バベルの綻び~破壊か再生か

    作者:夕狩こあら

    「灼滅者の兄貴と姉御の活躍によって、全国の地方都市を襲撃した巨大七不思議の脅威はまるっと取り払われたッス!」
     敬礼と共に作戦の成功を伝えた日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、日本各地より寄せられた撃破の報に完全勝利を示す。
     此度の勝利は、ラジオウェーブが計画していた電波塔の再建を阻止しただけでなく、ラジオウェーブの切り札の一つと思われる『精鋭のタタリガミ』達も灼滅するという大きな戦果を得られた。
    「これで連中が人々を極限の恐怖に突き落とすって目論みは潰えた訳だ」
    「逆に人々は兄貴らの活躍に希望を見た筈っすよ」
     更に、ラジオウェーブの目的の一つであった『一般人に都市伝説を認識させ、ソウルボードを弱体化させる』という計画も、灼滅者の活躍を人々に知らしめる『民間活動』として達成できたのは誠に幸いだったと、ノビルは強く首肯する。
    「今回の大規模な『民間活動』の成果は、ソウルボードに大きな影響を与えたようで、ソウルボード内の力が集まった地点に小さな綻びが生じたんス」
    「綻び……?」
     そして、その弱体化したソウルボードに出来た綻びから力が漏れ出ようとしている事が、新沢・冬舞(夢綴・d12822)、文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)、御鏡・七ノ香(小学生・d38404)、ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)らが行った調査によって確認されたという。
    「――現況は」
    「現在、この綻びが生じた地点には、巨大な『鎖』のようなものが出現し、ソウルボードの綻びを拘束し、力の流出を阻止しようとしているみたいっす」
    「ソウルボードの崩壊を繋ぎ止める鎖、とは……」
    「この『鎖』の正体、現時点では不明なんスけど、もしかこの鎖こそ『バベルの鎖』なのかもしれないッス!」
     此度の決戦で真実に近付いたか、謎が深まったか――。
     灼滅者とノビルは暫し沈黙し、現在発生している状況を噛み締めた。
    「……この『鎖』にはどう対応したら良いんだろう?」
    「うす。このまま何事も無ければ、ソウルボードに生じた綻びは、この『鎖』の作用によって修復されると思われるッス」
     既に様々な調査を経て、闇堕ちはソウルボードからの力の影響で起きると考えられている。
     ソウルボードの力が溢れ出れば、その力を得たダークネス達が強化されたり、一般人の闇堕ちが誘発される可能性があるので、修復される事自体は悪い事ではなかろう。
    「ただ、このソウルボードの綻びが『これまでの民間活動の成果』であるとすれば、これを否定する事は、これまでの活動を否定する事にもなりかねなくて……」
     この『鎖』によるソウルボードの修復を認めるべきか、或いは邪魔をするべきか……どちらが正しいか言及する事は今は出来ない。
    「なんで、実際に『鎖』と対峙し、歴戦の灼滅者の感性や意志でもって、どうするべきかを決めるのが、今は最も良い選択になる筈っす」
     綻びが生じつつあるバベルの鎖を破壊するのか、或いは維持するのか、灼滅者自らが選ぶ――実際に対峙する者によって判断も変わろうが、重要なのは各々が考える事だと、ノビルは思っている。
    「唯、この『鎖』の扱いを決める前にするべき事があって」
    「うむ?」
    「ソウルボードの綻びが出来た地点では、今回の失敗を少しでも取り戻そうと、都市伝説が『鎖』の動きを邪魔しつつ、ソウルボードの力を掠め取ろうと動き出しているンす」
    「ラジオウェーブの勢力が都市伝説を利用しているんだな」
     それ故、この姑息な都市伝説を撃破した上で、『鎖』への対応を選択するようお願いしたい――ノビルの依頼に、灼滅者達はこっくり首肯を返した。
    「兄貴と姉御に戦って欲しいのは、概ね『トンカラトン』と言われるヤツが10体」
     全身に巻きつけてあるのが包帯だったりトイレットペーパーだったり、或いはバンデージやきしめんだったりするが、どれも自転車に乗って「トンカラトンと言え!」と叫びつつ襲い掛かって来る。
    「やっぱり都市伝説の通り、日本刀を持っているのかしら」
    「押忍。ただコイツは『トンカラトン』と答えたとしても穏便には済まないヤツなんで、10体全て灼滅して欲しいッス」
     この者達はラジオウェーブ勢力によって生み出された都市伝説なので、噂された話の通りに動くのではなく、灼滅者が攻撃を行おうとすると迎撃に動く。
    「その時『鎖』は……?」
    「こっちは攻撃されない限り反撃してこないんで、都市伝説と灼滅者の戦いには介入せず、ソウルボードの修復を行おうとするッス」
     先ずは都市伝説の対応か――灼滅者の選択の結果によっては『鎖』との戦闘が発生するので、準備は万端にしておきたい。
    「ことソウルボードに関しては、ラジオウェーブの陰謀は大きく後退したと考えて問題なく、その主導権は兄貴らが握っていると考えて間違いないッス」
    「そうか……」
     ソウルボードとバベルの鎖の扱いをどうするか、舵を握ったからこその難題が灼滅者を悩ませる。
    「ソウルボードの『鎖』が何かを縛りつける為の道具とするなら、果たして『何』を縛り付けているのか……」
    「その点からもよく考える必要があると思うッス」
     うむり、ノビルと視線を交わした灼滅者達は、早速意見を交換し始めた。


    参加者
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)
    神凪・陽和(天照・d02848)
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)
    杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)
    白星・夜奈(星望のヂェーヴァチカ・d25044)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)

    ■リプレイ


     ――五行相剋生、四神相応!!
     杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)がスレイヤーカードを宙に抛り、両手で刀印を結んだ後、右手を天に突き出す。彼がヘッドホンの電源をオンにした瞬間が、血戦の幕開けと相成った。
    「トン、トン、トンカラ、トン」
    「トントン、トントン、トンカラトン」
     開戦劈頭、不気味に迫る敵軍を弾幕に挫くは影道・惡人(シャドウアクト・d00898)。
     鉄鉛の驟雨が秩序無く見えた白帯の群れより隊列を暴いて間もなく、
    「おぅヤローども、殺っちまえ」
     その飄然を迫撃の合図と受け取った神凪・陽和(天照・d02848)と神凪・朔夜(月読・d02935)が飛燕と疾った。
    「先ずは厄介なジャマーから。――参ります」
    「太陽と月。対なる僕等は常に力を併せて戦う」
     姉は片腕を半獣化させ、弟は片腕に鬼神を降ろし。
     遠近を違えつつインパクトの瞬間を合せた双子が標的を後退させれば、ひたり、後続が空隙を埋めんと進み出る。
    「トンカラトン、と言え」
    「生憎だけど。付き合ってる暇はなくてね」
     言に断るは神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)。撃に拒むは海里。
     主が放った光矢に超感覚を研ぎ澄ませた僕は、迫る白帯を霊撃に手折り、自陣に狂気が踏み入るを許さない。
     トイレットペーパーやらライブ用のテープやら、あらゆる巻紙がソウルボード内を飛び交う中、白星・夜奈(星望のヂェーヴァチカ・d25044)は灼罪の光弾にこれらを撃ち抜いて、
    「……あの鎖、ソウルボードと、つながってる」
     ジェードゥシカの杖が敵1体を打ち据えて作った隙間から、件の『鎖』の根元がソウルボードから生えている事を確認する。
     同じく都市伝説との戦闘中に『鎖』の様子を探らんとしていた神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)は、その大蛇の如き異様に幾度と重ねた民間活動を思い起こし、
    「――ずっと灼滅者について伝え続けてきた」
    「おんっ」
    「それが鎖を壊すというのなら。俺は此処で責任と向き合う」
     全てを共にしてきた相棒・加具土を一撫でして、言に示す。
     其の凛然に触れた東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)は、常盤の瞳を細めるや【合縁奇縁】を振り翳し、彼が後衛なら己は前衛にと、仲間の耐性を補完した。
    「マスターの覚悟、私も一緒に向き合わせて」
     背負うモノの重さを誇りと与れる彼女である。
     その靭やかな強さに雄渾を得た一同は、じわじわと摺り寄る凶邪に間断なき冴撃を突き付けた――。


    「オラオラッ」
     大量の薬莢を足元に散らす惡人、彼が作る硝煙弾雨を辛うじて越えたとしても、その身は陽和と朔夜が十字と結ぶ帯撃に貫かれる。
    「虹よ、七色を纏いて戦場へ橋を架けよ」
    「五色幣帛、罪穢れを祓浄めよ」
     至妙の挟撃に1体が膝を折った――須臾、その背より別なる個体が白帯を迫り出す。
    「!」
     之には次撃を継がんとした海里が捕まるが(じたばた)、優は頗る冷静に捕縛を解き、
    「テーピングテープか……指でも切れるよ」
     代わりに【BlueRoseCross】をグルグル巻きつけてやる、ナイスツンデレ。
     連戦を想定して堅守に寄せたサイキックを構成するはジャマー陣も同じく、
    「此方も向こうも手数が多い」
    「うん、だからこそ一手の判断が重要になる」
     赫翼を羽搏かせる宥氣然り、【verbinden】の情誼を配る勇弥然り、二人は声を掛け合い回復の過不足を避ける。
    「わふっ」
     無論、主従の絆に結ばれた加具土もだ。
     己が手番に最善を選ぶ――その戦闘勘は死闘を幾度と制した精鋭にこそ与えられよう、
    「先の敗北の挽回に寄越されたなんて、哀れな子たち」
    「ラジオウェーブが、動かす人形、なんかに。まけない」
     時生は不退不撓、ぬらと迫る白面を異形の巨掌に握り潰す傍ら、夜奈はジェードゥシカを連れて疾風となり、神速の斬撃に白布を断つ――静と動のカウンターアタックが妖布を花弁と散らした。
     これら戦陣の円転自在なるは、減衰を回避しつつ手数を活かした配陣の妙か。
     或いは予め撃破順を決め、其を共有して効率化を図った策戦の妙か。
     乃至は全員が最低でも誰か一人と感情を繋いだ絆の妙か。
     ――否、其の全てであったろう。
    「残るは包帯が2体に、きしめんと……ほうとう、うどんか」
     間引いたものだと宥氣が視た時には敵数は半減し、彼が迸る煉獄の炎が香ばしい匂いを漂わせつつ、更に1体を灼く。
    「トンカラトン、トンカラトン」
     仲間の灼滅などお構いなしに狂撃を――粘りあるグルテンの帯を射出する1体は、惡人が素早く弾いた爆炎の魔弾に相殺され、
    「おぅ、そっち任せたぜ」
     焦熱が烈風と吹き荒ぶ中、彼の声に「了解」と返した優が別なる個体の猛攻を預った。
    「トンカラトントイエ」
    「ワンコ、そんな鈍(なまくら)抛っておきなさい」
     弧月を描く刀を白羽取りした海里に一言添えた玲瓏は、うどんの隙間に黒鎖を衝き入れると、内なる闇を繁噴かせる。
     ぐる、と敵躯があらぬ角度に拉げた瞬間を屠るは、日月の連環。
     対を成す【烏兎】と【玉兎】は豊饒なる霊力を解き放ち、凶邪を塵に還して――。
    「幼少より共に戦闘訓練を受けてきた私達に、掛け合いの言葉は要りません」
    「性格は違うけど、僕達はお互い『魂の半身』だから」
     陽和と朔夜が比翼を成せば、続く時生と夜奈は連理と為ろう。二人は花顔を灼熱に白ませ、
    「ラジオウェーブが諦めたくないっていうのは理解るけど」
    「しつこい、のは、きらい、よ」
     舞うは蒼焔、躍るは紅炎。
     美し業火は先にジェードゥシカの杖が貫いた脇の傷より侵入し、邪悪を灼き尽した。
     1体、1体と帯を解いては焼かれていく都市伝説……彼等の駒たる儚さに一度睫毛を伏せた勇弥は、再び持ち上げた双眸に残る1体を射て、
    「そろそろ退場して貰うよ」
     おいで、加具土――と、相棒の冴刀を促すや、漆黒の風切羽を疾らせた。
    「トン……カラ、……――」
     ぐらり、歪な白躯が崩れて間もなく。
     その先の視野を得た一同は、ソウルボードの崩壊を阻む『鎖』を仰ぎ、暫し超然の存在を観照した――。


    「これは――」
     戦闘中でなければ余程喋らぬ上、此度は花粉症対策にガスマスクを着用する宥氣。彼の声は殆ど聞こえまいが、眸に示される『直感』は多くの灼滅者が抱えるものだった。
    「……意志や意識のようなものは感じられないわね」
    「ああ、会話はムリっぽいタイプな」
     時生の声に、惡人が頷く。
     これには陽和と朔夜も共感を寄せて、
    「特定のルーツやESPを持つ灼滅者だけが知覚できるものも無さそうですね」
    「ソウルボードの一部と考えると、疎通できないのも分かる様な……」
     と、己の感覚を共有する。
     刻下、正面から相対して得る印象は知らず本能や経験に根差しており、その感覚こそ判断の鍵として欲しいとノビルは言っていたが――、
    「どうして、かしら。胸が、ざわつく」
     灼滅者たる意識が『鎖』に悪意を感じ取っていると、不穏を得るのは夜奈だけでない。
     だからこそ彼等は見極めようとするのだろう、勇弥と優は細かに観察して、
    「何処かへ繋がっているなら辿ったけど、根元はソウルボードに繋がっているようだね」
    「綻びと綻びの向こう側は見通せず……中もソウルボード的なもので出来ているのかな」
     ソウルボードと『鎖』、その関係性が導く解を探らんとしていた。
     破壊か再生か――『鎖』に対峙した者の中には、何方の盃を選んでも毒である可能性を読む者も居よう。蓋し彼等は同時に、呷った毒さえ制する蠱毒たらんという覚悟もあって、その果断こそ光となったに違いない。

     ――破壊する。

    「ま、わかんねーもん考えてもしゃーねーからな。なもんにブレてちゃ損するだけさ」
     攻撃対象と見做した時点で銃爪を引く、惡人の反応は速い。
     大蛇の如き敵駆に火弾が炸裂すれば、硝煙が棚引くより先、宥氣が追撃を駆って、
    「襲式穿ち――!」
     円錐の様に一点へと集中した月白の斬撃が、巨躯を大いに揺るがせる。
     これら衝撃を感知した『鎖』は忽ち攻勢に転じるが、陽和は爪撃を、朔夜は帯撃を以て降り注ぐ閃雷を拒み、
    「神凪家は古代から歴史の影で、一般人の目から隠れて戦ってきた一族です」
    「代々、犠牲を出してまで闇を祓ってきた事を考えると複雑だけど……」
     当主が前に進むと決めたならと、双子の姉弟は迷わない。
     一方、紫電を帯びる魁偉を炎に包んだ夜奈は、その援護に回った時生と眸を合わせ、
    「何か起きても、みんなとなら、トキオとなら、どうにかできるんじゃないかって」
    「私も夜奈と一緒なら、決して光を見失わない」
    (「共に生きてほしいと希い、その身を、心を守りたいと誓った――唯一の友だもの」)
     懼れるな、進め。
     と、二人の凛然は滔々溢る。
     時に『鎖』は獰猛に苛烈に、耐性を配る勇弥を薙ぎ払うが、彼は斃れるか――否。
    「真実が伝われば、それで迫害の可能性が無くなる訳じゃない」
     世界の生態系を狂わせる惨劇も起り得る、と言を拭った手は、後衛より届く堅牢を受け取り、再び屹立した。
     間断許さず二の矢を番える優は淡然と言ちて、
    「化け物やら鬼やら、もう呼ばれ慣れたよ。言いたいやつには言わせておけばいい」
     ダークネスや灼滅者の存在を秘匿する意味は無い。
     大いなる運命を動かすには相応の力か犠牲が伴うものだと、虎眼は揺るがず――漸う鎌首を擡げる『鎖』を見据えていた。


     件の『鎖』は、電波塔に出現した都市伝説と同様、ソウルボードの一部が実体化したものであり、戦闘時の感触は彼等と戦った時と特段の差異は認められない。
    「意思は無し――じゃあ、何故『鎖』は綻びを修復する?」
    「そういうものだ、と考えたら或いはどうだろう」
     霹靂閃電に日本刀を手折られる宥氣、彼の手を灼く痛撃を癒した優が言を継ぐ。
     僕の海里が霊撃を衝き入れる瞬間を視ていた主は、鎖が『ソウルボードをソウルボードたらしめんと整えている』ように感じた我が直感を手離さず、
    「ソウルボードを『護る』為に戦っているのでは無いような……これは、どういう……」
     加具土の弾く六文銭射撃に緋炎を被せる勇弥も同様、実際に戦って得る生の感触が謎に迫る様で――真実に触れんとする第六感を研ぎ澄ます。
     己は皆の盾だと、守りを知る時生こそ『鎖』の違和感に気付こうか、
    「あなたは本当にソウルボードを護っているのかしら……」
    「なんとなく、逃げ出した奴隷を、取り戻そうとしている、ような」
     その奇妙な動きには、ジェードゥシカと共に邀撃に立った夜奈も首を傾げる。
     ソウルボードの形を整え、力の流出を阻止し、修復する『鎖』――然し意志無きそれが灼滅者の猛撃によって機能を失いつつあるのも見て取れよう、惡人は終わりの刻を告げ、
    「感情は戦闘の前と後にだけありゃいんだ、今は欠片もいらねぇ」
     観察も戦闘も仕舞いにしようぜ、と白帯に『鎖』の切先を縛す。
     ソウルボードを縛る悪意を縛るとは皮肉な話だが、見上げる魁偉が挙措を制された瞬間には、陽和と朔夜が終焉の楔を撃ち落として。
    「鎖が私達を護って来た事は間違いないのですが、縛ってきた事も間違いありません」
    「僕達は破壊の必要性も深く理解している。だから――!」
     カミ降ろす刀が、神風が、身を両断する。
     途端、連環を断たれた『鎖』はほろと綻び、淡く、儚く消滅した――。

    「……終わった、か」
     宥氣がイヤーデバイスの電源を切り、その場を離れようとした時だった。
    「んじゃ後ぁ任せたぜ。――んん?」
     同じく背を向けて帰還しようとした惡人が振り返り、最後に警鐘を鳴らした直感が仲間の退避を促す。
     須臾、朔夜と陽和も頭上に迫る警急に声を張って、
    「綻びが、崩れる――!」
    「大きな破片が落ちてきます!」
     まるで氷山の一部が崩落する様な、亀裂を走らせた部分が海へと零れる様な。数メートル級のソウルボードの破片が2個3個、小さな欠片を連れ立って崩れてくる。
     然し「あわや」という瞬間、高みより墜下する欠片は衝撃を齎す前に消失し、ドライアイスが気化する如く、或いは滝壺に落ちる前に蒸発する飛瀑の如く、宙に解けていった。
     ふわり艶髪を撫でられた優は、一陣の風と変わった其を反芻し、
    「消失……いや、ソウルボードに還ったというより、現実世界に消えていった様な……」
     自ずと視線は、一部分を失くしたソウルボードへ。
     畢竟、崩落が起きたのはそれきりで、全ての沈黙を確認した一同が今度こそ踵を返す。
    「さぁ、私達が此処で視た事を学園に持ち帰りましょう」
     此度の事件を見極める必要がある、と友に手を伸ばすは時生。
     夜奈は同じく我が歩み出しを待つジェードゥシカに「もう少し、待っててね」と小さく声を添え、
    (「だいじょぶ、しにたくないなんて、思ってなんて――」)
     多くの血を屠った者として真実を視るべきと思う一方、裁かれるべきとも想う矛盾に、手袋で覆った指先が悴んだ。
     斯くして『鎖』を破壊し、また世界を解く鍵を得た彼等の役儀は愈々重くなろうが、殿を務める勇弥の歩みは力強い。
    (「俺が目指すのはイドラ(先入観・偏見)の破壊、俺達も心持つヒトだと叫ぶ事」)
     最も大切に思う友が、心から笑える未来を作る『誓い』を果たす為に――と握る拳は強く、強く、まだ見えぬ道を掴む様であった。

     民間活動の積み重ねがソウルボードに影響し、その結果生じたという『綻び』。
     そして、ソウルボードの崩壊を繋ぎ止めるべく出現した『鎖』。
     8人の灼滅者達はこの両方の崩壊を目に焼き付けたのだが、その瞳が近い将来に見るものとは――。
     考えるが先か、時が進むが先か。
     刻々と迫る世界の真実が、灼滅者を試すようだった。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月17日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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