決戦巨大七不思議~寂しがりやの淋子さん

    作者:三ノ木咲紀

     駅前の公園に、一人の少女が立っていた。
     市松人形のようにきちんと切りそろえたおかっぱ頭をした十二歳ほどの少女は、泣きながら手に持った大きなこけしのような巻物を抱きしめた。
    「寂しい……さみしいよぉ。故郷に帰って来たのに、まるで別の国みたい」
     涙を流す少女の周囲に、多くの手下が現れた。
     一緒に卒業できなかったケンタくんや独りでに鳴るピアノ、ひとりぼっちの花見青年や打ち捨てられた雛人形。人を誘うこたつに、エレベーターもいる。
     今まで少女が作り上げた都市伝説達が、こぞって少女を慰める。
    「大丈夫だよ、淋子さん」
    「淋子さんをのけ者にしてきた『バベルの鎖』も、この作戦がうまくいったらなくなっちゃうんだから!」
    「ソウルボードの監視がなくなったら、みんなで一緒に遊ぼうよ!」
     手下たちの慰めに顔を上げた淋子は、小さく頷いた。
    「そう、だね。ラジオウェーブが勝ったら、また皆で遊べるね!」
     顔を上げた淋子は、手下たちを融合させるとみるみる巨大化した。
     円陣を組むように融合した手下たちの中央には、御簾の向こうに座る淋子。
     自分の姿を確認した淋子は、分身を六体作ると指示を出した。
    「さあ、みんな。この街の人間の恐怖を掻き立ててね。怖がらせて怖がらせて、私たちの存在を忘れられなくしましょう」
     融合した手下たちは、それぞれがそれぞれの場所で生み出してきた悲劇の幻影を再現しながら人々に迫る。
     六方向に散っていく手下を見送った淋子は、叫び声を上げる少年に向けてゆっくり手下を差し向けた。


     教室に集まった灼滅者達を見渡したくるみは、静かに口を開いた。
    「民間活動の評決の結果は、皆もう知ってはると思う。『ソウルボードを利用した民間活動を試みる』これについての準備中やってんけど……その前に、『ラジオウェーブ配下のタタリガミ』による大規模襲撃が発生してしもうたんや」
     灼滅者達の活躍で、電波塔というソウルボード内の拠点を失ったラジオウェーブは、その失地を回復するために切り札の一つを切ってきたようだ。
     最高ランクの都市伝説を吸収して収集したタタリガミの精鋭達を投入し、再びソウルボードに拠点を生み出そうとしているようなのだ。
     その方法は『多数の人口を抱える地方都市』を、巨大化した7体の都市伝説で襲撃、住人全てに恐怖を与え、都市伝説を強勢的に認識させるというもの。
    「こないな強引で目立つ方法を取るという事は、それだけ、ラジオウェーブ側に余裕がなくなっとるっちゅーことかも知れへん。皆には襲撃されとる都市に向かって、タタリガミと都市伝説の撃破をお願いしたいんや」
     また、敵の目的が『多数の一般人に影響を与える事で、ソウルボードに拠点を作る』事だと判明している。
     この敵の作戦行動を観察する事で、『ソウルボードを利用した民間活動』を行うヒントを得る事もできるかも知れない。
     事件が起こるのは、山間地にある地方都市。
     古い歴史と文化を誇り、かつては因習なども行われていたようだが、今はすっかり観光地となっている。
     この街に現れたタタリガミ「寂しがり屋の淋子さん」と、六体の都市伝説が敵となる。
     タタリガミも手下も、七メートルサイズに巨大化している。
     淋子さんの目的は、人間を恐怖に陥れることであって殺すことではない。
     手下の戦闘能力は、通常の都市伝説と同程度なので、一体につき三名でも対抗が可能。
     ただし、本体となる淋子さんは強力なため、全員が揃わなければ危険だ。
     手下たちはそれぞれ別の場所で事件を起こしているため、各個撃破が可能となる。
     タタリガミ達の目的が『バベルの鎖』への攻撃であるのが理由なのか。
     あるいはラジオウェーブの伝播が関係するのか。
     理由は分からないが、市内では電波障害が発生していないようなので、携帯電話で連絡を取り合うことも可能だろう。
     少し考え込んでいた葵は、軽く手を挙げた。
    「淋子さんを撃破したら、他の都市伝説も消えるんですよね。ならば、ここで民間活動をするのもいいと思います。僕は一般人の避難誘導をしながら、皆さんのサポートに回らせていただきますね」
    「頼んだで、葵はん!」
     本体の淋子さんは、手下全てを融合させた神輿の上に据えられた祭壇の上にいる。
     手下には淋子さんはいなくて、それぞれメインの都市伝説が巨大化している。
    「ラジオウェーブは、現実世界で事件を起こすことでソウルボード内に拠点を作ろうとしとる。これを逆用すれば、ソウルボードを利用した民間活動にも道筋がつくはずや。皆、頼んだで!」
     くるみはにかっと笑うと、親指を立てた。


    参加者
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    四月一日・いろは(百魔絢爛・d03805)
    雨積・舞依(黒い薔薇と砂糖菓子・d06186)
    戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)

    ■リプレイ

     市立博物館前に突如現れた巨大な雛人形の姿に、戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)は複雑な表情で駆けた。
     事前にこの街の古地図を用意し、調査を行い出現場所を予測した。
     まずは一体、蔵乃祐の予測通りの地点に出現したということは、他の出現地点も予測通りだという可能性が高い。
    (「記憶の残滓が郷愁を代弁しているのか、淋子というタタリガミを生み出した街と絶望に起因する愛憎故なのか。だが……」)
     博物館前に到着した蔵乃祐は、訪れた観光客に向けて無数の雛人形が襲い掛かる光景に、スレイヤーカードを振りかざした。
    「命を弄ぶ悪逆非道に道理は、無い!」
     龍砕斧を振り上げ、裂帛の気合と共に放たれた斧の一撃が、巨大雛人形の着物を大きく引き裂いた。
     巨大なお内裏様はゆっくり振り返ると、蔵乃祐へ向けて手にした日本刀を振り下ろした。
     袈裟懸けに放たれた攻撃を受けた蔵乃祐を、黄色い光が包み込んだ。
     蔵乃祐に続いて駆け出した羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は、構えた交通標識で蔵乃祐を癒すと周囲を振り返った。
     春休み期間中ということもあり、雛人形達は訪れた人たちを囲い込むようにして襲い掛かっている。
     本当ならば、楽しいひな祭りの主役となるべき人形達が、人々に恐怖を与えている。
    (「これが、淋子さんの望んだひな祭りだったんでしょうか?」)
     その光景に唇を噛む陽桜を元気づけるように、葵は雛人形の攻撃から一般人を守った。
     そのまま避難所へ誘導した葵は、陽桜を振り返った。
    「大きな雛人形を倒せば、小さな雛人形も消えるはずです。こちらは任せてください!」
    「はい!」
     大きく頷いた陽桜は、腕に装備した縛霊手を巨大化させると雛人形に叩き込んだ。
     体を大きく傾けた雛人形に、蔵乃祐は間髪を入れずに鋼糸を放った。
     捕縛を受け、苦しそうなお内裏様を庇うように炎が奔る。
     扇から放たれる炎に歯を食いしばった蔵乃祐に、あまおとは浄霊眼を放った。
     炎を消し去り、癒しを与えるあまおとの後ろから駆け出した陽桜は、美しい声で歌を歌った。
     澄んだ歌声は雛人形を包み込み、攻撃しようとした手を止めさせる。
     歌声は周囲でパニック状態になっていた一般人達の耳にも届き、冷静さを取り戻させる。
     その隙に一般人を避難させた葵にも気づかず、うっとりと聞きほれ、目を閉じた雛人形達は歌うように体を揺らす。
     目を見交わし頷きあった蔵乃祐と陽桜は、息の合った連撃を叩き込む。
     雛人形が沈黙するのに、さしたる時間はかからなかった。


     桃の花びらとなって消えていく雛人形を見送った蔵乃祐は、転んで頭を打った老爺に駆け寄ると抱え起こした。
    「しっかりしてください!」
     呼び掛けても意識がない老爺を、蔵乃祐は白炎蜃気楼で癒した。
     白い炎に包まれた老爺に悲鳴を上げる老婆を安心させるように、陽桜は微笑んだ。
    「大丈夫ですよ。蔵乃祐さんに任せてください」
     やがて眼を覚ました老爺に、周囲から大きな拍手が沸き上がった。
    「ああ、ありがとうございます!」
     安心したように両手を合わせる老婆は、顔を上げると雛人形が消えた方をじっと見た。
    「ニエヒメサマの雛人形に殺された、なんてことになったら……」
    「ニエヒメサマ、って何ですか?」
     首を傾げた陽桜に、老婆は口を噤んだ。
     テレパスで老婆の表層思考を読んだ陽桜は、敢えて明るく両手を振った。
    「いえ、聞きなれない言葉だったので聞いてみただけです」
     陽桜の表情にバツの悪そうな表情をした老婆は、ぽつりと呟いた。
    「昔そういう風習があったんです。……さあ、行きますよおじいさん!」
     まだ少しぼーっとする老爺を立たせた老婆は、足早にその場を後にする。
     表層思考の内容を思い返した陽桜は、痛ましそうに駅の方を見た。
    「淋子さんも。「みんな」と違うとのけ者にされ、淋しい想いをしたのでしょうか……」
    「淋子さんは故郷に帰ってくるべきでは無かったのかもな」
     感傷に駅の方を見た蔵乃祐は、気を取り直したように陽桜の肩を叩いた。
    「……さあ、行こう。この場所は連絡した。次は学校だ」
    「はい!」
     頷いた陽桜は、立ち上がると学校へ向かって駆け出した。


     ビル街の一角に現れた人食いエレベーターは、巨大な口を開閉しながら人々を襲っていた。
     妖の槍――Iron-Bloodを手にしたレオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)は、死角へと回り込むとエレベーターを一気に切り裂いた。
     サラリーマン達を飲み込んだ人食いエレベーターが移動した後には、昏倒した一般人が倒れている。
     恐怖の夢でも見ているのだろう。うなされる一般人には目もくれない人食いエレベーターは、動きを止めると威嚇するようにドアを開閉した。
    「こちら五階、刃物売り場でございます!」
     傍らに立っていたエレベーターガールのエレガさんは、もの凄い形相で刃物を振り回すとレオンに向けて猛突進を仕掛けた。
     炎を帯びた包丁で襲い掛かるエレガさんの刃に、レオンは軽く笑った。
    「そんなに睨んで。美人さんが台無しだよ?」
    「化粧の濃い年増だけどね!」
     レオンの後ろから飛び出した四月一日・いろは(百魔絢爛・d03805)は、着物の袂を靡かせながらエレガさんに殺戮帯【血染白雪】を放った。
     戦いながらの救助は難しい。このまま挑発し、気を失った一般人から引き離すのが上策だ。
     狙い違わず伸びるダイダロスベルトがエレガさんを切り裂いた時、エレベーターが動いた。
     灼滅者達を迂回するように回り込むと、逃げ遅れたOLに向けて暗いドアを開閉させながら襲い掛かる。
    「危ない!」
     OLの前に、人影が割って入った。
     鞘に納めたクルセイドソードでエレベーターを押えた月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)は、恐怖に怯えるOLを元気づけるように笑顔を向けた。
    「ここは私たちがなんとかするから、逃げて!」
    「え、え?」
     混乱するOLの手を取り、勇弥は立たせた。
    「大丈夫ですか?」
    「あ、あれは何!」
     混乱するOLを避難所へ誘導しながら微笑みかけた勇弥は、避難を終えた一般人にも通る声で叫んだ。
    「あれは人の心が噂話を通して実体化したもの。でも皆さんが信じてくれるなら、その想いが俺達の力になります」
     一般人の視線を感じながら頭を下げた勇弥は、真摯に訴えた。
    「仲間があのデカブツを必ず鎮めます。時間をください!」
     勇弥の姿に顔を見合わせた一般人は、混乱しながらも頷いた。
    「お待ちくださいぃぃぃ!」
     一般人に追いすがろうとするエレガさんの背中に、肉球パンチが突き刺さった。
     一瞬麻痺したように足を止めたエレガさんは、ネコサシミを憎々し気に睨みつけた。
     ネコサシミと同時に駆け出した玲は、縛霊手を構えるとエレベーターを殴りつけた。
     広がる霊力がエレベーターのを縛り、暴れるようにもがく。
     距離を取った玲は、感じる視線に顔を上げた。
     ビルの中から戦闘を見下ろす一般人達が、手にしたスマホで熱心にこちらを撮影している。
     彼らがSNSにアップしたところで、誰に見られるでもなく消えていくだろう。
     だが今、ラジオウェーブはバベルの鎖を引きちぎろうとしている。それは何故か。
     思考を振り払った玲は、気を取り直すと戦闘に向き合った。
     捕縛を解いたエレベーターは、灼滅者達を飲み込もうと口を大きく開けて迫る。
     エレガさんの補助もあり戦闘は長引いたが、勝敗は目に見えていた。
     疲労の色が濃いエレベーターの姿に、レオンといろはは頷き合った。
     間合いを取り、得物に手をかけ息を殺す。
     次の瞬間、二人はエレベーターの死角に回り込んだ。
    「さあデカブツ。散々暴れて満足したろう?」
    「そろそろ閉店の時間だよ!」
     鋭く閃くレオンのIron-Bloodが装甲を深く切り裂き、華麗に踏み込むいろはの純白鞘【五番の釘】が鞘から放たれ抉りこまれる。
     妖の槍の露を払い立ち上がった時、エレベーター達は暗い霧となって消えていった。


     通りの端から端まで倒れている、うなされる一般人達に駆け寄ったレオンは、七不思議の言霊を語った。
     眠る一般人から眉間の皺が消え、次々に起き上がる。
    「ここから出してくれ! ってあれ……」
    「あいつは、オレ達が退治したよ。皆撮影してたから、後で見せて貰いなよ」
     立ち上がり、ビルを見上げるレオンに、スマホのレンズが集中する。
    「ああいう輩は、いっぱいいるんだ。人々の為に日々戦ってること、知ってくれたら嬉しいな」
     にっこり微笑むいろはに、一般人はうろたえながらも頷く。
    「連絡は終わったよ。行こう。次は神社だね」
    「どんちゃん騒ぎも、そろそろおしまい。そいじゃもう一戦、張り切っていきますかぁ!」
     スマホから顔を上げた玲に伸びをしたレオンは、仲間と共に次の戦場へと走り出した。


     巨大な桜が、咲き誇っていた。
     一際目立つ桜に誘われるように、人々が一人、また一人と近寄っていく。
     まるで強力な王者の風の影響下にあるかのように歩く人々の目は、恐怖に彩られている。
    「お前じゃない」
     桜の根元にいる一人の浪人のような格好の青年に斬られた一般人は、叫びながら辺りを転げ回る。
     それでも、巨大桜を見た一般人は桜に近づくのをやめない。
     そんな光景に、祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)は公園を一気に駆け抜けた。
    「やめて! なんでこんなことできるの!」
     七不思議を宿したマテリアルロッドを閃かせ、青年の頭上に振り上げた。
     一般人に斬りかかろうとしていた青年は襲う衝撃に俯くと、憎々し気に彦麻呂を睨みつけた。
    「こんなに待っているのに、なぜ来ない? いつまで待てばいい?」
     暗い目の青年は日本刀を振りかぶると、炎を帯びた刀身を彦麻呂に叩きつけた。
     襲う衝撃と痛みを堪える彦麻呂を包み込むように、黄色い光が溢れ出した。
    「祟部さん、今回復しますから!」
     土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)が構えた交通標識から溢れる光に炎を癒した彦麻呂の姿に、青年は泣きながら空を仰いだ。
    「ああ。有象無象は山ほどいるのに。何故あなたは来ないんだ」
     ひとりぼっちで空を見上げる青年の姿に、雨積・舞依(黒い薔薇と砂糖菓子・d06186)はかつての自分を重ねて見た。
     昔、舞依の傍には誰もいなかった。
     どんな人混みの中にいても、たった一人きりだと思っていた。
    「寂しさ故恐怖をまき散らすという気持ち、わからなくもないけれど……」
     死角に回り込んだ舞依は、縛霊手を構えると死角から桜の幹を殴りつけた。
     みしり、と嫌な音を立ててたわむ桜の木に、青年は半狂乱になると舞依を斬りつけた。
    「桜を、傷つけるな!」
     気迫と共に放たれた斬撃に息を呑む舞依に、筆一はシールドリングを放った。
     舞依の傷を癒した筆一は、桜の幹にそっと触れた。
    「こんな見事な桜です。今すぐ描きたいくらいです。でもその魔性、放置することはできません」
    「桜の下で逢うんだ! だから桜を傷つけるな!」
     叫ぶ青年の隙をついたアヅマは、倒れる一般人へ駆け寄った。
     倒れる一般人を清めの風で癒す。痛みから解放された一般人は、ホッと息をつくと桜を見上げようとした。
    「桜は見ないで。そのまま遠くに離れて」
     アルティメットモードを発動させたアヅマの指示に、一般人は頷いて避難する。
     魅入られた一般人にも清めの風を放ったアヅマは、避難誘導しつつ新しい犠牲者を防いで回った。
     避難した一般人に安堵した彦麻呂は、改めて青年と向き合った。
    「人を怖がらせたって、待ち人は来ませんよ」
     クロスグレイブの照準を合わせた彦麻呂は、溢れる唄と同時に黙示録砲を放った。
     小さな氷の鬼たちが一斉に桜に向けて放たれ、青年を凍てつかせる。
     半狂乱な攻撃を受けてなお走る舞依は、縛霊手に包まれた手を握り締めると青年へ向けて駆け出した。
    「待ち人は、あなたの大切な人だったのね。でも、人を傷つけていい理由になんて、ならない!」
    「どうして来ない? 俺が嫌いになったのか?」
    「何か事情があったのでしょう。やむを得ない事情が」
     イエローサインで二人を癒す筆一に、青年は何事か叫びながら傷を癒した。
     その後も青年は粘り強く戦ったが、やがて追い詰められていく。
     「魔性の桜は、散らします!」
     舞依が放つ無数の拳が桜の幹に吸い込まれ、巨木は大きく揺らいだ。
     大きく亀裂が奔った幹に、流星を使役し流れるように宙を駆ける彦麻呂のエアシューズが叩き込まれ、枝が地についていく。
    「今だよ、筆一くん!」
    「あなたは必ず絵に残します。だから……!」
     射出された無数のリングスラッシャーが、桜に止めの打撃を与える。
     叫び声と共に消えた青年と桜を、彦麻呂は振り返った。
    「大事な人と会えないのは、辛いね」
     ぽつりと呟いた彦麻呂は、気を取り直して次の現場へと急いだ。


     都市伝説をすべて倒し、場所を示し合わせ傷を癒した灼滅者達は、情報交換を済ませると駅前広場へと乗り込んだ。
     連戦で、全員無傷とはいかない。疲労の蓄積はあったが、ここで負ける訳にはいかなかった。
     灼滅者達の姿を見た淋子さんは、御簾の奥でさめざめと泣いた。
    「お友達を灼滅しちゃうなんて、ひどい! 誰も殺したりしないのに、どうして邪魔をするの?」
     嘆く淋子さんに、蔵乃祐は竜砕斧を突きつけた。
    「貴女の創作欲が作り上げた怪物達は、皆独り善がりで人を苦しめるだけだ」
    「そんなこと、ないもん!」
     叫んだ淋子さんが語り始めると、前衛に怪現象が巻き起こった。
     今まで語った物語が混沌と渦を巻きながら、前衛を攻撃していく。
     闇の光景を切り裂くように、黄色い光が溢れた。
    「皆さんは僕が支えます! だから!」
     筆一が放ったイエローサインが、前衛の傷を癒し蝕む毒を消し去っていく。
     癒しの光に力を得たいろはは、蹂躙靴【索敵即殺】を起動させると高速で滑り出した。
    「あぁ、余裕が在れば収集するところなんだけど」
     炎を帯びたエアシューズが死角へ回り込み、淋子さんの都市伝説を蹴り抜く。
     いろはの靴が淋子さんに火をつけると同時に、舞依は死角から攻撃を仕掛けた。
    「大事な人は皆護りたいの。自分だけでなく誰かの大切な人も。あなたはどうなの、淋子さん!」
     舞依の言葉に唇を噛んだ淋子さんは、巻物を抱きしめると叫んだ。
    「皆のために語ってたのに! どうして皆いなくなっちゃうの!?」
    「人を怖がらせたりしてるからぼっちなんですよ、淋子さん」
     マテリアルロッドを振り上げた彦麻呂は、七不思議と共に淋子さんを殴りつけた。
    「違うもん! バベルの鎖があるから、ひとりぼっちなんだよ!」
     駄々っ子のように首を振る淋子さんに、玲はセイクリッドウインドで前衛を癒しながら問いかけた。
    「バベルの鎖………。この鎖は何を繋いでいるの?」
    「繋いでなんかないわ。縛りつけているだけよ」
     淋子さんの言葉に、玲は考えを重ねた。
     人はソウルボードと繋がっている。ソウルボードがあるからバベルの鎖による干渉を受ける。
     けれど、ソウルボードの干渉を受けているのが自身の内にあるダークネス部分だとすれば……。
    「ソウルボードと分離したタカトは、あなた達が言っている監視を受けていなかったって事なのかな?」
    「それはちょっと、違うと思うな……」
    「違う、って……」
     問いかけを重ねようとした玲を遮るように、合体した都市伝説が叫んだ。
    「余計なおしゃべりは、ここまでだよ!」
     叫ぶケンタくんに合わせて、ピアノの音が鳴り響いた。
     ピアノに導かれたコタツムリの群れが、一斉に前衛へと襲い掛かった。
     群がるコタツムリを切り裂き駆けたレオンは、祭囃子のようなコタツムリを抜けて淋子さんに迫った。
    「――ここからは、俺たちの反撃の時間だ!」
     死角に回り込んだレオンの斬撃が、都市伝説を大きく切り裂く。
     同時に放たれた蔵乃祐の鋼糸が、淋子さんを縛り付けた。
    「誰かの不幸を願った物語で、今を生きる人々の心に傷痕を遺させはしない!!」
    「語ればみんな、傍にいてくれるんでしょ?」
     傷に呻きながら叫ぶ淋子さんに、陽桜は静かに首を振った。
    「だからって怖がらせたらダメです。それでは本当に欲しいものは得られないのです」
    「知らない知らない!」
     イエローサインで前衛を癒しながら語る陽桜に、淋子さんは泣きながら語りを続けた。


     戦いは続いた。
     連戦で疲労の色を見せた灼滅者達だったが、連携の取れた攻防で淋子さんを追い詰めていく。
     淋子さんも抵抗し戦いは長引いたが、灼滅者達の言葉に徐々に力を失っていった。

     神輿のような都市伝説が消え、御簾の裏から現れた淋子さんは、都市伝説の欠片を集めるように手を宙に這わせた。
    「みんな、どこぉ? いっぱい語らなきゃ、傍にいてくれないの?」
     悲しそうな淋子さんと視線を合わせるようにしゃがんだ陽桜は、優しく微笑みながら語り掛けた。
    「あたしも、「みんな」に認められない事が悲しくて怖かったんです」
     驚いたように目を見開く淋子さんに、陽桜は語り掛けた。
    「「みんな」と違うとのけ者にされて、淋しい想いをしました。でも「みんな」の心の声からもう逃げません」
     涙目で目を見開く淋子さんをそっと抱き締めた陽桜は、硬直する淋子さんの耳元に囁きかけた。
    「だってあたしはプラスもマイナスもひっくるめて、「みんな」が大好きだから。マイナスだからって傷つけてたら、誰も傍にいてくれなくなりますよ」
    「……みんなの全部を好きになったら、私のこと、好きになってくれるかなぁ?」
    「もちろんです」
     泣きながら陽桜を抱きしめる淋子さんの背中を、いろはは切り裂いた。
     日本刀の一撃で袈裟懸けに斬られ、消えていく淋子さんに、いろはは語り掛けた。
    「淋しくは無いよ? キミの友達も同じところで待ってる筈だからね」
    「そうかな。嬉し……」
     霧のように消えていく淋子さんを、灼滅者達は静かに見送った。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年3月29日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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