バベルの綻び~遅れ雛と鎖の謎

    作者:九連夜

    「皆さん、先日の戦いではお疲れ様でした。そして巨大七不思議の完全撃破成功、おめでとうございます」
     柔和な微笑を浮かべてゆったりとした口調で、五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は教室に集まった灼滅者たちに語りかけた。
     ソウルボード内の『ラジオウェーブの電波塔』の再建は先に各地で行われた戦いによって阻止され、おそらくラジオウェーブの切り札の一つであっただろう『精鋭のタタリガミ』達もことごとく灼滅された。さらに、これもラジオウェーブの目的の一つであったらしき「一般人に都市伝説を認識させ、ソウルボードを弱体化させる」という計画は、「灼滅者の活躍を人々に知らしめる『民間活動』」に形を変えて達成されることになったのだ。
     と、ここまでなら良いことずくめなのだが。
    「どうもその『民間活動』の成果がソウルボードに大きな影響を与えたらしく、ソウルボード内の力が集まった地点に小さな綻びが生じて、そこから力が漏れ出しつつあります」
     新沢・冬舞さん、文月・咲哉さん、御鏡・七ノ香さん、ラススヴィ・ビェールィさん。
     姫子は実際に調査にあたった灼滅者たちの名前を挙げながら新たな事実を告げた。
    「そしてこの綻びの地点には、いずれも巨大な『鎖』のようなものの出現が確認されています。ソウルボードの綻びを拘束し崩壊を綻びをつなぎ留め力の流出を阻止しようとしている、とみて間違いありません。『鎖』の正体は今のところ不明ですが、もしかしたら……」
    『バベルの鎖』。灼滅者とダークネスの活動を良くも悪くも縛り続けるその存在と深い関係があるのではないか。そんな話が出ているのだという。
    「このまま特に干渉しなければ、ソウルボードの綻びはこの『鎖』の作用によって修復されると推測されています。それ自体は必ずしも悪いことではありません」
     一般人がダークネスと化す「闇堕ち」はソウルボードからの力の影響で起きると考えられており、仮にソウルボードの力が溢れ出れば、その力を得たダークネス達が強化されたり、一般人の闇堕ちが誘発される可能性がある。だから修復される事自体は歓迎すべきことなのだが、ただし今回は別の見方ができる。
    「このソウルボードの綻びが『これまでの民間活動の成果』であるとすれば、その否定はこれまでの学園の活動を否定する事になりかねません。つまり、この『鎖』によるソウルボードの修復をこのまま見逃すか、それとも邪魔をするべきかについては」
     姫子は軽く首を振った。
    「どちらが正しい行動と言えるのか、今、断言できるだけの材料を私たちは持ちません。ですので、歴戦の灼滅者である皆さんに実際に『鎖』と対峙し、その上で、皆さんの感性や意志でもって、どうするべきかを決めていただきたいと思います」
     ただし、と姫子は続けた。
    「その前に妨害を排除していただきます。ソウルボードの綻びが出来た地点に都市伝説が出現しています。先の戦いでの失敗を少しでも取り戻すために、『鎖』の動きを邪魔しつつソウルボードの力を掠め取ろうとしているようですね」
     邪魔な乱入者を灼滅し、その上で『鎖』への対応を選択する。その二段階の行動が必要だということだ。
    「出現する都市伝説は雛人形の姿をしています。人形職人が注文を受けて精魂を傾けて造った雛人形が雛祭りに間に合わず職人は自殺、その怨念が籠もった人形が人々に襲いかかるとか、そんな感じの怪談話の具現化です」
     お内裏様にお雛様、三人官女、五人囃子、計10体の人形が襲いかかってくるという。
    「ただしそれほど強くはありません。今の皆さんならば、それほど苦戦はせずに倒せるでしょう。むしろ問題はどれほど余力を残せるかです」
     もし『鎖』と戦わないという選択肢を選ぶならばそれほど警戒する必要もないが、連戦となれば不慮の事態が発生しないとも言い切れない。決して油断はしないようにと告げると、姫子は表情を改めた。
    「この『鎖』が本当に『バベルの鎖』に関わる何かなのだとすれば、私たちはついに世界の謎の核心に手が届くところまで来たのかも知れません。もし私たちの『民間活動』に対する世界の反作用がこの『鎖』なのだとすれば、『民間活動』自体がむしろ世界に害を為すものであった可能性も捨て切れません」
     良かれと思って善意で行った行動が悲劇的な結果につながることなど、世間にはいくらでもある。だがもちろん、その逆も真と言える。仮に『鎖』がただ「今」を守ろうとする世界の作用なのだとすれば、鎖の束縛から解き放たれた世界は灼滅者たちに新たな姿を見せるのかも知れない。それは誰にもわからない、エクスブレインの計算ですら予測が不可能な領域の話だ。
     だから。
    「どうか、悔いの無い決断をお願いします」
     そう言って、姫子は最後に深々と灼滅者たちに向かって頭を下げた。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    刻野・渡里(殺人鬼・d02814)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)
    霧亜・レイフォード(黒銀の咆哮・d29832)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)

    ■リプレイ

     仄暗い闇に包まれた広大な空間に、金属同士が触れ合う耳障りな音が響いていた。
     巨大で長大な鎖。それも機械につながれることなく己の意思で這いずり回り、留まることなく動き続ける超常の鎖だ。
    (「ここのも同じだな」)
     ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)は感情を見せぬ観察者の、あるいは狩りの獲物を見据える冷徹な狩猟者の眼でその光景を見ていた。
    「……破壊で、よろしいのです……ね?」
     ゆっくりした口調で問いかけたのは漣・静佳(黒水晶・d10904)。ラススヴィの背に向けた視線を外し、その場に集う皆の一人一人に確認するように順に目を向けていく。
    「異存なしだ」
     即答したのは彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)。蠢き続ける鎖を見据えたまま、彼はただ己の思いを口にする。
    「この鎖が、今ある僕らの世界を護るものかそうでないかはわからない。鎖を壊して進む選択が本当に正しいものかもわからない」
     そこでわずかに間を置いた。
    「けれど、ね」
    「同感です」
     あえて言葉を切ったさくらえに大きく頷いてみせたのは神凪・燐(伊邪那美・d06868)。
    「もしこの鎖が本当にバベルの鎖だったら、その破壊はきっと世界に大きな変化をもたらすでしょう。ですがそうだとしても、全てを明らかに。開かれたものに。そうすべきであると、私は信じます」
     今、自身を取り巻く諸々のもの。ささやかながらも確かな幸せ。それらが変わることへの覚悟と共に述べられる言葉は、巫女が告げる託宣のようにも聞こえた。
    「僕も異論はありません」
     鎖の姿を手にしたスケッチブックに写し取りつつ、土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)はいつもと変わらず温和に答える。
    「もう少し調査してからにしたいところですけれどね。ですが、その前に」
     筆一は音を立ててスケッチブックを閉じると、背後に続く薄闇へと向き直った。
    「ええ。私も二度目だけど……形も動きも大きくは変わらないわね。都市伝説がたかってくる状況も、まあ前回通りね」
     ラススヴィに静佳、さくらえ、それに刻野・渡里(殺人鬼・d02814)。彼らと同様、すでに『鎖』との邂逅と戦いを経ているアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は鋼の蛇を一瞥すると、倉庫の逆側の闇に顔を向ける。青い瞳が見据えるのはその中にうごめく小さな影。
    「早く都市伝説を片付けて、『鎖』に取りかかりましょう。――Slayer Card、Awaken!」
     指に挟んだカードの力を解放、その手に白く輝く光の剣が握られる。白光が払った闇の中から現れたのは10を数える小さなヒトガタの群れ。自ら動く雛人形たち。
    「うーん。なんだかこんな感じのひな人形見たことがあるような……」
     恐怖映画さながらの光景にも動じることなく、渡里はわずかに首をかしげて考えた。ポン、と手を打った。
    「アレだ、SNSでたまにある大喜利系の「こんな○○は嫌だ」ってやつ」
    「調査の安全確保の為にも、まずはひな人形を殲滅する」
     ボケと紙一重の渡里の台詞をクールに無視し、霧亜・レイフォード(黒銀の咆哮・d29832)はウロボロスブレイドを構えた。同時に足下でモーター音。ライドキャリバー『ゼファー』が猛然と敵に向かって走り出す。
     その音を合図にしたかのように、全員が一斉に走り出した。邪魔な都市伝説を倒す。鎖を引きちぎる。そしてその先へと進むために。

    ●第一幕 ~遅れ雛~
     謡いと笛、小鼓(こずつみ)、大鼓に太鼓。五人囃子の楽の音が響き渡る。童謡のそれとは異なり、生者の命を奪う凶悪な調べだ。闇と共に広がるその凶音を切り裂くように黒影が走った。
    「この程度なら……」
     己の身を打つ音の威力をその身体で確かめながら、さくらえは右腕を振り上げた。
    「慣れてるからね!」
     打ち下ろすと同時に異形に変じた腕がとっさに散った人形の一体を捉える。巨腕と床に挟まれた人形は大きく跳ねて転がったが、やがてギチギチと音を立てて立ち上がる。
    「やはり一撃じゃ無理か」
     舌打ちした彼の脇を音無く光輝が通り過ぎる。静佳が放ったジャッジメントレイ。傷ついた一体に止めを刺すかと思われた光は、だが割って入った笛の囃し手に遮られる。
    「支えます、任せてください!」
    「お願いね!」「頼みます」
     チームワークなら負けぬとばかりに並んだ二人、アリスと燐の細い指が対の指揮棒のようにひるがえり、背後から筆一が放つ加護の印を纏って五人囃子に突きつけられる。不可視の力を受けた衣裳はたちまち白い霜に覆われ、人形たちは動きを止めた。畳みかけようと前に出かけたラススヴィの眼に、そのとき後方の闇の中で手にした道具を傾ける三人官女の姿が映った。
    「!」
     長柄銚子に加銚子、盃。小さな道具から放たれた妖気は一斉にラススヴィに襲いかかる。一つは避けたが一つを受けた。痩身を焼きつつ己が魂にも食い入る妖気の影響を、彼は頭を大きく振って撥ねのける。
    「やはり捨て置けんか」
     最後の一つ、盃の官女の妖気を代わりにその身で受け止めたのはレイフォード。
    「あまり時間を掛けてられんのでな、一掃させてもらう!」
     凄まじい突進は相棒の『ゼファー』と同時。キャリバーに撥ね飛ばされた人形の首を狙ってレイフォードの刃が伸びる。わずかに逸れて肩口と着物を切り裂いた、その官女の身体が白い光に包まれる。地面に落ちて態勢を立て直した時には、走ったひびは半ば修復されていた。
    「治癒担当のお雛様、か。面倒だね。でもまずは」
     渡里は最後方で扇を振った雛人形を一瞥すると、己の技に集中する。広げた両手から伸びた糸は彼方の闇で蜘蛛の巣と化し、再び動き始めた五人囃子を絡め取る。斬魔刀を加えてそちらに突進しかけた霊犬『サファイア』は、だが次の瞬間向きを変えて首回りの六文銭を撃ち放った。それが命中するくぐもった音と入れ替わるように、強烈な殺気が渡里とサファイア、さらに仲間の様子を観察していた筆一を津波のように襲った。
    「お内裏様ですね」
     身体を蝕む気の猛襲に耐えた筆一は、軽く頭を振って渡里に目を向けた。
    「ああ。流石に弱くはないな。でも」
     微かに笑った渡里の眼を見て筆一も小さく頷いた。
    「はい。強くはありません」
     敵の評価で同意した二人の周囲の空間に、再び五人囃子の調べが響く。それに灼滅者たちが振るった剣戟の音が被さり、闇の中で両者が奏でる不協和音が幾重にも重なって木霊した。
     だがほどなくして禍々しい雅楽の音色を圧したのは、戦い慣れした灼滅者たちが奏でる響きだった。一事拮抗した戦況は、燐の一撃――無造作に振るったロッドの直撃で五人囃子の一角が粉々に砕かれたことで、急速に彼女らに傾いた。
     音が交錯すること数合。無言のまま、狼の眼で敵の隙を見切ったラススヴィの爪が太鼓を持つ囃し手を貫き、砕き潰した。
     さらに数合。腰を落として敵の妖気をかわしたレイフォードの蛇剣の刃が、二体の官女の首をまとめて斬り飛ばした。
     危地に陥った人形が反撃を試みること数回。静佳の魔力で石と化した官女はそのまま偽りの命を止めて崩れ去り、渡里のリングとさくらえの蹴りは小鼓と大鼓の囃し手を同時に切り裂き、押し潰した。
    「ふう。あと二体ですね」
     今一度ロッドを振るい、五人囃子の最後の一体を打ち砕いた燐は、大きく息を吐きながら振り向いた。
     残るはお内裏様とお雛様。
    「決めてしまいましょう」
     宣言に続いて筆一が語った奇譚は現実の怪異と化してお雛様に忍び寄り、木で出来た喉首を食いちぎった。残るお内裏様に攻撃が集中する。砕かれ、ひび割れ、それでもなお動こうとする人形の白塗りの顔を見て、アリスが嘆息した。
    「表情一つ変えないお人形って、こういう状況じゃ割とシュールよね」
     その足下で、薄闇の中でもそれとわかる影が激しくうねり、伸びた。
    「言の葉の欠片から生まれた作り物に用はないのよ。消えて!」
     恋人の頬に指を伸ばすように最初は優しく触れ、包み込み。一瞬置いて、アリスの影は一気にお内裏様を握り潰した。

    ●幕間 ~調査~
    「さて……どう調べたものか」
     都市伝説の排除を確認して『鎖』に向き直ったレイフォードは、対象の全体像を把握しようと頭を巡らした。
     数十、いや完全に伸ばせば百メートル近いだろうか。倉庫の片隅、宙に浮かんだまま不可思議な輝きを放つ謎の空間……現界に顕現したソウルボードの一部からそれは伸び、同時に巻き付き、表面を擦るように小さく蠢き続けている。「修復している」というのはこの場の灼滅者たち全員が感じたイメージだった。
    「根元はどうなっているのかな?」
     恐れもせずに鎖に近づいたのは、同様の依頼の経験者たる渡里だった。
     攻撃さえしなければ『鎖』は無害。少なくとも敵対はしない。それをすでに熟知している渡里は鎖の根元近く、綻びそのものの近くまで近づいた、が。
    「……見えないな」
     表面そのものが光っているらしく、その中は見通せない。思い切って手を伸ばす。仲間たちが息を呑んで見守るなかで、腕が輝きの中に吸い込まれ……途中で止まった。
    「あれ?」
     ある種の固体。たぶん、均質の。それだけは分かったが、それ以上のことは分からない。普通の物質でないことは確実だが、非実体では無さそうだ。
    「入るのは無理か」
     渡里は改めて綻びの様子を眺めた。
    「ベへリタスとタカトの実験って、これに関係するのかな」
     呟いてみるが、無論返事はない。『鎖』からも、綻びからも。
    「…………」
    「終わりですか?」
     鎖のスケッチを終えたらしい筆一の声に渡里は片手を上げて応じ、仲間たちのもとへと戻った。
    「どうでした?」
     燐が率直に尋ねる。
    「うん。なんて言うか。ほら、鎖って言えばイメージは、「縛り付ける」「封印する」だけど……」
    「『無理矢理そうしている感じ』か」
     ラススヴィの淡々とした一言に皆が振り向いた。その横でアリスが肩を竦めて見せる。
    「こちらの前の任務でもそんな話が出ていたもの。ソウルボードと『鎖』が一枚岩じゃないのは間違いなさそうね」
    「調査はここまでかな」
     腰を下ろして休んでいたさくらえが静かに立ち上がる。
    「それじゃ」
    「……始め、ましょう」
     さくらえの誘いに静佳が短く応じ、同時に上を見上げる。大蛇の鎌首のごとく天に向かって伸び上がった巨大な鎖を。

    ●第二幕 ~鎖~
     戦の開始の口上そのままに、先陣を切ったのは静佳だった。軽く目を閉じ両手を広げ、呟く言葉に込められた魔力は身体の前で一筋の矢と化し、戦の開始を告げる鏑矢のごとく鎖へと向かって翔び駆ける。それを敵対行動と認識したか、『鎖』は綻びに巻き付けていた身体を大きく伸ばし、巨蛇のごとき姿で灼滅者たちを睥睨した。
    「最早調べるべきものは無い、破壊する」
     解体ナイフを手にしたレイフォードがゼファーに乗って突進、うねる巨体とすれ違いざまに逆手に握ったナイフで鎖の表面を掻き回すように薙ぐ。直後に凄まじい速度で振り抜かれた鎖自身に撥ね飛ばされて床に叩きつけられる。
    「治療は任せてください!」
     雛人形たちよりも強敵。瞬間でそう見極めた筆一は即座に治癒専念を決意し、レイフォードに癒やしの力を送った。続いて燐の両手から放たれたオーラが砲弾のごとく鎖に突き刺さり、渡里とサファイアの狙撃が直後に同じ箇所を抉るも鎖は止まらない。回避など考えもせぬように、ただひたすらに敵を排除すべく乱暴な攻撃を続ける。
    「これって、大蛇を相手にするのと変わらないわね。蛇なら頭を潰せばいいけど、この『鎖』に弱点は無いのかしら?」
     召喚した光の十字架からの攻撃が今ひとつ効果を上げぬ様を眺めつつ、アリスはむしろ状況を楽しんででいるようだった。
    「全てのものに弱点はある。必要なのは見極める眼だ」
     すれ違いざまにそう呟き、疾走するラススヴィは綻びの根元に近い部分の鎖に鋭い爪を叩き込む。
    「いざとなったら殿は僕が担当するよ、だから今回も」
     鎖が放った強烈な電撃を躱しきれずに全身に浴びつつ、さくらえは笑顔で言った。
    「いつも通り、全力でやろう!」
     だが結局、最後に自身の正しさを証明したのはラススヴィだった。
     戦いは長く続き、双方共に消耗した。灼滅者たちには回復しきれぬ傷が増え、疲れを知らぬ鎖にも明らかな限界が見えてきた。さくらえとレイフォードが傷だらけになりながらもなお前線を支え続け、敵の動きがわずかに荒くなった、その一瞬の隙を突いて彼は敵の身体つまり鎖の上を駆け上がったのだ。
     仲間たちの戦いを眼下遙かに見下ろしつつ、ラススヴィは誰にともなく言った。
    「俺は狼だ」
     普段と変わらぬ表情、変わらぬ口調。眼の奥にのみ、わずかに感情の色を揺らめかせて。ラススヴィは敵そのものである足場の揺れをものともせずに大鎌を振り上げた。
    「鎖は引きちぎる」
     研ぎ澄まされた刃は蛇の首にあたる部分を一気に両断した。
     苦悶の声も、断末魔の叫びも無かった。最初から何もそこにはなかったかのように、長大な『鎖』はただ静かにこの世から消滅した。

    ●終幕 ~未来へ~
     鎖の崩壊と同時に綻びが鳴動した。
    「やはりか」
     膝をついて着地したラススヴィは、振り返って綻びに目を向けると小さく独語した。
     得物を下ろした皆が見守る前で、ソウルボードの輝きにひびが入った。割れに沿って表面が幾つかの塊に分かれ、剥がれて床に滑り落ちる。
    「同じだね。2、3メートルの大きな欠片に無数の小さな破片。何かを閉じ込めていた……?」
     渡里がその光景の意味するものを考える間にもそれらは次第に小さくなっていき、やがては宙に溶け消えた。
    「変えるのですね……この、世界を」
     そう口にした静佳と同じことを、その場の全員が感じそして理解していた。溶けて消えたあれは、この世界に何らかの影響を与えるのだろう。それが良いことなのか、悪いことなのかまではわからないが。
    「向かい風の中でしか見えない物もある」
     虚空を見据えたままレイフォードが口の中で呟いた。
    「少し、怖いですけれど……最後まで見届けないと、ですね」
     筆一の口調は普段通りに大人しく、しかしその笑顔には強い意思が宿っていた。
    「うん。行動しない後悔よりも行動する後悔を選びたいんだ」
     ポツリと言ったさくらえに燐が顔を向けた。
    「同感です。安寧よりも変革を」
     応じる言葉に、さくらえが歌うように続けた。
    「変わらない事を望むよりも変わる事を、変えていく事を」
    「開かれた世界のために、その信念のままに」
    「望みたいんだ」「参ります!」
     それぞれの誓いの言葉を口にし、笑い合った二人を見てアリスがパンパンと手を叩いた。
    「よし」
     普段の任務をこなしたときのような、当たり前の笑顔で告げた。
    「灼滅完了。引き上げよ」

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月24日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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