うずめ様の予知~蒼い魔手

    作者:夕狩こあら

     深夜二十六時。
     終電もとうに過ぎた駅沿いの小路に、苦しげな息切れが響いていた。
    「ゼェゼェ……ハァ……いやマジ分かんねー……あのバケモノの群れは何だ?」
     善良な一般市民の俺が。
     どこにでも居る社畜の俺が。
     何故あんな青色の肉の塊みたいな連中に追われる?
    「狙われる理由が見当たらねーし、殺されていい理由もねーし……」
     と、汗だくの青年が道路脇のフェンスに身を預けた時、彼の足音を追ってきた蒼き異形と、それらを率いる蒼き紳士が現れる。
    「――いや、私はお前を殺しに来たのではない」
    「ゼェ……ッ、うあぁぁああ!!」
    「騒ぐな、聴け。歯向かう牙もなく、戦い方も知らぬ弱き灼滅者よ。極限まで追い込まれて闇堕ちしなくては、本当に死んでしまうぞ」
    「ハァ……ッハァ……灼めつ……闇ヲチ……、なに……?」
     青年は何一つ知らない。
     敢えて言えば、彼には普通の人間にはない異能――どんな料理も三ツ星級のウマさにしてしまう『鉄人の腕』という特殊能力を有しているが、今の状況では何の役にも立つまい。
     そんな戦闘力のない彼を、蒼き紳士は尚も駆り立て、
    「未熟な灼滅者よ、我等の次なる種族として新たなる覚醒を得よ!」
    「うわぁぁぁああいやだぁぁぁああ!!」
     青くも昏い怒濤――デモノイドの群れに呑み込んだ。

    「皆無の兄貴~、大変ッス! 消息不明になっていた『うずめ様』は、兄貴の読み通り『爵位級ヴァンパイア』の勢力に加わってたみたいッス!」
    「――成る程、やはりそうでしたか」
     ずばばん、と勢いよく開かれた扉の音に振り向いた九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)は、その2秒後に身ごと迫った日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)に苦笑する。
     これまで灼滅者が取り組んできた『民間活動』のうち、闇堕ち灼滅者を戦力に加えんとするヴァンパイア部隊を撃破した彼は、連中が刺青羅刹の『うずめ様』の予知を頼り、対策を講じてくるのではないかと危惧していたのだが、
    「……悪い予感ばかり当たるものですね」
     と、思わず皮肉を溢した。
     うずめ様が爵位級に合流しているのではないかとは、レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)も危惧していた処だが、今回、彼女の足取りが掴めた。
    「では、このデモノイドロードらが灼滅者を襲う事件は、『うずめ様』の予知を元に行われていると?」
    「押忍!」
     複数のデモノイドを率いたデモノイドロードが、戦う力を持たぬ灼滅者を極限まで追い込み、闇堕ちさせようとしている―ー。
     ノビルは、このデモノイドロードがうずめ様の予知を頼り、新しい灼滅者の出現を知って、自分達の戦力として抱え込もうとしているのではないかと見ている。
    「然し珍しい。この青年は社会人ではないですか」
    「そうなんス。今回狙われるのは武蔵坂の灼滅者で無し、闇堕ち一般人でも無し。それにヴァンパイアの闇堕ちによって灼滅者になった血族でも無い……『突然、灼滅者になった一般人』なんスよ!」
    「闇堕ちする理由の無い、力なき灼滅者をどうしようと……?」
     デモノイドの動向については、咬山・千尋(夜を征く者・d07814)や、七瀬・麗治(悪魔騎士・d19825)が警戒していてくれたのも、事件を察知できた理由の一つになっている。
    「この事件では、突然灼滅者になった一般人はデモノイド達に追い立てられ、命の危機に追い込まれているッス」
     連中の目的は『この青年を闇堕ちさせる事』と思われるが、真相は不明――。
    「奴等の目的や真意が判然としないものの、灼滅者がデモノイドに追い詰められる状況を見逃す事は出来ず……兄貴達に救出をお願いしたいんス」
    「ええ、先ずは救出を考えましょう」
     ノビルの依頼に、皆無の瞳が鋭く細められた。
    「敵はデモノイドロード1体と、配下のデモノイド5体。どちらも強敵とは言い難いものの、数が多いのが難点ッスね。デモノイドロードはそこそこの強さで、配下のデモノイドは兄貴ほどの強さなら2対1で勝てる相手ッス」
     とはつまり、サシでは勝てぬ相手という事だ。
     戦術や布陣に油断があっては、青年の救出に失敗する可能性もある。
    「ちなみに、この青年は……」
    「救出対象の灼滅者は戦力として全くアテにならないんで、戦いに巻き込まれないよう退避して貰うのが一番ッス」
     デモノイドの目的も灼滅者の『殺害』では無いので、武蔵坂の灼滅者が現場に現れた時、青年より先に武蔵坂の灼滅者との戦闘を優先するだろう。
    「では、青年の安全を確保した上でデモノイドらと戦い、戦闘後に救出する、と……」
    「そうッスね。青年は灼滅者とはいえ『灼滅者』という言葉も知らなければ、デモノイドに襲われる理由も分からないんで、普通の一般人と同じように守ってあげて欲しいッス」
    「唯、狙われる存在ではあるので、事情を話して学園で保護しましょうか」
    「押忍!」
     皆無はノビルと首肯を交わすと、改めて『うずめ様』が持つ予知の厄介に溜息する。
    「青年が灼滅者になった理由も経緯も分かりませんが、デモノイド達がなぜ灼滅者を追い詰めようとしているのか……それが判れば、『うずめ様』の予知の内容を知る手掛かりになるかもしれませんね」
    「全くの無知、力を持たない青年も、もしか謎を解く鍵を持ってるかもしれないッス」
     と、ノビルが言を結ぶと、皆無ら灼滅者達は早速、策戦を練り始めた。


    参加者
    ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)
    イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)
    蒼珈・瑠璃(光と闇のカウンセラー・d28631)
    蔵座・国臣(殲術病院出身純灼滅者・d31009)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)

    ■リプレイ


    「さぁ、今こそ際涯より堕ち、我等の次なる種族として目覚めよ」
     蒼き紳士が号(さか)び、異形の群れが狂濤と押し寄せる。
    「あぁあ……ぁ……!!」
     フェンスを背に追い詰められた青年は、鉄紺の空に浮かぶ繊月の美しきを、其を遮る怪腕の禍々しきを仰ぎ、軈てその景が我が血潮に赤々と染まるのを見る筈だった。
     然し、瞬刻。
     恐怖に瞠目した彼の視界に一縷の光が差すや、冴え渡る凛冽が邪を押し留める。
    「闇堕ちを誘引するに5体がかりとは喋々しい」
    「ヲヲオオヲッ!」
     イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)――氷の蔦を絡めた細腕が衝撃を受け止めて間もなく、怒涛を成した蒼き魁偉のうち1体が吹っ飛んだ。
    「オオォヲ!!」
     十字碑の打突を以て猛進を却けるは九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)。
     巨躯がブロック塀にメリ込むのを見た彼はやおら振り返り、
    「生きていますか? 料理の鉄人」
    「ふぁ、っ」
     何故それを……と、恐慌の中にも泡沫の謎が浮かぶが、別なる個体が猛然と迫る今、青年は悲鳴も忘れて身を屈めるのみ。
    「オヲ嗚嗚ッ!!」
     蒼き鉄槌が肉を潰す――刹那。
     その垂直軌道に割り込んだ平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)が、銃剣の切先に巨掌を刺突した。
    「立って、歩けるか。可能なら走れるだろうか」
    「……は、はい……」
     焦眉にあって彼は「大丈夫か?」「怪我はあるか?」等と聞くまい。
     目下必要な事だけを手早く確認する端的に、距離を違えてヴィヴィッドな旋律を合わせたゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)は更に言を添え、
    「見ての通りですよ。助けに来たんです」
     能力を得つつ戦力は与えられなかった貴方を、という皮肉は艶笑に秘めつつ、場に揃った者達を藍瞳に眺めて見せた。
    「あ、あんたら……」
     己をさんざ追いかけ回した怪異と対峙する若者達。
     バケモノに比べれば遙かに近しいが、今しがたの超常の応酬は、悪魔同士の闘争を視る様で、青年が尻込みするのも已む無い。
     だからこそ彼等は行動で示そう。
    「互いに聞きたい事はあろうが、先ずは安全な退路を確保しようか」
     蔵座・国臣(殲術病院出身純灼滅者・d31009)は「何事だ」と問わんばかり青年の逡巡を受け止めつつ、夜を裂く鞭の撓りに敵群を薙ぎ、
    「ここは私達が必ず何とかします。どうか振り返らず逃げて下さい」
     神凪・燐(伊邪那美・d06868)は絶影の機動で敵背に回り込むや腱を断ち、人間一人が通れるだけの導線を描く。
     青年にもラインが見えたか、目が辿った先には見慣れたアーケード看板があって、
    「駅前横丁……」
    「俺達が来るまで、あの路地に隠れていて欲しい」
     ベースを弾きつつ声を足すは、此処に来る間に最善の潜伏先を探してきたクレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)。
     デモノイドの巨躯では侵入できぬ隘路は、たとえ人型デモノイドロードが身を入れられたとしても、その時には逆側から抜けられる。
     隠れる場所が多い点も青年を突き動かしたろう、彼は件の方向に爪先を向け、
    「ほう、まだ逃げると。窮鼠とて猫を噛むもの、貴様は本当に灼滅者か」
     七つの眼が視線を一つにした瞬間には、蒼珈・瑠璃(光と闇のカウンセラー・d28631)の帯撃が射線に割り込む。
    「余所見を許すほど私達は甘くありませんよ」
    「……武蔵坂の者め」
     上質なスーツの袖より伸び出たデモノイド寄生体が、白帯を掴み、腐食させる。
     蒼き紳士は更に異形を暴き、
    「ならば最大の苦痛をくれてやる。精々泣き喚き、あの者に恐怖を与える糧と為れ」
     強い腐臭を放つ粘液をアスファルト路に撒き散らした。


    「逃げてくれた、か」
     最も肝要で、それ故に難い会敵劈頭。
     第一の目標であった青年の避難の成功に、名も無き命をも重んじるクレンドが先ずは安堵する。
     彼が奏でる雄渾の響きが強酸の毒を浄う中、燐は迫る蒼邪を胡蝶の群に迎え入れ、
    「千年の昔より密々と人々を護って来た一族として、突然灼滅者になった彼も放っては置けません」
    「嗚嗚ヲォ!」
     青年に代わって血場を躍る身に、愈々殺意を迸らせる。
     毒弾が驟雨と降り注ぐ中、ゲイルは耐性を敷いて冷静に、
    「指示に従ってくれたのは良いとして。僕達を信じたかどうかは……まぁこの後、路地に行けば分かります」
    「ああ、日常を壊された相手に此方の勝手ばかり押し付けてもいけない」
    「確かに。諸々の見極めも急くべきではないな」
     冰剣【ユウェナリス】に聖風を紡ぐイサ然り、豪腕の振り下ろしを鞭に縛する国臣然り、この場で青年を試してはならぬと、意見は一致している。
     人に優しく、ダークネスに厳しい彼等は眼前の相手にこそ問い質し、
    「聞ける所から聞く、または探り当てるのが筋だろうな」
    「倖いにも謎は深く……掘り甲斐があるというものです」
     全き沈着。
     和守の閃拳が巨拳と角逐する間、皆無の白布が波動を駆って急所を衝いた。
    「ヲォ嗚嗚ヲヲ!」
     剥き出しの筋繊維がふつと解けるや、瑠璃は華奢な拳に暗黒を纏い、理性無き肉人形を闇へと引き摺る。
    「これで二体目。厄介なポジション効果を持つメディックの灼滅も撃破順通りです」
    「ッ、ヲッ……ォ――」
     全員が感情の絆を結んで得た至妙の連環。
     撃破順を共有した統一の戦術。
     また減衰を覚悟して攻勢に寄せた布陣は、毒を多用する敵勢を佳く制し、早期にデモノイドを駆逐するに奏功していた。
     蒼き紳士はぎょろり多眼を動かして手駒の損失を確認し、
    「……従来では存在しなかった灼滅者の出現を知ったものの、斯くも代償を払わねばならぬとは。『うずめ様の予知』とやらも知れたものよ」
     沸々と湧く疑義が彼を駆り立てた。
    「――ッ!」
    「ッ、痛ッ!」
     魔眼が四方を睥睨し、死の光線を放射する。
     適確に標的を捉えたビームは灼滅者の肌を裂き肉を灼き、月照る軍庭に血斑を染ませた。
     然し彼等は激痛以上に秘鑰に感応して、
    「ッ、……この言。デモノイドロードは『うずめ様』に敬意を払った訳では……」
    「ッッ同感だ。奴は『うずめ様』という固有名詞を呼び捨てにしているだけの様に思う」
     瑠璃は射抜かれた肩を押えつつ、和守は腿部のアーマーを砕かれつつ、双方の関係性を探らんとする。
     二人を回復せんと踏み出るイサとアオ、その進路を太刀【月化美刃】に切り開く燐も頷いて、
    「奴は私達が妨害に現れる事までは予知していなかったか、或いは――」
    「ええ、彼等に知らせていなかったかのいずれか、ですね」
     ここに付け入る隙を――いやブラフと言うよりは憶測に近いが、皆無は冴刀【一夜桜】の鍔にデモノイドを押し退けるや「扨て」と口開く。
    「彼女が何を見たかは知りませんが、果たして貴方達に真実を伝えたでしょうかね」
    「ほう、其は」
    「神々の理は神々のみが知るべき事――とは、嘗て彼女が言った言葉ですよ」
    「……成程。言いそうな口だ」
     無論、灼滅者よりは彼女を信じようが、これは虚勢か否か。
     激情の裡に本音か情報を漏らさないかと探る国臣は此処で畳み掛け、
    「どうせ何も聞かされて無いだろう」
     鉄征を盾に、穢れなき純白の闘気を収斂して放った。
    「余程追い詰められたか。吸血鬼に頭を垂れ、同じ傘下の羅刹に指示され、その使いに走り回る者に、聴こえるものはそうない」
    「……口を慎め、灼滅者」
     種の興廃は誰より感じ得ていようか、蒼き紳士は言は粛々と、蓋し反撃は苛烈に、死の光条に薙ぎ払う。
     ゲイルはしとど血潮を噴く傷口を繃帯に覆いながら、ふと、
    (「爵位級はこの動きを知って……?」)
     デモノイドロードが『うずめ様』の予知に動いたのは間違いないが、両者を翼下に抱える爵位級が関与しているのか、それとも彼等の独自行動なのか――と、懸念が過る。
     時にクレンドは、プリューヌがビームを手折った瞬間に懐へ肉迫し、
    「何故、彼等を……特殊な灼滅者を狙う」
     自勢力として取り込むに戦力を持たぬ彼等を何故、と【不死贄】を突き付けた。
     すると紳士の魔眼は、彼の腕に棲むデモノイド寄生体を凝視し、
    「次なる種族が見たい、其の正体を知りたいとは思わんかね? 我が同胞よ」
    「ッ――!」
     その脇腹を抉り、屠った。


     真紅の騎士に魔手が沈み、鮮血がコートを染め上げる――無論、その様な惨憺を瑠璃が許す筈ない。
    「アオ」
    「なぁご」
     彼との絆――【Lapis-lazuli Tear】を懸ける凄艶は魂の欠片を呼ぶや、尻尾の光環に創痍を塞がせ、自らは灼罪の光砲に敵を退かせる。
    「新たな種族を得たいが為に闇堕ちさせるなど、認められません」
     眼鏡の奥に秘めた蒼星の煌きは、集めた戦力を何に使うのかと危殆に揺らめくが、人格を嬲り、命を弄ぶ凶行は止めねばならぬ。
    「だがお前達も気になっているだろう? 新たな灼滅者が拓く世界を」
     距離を開けて嗤笑を置く凶邪を、イサは冰槍に追って、
    「貴様を持て成そうが拷問しようが真実は聞けまい。早々に倒すのみだ」
     人の平穏を乱した時点で討つ理由は十分と、複数の魔眼を氷の楔に衝く。
    「――さぁ、氷獄へ堕ちるがいい」
    「ずァアアッ!」
     須臾、主の激痛に反応したデモノイドが巨壁と押し寄せれば、国臣は鉄征に吶喊を押し留めさせながら【UFOスラッシャー】に胴を切断して、
    「畢竟、元人格を失えば使い勝手の良い兵士か人形。デモノイドを駒と使役するのが一般人に代わるだけだ」
    「ヲヲ嗚嗚ォォオ!」
     理性なき叫声に嘆きを聴くはクレンドも同じ。
     彼は悲邪より繁吹く蒼い体液を浴びつつ、我が寄生体に呑み込ませた片腕を鋭刀と迫り出して、
    「意思と反し体を束縛される同胞よ、その魂だけは解放しよう」
    「嗚嗚ヲヲォヲ嗚嗚……ッ!」
     ――恨むなら俺だけを恨め。
     月より降るプリューヌの霊撃といい、何処か救済的な冴撃は、今際の醜声を閑やかに闇へ融かした。
    「敵の居場所程度は探れたらと思いましたが、まぁ畳み時でしょうね」
     一瞬の静謐に沁みるゲイルの声。
     嘆息と共に零れた言は、今や全ての駒を失ったデモノイドロードに突き刺さり、
    「我を癒しと得るか」
    「無報酬ですから。それ位は」
     と、傍らの道路標識を引き抜いて振りかぶる。
     後に続くは【無明】――和守の放った手榴弾が衝撃を同じくし、爆轟を連れて飛び散った暗黒が蒼い躯体を丸呑みにした。
    「非実体系の武器はイメージが重要……ならばこれで、どうだ!」
    「ッ、ァァア嗚呼ッッ!!」
     これまで影業の扱いが少々苦手だったキャプテンOD、今宵イメージの具現化を掴み、要領を得る。
    「グッ、ヲヲ……ォォオオ、ッッ……!」
     灼滅者に苦痛を与える筈が、転輾つは己が寄生体という皮肉。
     燐は暴れる蒼塊に【瑠璃の羽】を疾らせながら、積み重ねた負の効果を愈々激痛と広げ、
    「平安より続く退魔の名家、神凪家の現当主として。伊邪那美の守護を受ける者として。他者を護る決意を抱くと同時、碧血に穢れる覚悟を負います」
    「ッ、ッッ……!!」
     交錯する母性と殺意は猛く鋭く、悲鳴を奪う。
     痙攣して方向を失う魔眼が最期に映したのは、皆無の赫角――繊月に翔けた美し鬼は婚星の煌々たるを連れ立って、
    「うずめが本当に闇堕ちして覚醒した新種族を見たのか、闇堕ちしない新種族を見たのか。語られない事には判りませんが――それを知る為に、進みましょう」
     宛ら紫電。
     天地を繋いだ閃光は超重力に敵駆を圧し潰し、禍き蒼に満つ夜道を元の静謐へと落ち着かせた――。


     ――その能力に気付いたのは?
    「えーと、今朝かな……いつもの朝食が一流シェフ並みのウマさになってたんだ」
     ――『癒し』を欲した事は?
    「癒し? 社畜だかんな、フツーに有給取れれば満たされるけど」
     九死に一生を得た事に安心したか。
     青年は彼等の問いに気さくに答えた。
    「あっ、でも今はこの缶コーヒーが一番の癒しだね」
    「……そうか。今の時間ではこれ位しか奢れないが、良かった」
     自販機に背を預け、クレンドが頬笑む。
     問答が微妙にズレているのは、灼滅者が言う『癒し』と、一般人が言う「癒し」とは意味が異なるからだろう。
     ここは「襲ってきたバケモノを倒し、癒しを得たいと感じなかったか?」と問うべきだったか……いや、斯くも一般人寄りな彼に、この感覚も伝わるか分からない。
     観察に優れた瑠璃は、接敵当初のデモノイドロードからもヒントを得ていて、
    「ダークネスも彼が本当に灼滅者なのか疑っていましたね」
    「通常、私達もダークネスも命中率で分かるものですが……」
     眼鏡越しに青年を見る燐もまた、彼に特別なものを感じるとは言い難い、と言う。
     いずれにせよ、自分達が当たり前の様に持つ感覚を共有できないという点では、敵が『新しい灼滅者』と言ったのも納得できよう、
    「あくまで此方の感覚で言えばだが、彼は灼滅者に成りたてで、すぐに闇堕ちしない――ある程度『癒し』を持っている状態だろうか」
     でなければ灼滅者になった途端に闇堕ちしてしまう、とイサが言う。
     青年をはじめとする件の一般人が、灼滅者になって然程時を経ていないと想定するのは和守も同じで、
    「これが『鎖』を破壊した影響だとしたら、精々数日前に覚醒した者が居る位だろう」
     また或いは、一連の事件が予知で捕捉されている故に、接触時に全く自覚していない者も居るだろうと想定する。
     此処で国臣は嘆息をひとつして、
    「異能者、程度に仮称するべきかね」
     とは、つまり。
    「戦う、殺す力を持たないなら、灼滅者、などと物騒な呼称で無い方がよかろうさ」
     情報整理を得意とする彼は、報告書や資料を纏める際に便宜上の言葉があればと、適当な語を探る。
    「灼滅……闇堕ち……く、鎖……?」
     発言者の顔をキョロキョロと仰ぎつつ、会話を拾う青年。
     何知らぬ彼だが、その無知を以て逃してくれるダークネスなど居らず、皆無は平時の穏やかな表情で語り掛け、
    「とりあえず、貴方の置かれている状況を知る為、事情だけでも聞きませんか?」
    「事情? 俺が何でバケモノに狙われたかって事?」
    「ええ、そうです」
     其は逃げ回っている時に何度も心で叫んだ疑問だ。
     青年も直感で大事に巻き込まれていると気付いたろう、彼は眼前の恩人らが知り得る事を自らも知りたいと、座っていた身を立たせて、
    「俺の身に何が起きたか、教えてくれよ」
     武蔵坂学園に身を任せるかどうかは――灼滅者が全てを話し『誠意』を見せた後。
     時にゲイルは肩を竦めて、
    「やれやれ、壊した『鎖』から何かが霧散した辺りで嫌な予感はしましたが、随分と面倒な方に事が運ぶ」
     また護るものと戦うものが増えた、と言う彼の端整は、然し宵闇にあっても翳らない。
    「……武蔵坂はそろそろ観念して責任と向き合うべきだ」
     責任。
     彼が口にする其は途轍もなく重く大きいものだが、之を沈黙に受け取る仲間達もまた義気凛然と――冴月に勝る鋭さを以て鉄紺の天蓋を仰ぐのであった。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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