●春待ちの異変
それは日暮れ時の出来事だった。
北海道恵庭市、JR恵庭駅前。
ロータリーの只中で、日常が打ち破られる事となる。
「おお、ついにこの時が到来した」
出現したのは薄青色の巨大な骸骨。これまた薄手の透け感のあるヴェールを被っている。骨だけであるが故に表情は伺い知れぬが、確かに笑みを浮かべているような気がした。
「ソウルボードの監視『バベルの鎖』の隙を突いての活動もこれで仕舞いよ。これからは諸手を振って表舞台に立てるというもの……これもすべてラジオウェーブ様の御身のため」
蒼の骸骨はその身を大きく膨れ上がらせる。巨大化したそれは青白い影を駅舎に落とした。そして生み出したのは六体の配下、大本の骸骨によく似た容姿のそれらは巨大都市伝説とも言うべき存在だった。骨の尾を鷹揚に揺らし、鋭い爪持つ骨の手を揺らす。
「行け。都市全域を制圧し、あらゆる人間を恐怖の坩堝へ叩き落すのだ」
沸き起こるは歓喜の叫び。
巨躯の骸骨達は散らばり、市内を蹂躙すべく滑走する。
●急務
「民間活動の評決の結果『ソウルボードを利用した民間活動を試みる』事が決定し、その準備を始めたのは皆も知っての通りよ。でもその前に『ラジオウェーブ配下のタタリガミ』による大規模襲撃が発生してしまったの」
小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が真剣な眼差しで告げる。灼滅者の活躍で、ラジオウェーブは電波塔というソウルボード内の拠点を失った。その失地を回復する為に切り札の一つを切ってきたらしい。
曰く、最高ランクの都市伝説を吸収して収集したタタリガミの精鋭達を投入して、再びソウルボードに拠点を生み出そうとしているようだ。
「その方法は『多数の人口を抱える地方都市』を、タタリガミを含めた巨大化した七体の都市伝説で襲撃して住人全てに恐怖を与え、都市伝説を強勢的に認識させるというものよ。こんな強引で目立つ方法を取るという事は、それだけラジオウェーブ側に余裕がなくなっているという事かもしれないけどね」
皆には襲撃されている都市に向かい、タタリガミと都市伝説の撃破をお願いしたいのだと鞠花は言う。
「それに敵の目的が『多数の一般人に影響を与える事で、ソウルボードに拠点を作る』事だから、この敵の作戦行動を観察する事で『ソウルボードを利用した民間活動』を行うヒントを得る事もできるかもしれないわ。皆のやり方次第ね」
今回舞台となるのは北海道恵庭市。穏やかな気候風土を持つ街であり、花のまちづくりが盛んなことでも評価が高い。これからあたたかくなればきっととりどりの花が咲き誇る事だろう。
「さて今回の敵についてね。本体であるタタリガミと、タタリガミが分離した六体の都市伝説が相手になるわ」
タタリガミ及び都市伝説は青白い骸骨にヴェールを被り、骨の両腕と骨の尾を持つ姿だ。タタリガミも都市伝説も七mサイズに巨大化している。
「タタリガミの目的は人間を恐怖させる事よ。殺す事は目的じゃないみたい」
本体たる巨大タタリガミは強敵だ。全員が揃って戦わなければ危険だという。しかし配下である巨大都市伝説は通常の都市伝説程度の戦闘能力だから、灼滅者が三名程度もいれば十分対抗は可能だと、鞠花は説明する。
「つまり……市内に散っている巨大都市伝説を各個撃破する事は十分可能だという事ですね」
アンリエット・ピオジェ(ローズコライユ・dn0249)の呟きに鞠花は首肯を返す。
「タタリガミ達の目的が『バベルの鎖』への攻撃が理由なのか、あるいはラジオウェーブの伝播が関係するのか、理由は不明だけど……市内では電波障害が発生していないから、携帯で連絡を取り合う事も出来るわ」
タタリガミ本体を撃破すれば、他の都市伝説達は消滅する。
そのためタタリガミだけを倒せば事は済むといえば済むのだが、『民間活動』として多くの一般人に灼滅者の存在を知らしめるためには、多くの都市伝説を倒してからタタリガミ本体に立ち向かうというのもありなのかもしれない。その辺の塩梅は皆に一任するわね、と鞠花は敵の資料を紐解いた。
「まるでゴーストみたいなタタリガミと都市伝説の姿だけど、タタリガミだけは青い石のサークレットをつけているしJR恵庭駅前に陣取ってるからすぐ判別はつくはずよ」
配下達も何せ七m級だ。こちらも人目に付きやすいのは間違いない。加えて人に恐怖を与える事が目的であることからして人通りの多いところに布陣しているだろう事は容易に想像がつく。
「ラジオウェーブは、他のダークネス組織と明らかに違う性質を持っているわ。その違いが何なのか、それがわからなければ、ラジオウェーブを真の意味で止める事は出来ないのかもしれないわ」
「探る事も必要になってきそうですね。ボクも皆さんが力を尽くせるよう、お手伝いします!」
鞠花の慎重な言葉に続いて、アンリエットが力を籠めてやる気を見せる。
ソウルボードを利用した民間活動の先駆けとして、やるべき事はたくさんあるだろう。
「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」
参加者 | |
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近江谷・由衛(貝砂の器・d02564) |
森田・依子(焔時雨・d02777) |
栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751) |
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788) |
葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789) |
ダグラス・マクギャレイ(獣・d19431) |
狼川・貢(ボーンズデッド・d23454) |
若桜・和弥(山桜花・d31076) |
●対峙
黄昏時。北の空は高く澄んでいる。
未だ冬の名残を残す北海道恵庭市で、灼滅者達は二手に分かれた。広がる北の大地の片隅で、恐怖のあまりに悲痛な叫び声が響き渡る。
地図を片手に栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)らA班が到着したのは市役所だ。タタリガミの配下たる巨大都市伝説の一体が、駐車場を占拠している。
その都市伝説――蒼火はひとりの女性の手首を掴みつるし上げるような恰好だった。鋭い爪が食い込み、女性の手首からは血が滴り落ちている。
職員や市民が助ける事も出来ずに様子を窺っていた。というのも、市役所の正面入口が強烈な攻撃で破壊されているのだ。その脅威、畏怖を呼ぶのは必然だ。
積極的な破壊活動というよりは恐怖の真綿で首を絞めるような行為だ。
「悪趣味なパフォーマンスに付き合う暇はねえ。行くぜ!」
やる事ぁ何時もと変わらねえ。そう口中で呟いたダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)が地を蹴った。巨大な骸骨の顎下に滑り込んだなら、一気に拳で突き上げる。
「見てるのは構わねえが巻き込まれねえ程度にゃ離れてろ! 撮影じゃねえんだ、死んでも知らねえぞ」
何にも妨げられぬ声を張り上げたなら人々が弾かれたように顔を上げる。その間に、衝撃で手を離した蒼火の許から戒道・蔵乃祐が女性を救い出す。更にその様子を見届けて狼川・貢(ボーンズデッド・d23454)が蒼火の背後に回った。恐怖に慄いている人々へ声を上げる。
「ここは俺達に任せて、早く避難を!」
それから己が腕から骨を出し、帯刃と成す。その様はさながらダークヒーローの風情だ。蒼火を睨みつける。
「骸骨か、成る程、俺の専門だ。俺の身体とどちらが強い骨なのか、試そう」
骨の帯を射出する様は躍動感があり、あたかも最終決戦に臨む勇者の様相。人々の心を震わせ恐れを減らしたのを見届け、若桜・和弥(山桜花・d31076)が続く。
いつも通りと言えばいつも通り。
与えられた仕事をする、ただそれだけ。
淡々とした境地で揮うは大地に眠る有形無形の『畏れ』、鋭い斬撃は重く蒼火を抉る。和弥の得物は狼の爪、それを見てようやく民衆からざわめきが起こり始めた。
爪は元より狼の耳も尻尾も、宣伝の一環として表出している。人々の関心が向いてくる感覚含め、手応えは十分だ。
攻勢は終わらない。綾奈は今は攻撃に回るべきとの判断を下して一足飛びで馳せる。握り皮が赤みがかっている愛用の弓を引き、彗星の矢を撃ち放つ。頭蓋を一閃、貫いたら蒼火は短く叫びを上げた。
「都市伝説やタタリガミが街中に現れる、私達灼滅者がいるのを知られるということは、今回のような事件が日常になるということ」
そう悟ったとき、みんなは私達の味方でいてくれるだろうか。思考が降りてきて、綾奈は弓の握りに力を籠める。
壁を壊して「さあ、これが真実の世界です」と放りだして終わらせてはいけない。やるべき事は多々あるのだと再認識して、真直ぐに眼差しを投げかけた。
そんな思索を打ち払うかのように、都市伝説の反撃が開始される。骨の両手から迸るは邪気の砲丸、和弥を狙ったそれの前に貢が滑り込む。しかと受け止めて、間違っても周囲の一般人に当たってしまう事のないように。
「甘いな」
攻撃直後の硬直の隙を突き、ダグラスが再び蒼火の前に躍り出る。流れ星の輝き宿した蹴撃を脳天から叩き落せば、蒼火が断末魔を轟かせる。特に体力の少ない個体だったらしく、すぐに光の粒となって消滅した。
綾奈が慌てて走り寄ったのは蔵乃祐だ。
「捕まっていた女性の方は大丈夫でしたか」
「傷は癒しました。ショックだったのか気を失っていますが」
蔵乃祐が軽く撫でた女性の手の甲、あったはずの傷は埋まっている。巨大な骸骨に囚われるという事態そのものが衝撃だったはず、今は休ませてあげるのが肝要だろう。
ダグラスが携帯の画面を示しながら言う。
「さて次だ。ほら、現在地表示した地図アプリ」
「感謝する」
戦闘開始前には仲間に電話してあるから、あとはメールで随時連絡を欠かさずにいればいい。もう一方の班への連絡のため携帯を弄る貢を見守りつつ、和弥は次の場所を探すためSNS検索を開始する。恵庭、化物、などのワードで検索してみたところ、拡散こそされていないがそれらしい情報を得る事が叶った。
「次に行きましょ。恐怖を与える事が優先されるとはいえ、被害が出ないとも限らないわけだし」
「そうですね。別の都市伝説を見つけて早く対処しないと」
「ここは僕が請け負います。皆さんは先に行ってください」
綾奈が頷く。蔵乃祐の言葉に背を押され、A班の面々は市役所を後にする事になる。
●錯綜
一方B班はとある大学構内にて都市伝説と相対していた。事前に用意した地図と地図アプリで現在位置や位置関係の把握に努めた結果が今目の前に顕在している。
近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)が予想した通り、学校にも敵は魔の手を蔓延らせていたのだ。スタイリッシュな居住まいで民衆の視線をくぎ付けにして、真剣な面持ちで呟く。
「大丈夫、私達は味方よ。怪物を倒し、人を助ける為に来た」
蒼火と人々の延長線上に立ち塞がり、力強い声で言う。
「だから落ち着いてこの場を離れて」
「安心してください。此処は危ない、私達に任せて」
これは紛れもない現実なのだと、よく通る切なる声で伝える森田・依子(焔時雨・d02777)の様子に、学生達が息を呑むのが伝わってくる。穏やかに、だがしっかりと伝えよう。
「立ちすくまずに、できるだけ巻き込まれない場所へ離れてください」
「皆さん、こっちです!」
ぱたぱたと小走りで奔走するアンリエット・ピオジェ(ローズコライユ・dn0249)と奇白・烏芥が一般人を誘導していく。その洗練された動きを伴い、背を押す。
「……私達は灼滅者、貴方達の味方です。此の娘と霊犬君も仲間ですよ」
共に馳せるビハインドの揺籃が顎を引き、霊犬のペルルも一声吠えた。
「……大丈夫、私達が必ず護ります。どうか顛末を見守っては頂けませんか」
切々と語る烏芥の声に促されるように、誰知らず視線をB班の面々に向ける。その視線を確かに受け止めて、エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)が剣帯を翻す。共に在る誓いを乗せた切先は疾走し、異質な異形たる蒼火の正面から鋭く穿った。
一般人に世界の姿を認識してもらうのは悪くない。何かが変わるというなら、試してみるのもきっといい。
「もも!」
「えあんさん、任せて!」
そこに湛えられるは愛情と信頼。葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)は柔和な眼差しに真剣な色浮かべ、激しくギターをかき鳴らす。生じた音波は骸骨の内部で反響し、揺らぐ様をロンドンブルートパーズの瞳が確と捉えた。
視界の先に見える幼い子供の姿。本当は怖い思いなんて誰にもして欲しくない。未来を拓くために仕方ないと理解しているけれど、それでも。
「小さい子にはやっぱり見せたくない。アンリエットさん、お願い! 子供達を先に遠くへ!」
「了解しました!」
心に傷を残さず済むようにという心配りを引き継いで、アンリエットが子供を避難させる。その間にウイングキャットのリアンが猫魔法を蒼火に食らわせる。
怯んだのか、都市伝説は妖気を癒しの力に転換して傷を埋めていく。だがそれを看過するほど灼滅者達は甘くない。
「速攻で行くわ」
葉と桜出ずる大鎌を構え、由衛が『死』の力宿した断罪の刃を振り下ろせば癒しの芽は刈り取られていく。続いたのは伸びやかに樹枝と葉模す戦帯、依子が疾駆させた刃は蒼火の横っ面をしたたかに貫いた。
「早めに片をつけましょう。大丈夫、そう手間取らずに行けそうです」
その推察は正しかった。綿密な連携を取る攻撃の波濤に、骸骨は碌な反撃も出来ずに押されていく。
「これでとどめだ」
エアンの宣告は終幕の合図。命中精度を上げた死角からの斬撃は骨という骨を砕き尽くす。光の粒子となり空へ帰るのを見届け、エアンは後方で支えてくれた百花に向き直る。
「ゆっくりもしていられないね。次へ向かおう」
「うん、頑張らなきゃ」
決意を胸に、地図を広げて次の場所へ向かう算段を立て始める。依子がA班から届いたメールに返信している間に、由衛は戦闘を見守っていた人々に視線を向け、無事を認識したなら眦を緩めた。だが眼光は鋭い色を戴いたまま。
戦いはまだ半ば。何より、本体たるタタリガミが後で待ち構えているから。
●怒涛
徹底した事前準備に基づき班同士の連絡を密にし、逃げ惑う人々からの情報収集もしっかり行う。
そして、都市伝説との戦闘は短期決戦を目指して速やかに済ませる。一定以上殺傷ダメージが嵩んだら蒼火の討伐は諦める算段だった。しかし役割分担をきっちり行い急ぎ倒す事を心がけていた事もあり、ギリギリのラインだがどうにか六体すべてを倒す事が叶った。
ならば残るは、タタリガミ・蒼骸との決着。
A班とB班が合流し手短に情報共有を終えた後、事前に予知されていたJR恵庭駅前に急行する。一際威圧感のあるその巨躯の周囲には鋭い骨が聳え立っている。モズの早贄の如くに数人の一般人が致命傷を裂けて串刺しにされているのが見える。
「ひどい。恐怖を煽るからってこんな……!」
百花が奥歯を強く噛む。灼滅者達がサイキックを振り翳せば、貫いていた骨は粉々に砕け散った。人々を救出し、蔵乃祐や烏芥に預けた後に包囲するように布陣した。
和弥は一度、眼前で両拳を撃ち合わせる。
暴力に頼る事の意味を、伴う痛みを忘れない為のルーティン。
相手が悪だとも、そも善悪が暴力を正当化する理由になるとも思わないけれど。
「これでしか勝手を通せないなら、そうしよう」
「ほう。遣わした都市伝説の気配が感じられないと思えばお前達か、灼滅者」
結構結構、そう呟きながら喉を鳴らす蒼骸。青い石のサークレットが鈍く光る。
「来るがいい。本当の恐怖がどういうものか、お前達を以て教えてやろう」
タタリガミが骨の指先を鳴らした途端、纏う妖気が大きな氷の破片に変貌を遂げる。射出された氷の前に進み出たのは貢だ。鳩尾を穿つ冷気の鋭さに表情を歪めるが、綾奈が癒しの矢を撃ち出す事で氷結しかけた傷口を塞いでいく。
進み出て、依子は貢を庇うような立ち位置で蒼骸に向き直る。
命を奪うことが目的ではないにしろ、巻き込まれ奪われるものがあるなら放ってはおけない。
「鎖を壊すことに貴女方の、何の、願いがあるんですか?」
「噂話が広まりやすくなり、都市伝説が生みやすくなる。まずは、そこからだ」
そこから広がる先に何を見るかまでは示さずとも、それが人にとって良からぬものである事は察された。阻止せねば。その意志を強く戴き、ダグラスが疾走して一気に蒼骸に肉薄する。
「はあっ!」
高く跳躍。大きく振りかぶり翳すは、鍛え抜かれた超硬度の拳。轟音と共に撃ち抜くと、骨の表面に軋みが生まれる。
「見せる戦いなんざガラじゃねえんだが……魅せるとあらばそれなりにってな」
存在を強く焼き付ける事が意識と無意識を繋ぐ橋になる。これからに、繋がる。だから派手に戦い続けてみせようか。その心意気を引き継いで、妨害手の位置に下がったエアンが剣帯を射出する。狙いを定め、次はより精度を高めて貫いてみせよう。
「次はもっと、抉ろうか」
「やれるものならやってみるがいい」
蒼火の余裕は崩れない。依子も命中精度を高めるために戦帯の切先で蒼火の頭蓋を突き刺したなら、その間に和弥が懐に滑り込む。殲術道具に螺旋の如き捻りを加え、体重を乗せて突き出した。
そんな折、後衛で全体に視線を向けていた綾奈は偶然一般人の会話を耳で拾ってしまう。「あの人たちも武器持って戦ってるの」「怖いね」という、悪意のない何気ない響き。
顔を上げる。
戦い続けよう。歓迎されないとしても選んだことを受け止めるために。
「回復は任せてください。攻撃、お願いします」
「ええ。わかったわ」
由衛が上段の構えから振りかぶったのは無慈悲な斬撃、蒼骸が纏っていたヴェールごと斬り裂き、ズタズタに破っていく。
斬り結んだ後半身だけで振り返り、人々に向かって確かな声音で囁いた。
「大丈夫。怖いかもしれないけれど、必ず守ってみせるから」
そこに浮かんだのは仄かな安堵、そこを要として烏芥達が避難誘導に奔走する。その動きを背で受け止めて百花は癒しの帯を展開させる。貢の傷痕に向け帯の鎧を構築したなら、護りの力をも付与していく。
損なわれた体力が着実に回復していくのを実感し、貢は再び立ち上がる。指先から展開させるは巨大な霊光の法陣、前方の仲間達を遍く照らし天魔を宿らせる。その振る舞いもやや大仰でヒロイックなもの。
「そうだ。必ずタタリガミを倒し、人々を守ってみせる」
夕映えに包まれながらの一言は、確かな力に満ちていた。
●行方
死闘は続いた。
蔵乃祐と烏芥、アンリエットが手分けをして行っていた救助者の手当ても完了する。白炎の名残を打ち払って、蔵乃祐が断言した。
「決してあなた方を傷付ける様な真似はしません」
何の関係者なのかは判断がつかぬところだろう。だが、静かな誠実さを湛えて訴える。それだけで人々の心を動かした。
「今は安全な場所に避難する事だけを考えて下さい」
肩を貸し、戦場から退避させていく。アンリエットが祈るような思いで囁いた。
「皆さん、頑張ってください……!」
タタリガミと戦う灼滅者達への確かなエール。それをしっかり受け取って、灼滅者達が身を置く戦いは苛烈を極めていく。傷は増えていくものの、癒し手達の厚い回復と各々の補助が支えていく。加護の力を得た蒼骸のそれを砕く事の繰り返し。
即ち、長期戦の様相を現していく。
「存外、しぶといですね……!」
黒色地に桜牡丹が咲く小振袖を翻し、清らかな癒しの風で毒を祓っていた綾奈が額の汗を手の甲で拭う。すっかり陽は落ちて、空は紺色と薔薇色のグラデーションが美しく棚引く。
捩れた幹の柄を力を籠めて握り、由衛はそっと予測を口にする。
「……電波障害を発生させないのは、大勢の人に情報を拡散させたいから? そうして実際に見ていない者も含め、大勢の心が同じ感情を抱けばソウルボードに影響が出るの?」
由衛の問いかけに、蒼骸は一瞬沈黙を落とした。その後、どこか愉快そうな様子を浮かべたのは、きっと気のせいではない。
「その通りだ。灼滅者にも聡い者がいるようだな」
だが加減はせぬと言わんばかりにタタリガミが昏々と語るは、恨みつらみに染まった怨恨の怪談。護り手達の手をすり抜け、エアンを幾重にも蝕んでいく。
「ぐっ……!」
「えあんさん!!」
泣き出しそうな百花の声。急いで癒しの術を編み上げる。 指先に集めた霊力を花咲くように綻ばせて注いでいく。リアンもリングを光らせ、浄化の力をもいっぱいに満たされて、エアンは愛しの妻に向けて瞳を細めてみせた。
「ありがとう。だからこそ俺も、立ち続けていられる」
こうして立ち続ける事が出来る――エアンは馳せる。高らかな聖歌と共に十字架先端の銃口が開き、光の砲弾を放出する。深すぎる『業』を凍結させ、青い巨躯を更に青く染めていく。
「続きます! 大丈夫、きっと終わらせてみせる!」
和弥が隙を突いて死角に回る。強く踏み込んで、斬る。更に体重を乗せれば狼耳が震えた。一段奥まで断ち切る。骨の尾を削られた蒼骸はバランスを崩したのかぐらり大きく揺らぐ。
「勿論です。安心してください、宵のうちに片付けてしまいますからね」
和弥の真直ぐな声、依子の柔らかに通る声は、人々の心に日暮れのように染み入っていく。依子は深緑の眼を眇め、己の片腕を半獣化させる。力任せに銀爪を真一文字に振り抜けば、蒼骸の頬骨に罅が入った。それを見届けたなら、誰もが今が攻め時だと理解する。
由衛が流星の煌きと重力を踵に乗せて蹴りを食らわせたなら、貢はその間に高く飛びあがる。転輪の如く全身を回転させ、蒼骸の纏いし『罪』ごと断ち切る斬撃を見舞う。
「何だと……!?」
骸骨に入った罅が次々と割れていく。その様子を見ていた貢が声を張り上げる。
「今だ!」
「ああ。――テメェ等の目論見通りになんざさせるかよ。電波は大人しく霧散しちまいな」
後僅かで斃せるなら攻撃を最優先する心積もりだった。狙いは中心、穿つは決意。ダグラスは研ぎ澄まされた獣の爪牙たる穂先を、骸骨の真中に差し向ける。
「失せろ!!」
生じた冷気の氷柱が蒼骸のど真ん中を大きく抉っていく。
青い石のサークレットが、割れる。
声にならぬ声を上げて、青き亡霊は光の粒子となって消えていった。
「お疲れ様。被害はどの程度なのか……まあでも、これで1つ進んだ事になるんだろうか」
「うん。出来る事はやったと思って、いいはずよ」
エアンと百花が肩を寄せ合い、そっと吐息を零した。様子を窺っていた人々も愁眉を開く。ダグラスは煙草を吸おうと取り出して、仕舞い直す。今の安寧をこそ噛みしめようと思ったから。この後御褒美に紅茶を御馳走しますと烏芥がアンリエットを労えば、娘の顔にも笑みが浮かんだ。
紫紺の空に雲が薄く流れ、骸骨らの名残を消し去っていく。
そうして空に瞬くのは導となるであろう一番星。
疲弊した世界を、優しい夜が包み込む。
作者:中川沙智 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年3月29日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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