バベルの綻び~鎖に群がる花子さん

    作者:雪神あゆた

    「皆さんの活躍で、都市部を襲撃した巨大七不思議を、全て撃破できました」
     学園の教室で姫子は集まった灼滅者に報告する。
    「この勝利により、ラジオウェーブの電波塔の再建を阻止した上、ラジオウェーブの切り札の一つらしい『精鋭のタタリガミ』達も灼滅できました。
     更に、ラジオウェーブの目的の一つだった『一般人に都市伝説を認識させ、ソウルボードを弱体化させる』計画も、灼滅者の活躍を人々に知らしめる『民間活動』として達成したのです。灼滅者の皆さんの努力と健闘に感謝を」
     姫子は頭を下げ、続ける。
    「今回の大規模な『民間活動』の成果は、ソウルボードに強い影響を与えたようで、ソウルボード内の力が集まった地点に小さな綻びが生じ、綻びから力が漏れようとしている事が、新沢・冬舞さん、文月・咲哉さん、御鏡・七ノ香さん、ラススヴィ・ビェールィさんらの調査によって確認されました。
     現在、綻びの地点には、巨大な『鎖』のようなものが出現し、ソウルボードの綻びを拘束し、綻びをつなぎとめ、力の流出を阻止しています。
     この『鎖』の正体は不明ですが、もしかしたら、鎖が『バベルの鎖』かもしれません」
     そして姫子は一人一人の目を見つめ、
    「このまま何事も無ければ、ソウルボードの綻びは、『鎖』によって修復されるでしょう。
     様々な調査から、闇堕ちはソウルボードからの力の影響で起きると考えられています。
     ソウルボードの力が溢れ出れば、その力を得たダークネス達が強化されたり、一般人の闇堕ちが誘発される可能性があるので、修復される事は悪い事ではありません。
     しかし、ソウルボードの綻びが『これまでの民間活動の成果』だとすれば、綻びを否定する事は、これまでの活動を否定する事になりかねません。
    『鎖』によるソウルボードの修復を認めるか、或いは邪魔をするか……、どちらが正しいか現時点で断定する事はできないでしょう。
     ですので、ソウルボードに赴き、『鎖』と対峙してください。
     そして歴戦の灼滅者の感性や意志でもって、どうするべきか、皆さん自身で決め、実行してください。お願いします」
     ただ、と姫子は補足する。
    「『鎖』の扱いを決める前にすることがあります。
     ソウルボードの綻びが出来た地点では、今回の失敗を少しでも取り戻そうと、都市伝説が『鎖』の動きを邪魔し、ソウルボードの力を掠め取ろうとしているのです。
     皆さん、まず姑息な都市伝説を撃破した上で、『鎖』への対応を選択してください」

     姫子は敵の説明に入る。
    「戦場はソウルボード。敵となる都市伝説は、トイレの花子さん」
     おかっぱ頭の可愛らしい『女の子』の花子さんが四体。
     おかっぱ頭の可愛らしい『男の娘』の花子さんが三体。
     小学生の服を無理やり着込んで露出度が増したスタイル抜群の『美女』の花子さんが三体。
    「敵は三種類いますが、ほとんど同じ能力で強さに変わりはありません。
     三種類とも、「一緒に遊ぼ」「寂しいの」と甘えた声を出しつつ、解体ナイフ相当のナイフで切りかかってきます。
     今の皆さんなら決して勝てない相手ではありません。なので、まず花子さんたちを全て灼滅してください」
     そのうえで『鎖』を破壊するかどうか、は、灼滅者の意志に委ねられる。

    「ソウルボードとバベルの鎖の扱いをどうするべきか、難しい問題だとおもいます。
     大事な選択かもしれません。よく考えたうえで、行動してください。後悔のないように」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)
    陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)
    秋麻音・軽(虚想・d37824)

    ■リプレイ

    ●群れる花子さん
     ソウルボードの中。草木の生えない荒野めく地面。
     灼滅者八人は今、その地面の上を駆けていた。
     灼滅者の前方には、複数の人影。少女、少女の姿をした少年、少女の服を無理に着た女。合わせて十体の都市伝説。
     都市伝説たちは、空間にできた綻びを修復する鎖に群がっている。
     華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は目を細め、敵を観察。
    「鎖に群がっているのはトイレの花子さん……っぽくないのが混じってますが、とにかく。――華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     紅緋は銀の指輪をはめた手を振る。少女花子さんの一体へ赤い刃――神凪刃を飛ばす!
     少女花子さんは攻撃の威力に尻もちをついた。すかさず群れへ突き進む紅緋。
    「邪魔です、都市伝説! ……皆さん、相手は数だけはいます、取り囲まれないよう警戒を」
    「了解だ」
     応えたのは、新沢・冬舞(夢綴・d12822)。冬舞は紅緋に並走。
     少女花子さんとの距離を詰め、冬舞はしゃがむ。ナイフを敵の臑に刺す。飛び散る血。紅緋と冬舞の攻撃に悲鳴を上げる花子さん。
    「このまま攻め続けるぞ」
     声をあげる冬舞、そして紅緋に、花子さんたちの二十の瞳が向けられた。
    「遊ぼ」「ボク、寂しいの」「お姉さんと遊んで」
     少女と少年は小さな手でナイフを振り回しだす。露出度の高い女も胸の谷間から、短刀を出す。刃物を手に、冬舞たちに殺到する三種の花子さん。
     が、花子さん達に、大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)と陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)が立ちはだかった。
    「お前たち都市伝説の好きにはさせないよ! ここは通してもらうから!」
    「うん、鎖には少し試したいこともあるし、早めに突破させて貰うよ」
     二人に花子さん達のナイフが迫る。彩が腹を、鳳花が肩を切られた。
     しかし彩は痛みを顔に出さない。霊犬シロの治療を受け、即座に体勢を立て直した。『白焔鏖琴・沙羅曼蛇』の柄を握りしめ、背から炎の刃を顕現。
     鳳花は彩の力が体に流れ込むのを感じていた。ウイングキャットの猫も光で自分を癒してくれている。
     支援に応えようとか、鳳花は力強い所作でクロスグレイブを操る。銃口を開き、光を発射!
     攻撃は命中したが、後衛の花子さん達がナイフを掲げた。発生する毒の霧。霧はふわふわとうごき、前衛を覆い、蝕む。
     ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)は肩を竦めていた。
    「いやー、こんな状況じゃあなければ、パッツパッツの服着た美女に遊んでとか言われたら、きっちり……まあ冗談は置いといて」
     ゲイルは標識を高く掲げた。ゲイルの力が、仲間から毒を払い、抵抗力を付与。
    「傷ついた人はすぐ治すんで、安心してくださいね」
     軽く言いつつ、ゲイルは戦線を支え続ける。イエローサインを中心に三種の技を使い分け、効率よく治療して。
     秋麻音・軽(虚想・d37824)はゲイルの横を通り抜け、前線へ出ていた。
    「遊んで」と口にする少年花子さんに、軽は首を左右する。
    「……すまない、一緒に遊んでやれない。せめて安らぎを与えよう」
     少年が毒を放とうとしていたが、軽は迷わずに敵に接近しつづける。軽は敵の攻撃より早くベルトを振った。レイザースラストで少年の左胸を貫き――彼の存在を消した。

     数分後。クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)は赤茶の瞳で戦況を確認。
     敵の数は多く、攻撃は次々に飛んでくる。が、灼滅者は攻防整った陣形と十分に用意した癒しの力で被害を抑え、逆に反撃で敵数を着実に減らしていたのだ。
    「改めて見ても原型から離れて何でも有りだな……だが、前衛は吹き飛ばした。回復も十分追いついているみたいだな」
     クレンドは赤い手甲、『不死贄【アーム式】』を嵌めた腕を前に突き出す。除霊結界を生成、中衛の花子さん達の体を縛り付ける。
     ビハインドのプリューヌがクレンドに呼応し、霊障波を放つ。クレンドとプリューヌの連携技に、敵の体が弾け飛び、消滅。
     その後、灼滅者は安定した戦略で花子さんを屠り続けた。そして、
    「後はこの一体だけですね」
     最後の一体、大人花子さんに、黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)が対峙する。
     空凛は念のため、ポメラニアンの姿をした霊犬・絆へ前衛の治療を指示。そして空凛は踵で地面を叩く。七色の星が煌く影業『Arco iris en la oscuridad』で敵を呑み込んだ。
     影業は、最後の花子さんを永遠に沈黙させる。

    ●鎖の悪意
     紅緋は都市伝説が完全にいなくなったのを確認し、
    「それじゃ、この縛める『鎖』とご対面といきましょう」
     と歩を進める。空間の一角にできた綻びとその綻びにまとわりつく巨大な鎖へと。
     鎖の調査は、軽と鳳花が中心になって行った。
     クレンドは調査する二人の側に控える。万が一の為、鎖から二人を守るため。彩と空凛もともに警護を担当。
    「わたしたちも警戒しておくけど、十分注意してね?」
    「ええ、全くの未知の存在ゆえ、警戒してもしすぎるということはないでしょう」
     彩は言いながらも『白焔豪腕・猛火』で拳を握りしめている。空凛も『stardust memoria』から手を離さない。
     二人の言葉を、鳳花が聞きつけた。
    「そーだね、注意したほうがいいかもしれない。この鎖から悪意は感じるし……どんな悪意か、はっきりしないけど」
     鎖に触りつつ鎖からの敵意に注意していた故に、鳳花は鎖からの悪意を嗅ぎつけていたのだ。
    『鎖の悪の力』を探ろうとしていた軽も頷く。
    「ああ、悪意は感じる。何への悪意かはわからないが……少なくとも、ソウルボードを修復するこの鎖から、ソウルボードを護る意志は感じられない」
     鎖に触れ、鎖の端を見やる、鳳花と軽。
     鎖の作成者等の情報は得れなかったが、鎖の悪意を感じ取ることはできた。そして調査は終わる。
     冬舞とゲイルは皆の顔を見渡す。
    「調査は終わったようだな。なら鎖をどうするかだが」
    「僕は皆さんに任せます」
     冬舞もゲイルも判断を皆に委ねるようだ。数秒し、空凛が答えた。
    「私からは破壊を提案します」
     穏やかな口調の空凛、だが紫の瞳に凛とした意志が感じられる。
     クレンドも冷静な口調で言葉を添えた。
    「根拠なんて無いけど、この鎖があるから俺たちは前に進めずにいる気がする。俺も破壊に賛成だ」
     空凛とクレンドの言葉に、紅緋、彩、鳳花、軽が、頷いた。彼女らの表情に、それぞれの決意。鎖への破壊を決め、灼滅者は再び戦闘姿勢へ。

     空凛は片足を半歩前に出す。
     前方には、悪意を漂わせる巨大な鎖。
    「バベルの鎖かもしれないこの鎖を破壊すれば、大きな変革をもたらしかねない……しかし燐姉様は変革も受け入れる覚悟です。ならば、私は進むだけです」
     ここにはいない人を想起しつつ、空凛は息を吸いこむ。桜色のオーラ『花霞』を滾らせ、オーラキャノン!  轟音。
    「効いている……? なら、最初から一気に畳みかける!」
     神経を研ぎ澄ませていた軽は好機を逃すまいと動く。
     ダイダロスベルトの切っ先で、鎖の一点を指した。
     急速に温度を低下させる、フリージングデスを実行! 軽の氷が鎖の一角を多い、鎖を消耗させていく。
     冬舞は軽の横に並んだ。槍の穂先を突き出す。
     軽の氷に覆われた鎖へ、冬舞はさらなる冷気を浴びせかける。
     冷気に反応してか、鎖は蛇のようにのたうつ。ジャラリジャラリ、と耳障りな音。
     冬舞は悟る。
    「反撃が来るぞ! 備えろ」
     冬舞の言葉通り、鎖は灼滅者前衛へ襲い掛かってくる。
     その前に、あえて鳳花は立つ。
     鎖の巨体が来るが、仲間を庇うため、鳳花は避けない。敵の体当たりを体で受け止める。
     鳳花へ猫と風凛の絆が駆け寄ってきていた。二体は光と瞳で癒してくれる。
     しかし鎖はさらに攻める。一分後には鳳花に電撃が飛んだ。耐え切れず、どさりと地面に倒れる鳳花。
    「やれやれ激しい反撃です。……ですが、ここまで来たら不要でしょう、バベルの鎖は」
     人をくったような笑みを浮かべるゲイル。
    「そのためにも役目はしっかり果たしておきましょうかねぇ、傷の具合は、と」
     ゲイルは鳳花の傷を確認し、手早く体にベルトを巻き付ける。ラビリンスアーマーで傷を塞ぎ、守りを固めるゲイル。
     ゲイルに癒され、倒れていた鳳花は跳ねるように立ち上がる。
     鳳花は立ちあがりざまにクロスグレイブを振る。
     鎖を十字架で突き、払い、さらに打ちすえる。鳳花は十字架の先を敵に向けたまま、いつも通りの口調で、
    「ライトウィンド先輩は不要って言ってたけど、ボクもしょーじき、情報させ得られれば人間社会への影響なんてどーでもいいよ、だから、鎖はここで破壊するよ」

     その後も鎖は暴れ続ける。電撃と鎖の巨体が荒れ狂う戦場を、クレンドとプリューヌは走り回った。
    「この閉ざされた世界を変えるには……それこそ壊すつもりでいかないといけない。合わせてくれ、プリューヌ!」
     プリューヌとクレンドは同時に動く。プリューヌの霊撃とクレンドの不死贄【サイン式】が、鎖の一部に罅を入れた。
     鎖の動きが止まった。クレンドの力が、鎖を麻痺させているのだ。紅緋は、すかさず鎖との距離を詰めた。呼吸を止める。
     異形化した腕、その拳で、鎖の一点を打つ! 砕けよとばかりに渾身の力で。
    「叩き込みます、動かなくなるまで何度でも!」
     叫び構えなおす、紅緋。
     鎖全体に罅ができた。壊れる寸前の鎖は、しかし、電撃を放つ。雷光に、彩が貫かれた。
     激痛を感じる彩。が、その痛みが引いていく。シロが癒してくれたのだ。
    「ありがとう、シロ。わたしは――負けないよっ」
     彩は漆黒のギター『白焔鏖琴・沙羅曼蛇』のネックを握った。溢れたのは炎。
     彩の業火は鎖を焼き焦がし――鎖の動きを完全に停止させた。

    ●崩れゆく欠片と想いと
     油断せず拳を未だ解かない紅緋の目の前で、
    「あ……消えていきます……あら?」
     鎖の姿が薄れていく。やがて、完全に鎖の姿は消えた。自分たちの勝利を確信し、紅緋は息を吐いたが、ふと綻びの一点に目を向ける。
     綻びから数メートルほどの塊が二個崩れ落ちたのだ。
    「あれはソウルボードの欠片、だね? 鎖が消えた拍子に崩れたのかな?」
     思案顔の鳳花。その前方で崩れたソウルボードの欠片が溶けるようにして消えてゆく。ドライアイスが気化するように。
     空凛とゲイルも消えゆく欠片を注視していた。
    「ソウルボードに帰った……いいえ、違いますね」
    「ええ、むしろ現実世界に消えていったように思いましたが」
     根拠は説明できないが、しかし空凛とゲイルの眼にはそう映ったのだ。
     崩落は止まっていた。彩と軽はそれぞれ、祈りと信念を込めた視線を綻びへ向ける。
    「民間活動の結果だしね。鎖を壊したことがいい方向に転んでくれるといいけど……」
    「民間活動で同席した者は、皆、一般人に理解して貰おうと真剣だった。あの気持ちの結果が綻びならば、鎖の破壊ならば、その先の道はきっと正しいと……私は信じる」
     勝利を手にした灼滅者はやがてソウルボードの外へ帰る。戻る間際、クレンドは、
    「例えこの選択が過ちであっても、最後まで諦めることだけは許されない」
     声に出さず、そう呟いた。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月18日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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