うずめ様の予知~神様は居るのか

    作者:四季乃

    ●Accident
     闇夜をもがくように走る、走る――。
     眦に浮かんだ珠のような涙が頬の傷に触れてじくじくと痛んだ。慣れぬ痛みに突き動かされながらも「なぜ俺が」という誰に宛てればよいのか分からぬ疑問と慟哭ばかりせり上がってくる。
     ――なぜ化け物に追いかけられているんだ。
     立ち止まる暇はない。後ろを振り返る余裕もない。ひとたび脚を緩めれば、得体の知れぬ青い肉の塊に頭から喰らいつくされてしまう――そんな、どこかの三流映画で見たようなイメージが払拭出来ず、己の弱い心を締め上げる。
     視界の端に懐かしい形を見た。鳥居だ。
     その瞬間、疲れ果てて今にも膝から崩れ落ちそうだった身体が、鞭を打ったように全速力を叩きだす。小さいころばあちゃんが怖いことがあれば神様にお祈りしなさいと言っていた。土地は違うが、あの異形から俺を守ってくれるかもしれない。
     天啓を得た男の脚は階段を三段飛ばしに駆け上がっていく。
     ――ばあちゃん、ばあちゃん! 八百万の神様!
     天辺の朱色の鳥居をくぐると、深夜に近いその刻限に人は居なかった。閑散とした、けれども静謐な空気がそこを揺蕩っている。
     その常と変わらぬ夜を過ごす姿を見て、ドッと疲れと安心感が噴き上がってきた。大地に両手を突くように崩れ落ち、汗と涙と傷口から赤い血を止めどなく滴らせながらも、熱い呼吸を繰り返す。
    「なぁ、早く闇堕ちしろよォー。お前本当に灼滅者なのか? こいつらがオレ達の次の種族なンてヤツに見えねェんだけどなァー」
     おのれのものではない、声がした。
     そろりと顔を持ち上げると、青い化け物が数匹、社の屋根からこちらを見下ろしていた。

    ●Caution
    「行方がわからなくなっていた、刺青羅刹の『うずめ様』の動きが判明いたしました」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)曰く、九形・皆無や、レイ・アステネスが危惧していたように、どうやら爵位級ヴァンパイアの勢力に加わっていたようなのだ。
     しかも今回は、『うずめ様』の予知を元に、デモノイドロードが灼滅者を襲う事件なのだというから、たまったものではない。しかも襲われる灼滅者は――。
    「我々武蔵坂の灼滅者でも無ければ闇堕ちした一般人でもありません。ましてヴァンパイアの闇堕ちによって灼滅者になった血族でも無い――ある日突然、灼滅者になった一般人なのです」
     これらのデモノイドの動きは他でもない、咬山・千尋や、七瀬・麗治が警戒していてくれたことが、事件を察知できた一因である。
    「突然灼滅者になった一般人の方に戦闘能力はほとんどありはしないのです」
     恐らく闇堕ちさせることがデモノイドの目的なのだろうが、その理由はまだ判明していないと姫子は睫を伏せた。しかし。
    「見殺しには出来ません。皆さん、救出をお願いいたします」

     救出対象である一般人は藤野という20代前半の男性で、ごくごく普通のサラリーマンだという。灼滅者になったと言ってもその戦力は無いに等しく、戦闘の頭数に入れることは出来ないレベルだ。
     デモノイドの目的も灼滅者の殺害ではないので、こちらが場に割り込めば戦闘を優先するだろう。ひとまず男性には付近で隠れるなりの避難をさせてほしい。
    「敵はデモノイドロード一体、その配下のデモノイドが三体です。デモノイドロードはそれなりに強いのですが、配下のデモノイドは一対一だと勝つことはできないでしょう。けれど、二対一なら充分勝てる程度の敵です」
     場所は夜の神社、境内はそこそこ広いので障害物を気にせず戦うことが出来るだろう。サシでは勝てぬ敵をどのような布陣で食い止めるのか、無いとは思うのだがくれぐれも油断や慢心はせぬよう心掛けて臨んでほしい。
     被害者の男性も『灼滅者』とは言え、戦うことの出来ぬ非力で平凡な人間だ。何故このような目に遭うのか全く検討もついていないことだろう。
    「藤野さんには事情を説明して是非保護してあげてほしいのです。このままではまた襲われかねませんし……それにしてもなぜ彼は灼滅者になったのでしょうね……」
     姫子の呟きに答えられるものは居なかった。


    参加者
    勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    色射・緋頼(色即是緋・d01617)
    近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    アトシュ・スカーレット(黒兎の死神・d20193)
    白星・夜奈(星望のヂェーヴァチカ・d25044)

    ■リプレイ


     霏々として落ちる月光を受け、筋骨隆々とした青い腕が闇の中で浮き彫りになる。絶望としか形容できぬ恐怖を突き付けられ、静謐な夜を引き裂くような悲鳴が跳ね上がる。
     死を前にした非力なヒトの叫びが、あたかも合図であったかのように、青い肉の化け物――デモノイド達は三体が同時に動いた。恐ろしいくらいの素早さで距離を詰めてきた一体が、男性――藤野に向かって腕を振り上げる。頭を抱える藤野のうなじを一刀するかと思われた、その寸前。
     空を巡る流星の如ききらめきによって、遮られたのだ。しかもデモノイドの肉塊で出来た刃を弾いただけでなく、重力の宿る助走付きのそれは腹部に迫ったかと思えば、次瞬、巨体を吹き飛ばすではないか。
     ゆるやかな癖のついた髪を靡かせ、巨体を蹴り飛ばしたとは到底思えぬ細い脚を一つ払う城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)がデモノイドを見据えている。すぐそばには、まるでお人形さんのように美しい顔をした白星・夜奈(星望のヂェーヴァチカ・d25044)も居て、まるで絵画を切り取ったようだ。
    「闇堕ちなんて、させないわ。理由があってもなくても、いいことなんて、ないもの」
     夜奈の周りに滞空する光の輪が分裂すると、それはたちまち千波耶を守る盾となった。
     千波耶の柔らかな色をした瞳が、藤野を捉える。
    「貴方を助けに来ました。詳しい説明は後でちゃんとしますから、巻き込まれないように離れて隠れていて下さい」
     状況が把握できていないのだろう、ぽかんとした藤野の一方。
     中央に居たデモノイドが、千波耶目掛けて駆け出した。その腕の刃で彼女の肢体を切り刻まんとするためだ。それに気付いた夜奈のビハインド、ジェードゥシカがすかさず霊障波を繰り出し、応戦。彼の一挙一動によって外套が空気を含んで羽のように広がるさまに目を奪われる。
     だが、同胞の気迫に続き、もう一体のデモノイドも野太い咆哮を上げると、地を蹴った。轟音を立てて刃を唸らせ――。
    「――ッ!」
     膝の裏を鋭く突く強烈な痛みにガクリと崩れ落ちる。大地に手を突き、背面を振り返ると、その視界いっぱいに広がるのは月下に黄金と輝く抜き身の刃。
     その美しくも明確な意思を持った緋緋色金刃の一撃を、藤野も見ていた。白いたっぷりとしたフリル付きの上衣に緋袴姿の色射・緋頼(色即是緋・d01617)は、上段に構えた緋緋色金刃を真っ直ぐ、素早く、膂力の限り、その頭部を切り落とさんとする迫力を持って振り下ろす。思わず閉じた瞼の裏、化け物の猛りが鼓膜を刺す。
    「助けに、そして、迎えに来ました」
     恐々と目を開ける。ヒュン、と振り払われた美しい刀身、あのデモノイドを前にしても凛としたその姿勢。藤野は一瞬にして見入られた。


    「身を隠して、少し待っていてください。事情は後で話します」
     背後に人の気配を感じゾッとする。振り返ると、巫女風の衣装に身を包んだ七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)が居た。彼女は藤野の耳元でそう囁いたかと思うと正面に回り、
    「私の名はナノナ・マリネ。貴方達に滅ぼされる者です」
     そう言い残し、手にしていたThousand-Nightgaleから雪風・零へと持ち替え、鞘から引き抜きつつ咆哮するデモノイドに向かい駆け出していった。先ほどデモノイドの膝裏を穿ったのは彼女だったのだ。
     藤野は呆気に取られていたのだが、視界の端で何かが動いた気がして社の方へ視線を走らせれば、あの『男』がこちらへやって来ているのが分かり全身を硬直させる。
    「説明は後で!」
     男――デモノイドロードの進行を防ぐように彼等の直線状に飛び出した風宮・壱(ブザービーター・d00909)は、首だけで藤野の方を見やり、叫ぶ。
    「今は危ないから下がってて!」
     すかさず腕に装備したBrave Heatのシールドを広げ、仲間たちの防御に当たれば、ウィングキャットのきなこがその少し後ろで、シャドーボクシングなぞしてウォーミングアップ中だった。今回きなこは後方なのを良いことに、かつ回復はまだ不要と見て「任せにゃさい」と猫魔法を撃ったりしてドヤ顔を浮かべているのだが――。
    「犬畜生ならぬ猫畜生ってか。ああ?」
     きなこのそれを浴びたロードの眼光が寄越されれば「ピッ!」と飛び上がってしっぽを膨らませる始末。そそくさと隠れるきなこの姿を見て、一瞬唇を和らげてしまいそうになった勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)は、
    「デモノイドでは追い駆けっこが流行っているのですか?」
     おのれの役目を果たさんと、兄のビハインドと共に動き出す。その表情はロードの抑え役を担っているからか、いつも以上に気合が入っているように見えた。
    「弱い者虐めより俺たちと遊びましょうよ」
     意気込みたっぷりなみをきの横顔を、チラと見て笑みを深めるビハインド。
     みをきが突き付けるブラックコフィンの銃口から派手な火花が散ったのを視認すると、そこにおのれのもの織り交ぜるよう撃ち出した。夜を焦がす焔を纏った爆炎の弾丸が、吸い寄せられるように絶え間なくロードの躯体を貫くと、後続の弾を回避しようとした彼の脚を、霊撃が撃ち抜いた。身に走る痛覚に眉根を寄せたロードが視線を持ち上げると、口元をゆかしく隠してビハインドが微笑っている。
    「武蔵坂の、か」
     唇の端をぺろりと舐めると、彼はその重苦しい歪な砲台を持ち上げる。丸い銃口に光が収束するのを見て、藤野はようやく我に返ったらしい。
    「一般人なんか追い回してどうしたの? 灼滅者に用事なら俺たちが聞くよ」
     逃げる藤野から意識を逸らすためのセリフだと、彼ですら分かった。庇ってくれた彼の声が、次の瞬間には短く呻いたものに変わり、心臓がギュッと掴まれたように痛む。
    「ヲォオオ――!」
     駆け抜けた脇で、一体のデモノイドが顎から地面に崩れ落ちた。
    「ほら、あっちが安全だ!」
     アトシュ・スカーレット(黒兎の死神・d20193)が、デモノイドの死角から黒死斬を叩き込むと、動きが鈍ったところを近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)がグラインドファイアで横っ面を蹴り飛ばしたところだったのだ。
    「ヲオォォッ!!」
     這いつくばる藤野に気付いた由衛は、彼を背に庇うような立ち位置につくと、参道入り口を視線で指し示しながら、彼が怖がらぬようなるたけ穏やかな声音を出す。
    「もう少し離れて、隠れて待っていて欲しい」
    「は、はひ……」


     藤野の姿が戦場から消えたのを確認した緋頼の肩口を、熱を細くしたような痛みが走った。肉を裂き、膚を焼き付けるような痛覚に半歩身を引くと、
    「鞘が刀を守るとしても、鞘が壊れれば困ります」
     雪風・零を斜めに構えた鞠音が、気遣うように敵の前へと躍り出る。彼女は強酸性の液体を噴出してきたデモノイドの攻撃を刀身で払い落とし、赤い瞳にいささかの労りを込めて緋頼を振り返る。
     ――鞠音が刃なら、わたしは鞘。刃に合わせて舞うだけです。
     ぐ、と五指に力を込めた緋頼、やや体勢を低くして、
    「二人なら大丈夫。じゃあ、行くよ!」
     一気に、駆けだした。
     その軌道上にきらめく星の輝きが零れ落ちるのを見て、鞠音は刃を中段に構えてみせる。緋頼の身体が大地を蹴って、デモノイドの顔面に飛び蹴りを炸裂させた瞬間を狙い、短く息を吐き出すと共に振り払う。その斬撃は、蹴りの衝撃によってわずかに浮いた巨体の軸足を斬り付けていった。すぐにズン、と重低音を立ててデモノイドが沈む。
     離れた場所に居ても腰から提げたカンテラが、その衝撃を受けてゆらゆら揺れる。
    (「この状況への疑問もあるけれど、それは兎も角、一応「灼滅者」扱いとはいえ、殆ど一般人と変わらないのにこの状況……本当に気の毒ね」)
     デモノイドたちはすっかり我々に気を取られているようだが、藤野にしてみればまた襲ってくるのではないかと恐怖でしかないだろう。
     ゆるりと駆け出した由衛は、直後ティルフィングを振り上げたアトシュとアイコンタクトを取ると、彼がその巨大な鉄塊の如き刀で敵の気を引いているその隙に、徐々に加速してデモノイドの背面に回り込んだ。
    「さてこの衝撃に耐えられるか?」
     アトシュは唇に笑みを刷き、細い躯体を駆使してティルフィングを振り下ろす。艦船をも両断するとまでされた超弩級の一撃を前にして、デモノイドは死の光線を撃ち込むことで軌道をずらそうと試みた。
    「グッ!」
     ドン、と強烈な一撃が背面に命中したのだ。それはアトシュの攻撃ではない。後方を顧みるデモノイドが蹴り技を繰り出した由衛の姿を視認するも、その一瞬の隙をアトシュが突く。突くというよりは、最早叩き潰す、と云った方が近かった。
     戦艦斬りによって二体目のデモノイドが沈んだ。夜奈がその姿を見て、すぐさま千波耶を振り返ると、Comet tailの切っ先がデモノイドの胸を貫いたところだった。ずぶずぶと容易く、深く穿たれる肉塊は、断末魔のように猛り狂うと、虫でも払いのけるような仕草で千波耶を押しのけた。その際彼女の腕を、刃が斬り付ける。
     と、そこへ強い光が飛来した。それは湾曲してデモノイドの顔面に命中すると、今度こそ大人しくなった。
    「おじいちゃん、ありがとね」
     ジェードゥシカの方を振り返った千波耶が小さく笑うと、彼は「どういたしまして」とでも言うかのように、肩を竦めてみせた。ほっ、と安堵の吐息を零した夜奈は、しかしロードの刃をエネルギー障壁でを食い止める壱と、そこへ迫るみをきの背中を見つけて、瞠目する。衣類のあちらこちらに赤黒い血が滲んでいたのだ。
     デモノイド班はすべてロードに向かうと、壱とみをきたちはロードの攻撃を一身に受け止めていたためか、他よりも傷が多く見られたのがわかった。
    「傷を負わせた以上、覚悟は出来ていますね」
    (「ミヲキ、怒ってる……」)
     夜奈は清夜をそろりと癒しの力に転換すると、彼の背後から集気法を持って回復にあたる一方。ヴァンパイアミストを広げ静かに怒るパートナーに壱はちょっと困った表情を浮かべてみせた。
    「怪我しないなんて無茶言うなって、俺は気にしないよ」
    「でも、壱先輩……」
    「怪我より、こいつを抑えきる方がずっとワクワクするよ」
     現に突破されなかったしね。
     仲間たちの方を振り返り壱がニッと明るく笑う。
     それでも。
    (「機会があれば殴る」)
     傷付いた壱を緋頼が祭霊光で、きなこがせっせと合流した仲間たちの回復に当たるのを横目に、ビハインドが目眩ましのような霊撃を撃ちだすと、千波耶とアトシュが一気に飛び出していく。
    「あーあーあー! マジになっちゃって」
     ロードは唇を歪めて笑うとSilencerを振りかぶる千波耶と、alba Mistilteinnを非物質化させるアトシュを見て、寄生体の肉片から強酸性の液体を生成し、その綺麗な顔を灼いてしまおうとした。その下卑た笑みを正面から受け、しかし怯まぬアトシュが、まず神霊剣を叩き込んだ。ロードは以外にも重たい一撃に「おっと」と軽く目を瞠ったものの、アシッドを放出することは忘れない。
     ジュッ、と肉を溶かすようなそれは、即座に割って入った由衛が被った。由衛は僅かに眉を寄せたものの、縛霊手を装備した片腕を振り上げると、
    「返します」
     ゴッ、と締まりのない顔を、殴りつけたのだ。同時に網状の霊力を放射し敵を縛りあげると、魔力が籠もりヘッドの碧玉に咲いた幻影の花が、空いた頬を打ち据える。流し込まれた魔力が内を駆け巡る。その異質な感覚にロードの顔面に冷や汗が噴き出すのを見て、千波耶は、
    「強烈よ」
     と、にっこりした。
     途端、内から爆発したその凄まじい威力に、初めてロードが膝を突いた。その眸にいささかの焦りが見えた気がして、鞭剣を振り払う壱のそれがロードの躯体に巻き付くと、
    「獲物はすぐに仕留めるべきでしたね。三流以下です」
     巨大十字架の先端が、鞠音の言葉と共に開かれる。それは聖歌を交えて見る間に光の砲弾を形成すると、夜を晴らすような眩さを放つ。
    「へっ! 俺がじっとしてるとでも――」
    「終いです」
     ロードは回避を試みた。その身を翻し、夜の闇にまぎれるつもりだったのだ。しかし、背後から寄越された言に、身が一瞬、固まった。それは――。
     みをきの声だと認識するも、次いで訪れたのは鮮烈なまでの赤。
     視線を落とすと、赤きオーラの逆十字が胸を切り開き、体液が下肢を伝って流れ落ちてゆく。よろり、と身が傾ぐ。そこへ追撃するWビハインドの霊撃、きなこの猫ぱんち。
     大きく傾いたロードの口から悔しげな声が落ちかけたのだが、みをきはその横っ面を――思い切り、殴りつけた。
    「さようなら」
     大地に沈んだロードを見て、満足した風に手を払うパートナーを見、壱は「やれやれ」とたまらず笑みをこぼす、その横で。
    「――質的優位を持つ相手に、分散すればこうもなりますね」
     鞠音の台詞にロードは「ちくしょう」と吐き捨てた。


    「あ、安心しろ。殺したりはしねーよ。……多分、あんたは俺らの仲間……灼滅者だ」
     由衛の心霊手術を受ける藤野は、そう呼びかけるアトシュの言葉を、魂が抜けたような顔で聞いていたが、鞠音と緋頼から知らされた学園のこと、そして身の安全を約束されたことでようやく現実に戻ったようだった。
    「ほい、これ使ってみろ。安心しろ、新人に殺されるほど柔じゃない」
     アトシュはなんの変哲も無いナイフを藤野の手に握らせた。彼は怖がったが「自分の中に耳を傾けろ。そいつの方が詳しいよ」と言われて、自分を救ってくれた者の言葉を信じてみることにしたのだが――。
    「何も、起きない……ね」
     夜奈の言葉通り、それはただ普通のナイフでしかありえなかった。
    「……何が原因なんだろうな…?」
     呟きに、沈黙が落ちる。
     しかし由衛は藤野からナイフを引き抜くと「ここで焦ることもないよ」と言ってアトシュへ返す。ホッとした藤野は、なぜか膝の上に座ってごろごろにゃんにゃんエサのおねだりをするきなこを見下ろすと「俺、猫缶は持ってないなぁ…」ときなこの額を指で撫でてやった。
    「落ち着いたら連絡するといいよ、無事を伝えたい人に」
     その姿を微笑ましそうに見ていたみをきの横から投げかけられた壱の言葉に小さく頷く。
    「最後に1つ、……そのESPが使えるようになった時、何か聞こえたり、見たりしてないか?」
    「えっ……? 俺、何か使えるんですか……?」
     藤野はどうやら独自ESPを未だ認識していないようだった。
    「うずめ様の予知の内容もだけど、このタイミングでってのも気になるんだよね。何か関係あるのかな」
     壱の言葉に千波耶は虚空を仰ぐ。
     今はまだ静かな夜ではあったが、同じ空の下で似たような事件が起こっているのだとしたら――そうと考えた彼女はしかし、小さくかぶりを振る。今は、仲間が、藤野が無事だった、それで十分だ。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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