バベルの綻び~抑止の連環

    作者:佐伯都

     巨大化したタタリガミと都市伝説の襲撃を撃退したことで電波塔再建を阻止し、かつラジオウェーブの切り札のひとつであっただろう『精鋭のタタリガミ』の灼滅。これらの結果は理想的な戦果を上げられた、と言えるはずだった。
    「それからもう一つ、『一般人に都市伝説を認識させてソウルボードを弱体化させる』ラジオウェーブの計画も、民間活動で阻止できたと言えると思う」
     成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)は先の事件の結果を、確認するように一つ一つ順に挙げていく。
    「今回ほど大きな民間活動は初めてだったわけだけど、結果としてソウルボードに多大な影響があったこともわかっている」
     民間活動の結果ソウルボード内に小さなほころびが出現し、そこからソウルボードの力が漏れ出ようとしていることが新沢・冬舞、文月・咲哉、御鏡・七ノ香、ラススヴィ・ビェールィの調査によって判明した。
     そのポイントには巨大な『鎖』のようなものが出現しており、ソウルボードの綻びを拘束してつなぎとめ、力の流出を阻止しようとしているようだ。そして肝心の『鎖』がそもそも何なのか、までは判っていない。しかし一つの推測が立つ。
    「もしかしたらこの鎖が、『バベルの鎖』そのものなんじゃないか、ってね」
     
    ●バベルの綻び~抑止の連環
     何事もなければ『鎖』によってソウルボードの綻びは修復されていく。
     しかしこれまで行われた様々な調査で、闇堕ちはソウルボードからの力の影響で起こるものと考えられている。もしソウルボードから力があふれてしまえばそれによってダークネスが強化されたり、一般人の闇堕ちが誘発されてしまう可能性もあるため、綻びの修復は悪い事ではない。
    「ただ、綻びができた理由がこれまでの民間活動の成果だとしたなら、綻びの修復を黙って眺めているのはこれまでの活動を否定する事にもなりかねない。『鎖』による修復を認めるべきか、または阻止するべきか。どちらが正しいかも現時点では判断できない」
     ゆえに『バベルの鎖』の影響下にない灼滅者が『鎖』と直接向き合い、その場で対処を判断するのが、最良の選択に繋がるだろう。しかしこの『鎖』の扱いをどうするか、その前に少々やるべき事がある。
     綻びができたポイントにはこのたびの敗北を少しでも取り返そうと、都市伝説が『鎖』の動きを邪魔しつつ力をかすめ取ろうと活動を始めている。
    「向こうも相当必死なんだなって感じだけど、都市伝説を排除したうえで『鎖』をどうするか、考えてほしい」
     都市伝説は全部で8体だが、似たり寄ったりの能力と外見をしているはずだ。
    「大きいマスクで口元を覆っているいわゆる『口裂け女』なんだけど、長い髪がストレートだったりウェーブだったり、赤いワンピースだったり白衣だったり」
     つまるところ日本全国津々浦々、微妙にご当地の細かな差異を反映していると思われるバリエーションだ。口裂け女と言えば『私きれい?』なのだが、ここが『ヨーグルト食べる?』というものだったり、それぞれ左右片側だけ裂けている3人姉妹ヴァージョンもいたりする。
     綺麗じゃないと答えた場合、手元のメスや包丁で斬り殺されるのではなく食い殺されるタイプのものもいたりするので、自分の知っている『口裂け女』を探せればうまく対処できるかもしれない。
     ソウルボード内での戦闘になるが、周囲はいかにも口裂け女が徘徊していそうな夜の住宅街にしか見えないはずだ。現実の住宅街ではないので人もおらず、どう暴れ回っても問題ないだろう。
     ソウルボードとバベルの鎖の扱いをどうするべきかは難しい問題だが、現時点でソウルボードにおいての主導権は灼滅者が握っている、と考えていい。
    「……それにしても、ソウルボードの『鎖』か」
     樹が短い溜息をつく。
     鎖はなにかを縛るためのもの。この『鎖』が何を縛っているかは、誰もが気になる所だろう。


    参加者
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    石宮・勇司(果てなき空の下・d38358)

    ■リプレイ

    「まったく、口裂け女ばっか勢揃いされてもキレイじゃねーよ」
     科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)が思わずぼやくのも無理はない、と石宮・勇司(果てなき空の下・d38358)は内心深く同意しておく。色々バラエティ豊かなのは良いことだが、相手は都市伝説で口裂け女。あんまり気分よく眺めていられはしない。
    「追いかけられるのも嫌だし、ここは先手必勝だろう」
    「あかりん部長、何か嫌なこと、あったのかなのっ」
     何やらきゃっきゃと楽しげな久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)に、そこは触れなくていい、という意志をこめて軽く睨んだ木元・明莉(楽天日和・d14267)は、まとめての挨拶代わりにサイキックを見舞った。混乱したような口裂け女の悲鳴がわきおこる。
    「口裂け女ってこんなにバリエーションあるものなんだ……」
     ということは何気にこれ全国くちさけ博覧会なんじゃ、と戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)はなかなか笑えないことを呟いた。前衛を務める日方や鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)、相棒のわんこすけを従えた備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)らと共に躍りかかり、掌中に隠した殺人注射器を目の前の口裂け女へ突き立てる。マスクの向こうで大きな口がぐわりと開くのがわかった。
    「『鎖』って、あれ、かな」
    「恐らく」
     祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)の呟きに脇差が短く同意する。
     無駄に多種多様な口裂け女が8体陣取っているその向こう。都市伝説とはやや距離を保って、あるかなしかの風に揺られるように『鎖』がのびていた。その根元はソウルボードの地面から無造作に突きだしている。
     一体誰の手によるものなのか。何の意図で造られたのか。
    「造った人がいるならちゃんと出てきて説明してほしいけど」
     説明できない事情があるのかも、とまで考えた所で彦麻呂は唇を噛みしめた。
     まだ存命ならいいが、既にこの世にいない可能性に思い至ったからだ。そんな不吉な想像を打ち払うように、『鎖』への行く手を阻む都市伝説をその手の縛霊手と魔導書で手早く確実に、継続ダメージと行動阻害を積み上げる。
     ねこさん、と足元の相棒に短い声をかけ、杏子は走った。片耳の紐へ手をかけた個体のそばに、微妙に似通った服装や髪型のものが2体。恐らくこれが件の3姉妹型、と杏子は脚を止めた。
    「私、きれい?」
    「きれいだよ」
     すでに前衛が3姉妹に気付いていることを確認して、杏子はにこりと笑ってみせた。
     一斉にマスクの下を晒した3体が包丁、メス、大型カッターを手に斬り掛かってくるのを鎗輔と蔵乃祐がいなし、最後方から勇司と明莉が狙い撃つ。数が多いがそれだけ個々の能力は抑えめだ。
    「誰かに肯定してもらいたい気持ちを持ったあなた達は、純粋なの。心が綺麗すぎたから歪んじゃったの」
     杏子の声はある意味、勇司にとって耳が痛い。まだ自分には世界とか未来とか考える余裕はないし、無力な自分を払拭するために何かできると信じたい、それで精一杯。
     自分にだって誰かを助けられる、助けられてばかりではないと、力が欲しくて足掻いているその途上。そのためには自分自身をも駒として、捨て石になることも厭わない。
     切り結んだ隙に後頭部の口を髪で隠している二口女ヴァージョンの個体を発見し、脇差はごくりと息を飲んだ。これはもしかして。
    「脇差知ってるだろ、ポマード!」
     明莉が叫ぶまま、犯人はお前だとでも言い出しそうな勢いで二口女をずびしと指差し、脇差は半信半疑で連呼する。
    「ポマード! ポマード! ポマード!!」
     言ってしまってから、あっ3回じゃなく6回とか現物投げるとか掌とか足裏に書いておく方だったらどうしよう、と一抹の不安がよぎった。えっこのひと何かいきなり変なこと言い出した、と言いたげに彦麻呂が盛大に怪訝な顔をする。しかし。
    「ひいっ!!」
    「……うそだろホントかよ」
     まるで乙女のように頭を抱えぶるぶる縮こまった二口女を、脇差は茫然と眺めるしかない。すかさず鎗輔と日方が隙をついてあっけなく討ち取る。
    「都市伝説のこういう謎弱点って本当だったんだ……」
    「べっこう飴が弱点なのもあるのっ」
     半笑いで見ている明莉とべっこう飴をずらりと指の間へ広げた杏子に、お前らそんなに俺をネタ枠にしたいのかよ、と脇差が目元を覆っていたのは別の話だ。しかしこの二人が多種多様な口裂け女伝説を調べ上げたことにより、他メンバーが的確かつ迅速に都市伝説を仕留めていくことに貢献したのは誰も否定できない。
    「……何か本職としてちょっと口惜しい気がするけど、まあ、ここは作戦勝ちだよね……」
     おそろしく複雑な表情の彦麻呂に、まあ気に病むな、と言いたげに蔵乃祐が肩を叩いた。
     そして無駄にバリエーション豊かだった都市伝説を掃討したあとに控えていたのは、長大な『鎖』。
     見るからに意志や言葉を発することのできる意識があるとは到底思えない。それでもあえて日方はなぜ綻びを修復したいのか問おうとして、――できなかった。
     まさかそんな事が、という思いしかない。邪魔な灼滅者を除こうというわかりやすい敵意や悪意ではなく、これでは、まるで。
    「どうした? なにか……」
    「よく、わからない……わからねえけど、少なくとも俺達への悪意じゃない」
     何か、もやもやとした不定形の悪意を感じる。しかもその矛先は灼滅者ではなく。それどころか。
     息を詰めた日方に明莉は一瞬怪訝そうな視線を向け、頭上を見上げる。そして日方とまったく同じに息を飲んだ。
     大蛇じみた姿を凝視したまま動けない。――何だろう。何だろう、この悪意。
    「そう、そうだ、奴隷が逃げ出さないよう縛ってる、みたいな。そんな嫌な感じ」
    「ごめん、俺にも良い表現が思いつかないけど……たとえばソウルボードが『ソウルボードとしての形を保つよう』悪意でもって縛っている、ような」
     何があったのかと視線で尋ねてくるメンバーに対し、日方と明莉が懸命に言葉を探し、選び、口にした印象とはそのようなものだった。
     そしてそれに疑問を差し挟んだ者もいない。言葉や表現は様々あったが、『鎖』へ抱く印象は皆似たり寄ったりだったからだ。
    「ということは、『鎖』はソウルボードを護っているわけじゃない……?」
     鎖は何かを縛るもの。勇司はふと脳裏に閃いた推測を口にした。しかし誰も予想しえなかった事態だけに、脇差は勇司の推測を支持するのを避ける。
    「わからない。まだそこまで断言はできない」
     ソウルボードの均衡を崩しかねない相手、あるいは灼滅者への敵対心なり悪意なりであればわかりやすかった。今ここで断定するのは早い、他にも『鎖』の対処に向かった者からの報告も待つべきだろう。
     なおかつ、民間活動の成果としての破壊を思い止まる理由にもならなかった。元々『鎖』の印象がどうあれ破壊するつもりでいた者も多い。
    「決まったようだね。まあ、僕一人が駄々を捏ねていてもしょうがない話だけど」
     そしてただ一人破壊を良しとしなかった鎗輔が、改めて意志を確認するように彦麻呂を見る。もっとも、メンバーの総意には従うつもりでいたが。
    「この『鎖』が本当にバベルの鎖そのものだったとして、もし『鎖』がなくなれば……僕達と一般人とダークネスの関係は、拗れてしまうよ。皆、それを覚悟しているのかなぁ?」
     何を根拠に鎗輔が三者の関係とパワーバランスの変化を指して『拗れる』としたかは不明だが、彼にとっては何か大切な理由があったのだろう。
    「ダークネスや一般人との今の関係が変化することを、『拗れる』とは言わないんじゃないかな。本当にこの支配から脱したいなら、灼滅者だけじゃなくみんなが現実と真実を知るべきだと思うし」
     バベルの鎖が存在する世界は、ダークネスの圧政のもとにある。もちろん彦麻呂にも、まだ『鎖』の破壊が事態の好転に繋がるかどうかなどわからない。
     灼滅者と一般人の別なく、この世界に生きているすべての人間がこの難題の当事者だ。だからこれは長いこと秘匿され、隠蔽されてきた真実を明らかにする行為だと彦麻呂は信じている。
    「それに備傘くんは一般人が真実を知れば『拗れる』って言ったけど」
     なにより、彦麻呂の主張の根拠は結局のところとてもシンプルだ。
    「拗れるって言葉は、『元々問題なくうまくいっていたものがもつれて悪化する』って意味だよ」
     バベルの鎖により秘匿された現状やダークネスとの関係に何ら問題はなく、今よりうまくいっていたのだ、と彦麻呂は言えない。それだけは。
    「……まあ、議論も言葉も出しつくしたと思う。拗れる拗れないは別として、少なくとも僕は備傘くんの言う、覚悟は決めているよ」
     メンバーのダメージ回復に専念していた蔵乃祐が沈黙を破る。愛用の三角帽子の鍔を上げて、くろがね色の鱗を並べた大蛇のように軽く身をうねらせている鎖を見上げて。
    「そもそもこの選択は本当に正しいのか。この世界はこれからどう変化して、未来はどこに向かうのか。それはまだわからないけど」
     何やら長い時間が過ぎたように思えたが、実際にはわずかなものだった。鎖による修復は終わっておらず、口裂け女との戦いの余韻もまだ色濃い。
    「これからどれだけの犠牲が出ようとも、どんな代償を払おうとも。ダークネスに支配され続けた人類が、自分たちの意思で望んだ明日を選び取ることができるように、後は戦い続けるだけさ」
    「皆の言うようにこの判断が正しいかどうかなんてわからないが、俺は人間が持つ希望の力に賭けさせてもらう」
     脇差がその言葉通り、【月夜蛍火】を正眼に構えた。鎖がそこでようやく灼滅者の存在に気付いたように、ゆうらり大きく身体を揺らす。そのまま斬りこんでいく脇差とそれに続いた杏子を、明莉が最後方から援護した。【十字の楔】によって放たれる光条が鎖の動きを緩慢なものにする。
     ――希望なんて誰にも見えもしないもの、明莉は期待していなければ信用もしていない。しかし脇差と杏子が信ずるに値するとしたその姿を、明莉は信じようと思う。何かをその胸へたぐりよせようという背中を押してやれずに、一体何が後ろを任された仲間なものか。
    「ねえ、あかりん部長。部長は、希望はひとつ間違えばなくなるって言うけど」
     それに明莉にとって『鎖』を看過することは、灼滅者へ寄せられた一般人の信頼を裏切る事になりそうな気がしている。『鎖』の破壊で何が起こりうるかのデメリットなんて知っている、知っているからこそ。
    「あたしが間違っても許してくれたのは部長だよ」
     耳を聾する金属質の衝突音。勇司の杖が指し示したソウルボードの天極、そこから落ち下った稲妻の束が白い火花を散らしている。
    「だからあたしは、いまここにいる」
     堂々たるデコレーションケーキかそれとも、潰れたスポンジと皿にこぼれおちた苺の不格好なケーキを差し出すのか。
    「それを、わすれないで」
     今はまだどこかもやもやとしている『鎖』の悪意。蔵乃祐へ闇の契約をとばす杏子の横顔を、明莉は不思議な思いで眺めている。ケーキの価値は受け取った側が決めるもの。周りで見ている第三者や、ケーキを作った当事者が決めるものではない。
    「半端者、なりそこない、か」
     日方がこれまでに、人でもダークネスでもないと揶揄され、対峙した相手に嘲笑されたことなど一度や二度ではなかった。人を助けたくて、どこまでいっても人の側に立っていたかった。それこそ、その思いのあまり闇の深淵に堕ちても。
     だから日方は人の心が生んだこの綻びを閉じさせたくない。閉じさせてしまってはこれまでの自分を否定してしまう。半端者、なりそこない、と嘲笑ったダークネスのように。
    「鎖のひとつやふたつ、ぶっ壊した所で何も変わんねーよ」
     だから自分の、人の心の直感を日方は信じる。メリットばかりの選択肢のほうこそ、むしろ胡散臭い。
    「闇堕ちが多少増えようが今まで通り、護り通せばいいんだよ、俺たちが!!」
     どこかのだれかの、今はまだ明確には見通せない悪意を滾らせて、『鎖』は長大な身を躍らせる。
     とっさに彦麻呂と脇差の前へ割り込んできた蔵乃祐を、強かに打ち据えた『鎖』。ソウルボードそのものを揺るがすような地響きと衝撃が広がり、無意識に両腕で頭部を庇い身体を丸くしていた彦麻呂は自分の上へ誰かの影が落ちている現実に目を瞠った。
     脛の半ばまで地面へめり込んでいる脚、ぎちぎちと嫌な音をさせる『鎖』。『万象を受け流す不可侵領域』、その名の通り帯状に展開したまま、蔵乃祐のダイダロスベルトがそのまま押しつぶしにでも来ているのか『鎖』との力比べに身悶えている。
     ひゅッと鋭く短く息を吸った蔵乃祐の右腕が振り抜かれ、蔵乃祐のすぐ脇へと流された『鎖』が地面を大きく割り砕いた。
     返す腕で目元のなまぬるい汗を拭うと、灰色の瞳へ極細のバベルの鎖が凝る。庇われていた体勢から跳ね起きた脇差は大きく残りの一歩を詰め、右手の愛刀を『鎖』へ叩きつけた。祟部、と口早な脇差の声を待たずに彦麻呂が懐へ潜りこむ。
    「これでどうだっ!」
     スライディングの要領でその足元にすべりこんだ彦麻呂の脚が、三日月の軌跡を描いた。
     鎗輔の断裁鉞から身をよじるようにして回避しようとしていた『鎖』の動きが不自然につっかかり、ごわん、と割れ鐘じみた轟音が轟く。
    「諦めが悪いようだね」
     執念深さなら誰にも負けない。
     精度を上げたこの妄葬鋏からは逃れられまい、と確信をもって蔵乃祐は畳みかけた。まるで『鎖』を食い尽くさんとばかりに広がる錆色、それになおも抗うように『鎖』が今一度、身を起こす。
    「――しつこい!!」
     その醜態に、勇司は弾かれるように腕を振った。足元から疾走する影色の刃。
     心の外傷など持っているはずもなかったが、大きく身悶えた『鎖』へ一斉に亀裂が走る。鎗輔の目に、見上げるソウルボードの綻びの一部が大きく傾くのが見えたのと、鎖が粉々に吹き飛んだのは同時だった。
     危ない、と叫ぶ暇もない。数メートルにも達するような大きさの、ソウルボードの一部を切り取った巨大な欠片が崩れ落ちてくる。さながら氷山の一角が崩れるように。
     事態に気付いた灼滅者が身構えるも、しかし、巨大なものから小さなものまでソウルボードの欠片は地面までは到達せず、落下の途中で気化するように消滅した。
     『鎖』の破壊から続く突然の崩落、そして欠片の消失に、反射的に腕を上げかけた体勢のまま杏子は茫然としている。
    「え……っと?」
    「止まった……?」
     崩落は一回きりで、あとはただしんと静まりかえったまま。
     欠片がどこに消えたか定かではない。しかし崩落を目にしていた灼滅者達には、再びソウルボードに還ったのではなく別のどこか――そう、自分達が戻るべき現実世界へ消えていったように感じられていた。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月10日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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