バベルの綻び~人面犬、鎖を噛む

    「先日各地に出現した巨大七不思議は、皆の活躍のお陰で、無事、全てが灼滅された」
     初雪崎・杏(大学生エクスブレイン・dn0225)が、灼滅者達に感謝を述べた。
    「この意義は大きいぞ。何せ、ラジオウェーブの電波塔再建計画を阻止した上、奴の切り札であるタタリガミの精鋭達も灼滅できたのだからな」
     更に、一般人に都市伝説を認識させ、ソウルボードを弱体化させるという敵の計画を逆手に取り、民間活動として灼滅者の活躍を人々に広める結果になった。
     そしてその成果は、ソウルボードに影響を及ぼすほどのものだったようだ。
     ソウルボード内の力が集まった地点に小さな綻びが生じ、そこから力が漏れ出ようとしている……そんな事実が、新沢・冬舞、文月・咲哉、御鏡・七ノ香、ラススヴィ・ビェールィ達の調査によって確認されたのだ。
     綻びの生じた地点には、巨大な『鎖』状の物体が出現しており、この綻びをつなぎ留めようとしているようだ。
    「『鎖』の正体は不明だが、あるいはこれこそが『バベルの鎖』そのものなのかもな」
     外部からの干渉が無ければ、やがてソウルボードの綻びはこの『鎖』によって修復されるとみられている。
    「闇堕ちの原因はソウルボードからの力の影響だとする説が有力だ。そんな力が溢れ出ることになれば、ダークネス達が強化され、一般人の闇堕ちが誘発される事につながりかねない。なので、修復してくれるに越した事はないのだがな」
     だがもし仮に、この綻びが民間活動の成果によって生じたのだとすれば、修復が行われれば、これまでの活動の意味がなくなってしまう。
    「『鎖』によるソウルボードの修復を見守るか、或いは阻止するか。どちらが正しいか、現時点で断定できるだけの材料はない。そこで、皆に実際に『鎖』を見てもらい、どうするべきか決めてもらいたいと思う」
     杏が期待しているのは、歴戦の灼滅者の勘、のようだ。
    「ただ、1つ問題があってな。ソウルボードの綻びが出来た地点では、都市伝説どもが『鎖』の修復作業を妨害し、ソウルボードの力をこっそりちょうだいしようとしているらしい」
     この都市伝説を撃破した上で、『鎖』への対応を選択して欲しい、というのが、今回の依頼だった。
    「今回皆に撃破してもらいたい都市伝説は、『人面犬』だ。全部で8体いるが、それぞれ顔や犬種が異なっているから、個体の見分けはつくだろう。顔が老人だったり若い女性だったりするし、体がドーベルマンだったりチワワだったりする」
     まあ可愛くはないが、と杏は渋い顔。もっとも、可愛いと灼滅しづらくなるのでそれはそれでいいのかもしれない。
     ポジションの内訳は、クラッシャーが2体、ディフェンダーが1体。ジャマーが2体に、スナイパーが3体だ。使用するサイキックはどの個体も共通で、影業に準ずるものらしい。
     人面犬達は灼滅者に攻撃されると、『鎖』への干渉を中断し、迎撃を優先する。
     一方『鎖』は、攻撃されない限り反撃せず、基本的にはソウルボードの修復に専念する。
    「『鎖』がなくなる事でどのような結果となるのかはわからないが、『鎖』に綻びが生じたのが民間活動の結果なら、今の状況は灼滅者にとって歓迎すべきなのかもしれないな……」
     そう告げる杏の表情は、複雑であった。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)
    古海・真琴(占術魔少女・d00740)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    桃宮・白馬(雄猫・d01391)
    ヴィント・ヴィルヴェル(旋風の申し子・d02252)
    鴻上・巧(夢と欲望の守護者・d02823)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)

    ■リプレイ

    ●ソウルボードの探索者
     千布里・采(夜藍空・d00110)らのソウルアクセスで、ソウルボードを訪れた灼滅者達。
     目的は、『鎖』とそれを狙う都市伝説への対処。だが『鎖』への考え方はそれぞれに異なっている。
     しかし、それも無理はないだろう。現状、情報が出そろっていない段階で、判断を下すのは難しい。それゆえのソウルボード行であるのだ。
    (「『鎖』の正体が何かはまだわかりませんが。今ここで、力ずくで鎖を断ち切るのは、何か違う。そう思うのです」)
     実際、鴻上・巧(夢と欲望の守護者・d02823)は、判断を下すのは時期尚早と考えている。
    (「これを壊した結果、バベルの鎖が無くなるのは、今はリスクが高すぎますよ……」)
     紅羽・流希(挑戦者・d10975)は、『鎖』を断ち切る作戦にも参加経験がある。破壊と維持、その差を知りたいという気持ちもある。
     古海・真琴(占術魔少女・d00740)も、他チームの動向により破壊されるケースが多くとも、自分達が放置する事で、民間活動の成果を軟着陸させたい、という考えだ。
     一方で、ヴィント・ヴィルヴェル(旋風の申し子・d02252)は攻撃寄りの考えだ。このようなものを不干渉のまま放置は出来ない、と思うがゆえに。ただし今回は、『鎖』そのものを見極めるのが肝要。そう納得している。
     『鎖』へは攻撃を加えない。その方針を共有した一行の行く手に、やがて巨大な『鎖』の実物が姿を現わす。
     大蛇の如きそれの目的・真意は何なのか。想像をかきたてられずにはいられないビジュアルである。
     そしてそこには、先客がいた。『鎖』に群がる都市伝説・人面犬達。『力』の奪取を目論見、咬み付く様は、飢えた野良犬そのものだった。
    「こういう都市伝説って、昔のそれ系雑誌に載ってたっすね。……いや、好きでそんなの読んだんじゃないっすよ? 都市伝説と戦うための資料だっていわれやしてね……」
     仲間から、興味あるの? と言った顔を向けられ、ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が、頬をかいた。
     接近する者の気配を感じた人面犬達は、一斉にこちらを振り返った。
    「なんだよ」
    「灼滅者かよ」
    「こっち見んな」
     老若男女の顔と声で、ぶっきらぼうな言葉が飛んでくる。
     それでも灼滅者が足を止めないのを見ると、渋々『鎖』を食むのを中断した。
    「どうせ邪魔しに来たんだろ」
    「帰れよ」
    「帰りなさいよ」
    「やれやれ、人面犬にしろ、人面魚にしろ、大人しくしてりゃ単なるネタ扱いなのに……」
     不気味な人面わんこに、月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)が半目を向けた。
     とはいえ、どのような格好をしていようと、敵は敵。
     襲い来る人面犬の群れに対し、桃宮・白馬(雄猫・d01391)は、己の体内に住むデモノイドの名前を呼んだ。
    「行こう、ペガサス」
     力が、解き放たれる。

    ●ラジオウェーブの走狗
     覇気なく、しかし殺意を目に宿し飛びかかるジャマー犬の顔面に、采の指輪から弾丸がぶつけられた。
    「やられてんじゃねーよ」
    「うっせーよ」
     もう一匹のジャマー犬が悪態をつくが、二匹まとめて、霊犬の六文銭の標的となった。超常の力持つ犬、という点では同じであるものの、愛嬌で比較すればその差は歴然だ。無論、霊犬に軍配が挙がるわけだが。
     更に、ギィがジャマー犬2匹に向け、豪快な黒の斬撃を叩きつけ、相手の勢いを削ぐ。
     きゃいんきゃいん、とわざとらしい鳴き声をあげる人面犬。
     構わず流希は、傷ついたジャマーに狙いを定め、愛刀『堀川国広』を閃かせる。素早く相手の背後に回り込むと、四肢を断ち、文字通りその足を止める。先ほどまでの温厚さの下から現れた雰囲気は、ハードボイルドそのもの。
    「こいつらうぜえな」
    「締めてやっか」
     人面犬スナイパー達が、左右に展開した。それぞれの足元から伸びた影が、アギトや刃と化して、灼滅者達を蹂躙する。
    「蹴散らす」
     槍で影を払い、相手の間合いに侵入する巧。その腕が、脈動と共に巨大化した。
    「砕け、アガートラム!」
     銀の輝きをまとった巨拳が、人面犬を打つ。脳を揺らし、宣言通りその顎を破砕する。
     敵の意識は既に、『鎖』からこちらへと注がれている。そう確信を得た朔耶は、前方で奮戦する仲間達に、夜霧をまとわせた。
     そうして妨害能力を高めた霊犬のリキが、六文銭を浴びせかける。
    「おお、いてえ。こんな可愛い犬いじめんなよ」
    「……申し訳無いですけど、私、極度の猫好きでして」
     人面犬の雑な訴えに、普通に犬だったらまだ良かったのですけど、と、真琴が手をかざす。前衛の味方に次々シールドが展開する。
     構わず襲い掛かる人面犬。クラッシャー2匹とディフェンダーが、影の触手を伸ばしてきた。
     それを甘んじて受けつつ、あくまで現在のターゲットであるジャマー犬を、魔法が弾き飛ばした。ウイングキャットのペンタクルスだ。
    「リバースカード、オープン!」
     掛け声とともに、白馬が護符を収めたデッキから、一枚を引き抜く。発動した符は、無数の小さな妖精を呼び、ジャマー犬を包囲すると、その足取りをおぼつかなくさせた。
     敵が影の刃を振るい、仲間に傷を刻むのを見て、ヴィントが疾駆した。赤いマフラーをなびかせ味方に術をかけると、蜃気楼の如くその姿を歪ませた。
    「都市伝説の皆様方も大変でありますな。失策続きの上役を持ちまして」
     そんな皮肉に対し、返答はなかった。
     ジャマー犬が相次いで撃破され、塵と化したからであった。

    ●ソウルボードに轟く吠声
     霊犬とクラッシャー犬が、刀と影、それぞれの刃を交える。
    「かわいこぶってんじゃねえよ」
     白の霊犬を罵倒するクラッシャー犬は、おっさんブルドッグだった。
     だが、影を断ち、相手の身をも断ったのは、霊犬の方であった。
     可愛げのない悲鳴をあげるおっさんブルドッグを、采のオーラが直撃した。
     べしん、と倒れたブルドッグが、気配を感じて頭を上げると、ギィの無敵斬艦刀が間近に迫っていた。あっけなく別離した頭部と体が、炎に包まれ、塵と化した。
     腰の引けたもう一匹のクラッシャー犬の前に、流希が立ちはだかった。その無言の威圧が、相手を沈黙させる。直後、問答無用の斬撃が、クラッシャー犬を両断した。
     見事な手並みで、次々と都市伝説を駆逐していく灼滅者達。
     巧が槍を突き立て、その勢いで上昇。高く跳び上がり、ディフェンダー犬を蹴り抜いた。確かな手応えを得て着地すると、すぐさま次の標的へと向かう巧。その背後で、ディフェンダー犬は静かに消えていく。
    「うざいですわよ駄犬!」
     リキの斬撃から逃れたノーブルなおばさんプードル……スナイパー犬が吠える。
     しかし、リキに追い込まれたことで、朔耶の格好の的となった。同様の技を使う犬に対し、影業で四肢を縛り上げると、そのまま霧散消滅させた。
    「こいつら強い」
    「逃げたい……ごふっ」
     明白な劣勢に焦りをにじませたスナイパー犬を、ペンタクルスの肉球パンチが強打した。のたうち回る人面犬に、真琴からの追撃、魔法的飛翔体が着弾し、爆発四散させた。
     あと少し、と見たヴィントが、攻撃に転じた。
     首に巻いたマフラーがダイダロスベルトとしての真価を発揮すると、二匹目のスナイパー犬を切り裂き、撃破した。
    「やべえ」
     恥も外聞もなく、逃げに転じる最後のスナイパー犬。しかしそこに、次々とサイキックが浴びせられる。
     そして仲間達に足止めされたスナイパー犬を、白馬のDMWセイバー……大型のジャマダハルが横薙ぎにした。
     掃討、完了。都市伝説が多少数をそろえたところで、歴戦の灼滅者の道行を阻む事などできはしないのだった。

    ●鎖が真に縛るもの
     当座の敵を退けた巧達は、各々の武器を収めると、いよいよ『鎖』の調査を開始した。
    「……バベルの鎖、か……。僕ら灼滅者やダークネスの行動を一般人へと知られぬようにする防護壁のようなもの……」
     『鎖』を前に、白馬が思案する。放置の立場だが、破壊の立場も理解できる。
    「戦いや準戦闘行為などの日々に身を置く者にとってはありがたいが、普通の歌や健全な絵画の作製等、一般に近い活動を生きがいとする能力者も多々いる……」
     どんな道具や施設も、恩恵を受ける者と、そうでない者を生むのが常だ。
     朔耶は、仲間とともに空飛ぶ箒で上空から『鎖』の全景を見渡した。異変の有無、鎖周辺の異常など、情報収集に勤しむ。
     朔耶の見たところ、『鎖』の端は虚空に接続されている。ソウルボードに直結しているとみていいだろう。
     『鎖』からの攻撃的反応がない事を確かめると、ヴィントや流希が、接触テレパスで『鎖』と直接の意志疎通を試みる。その様子を、ギィがデジカメで撮影していた。
     ギィとしては、いかにも怪しげな『鎖』は壊したいところではあるが、今回はデータ収集と割り切っている。それに、ソウルボードの修復方法が分かれば、反対に、壊す方法も見つかるかもしれないという思惑もある。
     采も同様に、ESPを用いて『鎖』に触れる事で、その存在を感じ取ろうと試みた。
     ヴィントが率直に「何なのか」「何をしてるのか」と訊いたり、「話したい」と希望を表明したり。
     流希も自分達に破壊の意志はないことを伝えてみるが、一向にリアクションはない。これだけ訴えかけているのだ。『鎖』との意志疎通は、無理だと考えてよいのだろう。
     ただ、わかった事もある。それは、『よくない』感覚だ。
     この『鎖』は、ソウルボードがソウルボードとしての体裁を保てるよう、良く言えば『整えている』。しかし、感覚的には『縛り付けている』と表現すべきように思う。ソウルボードを修復しているのは、あくまで『鎖』側の事情である、と。
     もう少し勘に頼ってみてもいいのかもしれない……そう察し始めたものの、調査の時間は思いのほか短いものだった。ほどなく、『鎖』が消滅を開始したのだ。
     あたかもソウルボードの一部であるかのように、自然に融け込んでいく。
     対象を失った以上、調査の続行は不可能だった。ソウルボードから脱出に取り掛からざるを得ない。
    「『鎖』をたたっ切るなら何時でも出来ますが……次こそはキチンと切ります!」
     今回の調査内容を携え、皆とともに現実世界へと戻りゆく真琴だった。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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