うずめ様の予知~岐路の先に現れる兆し

    作者:麻人

    「ぐはっ……」
     西田は腹を蹴り上げられて、地下駐車場の柱に背中からぶつかった。激突した瞬間、背骨が折れたかと思うほどの痛みが背中に走る。
     ずるずるとくず折れる西田の前に立ちはだかる化け物の名がデモノイドだということを彼は知らない。会社帰りの夜道で化け物に追われ、遂にこの場所へと追い詰められてしまったのだ。
    「弱っちいなあ。これでも本当に灼滅者なのか?」
     デモノイドたちに西田をいたぶらせながら、その背後に佇むデモノイドロードの少女が呆れたように肩を竦めた。
    「灼滅者……?」
     そうだ、とデモノイドロードが頷いた。
     倒れている西田の頭を靴底で踏みにじり、容赦のない罵声を浴びせかける。
    「うずめ様の予知によるとそうらしいんだが……ったく、しけた依頼でやる気が起きねえぜ。いいから、とっとと闇堕ちしやがれよ!!」

    「行方知れずだった刺青羅刹の『うずめ様』の動きが判明したんだけど……」
     村上・麻人(大学生エクスブレイン・dn0224)は集まった灼滅者たちを見渡して、依頼の説明を始める。
    「どうやら九形・皆無さんやレイ・アステネスさんの危惧通り、爵位級ヴァンパイアの勢力に加わっていたようなんだ」
     しかも、彼らはうずめ様の予知を元にデモノイドロードを使って灼滅者を襲わせようとしている。
    「襲われる灼滅者は武蔵坂学園とは無関係の、突然灼滅者になった普通の一般人達なんだ。当然、闇堕ちしているわけでもヴァンパイアの闇堕ちによって灼滅者になった血族でもない。こうして察知できたのは、咬山・千尋さんや七瀬・麗治さんが警戒していてくれたおかげでもあるね。それで、君たちにはこの灼滅者を救出してあげてほしいんだ」
     突然灼滅者になった一般人には戦闘力がほとんど無い。
     デモノイドの目的はこの灼滅者を闇堕ちさせる事だと思われるが――その理由はいまだ不明。

    「事件現場に派遣されているデモノイドロードは1名。若い……十代後半くらいの少女の姿をしている。軍服めいた服装を好み、鞭を使うようだ。配下のデモノイドは3体。駆け付けた時には灼滅者になったばかりの一般人をいたぶっている最中で、いずれも鈍器のような武器を使用する」
     救出対象の灼滅者はオリジナルのESPを持っているようだが、それ以外のサイキックは活性化すらできていない。
    「戦力として全くあてにはできないだろうね。ただ、デモノイド側も彼を殺すことが目的ではないから、戦闘が始まればこちらを倒すことを優先するはずだ」

     それにしても、とエクスブレインは眉をひそめる。
    「いったい何が原因で彼が灼滅者になったんだろうね? その理由も経緯もわからないところが不思議だけど……ひとまず、救出を急がないと。それほど強敵ではないけれど、相手は複数だ。油断はしないようにね」


    参加者
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)
    榎本・彗樹(野菜生活・d32627)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)
    ニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)
    四軒家・綴(二十四時間ヘルメット・d37571)

    ■リプレイ

    ●地下駐車場にて
    「……ったく、しけた依頼でやる気が起きねえぜ。いいから、とっとと闇堕ちしやがれよ!!」
     ――デモノイドロードの少女が嗜虐的な笑みと共に鞭を振り下ろそうとした時、駆け付ける複数の足音と派手なエンジン音が地下駐車場に響き渡った。
    「うるせぇライキャリぶつけんぞゴラァッ!」
    「え?」
     驚いて目を見開く西田の目に飛び込んでくるのは、一輪バイクに乗った全身スーツのヒーローこと四軒家・綴(二十四時間ヘルメット・d37571)だった。
     響く爆音。
     デモノイドを跳ね飛ばながら派手に突撃すると、「とうっ!」という掛け声と共にライドキャリバーから飛び降りる。
    「灼滅者、参上ッ!」
     ポーズを決めた綴の口上に、デモノイドロードは舌打ちして言い捨てた。
    「ちっ、邪魔が入りやがった」
    「フッ、シケた依頼だなんだとぼやくばかり、日夜仕事に励む西田さんの足元にも及ばないッ!」
    「……右に同じ。親父狩り? なんて今時流行らない……そもそも、二十代後半が親父に入るのかはわからないが」
     綴と並んで西田を背に庇いながら、榎本・彗樹(野菜生活・d32627)はどこか天然風な仕草で後頭部をかいた。
    「え、ええと……」
     事態を飲み込めていない西田の前に立ちはだかった神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)は身振りで下がっているように伝えた。
    「助けてくれるのか?」
    「ただし、俺たちの目の届くところにいること。後で色々と説明してやる」
     背中越しに告げる優に、西田は「わかった」と頷いた。
    「早く、あそこの物陰に隠れていてください!」
    「ああ……痛っ――」
     土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)に促された西田は駆け出そうとするが、散々痛めつけられた体が痛むのかその場にうずくまってしまった。
     ならば、と筆一は怪力無双で彼をお姫さま抱っこして、そのまま駆け出す。
    「えっ、えっ?」
     驚く西田を安心させるように筆一は微笑みかけた。
    「すみません、少々乱暴ですけど……後で説明はしますので! それと、回復も必要ですね。みなさん、ここは頼みます」
    「……ああ、任せておけ」
     彗樹は鷹揚に頷くと、手に持った風来迅刃を鞘から抜き払い、構えた。彼らと対峙したデモノイドロードは腕を組んだまま不機嫌そうに首を傾げる。
    「なんのつもりだ? こっちはあいつに用があるんだよ!! 追え!!」
    「そうはさせないよ」
     命令を受けたデモノイドが一斉に追跡しかけるが、割って入った桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)が鬼化した腕を振るい牽制を仕掛ける。
     斬り払われたデモノイドは呻き、ぐるる……と喉を鳴らした。
     デモノイドロードは鞭を指先で扱きながら、不愉快げに両目を細める。
    「けっ、あんな出来損ないを助けて正義の味方気どりかよ?」
    「……って言ってるけど、どうする?」
     夕月に話を振られた富士川・見桜(響き渡る声・d31550)は、構えた愛剣に青き燐光を纏わせながら、暴虐たる宿敵へと告げた。
    「誰かを傷つけるというのなら、私が相手をする」
    「はっ、できるかな!?」
     デモノイドロードは歪んだ笑みを浮かべ、鞭を振るって毒の光線をばらまいた。見桜はすんでのところですり抜け、敵前衛――デモノイドロードの壁となっている防御型のデモノイドをDMWセイバーで斬り付けた。
     クッ、とニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)が喉を鳴らす。
    「戦闘開始だ。貴様等寄生体に奇怪な憤慨を晒して魅せる。魂の云々では酷く世話に成った。独房主の称号は本質に在らず」
     在るのは未知への崇拝のみ、とニアラは断ずる。
    「――勿論。貴様等は既知の極みだがな! 故に灼滅の時間だ」
     彼の足元に落ちる影が揺らめき、ひとりの女子高校生の姿を現した。
    「ああ。いろいろと気になることはあるけれど。まずはいつも通り、仕事をこなすとしようか」
     比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)は賛成の意を唱え、呪法衣の袖から白い手を覗かせる。フードの下の暗い瞳が敵を見据え、腕を上げた瞬間。
     戦場と化した地下駐車場は目も眩むような激しい閃光に包まれた。

    「始まった……!」
     西田を柱の影に避難させた筆一は、彼の傷を癒してからすぐに踵を返す。
    「それじゃ、ここに隠れててくださいね!」
    「あっ、でも君たちは――!?」
    「大丈夫です。それに、僕もこんな風にして助けられたも同然ですから。放っておくことなんてできないんです」
     筆一は彼を安心させるように微笑み、それから厳しい眼差しになって駆け出した。

    ●激突
    「ほらほらほらッ!!」
     デモノイドを盾にしつつ、デモノイドロードは絶え間なく鞭を振るってエフェクトをばら撒いていく。
    「なんのこれしき!」
     彗樹の符によって加護を得た綴は敵の攻撃などものともせずに、前衛のデモノイドめがけて五星結界符を放った。
    「ギシァアアッ!!」
    「悪いけど、こちらにも負けられない理由があるの」
     傷を受けながら突進するデモノイドの攻撃をしなやかに受け流して、見桜はその背後をに回り込んだ。標的を見失ったデモノイドはきょろきょろと辺りを見回すが、その隙をついてニアラの影業――恋人たる制服の少女と優のビハインドである海里が左右から攻撃を仕掛ける。
     交差するように闇と光の斬撃が迸り、デモノイドがその場にくず折れた。
    「いい子ね」
     優が褒めると、海里は嬉しそうに笑った。
    「ちっ、面倒くせぇ!!」
     再びデモノイドロードが鞭を振るうが、優が設置する標識は黄。交戦する灼滅者とデモノイドを挟んで、二人の視線が交錯する。
    「邪魔だ!」
    「それはどうも」
     あくまで戦いは灼滅による癒しのためのもの、と割り切っている優が挑発に乗ることはない。無言で眼鏡を押し上げ、適当にいなした。
    「ちっ……!」
     先に回復役を落としてやる、とデモノイドロードは鞭を優に差し向けるが、駆け戻ってきた筆一がリングスラッシャーの小光輪を滑り込ませて盾とする。
    「まだ他に癒し手がいたのか!?」
    「……こっちにもいるぞ」
     飄々と指先でダイダロスベルトを操る彗樹は、まだ序盤のうちに次々と仲間の防御力を底上げしていく。自らの得意とするエフェクトを先手を打たれて封じ込まれたデモノイドロードは、だんだんと苛立ちが募ってきたようだ。
    「ねえ、随分とあの西田って男にご執心のようだけど、灼滅者になりたての人間を闇堕ちさせるメリットなんてあるのかい?」
     一方、激しくデモノイドと斬り結びながら、柩はデモノイドロードを挑発するように言った。
    「ふん、それこそお前らに教えるメリットがあるのかと言ってやりたいね!」
     再び、デモノイドロードは毒を孕んだ鞭を振るう。
    「ティン!」
     後方よりレイザースラストを放ちながら、夕月は霊犬の名を呼んだ。
    「ォン!」
     相棒は頼もしく吠えて、味方前衛の前に滑り込み、デモノイドロードの攻撃を引き受ける。
    「――感謝するよ」
     庇われた柩はにこっと笑って、構え直した水晶片でデモノイドの胸を貫いた。引き抜いた拍子に体が崩れ落ち、粒子になって消えゆくその後ろから、最後のデモノイドが飛び出した。
    「進むって、決めたから」
     柩と入れ替わるように前へ出た見桜は、振り下ろされる殴撃を避けもせず――すかさず、優の放つ癒矢が彼女を援護する――そのまま全体重をかけて愛剣を叩きつけた。
    (「この力で守れるものがあるなら、必死で守ろうって思うようになってた。例え進む道が変わっていこうと、歯を食いしばってでも進んでみせる」)
     拳ごと砕くように斬られたデモノイドが体勢を崩したところへ、ニアラのトラウナックルがスクリューの如く渦巻きながら襲いかかる。
    「既知が逝くべき無謬は此処に在らず。然らばと説き、去らばと解く」
     顔面にそれを受けたデモノイドの体が捻じれながら後方へと吹き飛んだ。ちょうどそこにいたデモノイドロードが奥歯を噛み、邪魔だと言わんばかりにそれを蹴り飛ばす。
    「アイヴィーダイナミックッ!」
     颯爽と跳躍した綴の大鋏がデモノイドをキャッチして、そのまま投げ飛ばした。派手な爆発と共に灼滅されてゆく――!
    「てめぇら、やってくれるぜ……」
     怒りも露わに鞭を鳴らすデモノイドロードに対して、彗樹は表情ひとつ変えずに呟いた。
    「……仲間にすら変わらぬ態度、か。悪いけど俺、サディストって凄く嫌いだから。遠慮なくいかせてもらう」
     居合いの要領で、彗樹は大きく踏み込みながら雲耀剣を一閃。
    「っ――!」
     ざくりとデモノイドロードの頬に傷が走る。
    「……桜井」
     今だ、と言外に告げた彗樹はた半身を躱して道を開けた。
    「OK」
     開けた視界の先には、指先で印を結ぶ夕月の姿。
     ちら、と振り返ると柱の影から西田がこちらを伺っているのが見えた。
    (「できるだけ、酷いところを見せないように」)
     烈風が周囲を取り巻き、腕を払った瞬間、神薙の刃が目を見開いて佇むデモノイドロードの全身を切り裂いた。
    「かはっ……」
     血を吐いて倒れる彼女へと、夕月は問いかける。
    「できれば名前、教えてくれる? まぁ、忘れないためにさ」
    「……ふざけやがって……」
     だが、掠れた声でデモノイドロードは短い単語を吐いた。
     アガサ、と聞こえた気がした。

    ●目覚め
    「す、すごい……」
     無事に助け出され、彗樹のクリーニングによってすっきりと綺麗になった西田は感嘆の眼差しで灼滅者たちを見た。
    「君たちはいったい何者なんだ?」
    「灼滅者。そして、キミを襲っていたのはデモノイドというダークネスだ」
     柩の説明に綴が頷き、後を引き継いだ。
    「俺達も全てがわかってる訳じゃないが……あなたと同じような力に目覚めた人達が今、奴らに狙われている」
     二人の説明を西田は素直に聞き入れている。
    「それじゃ、僕以外にも似たような立場の人がいるんだね?」
     そうだ、と優が肯定した。
    「再度襲われる可能性もあるから、武蔵坂学園で保護した方がいいだろうな」
    「保護してくれるというのなら、すごく助かるよ。その学園とやらがどんなところか分からないから、心細くはあるけれど……」
    「大丈夫。学園には私みたいなのしかいないわけじゃないから安心して」
     見桜はダメージジーンズのポケットに手を突っ込みながらぶっきらぼうに言った。だが、一見怖そうな見た目の彼女にも西田は人懐こい笑みを向ける。
    「君みたいな格好いい子がいるなら、むしろ頼もしいよ。ずっとあんな奴らと戦ってきたのかい?」
     そう、と見桜は頷いた。
    「相変わらず、サイキックは使えないか?」
     一通りの説明をしてから柩が確かめるが、やはり西田はまだ戦うことはできなさそうだった。殲術道具に関してはこの場での貸し借りはできないため、使えるかどうかは学園に連れて行ってからの検証となりそうだ。
    「西田さん、最近変わったことはなかったか?『変わったことが出来るようになった』とか」
     綴の問いかけに西田の顔がぱっと明るくなった。
    「ああ、それならあれのことかもしれない。カップラーメンを作るのに時計なしで三分間が計れるようになったんだ」
    「……カップラーメン」
     ぽつりと彗樹が繰り返した。
    「それは、他の用途にも使えそうな感じ?」
    「うん。おそらく、10秒とか1分とか、そんなに長い時間でなければ正確に分かると思うよ!」
     不意にニアラが笑い、まるで祝うかのように両手を打ち鳴らした。ティンと一緒に周囲の警戒をしていた夕月がきょとんと振り返る。
    「新たなる灼滅者誕生に拍手と哄笑を! 我等とは違う存在だと思考すべき。平穏と超常への憧れ。数多の感情が混ざり融けた『天才』の種。兎角。我等は救済を成し遂げた」
    「ふむ。確かに、ボクたちが使用できるESPはルーツと防具に依存している。もしルーツによってESPが決まるのなら、新しく生まれた灼滅者の全てがそれぞれ別の種族ということも有り得るのかもしれない……?」
     柩の独り言にニアラの弁舌が続いた。
     人気のない地下駐車場に高らかな宣言が響き渡る。
    「鎖崩壊の意味は如何に。未だ序章に過ぎず。新なる存在の行方を刮目して待つべし!」

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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