幸せ連れの白き花に呼ばれて

    作者:篁みゆ

    「春の日差しも心地よくなって参りましたものね」
     花の水彩イラストがワンポイント入ったカードを手にして、向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)は微笑む。
     ここ数年、この時期になると届けられる匿名の招待状には、春を楽しむ誘いが記されていて。
    (「きっと……楽しい一日になるでしょう」)
     招待状の送り主は、今年もきっと他の者にも声をかけているだろう。楽しんでいる者の姿を見るのはユリアも好きなので、その気持ちはよく分かる。
    (「たくさんの方が、ゆっくりとした時間を、楽しい時間を過ごしてくだされば……私も嬉しいです」)
     もう一度招待状に目を落として、お弁当の用意が必要でしょうか、などと考えはじめる彼女なのだった。

    ●桜ではなく……
    「お花見に行かないかい? ……といっても桜じゃないのだけれど」
     灼滅者たちにそう声をかけたのは神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)だ。机の上に広げられているのは、所々に緑が散りばめられた白い写真――否、よく見ればそれは、シロツメクサが咲きわたる草原の写真だった。
    「風が冷たい日はあるけれど、寒さも流石におさまってきたし、シロツメクサの草原でピクニックを提案しようと思ったんだ」
     シロツメクサのその可愛い花を使って、花冠や指輪を作った事がある者もいるだろう。自分のために、あるいは誰かのために四つ葉のクローバーを探した経験がある者もいるかもしれない。
     心地よい風の吹く日、ぽかぽかおひさまの下で一面に咲くシロツメクサを眺めてのんびりしたり、持ち寄ったお弁当やお菓子を食べたり、詰んだ花で花冠や指輪を作ったり、四つ葉のクローバーを探す競争をするのも面白いかもしれない。
    「近くにある商店ではテイクアウト用の軽食やお菓子、ソフトクリームの販売もしているみたいだから、そこで調達してくるのもいいかもしれないね」
     ただし、ゴミは持ち帰るんだよ、と瀞真は優しく笑う。
    「シロツメクサの花言葉も、調べてみるといいかもしれないね。いろいろと興味深いと思うよ」
     どういう意味に取るかは、君たち次第だけどね、と瀞真はいつもの穏やかな顔で告げた。


    ■リプレイ


     萌ゆる緑の香りを、陽だまりを抱いた風が運んで行く。
     心地よい陽気の中、草原は一面、白と青葉の絨毯を敷き詰めたようだった。

    「白詰草好きだから……草原、楽しみ」
    「一面に咲く白詰草はきっと綺麗でしょうね」
     ぼんやりと白い花に思いを馳せながら紡がれたイチの言葉に、隣を歩く奈那は小さく口元を綻ばせて返す。ふと彼の足が止まり、奈那も足を止めてその視線を追うと……。
    「あ、ソフトクリームの店……井瀬さん、買って良い?」
     不意に降りてきたその視線に「私も」と笑顔で応じる。
    「わ……これ凄い……癒やし効果半端ない……」
     甘い白を手にしたイチの無表情が、目の前の緑と白に心なしか綻んで。
    「気持ちが穏やかに……、青和さんの言う通り癒やし効果ですね!」
     視界に映る同じ景色に、奈那も声を上げる。
     シートを広げて並んで座る頃には、手にした白が溶け出して、慌ててふたりで舐める。イチが持参した飲み物と苺大福を並べれば、人心地つける空間に。
     ゆったりと流れる時間と甘味をふたりで楽しんで一息ついた頃に、イチが立ち上がり近くの白詰草の前にしゃがみこんだ。
    「んー、四つ葉ないかな……あったら、井瀬さんにあげるね」
    「え、私にですか……?」
     どうしたのだろうと隣にしゃがんだ奈那はイチの行動の意図を察したが、それが自分のためだと知れば、驚きの声が漏れて。
    「……あ! それでは私は青和さんの四つ葉を探しますね」
     そう答え、やがて指に触れた四つ葉に希う――優しい彼に幸福が訪れますようにと。
    (「ぐぅ……これは恥ずかしい……」)
     視界に入ったそれを、見失わないようにと急いで手を伸ばしたイチは、事前に調べた花言葉を思い出さずにはいられなかった。ただ幸運を願うだけでなく、願望や欲望を乗せたその花言葉に恥ずかしさを覚えるけれど。
    (「でも……うん」)
     摘み取った四つ葉を、イチはゆっくりと差し出した――。

    「気持ちいーなー」
     吹き渡る風、差し込む春の日差し。暖かくて気持ちいい。思い切り伸びをした春の隣に、紗奈はしゃがみ込む。
    「ナツマにお土産作ろうかな」
     少し分けてねと白い花と緑の葉に告げて、手慣れた様子で彼女が作り出したのは小さめの花冠。くるくると動く彼女の手が花冠を編み出す様子は横目で見ていてもまるで魔法のよう。
    「できたっ。ね、ね、春見て」
     花冠を乗せた黒の豆柴が、ちぎれんきばかりにしっぽを振っている様子を想像すると、自然と笑みが浮かぶ。
    「おーすげ、あいつに似合いそう」
     春もまた、誇らしげな黒の霊犬を思い浮かべた。
    「なあ、それ良く見せて」
     好奇心で伸ばした春の右手は、紗奈の細い指先に絡め取られて。くい、と引き寄せられたかと思うと、いつの間にやら彼女が隠していた白と緑の輪がはめられていた。
    「今年もたくさん試合で活躍できるよ」
     きょとんと瞬いた彼の瞳を見つめ、紗奈は笑む。四つ葉を編み込んだその輪には、白球を掴む彼のその手に祝福をと祈りを込めていた。
    (「でも、幸運って言うと少し違う気がする。だってきっと、春は実力で掴んでいくんだ」)
     ――だから。
    「わたしがずっと応援するよ、約束」
     腕の環を青空に掲げてみると、ちらりと緑の姿が見える。彼女の言葉が風となって、どんっと背中を押した心地がした。ふはっと笑ってしまったのは、胸がじわじわくすぐったくなるのに耐えきれなくなったから。
    「……お前ってほんと」
     ――ズルい奴。
    「え、なに?」
    (「そんなんもっとうまくなるしかねーじゃん」)
     不思議そうに首を傾げる彼女から目を離さず、心の中で強く思う。格好悪いトコなんて見せられない――ちっぽけだけど大事な男のプライドを、ぎゅっと拳に握り込んで。
    「じゃあ、ちゃんと見とけよ」
     彼女に向かって突き出した拳は、約束の指切りの代わり。そっと、紗奈が同じように差し出した拳と春の拳が触れる。
     その温度が心に響いて、紗奈は微笑み返した。

    「シロツメクサの草原……何か物語の1ページみたいね。ここで冠作って将来の約束を、とか定番だけど」
    「そうですね。シロツメクサのお花見、なんてなんだかロマンチックで可愛らしいですね」
     草原を見つめ春風に揺れる髪に何気なく片手で触れた百花の隣で、侑二郎は彼女に言葉を向ける。
    「ロマンチックついでにひとつ、俺のワガママに付き合ってもらえませんか?」
    「……ワガママ? 何かしら」
     彼女の視線が自分を捉えたのを確認して、侑二郎はその場にしゃがんだ。そして摘んだ一輪の白い花の茎で円を作り、器用に結ぶ。
    「百花さん、手を出してもらえますか?」
    「?」
     彼に言われるがままに差し出した百花の指に、優しい手付きではめられたのは指輪。
    (「花冠じゃなくて指輪な辺り可愛いわねー……」)
     自分の指で咲く白い花を見つめる百花は、次の瞬間耳を疑った。
    「俺、きっと百花さんに見合う男になりますから。それまでこの指は、予約させてもらえませんか?」
     咳払いののちに真摯な瞳で紡がれた言葉は百花にとって予想外のもので。
    「よ、予約? ……予約ってその、そう、いう?」
     顔を赤く染めた彼女。自分の顔もお揃いになっていることを棚に上げて、侑二郎は思わずふふ、と笑みを漏らしてしまった。
    「あー、えっと……予約は指だけで良いの?」
    「え、他の予約、ですか!?」
     予想外の言葉に慌てさせられるのは、今度は彼の番。
    「式場とかそういうことでしょうか、さすがにそれはちょっと早すぎるような……!」
     とっさに返ってきた素っ頓狂な答えに、百花はつい笑ってしまう。
    「ロマンチック台無しね。ふふ、ゆーくんらしいけど」
     そんな事を言いつつも、指輪を眺める瞳は嬉しそうで。
    (「まあ、そういうところが好きなんだけどね」)
     自分の勘違いに気づいたのか、更に慌てる彼の気配を一番近くに感じつつ、彼女は心の中で思いを確認するのだった。

    「日本でも四つ葉のクローバーは幸運を呼ぶと信じられているんですね。フランスでもそのように信じられているから、不思議な繋がりを感じます」
    「そうですね。チセさんも、これから四つ葉を?」
     ユリアに問われたチセは、自分の力で見つけるのです、と告げて彼女と別れた。広い草原を見渡しながら歩いて、なんとなくここかなー、と感じた場所でしゃがむ。直感だよりだが、探す手は葉を傷つけないようにと優しい。
    (「むぅ、なかなか見つからないです」)
     もう少し遠くにあるのかと思い直し、立ち上がってスカートの裾を軽くはたく。自然と、視線は下を向いて。
    「……あっ」
     思わず声を上げたのも無理はない。再びしゃがみ直したチセの足元に、探していた幸運が芽吹いていたのだから。
    (「すぐ傍にあるからこそ、わからなかったりするのね」)
     優しい手付きで四つの葉を揺らすそれを摘んで、そっと胸元で抱きしめる。大切に持ち帰って、お守りにしよう。

     風呂敷包みを手にした炎次郎は運良く目的の人物達をすぐに見つけ、そちらへと小走りで急ぐ。
    「あら、迦具土さん」
     彼に最初に気づいたのは、瀞真とユリアと共に歓談していたセカイだった。どうぞ、と空けられた場所に座ると、炎次郎は風呂敷の結び目を解く。
    「今日はお2人にプレゼントがあってきたんや」
     お重の蓋を開けると――。
    「わぁ……」
     その場にいる3人から漏れた声の抱く心は、感嘆。
    「ほら、前の神童さんの誕生日の時に俺は生八ツ橋作るんが得意言うてたやろ? せやから、今回は俺の手作りの八つ橋持って来たで」
     こしあん、抹茶あん、いちごクリームの三種類の八つ橋は、味に合わせて見た目も色鮮やかで。
    「あの時は食べさせたる言うて……ずいぶんお待たせしてすんませんな」
    「あの時僕はお茶を点てるって言ったね。今は準備がなくて申し訳ないな」
    「凄い、お土産で売っているものとおなじですね!」
     ふたりとも実現まで三年の時を要したことなど全く気にしていないようだ。むしろ炎次郎がその約束を覚えていてくれたことが嬉しい、と微笑む。
    「遠慮せず食べてや」
     そう告げられてユリアはいちご、瀞真はこしあんに手を伸ばす。
    「姫条さんも良かったらどうぞ。ただし、あんまり食べ過ぎたらあかんよ?」
    「まぁ! わたくしも戴いてしまって宜しいのですか? どれも美味しそう……」
    「とても美味しいです! 毎日いただきたいくらい」
     ユリアの感嘆の言葉に頷く瀞真は、いつの間にか全種類1つずつ食べたようだ。
    「おだて過ぎもあかんよ? おだてんでも今度また作ったるから」
     冗談っぽく笑う炎次郎。約束と言うほど強固なものではないけれど、未来を感じるその言葉が嬉しい。
    「お茶が入りました」
     セカイから受け取ったお茶を飲み干したユリアはでは、と立ち上がって。
    「私もあの時の約束を」
     セカイに手を差し出し、果たす約束。
     ふたりの柔らかな歌声は、春風に乗せて。

     購入したサンドイッチを片手に、袋のもう片方を隣に座る昭子に差し出す純也。彼と出向くには、場所も時間も珍しいなと思っていた昭子は。
    「……ほんとうにめずらしいですね?」
     そう告げつつも半分をありがたく受け取って、いただきますと口に含む。
    「あとで、ソフトクリームも食べにゆきましょう。おいしそうでした」
     彼女の言葉に確かに、と頷いた純也は、しばらく考えた後に少量指定すればいけるだろうと結論を出した。
     サンドイッチの慣れない食感に、純也の食の進みは早くない。その手を止めてふと口を開く。
    「桜で無くて良かったのか」
     彼はシロツメクサの花言葉を知って来訪を決めたが、一般に花見といえば桜であることは知っている。
    「さくらは勿論好きです、けれど、野の花は馴染みが深いのです」
     ……楽しいですよ――間をおいて紡がれた言葉にそれは良かった、と返す。彼女は柔く目を細めて、傍らの花を見つめた。
    「これだけ咲いているのを見るのは、ひさびさです。指輪でもつくってみましょうか。純也くんをかわいくしてさしあげましょう」
    「装飾ならその細指につければ良い」
    「ゆびきりのかわりですから、お渡ししてこそ意味があるのです」
    「……、では俺も後で返そうか」
     細く白い指先で白い花を柔らかくつつく昭子。そんな彼女の姿と一面の白を携帯電話のカメラのフレームに収めて。
    「鈴木」
    「……?」
     呼びかけに顔を向けた昭子の耳に届くシャッター音。どうしても鳴ってしまうその音で理解した昭子ははにかんで。
    「……すこし照れます、ね」
     お返しに、と純也へカメラを向ける。
    「純也くんも、はい、ちーず」
     その反撃に、彼は浅く笑んで返した。

     すすんで荷物を持った紅詩と寄り添うように歩く七葉はニコニコ笑顔だ。時折彼女の方へと向ける紅詩の視線も優しい。
    「こういう時間も素敵だよね」
    「二人でのんびりもいいものです」
     ふたりの間の時間は愛しさに染まって、ゆっくりと流れているようだ。
    「ん、一面真っ白だね。雪みたいかも?」
     見晴らしの良い場所に広げたレジャーシートに腰を下ろせば、暖かな雪に囲まれているよう。
    「ふふ、ずっと溶けない白い雪原ですか。それは幻想的ですね」
     つんつんと白花をつついていた七葉は、でしょ? と顔を上げる。そして用意しておいたバスケットを開けた。中から順に取り出すのは、お手製の。
    「旦那様、サンドウィッチとお茶をどうぞ」
     礼を告げてそれを口元へと運ぶ彼の感想が気になり、じっと見つめてしまう。
    「ん……とっても美味しくて……幸せですよ」
    「ん、よかった」
     心のこもった感想に安堵して、七葉も同じものを口にする。同じものを見て、同じものを食べて、同じように感じる――それがとても幸せな時間。
    「シロツメクサの花言葉には怖いものもあるみたいだけど……」
     ぽつりと零し、一瞬だけ花に視線を向けた七葉だが。
    「少なくとも私にとっては幸せ、かな」
     すぐに紅詩を視界に据えてにっこりと微笑んだ。
    「私達はどんな事があっても仲良しですからね……シロツメクサの花言葉の様にはなりませんよ」
     返す紅詩の表情にも、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

     ええ思い出になって良かったで――そう告げて炎次郎が去った後、夕刻が近づいたことを知らせるように少し冷たい風が吹いた。こんな事もあろうかと、とセカイは用意してきたブランケットをユリアと瀞真に勧めて。
    「ユリアさん、改めましてお誕生日おめでとうございます」
    「お祝い、ありがとうございますセカイさん」
    「一面のシロツメクサ……綺麗ですね」
     セカイに倣うようにユリアも草原に視線を移した。
    「花言葉は確か『私を想って』『幸運』『約束』それに『復讐』だったでしょうか?」
     彼女も調べたのだろう、セカイの言葉にユリアが頷く。
    「この素朴な花に何故最後の意味もあるのかわかりませんが……変わらぬ絆を『約束』し、貴女に『幸運』がありますように……」
     恭しくユリアの手をとったセカイは、こっそり作っておいた花冠を彼女の手首に巻いた。そして、視線を上げると――。
    「……ありがとう、ございますっ」
     紅くなり始めた陽の光を受けて、彼女はとても嬉しそうに微笑んでいた。


     白の花見を楽しむ他の者達とは離れて、どんどん草原のひとけのない方へと向かったのは、【人狼研究部】一同だ。
    「シロツメクサがこれだけ咲いてると、まるで雪が残ってるみたいだな」
    「綺麗、だな。こんなお花見も楽しいな」
    「花がいっぱい……暖かくなってきたし、野山はそろそろ賑やかになる季節ね」
     草原を歩きながら、思い思いに感想を口にするのは紅に友衛に浅葱。
     草原の入り口からはだいぶ離れたところに他の低木を垣根とするようにして、まるで秘密の花園のような場所があった。ここならば人目につかないだろうと腰を落ち着ける。
    「緑と白の絨毯。こういう心安らぐ世界を表現できたらって、いつも思うんだよ」
     暫くの間、花と交互に見つめていたお気に入りのスケッチブックを置いて、樹里は大きく背伸びをする。
    (「クラブの皆と一緒に出かけるのも久しぶりだし、尚更だな」)
     楽しさをいだいて、友衛は仲間たちと共にある時間を尊く感じた。
    「ここならばひと気も少ないし、大丈夫だろう。皆で走るのは、花の少ないあの辺りにしとくか」
    「そうですね、走り回るなら花が少ないところの方が心置きなく走れますし。……私、こう見えて植物も結構好きなんですよ。いえ、食べるだけじゃなくて」
     紅の提案に諾を述べるだけでなく、ツッコまれる前に自ら情報を足した浅葱。なんとなく墓穴だったかもしれないと思いつつ、話を先に進める。
    「ともかく、全力で獲物を獲るという場でもないわ。軽く流すくらいに走りましょう」
    「今日は私も狼姿になって遊ぼうか」
     言うが早いかいつの間にか銀色の狼姿になって毛づくろいをし始めた浅葱の隣で、友衛も狼姿になって。
    「……俺は人狼じゃないんで、スピードは加減してくれよ?」
     紅の言葉を聞いたか聞かぬか、準備が整ったと判断した浅葱が一番に走り出す。最初はリズミカルに、身体の調子を確かめるように。そして徐々に、全力ではないがそれなりの速度を出し始めた。それについていくのは友衛。ペース配分を気にしながらも、のびのびと身体を動かしている。
    「いつもと違う視線の高さから見える世界も、きっと私にインスピレーションを与えてくれるんだよ」
     その様子を座って見ていた樹里が、うずうずしたのか立ち上がって。
    「だから……私も混ぜて欲しいんだよー!」
     友衛と浅葱に倣うように狼に変身した樹里だったが、狼姿にあまり慣れていないため、勢い余ってぺしゃりと潰れてしまった。だがその様子を察知した友衛と浅葱がすぐに駆けつけて、立ち上がるのを手伝う。樹里に合わせるように、さにら追いかけっこをするように走りはじめるまでにそう時間はかからなかった。慣れていない樹里はよく転んでしまうけれど、それすらも彼女たちと一緒なら楽しくて。
    「す、少し、休憩……ちょっと、張り切り、すぎた」
     そんな中、人狼ではない紅が一番に息切れを起こし、なんとか寄りかかれそうな木を見つけて背中を預ける。ずるずると崩れるように座り込んで息を整えながら、じゃれ回る3人の足音に耳を済ませるように目を閉じた。
    「ふぅ――ああ、心地いい風だ」
     火照った身体が感じる風が気持ちいい。
     どのくらいそうしていたのか、気がつけば足音が聞こえなくなっていて。瞳を開けると――紅の周りに3人とも集まり、それぞれ寝そべって休息をとっていた。
    「……撫でていいか?」
     集まったモフモフに自然と手が伸びる。紅の問いに諾というかのように浅葱と樹里は自らの毛並みを差し出して。撫でられるのも、気持ちがいいものだ。
    「……」
     3人のその様子を横目で見ていた友衛は、楽しんでいるのか伺うように紅に視線を向ける。すると彼と視線が合った。
    「友衛は膝の上にでも来るか?」
     ポンポンと自分の膝を叩いて示せば、戸惑うように友衛が立ち上がる。樹里がぱたたん、と軽く尾を振り、浅葱は樹里に寄るようにして場所をあけた。
    「……」
     皆の前だから控えめに――そう思ってはいても尻尾は正直で。嬉しそうに尻尾を揺らしながら、そっと紅にすり寄って友衛は彼の膝の上で丸まる。梳くように撫でる彼の指先が、皮膚に触れそうで――けれども心地よい。
    「あー……気持ちいいな……」
     皆の気持ちを代弁するような紅の言葉は、心地の良い春の風に揺れて、緑と白の草原を駆け抜けていく――。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月23日
    難度:簡単
    参加:18人
    結果:成功!
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