バベルの綻び~岐路に絡みつく鎖

    作者:麻人

    「まずは、巨大七不思議の撃破おめでとう」
     村上・麻人(大学生エクスブレイン・dn0224)はそう前置きしてから、話を続けた。
    「この勝利によってラジオウェーブの電波塔の再建は阻止され、『精鋭のタタリガミ』達も灼滅された。さらに、『民間活動』の成果によってソウルボードの弱体化も達成。この成果によってソウルボード内に発生した綻びから力が漏れ出ようとしている事が、新沢・冬舞さん、文月・咲哉さん、御鏡・七ノ香さん、ラススヴィ・ビェールィさんたちの報告によって確認されている」
     そして、その綻びを塞ぐように巨大な『鎖』のようなものが出現しているというのだ。
    「もしかしたら、これこそが『バベルの鎖』なのかもしれない。鎖はソウルボードの綻びを拘束し、繋ぎとめることで力の流出を防ごうとしているみたいなんだ」

     鎖が修復の力を持っている以上、放っておけばソウルボードの綻びは何事もなかったかのように元に戻るだろう。
    「これまでの調査から、闇堕ちはソウルボードの力の影響が原因と考えられている。だとすれば、綻びが修復されることでダークネス達の強化や一般人の闇堕ちの誘発を食い止められるはず。でも、それではこれまでの民間活動の成果を否定することになりかねない」
     であれば、選択肢は二つに一つだ。
    「ソウルボードの力を漏らさないため、バベルの鎖による修復を放置するか。あるいは、破壊して邪魔をすべきか。現時点ではどちらが正しいか判断することはできない。だから、実際に鎖と対峙して、それを目の当たりにした君たちの感覚や意志によってどうするかを決めてほしいんだ」
     ただし、ソウルボードの綻びが出来た地点ではまたしても都市伝説が鎖の働きを邪魔するように動き出している。
    「鎖の扱いを決める前に、この期に及んで暗躍する都市伝説を撃破する方が先だね。こちらを倒した上で、鎖をどうするかの対応を頼んだよ」

     戦場はソウルボード内。
     鎖の邪魔をしている都市伝説は、猫又ばかりが約10体。まるで鎖にじゃれつくようにして、その動きを阻害し、ソウルボードの力を掠め取ろうとしている。
    「君たちが攻撃すれば、都市伝説は灼滅者の迎撃を優先すると思われる。鎖の方は攻撃されない限り反撃してこないから、都市伝説を倒してからどうするか決めてもらって大丈夫」
     猫又についてはほとんどが同じくらいの強さだが、1匹だけ10本の尾を持つ猫又がいて、こちらのみ回復を持っている。

    「さて、『民間活動』の趣旨を考えればソウルボードの綻びを修復させるべきじゃないんだろうけど……難しい問題だね。でも、だからこそ君たちに頼むしかないんだ。その目で見て、自分自身でどうするかを決めてほしい。よろしく頼むよ」


    参加者
    ヴォルフ・ヴァルト(櫻護狼・d01952)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    サフィ・パール(星のたまご・d10067)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    雪乃城・菖蒲(隠世・d11444)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    貴夏・葉月(勝利の盾携えし希望の華槍イヴ・d34472)
    四軒家・綴(二十四時間ヘルメット・d37571)

    ■リプレイ

    ●これまでの日常の終わり
    「あれが、ソウルボード内に出現した鎖……」
     椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)は視界に捉えたそれを見据え、眉をひそめた。
    「民間活動の結果、あれが出たんだとしたら。みんなの日常を守るための戦いは、そろそろ変わる時が来たってことなのかな」
    「難しい問いかけ、ですね」
     サフィ・パール(星のたまご・d10067)の足元ではヨーキーが左右にジャンプしながら突撃の時を待っている。
    「私たちがこれまで秘して来たもの……これまでやってきたこと。それが良かったのかどうか、答えが出せるといい……ですね」
     その時がまだ先であることを感じながら、サフィは目を細める。
    「サフィちゃん……」
     マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)はこくりと頷き、武器を構え直した。
    「まずは第一歩を踏み出すおっ」
    「そういうことですね。今はやれる事をやりましょう」
     雪乃城・菖蒲(隠世・d11444)は視線を鎖からそれにじゃれつく都市伝説の方へと差し向けた。
    「情報通り、一匹だけ尾の数の多い猫又がいますね」
     菖蒲は眼前に手を突き出し、その周囲に蠢く帯を揺らめかせた。
    「いきます!」
    「望むところだ」
     ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)が槍を横に薙ぐと、生み出された妖冷弾が勝負のレイザースラストと競い合うようにして十尾の猫又を直撃する。
    「ギニャァァッ!!」
     背中を穿たれた猫又が振り返り、憎悪を浮かべた瞳で灼滅者達を見据えた。周囲に鬼火のような炎が灯り、受けた傷を癒していく。
     同時に、周囲を取り囲むように布陣していた他の猫又たちが一斉に地を蹴って、その標的を鎖から灼滅者たちに切り替えた。
    「っ……!」
     敵の足元へと援護射撃をばら撒いたヴォルフ・ヴァルト(櫻護狼・d01952)は、敵の抑えという役割上、真っ先に猫又の群れへと呑まれた。
    「さすがに数が多いか?」
     1体ずつ零距離格闘で投げ捨てながら、戦況を見やる。
     各自が用意した遠距離攻撃は猫又の群れを越えて十尾を狙い撃った。
    「ニャァ!!」
     お返しとばかりに十尾の猫又が首を大きくしならせ、牙を剥いて咆哮。
    「ぬっ……!」
     四軒家・綴(二十四時間ヘルメット・d37571)はアイヴィークロスを顔面に掲げ、それを受け切った。
    「くっ、押されているな」
     十尾の攻撃に加え、残りの九匹による波状攻撃も馬鹿にはできない。
    「手こずっている場合ではありませんよ」
     前衛に清めの風を吹かせながら、冷ややかな口調で貴夏・葉月(勝利の盾携えし希望の華槍イヴ・d34472)が囁く。
    「まだ前哨戦なのですから。私たちの目的はあの鎖です」
    「わかっているっ!」
     効きのよいオーラキャノンを十尾へと打ち込みつつ、綴が叫んだ。
    (「それにしても、精神の内部とは不思議なところじゃなぁ……」)
     どこまでも続くかと思われる荒涼とした地平線。
     鎖はその一部に深々と食い込んでいる。
     次々と襲い掛かる猫又の群れをかいくぐって十尾に狙いをつけながら、綴は独り言のように言った。
    「ラジオウェーブは都市伝説を使ってソウルボードの綻びから力を掠め取ろうとしとるんじゃよな。あの鎖を壊せばソウルボードの崩壊は進む。つうことは、この先いったいどうなるんじゃ?」
    「さぁ?」
     葉月は構わず言い捨てる。
     その指先は躊躇わず癒しの矢を紡ぎながら、しかしその口調はどこまでも冴え冴えとして――。
    「それらがどうなろうと私の知ったことではありませんので。世界が滅びようが栄えようがお好きにどうぞ」
    「あんた、変わっとるなぁ」
    「化け物だの鬼だの呼ばれ続けましたので、慣れました」
     しれっと言って、葉月は戦況を確かめる。
    「群れは健在、十尾もまだ余力がある……といった状況ですか」
     小柄な体で機械的に斬影刃を振り回しながら、マリナが言った。
    「だからクラッシャー後回しだと消耗が激しくなるって言ったんだおっ。回復されながらでも集中攻撃すれば1体ずつ落とせるんだから、先に数を減らした方がよかったんだおっ」
     マリナの指摘にルフィアがぼやいた。
    「後衛はあれ1体だけだから、十尾にダメージを与える限り回復の減衰も起こらないからな……」
     渾身の力で斬り込んだ斬影刃の与えた傷を、十尾は舐めて癒そうとする。もちろん数人がかりで攻撃を与えている以上、こちらの与えるダメージの方が多くはあるのだが――菖蒲がおっとりと首を横に振った。
    「いまさら言っても仕方ありません。回復は私と貴夏さんがなんとかしますから、とにかくあの十尾を倒してしまいましょう」
    「ああ、後に大物が控えていることだしな。さっさと片付けるとしよう」
     ルフィアは不敵に笑んで、従えた影業を生き物のように操りながら戦線の一翼を担った。
    「ほら、こっちだ」
     十尾の注意を引き、妖冷弾を鼻先にぶち当てる。
    「――今だ」
    「おおおおお……!!」
     武流が跳躍し、群れの頭上を飛び越えて光刃を放出。
    「ギャンっ!」
     額に三日月型を傷を負った十尾がたまらず呻いた。
    「一気に決めるぜ!」
    「ああ、畳み掛けていけ」
     飛び掛かる猫又をヴォルフは制約の弾丸で撃ち落とす。
    「道は俺が開くよ」
    「だおっ」
     葉月と菖蒲に続き、マリナの祭霊光が回復の底上げを果たした。
    「私もいるぞ。後衛の方は任せろ」
     前衛の回復はマリナに任せ、ルフィアの紡ぐラビリンスアーマーが攻撃態勢に入るサフィの全身を守り固める。
    「悪いです、けど……倒します、ね」
     猫又の攻撃はエルに庇ってもらい、サフィは十尾まで開けた道筋にオーラキャノンを撃ち込む。
     ――ビュン!
     正面から食らった十尾はけたたましい叫び声と共に灼滅されていった。
    (「どうなっても、人を守りたくて戦うのは変わらない……」)
     サフィは槍に持ち替え、飛び掛かってくる個体から螺穿槍で貫き落とし、フリージングデスでまとめてダメージを与えていく。
    「背中を合わせて、死角をなくしましょう……」
    「多方面から攻めた方が攪乱できそうだね。よし、逃がさないよ」
     ヴォルフは怖気づいて後ずさる猫又へと幻狼銀爪撃を与え、確実に撃破する。十尾さえ倒せれば後は時間の問題だった。
    「1,2、3……」
     仲間とタイミングを合わせ、倒しやすそうな猫又から百裂拳を撃ち込みながら武流は残る敵の数を数えた。
     ちょうど、さっきの拳が止めとなって7匹目。
    「残り2匹!」
    「勝負は決まりだおっ」
     マリナの墨染の日本刀が闇を纏いて敵を断ち、ヴォルフの弾丸が最後の一匹の額を真っ直ぐに貫いていった。
    「猫じゃ無ければその怪談、頂いてもよかったんですがね。まあ成仏して下さい」
     菖蒲は灼滅されてゆく彼らを見送って、ぽつりと呟いた。

    ●絡みつく意志
    「やっと落ち着いたな……」
     ふう、と綴が一息をついた。
    「さて、後はこいつをどうするか」
     必要な回復を行い体勢を立て直した後で、武流は問題の鎖の前に進み出た。
    「俺は破壊するべきだと思う。たとえ更なる混乱を招くことになったとしても、俺達がやってきたことが正しかったのかどうかを確かめるための民間活動だったはずだ。その結果がこれだろ?」
    「ええ。異論はないですが、とにかく慎重に行きましょう」
     菖蒲が頷き、巨大な鎖を見渡した。
    「壊した途端に予期せぬエネルギーの暴走とか、ないとは限りませんからね」
    「ふむ。見た目は普通の鎖と変わらんようだがな……」
     そっと、ルフィアはその表面に触れてみる。
     葉月は鎖の繋がる先を眺めた。
     それはまるで、ソウルボードの一部を拘束するかのように深々と食い込んでいる。
    「なんだか、守るというよりは縛っているといった印象ですね」
    「嫌な気がします……」
     菖蒲が顔をしかめる。
     ソウルボードから漏れ出しているという力の方が気になっていたマリナは腕組みして首を傾げた。
    「ソウルボードが窮屈そうにしてる感じがするおっ」
     本当にただの直観でしかないのだが、ソウルボードはこの鎖を歓迎していないような印象を受けるのだ。
    「漏れ出ているというエネルギーの方も、こうしてただ近づく分には影響ないようですね。というか、なんとなく感じられる程度でこれといった手ごたえもあまりないような感じですが」
    「どういうこと、なのでしょう……ね」
     サフィは不安げに眉を寄せた。
    「ま、そういうことなら気兼ねなくこいつを壊してしまっていいんじゃないか。反対するやつはいるか?」
     綴の提案を拒否する者はこの場にいなかった。
    「そもそも、ダークネスや灼滅者、秘匿する意味が何処かにありますか?」
     葉月は躊躇なく、戦闘の意志を明らかにする。
     気配を察して、鎖が不気味に蠢動した。
    「いくぜっ!」
    「はい……」
     戦いの幕を切って落としたのは武流の光刃放出とサフィの妖冷弾だった。続けてマリナが黒死斬で切りかかる。
     ダメージを受けた鎖は打ち震え、雷撃をもって迎撃した。
    「させません」
    「菫、衝撃ダメージ蓄積量の多いものから優先して庇え」
     だが、瞬時に菖蒲の言霊と葉月の清風によって仲間たちが守られる。ビハインドの菫に庇われたヴォルフは礼を言い、鎖と直接絡み合う形で格闘する。
     鎖は大きくうなり、組み合うヴォルフごと大地に叩きつける。
    「ぐはっ……!」
    「大丈夫か?」
     ルフィアは縛霊手で鎖を弾き返すようにしてヴォルフを助けた。
    「ソウルボードにどのような影響があるか分からないからな。早めにけりをつけるとしよう」
    「おう!」
     ライドキャリバーを突撃させながら、綴は鎖を蒐執鋏で挟み込み、思い切り力をこめた。
    「うおおおおおお!!」
     バッキン、と派手な音がして鎖が弾ける。
    「もらったおっ」
     雲耀剣を掲げたマリナが縦にそれを振り下ろした。
     一刀両断された鎖の破片が周囲の空間に散っていく。そこへ、灼滅者たちによる一斉攻撃が降り注いだ。轟音とともに砂煙が舞い上がり、それが収まった時、鎖は消失してぽっかりと穴の空いたソウルボードの綻びだけが残されていた。
     まるで氷河の欠片が溶解するように、ソウルボードの綻びから幾つかの塊が崩れ落ちていく。
     その様子に気付いたルフィアが呟いた。
    「バベルの鎖が無くなれば、人は真の自由に近づく……か。そういう意味では私たちとラジオウェーブの目的はそれほどかけ離れてはいないのかもしれないな。一度、言葉を交わすべきなのか?」
    「分からない。けど、これから現実世界が変わろうとしているのは確かみたいだ。俺はそれを見定めたいと思っている」
     同じく己の為した結果を観察していた武流は、崩れ落ちた欠片がただ消えるのではなく現実世界に消えていったような感覚を覚えて戸惑った。
    「現実世界に漏れ出した力がどういった影響を及ぼすか……楽しみにするとしよう」
     ルフィアはそれ以上綻びが拡大しないのを見届けてから背を向ける。
    「ん……おつかれさまです、よ。エル」
     戦い終えたばかりだというのに元気な霊犬に翻弄されつつ、サフィは祈るように目を伏せた。
    (「どうか、良い星の元、導かれますよう……」)
     今はただ、それを願うばかりだった。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月15日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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