。
     タタリガミの動きが一瞬緩んだのを見逃さず、忍魔は華夜に続いて怒濤のごとく攻め込む。力量の差はあれどすでに都市伝説を3体屠ったあと、ほぼ同じサイキックを繰り出す相手に遅れを取るとは思えない。
     やや離れた場所から戦いの行方を見守っている一般人から、ぱらぱらと声援が起こる。そういえばあの台詞を一般人まで聞いていたのかと思うと烏芥は少し頭が痛かった。捨てられた人形ならば思うところがないわけではないが、……今の烏芥としては、そうであってほしくはないな、という思いのほうが強い。むしろ間違いであってくれたほうがいい。
    「……揺籃、皆さんを」
     発言は色々怪しげだがさすがは怨執を溜めこむタタリガミ、発する呪いの重さは一筋縄ではいかない。互いが互いをカバーしあう華夜や忍魔はよく耐えているが、前衛をまとめて削りに来るので面倒だ。減衰が生じるとは言え基本的には格上の相手のダメージを大人数が受け続けるリスクは、そっくりそのまま回復手にのしかかる。
    「お前は人の恐怖が、美味いのか」
     おいしいもの。サズヤにとっては最近ようやく理解しはじめた概念だ。
     恐怖を美味し糧とする存在を、サズヤは放置してよいものとは思えない。
    「おいしいかどうかはよく分からないけど、助長してくれるものではあるよね」
    「だったら、ここで止める」
     サズヤの中の理論はとてもシンプルだ。誰もが幸せでダークネスに虐げられないように戦う、それがサズヤの中の動かせない決まりであり願い。
     その自分の願いを、サズヤは最近ようやく自分でも噛み砕いて理解できてきたように思う。おいしいもの、たのしいこと。誰がどんな小難しい理論を展開しようと、それを奪われることが良いことだなんて思えない、それだけだ。
    「タタリガミ! お前達の目的は何なんだ!!」
     体中を蝕む呪いの苦痛に顔を歪め、忍魔は声を張りあげる。サズヤも回復に回ったことでようやく静佳と京の負担が減り、攻め手が回りはじめた。
    「だから電波塔の再建だよ。同じイカせ方じゃ、いつか飽きられちゃうよ?」
    「もういい……!」
     禁呪と炎、原罪の証が入り乱れる視界を睨みあげ忍魔が吼える。
     采の放つペトロカースで動きはみるみる固くなり、制約の弾丸でおかしな行動が増えてくるころには、焼け爛れた半面だけではなく、タタリガミは全身満身創痍だった。ひたすらに最前線で削り続けた日方が一歩よろめいたのを、すかさず京のラビリンスアーマーが支える。
     あはは、ははは、と狂ったように笑いながらタタリガミは革表紙の本を手繰り続ける。
     サズヤのバベルブレイカーが胸の中心を抉っても、中身は空洞。がらんどうの身体。
     いつ終わるともなく続いた戦いは、燃えるガソリンの匂いも濃い黒煙の真ん中、文字通りのガラクタとなってタタリガミが崩れ落ちることで幕が引かれる。
     しかし巨大人形のふりまいた恐怖と災厄のカーテンコールは、戦い抜いた灼滅者を言祝ぐ喝采だった。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年3月29日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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