バベルの綻び~運命の連環

    作者:朝比奈万理

    「都市部を襲撃した巨大七不思議を全て撃破する事に成功。素晴らしい結果をもたらしてくれて、ありがとう」
     一笑した浅間・千星(星詠みエクスブレイン・dn0233)。髪飾りも嬉しそうに揺れる。
    「この勝利の結果、ラジオウェーブの電波塔の再建を阻止成功。そして、ラジオウェーブの切り札の一つと思われる『精鋭のタタリガミ』達も灼滅するという結果を得る事が出来た。更に、ラジオウェーブの目的の一つであった『一般人に都市伝説を認識させ、ソウルボードを弱体化させる』という計画も、『灼滅者の活躍を人々に知らしめる『民間活動』』として達成した。最良の結果だ」
     と千星は灼滅者たちを称賛し、その結果――、と続ける。
    「ソウルボード内の力が集まった地点に小さな綻びが生じ、そこから力が漏れ出ようとしている事が、新沢・冬舞君、文月・咲哉君、御鏡・七ノ香嬢、ラススヴィ・ビェールィ君らの調査によって確認された」
     現在この綻びの地点には巨大な『鎖』のようなものが出現。ソウルボードの綻びを拘束し崩壊を綻びをつなぎ留め力の流出を阻止しようとしているようだ。
    「この『鎖』の正体は不明。だがもしかしたら、この鎖こそ『バベルの鎖』、なのかもしれんな」
     と思案するような表情を覗かせた。
    「このまま何もなければソウルボードの綻びは『鎖』の作用によって修復されるだろうな」
     灼滅者たちによる様々な調査から、闇堕ちはソウルボードからの力の影響で起きると考えられている。
     ソウルボードの力が溢れ出れば、その力を得たダークネス達が強化されたり、一般人の闇堕ちが誘発される可能性がある等、修復される事自体は悪い事ではありません。
    「だけど、このソウルボードの綻びが『これまでの民間活動の成果』であるとすれば、これを否定する事はこれまでの活動を否定する事になりかねない」
     この『鎖』によるソウルボードの修復を認めるべきか。或いは邪魔をするべきか。
     どちらが正しいか現時点で断定する事は難しいだろう。
    「なので実際に『鎖』と対峙し、皆の感性や意志でもってどうするべきかを決めてもらうのが最も良い選択となると、わたしは思うんだ」
     と、千星はやや硬い表情で自分の意思をしめし、ただ、と続けた。
    「この『鎖』の扱いを決める前にするべきことがあるんだ。ソウルボードの綻びが出来た地点では都市伝説が、今回の失敗を少しでも取り戻そうと『鎖』の動きを邪魔しつつ、ソウルボードの力を掠め取ろうと動き出している」
     姑息な手口を取るものだな。と小さく息をつき、
    「皆には、この都市伝説を撃破した上で『鎖』への対応を選択するようにお願いしたい」
     と頭を下げた千星が、今回倒すべき相手だと知らせたのは『お公家様』と呼ばれる9体の都市伝説。
     小奇麗な個体は栄華のさなか、見窄らしい個体は没落者だ。それぞれ見た目に応じた武器を所持しているというが、強さは一定。
    「皆が攻撃を始めると、奴らは皆への迎撃を優先する。また、『鎖』は攻撃を受けない限りは反撃をしてこない。皆地と都市伝説の戦闘中はソウルボードの修復に力を注ぎ、戦闘介入は行ってこない」
     と、『鎖』に対しての補足を付け加え。
    「ソウルボードに対するラジオウェーブの陰謀は大きく後退したと考えて問題ないだろうな。現在、ソウルボードに対する主導権は皆が握っていると考えて間違いない。そして『民間活動』は多くの一般人に灼滅者の活動を知ってもらうという活動。この活動の趣旨を考えれば、バベルの鎖を修復させるべきではないのかもしれないが……」
     思案する千星は、目線を上げ。
    「ソウルボードとバベルの鎖の扱いをどうするべきか……。難しい問題だが、その胸の星の輝きの元で皆が下す決断をわたしは支持する」
     と千星は、いつものように自信満々に笑んでみせた。


    参加者
    ポンパドール・ガレット(火翼の王・d00268)
    アンカー・バールフリット(シュテルンリープハーバー・d01153)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774)
    壱越・双調(倭建命・d14063)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ


     ふと、桜の香りがした。その奥から響くのはトットッ、時にドッと大きく鳴る音。
     灼滅者たちが誘われ歩を進めれば、霞の向こうには人の影。その数九つ。公家装束である狩衣の大きな袖を翻しながら優雅に鞠を蹴っていた。さらに奥には、大蛇ほどの太さで、どこから伸びてどこへ向かっているのかそれすらも解らない程の長い鎖が走っていた。
     鎖を破壊することはもう決めていた。そのためには、この公家集団にはご退場願わなければならない。
     いつでも攻撃が仕掛けられるよう灼滅者が武装を整えたその時、タイミングよく縹の狩衣を纏った公家が鞠を上げ損ね、鞠が灼滅者の前に転がった。公家の集団は鞠の向こうにいた人物をみつけ、おじゃおじゃと大慌てで武装を整えてゆく。
     この混乱に乗じ、アンカー・バールフリット(シュテルンリープハーバー・d01153)が己のバベルの鎖を瞳に集中させた。マグロの着ぐるみがシュールではあるが。
    「あまりにも優雅だったから少々魅入ってしまったが」
     水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)は混乱する公家集団の真ん中に、紙垂の帯の刃を射打ち込むと、ちょうど真ん中にいた白い半紙で顔を隠した緑の狩衣の公家の脇腹を割いた。
    「まぁ、ゆーちょーに遊んでる場合じゃなかったよネ」
     紗夜が傷つけた個体を集中攻撃すべく、ポンパドール・ガレット(火翼の王・d00268)が地を蹴り剣を振り上げると、ウイングキャットのチャルダッシュが猫麗法を飛ばす。その攻撃に合わせるように白光した不死鳥の尾羽根の意匠が刻まれた剣を振り下ろせば、切り裂いた体が一瞬にした桜の花びらと化した。
    「反逆でおじゃる」
    「反撃でおじゃる」
    「逆襲でおじゃる」
     先制攻撃を受け混乱した公家集団だったが、何とか態勢を立て直した。
    「……おじゃる言葉を普通に使う光景、初めて見ました……。何だかすごいです……」
     と水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774)が呆気にとられる最中。
     袖から覗いた巨大な縛霊手で灼滅者の足元に次々と結界を生み出してゆくのは、緑の狩衣の公家二人。
     続いて動いたのは緋の狩衣を着た公家三人。弦を引き、灼滅者に百億の星の如く無数の矢を降らせた。顔を隠している桜の透かしの半紙が微かに揺れる。
     縹の狩衣の公家三人は次々と日本刀を抜刀すると、次々に灼滅者に襲い掛かる。
     居木・久良(ロ居木・久良(ロケットハート・d18214)ケットハート・d18214)はその一太刀をひらりと交わすと、自分を斬り付けようとした公家には目もくれず。
    「次は、あんただ!」
     と、ファニングからの連射で緑の狩衣の公家を蜂の巣にした。
     ゆまを襲う縹の狩衣の公家の刃を文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)が庇う。
    「このクロネコ・レッドがいるかぎり、後ろに攻撃は通さないぜ!」
     目の前の公家を押しのけて、狙うは緑の狩衣。ジャキンと鋏を鳴らして断ち切れば、鋏は公家の守りも纏めて喰らいつくす。
    「……ありがとう、ございます」
    「おう!」
     礼にサムズアップを返した直哉の後ろ、ゆまが念じればドレスのリボンは翼のように広がって、緑の狩衣の公家を縛り上げる。
     直哉と久良、ゆまが作り出した次の標的を目掛けて。縹の狩衣の公家の攻撃を翻して、志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)が標的の顔面まで駆け込んだ。
    「力を掠め取ろうなんて泥棒みたいですよ」
     自分たちが築いてきたモノを、ここで失うわけにはいかない。
     藍の電光石火のアッパーカットで飛ばされる公家は、雅とはかけ離れていた。地面の境もわからぬところに叩きつけられ、弾けるように散っていった。
    「皆さん、大丈夫ですか?」
     壱越・双調(倭建命・d14063)が得物の標識を黄色く灯らせ、先ず攻撃手と守り手に回復と恩恵を与えると、お公家様方を見据え、
    「私の旧華族の出です。栄華を求める気持ちはわかりますが……力を掠め取ろうとは、高貴なるものに相応しくありませんね」
     と、牽制。
     こうして次々と公家集団を撃破してゆく灼滅者。
     この面倒な布陣は誰の差し金だ。となかなかアレなことをアンカーはつぶやいたが、撃破順をしっかり決めていたことや各々が攻守の役割を確かに果たしていたことが功を奏し、最低限のダメージですべてのお公家様たちを撃破することができた。
     お公家様であった桜の花びらがすべて飛ばされ消えた先。
     先ほどまでの優雅さなど初めからなかったかのように、鎖は禍々しい空気を纏いソウルボードの修復に力を注いでいた。


     お公家様たちとの戦いで突いた傷を癒し、灼滅者たちは改めて鎖を目の当たりにする。
     崩壊するソウルボードを塞ぐように走る鎖。それに近づいて綻びに触れても、特段の変化は起こらなかったし、向こう側を覗き見ても、こちら側と同じ空間が広がるだけ。
     ただ感じることといえば、この鎖がソウルボードの守護者ではなさそうだということ。
     もっとはっきり例えてしまえば、逃げ出した奴隷を取り戻そうとしている。ように感じた。
     鎖に対して、彼らの胸の去来するものはそれぞれではあったが、この鎖を最終的にどうしたいかという方向性は完全に統一していた。
    「おれ、ちょっと前までは『世界の真実なんて知りたくなかった』『灼滅者になんてなりたくなかった』まで考えてた」
     まず口を開いたのはポンパドール。王冠に触れながらも、俯き暗くなる表情。
    「でも、今の自分も悪くないな。ってまわりのみんなが教えてくれた」
     灼滅者になれなければ、出会えなかった人たちがいる。
     ポンパドールは改めて、鎖を正視する。
    「……バベルの鎖がなくなれば、昔のおれみたいなひとがいっぱい出てくるかも知んない。その時は、こんどはおれがみんなを助けたい!」
     かつて絶望の淵から友に、そして闇からたくさんの人救われたように。
    「この綻びは民間活動の結果だ。俺達を信じて応援までしてくれた一般人の皆の想いを俺は無かった事にはしたくない」
     今のソウルボードに変化を促しているのは、恐怖ではなく人々の希望や信頼の心。と直哉は確信し。
    「その人々の想いの行く先を、俺は信じようと思う」
     と、力強く宣言した。
     その上で障害は――。
    「バベルの鎖の保護がある限り、ダークネスや灼滅者に対して一般人は抵抗すら出来ない訳で。鎖を破壊する事は、そんな理不尽な状況を変えていく為の糸口になるかもしれない」
     ゆまは鎖からふっと目を逸らす。
    「……バベルの鎖が綻びが良いことなのか悪いことなのかは解らない……」
     確かにバベルの鎖には、存在するデメリットもメリットもあったから。
    「でも、世界の真実は、世界に属する全てのものに知る権利がある、と思う」
     今のこの世界は力を持たざる人間にとって、とても不利な世界だ。
    「それが世界の混乱の幕開けになるのか、光への道筋になるのか。それはきっと、わたし達次第」
     と、今度は強い眼差しで再び鎖を見た。
     その言葉に、藍はしっかりと頷いた。
    「綻びこれが吉となる凶となるかわかりませんが、私達の活動の結果の一つであれば受け入れたいと思います」
     その上で。と藍は鎖を見上げ。
    「鎖を破壊することでバベルの鎖の恩恵を受けられないかもしれません。世界に大きな影響を与えるかもしれません。でも私達はもう停滞するだけの世界は嫌なんです。前に進みたいのです」
     安定からの決別。その決断はまさに自分たちで選び取る。
     皆の言葉を聞いていた久良も、そうだね。とつぶやいた。
    「信じてくれた人の心に答えるために。この世界で楽しく過ごすために。世界が楽しいものになるように。俺は希望を持ってどこまでも行く」
     それは、自分たちを信じ、応援してくれた人々への約束でもあり、幸せにしたいという願いでもあり。
    「俺は、鎖を断ち切って前に進む。幸せになるためにね。この世界の仕組みが変わっても希望を持って歩いて行けば楽しく生きられるよ」
     本当に楽しい世界が作れるなんて確証はないけれど、いままで自分が持ち続けてきた笑顔と前向きさを、世界が変わっても変わらず持ち続けるという誓いでもあった。
     紗夜には目の真のソレが、繋ぎとめるもののほかに、太古から未来へとつながる遺伝子の二重螺旋にも見えた。
     概念というのは共通の思い込みとも受け取れる。だけど。
    「僕は鎖を壊す事に世界だの今迄の行為だのを大義名分にする気は無いんだ。唯、何処から来て何処へ向かうのかだけを知りたい」
     静かに鎖を見つめた双調の胸に浮かんだのは、家族同然ともいえる人たちの姿。
    「私がお世話になっている家は、歴史の影……バベルの鎖の影に隠れて闇を祓ってきた一族です。ただ、義姉が当主になった今は、歴史の表側に出てきています」
     彼らの苦悩も思いも奮闘も、鎖を破壊したいと願う心も無駄にはしたくない。その苦労を近くで見て来たからこそ――。
    「今まで私達が進んで来た道を突き進む為に……いざ、参りましょう」
     その言葉に呼応するかのように、皆が鎖を見据えて得物を構えた。
     アンカーも普段はあまり手にしない武器を鎖に向けた。それは人造灼滅者と同時にもたらされた武器。
    「バベルの鎖を心の底から憎んでいたであろう人造灼滅者達。彼らがもたらしたこの武器で……」
     ここまで歩んだ道の後ろには、運命に翻弄されて消えていったたくさんの命もあるから。アンカーは小さく俯くと、そっと目を閉じた。
    「せめてもの手向けになるだろうか……」
     再び目を開けて鎖を見据えたその時が、開戦の合図――。


     アンカーは地面を蹴って飛び上がると、鎖に向けて注射器の張りを突き刺した。
    「治療ならバベルの鎖に良く効くと評判のワクチン、今日は特別サービス!」
     ぐっと押子を圧す指に力を掛けると、注入されるサイキック毒は鎖の内部に浸透してゆく。
     鎖は敵視され攻撃されたと認識するや否や、轟音を立てて大きくうねりだした。
    「来るよ!」
     叫んだ直哉の読み通り、何処からかやってきたのか。鎖の始まりと終わりが攻撃手と守り手を薙ぎ倒した。
     後方に飛ばされながらも、再び立ち上がる仲間に、
    「皆さん! 今回復します」
     と声を上げた双調がてを扇げば、清らかな風が傷ついたものを癒す。
     その立て直しのさなか、ゆまが構えた十字架から聖歌が流れ出す。と、次の瞬間には冷たく輝く光の砲弾が発射され、冷たい印象の鎖をさらに冷やす。
     態勢を立て直した藍が、叶えた槍を鎖に突き立て穂先を唸らせる。硬質なもの同士がこすれ合って生まれる音が響き、鎖がガシャリと音を立て身を捩らせた。
    「そうだよね、壊されるのは嫌だよね。でも、俺たちだって同じだ」
     不敵の笑みで言い切って走り出した久良の足元で生まれるものは、決意の炎。飛び上がって蹴りだせば、炎が鎖を包み込む。
     続いたポンパドール。
    「チャル、回復おねがい!」
     と、指示を出せば、チャルダッシュは尻尾のリングを光らせて、愛らしいポーズと鳴き声で、直哉の傷を回復する。
     自身も剣に刻まれた羽根の祝福を風にかえ、前衛と守り手の傷を癒した。
     直哉も久良の傷を癒す中、紗夜が語る奇譚は鎖をも凌駕しそうなほど大きな靄の龍を生み出した。龍はひと吠えすると鎖に体当たりをし、消えてく行く。
     鎖はダメージを追いさらに暴れ出す気配。まるで触手のように両端をうねうねとうねらせ始める。
     一方のソウルボードは修復の手が緩んだこともあり、微かにだが、崩壊が進んでいた。
     だからこそ灼滅者の猛襲は続く。
     人々の、自分たちの運命の糸を手繰り寄せるように。
     この空間にピシッっと鎖にヒビの入る軋んだ音が響いた。


     ソウルボードの崩壊とともに鎖の破壊も進んでいた。
     鎖のヒビはさらに深く濃くなる。一方の灼滅者も、血を流していない者はいない。
     万が一の際には破壊を断念して撤退ということも視野に入ってはいたが、あともう一歩で破壊できるのではないかという希望すら抱く中、倒れる者はいない。
    「もう少し、でしょうか」
     ならば。とゆまが解体ナイフを構えると、刃が複雑な形状に変形した。その刃を鎖に付いた大きなヒビに突き立てて抉るように引き裂いた。
     すると鎖は大きく身悶えし、その身を駆使してあっという間に藍を縛り上げ、放電。
     苦痛に藍の顔は歪んだが、
    「……バベルの鎖には色々助けられてきましたが、それでも、私達は前に進むと決めたんです。だからっ!」
     拳にオーラを集めると、自分を縛り上げている鎖に猛烈な殴打を浴びせ、環を一つ破壊した。
    「こんなところで、立ち止まっていられないんです」
     鎖の捕縛から解放された体は想像以上に重く、藍は咄嗟に膝をついた。
    「チャル、アイをおねがいっ」
     飛び出したポンパドールの言葉に、にゃっと返事をしたチャルダッシュが尻尾のリングを光らせ藍をの傷を癒す。まだ足りないと悟る双調が文字の描かれた白い帯で藍を包み込んで癒しきる。
     ここまで来たら戻る選択肢などない。ポンパドールの足元の生まれる星の光は、彼の心に光る星のように瞬きながら一気に蹴りだされる。
     星の重力はまたひとつ、環を砕いた。
     間髪入れずに飛び上がった久良。
    「鎖を絶ち来るのにはちょうどいい」
     愛刀の『真・一文字』の刀身がきらりと光る。それは鉈の様な太刀。
    「ここから先に行くために!」
     ダンと地面まで叩きつけると、さらに来られた環がもう一つ。
     この環の一つ一つが、人々とダークネスと自分たちを隔てている。
     破壊したその先に共に歩める未来はあるのだろうか。
     未だ確証はない。だけど――。
     得物に自らの炎を宿らせた直哉は一緒に握っている小石に想いを馳せた。
     全ての幸福を願ったあの少女の想いも、全部この一撃に乗せて。
     雄たけびを上げて鎖にたたきつけた炎は赤く赤く鎖を燃やしてゆく。
     悶えながら炎を払おうとする鎖。アンカーはジェット噴射で炎の切れ目に飛び込んだ。
     杭の先端を鎖に向け、
    「蹂躙のぉぉバベルインパクトォォ!」
     打ち込み叫べば、鎖は激痛に悶えるようにその身を強張らせ、環のすべてに大きなヒビを走らせた。
     ミシミシと軋む音がソウルボードに響き渡る。
    「ダークネスや闇堕ちはウィルス感染の様なもの」
     戦闘の轟音に掻き消されそうな紗夜のつぶやき。足元の影の猫もそろりそろりと鎖に忍び寄り。
    「長ーくなるしただの置き換え話だから、詳しく話さないけれど」
     アンカーが身を引いたその時を見計らい、影の猫は一気に大きく成って鎖を飲み込んだ。――といっても鎖の方が大きいのだが。
    「痛い真実か。優しい嘘か」
     紗夜の影がすっと身を引いたその時、鎖の輪がその形状を保てなくなり次々にはじけ飛んだ。
     飛び散った鎖は地面に転がると、空間に溶けるように消えていった。


     ソウルボードの一部が崩れ、どこかへと溶けてゆく。
     崩れた向こう側は此方と同じ空間で、どこまでも淡い世界。
     残った桜の花びらの一枚も、すっと空間に溶けていった。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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