決戦巨大七不思議~緋天七禍

    作者:夕狩こあら

    「ソウルボードにおける拠点、電波塔の陥落を許すなど恥ずべき醜態、愚の極み……所詮、ラジオウェーブも凡骨だったと言う事だ」
     フン、と嘆声を溢した長躯の男は、ブーツの靴底に砂を噛ませると、ロングコートを翻して空を仰ぐ。
     白い雲を泳がせる晴天は麗らかに、地上に広がる景色と同じく平穏。
     春を迎えるには程遠い恰好をした男は、自動車の疾走音や電車の通過音に言を隠しつつ、
    「無様を晒した奴を高みより嗤うか、……いや、ここは恩を売っておいた方が良い」
     忠誠を誓った訳でもなければ、友と慣れ合った事もない。
     然しその実力を十分に知るツンデレとしては、ラジオウェーブの目的・計画に手を貸しておくのが得策と、その袖口より改造スマートフォンを取り出す。
    「忌々しきソウルボードの監視『バベルの鎖』の隙を伺いつつ、ドブ鼠の如く地下活動を強いられた屈辱、俺の中で炎と燃え滾っている」
     プライドの高い男は、遂に怒りの臨界点を越えたか――彼は声を大にして、
    「我等タタリガミと、灼滅者とかいうブタ共の攻撃によって弱体化した『バベルの鎖』が、煮込み過ぎたおでんの様に解れるのもあと少し……屈強なる我が下僕が、人間の恐怖を極限まで高めてやろう!」
     全力前進ッ!
     と、突き出した拳がバッと開かれるや、男が最強と謳う6体の都市伝説が巨大化し、駅前の平穏を覆い尽くす。
    「最狂のエンターテインメントを供するのは、この俺だ!」
     最後の7体目は自身――。
     男は先に仰いでいた空を背に、行き交う人々を不敵に睥睨した。

     民間活動の評決の結果、『ソウルボードを利用した民間活動を試みる』事が決定し、灼滅者達はその準備に取り掛かる処であったが、ここで『ラジオウェーブ配下のタタリガミによる大規模襲撃』が発生した――。
     日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)より一報を受けた灼滅者達は、当初かなり驚いた様だったが、それも直ぐに凛然に変わる。
    「……数も規模もこれまでにない大きさだな」
    「押忍。兄貴と姉御の活躍で、電波塔というソウルボード内の拠点を失ったラジオウェーブは、その失地を回復する為に、切り札の一つを切ってきたんスね」
     投入されたのは、強力な都市伝説を吸収したタタリガミの有力な者達。
     最高ランクの都市伝説を収集した精鋭を用い、再びソウルボードに拠点を築こうとしているようだ。
    「どうやって」
    「奴等は『多数の人口を抱える地方都市』を、タタリガミも含めて巨大化した7体で襲撃し、住人全てに恐怖を与え、都市伝説を強制的に認識させようとしてるッス」
     鍵となるのは人々の恐怖だ。
     巨大化もその要素の一つだろう、連中は1人の人間をゆっくりじっくりいたぶり、その陰惨を多くの者に見せつける事で、恐怖を増幅させる。
    「やけに目立つ演出をするな」
    「こんな強硬策を取るって事は、それだけ余裕がなくなっている証拠かもしれねーっす」
    「じゃ、コレを叩けば余裕はゼロって事になるかもしれないな」
     と、灼滅者達が『タタリガミと都市伝説の撃破』を目標に掲げた時点で、ノビルは更に言を足した。
    「奴等の目的が『多数の一般人に影響を与える事で、ソウルボードに拠点を作る』事なら、連中の作戦行動を観察する事で『ソウルボードを利用した民間活動』を行うヒントを得る事もできるかもしれないッスよ」
    「ヒント、か……」
     暫し思考の時間が沈黙を作る。
     ノビルは次に敵の戦闘能力を説明し、
    「狙われたのは人口5万人超の地方都市、石川県七尾市。七尾駅前に現れたタタリガミ本体と、奴が分離した6体の都市伝説が撃破対象ッス」
     巨大化した彼等の大きさは約7メートル。
     周辺の商業施設の破壊は行うが、人間を恐怖させる事が目的である彼等は、一般人を直ぐに殺したりはしないだろう。
    「本体以外の都市伝説は巨大化しただけで、戦闘力は普通の都市伝説程度。兄貴と姉御なら2~3人にわかれて、各個撃破する事も可能な筈っす」
    「問題は7体目のタタリガミか」
    「押忍。奴だけは全員が揃って戦わなければ危険なレベルっすね」
     因みに、タタリガミの目的が『バベルの鎖』への攻撃だからか、或いはラジオウェーブの伝播が関係するのか詳細は不明だが、七尾市内では電波障害が発生しておらず、携帯電話等で連絡を取り合う事ができる。
    「あと、タタリガミを撃破すれば他の6体の都市伝説も消滅するんで、タタリガミだけを撃破しても作戦は成功するとはいえ、『民間活動』として『多くの一般人に灼滅者の雄姿を知ってもらう』為には、より多くの都市伝説を撃破してから、本体のタタリガミを撃破するのも良いかもしれないッスよ」
    「成る程な」
     民間活動を視野に入れて――。
     その言葉に、灼滅者達が大きく頷く。
    「俺達の活動によってラジオウェーブが追い詰められているというなら、ここで奴の切り札である精鋭のタタリガミを撃破し、更に首を絞めていきたい処だ」
    「でも、他のダークネス組織と明らかに違う性質を持つラジオウェーブの違いが何なのか分からなければ、彼を真の意味で止める事はできないかも……」
     様々な意見が飛び交うが、人々の命を守りたい、という気持ちは一致している。
     ノビルは策戦を練り始めた彼等を激励し、
    「奴等が現実世界で事件を起こす事でソウルボード内に拠点を建設しようとしているなら、兄貴らは今回の作戦を逆用し、ソウルボードを利用した民間活動を行う事が可能になる筈っす」
     是非とも華麗なる救出・撃破をと、全力の敬礼を捧げた。


    参加者
    万事・錠(オーディン・d01615)
    ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)
    東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(はお布施で食べていきたい・d11167)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)

    ■リプレイ


    「ん~、ご主人様の出番はもっと後だと思ってたよ」
     信号柱を蹴飛ばし、駅北の複合ビルに向かった6歳児……ならぬ巨体が、立体駐車場の隙間に手を突っ込み、慌てて走り出す一台を掴み取る。
     彼は慄く人の表情や悲鳴を硝子越しに観察しつつ、
    「都市伝説事件を頻発して、多くの人にボク等を認識させる事でソウルボードへの侵略を可能にしたラジオウェーブさんったら、折角拠点として建てた塔から電波を出して、ソウルボードの力を都市伝説化したのに……詰めが甘いよ」
     と、窃笑ひとつ。
     更に童心は掴んだ車を宙に一回転、
    「ブッブー、ブーン♪」
     残酷を煽るあどけない声は、然し須臾、鋭い痛痒に止められた。
    「よう、お前が『さとるくん』か?」
    「いだっ!」
    「その物知り顔で、俺達にも教えてくれよ」
     我が手を刺した蠍尾の影を追えば、好戦的な笑みを浮かべた万事・錠(オーディン・d01615)が丁度足元に着地した処。
     時に邪手を離れた車は、落下の間に夢幻の虹が疾るのを見たろう――神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)は光矢の軌跡に衝撃を和らげてやると、表情を固めた儘の乗員に声を置く。
    「大きくても、あの年齢の子だからね。車は諦めて逃げるといい」
    「は、ひゃい……っ」
     海里が拉げた扉をこじ開け、避難方向を指差す。
     車外へ飛び出した男達は、見上げる異様に竦みつつ、また眼前の超常にも目を瞠った。
     絡み合うペチュニアを赤々と、再び伸びる魔手に振り下ろした東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)は、衝撃は苛烈に、声は穏やかに避難の足を支えて、
    「私たちが対処するわ。ああいうのを相手するのは慣れてるのよ」
    「き、君達は……」
     何者かを問う時間も、答える時間も今はない。
     玩具を取られた少年は、凡そ子供らしからぬ剣幕で睨め、
    「……人形遊びはキライだよ」
     眼下の障礙に妖し怪談を語り出した。

     ――御祓町の複合施設で一班が交戦を開始したで候。

     敵の出現地点及び動向は、【忍ばない装束】に身を包んだタテカより逐一聯絡される。
     その鷹の目に導かれた平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)が走るは県道1号七尾輪島線、往き先は小島町のショッピングモール。
     巨大化した相手なら、その異様も轟音も早々と確認できよう、
    「ニ゛ャニ゛ャニ゛ャニ゛ャニ゛ャッッ!!」
     猫の叫声に似た走行音は『黒猫』――荷台に猫印を描いたトラックは、駐車場内の車を次々に弾き飛ばしており、
    「慥かソウルボード内でも爆走車輛を止めた気がするが……」
     僅かな嘆声と共に【PSYインパクトステーク】を構えたキャプテンODは、巨大なタイヤに鋭杭を撃ち込み、先ずは機動を禦さんとする。
     ギャンッと後輪を回す鉄塊に紫電一閃を衝き入れるはゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)。
    「7メートル級の巨体が大暴れして恐怖を煽るのに対し、僕等の動きはあまりに小さい……精々派手に立ち回りましょうか」
     得意分野だと添えた彼は、続くプリューヌが此方も華麗に――高く荷台の上から霊撃を打ち落とすと、淡く口角を持ち上げた。

     ――少女が出現した藤野町が最遠にて候。

     無線に乗る声に了解を返すと同時、開戦の報を入れるはシス・テマ教団の教組と広報室長補佐。
    「さっちゃんは『遠くに行っちゃう』とは歌ったものだが、一番遠かったか」
    「まぁ手間が掛かるだけで、オレは寂しくも何ともないがな」
     ワルゼー・マシュヴァンテ(はお布施で食べていきたい・d11167)が碧落より閃雷の如き槍撃を墜下すれば、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)は身を低く冷気を連れて疾り、天地一体の連携に少女の躯を折り曲げる。
     双対の鉾が無尽と駆ければ、守護の盾も無双と為り、
    「さっちゃんの歌に4番があるって、ほんとだよ? 4番がいちばん怖いんだよ~?」
    「ならばこの【不死贄】、砕いてみるがいい」
     クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)は逃げ行く衆人の命を背負うべく、少女の無垢にて悪逆なる攻撃を受け止める。
    「ソウルボードで触れた人々の魂を、恐怖に染めさせはしない――」
     今も肌に残る温かな感覚に雄渾を得た彼等は、連中の計画を必ずや阻まんと異能の力を揮った。


    「電波塔が破壊されなければ、今頃ソウルボードから生み出された膨大な都市伝説の軍勢が一気に地上を制圧していたろうが……いや、俺は隠密行動の方が慣れている」
     とは、中折れ帽を目深に被った男。
     彼はビル陰に潜んでいた様だが、巨躯は隠しきれよう筈もなく――名犬くろ丸に吼えられ、主のイチに居場所を流される。
    「132号線を挟んだホテル側に居る『二丁拳銃』は、先輩達の班が一番近い、です」
    「ふな! バレたか!」
     慌てて撃鉄を起した殺し屋が狙うは建造物。
     敵は人々の恐怖を煽る演出をよく心得ており、東西の複合施設を結ぶ連絡通路を銃声に裂いた。
    「いけない、上にも下にも通行人が!」
     地上で避難を呼び掛けていたマキノが、3階より崩壊する巨塊に息を呑む。
     あわや彼女までが下敷きに――という時、怪力にて支えるは蔵乃祐!
    「いやぁ立て込んでる時にホントごめん、お誕生日おめでとう!」
    「! もう……先輩ったら。こんな時に、皆が居る所で大胆な……」(ぽっ)
     含羞のあまり頬を寄せる手が口を「3」にする間にも、支援班は颯爽と救助に乗り出し、
    「うあぁあ建物が倒壊する!!」
    「砂を被るくらいは勘弁してね。結構、沢山だけど!」
    「んひゃあああ死ぬぅうう!!」
    「大丈夫! 死ぬかと思うだけだ!」
     千波耶が【7th】の疾走に落下物を粉砕すると同時、空からは葉が人を抱えて飛び降り、砂塵躍る中を華麗に着地する。
     生死の境にあって恐慌に陥る人々を、ヒトハは芳し馨香に導いて、
    「落ち着くです……安全な所に行くですよ……――ぁ、神無月様」
    「人嫌いなのによく頑張っているね。避難所まで任せたよ」
     この時、優が擦れ違い様に頭を撫でる(そして嫉妬した海里がむぎゅり凝着)。
     現場に到着した錠と時生も馴染みの友らとタッチを交わし、
    「アオもちーたんも、ピンクもサンキュ」
    「皆ありがとう! あとは任せて!」
     Here We Are、と鋭い艶笑が【SHAULA】を構えれば、芙蓉の顔(かんばせ)は「我が身を盾に」と蒼炎を纏い、後衛より伸びる堅牢【BlueRoseCross】を腕に巻き付ける。
    「闘いで魅せるのが俺達のミンカツって事で」
    「ええ、人々を恐怖でなく希望に満たしてみせるわ」
    「いいね、悪くない。俺も乗らせて貰うよ」
     一同に義気凛然が漲る中、殺し屋は不敵に笑んで、
    「ひとつ幾らの首かな」
     と、銃口に火花を散らした。

     主力の全員が感情を結んだ優秀も然る事ながら、支援メンバーが彼等と繋いだ絆も固く、鉄の連環が市内の混乱を最小に抑えているのは事実。
     また民間活動として『多くの人に灼滅者の雄姿を見てもらう』為に、群衆を避難させすぎぬよう配慮したのも剴切で、
    「これって特撮じゃないよな?」
    「ああ、俺達はこの光景を現実と受け止めなきゃ……!」
     プリューヌの果敢も、ゲイルが流す夥しい血の量も。
     和守の迷彩装甲が漸う破損していく様も。
    「身を賭して戦う彼等に応え、見届けるべきなんだ!」
     人々は脅威に立ち向かう雄渾を目に焼き付ける。
     県道2号線、藤橋町の商業施設に戦場を移した彼等を迎えたのは、闇雲に御状箱を振り回す褌の男。
    「黒猫の次は飛脚……奇遇か奇縁か、因縁染みたものを感じるな」
    「聞けば褌に触れると福が訪れるとか……まぁ、男の尻を追い掛ける趣味はないんで」
     全ての都市伝説の灼滅を目指す一同に躊躇いはない。
    「あっしが運ぶは死者の魂! お前さん方もこの箱に入りなせぇ!」
    「いや、断る」
     鋼鉄の男は迫る鈍器を腕部の大型機械鋏で迎撃し、凄惨たる波動が大地を揺らした瞬間、血濡れた白皙が抗衡を破る。
    「これで5体目みたいなんで。急ぎます」
    「っぬああ!」
     毒に鈍麻した俊足が、白帯に貫かれ――斃る。
     合流条件も共有していた彼等は頗る手際良く、人々の歓声を背に次の戦場へ向かった。

     ――6体目の『鰐』は、七尾湾河口部に出現して候。

    「身重な人は無理しないでボクに頼って! 安全な場所まで運んであげる!」
     妊婦や幼子の手を引き避難を助けていた桐子は、破壊し尽くされた道の駅に集い始める本隊を見て安堵する。
     最も移動距離を長くした代わり、他班より1戦少なくしたクレンドらが先ず辿り着いたが、此処は地元住民より観光客が多いのが難点。
    「健常な若者よ、貴殿の逃げる足にそこな御老体を連れてってくれ」
     旅は道連れ世は情け、とワルゼーが互助を求める中、明日香は退路の確保に努め、
    「水辺から離れろ! 鰐の胃袋に呑まれるな!」
     既に何人か犠牲になったのだろう、敵の腹の膨らみに舌打つ。
     鞭と撓る尻尾にデモノイド寄生体を噛み合わせた騎士も敵の悪食を睨めていたが、攻勢に転じたのは全員を揃えた後。
    「俺達兄妹に距離は関係ないと思っていたが……やはり一体と為れば心強い」
     生きて、護り、皆を無事に帰す。
     其の為には胃酸の海で叫ぶ命をも助けねばと、琥珀の瞳は煌々と燃ゆる。
    「まだ間に合う。誰も死なせない」
    「ほう、腹を裂くなら我輩も手伝おう」
     面白い、と小気味よく笑った凄艶が疾風の刃を腹に沈ませるや、緋の戦姫は【不死者殺しクルースニク】に血を啜って、
    「食道から一気に捌いてやるぜ!」
     蓋しプリューヌらの一斉攻撃が巨躯を押さえつけた功もあろう――激痛に開いた大口が死を告ぐ代わり、まだ息のある命が生を訴え、彼等の勝利を証した。


    「我が僕を倒してよく来た、と言いたい処だが……中々に焦れたぞ」
     被害は最小に、極力損耗を抑えて都市伝説6体を殲滅した彼等だが、タタリガミを後手に回した代償は大きい。
     今や駅前は怪炎に呑まれ、
    「究極の都市伝説を蒐集した俺こそ強靭、無敵、最強!」
     と男が言う通り、周辺は火粉が躍り、千切れた架線が電光を疾らせる惨状。
     彼は接敵するや包囲陣を敷く灼滅者を幻影に阻み、
    「さぁ、俺の手足を削ぎ落としてくれた礼、聢と受け取れ!」
    「! 最初の狙いは俺達盾役か……ッ」
    「ッッ……回復手段から潰していく気だ」
     クレンドが構えた弓の切先を、和守の腰部に充填された救急具を切り離す。
     また手数を活かしてくると読んだ凶邪は、間を置かず連なる冴撃――ワルゼーと明日香が揃えた猛炎を巨腕に薙払って、
    「激痛に顔を歪め、苦痛を叫べ!」
    「ッ、届かぬか――!」
    「向い側に匿ったゴミ共を、貴様等の無残な姿で恐怖させろ!」
    「くっ、まだまだぁ!」
     衆目を意識してか、言動共に大仰。
     ならばと錠は体幹近く肩口を翠光の五線譜に衝き、
    「……俺は愉しく殺り合えて嬉しいよ」
    「フン、命知らずは早く死を視るぞ」
     耳元で囁いた声に返る悪罵も低く、其は衆人に聞こえまい。
     この間、死角へと回り込んだゲイルと時生は、片や霊刀の一閃に怪炎を断ち、片や自陣に耐性を敷いて攻守を支える。
    「一度頓挫した計画に再挑戦とは、ラジオウェーブも殊勝な」
    「また電波塔を建てるっていうなら、何度でも壊すわよ」
     ラジオウェーブ。
     其の名に男は眦を裂いて、
    「人間を極限の恐怖に陥れ、バベルの鎖を砕くのは奴ではない――俺だ」
    「成る程」
     プライドに比例して口数が多いと、稟性を読むは優。
     彼は全知と謳う男の饒舌を煽り、敵が知り得る情報を引き出さんとする。
    「バベルの鎖は認知されるに従い弱まるのかな」
    「ほう、聡いブタも居るらしい」
     その通りだと頷く全知に声を重ねて。
    「では人の真の力とはタカトの様なものか」
    「あれは光の存在。人では無い」
     再び答えが返る。
     時に透徹たる蒼の焔を操っていた時生は、【待春】の奥に秘めた慧眼を凛々と、
    (「そう言えば、私達が戦った二体の都市伝説もやけに訳知りだったわ」)
    (「多分、この男と僕達はラジオウェーブの最終計画を知っている」)
     地上への大侵攻時に指揮を執る者と、個々に動く筈だった部下なら、地上を支配下に置いた後の策戦も或いは――。
     目配せを受け取った和守は、衝撃の轟音と薬莢の排出音に是を隠す。
     首魁の目的に大体の予想がつくか、ゲイルは皮肉を溢して、
    (「ぶっちゃけタタリガミも僕らもやろうとしてる事は大差ない気はしますがね」)
     彼が帯撃に巨指を拒んだ瞬間、優が海里砲を弾いて更なる問を浴びせた。
    「ベヘリタスの秘宝を得たか、それに類する力を持つのか――」
    「似ているが違うな。ある意味正反対でもある」
     今度の答えは殊に意味深。
     その嗤笑も挑発的であったろう、敵懐に肉迫したワルゼーは閃拳を連れて言い放ち、
    「謎を解けと? それは我輩らに世界を握れと言っている様なものだ」
    「支配の鍵になる謎なら、オレは受け取るぜ!」
     距離を違えて縛鎖を伸ばした明日香は、インパクトの瞬間を合わせダメージを乗算する。
    「ずアァ!」
     以心伝心の連携に躯を折った男の瞳には、戦闘直後から修羅の相形を崩さぬクレンドが映ろう。僕を含め、凶邪の世界観を受け切ったからこそ彼は怒気を露わに、
    「数字を揃えた拘りに美しさを感じる、が! お前だけは気に食わねぇ!」
    「何故だ!」
    「全知と7は関係無いだろう!」
    「ッ、ブタがブーブー文句を言うな!」
     数秘術とか運命数とか言う彼なりの(厨二的)設定を強酸の肉弾に撃ち抜き、最期の楔を錠に託す。
    「全知って割に知らねぇよな」
    「! それはどういう……ッ」
     破壊を尽くした軍庭にも足場はあると、横倒しになった電車を伝った殺気は間合いに入るや迸り、
    「ブタってさ、すげー頭イイんだぜ」
    「なッ……ん……ッッ!!」
     咽喉を貫き、今際の絶叫すら屠った。


     タタリガミの灼滅に成功した一同が制勝の感を得たのは、被害状況を確認した後。
    「駅前の炎上は激しくも、一般人は早々に避難して人的被害は少なく候」
     一際高いビルの屋上より届く通信に、優は漸く一息ついて、
    「タタリガミの力となる都市伝説は拡散が必要……暗躍する必要がないなら、バベルの鎖は邪魔だという事かな」
     と視線を落とす先は、左腕にくっついた海里――でなく右手のPRC-14CS無線機。
     見れば明日香も件の無線機を握って、
    「未だ詳細は分からんが、これまでになく通信が使えたぜ」
     戦略戦術研究部製の品を使う者の多さが窺える。
    「会敵と撃破時、それに移動中もスムーズに連絡が取れたわ」(きりっ)
    「音質もクリアで、ミリタリーマニアの俺も大満足の品質だ」(きりっ)
     深夜の通販番組よろしく、時生と錠がカメラに笑顔のツーショットを送ると、ワイプ画面に映された和守は軽装モードで一言、
    「市街戦時の人気アイテム、是非その手に取って欲しい」
     と、これも良い宣伝。
     続く『ご愛用者様の声』でコメントするクレンドも堂々これを掲げ、
    「俺達が勝利を掴めたのは細かな情報交換のお蔭でもある」
    「あの……僕も、持ってるです……」
     なんと、サポートのヒトハまで!
     圧倒的普及率!
    「……という寸劇はここまでにして。此度はまこと連携が奏功したな」
     こほん、とワルゼーが見渡したのは、避難所に逃げ込み事無きを得た一般人達。
     脅威と戦う姿こそ大功となったろう、始終を見届けた人々は忽ち灼滅者を囲み、
    「あいつらは何だったんだ……?」
    「あんなデカブツを倒してしまうなんて、君達は何者なんだ」
     之には広報活動を担うサポートの葉が――、
    「呼び出しくらったから来たけど、説明とかめんどくさいのは任せるわー」
    「はい、わたしが代わりに説明します」
     いや、千波耶が懇切丁寧に教える。
     ダークネス、灼滅者……初めて触れる真実に人々は戸惑いを隠せぬものの、
    「僕達は異能の力を使いますが、化け物でも鬼でもないです……」
     その奮闘と救助活動を見たからこそ、ヒトハの言に納得できる。
     子供達には安心を与えるのが最善か、イチは震える子らの傍にくろ丸を置いてやり、
    「あのでっかい奴は、強い人達が倒したから、大丈夫」
    「うぉふ!」
    「ぶええぇぇ怖かったよぉぉ!」
     桐子は脇にしがみつく幼子を明るい笑顔で勇気付ける。
    「ねえ、また来たりしない?」
    「ボク達が何度だって助けに来るから、だいじょーぶ!」
     時に負傷者を癒していた蔵乃祐は、自身にも走る傷に心配を寄せられたが、
    「邪悪に立ち向かう力とバベルの鎖が有る限り、僕は傷付く事を厭わない」
    「……我々に戦う力はなくとも、君達を支える術はないだろうか?」
     その歩み寄りに、この場に居る灼滅者達が確かな一歩を実感する。
     避難所を遠巻きに眺めていたゲイルは、静かに言ちて、
    「支配者がダークネスから灼滅者に変わるだけの未来しか見えないとしても、今は」
     投げられた賽の出目に翻弄されぬよう、やれる事をやるのみ――と脣を結んだ。

     斯くして七尾市内を襲った7つの大過を退けた灼滅者達は、ラジオウェーブによる壮大なソウルボード計画を打ち破り、また市民の恐怖を払拭して大成功を収めた。
     この大いなる決戦を制した彼等に平穏はあるか――否。真実と謎、其々の欠片を得た彼等は『ソウルボードを利用した民間活動』に踏み込む段階に至り、時は愈々加速しよう。
     ――止まるな。動き、考えろ。
     炎煙ぶる瓦礫の上に立った灼滅者達は、人々より寄せられる不安と期待を担いつつ、其々の拳を強く握り締めていた――。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年3月29日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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