決戦巨大七不思議~山地に現る深海の恐怖

    作者:泰月

    ●出でよ深海生物ー
    「予定より我輩達の出番、早まったなぁ。まぁ、確かに『バベルの鎖』はこれまでに無く弱体化しているし……ラジオウェーブは、ここで一気に人間の恐怖を煽って鎖を引き千切る気かな?」
     利根川を吹く風に吹かれて、痩せこけたの男が呟く。
    「さて。彼の思惑通り、人間は真の力を取り戻せるのかね? まあ、動くとしよう」
     手にしたスマートフォンから上げた男の目が、妙にぎょろりと輝いた。
    「我輩が創造し、喰らった深海生物怪談で、海に馴染みのない人間を恐怖のドン底に落とすのは! 実に、実に、実に楽しそうだしねぇぇぇぇぇ!」
     男がそう叫んだ瞬間、その姿が溶ける様に形を崩しながら、且つ膨らんでいく。
     男――タタリガミは大小様々な手がついた長い腕が十数本ほど生えた巨大な白い物体となった。
    「これが恐怖のセンジュナマコ! そして、出番だ! ギンザメ、ニンジャカラスザメ、コウモリダコ、オニキンメ、ユメナマコ、フクロウナギ!」
     タタリガミの白い体から飛び出したのは、地上に現れる筈もない6つの魚介類――の様な何か。翼があったりほとんど半魚人のようなものもいたりする。
    「殺さない程度に遊んで来い! この山間の町に深海の恐怖を刻み込んでやれ!」
     タタリガミと同じくらいのサイズに巨大化した6体が、町の各地に散っていった。

    ●襲撃の報
     民間活動の評決の結果、武蔵坂学園は今後『ソウルボードを利用した民間活動を試みる』ことになった。
    「それで、その準備を始めてたんだけど、その前にラジオウェーブが動いたわ」
     夏月・柊子(大学生エクスブレイン・dn0090)は、教室に集まった灼滅者達にそう話を切り出した。
     電波塔というソウルボード内の拠点を失ったラジオウェーブは、その失地回復の為に『配下のタタリガミによる大規模襲撃』と言う、恐らくは切り札を切ってきた。
    「配下のタタリガミ達によって、『多数の人口を抱える地方都市』が巨大化した7体の都市伝説に襲撃されているわ」
     都市の住人全てに恐怖を与え、都市伝説を強勢的に認識させる事で、ソウルボードの拠点を再び作ろうという算段のようだ。
     今までに比べ、随分と強引で目立つ手段である。電波塔を失った事で、ラジオウェーブ側に余裕がなくなっているのかもしれない。
    「街もソウルボードも守る為に、タタリガミと都市伝説の撃破をお願いするわ。それと、今回の敵の行動、観察しておくといいかもしれないわ」
     敵の目的が『多数の一般人に影響を与える事で、ソウルボードに拠点を作る』ことであるなら、そこから『ソウルボードを利用した民間活動』を行うヒントを得る事もできるかもしれない。
    「皆に行って貰うのは、群馬県。渋川市中央部、山間部の都市よ」
     東西を赤城山と榛名山に挟まれた山間地である。
    「敵は本体のタタリガミと、タタリガミから分離した6体の都市伝説。いずれもサメとかナマコとかタコとか深海生物をネタにタタリガミが創造したものらしいんだけど……」
     柊子が言い淀んだのは、なんかもう原形がないからだ。
    「例えば、タタリガミは、センジュナマコと言い張る、1mほどの巨大な手が幾つもうねうね生えた白い物体だし」
     その手で、周囲の人を掴んでみたり突いてみたりしているらしい。
     なんとも嫌がらせじみた行為だが、敵の目的は、多数の人間に恐怖を与える事だ。
     生きていなければ、恐怖も何もない。
    「6体の都市伝説は都市のあちこちに散らばってるけど、7m前後まで巨大化しているからすぐに見つかる筈よ」
     巨大化してはいるが、都市伝説の能力は通常の都市伝説とさほど変わらない。
    「2、3人で対抗できるレベルだから、各個撃破も出来る筈」
     しかも、理由は不明だが、都市内では電波障害が発生していないので、携帯で連絡を取り合う事も可能のようだ。
    「ただしタタリガミは別。8人全員で当たる様にして」
     今回の襲撃を実行しているタタリガミは、最高ランクの都市伝説を吸収して収集した精鋭達だ。
    「タタリガミを撃破すれば、他の6体の都市伝説も消滅するわ。だから、必ずしも全ての敵を倒す必要はないんだけど――」
     『民間活動』として考えれば、なるべく多くの都市伝説を撃破してからタタリガミを撃破する事で、一般人に灼滅者の雄姿を知らしめる事になるかもしれない。
    「こんな強引で目立つ手を打ってきた事からも、ラジオウェーブが余裕を失っているとみて間違いない筈よ」
    「つまり、この襲撃を阻止すれば、追い込めるという事らしい」
     黙って話を聞いていた上泉・摩利矢(大学生神薙使い・dn0161)が、柊子の言葉を引き継いで声を上げる。
    「今回は私も行くことにした。街を守る方を手伝うよ。古巣の近くだしな」


    参加者
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    神凪・陽和(天照・d02848)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    繭山・月子(月桂の魔女・d08603)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    茶倉・紫月(影縫い・d35017)
    アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)

    ■リプレイ

    ●幻影のギンザメ
    「ど、どこだ! あの化け物はどこに――!?」
     街中に、ビニ傘やモップを手にした人々が集まっていた。
     困惑と警戒が同居している彼らの背後の空間に、どこからか飛来した鋭く冷たい氷柱ぶつかり、弾け飛ぶ。
    「ギッ!?」
    「で、出たぞ! 化け物だ!」
     すぐ背後にいた半魚人から慌てて距離を取ろうとする人々。
    「大変恐怖を与える見た目ですね。即刻、退治します」
     彼らの頭上を軽々と跳び越え、神凪・陽和(天照・d02848)が白地に金の百合が繍しい衣装を翻し、獣の銀爪を霜に覆われた半魚人に叩き込む。
    「ギギギ……」
     立て続けに攻撃を食らった半魚人が、スーっと姿を消す。
     人々の目には、そう映っていた。
    「またよ! また消えた、あの化け物!」
    「大丈夫だ。私達には見えている」
     背に展開した翅を輝かせ、ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)が、狼狽える女性の背後の空間を槍で貫いた。
     モヤのようなもので自らを覆った半魚人がそこにいるのが、2人には見えていた。
    「大した手品じゃないな」
    「隠れんぼに付き合う気はありません」
     刃の様に鋭い鰭を振り上げるギンザメに、ルフィアと陽和が飛びかかった。

    ●忍ばないニンジャカラスザメ
     街に手裏剣が降り注ぐ。
     深海の様に自在に宙を泳ぎ回る、真っ黒な巨大ザメが口から吐き出す手裏剣が。
     斬られた標識が転がり、自販機にも手裏剣が突き刺さっている。
     そしてその刃は、逃げ惑う人々にも追い立てる様に降り注いでいた。
     カンッ! カカカンッ!
     硬い音を立てて、手裏剣が弾かれる。
    「もう大丈夫だよ。あの手裏剣は、ボクたちが全て食い止める!」
     周囲の人々に向けて言いながら、無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)が光の障壁を展開した拳で、手裏剣を次々と叩き落としていく。
     空を泳ぎ回る敵を撃つ手段の用意が理央にない以上、ここは守りに徹する他ない。
    「よし。落ち着いて、怖がらないで、考えてみて欲しい――ギャグだろ、アレ」
     ゆらゆらと炎が揺れる蝋燭を掲げながら、茶倉・紫月(影縫い・d35017)も人々に声をかけた。
    「山に海の生物が出るか普通。しかも空を泳いで、手裏剣を吐く。この場は怖がるより、そんな生物がいるかとツッコミを入れるタイミングだ」
     流石にツッコミの声が上がることはなかったが、人々の表情から、恐怖の色は少なからず薄れていた。
     それで十分かと思いながら、紫月は蝋燭の赤い炎を巨大ザメに撃ち放つ。
    「凍れ」
     続けて、新沢・冬舞(夢綴・d12822)の放った氷柱が突き刺さり巨大ザメの背鰭を凍らせる。
    「急ぐのでな――手早く片付けさせて貰うぞ」
     冬舞は意志持つ帯を翼の様に広げて、巨大ザメに畳みかける。

    ●翼の生えたコウモリダコ
     バッサバサバサッ!
     大きく広げた翼の羽ばたきの音が響く。
     その音の主は――巨大なタコだった。凧ではない。蛸の方だ。
     タコは羽ばたいたまま足を長く伸ばして、地上の人々を捕まえている。
    「これ以上、させっかよ!」
     人々を捕らえているタコ足を、飛び出した槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)が打ち払った。
    「人を恐怖に陥れるお噺の結末、絶対に変えます」
     普段は意図的に閉じている左目も開いて、アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)が縛霊手を掲げる。
     内臓の祭壇が構築した結界が、上空のタコを捉えた。
    「さあ、早く避難して下さい。あんなちゃちい偽物の深海生物、シスター月子が灼滅しちゃいますから♪」
     タコ足から解放された人々に笑顔で言いながら、繭山・月子(月桂の魔女・d08603)は十字架と共に青みを帯びた槍を掲げた。
     先端から放たれた鋭い氷柱が、結界に取られたタコに突き刺さる。
    「――!」
    「大丈夫、俺らに任せとけ! 良かったら安全なとこで、これでも食ってて」
     凍り付いても構わず人々を狙うタコ足を打ち払いながら、康也が差し出したのは缶おでん。守りに専念するしかない分、人々に気を遣う余裕も生まれると言うものだ。
    「多少想定外ですが、問題ありません」
     淡々と告げて、アリスが帯で凍ったタコ足を撃ち砕く。
    「アウリン、回復はお願いね♪」
     ナノナノに指示を出しつつ、月子はオーラの弾丸をタコへと撃ち込んだ。

    ●InterMission
    「向こうは安全です。このまま、逃げて下さい!」
     半魚人、サメ、タコ。3体が消えた方向へ、神鳳・勇弥は街の人々を誘導していた。
    「おい、何が起きている。あの化け物は――」
    「今は俺達を信じて下さい。仲間があのデカブツ達を倒しに向かっています。必要なら、あとで詳しく話ますから」
     時にはESPで好感を得ながら、人の流れを概ねコントロールしていく。
    「上泉さん? こっちは終わった。次の地区に向かうよ」
     人手は十分とは言えないが、今いる人数で出来る事をするより他にない。

    ●開かずのフクロウナギ
     生臭い匂いを放つねっとりとした液体に塗れた人々が、呆然と座り込み、或いは横たわる光景が続いている。
     その先で、巨大な頭部の口で人々を丸呑み&リバースし続けたウナギと、灼滅者達の戦いが繰り広げられていた。
    (「……これはギャグだとか、ツッコミ要員が足りないとか言ってられないか」)
     道中で目にした光景に、紫月は胸中で呟いて蝋燭を掲げる。
    「確か、ウナギだったな。とりあえず、白焼きにでもなってろ」
     紫月の放った赤い炎に焼かれながら、ウナギは頭部に比べると異様に細長い体をしならせる。
    「っし!」
     ヒュッ、パンッ!
     空気を裂く音と弾ける音が、立て続けに響く。
     鞭の様に振るわれた尾の先端を、理央の拳が叩き落とした。
    「その程度の高さなら」
     間髪入れずに跳び上がると、理央は雷気を纏った拳でウナギのあごを突き上げる。
     ――シャァァァ!
     蛇の威嚇のような音を鳴らし、ウナギが反転と同時に飛び出した。
     先んじて冬舞が回り込んでいたが、一口で車ごと飲み込めるウナギの大口に呑み込まれ――た直後、べっと吐き出された。
    「どうだ、毒の味は」
     冬舞が口の中に放った毒の霧に、のたうち回るフクロウナギ。その頭を、束縛にも似た想いの込められた帯で紫月が撃ち抜いた。

    ●夢灯ユメナマコ
     ネオンの様に、色取り取りに輝く巨大なナマコが漂っている。
     その後ろには、虚ろな目をした人々が行列を成していた。
    「聞く耳があるとも思えませんが、後ろの方々を解放して貰いましょうか」
     澄濁2つの青い瞳で見据えて、アリスが意志持つ帯を放つ。
     ナマコの巨体に楔の様に撃ち込まれた帯。その上を、康也が駆ける。
    「そんなもん、効くか!」
     放たれた光を避けずに突っ切っると、康也は片腕を獣化させながら飛びかかる。
     銀の爪を突き立て、真っ直ぐに引き裂いた。
    「~♪ ~~♪」
    (「シスター服でこの歌を歌えるなんて……♪」)
     ナマコの放つ光に対するは、歌。月子はその姿でアンセムを歌える感慨を噛みしめながら、朗々と高音を歌い響かせる。
     灼滅者に光が効かないと悟ったか、ナマコが全身を明滅させる。
    「今更何をしても、無意味です」
     淡々と告げて、アリスが大鎌を振るう。かつてある六六六人衆が持っていた業物から、漆黒の波が放たれる。
    「これで、ぶっ飛ばす!」
     波動で弱まった光の防壁を打ち砕いて、康也の振るう鋏がナマコに突き刺さった。

    ●オニキンメ・ザ・オーガフィッシュ
     ガリガリガリッ!
     灼滅者達が避けた牙が、ドリルの様な音を立てて壁に突き立ち、噛み砕いていく。
    「手当たり……いや、口当たり次第だな」
     牙がかすって朱が滲む肩を横目に、ルフィアが呟く。
    「まるで悪食の鬼のよう――もしや、それでこの方角ですか?」
     言いかけた自分の言葉に、陽和がふと自問する。
     ――鬼門。
     陰陽道で、鬼が出入りするとされる方角。街の中心から見れば、この辺りは凡そ、その方角の筈だ。
    「何にせよ、大きければいいって訳ないでしょう」
     陽和の影が膨れ上がり、凰となって半魚人の巨体を覆いつくす。
     だが、半魚人は影が戻るなり、牙を剥いて飛びかかってきた。
    「っ!」
     ぎょろりとした金の目を見据えて、陽和は自ら飛び出した。急所を避けつつ、噛まれる事で動きを止める。
     ルフィアが杖を当て、魔力を流すには十分な時間。
    「ギギッ!?」
    「もう一発だ」
     立て続けに、2発の魔力が爆ぜた衝撃に、半魚人の牙が砕け散る。
     そのまま、ゆっくりと消滅していった。
    「さてと。それじゃ急ぐか」
    「流石に2人は、少し手こずりますね――これから向かいます」
     インカムにそう告げて、既に連絡があった仲間と合流すべく、2人は牙痕の残る街を駆け抜ける。

    ●そしてセンジュナマコ
     うねうね蠢く、十数本の触手。いや、触腕と言うべきか。
     その先にある人のそれと大きさ以外は変わらない手が、人々を捕まえ、ぶらりと持ち上げ宙吊りにしたり、地面に押さえつけていた。
    『抵抗はもう終わりかね? 頑張れば、逃げられるかもしれないぞ』
     わざと抵抗できる程度の余裕を残して、人々を捕まえ続ける触腕。
    「――その汚らわしい手を放しなさい!」
     陽和の声と同時に閃いた銀の爪に、その1つが切り飛ばされた。
     さらにもう1つ銀爪が閃き、帯が撃ち抜き、氷柱が凍らせ、影が絡みつき、雷気の拳が打ち抜いて、次々と触腕から人々を解放していく。
    『やはり来ちゃったかい、灼滅者』
    「ああ、来たぜ。他の都市伝説は全部ぶっ飛ばした! 最後にてめーをぶっ飛ばして、全部守り切る!」
     片腕を獣に変えたままの康也が、タタリガミを見上げて言い放つ。
    『何故かね?』
     内に秘めた炎の様に熱い康也の視線を柳に風と受け流し、タタリガミが告げる。
    『我輩、何もしていない――などと言う気はないがね? 我輩が何の為にこんな事をしているのか、知ってからでも――』
    「人の真の力とやら、か」
     タタリガミの言葉を、ルフィアが遮った。
    「もしお前達の言う通りに、人に元々力が備わっているのだとしたら、それはタカトのような力か?」
    『タカトだと? あれは光の存在だ。あんなものが人の力に見えたのか?』
     ルフィアが続けた言葉が、意外だったのか。タタリガミが呆れたような声色で返す。
    「そうか。まあ、違うなら、それでいいさ。どんな目的があろうと、こんなやり方は認められんからな」
     軽き物の証たる名を持つ槍を構え、ルフィアが言い放つ。
    「いきますよ三流作家さん。わたしたちとあなたの格の違いを教えてあげましょう」
     宣戦布告も同じ言葉に同意を示したアリスが、淡々と挑発するような事を言いながら大鎌を振りかぶる。
     鋭く冷たい氷柱と、漆黒の波動がタタリガミに浴びせられた。
    「そのブヨブヨの身体、凍らせて削ぎ落しちゃいますよ」
     月子も青みを帯びた槍を向け、氷柱を放ちタタリガミの身体を凍らせる。
    「凍ってない側は焼いてやる。焼きナマコなんて食っても美味いとも思えんが、火を通せば不味くとも食えなくはないって誰かが言ってたしな」
     さらに紫月は、蝋燭から赤い炎を放ってタタリガミにぶつける。
    「折角潰したソウルボードの拠点、再建なんてさせる筈ないよ」
     そう言い放ち、理央が障壁を纏った拳を叩き込む。
    『戦いは避けられんか。仕方ない――ところで我輩、常々思っていたのだ。このセンジュナマコと言う深海生物、名前に対し触手が少なすぎると』
     突然、そんな事を語りだしたタタリガミの身体がボコボコと波打ちだす。
    『だから我輩は、創り、語るのだ。センジュの名にふさわしい姿を!』
     そして、生えた。灼滅者達に破壊された以上の、触腕が。

    ●真骨頂
    『ただの人間相手に、我輩が全力を出す筈がなかろう』
     数十本――いや、百を超えるか。流石に千手はないだろうが。その全てが幾つかの束となって、灼滅者達を襲う。
    「大きさの次は数ですか。増やせば良いというものでも――くっ!」
     陽和が避けようとした刹那、束の1つが拡散し、巻き付いた。そこに、もう1つの束が拳の奔流となって降り注ぐ。
     締め付けと物量打撃の二連撃。万全ならまだしも、先の2戦で少なからず消耗していた陽和では、耐えきれず地に叩き伏せられる。
    『我輩の深海生物怪談を全て倒したのは流石だがねぇ。そんな手負いの身体で、8人分を遥かに超える数の触腕、耐えられるものかよぉ!』
     嘲笑じみたタタリガミの声が響き渡る。
    「てめーは、絶対許さねぇ。絶対、ぶっ飛ばす!」
     激しい怒りを隠そうともせず、康也が鋏を振るう。触腕を数本、まとめて斬って鋏に喰らわせる。
    「増やしたところで、鍛えてない拳など――!」
     理央も鋼の如く鍛えた拳のストレートで、触腕をまとめて打ち砕いた。
    『ちっ。こいつら――』
     増えたなら、また破壊するまで。灼滅者達の攻撃で、千切れた触腕が宙に舞う。
    「っ!」
     長い得物であれば、死角は必ず生じる。冬舞が黙々と肉薄し、刃を振るう。
     だが、タタリガミの武器は触腕だけではない。
    『もしもし? わたしギンザメ! 今、あなたの後ろにいるの――』
     タタリガミの語る奇譚で、半魚人の姿が浮かび上がる。まるで最初から、灼滅者達の中にいたかの様に。
    「アウリン!」
     月子の警告も間に合わず、音もなく振り下ろされた刃のような鰭に斬り裂かれ、アウリンが消滅する。
    (『押している――我輩が押している、筈だ』)
     だが、タタリガミは内心、不安を抱いていた。灼滅者達の勢いが、まるで衰える様子がなかったからだ。
    『まだやる気か――!』
    「当然です。悲劇の結末しか生まないタタリガミを、わたしは許しません」
     次第に声に焦りを滲ませるタタリガミと対照的に、アリスは淡々と告げる。放たれた意志持つ帯が、触腕を掻い潜って本体に突き刺さった。
    『この――っ!』
     タタリガミが放った触腕の束は、しかし誰もいない地面を陥没させただけだった。
    「その腕、あまり慣れてないだろ」
     高速で回り込んだ紫月がタタリガミの触腕を、根元ごと斬り飛ばす。
    「百でも千でも、束ねていれば1つの拳に過ぎない」
     空いた隙間を駆け抜けて、理央が雷気を纏った拳を叩き込む。
     タタリガミは触腕1本1本、全てをバラバラに自在に操れていない。短い攻防で、灼滅者達はそこを見抜いていた。
    『くそっ……こうなったら人間を盾に――……な、なぜ誰もいない。我輩から逃げる気力もなかった連中が!』
    「無駄だ。貴様の手は、もう届かん」
     狼狽えるタタリガミに、冬舞が淡々と告げる。
     薄く殺気を広げたまま槍を向け、鋭く冷たい氷を撃ち込んだ。
     背の翅を輝かせたルフィアが、凍った触腕に跳び乗った。
    「まあ、中々のスリルだったな」
     生命を構成する物たる杖から流し込まれた魔力が、触腕を伝いタタリガミの巨体の中で破裂する。
    『むぅ……うまい言い回しが浮かばん程に、我輩の完敗であるな』
     力を失った触腕が先から、ぼとり、ぼとりと崩れ落ちていた。

    「アーメン」
     崩れ消えゆく巨体を見上げ、月子が厳かに十字を切る。
     やがて、残骸も全て光と変わりそのまま消えて――。
    「あなたの怪談はわたしが頂きますよ、三流作家さん。わたしと共にいきましょう」
     アリスの澄んだ青い左目に、都市伝説の残滓が光の粒子となって吸い込まれていく。
    「……そう。終わった。もう戻って貰って、大丈夫」
     それを眺めながら、紫月が摩利矢に連絡を入れていた。
    (「……あまりにも好き勝手されすぎだな。この戦いの先になにが待つのか」)
     荒れた周囲を見回し、冬舞が小さく嘆息する。
     街は無傷とは言えない。だが、ラジオウェーブの計画、その一端を潰した灼滅者達によって、そこに住む人々は守られたのだ。

    作者:泰月 重傷:神凪・陽和(天照・d02848) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年3月29日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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