決戦巨大七不思議~春嵐

    作者:朝比奈万理

     長野県佐久市、佐久平駅周辺。
     新幹線とローカル線が交差し、駅の目の前にはショッピングタウンが広がる繁華街だ。
     今日も駅前広場では買い物客や学生で大いに賑わっていた。
     和装本を手に階段の踊り場で足を止めた彼女は、薄桜色の長い髪を靡かせながら目を細めた。
    「……ソウルボード拠点が陥落した。ソウルボードの監視『バベルの鎖』の隙を伺っての隠密活動ももう終わりって事なのか……」
     眠たげな瞳はぎんいろ。春の風がようやく吹き始めた空を見上げ、瞬き後にはもう、願がの人々を見下ろしていた。
    「『バベルの鎖』はあたし達と灼滅者の攻撃でこれまでに無く弱体化している。あと少し彼等の恐怖が極限に高まった時、ラジオウェーブが『バベルの鎖』引きちぎって、彼等は真の力を取り戻すんだ」
     春の風は時に強く吹き荒れ、彼女の髪を巻き上げる。人々は突然の風に怯み身を縮める中、平然といる彼女の存在は異様なものだった。
    「目標は、全ての人間に都市伝説の恐怖を与える事。作戦時の人間の殺害は可能な限り避け、恐怖の最大化を……」
     一段一段、階段を下りるたびに大きくなる彼女の躯体は、最後には駅舎のガラス張りの屋根と同じくらいの高さとなった。
     自分を見上げて慄く人々ににやりと笑んで。彼女がふっと息を吹くと得体のしれないものが次々と生み出されてゆく。
     落武者、モダンガール、地蔵、亡霊、銀色の未確認生物、そして馬。
     生み出した都市伝説たちをチラと見、彼女は見晴らしの良くなったこの都市をぐるりと見渡した。
    「この都市は集落ごとに中心街があると聞いた。お前達はその中心街へ。あたしもこの繁華街で、いまだかつてない恐怖を人々に与えよう」
     春の嵐に乗り散ってゆく都市伝説を目で追うこともなく、さて、と彼女は不敵に笑んでみせた。

    「皆、集まってくれてありがとう」
     大量の資料を腕に抱いた浅間・千星(星詠みエクスブレイン・dn0233)はウサギのパペットをぱくりと操ると、目の前の灼滅者に軽く頭を下げた。
     教卓に資料を置くなり、語り始める。
    「民間活動の評決の結果『ソウルボードを利用した民間活動を試みる』事が決定、その準備を始めようとした矢先、『ラジオウェーブ配下のタタリガミ』による大規模襲撃が発生してしまったんだ」
     灼滅者の活躍で『電波塔』というソウルボード内の拠点を失ったラジオウェーブ。その失地を回復する為に切り札の一つを切ってきたようだと千星は告げ。
    「最高ランクの都市伝説を吸収し収集したタタリガミの精鋭達を投入して、再びソウルボードに拠点を生み出そうとしているようだ」
     その方法とは『多数の人口を抱える地方都市』を、巨大化した7体の都市伝説で襲撃。住人全てに恐怖を与えて都市伝説を強勢的に認識させるというもの。
    「こんな強引で目立つ方法を取るだなんて、それだけラジオウェーブ側に余裕がなくなっているという証左。皆には襲撃されている都市に向かい、タタリガミと都市伝説の撃破をお願いしたい」
     と、訴えた千星は、また、と付け加え。
    「敵の目的が『多数の一般人に影響を与える事でソウルボードに拠点を作ること』であることから、この敵の作戦行動を観察することで、『ソウルボードを利用した民間活動』を行うヒントを得る事もできるかもしれない」
     そこも踏まえ、よろしく頼むと千星は灼滅者に訴えた。
    「今回の敵だが、本体のタタリガミと分離した6体の都市伝説。全7体。すべて大きさは7メートル。タタリガミの目的は『人を殺すこと』ではなく『人に強い恐怖心を植え付ける』こと。そのためなら建物の破壊行為等は行いそうだな」
     一方の巨大都市伝説の戦闘能力は、通常の都市伝説程度。灼滅者3名でも対抗が可能だと千星は言うが。
    「だけど巨大タタリガミは強敵、全員が揃って戦わなければ危険であろうな」
     と眉間に皺をよせた。
    「6体の都市伝説たちは、この市の別々の場所で事件を起こしている。なので各個撃破が可能だ」
     と黒板に広げたのは事件が起こる都市・長野県佐久市の地図。
     ところどころに大判の星型付箋が貼られている。その数7枚。その場所は佐久市の代表的な地区であり、都市伝説のあらわれる場所である。
     千星は左手の人差し指で、最北に位置する付箋を指差した。
    「タタリガミがいるのがここ、佐久平駅。このタタリガミを撃破すれば、他の地区で活動する6体の都市伝説も消滅する。このタタリガミだけ灼滅しても問題はないが『民間活動』として多くの一般人に灼滅者の雄姿を知らしめる為には、多くの都市伝説を撃破してからタタリガミを撃破するのも良いかもしれない。そこは皆の判断に任せよう」
     それと、これが朗報かもしれないが。と続ける千星。
    「タタリガミ達の目的が『バベルの鎖』への攻撃であるのが理由なのか。或いはラジオウェーブの伝播が関係するのが理由かは不明だが、都市内では電波障害が発生しておらず、携帯などで連絡を取り合う事ができる」
     この状況は大いに活用すべきだろうな。と千星は目を細めた。
    「皆の活躍によってラジオウェーブは追い詰められている。それで奴らは現実世界で事件を起こす事でソウルボード内に拠点を建設しようとしている。ということはだ、今回の作戦を逆用できればソウルボードを利用した民間活動を行う事が可能になる筈。だからどうか皆の力と、星の輝きを貸してほしい」
     一人でも多くの人に真実を知ってもらい、応援してもらえるように――。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    アンカー・バールフリット(シュテルンリープハーバー・d01153)
    不動峰・明(大一大万大吉・d11607)
    諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    霞月・彩(流転する夢・d30867)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ


     佐久平駅近くの公園。
    「避難活動よろしくね。その間に私たちで都市伝説を――」
     アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)が皆と目を合わせると、
    「では、おのおの抜かりなく」
     軍服に身を包んだアンカー・バールフリット(シュテルンリープハーバー・d01153)の音頭で頷き合ったサポートを含めた灼滅者たちは、西側へ向かう班と南側に向かう班とで別れた。
     アンカーとアリス、霞月・彩(流転する夢・d30867)、サポートのローラと奈央の魔法使いの一行は、箒に跨り一路西へ。
     佐久を護れないイコール、周りの市町村へ影響が及ぶ可能性もある。
     アンカーは眉間に皺を寄せる。
    「すぐそばに千……曲花近君の故郷もあるし、気を引き締めてかからないとな」
     独り言ち、ちらと右手を見れば、その彼の故郷・小諸。だけどアンカーの心はもっと後ろの方にあるのかもしれない。
    「学生生活の締め括りが都市伝説だなんて締まらないけど、これだけ暴れられたら放っておくわけにはいかないものね」
     金の髪を揺らすアリスはそう呟くと、一つの可能性にたどり着いた。
     ひょっとして自分たちは、まんまと釣り上げられた……?
    「……いいでしょ、その思惑ごと噛み千切る」
     南班――水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)、不動峰・明(大一大万大吉・d11607)、諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)、木元・明莉(楽天日和・d14267)と鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)、サポートの志叶、杏子、真名、直哉は、花近がマネーギャザーで集めたお金を移動資金に、南へと移動を始めた。
     先にタタリガミが消えれば都市伝説も消える。
     だが多くの人の心に強い恐怖心が残った場合、それが新たな都市伝説を生み、新たな恐怖心を植え付けて、負の連鎖が広がってしまう恐れもある。
    (「それもまた奴らの狙いなのだろうか?」)
     思案する脇差はぎゅっと拳を握り締めた。
    (「ならばその恐怖心を拭う事で、ポジティブな感情に変える事で。その影響の結末を変えられたら……」)
     皆、事前にこの市が定めた防災計画の冊子を読んできており、あらかじめ各地区の避難場所などは把握済みである。移動中にも念入りにシミュレーションを重ねる。
     佐久平に残ったのはステラと花近に、それぞれの場所に向かっていった仲間を見送る時間はない。
    「私たちも参りましょう、千曲様」
    「うんっ」
     目指すは、目の前の駅舎の影からうかがえる、春の強い風で舞い上がる桜の花びら色の髪だった。


     中山道望月宿。
     地域住民や観光客が行き交っていた宿場道を縦横無尽に走り回り暴れる巨大月毛の人面馬が見えた。
    「……姫……、私の姫は何処……」
     暴れ馬の言葉は、どこか悲壮感も漂っている。この都市伝説も誰かを待ち、探しているということか。
     そんな人面馬に恐怖し逃げ惑う人々の前に颯爽と現れたのは、箒に跨ったローラ。
    「Oh! これから始まる大レー――」
     鼻息荒い人面馬はもうすでにレース中で、町内を三周する勢いだ。そこに並走し歌い出した空飛ぶ彼女の姿に、人々は慌てて声を上げた。
     と、その時。空から人面馬めがけて降り注ぐのは、白く輝く魔法の矢。
     人々が見上げた先にいるのは、箒に乗った三人の若者。
     魔法の矢を放ち終えたアリスが金の髪を揺らせば、間髪入れずにアンカーは急降下。構えた剣を白光させて、魔法の矢で悶える人面馬に斬りかかった。
     その間にバベルの鎖を瞳に集中させた彩。
     突然起こった戦いに呆気に取られている人々に、ローラは声を掛けて回る。
    「みんな、このまま見てるだけより、あの人たちに声を届けようヨ! たとえば、歌で!」
     その腕に抱かれていたガイドブックには、住民になじみの深いこの土地の物語の合唱曲名や、この土地の民謡が記されていた。
     臼田駅前の大通りでは、手負いの7メートルの銀ピカうちゅうじんがメカラビームを発射していた。
    「ワレワレハ、コノトチノモノニヨバレタノダ」
    「我々はってお前、ぼっちじゃねぇか!」
     抑揚のない電子音声に突っ込みながら、脇差がうちゅうじんの死角に回り込み斬り裂いた。
    「それに、呼ばれたにしては歓迎されてなかったみたいだけど」
     墨にほのかに櫻の色を宿す影で宇宙人を絡めとり、ほらと少し遠くを指した明莉の先には、真名に誘導された地域住民の姿。いつでも近くの公会堂に避難できるような位置で、皆祈るようにこの町のテーマソングを唄っている。
     騒ぎに集まって来る人々に真名は、
    「あれはこの町の『荒神』です。あの異形のものが『土地神』になる手助けのために、力を貸してください」
     と、歌を唄うことを頼んでいく。
    「アレは『怖い』と思うと強くなるから、なるべくそれ以外の感情を持ってほしい。例えば……『眩しい』とか」
     住民に届くように少しだけ声を張り上げた紗夜は、取り込んでいた怨念系の七不思議を具現化させて、うちゅうじん目がけて攻撃させる。
     続いたのは明。事前に得ていた都市伝説の中で、唯一の色物であるうちゅうじんを目の当たりにしても、ポーカーフェイスを保っている。
    (「本当はツッコみたいんだがな……」)
     日に照らされた銀ピカボディに目を細めてうちゅうじんを指差すと、魔法の矢がその体にめり込んでいった。
    「うちゅうじんはん、えぇ感じにいぶし銀になってきましたなぁ」
     伊織は目を細めてクロスグレイブを構えた。
    「さぁさ、『土地神』になりなはれ」
     住民たちの歌と共に十字架の先端の銃口が開いたかと思ったが刹那、発射された光の砲弾は一瞬にしてうちゅうじんを銀色の塵に変えた。
     事情説明は真名に任せ、5人は次の撃破地へと早々に移動する。
     野沢地区では、7メートルの地蔵がゴロゴロと転がりドスンドスンと飛び跳ねていた。そのたびに地面が揺れるので避難は困難を極めたが杏子は諦めなかった。
     交番の巡査などに訴えて住民避難の一役を担ってもらいながら、小学校の校庭に続々と集まる人々の誘導を行っていた。
     地蔵は急ブレーキやドリフトを駆使し、小学校の校庭が見渡せる道路までやってきた。
    「さあ俺を恐怖心で鎮めよ……」
     極悪面で地鳴りのような重低音声に避難民は思わず身をすくめるが、別の衝撃音が鳴り響く。
     明が放ったオーラの砲弾の音だ。
    (「ここの都市伝説も、何とも……」)
     ツッコミたい気持ちをぐっと抑え、7メートルの地蔵を見上げる。
     地蔵は目の前に揃った5人を見下ろすと、空高く飛び跳ねた。
    「来るぞ!!」
     声に呼応するようにドスンと落ちてきた地蔵による衝撃波は、攻撃手と守り手を足元を脅かした。
     回復を。と伊織が呼び出したのは、もうひとりぼっちではない大きな白猫。伊織の語りに幸せそうに鳴いた猫の声は、攻撃手と守り手を癒してゆく。
     その隙に紗夜が紙垂のような白い帯を噴射して地蔵の表面にゴリゴリと傷を刻んでいくと、明莉と脇差が同時に地面を蹴り。
     端正に輝く槍を唸らせて穂先を石の身体に突き立て穿った明莉の後ろから現れた脇差は、大きく声を上げながら凄まじい連打を打ち込んでいく。
     この地域にはご当地の歌は存在しない。だけど、小学校の鐘をシンボルにした歌と小学校の校歌は、彼らにとってなじみ深い歌だと杏子は聞く。
    「みんな皆? 歌には荒れた心を癒す力があるの。荒れた神様をみんなの神様に戻すには、みんなの力が必要なの」
     その歌を聞かせてくれないかな? と小学生たちを中心にお願いすれば快く歌い出す明るい歌声。つられて地域の大人たちも口ずさみ出し――。
    「――そう、お疲れ様。こちらも人面馬の撃破完了よ」
     南班の通信にそう返したアリスを先頭に東へと引き返す西班は、無傷。人面馬の攻撃は、箒に乗り飛行する彼等には届かなかったからだ。
    (「……彼岸で自分の姫に会えたのだろうか……」)
     とどめを打ったアンカーはふと思うがそれもつかの間、森を超えた中山道沿いに亡霊を発見した。
    「間もなく対策チームが到着します。怖がらずに落ち着いて! 私の経験上ですが、こういう時は歌を唄うと落ち着きますよ。例えば、郷土の歌とか」
     先に現地に降りて一般人対応に当たっていた奈央がエージェントっぽく人々に促すと、年配者の口から紡がれはじめたのは、隣の宿場の甚句。その甚句を知らないものが手拍子を加えはじめたころ、灼滅者が箒から降り立った。
     亡霊が手にした杓丈をひと振り鳴らせば、晴天であるにもかかわらず激しい雷鳴が響き渡り、稲光は一瞬にして彩――を庇ったアンカーを撃った。
     続けざまの攻撃はポジションチェンジの弊害だろう。アリスを狙う杖の攻撃を庇うアンカー。
    「……っ!」
     咄嗟に縛霊手から放った清浄の光を自ら浴びで傷を癒したアンカーの耳に聞こえてくるのは亡霊の唸りを打ち消す甚句の響。
    「……この市に現れた都市伝説はほとんど日本由来のものであることは幸いでしたね」
     黒い亡霊を消し去らんとばかりの鋭い裁きの光条を放ち、彩が呟いた。
     親和性の高さは協力関係に有利に働くからだ。
    「もっとも、これから私達がソウルボードにどんな「爪痕」を残せるのかが重要なんでしょうけど」
     と、彩はつづけ。
     白い光を突き出した両手から打ち出したアリス。
    「ご当地都市伝説みたいなものかしらね……」
     もしこれを呼び出していたのがタタリガミではなくスサノオだったら――。アリスは首を小さく横に振った。
     明のトドメで野沢のびんころ地蔵を倒し終えた5人。次に対峙するのは中込駅ではのモダンガール。紫の炎はしっとのアレだろう。
     小さな川を挟んだ向こう側では、志叶と役場の出張所の職員と警察が住民を避難させていた。
    「恐がったりしたらダメ! そんな気持ちがあるからあのヘンテコをもっとヘンテコにするのよ! ね、歌なんてどお? 元気になるわよ」
     と志叶は巨大なモダンガールと戦闘の音に怖がって泣き出した小学生に声を掛けると、大人たちにも自信満々の笑みを見せる。
     やがて響いてきた明るい歌声に弾みをつけた5人は、モダンガールを追い込んでゆく。
     明莉が操る槍から放出された氷柱はモダンガールのしっとのほのおの勢いを徐々に奪い、伊織の七不思議の狐は『女の執念』に付け入り攻撃する。
     明も高純度の魔法の矢で彼女を射ると、モダンガールの洋服も体もボロボロに。
    「こんなに着飾っても、私を見てくれる人はいないのなら……!」
     最後の足掻きとばかりにモダンガールが洋装本から繰り出した炎は、狙撃手を包み込むが――。
     スタイリッシュに炎を払った脇差がモダンガールの背後に回り、得物の刀で斬り裂く。
     紗夜もその炎を振り払い飛び上がると、
    「薔薇は薔薇であり薔薇である――」
     呟いた彼女の影の猫は足音も立てず、モダンガールをパクリと喰らい。
     やがて周辺に降り落ちてきたのはモダンガールの洋服に描かれていた薔薇の花びらだった。
     合流地点の岩村田に先に到着していたのは西班。
     浅科の亡霊を討ったアリスが銀色に輝く影に落武者を喰らわせると、ブーツを鳴らして跳び蹴りを喰らさせたアンカーの足元に輝くのはルビーにも蠍の火にも似た光。
     岩村田地区の避難を担った直哉は佐久平を出発後すぐに皆と別行動をとっており、戦闘が始まるころには、地域のお年寄りに声を掛けて馬子唄を唄ってもらっていた。
    「あの落武者は人々の恐怖心が形になったものなんだ。でももし恐怖心を鎮められたて皆が前向きな気持ちになれたなら、新たな危機を防ぐことにもつながるんだ」
     と、住民を励まして回る。
     彩が影で落武者を斬り割くと、落武者は咆哮を上げて攻撃手と守り手をボロボロの日本刀で薙ぎ払った。
     そんな落武者を横から撃ったのは白い帯の刃――紗夜。
    「待たせてしまって申し訳ない」
     白光する剣で落武者を斬り付けた明が3人に声を掛けると、伊織が白猫を具現化し、前衛の傷を癒す。
    「さっさと終わらせて、本丸へ急ごう!」
     明莉が影で落武者を絡め取ると、
    「言われなくても……!」
     脇差の黒い光の刃は、おちむしゃの腹を斬り割いた。
    「……見事……」
     かすれ声で呟き消えた落武者は、誰を待っていたのだろうか。
     佐久平方面を向けば、ここからもよく見える桜色の髪。
     合流した8人は小さく頷き合うと、あの桜を目指して一斉に走り出した。
     都市伝説を『荒神』から『土地神』に。
     灼滅者たちの狙いは、予想以上に人々の心に強さをもたらしていた。


     佐久平。
    「こちらからも落武者の消滅の確認ができました。お疲れ様です。こちらは――」
     ステラは一般人を避難させた後、タタリガミの動向を注視するため、そして岩村田の状況を確認するため上空で監視を行っていた。
     タタリガミは破壊活動をするでもなく、一般人を襲うでもなく。着物の袖と髪を強風に遊ばせてただ微笑み、周辺の散歩を楽しんでいた。
     それだけでも、一般人は恐怖した。何せ、7メートルの少女が闊歩しているのだから。
     その一般人の恐怖心を取り除くため、駅からから少し離れた広場を避難場所とし、花近が音頭を取っているのだろう。市の歌が風に乗ってここまで響いた。
    「……歌で恐怖を取り除いている……。確かに長野県の人は歌が好きだと聞いたことがある……」
     県外の宴会の席で、県歌を唄い一致団結を図る県民性。そう呟くタタリガミは表情を変えない。
     その微笑みのまま、自分の前に現れた8人の灼滅者を迎え入れた。
    「おやおや、やっと到着?」
     明莉はその髪の色に、一瞬だけ眉を潜めた。が、すぐにタタリガミを見据え。
    「やっとご対面ね。御機嫌よう。巨大化して均整が崩れているんじゃない?」
     不敵に笑んだアリスが両手を突き出すと、白く輝くオーラの弾がタタリガミの肩を撃つ。
     タタリガミは少し体勢を崩したがすぐに立て直し。
    「あたしの可愛い都市伝説は如何たっだ?」
     と、和装本を開き語りだすと、怪奇現象が攻撃手と守り手に襲い掛かかった。
     怪奇現象を振り払い、バベルの鎖の力を自身の瞳に集め回復を図ったのは、明。
     伊織はそのままでポジションを変えた。この傷は癒し手になり癒すつもりだ。
     アンカーも怪奇現象を払うと、タタリガミを見上げた。
    「私はアンカー。桜子君にはお世話になりました」
     彼の口から出た名に、紗夜も思わず反応する。日本で一番春が遠い場所で出会った都市伝説の名前だ。
    「桜子……? あぁ、あの桜の少女、そんな名だったのか……」
     ぼんやりと遠い空を見つめ、記憶をたどるタタリガミ。
    「ここで会ったのも何かの縁、お名前を伺っても?」
     アンカーの口調も表情も穏やか。だが、その抜刀が物語る。
     この問答に意味などないことを。
    「シキ。春夏秋冬、四季。でもあたしの名前なんて聞いても、意味ないよね?」
    「四季君も、誰かを待っていたのかな? 桜子君のように」
     剣の祝福を風に変え、仲間を癒す彼の問いに紗夜はもう一人、小さな少女を思い出す。
     ――ユキ。
     認識してしまったから存在を思い出す。認識し感情が生まれ、さらにそのものの存在が色濃く残る。
     無関心は嫌悪より酷いとはよく言ったもので、そこにあるのに認識しないなら、無いのと同じ。
     その逆もまた、然り。
    「だから、ソレに手を入れるのは本来は恐ろしい事なのだ。輪郭が溶けて消えていく。形を忘れる」
     ひとり呟いて紗夜は、纏う帯の刃をタタリガミ――四季目がけて飛ばしてゆく。
     続いた明莉は槍を構えると、煉瓦敷きの地面を蹴って四季の脇腹を穿つ。
    「この土地は神々の御座する「神州」とも伝えられる。そんな場所でお前は何を待つんた? タタリガミ」
     痛みに顔をしかめた四季。だがまだ笑顔は健在。
    「っ……あたしが待っているのは、バベルの鎖の弱体化。他は何も待っていない」
    「じゃぁ、バベルの鎖が『ソウルボードの監視』とはどういう意味だ」
    「……都市伝説の噂話が過剰に広まらないのは何故か――。 それを、あたし達は『ソウルボードの監視』と呼んでいる。他に呼び方があるかどうかは知らない」
     明莉の質問に応え、身を翻す四季。その身を光条が捉えて焼く。彩の攻撃だ。
     間髪入れずに四季の背を咲いたのは、脇差の斬り割き。
    「っ……なかなかやるのね」
     眉根に皺をよせた四季の耳にも、灼滅者の耳にも聞こえてくるのは風の音と。
    「……恐怖が、感じられない……」
     人々の歌声だった。
     歌う人々に、この戦闘の衝撃音や爆発音は聞こえているのだろう。
     そんな恐怖を掻き立てる音すら恐れない人々の歌声は、やがて灼滅者への応援歌に変わっていった。
     恐怖は晴れる。激闘はやがて終焉を迎える――。
     この一撃も『爪痕』になるなら。彩の影が四方から四季を斬り裂くと、明の光り輝く剣が四季の胸を開いた。地面に大きく赤い花が咲く。
    「くっ……」
    「余裕がなくなってきてるわね」
     疲弊しているのはどちらも同じ。だがアリスは笑みを絶やさず光の剣で四季の腹を差した。
     眠りから呼び起こされ弄ばれた『彼女』の無念を、『彼』と成り代わって晴らす資格くらいはあるだろう。
     白く光る剣を振りかざし、タタリガミに斬り付けたアンカーの脳裏に浮かぶのは、あの春の少女の最後の笑み。
    「この遭遇と戦闘は必然――」
     人を呪わば穴二つ。祟りの理をタタリガミへ――。
    「……っ!」
     四季は蝋燭の火を激しく吹いた。揺らめく炎は後ろを狙うが。
    「俺が」
     と伊織を庇う明。
     すかさず伊織は弦を引き、明の傷を癒した。
     その間に紗夜が四季を静かに見据えれば、その巨体の胸元に現れる逆十字。引き裂かれる叫びは、どの音より大きかっただろう。
     だけど怖がらないで。もうすぐ終わる。
     ぐらりとよろめく四季の目の前には、地面を蹴った脇差。
    「喰らえ……っ!」
     鳩尾の辺りに無数の拳を叩きこんで、後は友に任せる。
    「誰も待ってないって言ってたけど、やっぱりさ、嵐の中では待ち人は来ないよ」
     この地の桜は未だ蕾だけど明莉の影から舞う桜は、四季を絡めとり。
     巨体の少女は崩れ去る前に、この季節の色の塵になる前に、小さくつぶやいた。
     強いて言うなら、あなた達を待っていたんだ。と――。


     灼滅者による適切な作戦により、タタリガミと都市伝説による佐久市への被害は最小限にとどめられた。
     他の6地区で住民の避難と広報を担っていた灼滅者も、住民の安全を確認して合流する。
     最良の結果を手に、灼滅者たちは帰路に就いた。
     桜の花も満開の、東京。武蔵坂学園へ――。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年3月29日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 3
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