決戦巨大七不思議~鎖断たんとする楔

    作者:六堂ぱるな

    ●恐怖による蹂躙
     札幌市に隣接する丘陵地帯にある街のJR駅の前で。
     いびつに歪んだタブレットを抱えたまではともかく、天気のいい昼とはいえ白いTシャツに青い短パンという、季節感のずれが甚だしい男の子が唇を尖らせていた。
    「なんだかラジオウェーブも期待外れかなあ。ソウルボードの拠点も陥落しちゃってるし、こんな雑な計画、灼滅者がスルーするわけないよね」
     口調こそ不満げだが、その目は爛々とした輝きを宿している。
    「でも逆に考えたら、ボクが頼りになるってわからせるいいチャンスかもね」
     楽しげな呟きをこぼした途端、男の子は不意にその体を巨大化させた。見た目小学生ぐらいの子供が見上げるような大きさに突然変わったのだ。人々は唖然とするしかない。
     人々を見下ろした男の子が唇の端を吊り上げて笑う。その体から、同じほど巨大な、けれど明らかに歪な形に歪んだ人影のようなものが6体も分かれ出た。
    「いいよラジオウェーブ。バベルの鎖を引き千切ればいいんだよね? ――さあ、キミたちはこの街を制圧しておいで。人間の恐怖を極限まで高めるんだ」
     傅くようにしていた人形たちが、生理的な嫌悪感をかきたてる歪な動きで四方へ散る。
     悲鳴が駅前から街じゅうへ広がっていった。

    ●社会への侵攻
     急ぎ足で教室へ入ってきた埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)は、集まった灼滅者たちに一礼して黒板へ地図を貼った。
    「評決の結果、『ソウルボードを利用した民間活動を試みる』と決定したのは諸兄らも周知のことと思う。だがラジオウェーブの配下による大規模な襲撃事件が発生した」
     灼滅者の攻撃によってソウルボードの拠点を失ったラジオウェーブが、切り札のひとつを切ったのだ。
    「具体的には多数の人口を抱える地方都市を、巨大化した都市伝説で襲撃する。住人に恐怖を与えて、都市伝説を強制的に認識させようというのだ。これにより再びソウルボードに拠点を生みだそうとしている」
     もちろん、ラジオウェーブ側に余裕がないが故の強引な作戦であろう。どうあれこの襲撃を放ってはおけない、と玄乃は唸った。
    「諸兄らにはタタリガミと都市伝説の撃破を頼みたい」

     場所は北海道、北広島市。住民は6万弱ぐらいで企業の工場を多く誘致し、その勤務者のベッドタウンであるため街に子供も多い。
    「避難指示はわかりやすく確実にしないと混乱しそうだな。俺も手伝おう」
    「是非頼む。もし他に人手が集まったら手分けしてくれ」
     手伝いを申し出た宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)に頷いて、玄乃は再び説明に戻った。
     都市伝説は散開して人々を追いたて、建物や土地の破壊を行うことで一般人の殺害より恐怖の拡散が目的らしい。
    「今回、目的が『バベルの鎖』への攻撃のせいか、それともラジオウェーブの伝播の関係か、電波障害は発生していないので携帯などで連絡を取り合うことが可能だ」
    「それは助かるな」
    「そしてタタリガミを倒せば都市伝説は全て消滅する。タタリガミのみ倒すのも手だが」
     灼滅者の感想に首肯した玄乃が眉を寄せる。
    「今回は民間活動も兼ねての作戦だ。一般の人々に灼滅者の活動を知って貰うためには、より多くの都市伝説を撃破した後にタタリガミを撃破せしめるのが理想的だろうな」
     タタリガミはかなりの強敵だが、彼から分かれた都市伝説6体は灼滅者2、3名で対抗・撃破が可能だ。タタリガミだけは全員揃っての戦闘が推奨されている。
     6体の都市伝説の攻撃は灼滅者からすると、解体ナイフやウロボロスブレイド、護符揃えのサイキックに近い。手数は多いが回復手段を持っていないのが幸いだ。
     タタリガミの少年は七不思議使いと同系のサイキックの他、断罪輪に類似するサイキックがあると思われると語った玄乃は、ふうと息をついた。
    「このタタリガミは以前予知したことがあるな。なりを潜めていると思ったらこれか」
     タチの悪い性格で戦いに飽きれば撤退していたが、今回は戦功を求めているのか逃走する様子はないようだ。
    「ラジオウェーブは明らかに他のダークネス組織とは違う。その違いが何かを知ることで、真に止める方法が判明するかもしれんが……今はまず、人々の避難誘導と敵の打倒だ」
     玄乃は深々と一礼すると、戦場へ灼滅者たちを送り出した。
     わずかでも人命が失われる以上、敵の思惑通りにさせてはならない。


    参加者
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    赤松・あずさ(武蔵坂の暴れん坊ガール・d34365)

    ■リプレイ

    ●介入
     北海道、北広島市。
     車や人通りの多い道はほぼ解けているが、日陰や雪捨て場となっている駐車場などにはまだ雪が残っていた。一つ手前の駅まではJRで移動できたが、まさに駅前にタタリガミがいるために運行停止。既に相当なパニックのせいか渋滞が起き始めている。
    「車での移動は現実的でなさそうだな」
     レンタカーの手配をした吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)が渋面で唸り、道路の状態を見て天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)も難しい表情になった。
    「あちこち事故も起きてるみたいだしリスクが高そうだ。車は避けた方がいいかな」
    「自転車とかエアシューズのほうが速いんちゃうかな」
     七色の橋のかかる愛用のAir Riderで路面をとんとん叩いて、堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)が地図を覗きこむ。片倉・純也(ソウク・d16862)が準備した人数分のハザードマップには、人の多そうな商業施設、学校や操業している工場、橋などの要所や住宅地、意見を出し合い目星をつけてあった。
    「いるいるいるわァー。避難よりSNS映えッてるヤツいるわァー」
     苦笑する楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)が仲間にスマホを見せる。そこには予想はしていたものの、『なんかの撮影? エキストラ一番乗りー』という投稿があった。商業施設の建物を踏みつぶす、人間とは関節の向きが逆の影のような巨体を背に撮っているようだ。
    「どこだろうな。位置情報はあるか?」
    「あるよン。コレ、郊外型のショッピングモールだねィ」
     しかめ面の森田・供助(月桂杖・d03292)に盾衛がスマホを操作しながら答える。そこは地図で見ると北広島市の西側、アタリをつけた場所の一つだった。
    「やっぱり人が多いところを狙ってるんだね」
     警戒を呼び掛ける情報をSNSに拡散しながら、居木・久良(ロケットハート・d18214)は気を引き締める。予知によれば人々に最大限恐怖を与えるのが敵の目的だ。殺すよりは怯えさせるのが主眼だろうが、誤って人が死んでも予定の範囲だろう。
    「赤松が戻ってきたな」
     供助の声に仲間が顔をあげる。市内の状況や都市伝説の位置を箒で飛んで空から確認してきた赤松・あずさ(武蔵坂の暴れん坊ガール・d34365)は、双眼鏡を手に降下すると相棒のバッドボーイと共に地に降り立った。
    「さすがに北海道、風はまだ冷たいわね。でも都市伝説の位置は確認したわよ!」
     カウガール風の衣装だけに風は堪えただろうけれど、声は明るい。
     移動中ではあるが都市伝説の位置は大きく分けて北と東と西。ゴルフ場が多い南には向かっていない。地図に印をつけると一行は三手に分かれることにした。
    「じゃあ行ってくる。そっちも頼むな」
     出撃準備をする供助に、官公庁で情報収集を担当する宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)が笑って応じた。
    「おう。頼もしい仲間もいることだしな!」
    「全力を尽くすよ。皆が頑張るんだからな」
     サポートにやってきた神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)も笑顔で頷く。空からの情報を収集する石宮・勇司(果てなき空の下・d38358)は一行へ会釈すると、あずさに代わって箒で空へ飛び立った。
     一礼して見送った純也が地図を畳んで仲間へ目礼する。
    「移動を開始しよう。移動距離が長い班は自転車での移動を推奨する」
    「タタリガミ倒しゃ消える言うても、今ばら撒かれてる恐怖を見過ごす事も出来へん。超お急ぎ便で片付けるヨ!」
    「雪はあるけど、急ぎましょうっ!」
     気合を入れる朱那と元気なあずさの発破を合図に、一行は移動を開始した。雪の残る道を見ると、久良の胸に複雑な感情がこみあげる。
     雪は好きだ。冬の北海道に来ると少しだけ灼滅者になった日のことを思い出すけど。
     色々あって、助けられないこともあるって知った。でも、助けられるものもある。
     だから諦めない。

    ●反撃
     大型ショッピングモールの一角で。倒壊する建物から飛び出した少女が、巨大な影の前に出してしまって足が竦む。人間にはありえない動きでぐにゃりと迫る顔に息を詰まらせた時だった。
    「あらよッと」
     とんでもないスピードで突っ込んだ盾衛が影に体当たりした。彼が乗っていた自転車ともつれて倒れ込む影を茫然と眺める少女を、普通に自転車を下りた純也が助け起こして治療する。人々を惹きつける雰囲気をまとった盾衛が人々と影の間に立った。
    「まーた面倒な事になッたケド、巨大モンスターとソイツを退治するヒーローとか絵面が分かり易くて良ィかネ」
     怒号と悲鳴がやみ、人々の間にざわめきが広がる。それは彼の発する雰囲気がクールとかカッコイイよりは、とてもきゅあきゅあな感じがしたからで。
     純也の注視にじわりと顔を引き攣らせた盾衛は照れとヤケ気味に叫んだ。
    「……うるせェ! 他に適当なのが無かッたンだYO!」
    「失礼した」
     ちょっぱやで謝罪した純也も使用に異存はない。
     確かに一般人に世界の真実が明かされない中、情報や物理的に不平等、超常対抗手段を皆が持てればとは常日頃思う。ただその為に、人々が極限の恐怖で追い詰められなければならないと言うのなら。
    「嫌だ」
     かつて自身が恐怖から助けて欲しかったように、今恐怖に晒されている人々も助けて欲しいだろうから。
    「ゲーッハッハ、聞ィて驚け・お題は見てのお帰りよ! こッから先はスーパーヒーロータイム、テメェらとッとと散ッた散ッたァ!!」
     靴底に鋸刃状の刃輪のついたブーツから炎を噴き上げ、盾衛は影へ蹴りかかる。悲鳴とも歓声ともつかない声が上がるなか、人々を守るべく前へ出ながらあずさが叫んだ。
    「今のうちに避難して! こいつは私たちが退治するから、近付いちゃだめよ!」
    「ここを離れろ。大丈夫だ、遠慮なく生き残れ!」
     赤黒く歪な人型に淀む黒躯の血影を都市伝説へ疾らせながら、よく聞こえるよう割り込みヴォイスで純也も吼えた。
     この騒動を人々の恐怖では終わらせない。

     北広島市の東側を担当する久良と朱那は、勇司の上空からの偵察で蛇のように這う影の位置を捕捉していた。ただ巨大というだけでも恐怖を誘うというのに、女の姿をした影が這いまわって工場を破壊しているなど混乱しないわけがない。
    「これ以上恐怖は撒かせへんよ! こいつはあたし達が必ず倒す!」
    「危ないよ嬢ちゃん!」
     転がるように逃げてきた作業員が叫ぶ朱那に声をかけるが、もちろん逆に諭された。
    「ココは任せて、今の内に出来るだけ離れるんよ!」
    「俺たちはああいうものと戦うプロだから。この影が来たほうの公園に避難して!」
     言い聞かせるような久良の言葉に作業員は頷いたが、走る様子はない。
     久良がどこからともなく巨大なロケットハンマーを取り出し、轟音をたてるロケット噴射で影に殴りかかると足を止める作業員が増えた。鋼管工場のせいか彼らの興味を引いたようだ。影は怖いが武器が気になる、あれは何だと遠巻きにわいわい騒ぎ始める。
    「しゃあないなあ。必ず倒すからちゃんと離れてるんよ!」
     竜砕斧を軽々と振り回す朱那が影にしたたか斬りつけると、作業員から歓声があがる。
     助けられる命には限りがある。だから必死に手を伸ばすのだ。生きるために、生かすために、命懸けで。だから笑っていこうと久良は思う。
    「何よりも本気で笑ってもらうためにね」
     悲しむためでも恨むためでもなく、楽しく笑うために。
     笑えるっていいことだ。恐怖に晒される今は無理でも、きっといつか笑える、その心を守るために!
     悲鳴らしいしわがれ声をあげる影に、久良は炎をまとった蹴撃を食らわせた。

     市の北に位置する学校法人が襲撃されているという情報を勇弥から受け、急行した供助たちは避難指示と同時に戦っていた。
    「皆、安心してくれ。私達『灼滅者』が助けに来たぞ!」
     黒斗の宣言で生徒たちが転がるように灼滅者の方へ逃げてくる。私立の中学校と高等学校が併設のため、生徒はかなりいた。
    「大丈夫、あれは任せろ。あんたらは自分たちの命を守ってくれ」
    「君たちも危ないから一緒に避難しなさい!」
     供助に促された教師が叫んだが、黒斗は巨大な影へBlack Widow Pulsarで斬りかかった。光の剣でも持っているような彼女の雄姿に、教師が口をぱくぱくさせる。
    「話は後で。今は避難して欲しい」
     スイタイリッシュな雰囲気をまとう昴も教師に告げ、無造作に影の前へ出た。毛抜形太刀を抜くと、黒斗を追う影に死角から斬撃を食らわせる。銃刀法とかツッコむ気力もない教師に、意識して声のトーンを落として供助は語りかけた。
    「敵は倒してみせる。だからこの場を離れて欲しい」
     災いに奪われそうな人を守る。迅速に、丁寧に。耳障りな悲鳴をあげる影の振りまわす腕が、教師へ迫る寸前。
    「落ち着いて、逃げて、伝達してくれ」
     己の腕を鬼のものへ異形化し、供助は渾身の力で影の腕を叩き潰した。
     動かなくなった影を見上げて言葉もない教師に、昴が穏やかに話しかける。
    「今回のような事件は人知れず起きています」
    「これが初めてじゃないのか? これからもあるのか?」
    「ありますが、武蔵坂学園は、そんな理不尽な事件から人を護る為の組織です。全てを護れないのは心苦しい限りですが……」
     一礼して名刺を一枚渡すと、昴は身を翻した。影はまだ他にもいる。

    ●援護
     情報の中継と拡散を担うラズヴァンと勇弥は、ラブフェロモンという奇手でもってそれぞれ警察署と役所へ身を置いていたが。
    「仲間があのデカい女を倒すから時間をください!」
     勇弥の懇願とESPをもってしても逮捕されかねない状態だったが、一件、また一件と巨大な影の撃破を伝え、周辺住民や急行した警察官たちから裏付ける情報が入ることで、少しずつ職員も協力体制を取り始めた。
     寒空を飛びまわって都市伝説の位置を仲間へ伝え続ける勇司は、勇弥とラズヴァンと情報交換しながら逃げ惑う人々に避難すべき場所を伝える。
    「巨大な影は二区画前で止まった。落ちついてここの公園へ行くんだ」
    「ありがとうございます!」
     拝むようにされても、正義の味方って違う気がする。人助けも恩着せがましい。
    「(何のためかって、無力じゃないことを証明したいから。だから必死で助けんだよ)」
     そうは見えなくとも強い決意を秘めた勇司の努力が。
    「あれは都市伝説といって、噂話を信じる気持ちが実体化したものです。でも皆、俺達を信じてください。信じる気持ちが俺達の力になるから」
     学園の連絡先を明記した名刺を配りながら、職員たちに訴える勇弥の真摯な対応が。
     人々を少しずつ動かしていく。

    ●決戦
     全ての都市伝説を倒した一行が駅前に集合すると、そこでも小さな混乱が起きていた。
     既にテレビやSNSで出回っている情報を知らない人々が市を出ようと駅へ来て、タタリガミを見てパニックになっている。
     右往左往する人々をにやついて眺めるタタリガミの前へ回り、供助が声をあげた。
    「久しぶりだな、少年。今度も邪魔するぞ」
    「また来たの、お兄さん。ホント迷惑なんだけどなあ」
    「つか、バベルの鎖壊して、表に出て何がしたいんだ? お前らの大将は」
     タタリガミの少年はにたりと嫌らしい笑みを浮かべた。
    「そんなの教えてあげるわけないよね?」
    「だよな」
     諦念をこめて供助が嘆息する。その間に仲間は手分けして人々に避難指示をしていた。
    「あれとは俺達が戦うから、急いで逃げるんだ」
    「あちこちデカイ怪物がいるし、警察は何やってんだよ!」
    「他の影っぽいのは全部倒したから心配ないわ。あいつも今倒すから、なんならずーっと離れて観戦してくれてもいいわよ!」
     昴に逆にかみついた男をあずさがなだめる。灼滅者の身を案じる声もあったが、タタリガミが立ち上がると雪崩のように人々が逃げ散っていった。
    「じゃあ片づけちゃおうかな!」
     歪なタブレットの表面が輝くと、忌まわしい呪いの言葉が響いて灼滅者を揺さぶった。久良は昴が代わってダメージを引き受け、供助の前には朱那が立ちはだかる。
    「くーさん、ガツンとやっちゃってエエよ!」
    「ああ、そうだな」
     灼滅者を踏みつぶそうとタタリガミが足をあげた。最初から全力全開、久良が再び愛用のモーニング・グロウのロケットを噴かす。加速で一回転しながら強烈なスマッシュを膝に叩きつけた反対側で、供助は鳥の翼を模したダイダロスベルトを疾らせた。
    「痛い!」
     ざっくりとふくらはぎを裂かれた男の子が叫んだが、長巻【七曲】を構えた盾衛が容赦なく背中に渾身の一太刀を浴びせた。
    「あらら痛いのォ? でもお兄サンやめてあげないぞォ」
    「このお!」
     苛立って蹴ろうとするタタリガミの盾衛が足をかいくぐる間に、純也がギターを掻き鳴らし傷を塞ぐ。魂を鼓舞するその演奏に背を押され、あずさが縛霊手を起動した。
    「これでっ! どうかしらぁっ!!」
     飛びかかりざまのチョップと同時に展開した網状結界で動きを封じ込めにかかる。後方ではばたくバッドボーイの尻尾のリングが光ると、前衛たちに残った傷は塞がれた。
     癇癪をおこした巨人のように足を踏み鳴らすタタリガミの左右から、目で合図を交わした黒斗と昴が動く。図書館の屋根を蹴って宙返りをした二人の斬撃は、死角から完璧に呼吸を合わせて同時に傷を刻みつけた。
    「つう! この……チビたちのくせに!!」
     子供の姿をしたタタリガミの怒号が響き渡る。

     タタリガミにとって計算外だったのは、灼滅者の怪我が想定よりも軽かったことだけではない。意気が高かったことだ。
     撒き散らされた炎を避けた昴が上段から袈裟がけ気味に斬りかかる。当然のように躱そうとしたタタリガミの足を、いつの間にか滑り込んだ黒斗の斬撃が切り裂く。よろけた瞬間昴の無骨な太刀に斬り下ろされ、遂に悲鳴をあげた。
    「痛い痛い痛い! ちょ、調子にのるなよ!」
     怨念こもった叫びに遠巻きの人々は震えあがったが、足を殺された敵の恨み言ぐらいで手を緩める朱那ではなかった。Air Riderが炎の尾を引き、鮮やかな軌跡を描いた蹴撃がタタリガミの体を焼く。
    「調子に乗っとるのソッチと思うンよね。年貢の納め時いう言葉もあるんよ?」
    「激しく同意する」
     にこりともしない純也の足元から赤黒い影業が奔り、タタリガミの四肢を縛めた。刃輪から炎を噴き上げる牙輪甲で頭目がけてハイキックを見舞った盾衛が笑う。
    「悪ィ子はおしおきされンだよ、覚えときなァ。この後があったらだけどネ!」
    「こんな虫ケラたちに、このボクが……」
     怨嗟を吐くタタリガミの手で歪んだタブレットが震えて揺れる。それは見る間に組み木細工の箱のように形を変えると、中から黒くどろりとした霧を吐きだした。
    「コトリバコがバカにされてたまるか!」
     女人をとり殺す忌まわしい箱。人の営みを断絶させる呪い。
     霧は前衛たちを呑みこみ灼滅者の身体を蝕んだ。供助を庇ったあずさが苦しげな呻きをあげ、避け損ねた久良は痛みを堪えて跳び退る。
    「久良、大丈夫?!」
    「大丈夫だよ」
     朱那の問いに落ちついた笑顔で久良は答えた。笑ってもらうためには自分が笑わないとダメだから。
    「いくぞ!」
     滑るように前へ出た黒斗がタタリガミ自身の体を足がかりに宙を舞った。身を焼く炎に顔をしかめるタタリガミの手を紙一重でかわし、落ちざま身を捻ってBlack Widow Pulsarを突き入れる。苦鳴をもらした死角から、昴の抉るような斬撃が浴びせられた。血のかわりに黒いもやを撒いてたたらを踏むタタリガミへ地を蹴った久良が距離を詰める。
     燃えるような心を映したように真っ赤に熱したモーニング・グロウを振りかぶった。エンジン噴射。炎の航跡を描いてハンマーがタタリガミの背を割る。
    「くは!」
     地面で跳ねた巨体が転がり闇雲に振った手で近くにいたあずさを握りしめる。
     勿論弱った敵の手に、黙って捕らえられているあずさではなかった。力任せに振りほどくと渾身の力でラリアットを叩きこむ。首投げを食らった形になったタタリガミは半回転して図書館の上へ吹っ飛んだ。
    「こ、このお!」
     建物を潰しながら転がったタタリガミが起き上がる暇などなく。
    「タチが悪いとは思ってたが、本当にタチの悪い手合いだったな」
     吐き捨てるような供助の言葉と同時、月桂樹の葉と赤銅色の羽飾りのついた古めかしい杖が打ちすえた。巨体を魔力が内側から灼き尽くしていく。
    「あああああ!」
     断末魔の声は子供のようだったが、表情はまったく別の何かだった。憎悪と怒りで醜悪に歪み、絶望に歪み、苦痛に歪んで。
     ふっとその声が途切れると、コトリバコを名乗るタタリガミはどす黒く変色した。どろりと粘液と化して形を失い、それも沸騰するように泡立って、やがて消えていった。

    ●勝鬨
     タタリガミが跡形もなく消えうせて、沈黙が落ちたのも一瞬。
    「見た? タタリガミ、これでKOよ!」
     拳を突き上げたあずさの宣言に、遠巻きの人々から歓声があがった。茫然としている人もいるが、結構な人数が一部始終をスマートフォンで撮影している。
     興奮さめやらぬ人々、主に子供たちに囲まれて盾衛や昴、黒斗がもみくちゃになり、久良や朱那は人々から手をとられ感謝の言葉を浴びせられていた。
     喜ぶ人々の顔を噛みしめるように眺めた純也は携帯を取り出した。警察署や役所でそれぞれ待機する仲間へ同時通信で語りかける。
    「タタリガミ撃破。危険がなくなった旨を拡散して貰いたい」
     訥々とした連絡を受けた勇弥が明るい声で、彼に合流した勇司が淡々と応じる。
    『そうか! 皆、お疲れさま』
    『手を尽くした甲斐があったな』
    『ほんとによかったぜ。おーい、駅前にいた最後のデカいやつを灼滅者が倒したぞ!』
     ラズヴァンが電話の向こうであげた声に、周囲から歓呼の声があがったのが聞こえる。
    「先達各位の協力に感謝する」
     純也が通信を切ると、深々と安堵の息をついた供助が振り返った。
    「いやマジで厄介な相手だったな。目的はわからんままなのが気になるが」
    「闇堕ちが目的じゃないのはダークネスらしくない。ラジオウェーブ、どんなヤツなんだ」
     首をひねる黒斗に応えられるものはいなかった。明らかにタタリガミの目的は一般人を恐怖に陥れることで、それだけで充分に異質ではある。
     だがひとまずは、人々の安全を確保し恐怖を取り除けたことをよしとしよう。

     日常と非日常を区切る鎖を断とうとした楔は、灼滅者の見事な対応により砕かれた。
     可能な限り多くの人々を救い奮戦した灼滅者の姿は、北の街の人々の記憶に深く刻まれたことだろう。それこそが最大の戦果となるに違いない。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年3月29日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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