魔物が追ってくる

    作者:紫村雪乃


    「私が調べた結果、この地域で都市伝説の発生が確認されたのよ」
     女が口を開いた。可愛らしい顔立ちの少女だ。眼鏡の奥の瞳がきらきらしている。名を驚堂院・どら子(コンビニ大学卒っ・d38620)といった。
    「その都市伝説は狙った獲物を尾行し、隙をついて殺す。まるでストーカーのような都市伝説よ。狙う基準がわからないから、全員が単独の囮となる必要がある」
     どら子はいった。つまりは襲われた場合、しばらくは一人で戦わなければならないということだ。
    「都市伝説はフードをかぶった姿をしているわ。武器は鋏。断斬鋏のサイキックに似た業を使うようね」
     どら子はいった。すぐに灼滅しなければならない、と。
    「ストーカーは自らの欲望のために何の罪もない者を殺す。それを具現化したような都市伝説には警察も対抗することはできない。斃すことができるのは灼滅者だけよ」


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    神凪・陽和(天照・d02848)
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    皇・銀静(陰月・d03673)
    氷上・鈴音(永訣告げる紅の刃・d04638)
    リディア・アーベントロート(吸血鬼はんたー・d34950)
    ソラリス・マシェフスキー(中学生エクソシスト・d37696)
    驚堂院・どら子(コンビニ大学卒っ・d38620)

    ■リプレイ


     夜の街に八つの人影が幻のようにわいた。そして、すぐに人影は散っていった。
     その一つ。銀髪の男が若い狼のように獰猛に笑った。
    「それぞれ単独で囮か。ンじゃ集まるまでソロでやれんだろ? いいじゃねえか、それ」
     嬉しそうに呟く。戦うのが楽しくてたまらぬようだ。
     彼の名は鏡・剣(喧嘩上等・d00006)。灼滅者であった。

     二人め。それは神凪・陽和(天照・d02848)という名の娘であった。名家の娘らしく、落ち着いた気品のようなものがある。きりりと結んだ口元に彼女のもつストイックさが現れているようだ。
    「ストーカー……」
     ため息まじりに陽和はいった。そのため息であるが、故なきことではない。
     神凪一族は平安より続く退魔の名家であった。古来より一般人の平和を護って来た一族であり、ストーカーは一族にとっても頭の痛い問題であったのだ。
    「普通の人間でも凄く危険な存在ですが、都市伝説化しましたか。いずれにせよ、放っておくと、確実に犠牲が出るでしょう。その前に、倒してしまわなければ」

    「ストーカー。口にするだけで忌々しい存在だね。僕は大嫌いだ」
     神凪・朔夜(月読・d02935)は独語した。その姓が示すとおり、神凪一族である。陽和の弟であった。
     確かに陽和と同じように落ち着きがあり、気品がある。ただ、彼の場合は弟ということもあり、どこかおっとりとしていた。
    「それが都市伝説化して更に危険になった。悲しい事にストーカーやる奴がいなくなる事はないけど、この都市伝説は対処出来る。一般人に被害が及ぶ前に、灼滅しよう」
     朔夜はいった。おっとりした様子には似合わぬ強い口調で。

     四人めの灼滅者は昏い目をしていた。名を皇・銀静(陰月・d03673)という。まるで夜が凝ってできた人間のようであった。
    「追いかけてくる輩…ですか」
     さして興味がなさそうに、しかし、どこか期待しているような声音で銀静はつぶやいた、

    「ストーカーの意味は忍び寄る者。形は様々。されど不快と恐怖の念を撒き散らすのは同じ。それなら、即刻お引き取り願いましょうか」
     懐に忍ばせた方位磁石に触れると、氷上・鈴音(永訣告げる紅の刃・d04638)は瞑目した。神主の衣服をまとっているのだが、それが秀麗な彼女には良く似合っている。
     その鈴音の瞳には強い憎悪の光があった。なんとなれば彼女もまたダークネスの犠牲者であるからだ。
     幼い頃両親を、そして後に兄を六六六人衆の凶刃で彼女は失った。それが灼滅者であり続けることの原動力のひとつとなっている。

     六人めの灼滅者は小学生の少女であった。街灯の光にうかびあがったのは天使のように可愛らしい顔である。名をリディア・アーベントロート(吸血鬼はんたー・d34950)といった。
    「誰のところに 出て来るのかな」
     リディアはちらりと周囲に視線をはしらせた。幼いようだが、あまり怯えたところはない。どころかニッとリディアは笑った。八重歯を覗かせて。
    「リディアを狙ってきたら不退転で勝負するね!」
     リディアの目がきらりと光った。

    「獲物を尾行し、隙を衝いて仕留める都市伝説ですか。それぞれが囮になる必要があるみたいですし、少しでも気を逸らしたら危険ですね」
     静かな街路に靴音を響かせ、その少女はいった。
     眉の上で切りそろえた黒髪、やや垂れ気味の大きな目。優しそうな美少女だ。名をソラリス・マシェフスキー(中学生エクソシスト・d37696)といった。幼い頃、孤児院をたらい回しにされたのだが、そんな過去は微塵も感じさせない強さが彼女にはある。
    「それぞれ囮……というと、自分のところに来るかもしれませんよね」
     初めてソラリスの顔に怖気が滲んだ。
    「敵かと思って警戒したら、痴漢のおじさんとかだったらどうしよう。別の意味で悲鳴がでそうです」
     ソラリスの脳裏に置換の姿がよぎった。中年の男性がニヤニヤしながらコートの前を広げ、開けたズボンのチャックが太くて硬いものを――。
    「そんなの出してると風邪引いちゃいますよ」
     赤面しつつ、思わずソラリスは注意していた。

     遠くのネオンの光を見やり、驚堂院・どら子(コンビニ大学卒っ・d38620)は肉まんを口に運んだ。眼鏡をかけた顔はどこかとぼけたところがある。が、良く見れば整った顔立ちであった。ともかく残念な美少女だ。
    「コンビニを通り過ぎたよ」
     スマートフォンにむかっていう。
    「追いかけていいのは雪国とかヨコハマとか…とにかく聖地巡礼とかしておけばいいのですよ! 饅頭怖い餡まん怖い肉まん怖いピザまん」
     どら子はひたすら肉まんを口に運んだ。恐怖を紛らせているつもりなのだが、食欲を満たしているとしか思えなかった。


     気配を感じたのは、いくつめかの角を曲がった時だった。
     足をとめずソラリスはちらりと背後に視線をはしらせた。やや慣れたところに人影がある。フードを被っていた。
    「都市伝説?」
     ソラリスは首を傾げた。都市伝説と決まったわけではないからだ。一般人という可能性もあった。
     ソラリスは足を速めた。人影がついてくる。
    「やっぱり都市伝説なのかな?」
     そうソラリスが思った時だ。彼女は首筋に冷たいものを感じた。ぬらりと濡れた感覚。
     雨?
     首筋に手をやり、ソラリスは空を見上げた。闇の空には星が瞬いている。
    「あれ? 雨も降ってないのに、首筋が濡れてる?」
     ソラリスは手に視線をむけた。指先が濡れている。真っ赤な液体で。
    「これって、血? ……私の!?」
     愕然としてソラリスは呻いた。その瞬間だ。鋭い痛みが首筋にはしった。
     切られた。
     そう悟ったソラリスは反射的に振り向いた。その眼前、人影がゆらりと立っている。顔はわからない。フードが隠している。
    「この人、誰? フードの下は……みちゃいけない! みたら、あちら側に連れて行かれそう」
     本能的に目をそらし、ソラリスは跳び退った。と――。
     ソラリスの足が地に着いた時だ。ぱらりと彼女の衣服が裂けた。純白のブラジャーがさらけだされたが、ソラリスにはそれを恥じる余裕はない。彼女は目はフードの何者かの手に吸い付けられている。フードの何者かの手には大きな鋏が握られていた。
    「都市伝説!」
     ソラリスの顔から血の気がひいた。あと一瞬跳び退るのが遅れていたら両断されていたところだ。
     ソラリスはスマートフォンにむかって叫んだ。物静かな蛇、と。
     刹那、都市伝説が襲った。唸りをあげて鋏が疾る。
     闇に黒々と鮮血が散った。ソラリスの胸がざくりと切り裂かれている。今度はブラジャーが裂け、小麦色の乳房が溢れ出た。が、今度もまたソラリスには隠す余裕はない。
     ソラリスの手から白光が噴いた。鋼の強度をもつ帯だ。打たれた都市伝説がよろける。
    「くっ」
     ソラリスは唇を噛んだ。彼我の戦闘力は桁違いであった。
     じゃきん。
     鋏が鳴った。そして都市伝説が動いた。目にもとまらぬ速さでソラリスに接近する。その手の鋏がソラリスの乳房めがけて唸った。胸を切断するつもりだ。
    「きゃあ」
     激痛にソラリスはもがいた。乳房がえぐられ、半ばちぎれかけている。
     がくりと朱に染まったソラリスは膝をついた。もう動けない。
     そうと気づいた都市伝説がするするとソラリスに迫った。とどめを刺すつもりだ。その手の鋏が禍々しく黒光って――。
    「待てよ」
     声がした。


     すうと振り向いた都市伝説は見とめた。七人の男女の姿を。いうまでもなく灼滅者たちであった。
    「待てよ」
     再び男がいった。剣である。
    「一対一でやりあいたがったが、そうもいかねえみたいだな。せめて最初の一発は俺がもらうぜ」
     たった一歩で間合いを詰めると、剣は拳を都市伝説の顎にぶち込んだ。変換された闘気が雷となって空を貫く。
     衝撃を利用し、都市伝説がバク転した。間合いをあける。人の体だが、その動きは魔性の身の軽さだった。
    「確かに魔物ですね。でも逃がしません」
     狼の速度で陽和が襲った。その腕が異音を発して強度を増す。獣化したのだ。刃のような爪で都市伝説を引き裂いた。
    「あらら」
     肉まんを片手にどら子は声をもらした。ソラリスが血まみれで倒れている。瀕死の状態だ。
    「回復は任せて」
     どら子の指先から光が噴出した。霊力を弾丸として撃ち出したのだ。着弾したソラリスの傷が完全ではないものの癒えていく。
    「まだだよ」
     嫌悪に顔をしかめながら朔夜は巨大十字架型の戦闘用碑文をむけた。すると十字架先端の銃口が開いた。光の砲弾を放つ。
     空で光が炸裂した。都市伝説が鋏で砲弾を断ち切ったのだ。いまだ光が渦巻く空間を駆け、リディアを襲った。しゃきんと音をたて、鋏がリディアを裂く。
    「わわわっ!!」
     リディアの口から悲鳴に似た声が発せられた。ソラリスと同じように胸が裂かれている。血にまみれた乳房が露出したが、ピンク色の乳首だけはナノナノのナノちゃんが隠してくれた。
    「ありがと、ナノちゃん」
     リディアはアスファルトを蹴った。。そのまま交通標識を足場に方向転換すると跳び蹴りを都市伝説に叩き込む。すると都市伝説は咄嗟にクロスさえた両腕でブロック、後方へと跳んだ。
    「確かに身軽ね」
     戦場の音を封じ、さらにカードにキスし、鈴音は解放した。そして胸前で柏手をひとつ。彼女の手から光が噴出した。鈴音のまとう神主服の袴と同じ浅葱色の光の刃が。
     跳び退る都市伝説の背後に鈴音は忍び寄った。放つ一閃が都市伝説の右肩を裂く。が、それでも強引に都市伝説は後退した。
     無音の怒号。すれ違いざま、都市伝説は鈴音をざっくりと切り裂いた。まじりあうようにしぶくふたつの鮮血。
    「殺したいほどの一途な想いですか」
     銀静の青の瞳に虚無ではない別の何かが閃いた。それは怨嗟か嫉妬か。
     次の瞬間、都市伝説を切り裂くように真紅の逆十字が現出した。


     人気のなくなった夜の街に、都市伝説が疾走する。その動きは特別に速いというわけではなかった。が、闇と陰を巧みにつかった動きは、ともすれば灼滅者たちの視線から逃れることを可能とした。
    「あっ」
     愕然としてどら子は声をあげた。突如、闇からぬうっと都市伝説が現出したからだ。闇を伝ったのだが、それはまるで闇が産み落としたかのような不気味な出現ぶりであった。
     都市伝説の鋏がしゃきりと鳴った。深々と切り裂かれたのはどら子の――いや、陽和の首であった。
    「あ、ああ」
     どら子を庇った陽和の首から鮮血が噴いた。闇がさらに黒々と染まる。
    「やってくれたね」
     珍しくどら子の声に怒りの響きがまじった。そして交通標識を大地に打ち下ろした。
     どおん。
     地が鳴動した。その振動が灼滅者たち細胞を震わせた。傷を塞いでいく。
    「まずいぜ」
     剣は呻いた。戦闘センスの優れた彼にはわかる。都市伝説の恐ろしさが。
     底知れぬ執念。真っ黒な殺意。人間にひそむ狂気の具現化だ。そんな化物に人間はいつも敗北してきたのではなかったか。
    「舐めてかかったらこっちがやられちまうぞ。皆、気をつけろ!」
     剣は警告を発した。が、彼自身は獰猛に笑っている。虎の笑みだ。恐ろしい敵と対する時、剣の顔には彼自身気づかぬ笑みが浮かぶのだった。
    「やってやるぜ」
     剣は颶風と化して襲った。超硬度の拳を都市伝説にぶち込む。ガードを無視した打ち抜くことに特化した馬鹿正直な一撃だ。
     ほぼ同時、都市伝説も鋏を舞わせた。が、剣は怯まない。首を切り裂かれつつ、拳を打ち抜いた。
     炸裂したパンチの衝撃が都市伝説の身体を突き抜け、背後のビルの窓ガラスを砕いた。都市伝説の足が宙に浮く。
    「ここです!」
     陽和は地を蹴った。超人的な瞬発力が生み出す摩擦熱により彼女が履くエアシューズ――天つ風の靴が炎に包まれる。
    「ふんっ」
     陽和の足がはねあがった。炎の尾をひいて都市伝説の腹めがけてはしる。さしもの都市伝説も中空にあっては躱しようがなかった。
    「あっ」
     呻く声は、しかし陽和の口から発せられた。彼女の凄まじく重い蹴りは確かに都市伝説の腹をつらぬいた。が、蹴りを放たれた瞬間、都市伝説は陽和の足を抱え込んだのである。
     激痛が陽和の足をはしりぬけた。禍々しい血濡れた鋏が彼女の足を切り刻んでいる。肉や筋だけでなく、骨まで切断されていた。
    「くっ」
     恐怖すらおぼえ、慌てて陽和は足をひいた。すると都市伝説がするすると足を這うように陽和に襲いかかった。ざくざくと陽和の美しい顔を切り裂く。殺すというより、切り刻むみとが目的の陰惨な凶行であった。
    「見るだけで忌々しい、即急に消えろ!」
     憤怒に顔を鬼のようにゆがめ、朔夜が飛びかかった。彼の顔にうかんだ鬼相と同じく腕を鬼のごとき異形と化さしめ、都市伝説をひきはがす。そして地に叩きつけた。
     そこへソラリスは影を放った。彼女の足元からのびた漆黒の妖影が都市伝説を包み込む。
     すると都市伝説が苦悶した。精神的傷によって。魔性に巣食う魔傷とはそもいかなるものか。そして、それを蘇らせることが可能なソラリスの業とは――。
    「今度は打ち抜くよ」
     ナノちゃんに乳首を隠してもらいながらリディアは走った。いまだ影に包まれた都市伝説に拳を叩き込む。
     無数の光が散った。それは彼女が拳に込めたオーラである。常人には視認すらできぬ連打により光が乱舞しているのだ。
     対語のリディアのパンチで都市伝説が吹き飛んだ。地に叩きつけられ、それども止まらず、転がる。
     それを追って疾ったのは鈴音である。地に炎を刻みつつ都市伝説に迫る。むくりと身を起こした都市伝説を見とめ、鈴音の凛々しい顔に嫌悪の色が滲んだ。
    「まだ殺したいというの?」
     悪夢を蹴り砕くように鈴音は蹴撃を放った。都市伝説が鋏をかまえたが、かまわず側頭部を蹴り抜く。
     空に切断された鈴音の足が舞った。同時に都市伝説は玩具のように再び地を転がっている。と――。
     都市伝説が突如とまった。その魔性の身体をむんずと踏みつけている者がいる。銀静だ。じろりと都市伝説を見下ろす。
    「きひっ……なら、お前の執念と狂気、僕が殺してあげますよ」
     妖しく笑いながら、銀静は鉄塊のごとき無骨な陰影をもつ魔剣『Durandal MardyLord』を無造作に振り下ろした。


    「リディアの、勝ちっ!」
     リディアが勝ち誇ったのは都市伝説が消滅した直後のことであった。さすがに胸のことに気づき、すぐに衣服を元に戻す。
    「よかったね。都市伝説を灼滅することができて」
     リディアが微笑んだ。が、銀静は皮肉に口をゆがめた。
    「実際にこういう都市伝説が居たという事はそういう事件があったという事。事実警察の対応の遅れにより悲劇は起こってしまった。行動を起さなかったというのはとても大きな罪なのかもしれませんね」
     銀静は囁くようにいった。
     静かに深く。慟哭のようにその声は闇に染み込んで、消えた。

    作者:紫村雪乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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