うずめ様の予知~目覚めの兆し

     その男性は、ピンチだった。30年ほど生きて来た中で、最大の。
     会社の同僚と外で酒を飲んだ帰り、得体の知れない怪人達に襲われた。気づけば、人気のない工事現場に追い込まれ、異形の怪物達に囲まれている。
     怪物……デモノイド達が男性をいたぶる様子を、デモノイドロードが眺めている。暴力の宴を楽しむように、しかしそれでいて注意深く。
     このままでは死を待つだけ……だがその時、男性は、己の内から不思議な力がこみ上げてくるのを感じた。
     よくわからないが、これが現状を打破する希望と信じて。男性は力に身を任せ、拳を突き出した。
     そして虚空に生み出されたのは……シャボン玉だった。
    「……え」
     たくさんのシャボン玉が、近くにいたデモノイドの顔にぶつかると、ぱちん、と弾けた。
     訪れる沈黙。
     それを破ったのは、デモノイドロードの溜め息だった。
    「これだけ追い詰めて、手品1つか。普通の人間でないとはっきりしたのはいいが、もう少し本気を見せてみろ!」
     傍観をやめ、デモノイドロードが迫って来る。男性は、今度こそ死を覚悟した。

     所在不明だった刺青羅刹『うずめ様』の動向が判明した。
     その報せを携え、初雪崎・杏(大学生エクスブレイン・dn0225)が灼滅者達を招集した。
    「九形・皆無さんや、レイ・アステネスさんの危惧通り、爵位級ヴァンパイアの勢力に合流していた。そして既に、うずめ様の予知を元に、デモノイドロードが灼滅者を襲う事件が起きている」
     このデモノイドの動きを察知出来たのは、咬山・千尋さんや七瀬・麗治さん達が警戒してくれていたお陰でもある、と杏は言う。
     襲われる灼滅者は、武蔵坂学園の所属ではない。かと言って、闇堕ちした一般人でも、ヴァンパイアの闇堕ちによって灼滅者になった血族でもない。突然灼滅者になった、としか言いようのない一般男性だ。
     戦闘力はほぼ皆無で、デモノイド達によって窮地に追い込まれている。デモノイドの目的は、この灼滅者を闇堕ちさせる事のようだが、理由は不明だ。
    「だが、襲われているのが灼滅者だろうと一般人だろうと、見過ごすわけにはいかない。救出をお願いしたいのだ」
     場所は、夜、建設中のマンションの工事現場だ。デモノイド達が、救出対象の男性を襲っているところに介入する事になる。
    「男性は灼滅者とはいえ、独特のESPを使う事が出来る程度だ。それも、シャボン玉を生み出す、という、な」
     ただ、デモノイド側の目的は、灼滅者の殺害ではない。加えて、武蔵坂の灼滅者との戦闘を優先するので、戦闘が決着するまで、男性には安全な場所に避難していてもらえばいいだろう。
     デモノイドロードもデモノイドも、単体では強敵とは言えないが、数の多さがネックだ。
     デモノイドロードは、1体のみ。デモノイドヒューマンと、縛霊手のサイキックを使用する。
     一方、デモノイドは、全部で4体。こちらは、デモノイドヒューマンのサイキックのみを使用する。
    「灼滅者の男性を無事保護できたら、事情を話して、武蔵坂に連れてきて欲しい。放置しておけば、再びデモノイド達に襲われかねないからな。よろしく頼む」


    参加者
    ポンパドール・ガレット(火翼の王・d00268)
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)
    神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)
    九条・九十九(クジョンツックモーン・d30536)

    ■リプレイ

    ●救いの手は多く
     デモノイドの拳が、男性に振り下ろされる。
     直撃ではない。だが、床が陥没し、衝撃が男性を吹き飛ばす。
    「ひい……!」
    「今のが、最終警告だ。次は当てる。死にたくないのなら、その力を示してみろ」
     デモノイドロードが、冷徹に告げる。
     男性の返答がない事に溜め息をつくと、やれ、と指示を下した。
     デモノイドの振り上げられた拳が変形し、刃となる。かすめただけで、男性の体などバラバラにされてしまいそうだ。
     本日何度目かの死の覚悟に追い込まれた男性に、絶望の刃が振り下ろされる。
    「ふはははー、闇落ちさせてどうするのか知らないけど。その計画は、私達武蔵坂学園が止めさせてもらうよ!」
     突如、工事現場に響き渡った少女の声が、デモノイドの刃を止めた。
     直後、新たなデモノイドが現れる。否、デモノイドの力を発動し、姿を変化させた九条・九十九(クジョンツックモーン・d30536)だ。デモノイドを蹴散らすと、男性を背にかばう。
    「その、なんだ……そこまでだ」
    「助けに来たよ! あの怪物っぽいのは私たちがやっつけるから少しの間避難しててね」
     先ほどの声の主、赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)が、男性の元に駆け寄り、笑顔をのぞかせた。
    「た、助け……本当か……?」
     困ぱいした男性を守り、次々と灼滅者がデモノイド達の前に立ちはだかる。敵をにらむポンパドール・ガレット(火翼の王・d00268)からは、意気込みがにじむ。
     ソウルボードで『鎖』を破壊した時から、こういう事態が発生することも覚悟していた。だから、誓ったのだ。そうなったら、必ず自分が助けてみせる、と。当然、シャボン玉さん……この男性もだ。
    (「いきなり特異な能力に目覚めてしもて、この兄さんも被害者、なんかもしれんなぁ」)
     だからこそきちんと守りたいし、手を差し伸べたいと、諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)は思う。
     伊織が人払いの確認をしていると、デモノイドロードが、うっとうしげに、灼滅者達を見遣った。
    「来るのは予想済みだが、面倒だな」
    「弱い者苛めは楽しかった? 今度は私が貴方達を虐めてあげるわ」
     霊犬の荒火神命を伴った神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)が、不敵な言葉を口にする。
     デモノイドにおびえる男性を見て、レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)は思う。ソウルボードの力の行く先がこういう人たちの中、ということなのだろうか。まあ、考えるのは後回し。まずは敵の殲滅だ。
    「さあお仕事の時間だ。いくぜ諸君」
    「ポンポン灼滅者が覚醒するっつーのも妙な話ですが、ともあれ、まずはこいつらの掃除といきましょ」
     言って、黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)が、デモノイドとの交戦を開始した。
     あっけにとられる男性の腕を、黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)が引いた。霊犬の絆に戦場を託し、自分は男性を安全な場所まで避難させる。
    「事情は後から説明します。あの連中は必ず何とかしますので、ここで待っていてくださいませんか」
    「こ、ここで?」
    「はい、危険なので、動かないようにお願いします」
     ぺたり、と座り込む男性。空凛が念を押すまでもなく、逃げる気力はなさそうだった。

    ●守るもの、解き放つもの
    「邪魔が入る前に、事を済ませたかったが」
     男性の退避した方をにらんだデモノイドロードが、デモノイド達に続き、灼滅者の殲滅に乗り出す。
     ウイングキャットのチャルダッシュには、回復をお任せ。敵ディフェンダーへと斬りかかったポンパドールの体が、白く染まる。同色の聖光を放つ剣が、デモノイドの肩に深く食い込んだ。
     ここでデモノイドロード達を倒して、戦力を削っておかなければ。緋色が、襲い掛かってきたデモノイドの股の下をすり抜けると、傷を負った敵ディフェンダーに、冷気の弾丸をぶつけた。
    「1つ、削いでやりますか」
     氷結するデモノイドが、蓮司の声の方を向いた。だが、その時には、既に腱を断たれた後だ。
     ぐらり、揺らぎ、蓮司から距離を取るデモノイドに、後方から華夜が飛び込んできた。
    「神命、誰も逃しちゃダメよ」
     クロスグレイブによる格闘術を叩き込みながら、華夜が指示を出す。吠声1つ、荒火神命が、敵軍へと六文銭を浴びせ、攻撃を阻んだ。
     意志を持つように、自在に動き回るレオンのダイダロスベルト。急制動をかけると、仲間達と狙いを合わせ、敵ディフェンダーを切り裂く。
    「とりあえず、邪魔者にはお帰り願いましょうや」
     敵の攻撃を受け止めた伊織が、影業で切り返した。影を通じ、デモノイドの力を奪い、自らの糧とする。
    「あの灼滅者は、こちらで確保させてもらおうか!」
     デモノイドロードが、巨腕を胸の前で打ち付けると、灼滅者達を結界にて排除する。
     そこに、デモノイド達が追随する。クラッシャーの1体が強酸性の雨を降らせれば、もう1体がセイバーにて切り込んだ。
     更に、スナイパーの援護を受けたディフェンダーが、巨大砲を構える。
     だが、砲が火を噴くより早く、デモノイドの視覚を、閃光が焼いた。男性の避難を終えて合流した空凛の剣の一閃だ。更に、霊犬の絆からは、癒しの霊力がそそがれる。
    「その、なんだ……。落とし易い所からやらせて貰う」
     九十九が、バベルブレイカーを異形の腕に飲み込ませる。
     敵は、同質の力を持つ相手だ。正直、複雑な感情はあるが、そのせいで刃を鈍らせるわけにはいかない。
     傷ついたディフェンダーに砲撃を浴びせると、塵に還したのである。

    ●交錯する思惑
     デモノイド前衛を次々となぎ倒し、道は開けた。
     灼滅者が、残存のスナイパーを放置し、デモノイドロードに攻撃を集中させる。
    「いつまでもでかい顔をしていられると思うなよ、灼滅者」
     ロードの腕が変形すると、ポンパドールをつかみ、引き倒した。受け身を取ったところに、霊糸の束縛が来る。だが、今だ、とポンパドールが告げる。
     即座に応じた蓮司が、ロードを炙り、蹴り飛ばしながら、思う。あの『鎖』を壊してから、確実に何かが変わっている、と。
    (「……何となくだけど、失われていた何かが元に戻っただけの様にも感じるんだ。真新しい何か、なんて感じがしねぇ」)
     蓮司の懸念は、仲間も同じ。
     巨大七不思議事件の際、タタリガミの言動にこういうものがあった。『鎖』が破壊される事で、人間は真の力を取り戻す、と。今起きている事態こそが、その実例なのか。
    「神命、合わせるわよ」
     華夜が、ロードとの距離を詰める。同時に反対側から、神命が来る。それぞれ刀を構え、左右からロードを挟撃した。武器化したロードの腕を斬り、その胸に傷を刻む。
    「どうかしら? 影の魔女の剣は」
     その問いに、ロードが回答する事はなかった。正確には、暇がなかった、と言うのがふさわしいか。
     九十九の人ならざる腕から、有機物の如き影がうねり出る。それはロードの眼前で刃の形を取ると、太い首筋に傷を刻む。
     流石に、ロードの攻撃は厄介だ。伊織の声がけを受けて、片膝をついた仲間にポンパドールが霊光を送り、回復した。チャルダッシュも、尻尾のリングの輝きが止むことはない。
     姿勢を低くしてロードのセイバーをかわすと、緋色が槍を突き出す。ロードの頑健な肉体に、風穴が開く。
     身を引こうとする緋色の槍をつかみ、反撃せんとするロードの足元に、空凛の影が忍び寄っていた。八方から体を絡めとるように接近したかと思うと、瞬時に一つに束ねられ、敵に食らいつく。
     影をちぎるロードだったが、ガードの空いた腹部は、レオンのかっこうの的だった。好機を逃さず、ロッドによる渾身の打撃を加え、巨体と周囲の空気を揺るがす。一拍後、魔力爆発がロードを飲み込む。
     危地のロードを支援すべく、スナイパーがキャノンを放った。
     舞い上がる煙を払いのけ、伊織が、ロードの前に立つ。
    「仲間の盾のつもりか」
     排除せんと迫るロードに対し、伊織は薄く笑う。怪訝をのぞかせたロードの背後、影が口を大きく開けていた。
    「く……!」
     腕で影の上あごを、足で下あごを抑えるものの、影のそしゃく力が勝った。
     デモノイドロードの体が、断末魔ごと飲み込まれた。

    ●それは希望か
     残ったスナイパーが討たれ、戦闘は灼滅者の勝利に終わった。
     それから一行は、男性の元に赴いた。ちゃんと、逃げずに待っていてくれたようだ。ただ単に、逃げる気力が残っていなかっただけかもしれない。
    「ひっ」
    「奴らと同じ姿だが、一応は善玉のつもりだ」
     おののく男性の前で、変化を解く九十九。
    「安心して、痛めつけようなんて思ってないわ。貴方みたいな人達がこうして襲われる事件が起きているの。私達はそういう人達の保護をしているのよ」
     それぞれ自己紹介すると、華夜達は、武蔵坂学園や灼滅者の存在や、先ほどの怪物……ダークネスの事などを男性に説明していく。
    「心配なこととか不安なこととか沢山あるかもだけど」
     男性の反応をうかがいながら、説明を続ける緋色。
     不安げな表情で話に耳を傾ける男性が、空凛は我が事のように心配だった。多くの灼滅者がそうであるように、自分も一般人として過ごしてきて、突然灼滅者としての生活を送るようになったのだから。
     そうして、ひとしきり話を聞いた男性は、
    「信じられない事ばかりだけど、自分の目で見たのに信じない、というのも、往生際が悪いかもしれないな。けど、本当に僕も、その、君達と同じ存在なのかな?」
     今日まで特に変わった事もなかったし、と、男性は、少し試行錯誤した後、シャボン玉を作って見せた。
     ふよん、と、浮かぶ透明な球体を見て、九十九は率直かつ純粋に、「綺麗だ」と感想をもらした。
    「ホントにシャボン玉出せるんだ! すごいネ!」
     ポンパドールも目を輝かせるのを見て、男性は照れたように頭をかいた。
    「仕事柄、楽しんでもらえると嬉しいけど、戦いには役立たないね。君達の力みたいに」
    「いうても、オレらの使う力の中にも、かわいいモンあるしなぁ。食べもん美味しゅうする奴とか、面白スポット見つける奴とか」
     伊織が、柔らかな口調で応じた。七不思議など、ちょっと怖めのものもあるが。
    「まあ、その特技は、普段はなるべく隠したほうがいいだろうけど。俺は好きだよ。他人を楽しませることができるのは、ね」
     レオンが、力を抜いた笑みをのぞかせた。
    「ありがとう。それで僕は、これからどうしたらいいんだろう」
    「このまま立ち話もなんだし、とりあえず一緒に行きませんか。ダークネスから身を隠すんなら、今はそこが一番安全でしょうから」
     蓮司にうながされた男性は、少々逡巡した後、うなずいた。
    「わかった、とりあえず、君達を信用させてもらうよ」
     仕気にかかる事は尽きないだろうが、男性は灼滅者達のエスコートにより、武蔵坂へと向かう。
     新たな灼滅者が集まっていけば、何かわかることもあるかもしれない。今は無理そうだが、武蔵坂に戻ったら、ESPなども発動させられるのか試して欲しいレオンである。
     さて、この新たな灼滅者との出会いは、果たして、灼滅者達にどのような影響をもたらすだろうか。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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