うずめ様の予知~肥大の彩

    作者:那珂川未来

    ●おにごっこ
     少女は大切な猫のぬいぐるみの最後の一つを手に、必死に逃げていた。恐怖から逃亡するためにぬいぐるみたちを犠牲にしたことにも涙しながら。
     少女のその背を追いかける青い化け物は、のしのしと巨躯を揺らし、時に咆哮を上げながら迫ってくる。
     走れば容易く追いつかれるだろう身体能力を持っているだろうに、あくまで適度な距離で追い掛け続けているのは、少女という獲物をいたぶっているに違いなかった。
    「助けて、助けて、神様……」
     かすれ声で祈りながら、いずれは取り壊しになるだろう古い県営住宅の、工事用の囲いの隙間をくぐり抜け撒こうとしたものの、その先にも現れる青い化け物。逃げた場所も、実は最初から仕組まれていたなんて――今の少女には知る由もない。しかし化け物は一体ではないというのは少女にも分かった。
     そう理解した矢先、前後を化け物に挟まれる。少女はもう、3階建ての県営住宅の入口に逃げ込むしか方法はなかった。当然このままでは袋の鼠――。
     けれど少女には「それ」しか方法はなかった。
     階段を駆け上がる。どしどしと、幾つもの足音が迫ってくる。けれど少女は屋上まで上り詰め――そして。
    「みゅーちゃん……」
     ねじ曲がった手すりの縁、死んだおばあちゃんからもらった大切な宝物を手に。
    「一緒に、逃げようね……」
     だからお願いと、少女は祈る様にして天に光の輪を描くと、其処へ猫のぬいぐるみを放り投げる。
     すると、その輪を通り抜けたぬいぐるみは車ほどの大きさに変化する。まるでESPアイテムポケットの逆だ。既定の大きさを其処へ滑りこませれば小さくして収納できるように。其処へ滑りこませれば一時的に大きくさせ――そして少女はぬいぐるみをクッションがわりに暗闇へと落ちる。
     ぬいぐるみの大きさを戻して雑木林の中へ逃げようとした時、ぱーんと音をたててぬいぐるみは破裂する。そうだろう、ESPで大きくなってもぬいぐるみ。サイキックの前では――。
    『あはぁ♪ キミのお友達もみーんな壊れちゃってぇ、追いかけっこもこれでおしまいですよぉ。知性の無いデモノイドならイケたと思いますよぉ? けどザンネーン! ロードなるボクがいましたぁ』
     赤い髪にちょこんと乗った王冠。そして白シャツに南瓜パンツのサロペット。けれど顔や手足の縫合痕とボディピアスは狂気そのもので。ぬいぐるみを全て壊されて絶望する少女を嗤う。
    『でもうすうす気が付いてたんでしょぉ? 実はこの全てが徒労に終わるってさぁ』
     そーゆーキミがすごい好き、と笑いながら。背から片翼が如くせり上がる寄生体の蒼を閃かせながら、へらり笑う悪意。
    『うずめ様の予知ってゆーので、キミが次の種族っていうのが明らかになったのですけどぉ。あっはぁ、ここまで追い詰めても闇堕ちしなしなら、殺しちゃっていいよね? ねーねーいいよねぇ!?』
    「あ、ああ……」
     このままでは、絶望に震える少女が最後に見るものは、きっと視界を埋め尽くす程の赤。

    ●願いの先
    「行方がわからなくなっていた、刺青羅刹の『うずめ様』の動きが判明したよ。うずめ様は、九形・皆無さんや、レイ・アステネスさんが危惧していたように、爵位級ヴァンパイアの勢力に加わっていたようだ」
     集まった灼滅者へ、仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)はそう告げて。
    「今回はうずめ様の予知を元に、デモノイドロードが灼滅者を襲う事件なんだ。襲われる灼滅者は、勿論武蔵坂の灼滅者では無いし、闇堕ちした一般人でも、ヴァンパイアの闇堕ちによって灼滅者になった血族でも無い。けど、突然灼滅者になった一般人達……」
     このデモノイドの動きについては、咬山・千尋や、七瀬・麗治が警戒していてくれた為、察知できた理由の一つになっている。
    「何の要因か、今はよくわからないけれど。突然灼滅者になった一般人は、戦闘力はほとんど無い。だからデモノイド達に追い立てられ命の危機に追い込まれているんだ」
     デモノイドの目的は、この灼滅者を闇堕ちさせる事だと思われるけれど、その理由は良く分かっていない。
    「なんであれ、灼滅者がデモノイド達に殺されてしまうかもしれない状況を見逃す事はできないよ。しかも小さな女の子……だから皆に急ぎ救出に向かって欲しいんだ」
     現場までの地図を渡しつつ、沙汰は付近の雑木林にペンで示されたルートで向かえば問題ないと言う。
    「ただ、残念だけど、ぬいぐるみを壊される前の介入は時間的に厳しい。一生懸命今から向かっても……」
     せめて、少女だけでもと沙汰は悔しげながらに。
     救出対象の灼滅者の少女は、戦力として全くあてにならない。レベルというもので計れば、初期もいいところだ。ESPも我々が見たことのないものを使っているようだが、もちろんダークネス相手になんとかなるものではない。
    「デモノイドとロードの目的も、灼滅者の少女の殺害では無いみたい。闇堕ちさせようとしていた気配が伺えるから、もし学園の灼滅者が救出に来れば、学園の灼滅者との戦闘を優先するはずだよ」

     だから戦闘終了後に救出する事ができるので、とりあえず、戦いに巻き込まれないように退避してもらえば十分だろう。三体いるデモノイドは、デモノイドヒューマンのサイキックとWOKシールドのサイキックを。二体はディフェンダー、一体はメディック配置。デモノイドロードの少年は、デモノイドヒューマンと断斬鋏のサイキックと面倒くさそうな感じである。
    「この襲撃の目的がわかれば、うずめ様の予知の中身を知ることができるかもしれない。ロード自身も目的の全容を良く分かっているか、はっきり言って怪しいけれど」
     まずはどうか、少女の救出を。
     そして、君達自身の帰還を。


    参加者
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)
    東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)
    月影・木乃葉(レッドフード・d34599)

    ■リプレイ

    ●リフレイン
     暗い枝葉の回廊の奥に咲く、見覚えのある閃光。
     あれは、と。莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)の囁いた声は、梢を吹き抜けてゆく嘆きのような風音に溶ける。
     その風に混じる同族の臭い。唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)は、自身の中を蠢く『蒼』の感触を沈める様に、その右腕を押さえた。

     ――分かっていて惹かれるのだから恐ろしい。

     相手が人でなしである程、駆られてしまうこの衝動。穏やかな面の奥に隠された狂気の彩(いろ)。蒼がささめく声に、それは濃さを増してゆくかのようだった。
     刹那、傍らに寄りそう君。艶やかな赤の唇を耳に寄せるゐづみへ、蓮爾は柔らかに口元を緩め、大丈夫と囁く。
     嘲笑が響き、雑木林の陰影が色濃く浮かぶ。地響きは、デモノイドが駆ける音だろうか。

     ――小さないのちが、一人で泣いてる。

     恐怖。
     絶望。
     狂った世界に迷い込んだ少女までの路をひた走る想々だったが。闇夜に響く遠吠えに、ざわめく野鳥の鳴き声――うんん、と首を振る。
    「そうだ……彼ら(デモノイド)も、きっと」
     壊したくない。
     殺したくない。
     前触れもなく、自由も心も魂の尊厳もぐちゃぐちゃにされてしまう被害者は、少女だけではないのだと。想々は脳裏に、彼と『同じ』にも『成り損ない』にもなれなかった自分だけが見たあの『終り』の光景がちらついて。
    「……今、終止符うったるんよ」
     今は只、力強くその大地を蹴りあげる。

    ●神ではなくとも
    「か、かみ……かみさま……」
     少女ができることなど何もなく。ただただ迫りくる死を甘んじて受け入れるしかない。
     けれど、耳障りな嘲笑を諌めたのは、煩悩かき消す遊環の音。
    「もう、大丈夫です」
     声に顔を上げ、少女が見たものは、小さな体躯に不釣り合いな腕を振るう少年僧の姿――。
    「……ボク達が守りますから!」
     月下に袂靡かせ、月影・木乃葉(レッドフード・d34599)が鬼神の力を宿したその腕の重圧によろめく巨体の隙間を、想々の永遠を謳う白光が宵を飾る。レーザーのように輝く光の下、花に止まる蝶のようにふわり枝より舞いおりた羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)は、ミューズの旋律を響かせた。
    「助けに来たわ!」
     ふんわりとしたマーマレード色のスカート。蝶の細工の冠をポニーテールの結び目に掲げた結衣菜の自信に満ちた瞳の輝きは、きっとこの少女の年齢にとってはとても好ましく、夢に満ちた姿だったろう。
    「あたしは、羽柴陽桜、この子はあまおとです。あたし達は灼滅者で、あなたを助けにきました」
     たぶんきっと、現状を把握しろと言う方が無理な注文の少女へと、羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は名乗り、そして何者であるかと告げる。
     怪我はない? と、東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)は少女の身を案じたあと、
    「よく頑張ったわね。えらいわ」
     安心させるよう、ぎゅっと抱きしめてあげて。
    『もしかしてぇ、武蔵坂ですかぁ? ホント害虫の如しですねぇ』
     メディックの被弾具合を横目に、ベルは鬱陶しそうな目を向けて。
    「私達が来ることくらい、わかっとったやろと思ったんけど……ああ、そんなことも、わからんかった?」
     想々は嘲る様に口の端で嗤った。けど血が滲むように双眼が染まってゆく様は、静かに広がる怒りそのもので。
    「見るからに、浅薄そうな顔ですもの、ね」
     逆に憐れむようにつつましく笑う漣・静佳(黒水晶・d10904)は、矢面に立つように挑発を重ねた。
    『勝手に乱入しておいてぇ、なんて言い草なんでしょぉ?』
     実際、知らされたのは予知だけで、灼滅者来るなんて話もなかったものだから、ものの見事に図星。終わったらうずめ様とやらに文句を言ってやりたいのがベルの心情だが。ただ、回りくどい事に飽きていた頃。丁度いい暇潰しにしてやろうというのがありありと出ていた。
     そんなベルを前に、白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)の呟きは低く、剣呑。散乱したぬいぐるみの欠片を無遠慮に踏みつけている事に、怒りを抑えられるわけもない。
    「遅れてゴメンな。お前の大事なもの、守れなかった。だからせめて、お前の友達の仇を取るの、オレ達に手伝わせてくれ」
     慰めるように少女の頭を軽く撫ででから、この子は任せてくださいと頷く陽桜へと頷き返し、ベルへ向き直って。
    「弱者を追いこんで楽しむ外見も中身も悪趣味なゲスロリ! 少女の友達の願いを受け、マギステック・カノンが守るぜ!!」
    「ええ、絶対に助けてみせます……相手がゲスなら遠慮はいりませんね」
     歌音は大切なものを壊されることを阻止できない、そんな『限界』への憤りを抱きながら。
     そして木乃葉は、自分は少女が望んだ神様にはなれないけれど――けどせめて、少女の様に泣いている人達を助けられる仏様のよう在りたいと、錫杖を向けて。
    『害虫はぁ、処分しましようねぇ♪』
     片翼の様な寄生体を鋏の様に開くと、かまいたちが如く斬りかかるベル。
    「お前の笑い顔は不幸しか運んでこない! その不幸な笑い顔、もう二度とできなくさせてやるぜ!」
     歌音の思いを後押しする様に、頼もしく輝くБелый снег буряの砲口が唸りを上げる。

    ●心の灯
    「あら。ロードにしては、弱すぎ、だわ。偽者ではないの?」
     デモノイドの咆哮と共に繰り出される蒼き刃の波。自身に刺さった毒の弾丸などお構いなし、冷たい蒼の痛みを和らげるような金糸雀色が、静佳の手から放たれてゆく。
    『やせ我慢は体に毒ですよぉ♪ それよりもぉー』
     ベルの合図で砲口轟かせキャノンを打ってくるデモノイドの狙いは、どうやらベルへの牽制を狙う歌音らしい。あくまで自分を守るという思考のベルは、デモノイドの存在は只の使い潰しと思っているのだろう。
     ゐづみは相手の青すら化粧(けわい)に変えるかのように、くれなゐ揺らし。蓮爾は庇い受けた毒の処理を任せつつ、デモノイドの巨躯から繰り出される気魄系の高火力の一撃はまともに食らわぬよう注意しながら攻撃手たちを守っている。
     けれど、いくら相手が耐久の布陣とはいえ、今ディフェンダーは二人。
    (「早くこの子を避難させなければ……」)
    (「蓮爾さんなら、無茶はしないでしょうけど」)
     二人で四体の攻撃から護り続ける厳しさは、時生も陽桜も、どれほどの事かわかっているから。
     時生は努めて冷静に、声色は柔らかく。
    「近くに隠れててほしい。幸い、ここの自然の成り立ちは貴女の味方をしているわ」
    「やだやだ」
     一人で隠れるなんてと、少女は二人の腕を離さない。
    「大丈夫ですよ。傍にあまおとがいてくれます。あまおとはあなたの味方なのです! 守らせてください!」
     この子はとっても強いのですと、微笑む陽桜。あまおとも、わんと一つ吠えるとこっちへ行こうと少女の袖を引っ張った。
    「大丈夫、約束するわ。でもその為には、倒さなければならない相手がいる」
     生き伸びるためにもう一度あなたの勇気を貸して、と時生は笑って。
    「必ず、助けます。あたしたちは神様じゃないけれど――」
     陽桜は小さな手を握る。
     これは鎖を壊した影響かもしれない、本来なら平穏のまま終わるかもしれなかった少女の人生の急転。

     ――でも、あたしは決めたのです。あの選択の先に何があっても受け止めるって。

    「絶対に、あなたを守ることを諦めません!」
     その言葉を受け、少女はぎゅっとぬいぐるみの切れ端を握りしめる。
    「あまおとちゃん……守ってください」
     二人の真摯な思いは、少女にもう一度恐怖から逃げ出す勇気に灯を。

    ●守りの彩
     けたたましいベルの笑い声。こちらがメディックを狙う様に、相手も歌音を落そうとしてくる。
     火影狐と共に駆け抜けながら、想々がすれ違いざまベルを睨みつけ、
    「は、うずめ様の予知や誰かの指示がないと動けんくせに、ロードなんて、笑わせんといてくれる? あんたもそこの壁役達と、大差ないげんろ」
    『言ってくれますねぇ。そちらだってぇ、サイキックアブソーバーってゆーので先手打ってるだけじゃないですかぁ』
     鼻を鳴らし、挑発は挑発で返してくる。勿論寄生体の鋏が狙うのは、歌音の喉元一つだけ。
     けれど、阻む赫。蓮爾の寄生体とベルの寄生体がぶつかり合い、破片散る。
    『あらま、御同輩ですかぁ? ねぇ、そーでしょぉ?』
    「みすみす通す心算もございません」
     ぱっくりと開いた腕の傷。鮮血から蠢く『蒼』の姿は嗤っているかのよう。それを見てからかうベルを無視して、蓮爾は祭霊光を以て身を浄化する。
    「二人いないだけでも、圧されている感じがあるわね。守りの布陣のせいで、手応えが感じにくいからなんでしょうけど」
     結衣菜は蝶の羽の様にスカートを翻しながら、結界を編み込みつつ呟いた。
    (「催眠の音、結界、どちらかがが上手く共振してくれればいいけど」)
     冷静に分析する結衣菜の意識は、勿論目の前の敵へと注がれているが、ロードが少女に余計なアヤ付けないように、その挙動の機微を敏感に察知する意識は決して途切れることはない。
    「見た目に反して挑発に揺れることはないようですね。逆に丁寧にこっちらを始末しようとする」
     木乃葉は、薄々相手も同じ作戦だと感じていた。こちらが避難誘導で二人いないうちに、一人でも落すために集中打を繰り出し、疲弊したディフェンダーか歌音のどちらか減らして優位に立とうとしているのだと。
    「どちらが先に落ちるか、落すか――」
     木乃葉が錫杖から聖氷を放つ。歌音は額から流れる血を払い、涼やかな青の裾靡かせながら。

     ――最終的にオレは沈んでもいい。

     少女の未来を守るため、相手のメディックを倒すまでは回復は捨ててまで挑む歌音の気魄に、静佳はつい諌めようとした口を噤む。
    「思いっきり、やって頂戴。支えてみせる、わ」
     静佳は細い指先に、審判の光を灯した。
     炎弾は放たれる、しかし。
    『何度も何度も通りませんよぉ~♪』
     ディフェンダーの影からベルの憎たらしい声が響くなり、脇から滑る様に狙ってくる鋏の先端。
    『そろそろ落ちて下さぁ――はぁ?』
     絶対に仕留められる一打が止まった瞬間、面の皮が剥がれたように醜い表情を晒した。
    「黙れ外道」
     蒼天の炎が吹き上がる。
     その刃を受け止めたのは時生で。そして、呻きながらベルが後ずさったのは縁珠という約束を形にしたものからの一撃からで。
     りん、りん、と縁珠に結ばれた鈴が鳴る。陽桜はしたたかにベルを見つめながら、
    「ここまでです」
    「お前のすべてを否定する」
     時生の足元から芽吹く様に螺旋描きながら広がる影の葉。
    『たった三分で戻ってくるなんてぇ、鬱陶しさは蠅みたいですぅ』
     とっととこちらも一人潰しますよと、ベルはデモノイドに指示しながら、
    『メス蠅の素敵な最後ってぇ、孕んで腹パンパンに膨らんでいるところを潰してあげる事ですよねぇ♪』
     ボクの寄生体でも突っ込んであげますからぁと、先程よりも下衆さと気色悪さ加減を増しながら毒を打ち込んでくるものの。
    『ガ!?』
     敵メディックが痙攣する。足並み乱され、あからさまにベルが舌打ちしたのを、結衣菜は見た。
    「想々さん!」
     心強い気持を抱かせてくれるその背へ叫ぶ結衣菜。ここで結界が効力を発揮した瞬間を逃す理由もない。畳み掛ける狼煙のように、高貴な漆黒の花が煙るように綻ぶなら。跳躍した想々は、純白の翼の如きベルトをはためかせた。
     翼の一撃をせき止められたが。
    「――是、蟻の一穴となりましょう」
     蓮爾は翻る、くれなゐの君と共に。
     ふっと、雨に気付いたかのように天へ向けられた掌から輝く霊障波。ゐづみが静寂を表わすなら。和傘が花開く様に宵に華やぐ、蓮爾の『蒼』の雨。
     脳天を穿たれ、血を吐くそれへ。
    「黄泉路を示しましょう」
     しゃん――遊環が透明な宵の大気に響く。
     木乃葉の腕が、的確にディフェンダーの顎を捉えて。
     がきり。蒼き巨体の壁が、その質量に見合わぬ速さで蒸発してゆく。
    『なんてことしてくれるんですかぁ!?』
     ベルは声を上げた。
     先にディフェンダーを一体崩した灼滅者側に追い風が吹く。それにくわえ、散々メディックは攻撃を受け続けたのだ。
     一体しか居ない壁ならば、抜くのは容易。
     想々の唇が、デモノイドの顔を見つめながら囁いたものは謝罪の言葉。
     すでに人生を壊されてしまったものへ、手向けるものは火影狐が導く永久の闇。
     くらり倒れかけたデモノイドへ、陽桜は声を響かせ、悲しい命へ送るのは荘厳な弔歌の如く。
    『こぉんのぉ! クソに群がるしか能の無い蛆虫の分際でぇ!』
    「今更わめくなみっともない。お前がやった事の報いを受けろ」
     絶叫交じりの怒声を上げるベルへと、時生は鬼神の腕に蒼天の炎靡かせながら、舞う様に天を駆ける。

    ●報い
     わなわなと唇振るわせるベルへ、残るデモノイドを沈めた静佳は冷やかに告げる。
    「絶対に、許さない、わ。たいせつな、なによりもたいせつなものを、目の前で奪ったんですもの」
     指先に残る魔弾の硝煙は、次なる裁きの輝きへと昇華する。
     ベルの怒声が響き、蒐執鋏を繰り出す様は、誰か一人でも道連れにせんばかりの勢い。
     無様に逃げ出すほど情けなくはなかったらしいが。冷静さを欠いた瞬間、まるで寄生体の気質を色濃く表したように粗暴だった。
    「哀れなものね……けど、慈悲なんてないわ」
     結衣菜が口ずさむ、きらめくメロディー。送る言葉の無慈悲に反して、夜空の幻想を称える様な美しい音。
     音は衝撃となってベルを打ち、毬の様に左手が大地に跳ねた。
    『なぁにすんだょぉぉぉぉぉっ!!』
    「大言壮語しながら追い詰めるつもりで逆に追い詰められた気分はどうです?」
     絶叫の余韻など残しはしない。木乃葉は経文を手に、唯残る障壁を砕くべく放つ光。
    『ちぃ! 早……!』
     それはかわしたのに、県営住宅の壁を足場にして切り替えし、鬼気迫る勢いのまま繰り出す螺穿槍に、ベルは戦慄を覚えた。
     穿たれたベルへ、まるで扇を操るかの如く手首を返し、上へ薙ぐように。追い打ちをかけたのは鋭さを増した影の刃。
    「君は人ではないから、ころしてしまっても、いいのでせう」
     蓮爾の鮮烈な赫を引くその唇に、ベルは最後に嘲り浮かべ――。
     そして、その醜く歪んだ首は刈り取られる。

    ●帰路
     静かになった雑木林、瞬く星の輝きは美しい。
    「見つかったのは、これだけ、ね」
     少女のともだちの残骸を両手に乗せて、静佳は小さく吐息を漏らした。
    「けどさ、何かに変えて傍に居させてやること出来ないかな」
    「あら、それはいいわ」
     ミニチュアの猫ちゃんなんてどうかという歌音のアイデアに、静佳は微笑んで。
     陽桜はあまおとと一緒に、急に灼滅者へと目覚めた少女と手つなぎながら。
    「一緒にあたし達の学園へ行きましょう」
     今後も同じ事が起こらないように。
     守れるように。
     承諾を得た灼滅者達は、その手に新たな仲間を連れて。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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